イントネーションの基本概念と指導
著者 乾 隆
journal or
publication title
英語英文学研究
volume 6
page range 80‑87
year 2000‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009627/
イントネーションの基本概念と指導
乾 隆
0.はじめに
英語に慣れた人なら、イギリス英語とアメリカ英語は容易に聴き分けがで きる。また非英語圏の人の英語でもそれを聞くと、ある程度その話者の出身 がわかる。そのような人は一見予言者のようであるが、たとえば日本人は英 語の各音節をほぼ等間隔で話したり、フランス人は[r]の軟口蓋で調音する ように、母語の音韻特徴が英語に反映されるので比較的容易にできる芸当で
ある。
しかし、最も母語の特徴が英語に顕著に現れるのは、イントネーションに 関してでなかろうか。名探偵ポワロはその独特のイントネーションからすぐ フランス人とわかる。逆に言うと、イントネーションを母国語話者に似せれ ば、かなりそれらしく聞こえるということになる。実際、英語の各分節音が 正確に発音できても、そのリズムやイントネーションが習得できていなけれ ば母国語話者に話が通じないことがあり、反対に分節音の発音が多少いい加 減でもリズムとイントネーションが正しいければ通じるという実験報告もあ
る。(1)
ところが渡辺(1994)でも指摘しているように日本の中学や高校の実際の 英語教育では、このように大切なリズムやイントネーションの指導が意図的 に行われていることは少ないようである。(2)文部省の学習指導要領でも、イ ントネーションを指導する旨の言及はあるものの、その指導に関して具体的 な指示はない。
このような現状の原因の一っは、イントネーションは話者の感情の発露で あるから、その気持ちになって話せば自然に習得できると思われているから ではないだろうか。また、イントネーションは、ある程度個人差や状況によっ ても異なるので、一定の決まった指導がしにくいという原因も考えられる。
本稿では、そのように等閑視されがちなイントネーションの指導の参考に なるよう、関係する他の基本概念とともにイントネーションを整理して、最 近の文献に見られる知見を紹介する。
1.イントネーションとは
言語音には高低(pitch)の変化があり、言語によってその特定のパターン が見られる。この高低変化のパタ 一一一ンのことをイントネーションと呼ぶ。歌 曲は、音符で示されるように、音声の高低の変化を持っが、鍵盤楽器の特徴 からもわかるように、ある音階から次の音階へと階段を昇降するように一気 に次の音に移り所定の長さその音声を保ち、しかる後に次の音へと飛び移る ように変わっていく。その一方、発話の音声(speech sound)は、音階のよ うな階段状の変化をせず、高低のある道路のように、あるいは張力を失った 糸を置いたように、直線あるいは曲線的に徐々に高さを変じていく。
そのような実際の物理学的に正確な分析からすれば、(1)や(2)のような、
かってよく見られた、階段状の直線による音声の高低変化の表示は正しくな
いことになる。(3)
(1)Will you open the window?
(2)You are so hun 9「y・
2.リズム
イントネーションの指導とリズム及び強勢の指導は一体の関係である。ど れを欠いても正しい音声指導はできない。
日本語は各音節がほぼ同じ長さに保たれるsyllable−timed languageであ るが、英語は強勢(stress)のある音節がほぼ等時的に出現するstress−timed languageである。したがって英語では、強調のある音節を等間隔に配置す
るため、強勢の移動(stress shift)のような現象が生じる。たとえば、
Japaneseは単独に発音される場合は第3音節に第一強勢があるが、第一音 節に強勢のある語が後続する場合は、(3)のように第一音節に強勢が移動す る。ただし、(4)のように後続の語が第2音節以降に強勢を持っ場合にはこ の現象は生じず、Japaneseの第一強勢は第3音節のままである。
(3) Japanese P60ple (4) Japan6se conversation
中学や高校で新出語の発音練習をしてから、本文を読ませる練習をするこ とがあるが、単語を単独に発音した場合と、文中でのその発音は異なること があるので注意を要する。(4)
いずれにせよ、英語では等時的に強勢のある音節が出現する傾向があるの で、独特のリズムを持っことになる。
3, stress, pitch, length
超分節素性(suprasegemental features)と呼ばれる英語の強勢(stress)、
高低(pitch)、長さ(length)は不可分の関係にある。「日本語は高低アクセ ントで英語は強弱アクセントである」とよく言われるがこれは正確ではない。
確かに、英語のアクセントを有する音節は強勢を伴うが、実際はそのピッチ も高くなり、長さ(length)もアクセントがない場合よりも長くなる。強勢 は肺から排出される空気の量を急激に増加させることで声帯の振幅を増すこ とで得られる。声帯が強く振動すれば振動数も増加し、声のpitchも上がる。
肺からの空気は横隔膜を押し上げることで排出されるので、そのために付帯 する筋肉の緊張を伴う。
強弱アクセントに不慣れな日本人学習者に、単に当該の音節を強く読むよ うに言っても、「強い」とはどのようにすればいいのかわからないことがあ る。筆者はそのような場合、当該の音節の所で、足を踏ん張れとか、拳を握 れ、等と具体的に身体の一部の筋肉を緊張させる方法で指導してきた。同様 に、Ladefoged(1993)は指を机の上で叩くことを提唱している。 University of ChichesterのVictoria Lairdは、その所在地であるBognor Regisの発 音を語学研修の日本人学生に指導する際に、学生を起立させてBognorの第 一音節で両膝を軽く折らせていた。理にかなった指導と言えよう。
4.tone groupとtonic syllable
文(sentence)の一部または全体を構成する連続する音声の特定の高低変 化のパターンをtone groupと呼ぶ。(5)一っのtone groupが一文を形成し ている場合もあれば、複数のtone groupが一文を形成していることもある。
後者の場合、句や節などsense groupの切れ目とtone groupの境界が一致 するが、どこがtone groupの境界になるかは、個人や状況によって多少の 違いがある。tone groupの境界とは簡単に言えば、文の休止点であるから、
たとえば、訥弁の話者のtone groupは数が多くなるであろうし、流暢な話 者でもゆっくりと説明するような場合はそうなろう。
各tone groupはいくつかの語で形成されているので、それに応じた強勢 のある音節があり、そこでは上で述べたようにpitchも高まる。ただし、各 tone groupの中で一っの音節のみが、もっとも顕著なpitch変化を伴う。
この音節をtonic syllableと呼ぶ。
tonic syllableは通常tone groupの強勢を伴う最後の音節がなることが 多い。しかし意味上、特定の語を強調する場合にはその語にtonic syllable が移る。
よくYes・No疑問文は上昇調、 Wh一疑問文は下降調のイントネーション
で発音するよう指導がなされるが、文のどの箇所から上昇させたらよいのか、
あるいは下降させたらいいのかまでは指導されていない場合が多いのではな いか。上昇調にせよ下降調にせよ、tonic syllableまではほぼ平坦なイント ネーションでtonic syllableを曲がり角のようにして、上昇したり下降し たりする。一旦高低変化を始めたイントネーションは、途中の強勢のある音 節で若干の変化はあるものの、tone groupの境界まで、上昇調なら上昇を 続け、下降調なら下降を続けるのである。
このことからもtonic syllableの概念はイントネーションの指導上極め て重要ということがわかる。
5.tonic syllableの位置
古い文献にはtonic syllableという用語は見られないが、文強勢(sentence stress)という用語が使われていた。 tonic syllableはこの文強勢の概念の 一部をなすものである。tonic syllableの位置は文強勢のある箇所の中心的 音節である。文強勢は話者が一番言いたい語に置かれるのが普通である。話 者が最も言いたいことは通常、聞き手にとって新しい情報である。新しい情 報は英語の場合、文末に位置することが多い。この理由で、tonic syllable
はふっう強勢のある最後の音節であると上で述べたのである。
6.下降上昇調のイントネーション
代表的なイントネーションに下降調(falling)上昇調(rising)がある。こ れらは、上で述べたように、tonic syllableを起点に高低を変化させること を心得ておけば、指導上あまり問題はなく、比較的よく知られているパター
ンなので本稿での言及は避けることにする。
ここでは、日本人に不慣れな下降上昇調(fall−rising)のイントネーショ ンについて述べる。このイントネーションは疑問文、平叙文のどちらにも使 われ、特にイギリス英語では大変多用される。イギリス英語の独特のイント ネーションは、この下降上昇調に原因するところが大きい。
下降上昇調ではtonic syllableからpitchが下がり、すぐ上昇に転じて、
その上昇調がゆっくりとtone groupの境界まで続く。下降上昇調が使われ るのは、主に話者と聴者の共有概念を述べる場合である。たとえば、相手が 既に言ったことや、言外に述べたことを繰り返すときであるが、未出の概念 でも両者が共有していれば、あるいは共有していると思われていれば、この 音調を使う。
Bradford(1988)からの例を示してみる。
Lisa:〃But\[Ltny // surely you/二鯉ised〃everybody would be wear−
ing/旦凹些旦/7ajob like/迦ノ7 such a goodノ鯉ary〃with so much /responsi厘旦ity/γyou ought to have known\麺er than to wear jeans〃
Tony:〃Don t\re血亟me〃Iknow it was>迦pid〃
Lisa:/7 WeU what was the\p皿hlem//1\迦〃you ve>{:!}1tL a suit //
Tony:〃Oh,\y璽…//1 ve>{19Lt one//it was at the\⊆聖旦旦er s〃
Li、a、〃It w。、/where〃6)
下降上昇調でも文末は上昇する。しかしこの例でも示すように文末が上が ることが疑問文と同値ではない。下降上昇調を用いることで、相手と親近感 を強めたり、断定を避けたり、時には頼るような調子を示し、微妙な心情を 表すことができるのである。
7,まとめ
イントネーションを中心に、日本の教育現場で比較的等閑視されている超 分節素性の指導のポイントに関して述べてきた。tonic syllableの概念を導 入することによって、平叙文・Wh一疑問文は下降調、 Yes−No疑問文は上昇 調といった単純化されすぎている指導をより正確でnativeに近いものにで
きる方法を提唱したっもりである。また、下降上昇調のイントネーションを 用いることでより微妙な感情を表現し、より生き生きしたコミュニケーショ
ンがはかれることを示した。
注
(1)竹林(1998)P,201.
(2)渡辺(1994)P.1. 「_筆者が、かって10年間ほど、地元の中学校とか 高等学校の研究授業を参観した限りでは、リズムとかイントネーショ ンを意図的に指導した例は皆無であった。」
(3) しかし、人間の耳は音響分析装置のように正確ではないので、学習上 はこのような低・中・高の三段階くらいの高低差の直線で示しても、
実際の発音では、階段状の変化にはならないから、十分に成果は上げ られるし、何よりも教材として大まかな抽象化が可能な利点があるの で、筆者はこれを排斥はしない。
(4)単語を単独で取り出した場合(citation form)と文中での発音は異な るのは、強勢の移動がある場合だけでなく、弱形(weak form)の使 用もある。また連接、脱落、同化、縮約等の音変化もある。
(5) Ladefoged(1993)P.109. The part of a sentence over which a par−
ticular patten extendes is called a tone group.またBradford(199 8)ではtone unitと呼んでいる。
(6)Bradford(1988)P.29.表示方法に多少の変更をした。太字は強勢のあ る音節で、下線部はtonic syllableを示す。//はtonic groupの境 界を示す。矢印はイントネーションのパターンを示す:/上昇調、\
下降調、〉下降上昇調。
参考文献
竹林滋、斉藤弘子(1998)『英語音声学入門』大修館書店.
堀口俊一(監修)、加須屋弘司、矢田裕士、他(1989)『現代英語音声学』英潮 社新社,
渡辺和幸(1994)『英語のリズム・イントネーションの指導』大修館書店.
Blakemore, Diane(1992), Understandin8 Utterances, Blackwell Publishers Ltd.
Bradford, Barbara(1988), IntonαtionεηCoπ亡θ撹, Cambridge University Press.
L。d,f。g,d P,ter(1993),緬。.8, inPん。融、, Harc。u,t B,ace J。van。vi,h
Co11ege Publishers.
Cruttenden, Alan.(1986),玩 onαtion, Cambridge University Press.