Japanese Association for Religious Studies
NII-Electronic Library Service
Japanese Assoolatlon for Rellglous Studles
第4部 会
お
わ り に
三 十 四 歳、
伊 勢
の
大 神 宮
へ
の 参 拝 は、 藤 樹 自 身
が
伊 勢 神 宮
の
神 を 日 本
の
開 闢 の 元 祖 と 理 解
し、 太 虚 神 明
の
大
乙
神
、
皇
上
帝
と 伊
勢
神 宮
の 神 と を 同 体
と
体 認 し た こ
と か
ら 実 現 し た
。
伊 勢 神 宮
の
神
を も
「
永 遠 な る 生 命
」
と し た
の で あ る
。
も し も
林 羅 山
の
如 く
、
若 き 日 に
神 道 論
に
接
し て
い
れ ぱ、 大
乙
神 経 序
を
越 え る 神 道 論
を 後
に
編
み 出 す
こ と に な
っ
て
い
た か も し れ な
い
。
し か し 藤 樹 は 日
本
の
神 道 論
に
は 進 ま ず
、
主
に
孝 経
の
孝
に つ い
て
思 索
を 深 め
、
後
に
孝 を 良 知 と も 明 徳 仏 性
と も
、
更
に 大 乙
神
、
皇 上 帝
と も 同
体
異 名 と し、と も に
「
永 遠 な る 生 命
」
と
体 認
し、 我
が 心
の
奥 底
に
光 を 見 続
け た の で あ る
。
『
小
泉 文 六 郎 覚 書
』
の
内 容
に つ い
て
大 谷
正
幸
小 泉 文 六 郎 尚 忠(
十
八
世 紀
の
人
。
生 没 年 不 詳) は、 富 士 信 仰 の
行 者 だ
っ
た
食 行 身 禄
(一
六 七
]
1
七 三 三)
を 生 活 面
に お い
て
支 援 し て
い
た
、
江 戸 在 住
の
武 士 で
あ る
。
彼 は
食
行
の
死 後 に 琢 心一 我
と
名 乗 一り 山 講
と
い
う 富
士
講
を
開
い
た と い
う
。
彼 が 生 前 の
食
行か ら 聞
い た
富 士 信 仰
の
教 義
と
小 泉 自 身
に よ る
解
釈 を 書 き と め た と い
う 文 献
が
『
小 泉 文 六
郎
覚』書
で
あ る
。
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
は
、
体 裁 か ら 言 え ば 主 に
教 義
に
関 す る メ
モ の
集 成
で あ る
。
こ の
文
献
は
『
小 泉 尚 忠 決 定 追 記
』
( 東 北 大 学
所 蔵)
「
真 元 之 秘 書
』
( 川 口
市 個 人 蔵)
『
不
二
山 御 伝 授 得 書 記
』
( 富 士 吉 田 市 個 人
蔵
)な ど
写 本 ご と に 異 な
っ
た
呼 び 名
で
富 士 講 内 部
で 広 く 流 通 し た
。
写 本 ご と に
収 録
さ れ て
い
る
内 容 や 量
に
大 き な 差
が あ る が
、
「
享 保 十 九 年
(一 七 三 四
)
に
小 泉 文 六 郎 に よ
っ
て
書
か
れ た
」
と
い
う 旨
の
記 述 が 共 通
し て 見 ら れ る
こ と が
特 徴
で
あ る
。
『
小 泉 文 六
郎 覚
書
』の
内 容 は あ ま り に も 雑 多
で
多 岐
に わ た る
。
ま た、 食 行
か ら の
聞
き
書
き と い
う 体 裁 を と
っ
て は い る が、 文
中
で
教 え を 説 く
「
食 行
」
は
彼
の
著 作
か ら 想 像
さ れ る 以 上
に
博 識
で
あ り、
ま た 小 泉 尚 忠 自 身
に よ る
原 本
と 考 え ら れ
る
写 本 も 発 見 さ れ て い
な
い こ と か
ら
、
小 泉
が
本 当
に
食 行 か ら 聞
き
書
き し て 書
い
て
い
る の か
疑
わ し く
、
ま た
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
に
含 ま れ
る 全
て
が 彼一 人 に よ る も
の と も 考
え に
く
い
。
特
に
食 行 が
語
っ
た と さ れ る 思 想 面 は 小 泉 が 多 少 な り と も 潤 色
し て い
る
の で
は な
い か と 考 え
ら れ、
ま た
写 本 流 通
の
過 程
で
付 け 加 え ら れ た 記 述 も あ る の で は な
い
か と 思 わ れ る
。
こ の よ う
に
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
の
成 立 に は 不 明 な
点
が
多
い
が、
「
小 泉 文 六
郎
覚
書』
に は
食 行
の
述
べ
た と さ れ る
思 想
の
他
に
、
食 行
の
行 動 や 周 囲
の
事 情、
ま た
は
自 殺
の 過 程
が 描 か れ て お り
食
行に
関
す る
情 報
を
得
ら れ、
ま た 富 士 講 独 特 の 立 場 か ら
他 宗 教 を 見
る
視 点
が あ り 富 士 講 徒
の
宗 教 的 世 界 観 を 探 る
こ
と が
で き る
と
い
う 研 究 上 の
価 値
が あ る
。
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
の
雑 多
な
内 容
を 大
き
く 分 類・ 整
理 す る
こ と は
富 士 講 や
講 徒 を 理 解 す る 上 で
有 益 で
あ
ろ う
。
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
の
翻 刻
と し て は
、
山 吉 講
の 先 達 を 代
々
務
(1122)
230
N工 工一Eleotronlo Llbrary
Japanese Association for Religious Studies
NII-Electronic Library Service
Japanese Assoolatlon for Rellglous Studles
第 4部会
め て い た 吉 田 家
が
所 蔵 し て
い
た
『 小 泉 文 六 郎 覚 書
」
が 収 録
さ れ た
『
渋 谷 区 史 料 集
」
( 編 集
・
発 行
と も に 渋 谷
)区
の
第
二
巻
『
吉 田 家 文 書
』
(
『
渋 谷 区 史
料
集』
第
二、 一 九 八一
、 渋 谷 区
)
が 有 用
で
あ る
。
『
吉 田
家 文 書
』
所 収
の
『
小 泉 文 六
郎
覚
書』
を 項 目 ご と に
解
体 し て み る
と、
三 三 三
条
に 分 け ら れ る
。
こ れ ら は、 大
き く
「
思 想
に
関 す る 話 題
」
と
「
食 行 以 前
の
富
士 信 仰
の 系 統
の
歴 史
に 関 す る 話 題
」
と
に
分
か れ る
。
さ ら に
分 類 す る と 以 下
の
よ う に な
る で
あ ろ う
。
123456 『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
観 や 感 覚、
る こ と が で き る の で は な い か と
思 う
。
片 的 な 写 本
は
富 士 講
の
内
外で
見
か
け るD
動 な ど も 視 野 に 入 れ
つ つ
し て、
富 士 講 独 特
の
教
義
・ 思 想に
関 す る 話 題
=
二
四 条 宗 教 的 色 合
い
が
薄
い
処 世 訓 七 三
条 他 宗 教 に 関 す る
話
題 六 九 条 食 行
の
行 動 や 生 涯 に 関 す る
話 題 四一 条
『
小 泉 文 六
郎 覚 書
』
そ の
も
の に
関 す る 話 題 十
二
条 食 行 よ り 前
の
師
に
関 す る 話 題 四
条
は そ の
豊
富
な
話 題
か
ら
、
富 士 講 徒
の
世 界 思 想 を 多 角
的
に
捉 え る こ
と が で き る 史 料
と
し て 用
い
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
の
断
各 写 本 間 で の
話 題
の
異
『
小 泉 文 六 郎 覚 書
』
の 内 容 を よ り 整
理 富 士 講 研 究
に
活 用 し た
い
。
祈 願 を め ぐ る
研 究 教 育
と そ
の効 果
黒 崎 浩
行
現 代
日
本
で
「
宗 教 教 育
」
の 必 要 性 が 叫 ば れ て
久
し
い
。
し か し
、
ど の よ
う
な
場
で
宗 教 教 育 を 行 う
の か と い
う 前 提 抜 き で
は 議 論
は 発 展
し な
い
だ ろ う
。
ど ん な 層
( 年 齢 層
や、 聖 職 者 養 成
か
そ う
で な
い
か
、
な ど
)
に
、
ど の
よ う な 目 的 を も
っ
て、 誰 が 教 え る の か、
と
い
う 場 面 を 明 確
に
設 定 す る 必 要
が あ る
。
本 発 表 で は、 次
の よ
う
な
場 面 を 前 提
と し て
い
る。 宗 教 系 大 学
で
は あ る け れ
ど も 聖 職 者 養 成
の た め で は な
一い
般
の
学 生 を
含
む 教
養
教 育 に お い て
、
生 活
の な か の
重 要
な 問 題
と し て
宗 教 を 把 握
し、 理 解 を 深
め る た め の
授 業
を ど の よ う
に
行 う か、
と
い
う
状
況
で
あ る
。
発 表 者 は
、
そ の さ
い の
テ ー
マ
と し て
「
祈 願
」
を と り あ げ たD
そ の 理 由 を
、
「
祈 願
」
に
着 目 す る こ と に よ
っ
て
学 生
の
宗 教
理
解
に も た ら さ れ る
効 果 を
中 心
に
述
べ、 宗 教 教 育
の フ ァ カ ル
テ
ィ・ デ
ィ ベ
ロ ッ
プ メ ン
ト
(
FD
)
の
参 考
に
供 し た
い。
「
祈
り
」
を 宗 教 理 解
の
入 り 口 に
据 え る と い
う 見 方
は、 最 近 の
宗 教( 学V
入 門 書
の
な か で も
提 示 さ れ て
い
る
。
島 田 裕 巳
『
日 本 人 の
神 は ど こ に い る か
』
(
二
〇
〇
二
年)
で は
、
神
の
実 在 を 前 提 と し た
宗 教 的 世 界 観
の
説 明
に
疑 問 を さ し は さ む で
あ ろ う 想 定 読 者 に
対
し
、
私
た ち は
苦 難
に
直 面
し た
と き に
祈 り を 捧 げ る で は な
い か
、
こ れ
は
神
や
仏
の
実 在
を
前 提 と し た
行 為
で
は な い の か、
と
問
い
を 投 げ 返
し て い る
。
ま た
、
菅 原 伸 郎
『
宗 教
の
教 科 書
12
週
」
(1123)
231
N工 工一Eleotronlo Llbrary