印 度 學 佛 教 學 研 究 第39雀 第1號 卒成2年12月
Tarkasopanaに つ い て
原 田 高 明
Vidyakarasanti のTarkasopana(以 下, Tsopと 略)は, 校 訂 テ キ ス トが Tucci 氏 に よ り出 版 され (SerOR9, 1956, pp. 275-310), そ の 後 も梶 山 氏 のTarkabhasa (以 下, 71Bhと 略) の 英 訳(An Introduction to Buddhist philosophy-anannotated translation of the Tarkabha of Mokakaragupta, Memoris of the Faculty of letters. Kyoto University, No. 10, 1966, pp. 1-173. 以 下, Kajiyama〔1966〕 と略)や, Bala-vataratarka(以 下, BTと 略) の 白 寄 氏 の テ キ ス ト校 訂 と 和 訳1)(THEBALAVA-TARATARKA, Bulletin of Kobe womens university, No, 15 1983, pp. 63-134. 以 下, Shirasaki〔1983〕 と略。 「幼 童入 思 澤 研 究(Balavataratarka)『 教 育 諸 学 研 究 論文 集 』 第1巻, 1987, pp. 139-204. 以 下, 白嵜 〔1987〕 と略)に お い て, Tsopと の 関 連 部 分 が 論 じ られ, 森 山 氏(「Tarkasopana に お け る能 証 とそ の 三条 件 に 関 す る問 題 点 」 『仏 教 論 叢 』 第25号, 1981, pp. 67-70.) に よ り, Tsopの 矛 盾 点 が 指 摘 さ れ て い る。 Tsopの 成 立 年 代 に は 諸 説 が あ る が2), TBhと 比 較 す る と3), nasrimitra 以 降 の 仏 教 論 理 学 に お け る 重 要 な ト ピ ッ ク で あ る 刹 那 減 論 証 の 様 々 な ス タ イ ル や 内 遍 充 論 に 丁翫 は 言 及 して い る の に, Tsopで は, 一そ れ ら に 関 す る 言 及 が 見 受 け ら れ ず, ま た, Jfianasrimitra や Ratnakirti か ら の 引 用 と 思 わ れ る も の がTBh に は あ る が, Tsopに は な い よ う で あ る し, Vacaspati MiSra の よ うな10世 紀 後 半 の 外 教 説 が, TBHに は 言 及 され る が, TsoPに は な い。 ま た, 上 記 の こ と と 関 連 す る が, BTとTsoと は, 共 通 部 分 が 多 い こ と は, す で に 白 嵜 氏 に よ っ て 指 摘 さ れ て い る が4), BTよ り新 し い 時 代 の 記 述 と思 わ れ る も の が ジTsoに は な い。 以 上 の こ と よ り, TsoがTtよ り後 に 書 か れ た 可 能 性 は, ほ と ん ど な く, Janasrimitra 以 前 に 成 立 し た 可 能 性 が, か な り強 い と 思 わ れ る。 次 に, 上 限 に つ い て で あ る が, 白 寄 氏 が 紹 介 す る16種 の 非 認 識 の 分 類 が Jitari の 独 創 で あ る とす る Hjam dbyahs bsad paU rdor je の 説5)が 正 し い な ら, 同
じ く16種 に 非 認 識 を 分 類 す るTsoは, BT以 降 の 成 立 と な る。
しか し, VidyakaraSanti もTsoも, チ ベ ッ トに は 知 られ て い な か っ た よ うな
-406-(101) Tarkasopanaに
ついて(原
田)
の で, この 説 を 蕪 条 件 で 正 しい とす る の に は, 問題 が あ る。
さ らに, BTで
は, 第1章 に お い て, 直 接 知 覚 の対 象 は独 自相 の み で あ り, 独
自相 と一般 相 を 直 接 知 覚 の対 象 と考 え る こ とを否 定 して い る の に, 第2章 末 尾 の
推 理 の 対 象 の 考 察 に お い て, 直 接 的対 象 と間 接 的対 象 に 言 及 し, 間 接 的 に は, 一
般 相 も直 接 知 覚 の対 象 とな る, とい う, 一 見, 矛 盾 す る記 述 を 行 って い る6)。
そ れ に対 し, Tsoで
は, 第1章
で, 一 般 相 が 直 接 知 覚 の対 象 とな る こ と を 否
定 して い るだ け7)で, 第1章 で も第2章 で も, 直 接 的 対 象 と間 接 的 対 象 とい う2
種 の対 象 に つ い て は, 全 く言 及 して い な い。
BTとTsOは,
一 致 点 が 多 い こ とは, す で に述 べ た が, Ts砂
の方 が 大 部 な
た め か, BTで
扱 わ れ て い る こ と は, ほ とん どTsoで
扱 われ て お り, 逆 に,
TsOで
扱 わ れ て い て, BTに
な い も の は, か な りの 分 量 に の ぼ る8)。
も し, BTよ
りTsoが
後 に 書 かれ た の な ら, 仏 教 論 理 学 の直 接 知 覚 の対 象 に
関 す る 他 学 派 か らの 批判 に き ち ん と答 え て い な い こ とに な り, BTよ
り, は るか
に 詳 し く外 教 との対 論 を 他 の箇 所 で は紹 介 して い る の に, ど うして, こ の重 要 な
問 題 を無 視 した の か, とい う疑 問 が残 る。 こ うした2種
の対 象 の分 類 は, 桂 氏 が
指摘 す る が ご と く9), Dharmottara
のNyayabindutika(以
下, NB7と
略) にお い
て 見 受 け られ る が, この こ とは, TsoがBTよ
り先 行 し, まだ 外 教 か ら の直 接
知 覚 が 独 自相 の み を対 象 とす る場 合 の矛 盾 に対 す る指 摘 が強 大 化 す る以 前10)に書
かれ た が, そ の後, こ う した 外 教 の批 判 が強 大 化 し, 無 視 出来 な くな った た め,
Tsoを
さ らに要 約 化 したBTに
お い て, 第2章
の末 尾 に, か な りの スペ ース を
割 い て, こ の批 判 に答 え よ う と した こ とを 示 して い る のか も知 れ な い。
よ って, も し, 非 認 識 の16種 の分 類 が Jitari
の独 創 な ら, Tsの
上 限 は Jitari
以 降 で あ る が, そ うで な い な ら, 10世 紀 の前 半, あ るい は, 9世 紀 後 半 まで, 上
限 は湖 れ る のか も知 れ ない。
さ て, Tsoは, Nyayabidu(以
下, NBと
略)や Dharmottara
のNBと
関連 深 い こ とは, す で にTucci氏
が 指 摘 して い る が11), 時 に は, Vinitadeva の
NBTの
方 に近 い 表 現 もあ る12)。
最 後 に, 筆 者 の気 付 いたTsOとTattvasaigrsaa13)(以
下, 鮒
と略) と の
一 致 箇 所 を2つ 挙 げ て終 る こ と とす る。
ま ず, Tsoの
第1章 を Tucci 氏 は20の
パ ー トに分 節 して い るが, そ の9段
目14)は, T81323-25に
見 られ る 白 い 貝 を黄 色 の貝 と見 る の は, 正 しい 直 接 知 覚
とす る Dignaga 説 の 紹 介 とそ の反 論 の要 約 で あ る。
-405-Tarkasopanaに っ い て(原 田) (102)
ま た, 第2章 のp. 296, 1.19の"tasmat"か ら, P. 295, 1.17の"evallupa-labdheh/ ま で の 部 分 で, Tucci 氏 は, NBや Dhaottara のNBTと の 一 致 点 を 指 摘 し て い る が, Jambuvijaya 氏 のT31421を ベ ー ス と し た 教 示 に よ
り, テ キ ス ト を 修 正 し て い る の に15), NBや Dharmottara のNBTと 一 致 し て い る 部 分 以 外 の 言 及 が, T31418-24の 要 約16)で あ る こ と に 気 付 い て い な い よ
う で あ る。
1)な お, Shirasaki〔1983〕p.76, 1.26fのde ltar mhon sum dah rjes su dpag pahi dbye bas tshad ma ni rnam pa gns do/は, Tsop, p. 277, 1.2fの evam pratyakanumanabhedena dviprakaram eva pramapam/と 対 応 す る よ う に 思 う。 2) 梶 山 氏 は, VidyakaraSanti は, Moakaragupta と ほ ぼ 同 時 代 人 で, お そ ら く彼 よ
り少 し 後 にTsを 書 い た, と し て い る。(梶 山 雄 一 『仏 教 に お け る 存 在 と 知 識 』 東 京1983, p.12.) Potter 氏 は, Jitari の 活 動 期 を990年 と し, Vidyakarasanti の そ れ を950年 と す る。(encyclopedia of Indian philosophies, vol. I Bibliography. Delhi, 1983 (Second Revised Edition), p. 202, p.214.) な お, 中 村 氏 は Vidya-karasanti の 年 代 を 記 さ ず, Jitari と Janasrimitra の 間 に お い て 言 及 し て い る。 (中 村 元 『イ ン ド思 想 史 第2版 』 第16刷, 東 京1983, p. 210.) 3)TBhの 以 下 の 特 徴 に つ い て は, Kajiyama〔1966〕 等, 梶 山 氏 の 一 連 の 研 究 に よ る。 4)白 嵜 〔1987〕p. 151. 5) Shirasaki〔1983〕p. 66. 6) Shirasaki〔1983〕p.88, 1.10ff, p.112, 1.23f.白 嵜 〔1987〕p. 154で は, こ れ は, 第1章 の 立 場 が 第2章 で 深 め ら れ た と 考 え て い る。 7) SerOR 9, p. 284, 1.9. 8) た と え ぽ, SerOR9, p.300, 1.2か ら 最 後 ま で の10ペ ー ジ 分 の 記 述 がBTに は な い。 9)桂 紹 隆 「ジ ュ ニ ャ ー ナ シ ュ リ ー ミ ト ラ の ア ポ ー ハ 論 」 『仏 教 学 セ ミナ ー 』 第48号, 1988, p. 76, p.80f. 10) Trilocana と 同 時 代, あ る い は, そ れ 以 前 で あ る 可 能 性 が 強 い。Kajiyama〔1966〕 p. 56, n. 131・ 参 照。11) SerOR9, p.253 12) SerOR9, p. 309, 1.17f. こ れ は, NB. 136に 対 す る注 で あ る。 13) eb. by D. Shastri, Varanasi, 1981.
14) SerOR9, p. 280, I1. 10-18. 15) ibid P.295.
16) Hemacandra の 「不 可 離 の 関 係 」 に お け る2種 の 分 類 と, こ こ で の Santarakita の 反 論 の 方 法 の 類 似 性 に つ い て は, 拙 稿 「原 田 イ ソ ド学 研 究 ノ ー トNo.2」(私 家 版) で
述 べ た。
<キ ー ワ ー ド>Tarkasopana, Vidyakarasanti, Balavataratarka
(大 谷 大 学 大 学 院)