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耕者有其田と「農業発展条例」−「農業発展条例」修正過程をみる−

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耕者有其田と「農業発展条例」

−「農業発展条例」修正過程をみる−

加 藤 光 一

はじめに

私は本誌『南島文化』第 34 号(「『耕者有其田』の変貌過程と現在」)で台湾における 農業構造変動と農地制度改革について概観したが、「本稿」では「耕者有其田」(耕すも のが農地を所有する)という自作農主義のもつ意味と限界を再検討しておきたいと思う*1 この耕者有其田の三位一体の自作農主義は、東北アジア(日本・韓国・台湾)において実 施された農地改革で創出されたにもかかわらず、その理念は各国において改変され、借地 主義への転換、そして今や法人・会社等による大規模借地主義への転換が構造政策の主要 な課題になっている。とりわけ、日本では農地中間管理機構が都道府県に設置され、農地 政策が大転換を迎えている。その日本の構造政策が、実は日本だけの問題ではなく、日本 の構造政策を鏡、あるいは反面教師としてきた韓国・台湾、その中でも台湾の政策当局で は大きな関心ごとになっている(正確にはアベノミクスによる農協改革、農業委員会制度 改革*2等が)。

同時に、アベノミクスの「農業成長」政策(規制改革会議、産業競争力会議等での議論 は従来の農家では駄目という議論が貫徹している)は、農地の所有を企業に開放する準備 段階として位置づけられている可能性を考えると、限定的であるが農地所有を自然人一般 に開放している台湾の農地政策がどのようなもので、どのような問題を引き起こしている かを検討しておくのも重要であるという認識からだ。

ところで、日本の農地中間管理機構については 2014 年度に出発したばかりで、その具 体的な姿はあまり明らかではない。しかし、次の点は確認しておかなければならない。制 度設計としては、高齢化、担い手不足、耕作放棄地という三重苦に苦しむ日本の農業・農 村の現実があり、その解決策として出されたものだ。都道府県に農地中間管理機構という 公的機関を設け、そこが農地を借り入れ、担い手に転貸するというもので、その目的は農 地流動化、農地集積である。ただし、そのシステムはすでに公的機関が出し手と受け手の 間に入り、農地移動を方向づけるという農地保有合理化事業が存在している。しかし、売 買を中心にした北海道では一定の成果をあげていたが、賃貸では思うように進んでいない。

その賃貸による農地保有合理化事業をやめ、この農地中間管理機構は借り手の意向に沿っ て農地の転貸をすることになっている。但し、貸付先が見つからない場合には、出し手の 農地については機構との賃貸借関係は解除されるというものである。これでは、先に示し た三重苦に悩む農業・農村、とりわけ一番困っている中山間地域では「誰でも」とまでは

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言わないが、借り手が出てこないし、かつ集約化するには難しい地域では、誰も借りてく れない。平場、平坦な地域では借り手も多く、そんなに心配しなくてもよいが、条件不利 地を多く抱える地域でどのような効果をもたらすかは不明である。有り体に言えば、農地 中間管理機構は、三重苦に呻吟している中山間地域を「対象」から外されているといって もよい。このことを解決しない限り、構造政策はなかなか進まないといってもよい。ある 意味、この農地中間管理機構の出発は日本の農業・農村の崩壊に拍車をかける可能性があ る。但し、この制度設計の出発点(農水省の本来的な意図)は、農村側の「農地所有意識 の変化」にも関係している。すなわち、農地所有権が形骸化・空洞化しており、実は「農 地を所有することが負担」になっている現実である。農地を絶対的私的所有に閉じ込めて おくことの現代的意義をどのように考えるか、という現代における所有の根幹に関わる問 題も提起している*3。但し、単純に「土地は全員で利用し、そこから受ける受益は全員に 分配する 」 という総有の現代的解釈では解決しない。

実はこの点に、台湾の土地問題に対するスタンスである平均地権制度に論点が隠されて いることも考える必要がある。すなわち、これは台湾の国父と言われる 「 孫文 」 が「三 民主義」の中で、「 民生主義 」 の理想を「土地」に具体化したものである。この「平均地 権」は、かつてバブルの時には都市の地価高騰問題として若干検討された経過がある*4が、

バブル崩壊以後はほとんど顧みられていない。この論理は農地にも貫徹している思想であ り、ある意味「農村恐慌」という農村崩壊の現代であるからこそ、アイロニーではあるが 再定立してもよいと考える。この点からも、台湾の農地制度の変遷過程を見ておく必要性 がある。

そこで本稿では、台湾の農地政策の基本論理である耕者有其田がどのように変質、変貌 したかを、「農業発展条例」の変遷(台湾的には修正)過程を見ることから再検討してお きたい。何故ならば、一方で耕者有其田を未来永劫に渡り維持するために「農業発展条例」

は成立させたにも関わらず、その耕者有其田の自作農を突き崩す論理を入れなければなら なかった「条例」であるという自己矛盾を内包させている自己撞着=トトロジーの側面を もっているからである。ある意味、日本の農地法の成立、そしてその改正過程を考えると いくつかの共通性をみいだすことができる。

 かくして、Ⅰ.台湾における平均地権思想と農地制度の変遷過程を概観する、Ⅱ.農 業発展条例の修正(改正)過程にみる台湾の農地制度の大転換、の順で検討しておきたい。

Ⅰ.台湾における平均地権思想と農地制度の変遷過程を概観する

 −何故、台湾の土地問題・農地制度なのか−

私の問題意識との関係で言えば、先に述べたごとく、日本は絶対的所有権としての土地 所有権であるが、その絶対的所有権としての農地所有権、具体的には農地所有意識の空洞 化・形骸化という現実をどのように理解したらよいかということからである。その出発点

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は、前述した五十嵐敬喜氏が提起する絶対的所有権から現代的総有論、またコモンズ論を 議論する前に、東北アジア、とりわけブルジョア土地国有論として位置づけられている台 湾の平均地権の論理を検討しておくことが重要と感じたからだ。同時に、日本の農地制度 が東北アジア、とりわけ韓国、台湾への農地政策への影響(「反面教師」としてのそれも)

を考えると、私たちは逆にその東北アジアに学ぶ姿勢も必要だからだ。

1.孫文の平均地権思想を顧みる

孫文(孫中山)は『三民主義』の中の「民生主義」において、その理想を土地において 具体化しようとした*5。但し、周知のように三民主義が最初に発表されたのは 1905 年で ある。まさに当時の中国が置かれていた半植民地・半封建社会の革命運動として提起さ れたものである。すなわち、清末に着想され、民国以後の経験をくぐり、五四運動を経 て、その内容を豊富化されたものであり、初期に説いたことが、後期に至って付け加えら れ、そのために矛盾したものがかなり多いと言われている。その理論的な整合性について は一論点留保しておきたい。しかし、孫文は当時の中国の状況、人民の貧困の原因を土地 問題に求め、土地の値上がりによる自然増価分の公有と土地単一税主義とを内容とする

「平均地権」を中国革命同盟会の綱領とした。この理論は周知のようにヘンリー・ジョー ジ (Henry George) の『進歩と貧困』(1879 年 )、宮崎民蔵の『土地均享・人類の大権』

(1906 年 ) から生まれ出たものと言われている*6。「平均地権」そのものは社会の変革を 意味していない(ここがブルジョア土地国有論と言われる所以だ)が、1924 年になると「耕 者有其田」を「平均地権」の政策とした。

ところで、「平均地権」の理念は、「地尽其利、地利共享」に示されている。すなわち、「地 尽其利」とは土地の有している自然的価値、改良を加えることによって生じる価値、将来 改良を加えることにより規定される価値のいずれもが実現されるように有効利用の促進と 保障を与えることであり、有効利用を妨げる大土地所有制、一部のものの独占、逆に極度 の細分化なども排除されることを指している。「地利共享」とは、土地利用をすることに より生ずる利益を土地所有者に独占させるのではなく社会公共に還元して国民が共にその 利益を享受出来るようにすることである。土地の利用価値、交換価値の増加は、地域の発 展の結果であり、土地所有者個人の資本と労働の投下の結果もたらされた改良価値以外の ものは社会的に、公共に還元すべきというものである。

ところで、大陸から撤退して台湾に来た国民党のもと、この「平均地権」思想は「平均 地権条例」として具体的に結実し、規定地価、照価徴税、照価収買、漲価帰公の四つの方 法により土地問題に対処している(但し、孫文の三民主義と平均地権思想を農地所有意識 の形骸化・空洞化という現実から、その理論の再定立と若干の提案については別稿を用意 している*7)。「規定地価」とは、土地所有者にその土地の地価を自己申告させること、「照 価徴税」とは土地所有者の自己申告した地価を基準に地価税=固定資産税を課税すること、

「照価収買」とは土地所有者が税逃れのため低い価格で申告した場合や土地の有効利用を

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怠っている場合には地方政府が申告価格で買い取ることであり、「漲価帰公」とは地価上 昇利益を土地増価税として徴収し社会公共に還元することである。この四つの方法がそれ ぞれ独自の意義を持ちながら互いに牽制し合う=相互規定関係で平均地権の思想を達成し ようとするものである。すなわち、税制という間接手段で、かつその公正な執行を保証す るべき収用政策を組み合わせて、先に述べた「地尽其利、地利共享」が叶えられるような 土地の分配を進めようというものである*8。この平均地権の思想は、地権は単なる所有権 ではなく、「地尽其利、地利共享」の機会を得る権利で有り、平均とはその機会を誰もが 均等に得られるように地権の分散をすすめようとするものである。日本のような絶対的所 有権ではなく、個人の土地所有権は否定されず、あくまでも平均地権の実現に資する範囲 内に限定される土地所有権であることに注目すべきである。

周知のことであろうが、台湾は、中華民国憲法 143 条で「中華民国領土内の土地は国 民全体に属する。人民が憲法に基づいて取得した土地所有権は、法律の保障と制限を受け る。私有の土地は地価に応じて納税しなければならず、政府は地価に照らし、買収するこ とが出来る。土地の価値は、労力と資本を施すことによって増価したものでなければ、国 家が土地増価税を徴収し、これを人民が共に享受するものに帰せしめなけばならない」と ある。実は、1930 年に中華民国では土地法(土地法、土地登記法、土地使用法、地価税法、

土地徴収法という5法案をまとめて 5 編 397 条から構成)が制定され、日中戦争でほと んど実施されることなく終わっていた。しかし、1946 年 4 月に、旧法を大幅に修正して 公布されて、現行の台湾の土地法(5 編 247 条)が施行されている。

すなわち、台湾では、私人の完全なる土地所有権は認めないが、国家が所有する=国有 も主張せず、所有権の内容を分割して、国家と個人に帰属せしめようとするもので、支配 管理権=上級所有権を国家に、使用収益権=下級所有権を個人に帰属させるものであると 観念してよい。こうしたコンテクストから平均地権の思想・理念を考えればよく、ここに、

私たちが止目しなければならないことが横たわっている。

すなわち、絶対的所有権を前提にしている日本では農地を所有することが桎梏となって いる、とりわけ中山間地域では担い手も存在せず、高齢化、耕作放棄地という現実を考え ると、農地それ自体無価値化している現実のもとでは、価格低下、無価値化を含めて、そ れを所有し利用していること(そのことによる環境維持)に対して、何かの形で所得補填 するかが問われる。その一つが中山間地域の直接支払いかもしれないが、そのダイレクト ペイメントに対する制度設計は、集落や地域団体に対する周辺部分ではなく、個人に対し ても補填する方法が必要なのかもしれない。アイロニーかもしれないが、地価大幅下落、

無価値化している現実を解決するそのヒントは、台湾の平均地権思想に存在するかもしれ ない。

私が台湾の平均地権で注目しているのは、規定地価、照価徴税、照価収買、漲価帰公(こ の四つの方法が相互規定関係で構成されているが)、そのうちの「照価収買」と「漲価帰 公」である。「照価収買」は買い取る制度であり、「漲価帰公」はキャピタルゲインを社会

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公共に還元するシステムである。農地所有意識が空洞化・形骸化し、農地地価が大幅下落、

無価値化しつつある現代の日本において、たとえ地価上昇を前提に成立している平均地権 思想であっても逆の意味で重要である。まさにアイロニーだが、前者の「照価収買」は農 地が無価値化して農地の所有と利用を個別に対応できない場合に、買い取り制度が存在す れば中山間地域では大量に農地が出てくる可能性がある。また、「漲価帰公」はキャピタ ルゲイン、具体的には平場の転用等によるキャピタルゲインを、中山間地域の農地に還 元・補填していくシステムがあればよいような気がしている。国全体で転用による開発利 益=キャピタルゲインを国がたとえば「農地土地金庫」(仮称)を持ち、それを担い手不 足、高齢化、耕作放棄地に再配分・補填することが可能かもしれない。同時に、「照価収買」

の買い取りは、農地土地金庫のもとに実施することが重要であろう。そのように考えると、

無秩序な転用も成立しないし、農地で生まれた転用差益は農地で処理することが可能であ ろう(地域内で完結しないシステム)。

こうした制度設計については慎重にならなければならないが、その可能性は考えておく 必要がある。その点からも台湾の農地制度から私たちは学ばなければならい(但し、法と その運用には当然であるが、かなり乖離している側面は強いが)。

2.台湾の農地制度の変遷過程−第一段階農地改革、第二段階農地改革、第三段階農地改革の概要−

『南島文化』34 号の拙稿(「『耕者有其田』の変貌過程と現在」)で農地改革から現在ま での農地制度改革の過程は概観しているので再論は要しない。しかし、法とその運用では 現実的な乖離があり、またその乖離が法の改正(修正)を生むので大きな流れを、いわゆ る第一段階農地改革、第二段階農地改革(方案)、第三段階農地改革(方案)に区分して 確認しておきたい。尚、この段階区分は行政院農業委員会が規定している区分であり、む しろ、農地政策としてどのようなことを政策目標(方案)としたのかによる区分である、

というのが正確なところである。そのために、私たち研究者が構造的な視点からする段階 規定とは異なる。そのためそれぞれの段階の年次的連続はない。本稿で問題とする「農業 発展条例」の成立とその修正過程はそれぞれに一部重なるが、基本は「農業発展条例」と 関連する法律の修正過程それ自体が台湾の農地制度の変貌過程でもある。それ故に、「農 業発展条例」を主題にする理由の一つである。

(1)第一段階農地改革

第一段階農地改革(1949 〜 1953 年)は 1949 年 4 月 10 日の行政命令である「台湾省 私有耕地地租借弁法」公布施行から始まる。国府(中華民国国民政府)が大陸の一部(湖北省)

で実施した「二五減租」をもとに、「三七五減租」、すなわち生産物年間収量 37.5%以下 に抑える小作料軽減の制度を作る。この「三七五減租」が「耕地三七五減租条例」として 1951 年 6 月7日に公布施行される。尚、注意を要するのは、単純に最高小作料 37.5%以 下と認識しているが、実は、地主と小作(佃)との取り分の関係で言えば、分益小作制

(share-rent tenancy)的である。すなわち、地主 37.5%、小作(佃)62.5%という関

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係でなければならないらしい*9。これがいわゆる台湾の「第1次農地改革」である。次に、

日本の敗戦後に国民政府が接収した土地の 51.8%が払い下げされた、「台湾省放領公有耕 地扶植自耕農実施弁法」1951 年 6 月の制定施行が第2次農地改革である。さらに第3次 農地改革と言われるのが、1953 年 1 月 26 日に公布施行された「実施耕者有其田条例」

による自作農創設である。この結果、地主所有農地の 14 万 4000 甲歩が 10 万 6000 戸の 地主から 19 万 5000 戸の小作農に有償で割譲された。全農地に占める自作地割合は 56%

から 83%に増大し、小作地のそれは 44%から 17%に減少した*10。尚、台湾の農地改革 は「三大原則と五箇政策」が貫徹した農民的土地所有創出の一大体系である*11

(2)第二段階農地改革(方策)

第二段階農地改革(1983 〜 1986 年)とは、前述したようにあくまでも政策当局の政 策方針として付けたネーミング(正確には「第二段階農地改革方案」)である。したがって、

「農業発展条例」成立・修正は農地制度にも一部関係する(このことは次のⅡで展開する ものと混同をしないようにしなければならない)。

第二段階農地改革(方策)は、農地改革=第一段階農地改革が終了した 1953 年からほ ぼ 30 年が経った 1983 年からの方策=政策である。したがって、1973 年公布の「農業 発展条例」の成立過程は含まれない。「農業発展条例」は日本の「農地法」の一部も代替 しつつ、「農業基本法」的側面ももち、特に農地の利用と管理規定*12を入れているにもか かわらず、それは第二段階農地改革とは規定されないのは何故か。あくまでも、「農業発 展条例」は、第一段階農地改革(いわゆる台湾の農地改革)の理想(同時に平均地権の理 想)である「地尽其利」と「地利共享」を実現する過程での条例であるという認識からす れば、台湾の農地改革は 1983 年まで続けられたと理解してもよい。

ところで第二段階農地改革は次のような背景のもとに打ち出された方案である。1961 年以後台湾農業は、経済発展=工業の発展で漸次縮小し、農産物輸出で台湾経済をリード してきたにもかかわらず、工業製品の輸出が多くなり、両者の逆転現象が出てきた。また 第一段階農地改革での耕地分配は限定的で、農業経営規模は縮小し、現代的農業には不利 な状況であった。経済発展は同時に農地転用を加速化させた。そこで①規模拡大のための 土地購買資金の提供、②共同(共同作業)、委託(農作業の一部または全作業委託)、合同 経営(合作社法による法人団体による合作農場)の推進、③農地基盤整備(農地重画)の 強化、④農業機械化の強化推進、⑤関連法律の修正、具体的には委託代耕と委託経営は基 本は自耕、一子相続は相続税免除、規模拡大の奨励により、三七五減租の土地は自耕する ことを前提に、自耕と解釈した。

(3)第三段階農地改革(方策)(2008 年〜)

2008 年の馬英九国民党政権の誕生により、高齢農家の退職勧奨を標榜して「小地主大 佃制」(小地主大小作制)を目玉とする第三段階農地改革(方策)が展開している。具体 的には、「一次付租、分年償還」という日本の農地保有合理化事業である。台湾の場合に は、農会(日本の農協に相当)を介して、大佃(小作)=専業的農民・企業化経営は賃借

(7)

料を長期に払い、小地主=高齢農家は長期契約部分の賃借料は一括して支払えるというシ ステムである(詳細は別稿を用意し「小地主大佃制という台湾の構造政策−その論理と実 態」で詳細な統計数字と具体的な小地主大佃制の実態については報告する)。このことに より耕作放棄地、零細分散な耕地を解消しようとしている。

Ⅱ.農業発展条例の修正(改正)過程にみる台湾の農地制度の大転換

では、具体的に「農業発展条例」と農地政策の転換(成立、修正)過程について見てお きたい。何故ならば、農地政策の転換は即そのまま農地制度の転換に繋がるからである。

土地に関する基底法は「土地法」(1930 年制定)、そして「平均地権条例」等の関連法に 規定されているが、農地の利用と管理について具体的に規定したものは「農業発展条例」

である。同時に「農業発展条例」は日本の「農業基本法」の側面をも併せてもつ。

1.「農業発展条例」の成立過程

「農業発展条例」の具体的な成立の背景については前掲本誌拙稿で述べたので再論を要 しないが*13、基本的なことは確認しておかなければならない。

 農地改革がほぼ完了する 1960 年代に突入すると、1964 年には中華農業学会、各農 業専門学会等は「中華民国農業法草案研擬委員会」をもうけ、ほぼ 8 ヶ月をかけ、「農業 基本法草案」を完成させる。翌 1965 年に連合年会で討論し「農業建設之準縄及修正各種 農業特別法的張本」含めて立法化を試みたが法案の内容及びその他の要因も加わり立法化 することが出来なかった。しかし、草案は「農業発展条例」の基礎になった。その内容は 成立する「農業発展条例」とほぼ同じであった。

 1969 年に「第五期四年経済建設計画」策定の時に、農業問題が俎上にのぼり、「農業 発展条例」がまた立法化されようとしたが未完に終わった。1971 年にアメリカの中国と の国交樹立、台湾の国連脱会、翌年 72 年、最大の農産物輸出相手国日本の中国との国交 樹立により、それへの対応として、「加速農村建設重要措施」*14を発表し、「以農業培養 工業、以工業発展」という農業をいわば半分犠牲にする「発展的搾取」developmental  squeeze から大転換して、農工均衡の促進、農業苦境の改善を目指して、1973 年 9 月 3 日に立法化し公布した。具体的に「農業発展条例」を想定した「農業基本法草案」からま さに苦節 10 年で成立する。日本の「農業基本法」は 1960 年成立であるから日本の農地 改革がほぼ完了した 1950 年から 10 年である(但し、日本は「農地法」が制定されるの が 1952 年で、自作農主義から借地主義に変更されるのが、1980 年の農用地利用増進法 であるから 28 年かかっている)。

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2.「農業発展条例」の基本論理の大転換

 −「農地農有、農地農用」から「放寛農地農用、落実農地農用」へ−

具体的な「農業発展条例」の修正過程については具体的にみていくが、ここで確認して おかなければならないのは「農地農有、農地農用」から「放寛農地農用、落実農地農用」

に大転換したことである。とりわけ、後者は「農業発展条例」修正の最後の 2000 年修正 で大きく変わった。すなわち、自耕者を前提した農地を誰もが所有できるようになったこ とである。その意味では、2000 年修正の「農業発展条例」は、農地所有を農民でなく自 然人一般に許したと言う点で、評者によっては台湾の憲法違反という人もいる*15

では、その「農地農有、農地農用」とは何か、「放寛農地農用、落実農地農用」とは何 かを述べておきたい。

「農地農有、農地農用」とは、「農地は農民が所有し、農地は農業で利用する」と言う意 味である。すなわち、耕者有其田を実現するという台湾農業が、一貫して譲らなかった政 策であった。農地が非農民、また投機の対象となることを極力避けることを前提に農地、

土地法が体系化されていた。したがって農地は厳格な意味で管理されている。農地の移転 転用も厳格で、かつ、農地の借り手も農民でならねばならないし、それはあくまでも「自 耕之農民」に限定されていた。この文言とともに「管地又管人」という「土地と同時に人 も管理」する、すなわち、「自耕之農民」に限定するということも「管地又管人」と一対 のものとして明記してある。

「放寛農地農用、落実農地農用」とは、「農地は農民が所有するのを緩和し、農地は農業 に利用するを実施する」という意味である。しかし、ここには「管地不管人」という「農 地は管理するが人は管理せず」の文言がつく。すなわち、農地農用の原則のもとに農地の 自由売買に門戸を開いた(正確には条文の解釈変更を無理矢理に行った経過も存在する)。

 では具体的に次に「農業発展条例」の修正(改正)過程を見ておく。

3.「農業発展条例」の修正過程 *16

稿末に掲載する参考資料「農地発展条例における農地移転の修正条文内容比較表」(そ の1〜4)をもとに、①耕地移転の基本的制限、②農企業法人による辺緑農地の開発取得、

③農地移転の関係課税免除規定、④共有および継承分割のための移転の制限、⑤移転使用 に関する制限に関わって見ておきたい(やや煩雑だがあえて示しておく)。とりわけ、こ こでのポイントはのちに述べるように「自耕」という概念がキーになる。

具体的には① 1973 年制定(全文 38 条)、② 1980 年修正(増加条文2条、修正 5 条)、

③ 1983 年修正(全文 53 条)、④ 1996 年行政院 85 修正草案(全文 71 条)、⑤ 1998 年 行政院 87 修正草案(全文 68 条)、⑥行政院 88 修正草案(全文 72 条)、⑦ 2000 年修正(全 文 77 条)の 7 つの法律及びその修正、修正草案について比較し、どのように変化したか を見ておく。但し、1973 年制定「条例」をもとに具体的に修正したのは、1980 年、1983 年、

2000 年である。それ以外はすべて草案段階のものである。しかし、現実にはその草案が

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修正されて法律として立法化される。

そこで、「農地農有、農地農用」段階、「放寛農地農用、落実農地農用」段階と2つにく くれば、前者は① 1973 年制定(全文 38 条)、② 1980 年修正(増加条文2条、修正 5 条)、

③ 1983 年修正(全文 53 条)で、後者は⑦ 2000 年修正(全文 77 条)である。残りの

④ 1996 年行政院 85 修正草案(全文 71 条)、⑤ 1998 年行政院 87 修正草案(全文 68 条)、

⑥行政院 88 修正草案(全文 72 条)はあくまでも、前者の「農地農有、農地農用」段階 から後者の⑦ 2000 年修正(全文 77 条)の「放寛農地農用、落実農地農用」段階への移 行段階=準備段階*17と位置づけることができる。すなわち、前者はまた耕者有其田の思 想であるが、耕者は農地所有を自然人一般でも買える大転換のそれといえる。

(1)「農地農有、農地農用」段階

第一段階農地改革(いわゆる台湾農地改革)は平均地権にもとづく耕者有其田思想が貫 徹した「自作農的土地所有」を徹底した。しかし、経済発展は農村の労働力不足、農業へ の投資不足、農業収益性の相対的減少、そして零細経営は打開することができなかった。「農 業発展条例」の成立の背景と経過については述べたので再論しない。同時に農地の利用と 管理規定に関しては、その基本は「自耕農」=自作農、すなわち台湾の農地改革の耕者有 其田を「未来永劫」引き継ぐという論理が一貫している。同時に、佃農(小作)保障も一 貫している。この点の確認は重要である。このフレーズはどこかで聞いた感じがするのは、

私たち日本の研究者だけではないかという気もしている。したがって、この段階ではすべ ての条文に「自耕」「能自耕」という文言がつきまくる。同時に修正においてもこの「自耕」

概念を再解釈し、敷衍化している。

ところでこの「農業発展条例」で第一段階農地改革との違いで、大きな変化を示したの は次の点である。第一に「委託経営」「共同経営」「合作経営」等の定義を明確にし、規模 拡大のためには自由に委託できるようにした。とりわけ、「委託経営」を縛っていた「三七五 減租条例」の規定を適用除外にした。第二に、耕地の零細化、分散化を防止するために、

一子相続・継承の場合には、遺産税と贈与税、土地税を 10 年間免除にした。第三に、耕 地及びその他の農業用地を非農業に使用変更する場合には、あらかじめ農業主管機関の同 意を得て、農用地を耕作農民に移転し、当該農用地が継続的に耕作される場合には土地増 地税は免除される。

では、稿末の参考資料をもとにいくつか確認しておきたい。耕地移転の場合には、農地 の引き受け手(請負人)は、「自ら耕作することができること」、すなわち「能自耕者為限」

が条件として付されている。また規模拡大の場合には、「委託経営」の場合、たとえ他人 に委託し、機械代耕でも、その場合には自ら行う農業経営生産者と解釈し、これも「以自 耕論」とするように自耕と解釈し読み替えている。

では「1980 年修正(増加条文2条、修正 5 条)」、「1983 年修正(全文 53 条)」ではど のように修正(改正)されたかを見ておく。

「1980 年修正(増加条文2条、修正 5 条)」での修正は次の点だ。規模拡大の場合の共

(10)

同経営、委託経営者も「自耕論」と解釈している。とりわけ、委託経営の場合は「租佃」

ではないとし、委託人と受託人との間に約定があり、その約定に従わねばならない。

「1983 年修正(全文 53 条)」での修正は、「委託代耕」を明確に定義している。また、「共 同経営、委託経営、農民団体、農業用地、農産専業区、農産運輸、農業服務業、農企業」

の再定義し、その「自耕」の条文部分を修正している。また規模拡大の場合、「共同経営、

合作農場」の経営者は「自耕」することにより「自耕論」=自作農と解釈している。さらに、「委 託経営」の小作(佃)地は「三七五減租」は適用しないとし、この場合には書面を以て約 定し、その費用と収益の分配及び期間は双方の約定によるとしている。

この段階では、未だ「自耕」という台湾の農地改革の精神がそのまま貫徹しているが、

規模拡大する場合の経営体(個別農家=家庭農場であれ、共同経営、委託経営、合作経営)

の小作料(租佃)は書面による「約定」がある場合には、「三七五減租」の縛りを外している。

すなわち、「管人又管地」という「人と土地は同時に管理する」は貫徹し、規模拡大を個 別経営の所有権移転によるだけではなく、生産組織による規模拡大を推奨するようにな *18。必然的に小作地を厳格に統制していた「三七五減租」の縛りをなくすよう転換し ている。当初の 1973 年「農業発展条例」では、委託経営と共同経営は自耕と認めていたが、

修正過程で再定義し、他の合作経営、委託代耕等を「自耕」として再解釈する。ある意味 では苦肉の策であった。

(2)「放寛農地農用、落実農地農用」段階

2000 年修正(全文 77 条)「農業発展条例」で全面的な改正を行い、それまで一貫して

「自耕」=自作農を大きく転換した(尚、その後 2002 年、2003 年にも若干の修正もして いるが)。したがって、2000 年が台湾農業構造の転換点と言ってよい。

その大転換は大きく言って三点である。第一点は農地売買緩和、第二点は農地分割緩 和、第三点は農地賃貸借制度の活用である(具体的に稿末の参考資料を確認していただき たい)。尚、全面修正をしているが、「1996 年行政院 85 修正草案(全文 71 条)」、「1998 年行政院 87 修正草案(全文 68 条)」、「行政院 88 修正草案(全文 72 条)」の移行段階に おける草稿で立法化出来なかった条文を踏襲していることも注意しておかなければならな い。

第一、農地売買緩和 農地は「自耕農」のみが購入できるという土地法第 60 条の規定 を廃止し、自然人、すなわち誰でも農地を購入、贈与、継承が可能になった。これが最大 の転換である。同時に農企業法人も農地を条件付きで購入できることになった。

第二、農地分割緩和 耕地の最小分割面積制限を 0.5ha から 0.25ha に緩和した。また この 2000 年改正の「農業発展条例」以前の共有地、改正後の継承耕地に対しても最小分 割面積を設けないこととし、この最小分割 0.25ha の制限を受けない例外規定を設けた。

第三、農地賃貸借制度の活用 2000 年改正以後の賃貸借関係は出租人(出し手)と承 租人(受け手)の双方で自由に契約を交わし、期間、小作料、納付形式はあくまでも双方 で自由に契約を交わすことになり、完全に「三七五減租」による制限を受けないことにな

(11)

った。また農地の売買、貸借関係、代耕等の仲介業務の指導を農会(農協)等が処理、指 導出来るようにした。まさに、ここから賃貸借方式に転換したことになる。

「放寛農地農用、落実農地農用」という農地農用を緩和し、農地農用を実施し、「管地不 管人」という土地は管理するが人は管理しないという、全面的な農地所有の開放である。

このことによりさまざまな問題が出てきている。とりわけ、農村に住みたい人、また農 村に別荘を持ちたい人は「農舎」という名目で購入する。先に示した最小分割 0.25ha の うち、別荘として 1 / 10 は建物を建設し、残りの 9 / 10 は農地として利用すればよい。

その残りの農地は果樹、花畑にして「自耕」して、偽装しておけばよく、そのためにかつ ての農村の圃場はスプロール的な土地利用になり、農用地の中に別荘が建ち並ぶ景観を呈 している。同時に、その「農舎」という別荘からの生活排水が農業用水に流され、環境汚 染が深刻な状況を呈している地域が多くなっている。

エピローグ

耕者有其田と「農業発展条例」との関係を、「農業発展条例」修正過程を見ることによ り検討してきた。2000 年修正「農業発展条例」によって自然人に農地所有を開放し、同 時に実質的に「三七五減租」を放棄した。この 2000 年がある意味では「耕者有其田」思 想から新「農地租田制度」への転換である。その場合、この新「農地租田制度」、新しい 賃貸借制度への転換は、規模拡大する専業的な農企業法人を前提にしている。農業への企 業参入である。まだ完全に農企業法人への農地所有の全面的な開放までには至ってない(限 定的ではあるが認めている)。

この過程を経ることにより、農業政策、構造政策は「小地主大佃制」への移行、すなわち、

第三段階農地改革(2008 年〜現在)へ進んでいる。この「小地主大佃制」の実績は直近 の統計をみてもそれほど進んでいるとはいえない(2013 年現在、小地主 25724 人、大佃 農 1578 人、承租=賃借地 11268ha でそのうち連続休耕農地租賃面積 9854ha、一般農 地租賃面積 1414ha、累計件数 385 件)。このことを考えると、日本の農地中間管理機構 の実績が上がれば、台湾も同じ道を準備すると思われる。構造政策が如何に難しいかを示 している。日本も含めて、小農社会の東北アジアで本当に構造政策が必要かどうかは再考 を要する。

では、台湾を含めて日本、東北アジアで構造政策が必要なのかを含めて若干の検討課題 を示しておこう。

第一に、台湾、日本を含めて東北アジアにおいては構造政策はなじまないのではないか という気がしている。やはり、小農社会に適合的な構造政策をどのように制度設計するか が重要になる。台湾の農地政策の変遷過程を見る限り、「自耕」という意味を改めて再認 識し、再定立する必要性を感じられる。

第二に、台湾の土地問題は、「地尽其利、地利共享」を国是としていることを考えると、

(12)

改めて「平均地権」思想がどのようなものであるかを再定立する必要がある。とりわけ、

日本の農村、中山間地域での「農地所有意識の変化」、農地を所有することが桎梏になっ ている現実を考えると、アイロニーであるが、地価下落、農地の無価値化ということを考 えた制度設計を考える必要がある。

第三に、現代的総有論、コモンズ論を含めて、土地を単なる「公共財」という概念で矮 小化することなく、定常社会、人口減少を含めて農村社会をどのように考えるか、その場 合の土地問題とは何かを考えなければならない。

最後に、台湾の農地政策を考える場合、ここでは詳細に検討しなかったことを列記して おきたい。

第一は、農地転用と農地の総量確保問題である。その点は他の土地法体系、税体系に抵 触する。

第二に、自然人に開放した農地所有が具体的にどのような実態になっているかを検討し なければならない。若干、提示したように「農舎」という別荘がスプロール的に存在し、

環境問題も引き起こしている。そのことの実態を明らかにし、農地を自然人または企業に 開放するとは何かを考えなければならない。

第三に、台湾の場合、国土計画体系との関係を検討しておかなければならない。とりわ け、農村リゾート先進地台湾を考えると、都市計画法、土地税制体系との関係を詳細に検 討しなければならない。

【付記】科研費基盤研究B(2014 〜 2017 年度)(課題番号 26285026)「持続的可能社会 における所有権概念−農地所有権を中心にして−」(研究代表者:楜澤能生)の一部 である。

*1    拙稿「『耕者有其田』の変貌過程と現在」(『南島文化』34 号)ではあくまでも台湾の 農業構造の変動に論点の中心をおいて検討したものであった。本来の農地制度改革が どのようなものとして行われたかの確認は不十分であった。本格的な農地制度改革の 歴史的な検討は本稿を含めて別稿を用意する必要があるが、ここでは耕者有其田思想 と農業発展条例に焦点を当てた。

*2 とりわけ農業委員会改革については、全国農業会議所が独自に検討会(座長:高木賢)

をもうけ検討してきているが、その検討委員のメンバーである筆者の基本的なスタン スは次のものを参考にされたい。「農委改革の論点③ 農委会再評価すべき、農地管 理システム 東北アジアのモデル」『全国農業新聞』(2014 年 7 月 4 日付)。

*3    このことについては、別稿を用意しなければならないが、五十嵐敬喜氏が提起してい る現代総有論論、ないしは危機のコモンズの可能性論等は、真伨に考えなければなら ない問題だ。とりわけ、私の問題関心からすれば、農地所有意識の空洞化・形骸化と

(13)

いう問題領域については重要な論点である。尚、このことについては次のものが参 考になる。五十嵐敬喜編『現代総有論序説』株式会社ブックエンド、2014 年。但し 五十嵐編著に掲載されている竹本俊彦「土地所有権の絶対性からの転換」は日本の農 地制度を歴史的に概観しながら検討しているが、利用優位の思想は納得するが所有す ることの痛みが明らかになっていない。そのことを私は所有の柵(シガラミ)といっ ている。全面的には論点を留保しておく。また竹田茂夫「危機のコモンズの可能性」『大 原社会問題研究所雑誌』No.655、2013 年は参考に値する。

*4 このことについては様々議論にされた経過があるが、私も執筆している(但し、韓国 について)次の著書が参考になるだろう。但し、当時は、都市の高地価問題に問題関 心があり、土地問題、土地所有一般についての検討は不足しているが、平均地権の考 えはある程度示唆に富むと考える。本間義人編(本間義人・加藤光一・川瀨光義)『韓 国・台湾の土地政策』東洋経済新報社、1991 年)。

*5 孫文の三民主義、とりわけ民生主義を体系的に検討することが本稿の主題ではなく、

当面はそのさわりをまず確認しておきたい。「われわれのまず第一の方法は、土地問 題を解決することである。土地問題解決の方法は各国とも同じではなく、しかも、各 国の方法には非常に面倒な点が多い。だが、いまわれわれが用いる方法は誠に簡単で 容易である。この方法は、つまり地権の平均である」孫文著・安藤彦太郎訳『三民主 義』( 下 ) 岩波文庫、1957 年 5 月初版、2011 年 2 月 (19 刷 )、133 頁。

*6 同時に、孫文の平均地権に対する源流は、第一に中国歴代で行われた「井田制」と 第二に当時の欧米諸国における土地改革運動の理念と実践に強い影響を受けたと言わ れる。とりわけ、孫文が影響を受けた理論としては、デヴィト・リカードの差額地代 論、JS・ミルの土地社会価値の共有論、前述したヘンリー・ジョージの土地単一税 論であった。尚、ブルジョア土地国有論として学説史的整理をしているものとしては、

山本秀夫『中国の農村革命』の第2章「孫文主義土地綱領の分析」(東洋経済新報社、

1975 年)、保志恂『戦後日本資本主義の農業危機の構造』(御茶の水書房、1975 年、

314 〜 331 頁)、前掲の本間義人編『韓国・台湾の土地政策』の第4章「平均地権政 策の理念と現実」(川瀨光義)を参照されたい。

*7 拙稿「耕者有其田と平均地権の現代的再定立−現代的総有論・コミュニティ論の可能 性を射程にして−」『松山大学論集』(2015 年に投稿予定)

*8 林英彦『認識地價』中国地政研究所、2012 年、155 〜 165 頁。尚、本稿は林英彦氏(中 国地政研究所所長・政治大学地政系名誉教授)の配慮による資料収集および議論を前 提にしている。

*9    小作(佃)地の地租率は平均で 50%であった。そこで前述した大陸で「二五減租」

で 25%が地租上限としていたために、そのことを勘案して計算すると 37.5%となる。

すなわち、本来生産量の 50%が物納であったが、それを 25%削減し(大陸での「二五 減租を根拠に」)にすると 50%×(1− 25%)= 37.5%となる。但し、注意を要す

(14)

るのは定率のように見えるが、実際には定額である。したがって小作が 37.5%以上 を増産したものは小作人の取り分となる。殷章甫『臺湾之土地改革』土地改革記念館、

2010 年、7-8 頁、同『中國土地之改革』中央文物供応社、1984 年、66-71 頁。及び 林英彦氏へのヒアリング調査(2014 年 8 月)から。

*10 尚、台湾における法律として確認しておかければならないのは「弁法(辨法)」と「条 例」の違いである。前者は、「規則」「細則」などと同じで政府の発する行政命令であ り、後者は一種の特別法で普通法に優越するものである。

*11    詳細は拙稿「『耕者有其田』の変貌過程と現在」(『南島文化』第 34 号、2012 年)、

106 〜 110 頁を参照のこと。尚、三大原則とは、第1に農民の負担を増加させない で土地を取得させること(土地の代価は 10 年間還付、毎年の償還額は三七五減租に よって減額された地代を超えないこと)、第2に地主の利益を考慮すること(これは 合理的な地価の補償と地主に合理的な面積の保留を許すことが含まれている)、第3 に地主の土地資金を工業部門に移転させること(買上価格の3割は民間に払い下げる 国営企業の株式で支払うこと)である。五箇政策とは、第1に 「 一箇原則、両箇弁法

」(地主制解消は二段階に分割され、地主保留部分以外の土地が農民に放領され、次 に残りの地主的保留部分は漸次農民と地主の間で協議購買)、第2に「公地之征収放 領均由政府居間弁理」(地主と農民の直接接触は禁止し政府が介入すること)、第3に

「 在安定中改革 」(現耕作人、現耕作地、現経営方式のもとで)、第4に「兼顧其他事 業之発展」(耕地に依存している教育、社会的救済事業、公営市営鉱工商業は一律に 征収放領しない)、第5に「対自耕農之保護」(承領した耕地は地価支払いが終えるま で売買移転を許可せず)である。

*12 土地に関しては 1930 年(中華民国南京政府)で制定された基底法である土地法が 存在し、民法、平均地権条例、国土計画法、地籍法等の関連法、農地の利用と管理に 関わって修正される。ここで確認しておかなければならないのは、土地法第 6 条「本 法所称自耕、係指自任耕作者而言。其為維持一家生活、直接経営耕作者、以自耕論。」

の自耕の定義である

*13 前掲の拙稿「耕者有其田の実施過程と現在」110 〜 112 頁参照のこと。

*14 一般に「九大措施」と言われ、平均地権条例 11 条、同 63 条、76・77 条、農地重 画条例 29 条、促進産業升級条例 27 条、耕地三七五減租条例 17 条等は廃止された。

具体的には賃貸借に出す場合の規制が廃止された。

*15 その代表が、殷章甫教授(政治大学地政学系退役教授)である。前掲の『台湾之土 地改革』土地改革紀念館、20210 年。

*16 行政院農業委員会(胡忠一農田水利処副処長及願翊嵐女史)から膨大な資料を提供 してもらった。同時に嘉義県経済発展處長張志銘氏から論文等を提供してもらった。

とりわけ、この論文の導きの糸は張志銘「従農業発展条例之研修看農地政策的転変」『人 与地』206 期、2001 年、顔愛静・張志銘「現段階台湾農地管理問題之検討 ( 一 )( 二

(15)

)( 三 )」『現代地政』257 期、258 期、259 期『人与地』226 期,227 期、228 期 ( 合 刊本 )、2002 年 11 月、12 月、2003 年 1 月である。また、荘玉䌢・王玉真『台湾之 農地政策』土地改革紀念館、2010 年。

*17 前掲の張志銘「従農業発展条例之研修看農地政策的転変」で区分している方法を もとに設定した区分である。やや踏み込んだ規定をするならば、台湾の農地制度は 2000 年を境に大転換したといって良い。

*18 ここで定義している「委託経営」とは自作地が少ないか、労働力不足で農作業の一 部または全農作業を委託している場合、「共同経営」とは農家が自主的に共同作業を 行う場合、「合作経営」とは合作社法による法人団体で、「委託代耕」とは農業服務業

=農作業に請負させる場合を指す。

参考資料  農業発展条例における農地に関する修正条文内容比較表

内容 分類

1973.9.3 制定

(全文 38 条)

1980.1.30 修正

(修正 5 条増訂 2 条)

1983.8.1 修正

(全文 53 条)

行政院 1996.8 修正草案

(全文 71 条)

行政院 1998.4 修正草案

(全文 66 条)

行政院 1999.11 修正草案

(全文 72 条)

2000.1.26 修正

(全文 77 条)

① 立法主旨

計4箇所:

「 農 業 現 代 化 の 加 速/農業生産の促 進/農民所得の増 加/農民の生活レ ベルの向上」

(§ 1)

(同左 §1)

計 4 箇所:

前 半 の 2 箇 所 を

「 農 業 発 展 の 加 速

/農業生産・販売 の促進」に修正。 

後半の2箇所は修 正無し。

計5箇所:

農業永続発展の確 保/農地の合理利 用の促進/農業生 産・販売の安定/

農民福利の増進/

農民の生活レベル の向上」(§ 1)

(同左 §1) (同左 §1)

計7箇所:

「 農 業 国 際 化 と 自 由化への適応/農 業 産 業 構 造 の 調 整」の2項を追加

②主管機関

中央:経済部(農 業発展諮問委員会 を設置)

省(市):省(市)

政府

県(市):県(市)

政府

(§ 2・4)

(同左 § 2・4) (同左 § 2・6)

中央は行政院農委 会に修正。省(市)

及び県(市)は変

動せず。( § 2・8)(同左 § 2・8)

中央、県(市)は 変わらず。省(市)

は直轄市での直轄 市 政 府 に 修 正。( 

§ 2・8)

農業発展諮問委員 会設置の条文を削 除。その他は同左。

(§ 2)

③ 名詞定義

計 13 項:

農業/農産/農民

/家庭農場/共同 経 営 / 委 託 経 営

/合作農場/農民 団体/農業用地/

農産専業区/農産 運送販売/農業サ ービス業/農業企 業 機 構  ( § 3)   

別 途、 専 用 条 項

で 自 耕 を 定 義         

(§ 20)

13項:

農 業 / 家 庭 農 場 の 定 義 の 中 の 生 産 は「 生 産 販

売 」 に  拡 大。      

土地の地続きによ る共同経営は「土 地 の 地 続 き 又 は

近 隣 」 に 緩 和。       

農業用地は「農民 又は農民団体の倉 庫、集貨場」を追 加。(§ 3)

計 15 項:

「 委 託 代 耕 」「 耕 地 」 の 両 定 義 を

新 た に 追 加。      

「 農 産 」 は「 農

産 品 」 に 修 正。         

農 民 は 自 然 人 を

指 す と 規 定。         

共同経営/委託経 営/農民団体/農 業用地/農産専業 区/農産運送販売

/農業サービス業

/農企業機構等7 項の用語の定義を 修正。(§ 3)

自耕の条文は文字 を斟酌修正して条 文に移行させる。

(§ 4)

計 18 項:

青年農民/農業生 産用地/農業試験 研 究 機 関 の 言 葉 の 定 義 を 追 加。   

家庭農場/合作農 場/農業用地/耕 地/農業企業機構

/共同経営の定義 及び文字を修正。    

委託経営を「耕地 賃貸」に修正。

(§ 3)

その他、自耕に関 するs修正を削除。

計 15 項:

青年農民/合作農 場/農業用地/農 業サービス業/農 業企業機構等の4 項の定義を削除し、

重要農業生産用地

/保育用地/二次 農業生産用地/農 業使用等4項の用 語定義を追加。

農業使用の認定及 び手続審査認定は 中央主管機関と関 係機関がこれを規 定。

農 業 団 体、 耕 地、

耕地賃貸(貸出し、

他人が「農業」経 営に使用)の定義 の文字修正。(§ 3)

計 17 項:

重要農業生産用地

/保育用地/二次 農 業 生 産 用 地 の 3項の定義を削除。

レジャー農業/レ ジャー農場/農業 試験研究機構の3 項の用語の定義を 追加。農業企業機 構/農業用地の定 義を回復させ、修 正を加える。農業 使用の定義を修正。

(§ 3)

(同左 § 3)

(16)

内容 分類

1973.9.3 制定

(全文 38 条)

1980.1.30 修正

(修正 5 条増訂 2 条)

1983.8.1 修正

(全文 53 条)

行政院 1996.8 修正草案

(全文 71 条)

行政院 1998.4 修正草案

(全文 66 条)

行政院 1999.11 修正草案

(全文 72 条)

2000.1.26 修正

(全文 77 条)

④農地利用計画

(無) (無) (無)

農業主管機関は農 業用地の自然条件 及 び 社 会 経 済 条 件に基づき、区域 計画法または都市 計画法に合わせて 土地使用分区を確 定し農業用地利用 を総合的に企画し、

適地適作モデルを 確立しなければな らない。

(§ 9)

主管機関が重要農 地、保育用地、又 は二次農地の自然 環境、社会経済要 素、技術条件及び、

農民の意思に基づ き、区域計画法ま たは都市計画法に 合わせて土地使用 分区を確定し、農 地利用総合企画計 画(法源基礎の賦 与)を立案し、適 地適作モデルを確 立しなければなら ない。

少なくとも五年ご とに一回、全面的 に検討しなければ ならない。

(§ 9)

重要農地、保育用 地、又は二次農地 の目標を農業用地 に修正し、その他 は同左である。

(§ 9)

農地数量の総量管 制の規定を新増す る。農業発展の需 要を維持するため に国土計画の総体 発展原則に合わせ て、農業用地需求 総量及び可変農地 数量を推定し、定 期的に検討する。

(§ 10)

条順をそれぞれ§

8 と 9 に変更。

農地申請無固定基 礎の臨時性と農業 生産に関する建築 物が追加され、申 請建照の規定は免 除できる。(§ 8 Ⅲ)

農業生産環境の保 護と改善/農地使 用の有効管理/農 村社区生活条件の 改善/中央農業主 管機関の農村企画 発展局設置、を追 加。(§ 14)

⑤農地再計画 地政主管機関は農

業及び水利などの 主管機関と共同で 統一的に企画安配 し、連携して実施 しなければならな い。(§ 11)

(同左 § 11) (文字修正、条順 変更 § 15)

(同左、条順変更 

§ 12)

(同左、条順変更 

§ 15)

(同左、条順変更 

§ 13) (同左§ 13)

⑥農地維持保護

公私有農業用地は いずれも、土地利 用限度に基づき使 用し、水土保持処 理及び保守を実施 しなければならな い。限度を超過し て使用又は水土保 持処理を怠った場 合、使用者を強制 的に変更、又は責 を科すものとする。

(§ 10)

(同左 § 10)

「 強 制 」 を「 法 に 基づき強制」に修 正。利用度が低く 且つ開発潜力を有 する大面積地区は、

政府がその利用を 企画指導するもの とする。(§ 14)

「 限 度 を 超 過 し て 使用又は水土保持 処 理 を 怠 っ た 場 合、法に基づき使 用者を強制的に変 更、又は責を科す」

の文字を削除。(§

11)

目 標 を 重 要 農 地、

保育用地、及び二 次農地に修正。そ の 他 は 同 左。( § 14)

追加:政府が興す 農業公共投資、農 村建設、生産販売 指導及び農地利用 総合企画計画は重 要農地を優先選択 して実施し、且つ 受け取った還元金 は重要農地に用い なければならない。

(§ 10)

( 削 除。 現 在、 水 土保持法が既に立 法化され、農業用 地の水土保持処理 及び保守に関して は、法により執行 できるため。また 土地の使用限度の 査定及び利用度が 低く且つ開発潜力 を有する大面積地 区の計画利用もま た山間部傾斜地保 育利用条例を引用 することができる ため。)

(同左、削除)

参照