ミックス概念の形成とマーケティング・システム
その他のタイトル Formation of Mix Concept and Marketing Systems
著者 山本 義徳
雑誌名 關西大學商學論集
巻 19
号 3‑4
ページ 538‑553
発行年 1974‑10‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021135
1 2 ( 5 3 8 )
ミックス概念の形成と マ ー ケ テ ィ ン グ ・ シ ス テ ム
山 本 義 盆 1
心I .
システムズ・アプローチの発展史はいうまでもなくアメリカ合衆国におけ る管理技法ないし政策技術の新たな展開と密接に結びついている。そして後 者の著しい特徴のひとつは政府及び民間の相互依存的発展である。それはた んに国防省下の三軍とその契約研究所における産軍学協同の直接的成果を 意味するだけではない。民間から政府へ,政府から民間へとジグザグのコー スを経てその生成発展が促進され確かめられてきたとみてよいであろう。硯 在民間部門へ導入されつつあるとみられる新たな管理技法の原型が,科学技 術の国家的,軍事的体制の急速な発展とともにその内部で精錬されてきた点
(1)
については不十分ながら既にふれてきた。マーケティング部門へのシステム ズ・アプローチの導入もかかる展開傾向の例外ではないと思われる。ランド 研究所を中心に開発されてきた政策技術として,兵器システム分析から発展 した著名な PPBS があるが, P . コトラーや W. レイザーのマーケティング 管理論における基本的諸概念―マーケティング・プランニングとプログラ ミング,マーケティング・ミックスー一ーや意思決定の諸技法の展開をみると き,政府レペルの管理技法と企業レベルのそれとの間の顕著な類似を改めて (1) 山本義徳,システムズ・アプローチの基盤, 「閑西大学商学論集」第 1 6 巻策 2
• 3 号 ・ ,
(2)
再認識せざるをえないであろう。
い う ま で も な く こ の よ う な 性 格 は シ ス テ ム ズ ・ ア プ ロ ー チ が も つ 本 来 的 性 格—一般システム理論においてとりわけ明瞭な性格 の ひ と つ で あ っ た 。 シ ス テ ム ズ ・ ア プ ロ ー チ が そ れ 自 体 に お い て , マ ー ケ テ ィ ン グ 領 域 に 固
(3)
有 の 内 容 の 明 確 化 , い わ ゆ る マ ー ケ テ ィ ン グ 諸 特 性 の 明 確 化 と は 本 来 直 接 に か か わ り あ う も の で な い 点 は 既 に 多 く の 研 究 者 に よ っ て 認 め ら れ て き て い
(4)
る 。 か か る 認 識 の 必 然 的 な り ゆ き と し て マ ー ケ テ ィ ン グ の 現 実 分 析 , マ ー ケ テ ィ ン グ 政 策 及 び マ ー ケ テ ィ ン グ 活 動 の 内 容 分 析 は お の ず か ら 別 個 に 提 供 さ れ ね ば な ら な い と す れ ば , 両 者 の 関 係 は ど の よ う な も の と な る の で あ ろ う か 。 マ ー ケ テ ィ ン グ 政 策 や 活 動 の 具 体 的 分 析 と マ ー ケ テ ィ ン グ 管 理 論 と は 確 か に 次 元 の 異 な る 問 題 領 域 で あ る と い っ て よ い 。 し か し 現 実 の 企 業 行 動 は 水 平 的 論 理 も 垂 直 的 論 理 も 同 時 に 包 含 し な が ら お こ な わ れ る と す れ ば , 両 者 の
(5)
結 節 点 が ど こ か に 求 め ら れ て よ い の で は な い か と 思 わ れ る 。 既 に 古 く レ イ ザ
(2) 同上, 253~255 ページ。軍事用と産業用とで適用形態がかなり相進するとは思 われるが, ライフサイクル論についても同様である。なお, ライフサイクル論を 客観的な産業発展の過程として競争形態との関連で把えなおしたものに,渡辺公 観 , 「寡占的」産業とマーケティング (1), 「六甲台論集」第1 5 巻 第 1 号,が ある。
(3) かかる必要性に対する認識の早くからの明瞭な表現として,風呂勉 ・ 1 マーケテ イング・チャネル行動論」昭和4 3 年,がある<
(4) 例えば,田村正紀,マーケティングヘのシステムズ・アプローチについて,
「六甲台論集」第 1 1 巻 3 号 , 70 ページ,三浦侶, 「マーケティングの構造」附和 46 年 , 104 ページ,石原武政,フランチャイズのシステム分析,東京ワークジョ
ッ•プ「マーケティング理論とシステムズ・アプローチ」昭和49年, 74