幼児の音楽テンポの嗜好に関する研究
A Study on Child’s Preference in Musical Tempo
1W11048-7 堀口 理菜 指導教員 菅野 由弘 教授 HORIGUCHI Rina Prof. KANNO Yoshihiro
概要: 本研究は、「幼児と大人とでは、音楽テンポの嗜好が異なる」という仮説に立って、幼児に着目して観 察、調査を行い、幼児の音楽テンポの嗜好の傾向を明らかにすることを試みたものである。実際に幼児、そして 幼児と比較するために大学生を対象として音楽テンポの嗜好についての調査を行った。その結果、「年齢が小さ いほどテンポの速い音楽を好む」ということと、「年齢が小さいほどテンポの遅い音楽を嫌う」ということにつ いては部分的に支持されたが、脈拍と音楽テンポの嗜好には相関関係が認められなかった。この理由として、音 楽テンポの嗜好は脈拍よりもむしろ個人の音楽経験に基づいてなされる可能性があるということが考えられる。
本研究を通して、「脈拍の速い幼児はテンポの速い音楽を好む傾向がある」ということが結論づけられた。
キーワード:幼児、音楽テンポ、年齢、脈拍 Keywords: child, musical tempo, age, pulse
1. 序論
本研究では、幼稚園を訪問し、予備調査として幼児 の音楽活動の観察を行ったあと、仮説を検証するため に幼児を対象とした本調査を行った。また、幼児と比 較するため、大学生を対象とした同様の調査を行った。
その結果から、幼児の音楽テンポの嗜好について考察 する。音楽テンポの嗜好の研究は存在するが、そのほ とんどが大人を対象としており、幼児を対象とした音 楽テンポの嗜好を調査する研究は数少ない。そこで、
本研究では、幼児の音楽テンポの嗜好を明らかにする ことで、幼児教育、特に歌などの幼児の音楽教育で応 用されることが期待される。さらに、幼児の音楽教育 を通して、大人と幼児のコミュニケーションを円滑に することへの可能性も示唆される。
2. 予備観察と仮説
実際に幼児教育の場では、どのような音楽活動が行 われているのか、特に、どのようなテンポや音域の歌 が歌われているのかについての予備観察を実施した。
具体的には、幼稚園のクラス担任の先生がピアノを演 奏し、幼児がその演奏に合わせて歌っている様子を観 察し、ビデオカメラで記録した。観察の結果、幼児は テンポの速い音楽を好むという仮説を立てることが できた。また、幼児は一般的に成人よりも脈拍が速い
と言われている。もしも幼児が速いテンポの音楽を好 むならば、速い脈拍との関連があると考えた。すなわ ち、「脈拍の速い幼児はテンポの速い音楽を好む」、言 い換えれば「年齢と音楽テンポの嗜好には相関関係が 存在する」、「脈拍と音楽テンポの嗜好には相関関係が 存在する」という2つの仮説を立て、研究を進めるこ ととした。本論文では、これらの仮説をさらに2つず つに分割して論じる。具体的には、年齢と音楽テンポ の嗜好の相関関係については、「年齢が小さいほどテ ンポの速い音楽を好む」、「年齢が小さいほどテンポの 遅い音楽を嫌う」という2つの点に対して、脈拍と音 楽テンポの嗜好の相関関係については、「脈拍が速い ほどテンポの速い音楽を好む」、「脈拍が速いほどテン ポの遅い音楽を嫌う」という2つの点に対して論じる。
3. 実験方法
まず、幼児を対象とした実験の方法を説明する。実 験者は幼児の年齢を聞いた後、パルスオキシメーター を用いて、幼児の脈拍を測定し、記録用紙に幼児の性 別、年齢、測定した脈拍の数値を記入した。記入後、
実験者は幼児に、同じ目印の書かれた赤色の折り紙と 青色の折り紙を1枚ずつ渡した。その後、幼児は実験 刺激となる曲を2回ずつ聴取した。この音刺激は筆者 が作った曲で、メロディーはすべて同じものだが、テ
ンポが異なり、94bpm(638ms)、120bpm(500ms)、
140bpm(429ms)の3種類である。各曲を再生する前に、
実験者より曲の番号が幼児に口頭で伝えられた。すべ ての音刺激を聴取した後、幼児は好きな曲の番号が書 かれてある箱に赤い折り紙を入れ、嫌いな曲の番号が 書かれてある箱に青い折り紙を入れた。
次に、幼児と比較するために、大学生を対象にして、
条件を等しくして幼児とほぼ同様の実験を行った。大 学生を対象としたこの実験では、個別自記入形式の質 問調査で実施された。実験場所に入室した実験参加者 は質問用紙を実験者より受け取り、パルスオキシメー ターを用い各自で脈拍を計測し、質問用紙に記入した。
記入後、実験参加者は幼児が聴取したものと同じ実験 刺激となる曲を3曲、それぞれ1回ずつ聴取した。す べての音刺激を聴取した後、実験参加者は好きな曲と 嫌いな曲を選択した。
図1 パルスオキシメーター
4. 実験結果と考察
まず、年齢と音楽テンポの嗜好についてである。分 析の結果、「年齢が小さいほどテンポの速い音楽を好 む」ということと、「年齢が小さいほどテンポの遅い 音楽を嫌う」ということは、どちらも年少児以外の幼 児では支持されたと言える。年少児で支持されなかっ た理由として以下のことが考えられる。母親が子供に 歌って聞かせるテンポが民族を超えて共通しており、
そのテンポは通常、1分間に70拍から80拍であり、
これは胎児が母親の胎内の音環境、具体的には母親の 体内に流れる血流音と心拍音のテンポから受ける影 響に強く関係している、と三輪が述べているが、これ によると、幼児は母親の脈拍に近いゆっくりとしたテ ンポを好むという仮説も生じる。今回の結果はこの仮 説の成立を暗示しているとも考えられる。一方大学生 では、統計処理の結果、120bpmの音刺激を好む人が
有意に多く、140bpmの音刺激を嫌う人が有意に多か った。大学生がテンポの遅い音楽を好むのは、単に年 齢が大きいからという理由だけではないと考えられ る。大学生は幼児よりも音楽経験が豊富である。よっ て、その音楽に適切なテンポとして120bpmの音刺激 を好きな音刺激として選んだ人が多いのではないか と考えられる。Fraisse(1982)は、好みのテンポ(音が 最も自然に感じられる場合の継起速度)というものが あることに言及し、それは 500ms~600ms であるこ とがわかっていると述べている。この500ms~600ms をbpmに換算すると、100bpm~120bpmとなる。谷 口(2000)は、多くの楽曲において一拍がこの数値を中 心に分布していることを挙げている。よって、音楽経 験が豊富でさまざまな楽曲に触れている大学生が、自 分が最も頻繁に聴いて馴染みのあるテンポとして
120bpmの音刺激を好きな音刺激として選んだ人が多
かったとも推測できる。
次に、脈拍と音楽テンポの嗜好についてである。分 析の結果、「脈拍が速いほどテンポの速い音楽を好む」
ということと、「脈拍が速いほどテンポの遅い音楽を 嫌う」ということは、どちらも支持されなかったと言 える。この理由として、音楽テンポの嗜好は脈拍より もむしろ個人の音楽経験に基づいてなされる可能性 があるということが考えられる。
5. 結論
部分的ではあるが幼児は速いテンポの音楽を好む 傾向があることが明らかになった。加えて、幼児の脈 拍が大人よりも速いという結果を得た。すなわち、「脈 拍の速い幼児はテンポの速い音楽を好む傾向がある」
と結論され、仮説は部分的には支持されたと考えるこ とができる。
参考文献
[1]三輪宜彦. 音楽によるコミュニケーションの必要 性(Ⅰ)――人間の成長過程の中で 県立長崎シーボル ト大学国際情報学部紀要, 第6号
[2]倉片憲治・吉野巌・後藤靖宏・谷口高士(編)・榊原 彩子・三雲真理子・田中吉史・稲田雅美・栗栖麗(2000).
音は心の中で音楽になる 北大路書房