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ミクロ経済分析講義

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(1)

公共経済分析

I

講義ノート9

佐藤主光(もとひろ)

一橋大学経済学研究科・政策大学院

1

(2)

不確実性・リスク入門

(3)

講義の目的

不確実性(リスク)が存在するときの家計(個人)の選

択を理解する。

リスク(例:病気,事故)をヘッジする保険市場の機能

と「情報の非対称性」に起因する「保険市場の失敗」

を理解する。

貸し手と借り手の間での「情報の非対称性」による資

本市場の失敗(信用収縮・信用割当)を理解する。

キーワード:期待効用、リスク・プレミアム、危険回避度、

保険数理的公平、完全保険、逆選抜、モラルハザー

ド、信用割当

3

(4)

理解のポイント

 個人(家計)の効用関数は「凹関数」(限界効用が逓減)⇒ 個人は「危険回避的」  リスクがあるときの個人の選択は「期待効用」を最大化する ことを目指す。 -期待効用=効用の「期待値」  リスクを引き受けることに対して対価が要求される=リスク プレミアム  保険市場が「完全競争的」であれば、保険料は「保険数理 的に公平」 ⇒受益(リスクが顕在化したときの保険金)と負 担(保険料)が対応 4

(5)

理解のポイント(その2)

 情報の非対称性が保険市場のリスクシェアの機能を損なう  事前的モラルハザードと事後的モラルハザードの区別  借り手と貸し手の間で情報が非対称なとき、金利(=資金 貸借の価格)は資金需給調整機能を失う ⇒慢性的超過需要が解消されない=信用割当  「非対称情報」は市場の機能のみならず、政府の機能も制 限⇒ 「政府の失敗」 5

(6)

家計とリスク:入門編

 ある(「代表的」)家計が「ある」リスク(例:事故、病気)に直 面しているとする。  リスクが顕在化すると、この家計は損失D(金額表記)を被 る。  D=事故の賠償金、病気の治療費等  この個人の所得はIで「与件」  リスクの生じる確率はp(0<p<1)で一定 6

(7)

ありうる「状態」 p 1-p 損失D発生 ⇒ 消費=I-D 損失D発生せず ⇒ 消費=I 消費者は予め(事前に)どちらが 生じるが知らない 7

(8)

0 u(x) D=リスク I-D I-pD I x=消費 u(I-D) u(I) u(I-pD) pu(I-D)+(1-p)u(I) A B 8 C D 効用水準

(9)

0 u(x) D=リスク I-D I-pD I x=消費 u(I-D) u(I) u(I-pD) pu(I-D)+(1-p)u(I) A B 9 C D 効用水準 リスクを回避するための 最大支払い額 E 確実性等価

(10)

家計とリスク

 消費の「期待値」=p*(I-D)+(1-p)*I=I-pD  消費の効用の「期待値」=期待効用 =pu(I-D)+(1-p)u(I) <u(I-pD)=u(消費の期待値) ⇒効用差=CD  確実性等価=期待効用と同水準の効用を与える確実な消費水 準  ED=消費の期待値-確実性等価 =不確実性を避けるために最大限支払っても良い金額  効用関数は「凹関数」=限界効用逓減 ⇒家計は「リスク回避的」 10

(11)

効用関数とリスク回避度

 個人・家計は(1)リスク中立的、(2)リスク回避的、もしくは (3)リスク愛好的  リスク中立的=効用関数は線形 (u(x)=x)  リスク回避的=効用関数は凹関数 (u’’(x)<0)  リスク愛好的=効用関数は凸関数 (u’’(x)>0)  ミクロ経済学では家計の限界効用を仮定 ⇒家計は「リスク回避的」であることを含意 11

(12)

0 リスク回避的 x=消費 B 12 効用水準 リスク中立的 リスク愛好的 I P*I+(1-p)*0 =P*I 1 P*I

(13)

家計のリスク回避度

 リスク回避の程度の「数量化」  家計がリスクを回避したいと思っている「程度」は効用関数の 「凹」の程度(限界効用の逓減の程度)に依存  危険回避度の測定: -「絶対的危険回避度」と「相対的危険回避度」  絶対的危険回避度=  相対的危険回避度=

)

(

'

/

)

(

''

x

u

x

u

)

(

'

/

)

(

''

x

u

x

xu

13

(14)

練習問題

次の効用関数の「絶対的」、「相対的」危険回避度を求

めよ。

(1)

(2)

(3)

(4)

x

x

u

(

)

ln

x

e

x

u

(

)

 

1

1

1

)

(

x

x

u

14

ax

x

u

(

)

(15)

家計の資産選択

(16)

家計の資産選択

家計の資産形成に係わる選択は様々

(1)貯蓄選択=異時点間消費選択

(2)資産選択(ポートフォリオ)=資産の保有形態の

選択(株、債券、金融資産、実物資産)

(3)資産のキャピタルゲイン(=時価=取得価格)の

実現のタイミングの選択

⇒ 以下では家計の資産選択に着目

16

(17)

資産選択

 1万円を所有する「代表的」家計に着目  家計は安全資産(例:国債・預貯金)か危険資産(例:株・ 土地)に投資 -安全資産の収益率はi(例:5%)で一定 -危険資産の収益率rは変動  家計はリスク「回避的」(効用関数は凹関数) =危険を進んでは引き受けない行動パターン ⇒ 危険投資にはリスク・プレミアムを要求 17

(18)

r p 1-p 家計は予め(事前に)どちらが 生じるが知らない

r

i

i

r

0

18

(19)

リスク・プレミアム

家計が危険資産と安全資産の間で「無差別」(同じ期待

効用)であるとしても、両者の間での「平均」収益率は同

じではない。

リスク・プレミアム=危険資産の期待収益率が安全資産

の収益率を超過する部分

⇒リスクを引き受けることに対する「対価」(補償)

i

r

p

r

p

r

E

i

u

r

u

p

r

pu

)

1

(

]

[

)

1

(

)

1

(

)

1

(

)

1

(

19

(20)

0 u(x) x=収益 F F u(1+i) 1+i

1

r

r  1

1

E

[

r

]

) 1 ( ) 1 ( ) 1 ( r p u r pu     危険投資のリスク リスク・プレミアム 20 効用水準

(21)

危険資産と課税

 資本所得に対して税率tで課税を行うとする。  「損益通算」を仮定⇒危険投資からの損失は他の(資本)所 得と損益を通算可能  利益に対しては課税するが、損失は一部を政府が補填(例: 税率を10%とすれば、10万円の損失に対して、税が1万円 (=10%X10万円)軽減)  安全資産・危険資産の「平均」収益率を低下させる一方、危 険資産のリスク(収益率の幅)を縮小  危険資産のリスクが軽減される分、危険資産投資は喚起⇒ 「貯蓄から投資へ」

(22)

0 u(x) x=収益 F F r t) 1 ( 1  r t) 1 ( 1 

]

[

)

1

(

1

t

E

r

) 1 ( ) 1 ( ) 1 ( r p u r pu     危険投資のリスク G G 22 効用水準

(23)

参考:リスクと不確実性

23 特徴 例 リスク 想起しうる事象と確率は既 知 雨のふる確率 平時の資本市場の変動 不確 実性 想起可能性のある事象・確 率が未知=何が起きるか分 からない リーマンショック以降の市 場のパニック

(24)

保険市場の機能

(25)

保険市場

 2種類のリスク -個人リスク=個々人の間で「独立」に生じるリスク(例: 病気・事故) ⇒リスクを「プール」可能 -集合的リスク=経済全体に及ぶリスク(例:不況、天災)  保険は「個人リスク」をプール(リスクヘッジ)する機能あり ⇒「大数の法則」  保険市場=リスクを取引する市場 25

(26)

0 損失Dが生じた ときの消費 損失Dが生じな かったときの消費 I 1 D F=消費の組み合わせ 26

(27)

保険市場

個々人は確率pで互いに「独立」に発生するリスク

(例:病気)に直面

リスクが顕在化すると損失

D(例:治療費)を伴う

p=個々人の間で「同一」かつ「与件」

保険者は予め(事前に)保険料hを徴収して、リスクが

顕在化したときに保険金

Aを支払う

27

(28)

保険と「大数の法則」

 保険を購入する個人が100人、病気になる確率は(p=) 10%、治療費は10万円とする。  保険料は1万円、保険金は10万円(⇒治療費をカバー)  100名から徴収する保険料は合計100万円(=1万円 X100名)  「大数の法則」により、事後的に(実際に)病気になる人数 は10名(=10%X100名)  支払われる保険金合計=100万円(=10万円X10人) ⇒徴収した保険料で保険金をカバー可能 28

(29)

保険数理的公平

 保険料=h、保険金=A  大数の法則により、保険金支払いの期待値pAは加入者 一人あたりの「実際の」保険金支払い額  h=pA ⇒保険者の利潤=ゼロ  保険者が「完全競争的」であれば、利潤ゼロになるまで保 険料を引き下げる  h=pAのとき保険料は「保険数理的」に公平 29

(30)

0 損失Dが生じた ときの消費 損失Dが生じなかった ときの消費 I 1 D F=消費の組み合わせ G h=pA A-h=(1-p)A I-pA I-D+(1-p)A 状態間取引 30

(31)

0 u(x) I-D+(1-p)A I-pA I-pD x=消費 u(I-pD) pu(I-D+(1-p)A)+(1-p)u(I-pA) G G F F I I-D pu(I-D)+(1-p)u(I) 31 効用水準

(32)

家計の保険購入選択

D

A

pA

I

A

p

D

I

pA

I

u

A

p

D

I

u

pA

I

pu

p

A

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D

I

u

p

p

pA

I

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p

A

p

D

I

pu

Max

A

* * * * * * *

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1

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1

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1

(

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1

(

(

'

)

1

(

)

(

)

1

(

)

)

1

(

(

32

(33)

完全保険

 「リスク回避的」な個人は、損失Dを全額補償する(A=D)こ とを選択 ⇒リスクは完全にヘッジ  損失の有無に関わらず、消費は均等化(消費の状態間平 準化)  留意点:ここではリスクpは(1)保険者によって知られてお り(対称情報)、(2)加入者によって操作可能ではないこと を仮定 33

(34)

保険市場の失敗

(35)

非対称情報

 消費者主権・円滑な市場取引の前提条件=市場参加者(生産者・ 消費者)が取引対象の財貨・サービスの質等について「同一」の情 報を共有 ⇒情報「格差」がない  非対称情報≠不確実性・リスク ⇒情報上優位な主体による情報操作と劣位な主体の不信 (例:食品偽装、耐震偽装)  非対称情報の帰結 -逆選抜(「レモン市場」) -モラルハザード  例:保険市場

(36)

再論:市場の失敗

具体例 対処 所有権 契約の不履行・盗難 治安・司法の強化 不完全競争 独占企業による価格の吊り上げ 独占禁止法・カルテル防止 非対称情報 年金・医療保険市場の失敗(逆選抜等) 社会保障制度の充実 外部性 環境汚染・破壊 環境税・環境規制 公共財 「ただ乗り」の誘因による過少供給 公的供給・補助金給付 不公平 所得格差 所得税・福祉政策等現金給付や公共サービス(例; 義務教育)等現物給付を通じた所得再分配

(37)

逆選抜

保険を提供する保険者は加入者個々人の「リスク」

(病気になる確率=p等)に関する正確な情報を有し

ていない

加入者本人は自身のリスクを知っている。

非対称情報=加入者の健康リスク

保険者は損失を回避するため、「平均的」リスクを反

映するよう「全ての」保険購入希望者に保険料を

チャージ

⇒実際にはリスクの低い個人には保険料が割高

37

(38)

逆選抜と悪循環

 割高な保険料のため、相対的に低リスクな個人は保険の 購入を断念 ⇒保険の購入希望者の「平均」リスクが上昇 ⇒保険料の更なる引き上げ ⇒相対的に低リスクな個人の更なる撤退 ⇒ 「悪循環」に陥る  保険市場で保険を購入するのはリスクの高い加入者のみ  「悪貨は良貨を駆逐する」=グレシャムの法則 38

(39)

図3:逆選抜の悪循環 情報の非対称性 平均的リスクに基づく保険料 保険料の引き上げ 低リスクな(健康な)個人にとって割高 相対的に低リスクな個人の撤退(購入をやめる) 保険を購入する個人の平均的リスクの上昇

例:保険市場の失敗

(40)

保険契約とスクリーニング

 逆選抜の克服としての「スクリーニング」  健康リスクの異なる加入者が存在: タイプ1=健康リスクの低い加入者 タイプ2=健康リスクの高い加入者  病気になる確率:  保険者は保険料hと保険金Aを組み合わせて、加入者が タイプを自ら顕示するよう促す=自己選抜(スクリーニン グ) ⇒分離均衡を達成 2 1 p p40

(41)

0 病気のときの消費=y 健康なときの消費 =x I 1 D=治療費 A B D p h22 D p h A2 (1 2) 1 1 1 p A h  1 1 1 1 h (1 p )A A    C 41

(42)

保険契約

保険会社はタイプ1(低リスク)向けに

B点、タイプ2

(高リスク)向けに

A点での保険契約をオッファー

各契約は、各々(意図したタイプのみが受け入れる限

り)保険料が「保険数理的に公平」:h=

pA

保険契約は

AかB

⇒タイプ1は実際に

B点を、タイプ2はA点を選択する

か?

42

(43)

分離均衡

同じ(

x, y)に対してタイプ1(低リスク)の無差別曲線の

傾きはタイプ2(高リスク)の無差別曲線の傾きよりも大

きい

Single crossing Property

保険者は両タイプを分離するような保険契約

A(高リス

ク向け)と

B(低リスク向け)をデザイン可能

契約

A=「完全保険」(治療費を全額カバー)

契約

B=「部分保険」(治療費の一部のみカバー)

(44)

0 病気のとき の消費 =y 健康なときの消費 =x 1 EU 2 EU E 0 x 0 y 1 MRS MRS2 44 1 1 1 2 2 2 ) ( ' ) ( ' 1 ) ( ' ) ( ' 1 ) ( ' ) ( ' 1 ) ( ) 1 ( ) ( MRS x u y u p p x u y u p p MRS x u y u p p MRS dy dx y u p x pu EU Const EU               

(45)

0 病気のとき の消費 =y 健康なとき の消費 =x I 1 D=治療費 A B C 45 2 EU

(46)

保険契約によるスクリーニング

 タイプ2は契約AをBよりも選好(厳密には「無差別」)  タイプ1は契約BをAよりも(強く)選好 ⇒自己選抜  分離均衡が実現

)

(

)

1

(

)

)

1

(

(

)

(

1 1 2 1 1 2 2

A

p

I

u

p

A

p

D

I

u

p

D

p

I

u

)

(

)

1

(

)

)

1

(

(

)

(

1 1 1 1 1 1 2

A

p

I

u

p

A

p

D

I

u

p

D

p

I

u

46

(47)

2つの「均衡」

 「プーリング均衡」と「分離均衡」  プーリング均衡 =異なったタイプを識別されず、同じ契約(賃金率、保険契約) がオッファーされる。 ⇒逆選抜の可能性。  分離均衡 =結果的に個人のタイプ(労働者の能力・加入者の健康リスク) が表明される。 ⇒分離均衡を促すためにも「機会コスト」あり 47

(48)

留意点

 分離均衡では、結果として低リスクと高リスクを識別可能  互いに競争する保険者は(1)保険数理的に公平な保険 料を各タイプに提示するとともに、(2)分離均衡を可能に する範囲で高リスクの効用を最大化 ⇒タイプ間で所得移転はなく、高リスクには完全保険を提供  低リスクは部分保険のみ=スクリーニングのコスト  分離均衡は存在しないかもしれない・・ 48

(49)

逆選抜と強制保険

 逆選抜の下では、相対的にリスクの低い個人が保険市場 から締め出し  保険を購入する高リスクな個人は高い保険料  「悪貨は良貨を駆逐する」  例:アカロフのレモン市場(中古車市場)  社会保険は「強制加入」のため、低リスク名個人の撤退は ない ⇒相対的に低い「平均リスク」を確保 ⇒ 保険料の高騰は防止できる 49

(50)

モラルハザード

 保険加入者はリスク(の顕在化)を防止するために努力す ることは可能  例:健康管理、自動車の鍵、火の用心 ⇒pは個人によって操作可能  加入者は保険購入の安心感からリスク回避努力を怠る ⇒リスクpの上昇  高いpを反映して保険料が高騰  留意:各個人としての合理的選択(モラルハザード)が合 成の誤謬(=保険料の高騰)をもたらす 50

(51)

「事後的」モラルハザード

 事前的モラルハザード=リスク回避努力が阻害  医療保険の場合、病気になったとき、診療費(の一部)は 保険金で支払い ⇒患者(病気になった加入者)はコスト意識を持たず治療を 受ける ⇒過剰受診=事後的モラルハザード  事後的モラルハザードを是正するには自己負担の引き上 げ ⇒保険のリスクヘッジ機能は低下 51

(52)

0 受診水準 医療需要 限界費用 自己負担 =3割*医療コスト 効率的水準 過剰受診 =事後的モラルハザード E F G ヘッジされなくなった医療費リスク =保険機能の低下 52 価格

(53)

社会保険の「規範的機能」

市場の失敗を矯正する政府の機能

市場の失敗 社会保険(年金・医療)の機能 「逆選抜」 強制保険によるリスク(健康リスク、長生 きのリスクなど)をプール 保険から排除される 低所得者 強制加入と「社会連帯」⇒社会保険制度 における「再分配」機能の活用 参考:社会保険の再分配 -支払い能力に応じた保険料 -ニーズに応じた給付(最低保障)

(54)

社会保険と保険市場の失敗(まとめ)

 政府が市場よりも優位な情報を持っているわけではない  ただし、政府は加入の強制、リスク間の再分配が可能  社会保険に起因する「政府の失敗」(公共選択論)もあり 54 市場の失敗 対応 逆選抜 強制保険 事後的モラルハザード 自己負担の引き上げ

(55)

社会保障の機能

社会保障(年金・医療・介護)の位置づけ=機能の曖昧さ

保険か再分配か?

社会保障の機能 財源の原則 望ましい財源 保険 応益負担 受益と負担に対応関係 社会保険料 (所得)再分配 応能負担 再分配=受益-負担 社会保険料 +税(消費税等) 55

(56)

参考:社会保険と民間保険

 「対称情報」+「完全競争」の下で市場の保険料は「保険数 理的に公平」  事後的には(損失の有無が判明した後)、損失を被らない加 入者から損失を被った加入者への所得移転(再分配)  ただし、「事前」には保険料と保険金(期待値)が対応 ⇒事前には再分配なし  社会保険は様々なリスクを持った個人(pの高い個人、低い 個人)をプール、かつ保険料は通常「応能原則」(所得依存) ⇒事前の観点からも「再分配」あり 56

(57)

資本市場の失敗と信用割当

(58)

資本市場の失敗

 情報の非対称性は資本市場においても生じる  非対称情報=貸し手(投資家・銀行)は借り手(企業家)の 倒産リスクについて正確な情報を有していない。  企業は倒産リスクについて異なる  本来、倒産リスクは貸出金利に反映=リスクプレミアム  非対称情報の下では金利の需給調整機能が損なわれる ⇒逆選抜=信用収縮、信用割当 58

(59)

信用収縮モデル

倒産リスク(成功リスク)の異なる

2種類の企業家が存

在(低リスクと高リスク)

各企業家は

Bだけ借入、事業を実施

事業は確率pで成功、収益

Rをもたらす;確率1-pで

倒産

事業が成功したときのみ、元利

(1+r)Bが返済される。

59

(60)

信用収縮モデル

企業家の成功確率:

⇒平均収益は同じ

各企業はリスク中立的

両タイプは同数(各

50%)存在

「有限責任」により、倒産時の利潤はゼロ

期待利潤=

p(R-(1+r)B)=A-p(1+r)B

2 1

p

p

A

R

p

R

p

1 1

2 2

60

(61)

貸出金利 =r 0 借り手の期待利潤

B

r

p

A

1

(

1

)

B

r

p

A

2

(

1

)

1

r

r

2 タイプ1企業が撤退 61 タイプ2のみが借り手 両タイプが借り手

(62)

信用収縮

 貸し手(投資家・銀行)は企業のリスクを正確に把握できな い ⇒ 「平均的」リスクを反映した貸出金利 ⇒相対的に安全な(倒産リスクの低い)企業が先に撤退 ⇒資金を需要する企業の平均リスクの上昇 ⇒貸出金利(リスクプレミアム)の一層の上昇 ⇒低リスクな企業の更なる撤退  貸出金利の上昇とリスク増による資金提供の低下 ⇒貸し渋り・信用収縮(Credit Crunch) 62

(63)

図3:逆選抜の悪循環 情報の非対称性 平均的リスクに基づく金利設定 貸出金利の引き上げ 低リスクな借り手(企業)にとって割高 相対的に低リスクな企業の撤退(投資をやめる) 借り手の平均的リスクの上昇

信用収縮モデル

(64)

0 r 1

r

高リスクのみ資金需要 期待収益率

r

p

p

)

(

2

1

2 1

r

p

2 低リスク企業の 撤退 64

(65)

信用割当

 貸し手は貸出金利の引き上げが相対的に低リスクな企業 (=貸出からの期待収益率の高い企業)の撤退を織り込 み  投資家・銀行は資金需要が高いにも関わらず、貸出金利 を据え置き ⇒金利が超過需要を解消するよう引き上げられない  貸出金利の資金需給調整機能が失われる。 ⇒金利(価格)ではない方法で資金を割り当て=信用割当 65

(66)

1

r

r=貸出金利 0 資金供給 資金の超過需要 両タイプ企業が資金需要 均衡金利 貸出 66 タイプ2のみが資金需要 E F G

(67)

効率賃金と失業

(68)

労働市場

労働市場における「非対称情報」と「非自発的失業」

労働者を雇用する企業の経営者について考える。

経営者は労働者がサボっているかどうかを正確には

「モニタリング」できないかもしれない(=情報の非対

称性)。

ただし、一定の確率(

=p)でもって社内調査をして労

働者の働き具合を調べることはできる。

68

(69)

「効率賃金」モデル

雇用主は解雇されるときの労働者の機会コスト(=労働

者への罰則)を引き上げることでサボらせないようにしな

くてはいけない。

⇒労働者にとって解雇の機会コストとは解雇によって失

う給与=賃金(w)

B=サボりからの効用

B/p=サボりを防止するための最低賃金率

p

B

w

B

w

p

w

(

1

)

/

69

(70)

「効率賃金」と失業

サボりを防止するため経営者は労働者の「限界」生産

性よりも賃金を

(B/pまで)引き上げるかもしれない。

⇒効率賃金=労働者の生産性+サボり防止

賃金が労働者の生産性以上に高止まりする結果、賃

金は労働市場における需給調整の役割を果たさなく

なる。

⇒労働の超過供給が解消されない可能性=「非自

発的失業」の発生

70

(71)

労働の超過供給 =非自発的失業 労働需要 労働供給 効率賃金 均衡賃金 0 労働 労働者のサボりを 防止できない 賃金率 71 E F G

(72)

シグナリングとスクリーニング

(73)

非対称情報と

シグナル・スクリーニング

 製品・サービスの質、労働の質等について「情報の非対称性」 があるとき、市場では「逆選抜」が生じる(「市場の失敗」)  情報の非対称性を是正するための「シグナリング」と「自己選抜 (スクリーニング)」。  シグナル=私的情報(自身の「タイプ」)を有している個人が、そ の(例:能力が高いこと)を「顕示」する方法。  スクリーニング=私的情報(例:個人の能力)を有している個人 に(その情報を有していない経済主体(例:政府)が)情報を顕 示するよう「促す」方法。 73

(74)

情報の非対称性(「展開型ゲーム」)

・健康リスクの低い個人 確率=p 個人のタイプ 外部者には識別不可能 確率=1-p ・健康リスクの高い個人 74

(75)

情報の非対称性の克服(その1)

 雇用主が雇用しようとしている労働者の「能力」が見極められな いとする。  自身が優秀と考える労働者は「自分が優秀である」という情報を 雇用主に伝達(顕示)しようとする。  しかし、優秀ではない労働者も「自分が優秀である」という誤っ た情報を雇用主に伝える「誘因」を持つ。  優秀なタイプの労働者は自身の能力を説得力のある(=優秀で ない労働者がまねできない)形で顕示する必要がある ⇒シグナル 75

(76)

情報の非対称性の克服(その2)

 保険者は健康リスクの高い加入者と低い加入者を識別できない。  高リスクな加入者は自身が高リスクであることを進んで顕示しな い。  低リスクな加入者は自身が低リスクなことを説得力のある形で顕 示できないかもしれない。  保険者は高リスクな加入者が自らのタイプを顕示することを促す よう「保険契約」(=保険料と保険金の組み合わせ)を工夫する 必要がある。 ⇒スクリーニング 76

(77)

シグナルとスクリーニング

プリンシパル・エージェント問題で考える。

-プリンシパル=企業(経営者)・政府

-エージェント=労働者、個人

情報上、エージェントの方がプリンシパルよりも優位

シグナリング=エージェントがプリンシパルに自身のタイ

プを「信認」のある形で伝達

スクリーニング=プリンシパルがエージェントのタイプを

識別するための工夫(契約・制度設計)

77

(78)

シグナルとしての教育

 企業の経営者は新規に労働者の雇用を考えているとする。  経営者には就職活動している個人の「生産性」(能力)が正しく は観察できない。  個人の生産性・能力=個人のタイプ  個人の能力と学歴との間には相関関係があるかもしれない。 ⇒経営者は学歴に基づいて個人を選別  学歴=個人の能力の「シグナル」 78

(79)

シグナリング・ゲーム

 しかし、学歴偏重を知る(能力の低い)個人も勉強して高い学歴 (目指せ東大!)を取得しようとするかもしれない。 ⇒経営者の理解(能力と学歴の関係)は正しい? ⇒ 「分離均衡」か「プーリング均衡」か?  能力の高い個人だけが高い学歴を取得、能力の低い個人の学 歴は低く留まる「分離均衡」であれば、「教育」(学歴)が個人の タイプ(=能力)を識別する「シグナル」となる。  ただし、「教育」は個人の生産性(人的資本)の向上の寄与する のではなく、シグナリングとして作用 ⇒教育自体の生産性はゼロ。 79

(80)

「分離均衡」の場合

大卒 能力の高い個人 高卒 p 個人の タイプ 1-p 大卒 能力の低い個人 高卒 80

(81)

「プーリング均衡」の場合

大卒 能力の高い個人 高卒 p 個人の タイプ 1-p 大卒 能力の低い個人 高卒 81

(82)

教育と個人の選択

 個人は能力の高いタイプ(タイプ1)と低いタイプ(タイプ2)に分 かれる⇒タイプは「私的情報」  雇用主は、能力が高いと判断された労働者に、賃金率 を オッファーする一方、能力が低いと判断された労働者には、 を提示。  個人は教育投資eを行うことで、能力が高いとみなされる:  個人の効用=  ただし、教育の「コスト」(=不効用)qは個人の能力に依存。

w

w

qe

w

82

(83)

シグナルとしての教育投資

w

w

e q w1 1 q e =学歴 0 e q w2 2 q 2 ˆe * e 2 1

q

q

A B タイプ2は教育 投資を断念 83 労働者の効用

(84)

分離均衡

 雇用主は高い賃金率を提示する際、教育投資 を要求する  タイプ1(高能力):  タイプ2(低能力): ⇒能力の高い個人のみが、教育投資を実施=教育投資が「分離 均衡」を実現 ⇒ 雇用主は教育(学歴)を観察することで、能力の識別が可能。  ただし、教育投資に投下された資源は社会的ロス(付加価値を 生まない)  労働市場における「情報の非対称性」 ⇒学歴偏重社会 * e w e q w1 *  w e q w2 *  84

(85)

シグナル・ゲームと財政再建

自然 良い政府 =社会厚生を追及 悪い政府 =自己権益を追求 有権者によっては 区別が付かない 歳出カット+増税 歳出カット+増税 増税のみ 増税のみ シグナルとしての 歳出(給与等)のカット

(86)
(87)

出所:経済財政諮問会議 (平成18年6月26日)

短めのサンプル期間 (90年代以降が中心)

(88)

再分配と情報の非対称性

(89)

再分配と公的供給

「厚生経済学の第

2基本定理」によれば、資源配分の効

率(

=パレート最適)と所得分配の公平は別々に追求で

きる。

⇒個人の属性(初期保有量、能力!)に応じた「差別的一

括税・移転」の実行可能性が前提。

⇒現実には、誰が潜在的に所得移転を必要としているか

どうかを判断することは難しい。

個人の経済状況(所得・資産)に応じた課税や所得移

転(福祉)は個人の誘因(勤労、貯蓄)の誘因を「歪め

る」。

89

(90)

効率と公平の分離

A U B U D E F 個人Bの厚生を損なうことなく Aの厚生を高めることが可能 実行可能だが非効率な資源配分 =実行不可能な資源配分 個人Aの厚生を損なうこと なくBの厚生を高めること が可能 効率化 G 再分配⇒公平化 効用可能性 フロンティア 90

(91)

再分配と公的供給

⇒「観察可能」な個人の経済状況は個人によって「操作可

能」

現実の所得再分配(課税+移転)には効率性のロスを

伴う

⇒公平と効率のトレードオフ

このトレード・オフを最小限に留めるための再分配「手

段」;一定の再分配(=自立の難しい個人への移転)を

最小限の効率ロスで達成。

⇒ 現金給付(現金移転)に代えて、現物給付の活用

91

(92)

再分配と公的供給

個人は公営住宅に入るか、民間の住宅を賃貸・購入す

るかの選択あり。

公営住宅の「質」があまり高くない限り、支援の必要のな

い(自立可能な)個人は民間住宅を選択;公営住宅に

入るのは、自立の困難な人々に限定

⇒現物給付を通じた「自己選抜」=当初の政策目的が達

成可能

92

(93)

「分離均衡」

選択しない 自立可能な個人 現物給付 p 個人の タイプ 1-p 選択しない 自立困難な個人 現物給付 93

(94)

再分配と公的供給

 同じ移転水準であれば、現物給付よりも(使途を限定しない) 現金給付が望ましい。 ⇒しかし、現金は誰でも欲するものであるから、自己選抜は促 せない。  現物給付の例:教育、医療、ワークフェアなど。  理解のポイント:政策目的と政策手段の区別 ⇒政策目的は自立困難な(真に救済の必要な)個人への所得 移転を最小限の効率ロスで実現すること、ここでの政策手段 は現物給付 94

(95)

非対称情報と市場の失敗

(96)

市場の失敗:まとめ

96 市場 市場の失敗 非対称情報 保険市場 逆選抜 加入者の健康リスク モラルハザード 加入者の行動 資本市場 信用収縮 信用割当 借り手の信用(倒産)リスク 労働市場 効率賃金⇒非自発的失業 労働者の「サボり」 教育投資 労働者の能力

参照

Outline

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