鉄道運転士の安全尊守行動及び不安定行動に関する社会心理学的研究 [ PDF
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(2) に,ルールが遵守されるためにはその必要性が理解されて. Table 2 把握された運転士の不安全行動とその内容 不安全行動 基本動作通りの指差喚呼の 不履行 再確認喚呼の省略 各種標識の確認喚呼の省略 気笛鳴動操作の省略. 内容 信号・標識などの確認対象を,指差 喚呼で確認しない. 場内・出発信号の確認,停通確認を 二度行わない. セクション標識や速度制限標識の確 認喚呼を省略する. 見通しの悪い区間を通過する際に, 気笛を鳴動させない.. いなければならない(Leplat, 1998) ,ルールに効果がないと 守られにくいといわれている(Wagenaar & Hudson, 2001) . このことから,遵守の有効性認知は安全遵守行動を促進す ると予測される. 組織レベルの規定要因 組織レベルの要因は社会的な情 報の手掛かりを個人に与え,それに基づいて個人は事故の リスクやルールのコストと有効性を認知し,実際の行動を とると考えられる.つまり,組織レベルの要因は個人レベ. 2.不安全行動の心理的背景:個人レベルの要因. ルの要因を通じて,間接的に行動へ影響を及ぼすだろう.. リスク認知要因 安全や事故の危険についての認知が低. 組織の管理姿勢は,組織の安全性を示す重要な特徴とし. い運転士の存在を示す発言が聴取された(例: 「事故を繰り. て位置づけられている(Zohar, 1980; Guldenmund, 2001) .よ. 返す者は,自分の安全も他人の安全も考えていない」 ) . ルール関連要因 安全のためのルールを遵守することに,. って,組織の管理姿勢は安全遵守行動を促進する方向で個 人レベルの各要因に影響するであろう.つまり,リスク認. 疲労の増大や仕事がやりにくくなるというコストが伴うと. 知要因および遵守の有効性認知には正の影響,遵守のコス. いう発言が聴取された(例: 「指差喚呼を基本動作通りにや. ト認知には負の影響を及ぼしているだろう.. ると体力を消耗」 ) .また,ルールの遵守が間違いや事故の. また組織規範は,産業事故の事例分析の中で,事故や違. 防止に果たす有効性を疑問視する発言もあった(例: 「特急 列車運転中の確認喚呼は前方注意をおろそかにさせる」 ) .. 反の背景に存在すると指摘されてきた(Reason, 1997) .組. 3.不安全行動の心理的背景:組織レベルの要因. 織規範については,Cialdini et al.(1991)に基づき,命令的 規範と記述的規範の影響を検討する.命令的規範とは,多. 組織の管理姿勢 設備・機器の不備や現場の運転士への. くの人がある行動を望ましい,または望ましくないと評価. 配慮不足など,安全対策についての組織の管理上の問題点. するであろうという認知に基づく規範である.また,記述. に関する発言が聴取された(例: 「見えにくい信号・標識,. 的規範とは,多くの人がある行動を実際に行っているとい. 駅の停止位置目標」 ) .. う認知に基づく規範である.安全遵守を望ましいとする命. 組織規範 失敗は当たり前という価値観の存在,不安全. 令的規範は,安全遵守行動を促進する方向で個人レベルの. 行動を他者に勧める者の存在を示す発言が聴取された.安. 要因に影響するだろう.つまり,リスク認知要因および遵. 全のためのルールの違反に寛容な規範が,運転士の間に抱. 守の有効性認知には正の影響,遵守のコスト認知には負の. かれている可能性が示唆された.. 影響を及ぼしているだろう. またルールを遵守しない者が多く存在するという記述的. 研究3:安全遵守行動を規定する要因の検討. 規範は,安全遵守行動を抑制する方向で個人レベルの要因. 目的. に影響するだろう.つまり,リスク認知要因および遵守の. 安全遵守行動と各規定要因との関係を質問紙調査によっ. 有効性認知には負の影響,遵守のコスト認知には正の影響. て検討する.以下,先行研究の知見に基づいて,各要因間. を及ぼしているだろう.. の関係についての予測を述べる.そして,安全遵守行動を. 以上の変数間の関係を,安全遵守行動を規定する要因の. 規定する要因の影響過程に関する仮説モデルを提示する.. 影響過程モデルとして Figure 1 に整理した. この仮説モデル. 個人レベルの規定要因 行動に伴うリスクが低く評価さ. に基づき,個人レベルの要因と組織レベルの要因が安全. れると,不安全行動は生じやすい(芳賀ら,1994,2000) .よ って,リスク認知要因は安全遵守行動を促進すると予測さ. 組織の管理姿勢. 事故確率認知. れる.なお,リスクは一般に「事故の発生確率」と「事故 による損害の大きさ」と定義される.本研究でもこの定義. 事故損害認知. に準じて,リスク認知を測定する.. 命令的規範. 安全遵守行動. ルールを守ることに伴うコストが高いと,不安全行動は. 遵守のコスト. 生じやすい(芳賀, 2000) .また,職務の遂行を困難にさせ るルールは守られにくい(Reason, 1997) .よって,遵守の. 記述的規範. コスト認知は安全遵守行動を抑制すると予測される.さら. Note.. 遵守の有効性 は正の影響、. は負の影響、. は共変動を示す。. Figure 1 安全遵守行動を規定する要因の影響過程モデル(仮説モデル). 2.
(3) 遵守行動に及ぼす影響を検討する.. .以 ( χ2=12.83,p>.10;GFI=.972;AGFI=.907; RMSEA =.064). 方法. 下,このパス・ダイアグラムに基づき,結果を吟味してい. 調査対象者 B区に所属する運転士 162 名.151 名から回. く.. 答が得られ,回答不備の 3 名を除く 148 名を分析対象とし. 個人レベルの規定要因の影響 リスク認知要因の事故確. た(有効回答率 91.4%) .. 率認知と事故損害認知から安全遵守行動へのパス係数は,. 実施時期 平成 15 年 11 月下旬∼12 月上旬.. いずれも有意でなかった.つまり,リスク認知要因から安. 質問紙の構成. 全遵守行動への影響は見出されなかった.. 1) 安全遵守行動:各 4 種のルールの遵守行動の頻度を 5 段. ルール関連要因のコスト認知と有効性認知から安全遵守. 階評定で尋ねた(全く行っていない∼いつも行っている) .. 行動へのパス係数は,いずれも有意であった.仮説モデル. 2) リスク認知要因:事故確率認知は,各 3 種の事故につい. の予測通り,遵守のコスト認知は負の影響,遵守の有効性. て発生する可能性の見積もりを 5 段階評定で尋ねた.事故. 認知は正の影響を及ぼしていた.. 損害認知は,運転事故による各 7 種の損害の大きさを 5 段. 組織レベルの規定要因の影響 組織の管理姿勢からリス. 階評定で尋ねた(全くない∼非常にある) .. ク認知要因の 2 変数へのパス係数はいずれも有意または有. 3) ルール関連要因:遵守のコスト認知は,各 4 種のルール. 意な傾向の値を示した.しかし,組織の管理姿勢は事故確. の遵守に伴う負担を 5 段階評定で尋ねた.遵守の有効性認. 率認知に負の影響を及ぼしていた.これは仮説モデルの予. 知は,各 4 種のルールを遵守することの事故防止の有効性. 測とは逆方向の影響である.また事故損害認知へは,仮説. を 5 段階評定で尋ねた(非常に小さい∼非常に大きい) .. モデルの予測通り,正の影響を及ぼす傾向が確認された.. 4) 組織の管理姿勢:Coyle et al.(1995)を参考に作成した安. 組織の管理姿勢からルール関連要因の 2 変数へのパス係. 全に対する組織の管理姿勢を問う 9 項目.5 段階評定で回答. 数は,いずれも有意であった.仮説モデルの予測通り,コ. を求めた(全くそう思わない∼非常に役に立つ) .. スト認知に負の影響,有効性認知に正の影響を及ぼしてい. 5) 組織規範:命令的規範は,各 4 種のルールを遵守(また. た.よって,安全対策への組織の管理姿勢が安全遵守行動. は違反)した場合に,同僚の運転士から与えられる評価を 5. を間接的に促進していることが示された.. 段階評定で尋ねた(非常によくない∼非常によいことだ) .. -.43** .16*. 組織の管理姿勢. 記述的規範は,各 4 種のルールを遵守していない同僚の運. 事故確率認知 R2=.20. .15*. 転士の数を 5 段階評定で尋ねた(全くいない∼ほぼ全員) .. .15†. .27. 結果と考察 尺度構成と記述統計量 安全遵守行動と規定要因の各尺. 事故損害認知. -.10. 度項目に対して主成分分析を行い,1因子性を確認した.. .24. 命令的規範. -.21**. 分析には各尺度項目の単純合計値を用いた.記述統計量と 尺度の α係数,および変数間の相関係数を Table 3 に示す.. R2=.16. -.20*. **. 安全遵守行動 -.35**. -.20*. R2=.34. 遵守のコスト. -.18. .23**. パス解析による仮説モデルの検証 仮説モデルに示した. R2=.19. .20*. .20**. 変数間の関係を検証するために,パス解析を行った.その. .39**. 記述的規範. 結果,仮説モデルの適合度指標は低い値を示したため( χ. 遵守の有効性. -.14**. R2=.28. 2. =17.05,p<.05; GFI=.972; AGFI=.857; RMSEA=.099) ,パス係. -.19**. Note. 図中のパスに付記した数値は標準偏回帰係数を示す.†p<.10,*p<.05, **p<.01 は正の影響, は負の影響, は共変動を示す.. 数の有意性と修正指標を参考にして修正を施した.最終的 に採択したモデルのパス・ダイアグラムを Figure 2 に示す.. Figure 2 安全遵守行動を規定する要因の影響過程モデル(修正モデル). Table 3 分析に用いた各変数の記述統計量および各変数間の相関係数(N=148) M. SD. !. 1. 安全遵守行動. 3.8. 0.69. .736. −. 2. 事故確率認知. 3.3. 0.68. .775. -.11. −. 3. 事故損害認知. 3.5. 0.83. .867. .29**. -.27**. −. 4. 遵守のコスト認知. 2.6. 0.70. .717. -.51**. .19*. -.29**. −. 5. 遵守の有効性認知. 3.8. 0.67. .785. .43**. -.24**. .37**. -.55**. −. 6. 組織の管理姿勢. 2.5. 0.63. .842. .20*. -.41**. .23**. -.28**. .32**. .650. **. **. **. **. 変数. 7. 命令的規範 8. 記述的規範. 3.7 3.1. 0.56 0.51. .689. 1. 2. .31. 3. .01. **. *. .17. -.34. Note. 平均値と標準偏差は各尺度の項目平均である。*p < .05, **p < .01. 3. 4. .31. **. -.25. 5. -.31. **. .29. 6. .47. **. -.23. 7. − .27**. −. -.10. -.18*.
(4) 命令的規範からリスク認知要因の 2 変数へのパス係数は. を守ることの負担を気にしがちになり,守っても事故の防. いずれも有意であった.仮説モデルの予測通り,事故確率. 止にさほど役に立たないと感じる,そしてルールから外れ. 認知と事故損害認知に正の影響を及ぼしていた.また,命. た不安全行動をとる.本研究で示したモデルは,このよう. 令的規範からルール関連要因の 2 変数へのパス係数も有意. な不安全行動が生じる過程を描き出したといえる.. であった.仮説モデルの予測通り,コスト認知に負の影響, 有効性認知に正の影響を及ぼしていた.よって,安全遵守. 総合考察. を志向する命令的規範が安全遵守行動を間接的に促進して. 本研究の目的は,鉄道組織における運転士の安全遵守行. いることが示された.. 動及び不安全行動を社会心理学的な観点から検討すること. 記述的規範からリスク認知要因の2 変数へのパス係数は,. であった.まず,研究 1 では運転事故報告書の分析を通じ. いずれも有意であった.しかし,事故確率認知には正の影. て,実際に生じている事故の実態把握を試みた.その結果,. 響を及ぼしていた.これは仮説モデルの予測とは逆方向の. 確認手続きの遵守が不十分であるために,エラーを修正で. 影響である.また事故損害認知へは,仮説モデルの予測通. きず,事故に至るケースが多いことが示唆された.. り,負の影響を及ぼしていた.記述的規範からルール関連. 研究 2 ではフィールド・ワークにより,不安全行動の実. 要因の 2 変数へのパス係数はいずれも有意な値を示した.. 態とその心理的背景を把握した.その結果,遵守されてい. 仮説モデルの予測通り,記述的規範は遵守のコスト認知に. ないルールが明らかになり,不安全行動の心理的背景とし. 正の影響を及ぼし,遵守の有効性認知には負の影響を及ぼ. て組織レベルと個人レベルの要因が把握された.. していた.よって,同僚たちの間で違反が多く行われてい. 研究 3 では,安全遵守行動を規定する要因の影響過程の. るという記述的規範は,安全遵守行動を間接的に抑制して. 仮説モデルを質問紙調査により検証した.その結果,組織. いることが示された.. レベルから個人レベル,そして安全遵守行動へという影響. また,仮説モデルでは予測していなかったが,修正指標. 過程が概ね支持された.. を参考にモデルを修正する過程で,記述的規範から安全遵. 一連の研究を通じて,鉄道運転士の安全遵守行動及び不. 守行動への負の直接的な影響が見出された.この記述的規. 安全行動を規定する要因の影響過程が明らかにされた.本. 範の直接的影響は,組織レベルの要因が行動に強く影響す. 研究で特に着目したのは,組織レベルの要因と個人レベル. ることを示唆するものといえる.ただし,本研究で取り上. の要因の双方が結びついて安全遵守行動に影響を及ぼすと. げていない個人レベルの要因が,記述的規範と安全遵守行. いう点である.従来の事故防止に関する心理学的な研究は,. 動との関係を媒介している可能性もある.. 主に個人内の情報処理のみを限定して扱ったものが多く,. モデルの検証結果からの示唆 仮説モデルの予測とは一. 個人を取り巻く組織の影響についての検討が不十分であっ. 部異なる結果が見出されたものの,組織レベルから個人レ. た.これに対して,本研究では組織レベルと個人レベルの. ベル,そして安全遵守行動へという影響過程は概ね支持さ. 要因を結びつけた影響過程モデルを示すことにより,今後. れたといえる.個人レベルの要因に関しては,遵守のコス. の研究の新しい方向性を提案できたといえよう.. ト認知と有効性認知が安全遵守行動に及ぼす影響が明らか になった.他方,リスク認知要因の影響は見出されなかっ. 主要引用文献. た.したがって,安全のルール遵守には,リスク認知のよ. Cialdini,R.B., Kallgren,C.A.,& Reno,R.R. 1991 A focus theory of. うな事故に対する“恐れ”よりも,そのルールが“守りや. normative conduct: a theoretical refinement and revaluation of. すいものかどうか” , “役に立つものかどうか”という点が. the role of norms in human behavior. In M.P.Zanna.(Ed),. 重要であることが示唆された.. Advances in experimental social psychology. Vol.24, New. さらに,組織レベルの要因(組織の管理姿勢,組織規範). York: Academic Press. Pp.201-234.. は,遵守のコスト認知と有効性認知に影響を及ぼしていた.. 芳賀 繁 2000 失敗のメカニズム 忘れ物から巨大事故まで. したがって,組織レベルの要因は,遵守のコスト認知と有. 日本出版サービス. 効性認知を通じて,安全遵守行動に間接的な影響を及ぼし. Reason,J. 1997 Managing the risks of organizational accidents.. ていることが示された.安全遵守行動を規定するのは個人. Brookfield, Vt: Ashgate.(塩見 弘監訳 高野研一・佐相邦. レベルの要因だけではなく,組織レベルの要因が重要な役. 英訳 1999 組織事故 日科技連). 割を果たしている.組織の管理姿勢が不十分だったり,違 反に寛容な組織規範が存在すれば,現場で働く者はルール. 4.
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