阿字観法の展 開 (五) (森口)
阿
字
観
法
の
展
開
( 五 )
1
「 週 の 塩焼
」 の 無 残 か らー
森
ロ
光
俊
は
じ
め
に
お よ そ 二百
七 十年
に も及
ぶ徳
川時
代
の 終 わ り 、文
明開
化 に 一変
す る の時
、真
言宗
の 対 社 会 的様
相 を象
徴
す
る事
態 は 、 ま さ に 「 到 の 塩 焼 」 で あ っ た 。幕
末
・明
治
期
に 活躍
し た 狩 野派
の 絵師
、 川 鍋 暁斎
は 、 パ ト ロ ン の息
女
田鶴
の鎮
魂
の た め 「 地 獄極
楽
めぐ
吟
図
」 四 十 四 図を
描
い た 。文
明 開 化 を象
徴
す る極
楽
行
き の 「 田鶴
の 乗 る 汽車
」 、 現 世 同様
の 悲 し み と 喜 び の 世 態 を 、滑
稽
味 を持
っ て描
い て い る 。閻
魔
の 「 阿 防宮
」 に は忙
し そう
に大
王 が 活 躍 し て 、梵
字
ら し い字
の幡
や 、塔
婆
が乱
雑
に 傾 い て 立 っ ても
い る 。 三 途 の 川 を わ た っ て、 道 中 の盛
り
場
の 賑 わ い に 、 気 を 取 ら れ て 見 お と す と こ ろ 、 そ れ ら し き悉
曇
の文
字
、 「 廻 の 塩焼
き
」 の屋
台
が 出 て い る 。 ( 明 治 三 + 六 年 、 ブ リ タ ニ カ に 広 重、 北 斎 、 歌 麿 、 暁 斎 と し て 紹 介 さ れ る 。 「 晩 斎 近 代 へ 架 け る 橋 」 京 都 鬮 立 博 物 館 二 〇 〇 八 年 )真
言
教団
は 、 そ の 歴 史 の結
果 と し て の 近 代 を 迎え
る こ と に な っ た 。幕
宋
・ 明治
にあ
っ て 、 天 皇 を 担 い だ時
の為
政者
たち
に 、 巧 み に呼
応 し た神
道家
の 間髪
を い れ ぬ 、 国家
の神
道 化 ・祭
祀化
へ の策
謀
の も と 、廃
仏
毀
釈
・ 仏 教破
壊
の事
態
は 急速
に進
ん だ 。 仏 教 の 、 殊 に 天台
、真
言 の 徒 に は何
の抵
抗
も 施 策も
な か っ た 。 私 は多
く
の廃
仏毀
釈 の論
考
を 涙 なく
し て 読 む こ と は出
来
な い 。257
NII-Electronic Library Service 昭 和 八
年
刊 、 大 鷽 「 現代
仏教
」 嗣 治 佛 教 の 研 究 ・ 回 顧所
収
、宇
井
循
壽
は 「 明 治 維 新 の廃
佛 毀釈
は …事
実 上従
来 の 仏 教 の 滅 亡 で あ っ た 」 と言
い 、鷲
尾 顯 敬 は 「 廃 佛 毀 釈 が 、 国民
の 思想
方
面
に 興 へ た刺
激 は 、 岡 時代
を 通 じ大
正 時 代 を 経 て 、 昭和
時代
の今
日 に 及 び 、 そ の 関 係 す る と こ ろ が 極 め て廣
汎 であ
り
、 且 つ深
刻
で あ る と見
ら る ・ の で あ る 。 … 余 は 今 日 に 至り
、尚
ほ 瞬治
時
代
の 初 め の廃
佛
毀 釋 の 余 勢 を 思 わざ
る を得
な い 」 と君
う
。 こ こ に鷲
尾 の 「 尚 ほ、廃
佛 毀 釋 の 余 勢 を 思 わ ざ る を 得 な い 」 の具
体
を想
い 図 る こ と は 出来
な い が 、 仏教
に か か わ る 先学
の考
に 、時
代
の峩
事
者
た ち の在
る べ き 姿 を求
め る 時 、 深刻
な 三 つ の 問 題 と し て 、平
成
の今
に そ の余
勢 は続
い て い る と 思 わ れ る 。 以 下 、 一 . 近代
真
言
宗
匳 の様
相 、 二. 言 葉化
さ れ る真
言密
教 、 三, 仏教
と 国 家神
道
の 三項
に 、先
考
の 要訣
を引
い た 。 こ の 三項
は 、 そ れ ぞ れ第
三 項 に 収 斂 し て 、 現代
の自
ら を 考え
な け れ ば な ら ぬ 重 い 問題
であ
る と知
っ た 。考
に し た が っ て 、 理解
し た望
む べ き真
言
密
教
に つ い て 、 後 に わず
か の見
解
を 示 す こ と に し た い 。 先 学 の敬
称
・師
氏
を略
す
。258
N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
一
近
代
真
言
宗
団
の様
相
A
復
活
の兆
し のな
か で大
正 四年
「 両部
曼
荼
羅講
傳
會
」権
田 雷斧
於
寛 永 寺書
院 。 「 曼茶
羅 通解
」 出 版 五年
。大
師
以降
の默
仏
教
が密
教
より
取
り
入 れ た 基本
的
な
儀
式
等
の こ と 。若
し強
て実
類
の凡
夫
を捨
て 、偏
に権
化 の 聖 人 を取
ら ば衆
生 即仏
の観
、遂
に成
ぜず
凡 聖不
二 の覚
永 く 閉 じ ん …密
教 に 依 らざ
れ ば 、 一切
の 仏 教 は 解 釈究
竟
す
る こ と能
は ざ る も の 也 。時
代
に お け る雷
斧
の指
導
的 、求
道 的学
識 ・実
践
的
活
動 は 超 出 し て い る 。大
正 五年
「密
教
綱 要 」 権 田雷
斧
丙
午
出 版刊
。 東 京 帝 国大
学 で の連
続
講
義
( 二 月 + 九 日⊥
ハ 月 三 日 、 + 回 ) を出
版
し た も の 。阿字観法の展 開 (五) (森口)
第
二編
第
六章
横 竪 の判
教
の 三 、 十 住 心 と 諸宗
( 頁50
−62
) 天台
、 禅 の 位 置付
、 竪 の教
判
・ 基督
教 第 三住
心
相
当 の こ と 等 。大
正十
四年
「大
乗
仏教
の 五大
主
義
」境
野黄
洋
鴻
盟社
刊 。黄
洋
は 「 両 部 曼荼
羅講
傳
會
」 の 発 起 人 の 一 人 でも
あ
る 。 五大
と は1
精神
主義
、2
平
等
主義
、3
慈
悲
主義
、4
無
我
主義
、5
活
動
主
義
。 い わ ゆ る説
教
、掬
教法
謡 で は な く講
義
講
演
で あ る 。真
欝密
教
が他
宗
と 比 し て 一般
人士
に認
め ら れ得
た と考
え ら れ る 。 「真
言
密
教 ・ 一 言 の挨
拶 も真
言
で あ り 、 一掌
の開
閉
も印
契
で あ る 」 。 昭和
七年
門寺
院
経
済
の前
途
」友
松
濺諦
大
東
出
版
社
第
三章
第
九節
( 「 副 業 と そ の 前 途 」 ) は著
者
が 寺 に 入 っ た 頃 の苦
境 の様
相
を述
べ た 上 で記
し て い る ( 明 治 四 + 三 年 芝 中 学 入 学 〉 。今
日寺
院
一般
の 主 要 な る収
入 を 形成
し て い る年
忌葬
儀
は 一見
い か にも
、 仏法
弘
通 、 民衆
化
導
に役
立 つ か に み え 、 且 つ 又 仏者
も こ の こ と を誇
り と し 口実
と
す
る け れ ども
、静
か に社
会
の 側 に 立 っ て・ −考
え る と き 、社
会
は余
り
に も 、 こ れ ら の無
益、無
費
用 の 長物
な る こ と を知
っ て い る の で す 。 た だ 、然
し、 因 襲 に ひ きず
ら れ て い る の み です
。 昭和
八年
「 民衆
真
書
密
教
講
和 」墓
蕎 宗僧
都文
学
士野 見 山 思
兪
。高
野
山寂
静院
沙
門
確
子
社
書房
。説
教
で は な い ・ 「語
り
か け る真
言
密
教
」 。1
. 昭 和 八年
「秘
密
佛
教
史
」栂
尾祥
雲高
野山
大
学
繊
版
部 『 二十
五 、真
書宗
の變
革
』穂
紺 中期
以 降 、真
言宗
は巳
に硬
化
し 形式
化 し て 、徒
に惰
眠 を貪
る に 過ぎ
な か っ た が故
に 、儒
家
や、国
学者
が 立 っ て 仏 教 を排
撃
す
るも
、 黙 々 と し て之
に 反 抗 す る 気力
なく
、 か か る 間 に 明治
維
新
と な り 、 仏 教特
に真
言宗
の如
き は 全く
空 前 の 災 厄 に直
面 す る の 止 む なき
に至
っ た 。 巨多
の寺
領 に より
生活
を保
証 せ ら れ て居
っ た …寺
領
を官
に没
収
せ ら れ た る が故
に 、 忽 に自
活
の路
を失
ひ 、為
政
者
の 強請
と相
ま っ て 還 俗す
る も の相
次
ぎ
、寺
院 は 全く
荒
廃
に帰
し た ( 以 後 大 正 + 四 年 聯 合 劍 度 解 体 に 釜 る ま で の 真 言 各 派 の 離 合 集 散 に つ い て ) 。1
. 同 八年
「 明治
時
代
に於
け る 真 言 宗 」ー
特
に 政治
と布
教 に つ い てー
神
龜
法壽
明
治
五年
十月
、 一宗
一管
長
の制
と そ れ 以 降 の離
合
集
散
の 具体
。維
新
の大
業
の余
波 を受
け
て 、 最 も動
揺
し 、 鬮憊
の 極 、 一259
NII-Electronic Library Service 大 変 革 を 来 し た も の は 仏
教
で あ る 。 就 中 、 真言
宗
の如
き は 全 仏教
中
で も 、殊
に大
き る損
失
を蒙
っ た も の の 一 つ で あ ろ う 。真
言 宗 は 布 教 な ぞ は や っ て い な か っ た の で 真宗
の そ れ を 学 ん で やり
始
め た 。在
家
の た め の密
教 の安
心 を 鮮 明 にす
る 必 要 か ら、真
言 宗安
心 の問
題 が 云為
さ る ・ こ と と な っ た 。 ( 「 明 治 仏 教 の 研 究 ・ 回 顧 」 所 収 ) 。 皿. 昭和
十 三年
「密
教
概 論 」 高 神覚
昇第
一書
房
密 教 を 近 代 仏 教 学 の 立場
か ら 体 系 づ け た 最 初 の著
作
。叙
述 が 簡明
直
截
で 、 わ か り やす
く
、難
解
な密
教 へ の入
門
書
と し て も恰
好 の 著 作 で あ る ( 改 定 新 版 宮 坂 解 説 ) 。 厳 密 な 注 が 学 ば ん と す る者
に は光
と な る で あ ろう
( し か し 、 難 解 で あ る ) 。W
. 昭和
十
八年
「 日本
真
言
の 哲 学 」 ( 秘 蔵 寶 鑰 )金
山 ・梛
田弘
文
堂 刊 高 野 山 で 西 田哲
学
を 教 え た柳
田謙
十 郎 が 、 金 山 老僧
と出
会 っ た こ と か ら 生 ま れ た 。 こ の著
が 最娩
年
の ( よ り 以 前 に ) 西 田 に伝
わ っ て い れ ば 、苦
衷
にあ
っ た 西 田 に 、 全く
異
な る世
界
と 思索
の展
開 を伝
え え た か と推
濁
す る 。付
録 の最
後
に 天壌
無
窮 の 国 体 を護
ら ん とす
る 云 々 。V
. 昭和
三 十 九年
「近
代
に お け る 真 言 宗 の分
派
と統
合 」斎
藤
昭俊
智
山 学 報 第十
二 ・十
三輯
明 治 五年
智嶺
新報
、加
持
世界
・豊
山 公論
、 六 大 新 報等
に よ る 、真
言各
派 の離
合
集
散
の 様 相 特色
。昭
和
四 十 一年
「大
正 期 の真
言 宗 概 観 」斎
藤
昭俊
智 山 学
報
第
十
四 輯W
.昭
和
四 十 五年
「真
書
宗
布
教 史 」 寺 湾俊
海
高
野
鐵真
欝宗
布
教
研究
所
6
・1
. 合同
真
言
宗
時 代 ( 自 昭 和 + 六 年 四 月 … 至 昭 和 二 十 一 年 三 月 ) 昭和
十 ⊥ ハ年
三月
三十
一B
、 一 万 三 千 の 寺 院 教会
・ オ ー ル 真 言 宗成
立 。古
義
墓
言 宗 、醍
醐 派 、 東寺
派 、 泉 涌寺
派 、 山 黯 派 、 善 通 寺 派 、新
義
真
言
宗
智
山派
、 豊 山 派 合 併 。 三 ・ 三 日国
家 総 動 員法
改
正公
布
、 一 〇 ・ 一 八東
条内
閣
成 立 、 十一丁
八太
平 洋 戦 争 始 ま る 。6
・2
. 十 九年
度
の本
宗
行
事
・ 五 月 十 六 日 より
二十
二 臼 に い た る 七 臼 問 、 金 剛峯
寺
に て大
元帥
御
修
法
を行
っ た 。 ・ 国 禧 会四
月
東寺
、 五 月高
野 山 、 六 月 仁 和 寺 、 七月
大
伝
法
院 、 八 月智
積
院
、 九 月 泉 涌寺
、 十月
醍 醐 寺 、 十 二月
大
覚
寺
、 一260
N工工一Eleotronlo Llbrary阿字観法の展 開 (五〉 (森口) 月 長 谷
寺
、 二 月護
国寺
、 三月
勧
修
寺
で 執 行 し た 。6
・3
. 昭 和 二 十年
度
の布
教
。1
集 団 の動
き
、2
思想
戦
新
対
策
3
神
護
隊 の結
成
。へ
6
・4
, 八 月十
四 日 ボ ッ タ ム宣
言 を 受 諾 し 、十
五 日 に終
戦 の詔
勅
が発
渙 せ ら れ て戦
争
が終
わ っ た の で 、管
長
は 左 の告
諭 を発
し た 。管
長 告諭
征
戦
四年
大
勢 我 二 利 ナ ク 畏 ク モ 至尊
大
詔
ヲ発
シ テ 戦争
ノ終
結
ヲ 中外
二 宣 シ 給 フ世
界
万
邦
ノ共
栄 ト帝
国
臣
民 ノ 康 寧 ト ヲ庶
ハ セ給
フ 聖 慮 ヲ 拝 シ テ 恐懼
措
ク ト コ ロ を知
ラ ズ …殊
二真
言
宗
徒
タ ル モ ノ ハ 高 祖 ノ 遺 訓 ヲ体
シ 鎮護
国
家
ノ宗
是 ヲ 国歩
難
関 ノ此
ノ 秋 二 発 揮 シ済
世 利 人 ノ悲
願 ヲ 同胞
再
起
ノ今
日 二 具現
ス ベ キ ナ リ是 レ
宗
徒 力邁
進
ス へこ う キ
国
体
護
持
ノ 大 道 ニ シ テ マ タ周
極
ノ 皇 恩 二 酬 ヒ奉
ル所
為
ナ リ希
バ ク ハ闔
宗
ノ 道 俗恭
シ ク聖
旨
ヲ 奉戴
シ 不 退転
ノ勇
猛 心 ヲ 以 テ 国力
の 回 復 二専
念
し努
メ テ 世界
ノ 平 和 ノ招
来
二貢
献
セ ン コ ト ヲ 、 昭 和 二 十年
九 月 七 日真
言宗
管
長 .大
僧
正 斎藤
陸
現
( 長 ・ 智 山 派 。 オ ー ル 真 言 解 体 。 )6
・5
,客
派 合 同 の 顛 末 ) 太平
洋
戦
争
の 戦 況 苛 烈 に 従 っ て 、 政府
は 国 民 精神
総
動
員 を 提 唱 し 、 企 業統
制
、宗
教
統 制 と な り 、コ
宗
祖
一宗
派
」 を強
制
し た 。 政府
の 意 に叛
く
こ と は 、 集 団 の存
立 を危
う
くす
る と いう
恐 れ を抱
い て い た か ら ひ たす
ら政
府
の 意 志 に 迎 合 す る よう
に 努 め た の も 、 あ の 時 と し て は や む を得
ぬ こ と で あ っ た 。真
言宗
は 鎮護
国家
を標
榜
す
る宗
旨
で 、神
も 祀 る 祈 疇為
本 の宗
是 で あ る か ら 、盛
ん に 戦 勝 祈 願 を や っ た 。 し た が っ て こ の時
代 の わ が宗
の布
教 は 軍 国 主義
にも
と つく
戦争
目 的 達成
に協
力
す る ば か り で … あ っ た 。 … 御修
法
や 、 両租
降
誕会
は勿
論
の こ と、 太 元御
修
法
を 三 回 も修
し 、毎
年
一 回護
国 寺 に 於 い て靖
国 神 社 合 祀 英 霊 追悼
法
会
を お こ な っ た 。B
僧
(真
言
) の時
代
へ の反
省
、抵
抗
、犠
牲
の如
何
1
.昭
和
六年
四 月 五 日 、 新興
仏
青
の 結 成 ・ 「宣
言 」 … い や しく
も 、 仏教
を も っ て 人類
指
導
の 最高
原 理 と誇
る 仏 教 徒 が 、 果 た し て大
衆
生活
と 何 の 交渉
をも
ち つ つあ
る か 。 ( 教 界 幾 多 の 先 学 学 匠 ら が 、 そ の 得 々 た る 教 学 の 研 究、 宗 制 の 整 備、 不 断 の 伝 道 等 々 、 専 横 な る 支 配 階 級 の 前 に 臨 ん で 、 畢 竟 、 反 動 的 御 用 宗 教 の 役 割 を 演 ず る 以 外 、 そ も そ も 何 の 権 威 た る ぞ )彼
ら は いう
。 「 宗 教261
NII-Electronic Library Service は
超
階 級 で あ る 。 和 を尊
ぶ 」 と 。 だ が 、 そ の 実 際 は 阿片
的役
割
を勧
め て大
衆
の 呪 詛 を 買 い 、 若 き 仏教
徒
の義
憤
を そ そ る 以 外 、何
者
と なり
つ つ あ る で あ ろ う か 。 か か る 現状
は 、 純 信 の 到底
耐
え
う
る 道 で は な い 。 ( 昭 和 四 十 九 年 「 仏 陀 を 背 負 い て 街 頭 へ 」 妹 尾 義 郎 と 新 興 仏 教 青 年 同 盟 稲 垣 真 実 所 収 )H
. 昭 和 二 十 九 年 「 二 十 世 紀 日 本 の 理 想 像 」 亀 井 勝 一郎
『中
央
公論
』118
月 東 洋 に お け る 侵 略者
と し て の 罪 の 意 識 か ら 発す
る 、病
者 の 自覚
、 生命
の危
機
感 ( 宗 教 的 動 機 ) 『第
七章
東 洋 へ の 回 帰 』 キ リ ス ト者
と の 対 論 。 「亀
井勝
]郎
−
無
教 △ 系 王義
的仏
教
」
鈴
木
範
久
・ ( 「 文 学 と 信 仰 」 所 引 ) 「 自 己 に 対 し 、 他 に対
し 、文
明 の 悲 劇 に対
し 、社
会
の不
正 に 対 し、慈
悲
より
出 た 憤 怒 の徹
し た叫
び を 聞 か な い 。換
言 す れ ば 、 現 代 批 判 に お け る 仏 教 徒 の 無 能 力 は 、 こ こ に基
因 し て ゐ る やう
に 思 わ れ る 。 キ リ ス ト 教 は 近 代 ヨ ー ロ ッ パ 文 明 の提
起 せ る あ ら ゆ る 問 題 と 、 格 闘 の 相 に お い て 流 入 し た 。自
然
科
学
、社
会
不 正、 階級
闘
争
… 仏 教 は こ の 意味
で の 近 代 文 明 と 格 闘 す る こ と 極 め て貧
し い 。 明 治 以 降我
々 の 担 っ た 宿命
に対
し て無
力
に す ぎ た 。親
鸞
の 罪 悪観
を 、憤
怒 の 相 に お い て現
代 の た だ な か に も ち 来 ら す 必 要 が あ る 」 。 ( 昭 和 五 + 七 年 「 近 代 日 本 の 思 想 と 仏 教 」 峰 島 旭 雄 東 京 書 籍 所 収 に よ る V 皿. 昭 和 三 十年
現
代
仏 教 講 座 ( 第 一 − 第 五 ) 上 原 、亀
井 、古
田、中
村
編
集
角
川 書 店 第 一 巻 「 人 間 ・ 社会
篇
」 月報
第
一 号編
集者
の 言 葉 上 原 専祿
・ 亀 井 勝 一郎
・ 古 田 紹欽
・中
村
元
。 亀井
は 深 刻 な 反 省 か ら こ れ に拘
わ っ た も の と考
え ら れ る 。 「 仏教
講 座 を 世 に おく
る に つ い て 、 第 一 に 心 が け た こ と は 、 そ れ が 現 代 社会
に い か な る新
し い意
味
を も つ か 、 … 徒 に 難 解 で専
門 過ぎ
る 従 来 の 傾 向を
反 省 し 、東
洋
思想
の精
髄
を 現代
に 生 か そう
と す る と こ ろ に 編 集 の 重点
を置
い た 。 …今
日 の 世 界 に 於 い て 「東
洋
」 の も つ 比 重 は 益 々高
まり
つ つあ
る 。戦
争
の危
機
、諸
国 間 の対
立 、 諸 思想
の 紛糾
に当
た っ て 、 仏 教 固有
の叡
智
が い か な る役
割を
果 た す か は 、仏
教
の 生 死 に関
す
る 重大
問
題 で あ る と と も に 、 ま た、 二十
世
紀
ヒ ュ ー マ ニ ズ ム の 発 展 の 上 か らも
無
視
しえ
な い 課 題 であ
ろう
。 … 」262
N工工一Eleotronlo Llbrary阿字観法の展 開 (五) (森口)
N
.亀
井
勝
一郎
昭 和 三 十 五
年
十月
t
三 十 六年
十
二 月 「 日本
人 の 精神
史
研
究
」第
二 部 ( 「 王 朝 の 求 道 と 色 好 み 」 ) 。 三十
七年
「 王朝
の求
道
と色
好
み 」 文 藝春
秋
新
社
刊
V
. 昭和
三十
六年
「真
言宗
は 現代
の 社会
的 要請
に応
え
ら れ る か 」 宮 坂宥
勝
中
外
日 報 第 二 次 大戦
中
に 「 立教
開宗
以 来始
終
一貫
皇 室帰
一 の祖
意
に依
り 、奉
公 の誠
を尽
く
し つ つ あ る 」 と声
明
し た 合 同真
言
教
団
も 敗 戦 と と も に 、 「 平和
確
立 の た め 、教
家
独 自 の道
を立
て 、自
由
主義
の 趨 勢 に進
む真
言宗
」 と な っ て 分 裂す
る こ と だけ
は 忘 れ な か っ た 。真
言宗
ほ ど 理由
な き 分 派 の数
多
い宗
派
も
珍
し い が 、 明治
以 来 た び 重 な る 合同
は常
に 国 家 権 力 の統
制
下 の 下 に な さ れ 、 分裂
は い つ も各
派
間 の 利害
関
係
に 基 づ い て お こ な わ れ て き た 。 も し 、鎮
護
国
家
、密
厳
国 土 、世
間成
就
の真
意 趣 を真
剣
に考
え る な ら ば 、 わ れ わ れ は 世 界史
に おけ
る 現 実 の社
会
の真
理 を 科 学 的 に認
識
し たう
え で、 そ こ か ら 旦ハ体
的 に 人 類救
済
の方
策
を 見 い だ し て い か な け れ ば な ら な い 。 … そ し て今
日 の 時 代 は 、 も は や幻
想
的
宗
教 の存
在
を許
さ な い よう
な 段階
に到
達
し よう
と し て い る 。W
. 昭和
四十
五年
「 日本
近代
社
会
と 仏 教 」 吉 田久
一評
論
社
( 現
代
仏 教 の潮
流
)1
大
正期
2
昭和
前
期
3
戦
後
仏 教 。 敗 戦 と 仏教
教
団 。戦
争
責
任 と 仏 教 。 仏 教 の 平 和 運 動 。 仏 教 の 課 題 、戦
後
教
団 仏 教 で は 、戦
争
に 対 す る宗
教 的責
任
が 不在
の ま ま に し て お か れ た 。 こ れ に 対 し て 田 辺 元 ・亀
井 勝 一 郎 そ の 他 の 人 々 か ら 、親
鸞
を 通 し て深
刻 な 反省
が な さ れ て い る の は 興 味 があ
る 。 … 廃 仏 毀 釈 と 太 平洋
戦
争
、 こ の 百年
間 の 仏 教 と 社 会 の関
係 は 、 仏 教 が 「即
」 あ る い は 「否
」 の論
理 を使
用 し な が ら 、 近 代 社会
と 悪 し き妥
協
をす
る か 、逆
に丸
ご と社
会
を否
定
す
る 場 合 が多
か っ た 。 近 代 社会
に お い て は そ の性
格
か ら い っ て 、 仏 教 に と っ て 何 よ り も 必要
であ
っ た の は 、 こ の 廃 仏毀
釈
へ の 反 省 と 、太
平
洋
戦 争 の戦
争
責
任 と いう
二 つ の 原点
の 上 に形
成 さ れ 、 仏 教 が そ れ を 自 ら の自
己 規制
と 課 し て い く 、 内 面 的 な 「 戒律
」 の論
理 で あ っ た と お もう
。W
. 昭 和 四 十 七 年 「 日 本史
に おけ
る 価 値 観 の系
譜
」 笠 原 一男
編 著評
論
社
日本
人 の価
値
観
は 、 仏 教 的 ・ 儒 教 的価
値
観 の 混淆
の な か に形
成 さ れ て き た 。 に も か か わ らず
、 そ れ ら の 価値
観
が 、 日 本263
NII-Electronic Library Service 人 、 な か で も 日
本
の民
衆
の 価値
基 準 と し て 一貫
し た意
義
を も ち つ づ け て い な い の で あ る 。期
待
さ れ る 仏 教 者 の姿
が 、 日 本 史 の 全時
代
を通
じ て 、期
待 さ れ る 日 本 人 の 基準
と な っ た こ と は 少 な い 。 と いう
の は 、 日本
人 は 政治
権
力
が つ くり
あ げ 、 公 認 し た御
用
価
値
観
を つ ね に お し つ け ら れ 、 そ れ に屈
服
す
る と い っ た 価値
観
の 歴 史 を 辿 っ てき
た か ら であ
る 。 し か も 、宗
教 人 ま で も が 、 政治
権
力
の つ く っ た御
用 価値
観
に 全面
的
に 屈 従 す る の が常
で あ っ た 。政
治
権
力
が 要 求す
る期
待
さ れ る 日 本 人 像 に 、期
待
さ れ る 宗 教 人 像 を 右 へ な ら え さ せ る道
を、 日 本 の宗
教者
は と っ て き た の で あ る 。 皿. 昭和
四十
八年
「 近 世 仏 教 の 思想
」柏
原 裕 泉藤
井学
岩 波
書
店
日
本
思 想 体 系藤
井 学 『 近 世仏
教
の特
色 』 と し て 四点
を 掲 げ 、 そ の第
四 点 と し て 言う
。 僧 侶 も 檀 家 も、 まず
そ の宗
派
に、 そ し て寺
院
に緊
縛
さ れ る の が 、近
世 仏 教 の 原 則 的姿
であ
る 。 し か も 幕 府 は 、 教説
の 異儀
・新
儀
の解
釈
を 禁 じ た 。 し た が っ て 教 典 ・ 聖 教 の 訓詰
的 研 究 は進
ん だ が 、 教 説 の創
造的
な発
展
は こ の 厳 し い制
限化
に行
わ れ 、 とく
に そ れ が 民 衆 の 「 世直
し 」 的 な 反 権 力 の闘
争 に 結 び つ く よう
な 教 義 解釈
の発
展
は 、 近 世 仏 教史
上 か ら消
え 去 っ た 。 …教
権
の神
聖 不 可 侵 性 を設
定 し よう
と し た姿
勢
は、 近 世 仏 教 か ら 消 滅 す る 。僧
侶
は …俗
権
へ の 従 属 を 優先
し、 ま た 民衆
へも
そ の よう
に 説 く こ と が 大勢
と な っ た 。 こ れ は、 決 定 的 と も い え る 近 世 仏教
の教
説
上 の 特 色 と い え る で あ ろう
。 一264
一N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
二
言
葉
化
され
る真
言
密
教
A
大
日如
来
像
に心
を
探
る1
. 昭 和 四 十年
「仏
像
心 と
形
」望
月 、 佐 和 、 梅 原NHK
ブ ッ ク ス 所 収1
. 大 日 は な ぜ民
間
信
仰
の 対 象 に な ら な か っ た か 、 な じ み の 少 な い 三 つ の 理 由 。2
. 華 厳 思 想 の無
限論
・ モ ナ ド ロ ジ ー を 思 わ せ る ビ ル シ ャ ナ 仏 の 大 日 如 来 へ の変
身 、 菩 薩 形 は 、 現 世 の姿
、現
世 の 快楽
、阿字観法の 展開 (五)(森口)
感
覚
の 肯 定 を 示 し 、 色 彩 的 、華
や か な 色 の饗
宴 が あ る 。3
。 両 界 曼荼
羅 か ら 、 密 教 精神
を と ら え る ・ 大 日 如来
を 中 心 に多
く の 仏 が 平和
共
存
し て各
仏 の場
所 が あ る 。 仏 教 以外
の 反対
す る 神 、 帝 釈 天等
も そ の住
む場
所
が あ る 。 こ こ で 優 勢 な の は多
の 原 理 であ
り
、共
存
の 原 理 で あ る 。 マ ン ダ ラ は 仏教
思想
を 図 解 し て い る も の 。4
. 大 日 は自
然 、 人 間 に か か わ る大
宇宙
の神
だ 。 : ・人
間 の善
悪 の 行 為 に報
酬
を与
え る 人 格 神 より
自
然
の 支 配者
と し て自
然 の 生命
の生
育 を 司 る 宇 宙 神 の ほう
が 、 近 代 人 に は信
ず
る こ と の で き やす
い神
で は な い か 。5
。 日 本 人 の 生命
観
と 密 教 の 握 手 。 自 然 の 中 に 生命
を見
る 思 想 は 、 単 に ア ニ ミ ズ ム と い っ て原
始
宗
教
であ
る と しり
ぞけ
( ら れ な い ) 。神
と 仏 を結
び つ け るも
の が、自
然 に 生命
を見
る 思 想 で あ る 。 こう
し て神
仏
習 合 が 日本
の 伝 統 的宗
教
心 と な っ た 。6
。 壮 大 な 生命
へ の讃
歌
を 歌 う 未来
の宗
教 で あ る 。 …大
日 如来
の 知 ( 智 ) は 慈 悲 と 結 合 し た知
、知
を し て 慈 悲 に 従 わ せ る の が 曼荼
羅 に表
れ た 人 間 の知
の 理 想 で あ っ た 。 … 明治
以降
は 、知
の 原 理 が 、情
の 文化
に勝
っ た の であ
る 。知
の 原 理 は 慈 悲 と 結 び つく
代 わり
に 、 闘争
の 原 理 と 結 び つ い た か の よう
であ
り 、 そ の原
理 の間
違 い が、 あ の西
洋
帝
国義
帝 に 対 す る 日 本 の 追 随 を 生 み 、 日本
を あ の 破 局 的 な 戦争
の 道 に突
入
さ せ た の で は な い か 。1
, 昭和
四十
二年
「美
と宗
教 の 発 見 」創
造 的 日本
文
化
論
梅
原 猛( 初 版、 筑 摩 書 房 ) 四十
一年
「 日 本 文化
論 へ の 批 判 的 考察
」鈴
木
大
拙
・和
辻 哲 郎 の 場 合 。 同 上所
収
昭
和
五 十 一年
講 談社
文
庫 。 皿. 昭和
四十
二年
「沙
門 空海
」 渡 辺 照宏
宮 坂宥
勝
筑
摩
叢
書
今
日、信
頼 に た る弘
法
大
師
伝
は皆
無
で あ る 。 本 書 は 、従
来
の伝
説
や、俗
信
に 包 ま れ た 虚 像 を 洗 い 落 と し て 、 真 に 仏 教者
、 思想
家
と し て 生き
た 生涯
を 、著
者
多
年
の 研 究 に 基 づ い て再
現 し 、高
邁
な 思 想 を 平 易 に 説 い た 空海
研究
の 白 眉 で あ る 。帯
封 の紹
介
文 、 此 の如
く
であ
る 。第
十
四章
「 日 本 仏 教史
上 より
見
た 空海
」 に 、 そ の 特質
は 、全
体 的 統 一 原 理 にも
と づき
、多
元 的 な 現実
の教
理 を認
め な が ら総
合
的 普 遍 的 仏 教 を形
成
し た と こ ろ に 、 空 海 の 真 言 密 教 の も っ と も 著 し い特
徴
を 認 めNII-Electronic Library Service る こ と が で
き
る と いう
。W
. 昭和
四十
二 年 「 地 獄 の 思 想 」 日本
精
神
史
の 一系
譜梅 原 猛
中 公 新 書 『 生
命
の 思 想心 の 思
想
地 獄 の 思
想
』 。 「 生命
の 思 想 」 ・ 神 道 は多
神 的 な 自 然 崇 拝 で あ っ た に た い し 、 密教
は多
を 統 一 す る 宇宙
神
の崇
拝 で あ る 。 神 道 は多
の多
の崇
拝 であ
る に た い し て 、 密 教 は多
の 一 、 秩 序 づけ
ら れ た多
の 崇 拝 で あ る 。 …自
然 に は素
晴
ら し い 生 の 力 が あ る 。 そ の 生 の力
が密
であ
る 。 そ し て わ れ わ れ の な か に も こ の よう
な 密 な る 生命
が 宿 っ て い る 。密
は自
然
の な か に あ る と と も に 、 わ れ わ れ の 心身
の な か に も あ る の で あ る 。 … こう
いう
生命
の 哲 学 が 、 お そ ら く 日 本 人 の 中 心 的 世界
観
で あ ろ う 。 同年
「 日 本 文 化 と 仏 教 」 ( 特 集 ・ 仏 教 の 問 題 点 )梅
原 猛理 想
V
. 四 十 二年
度
関 西 哲
学
界 シ ン ポ ジ ュ ウ ム 「 日本
の哲
学
」 三 つ の原
理 。 報告
者梅
原
猛 。 昭 和 五十
年
「 現代
日 本 の哲
学 」 西谷
啓
示編
収
雄
渾
社
明 治 以 降 の ヨ ー ロ ッ パ 哲 学 移 入 以前
に も 日 本 に 「哲
学 」 はあ
っ た 。 日本
思
想
史
を つ ら ぬく
「 日本
の伝
統哲
学
」 …奈
良
平
安 の古
神 道、特
に 仏教
( 真 言 ・ 天 台 ) 。 こ の 日 本 哲 学 の 普 遍 的 原 理 は仮
説 と し て い え ば 、 心 ・ 生命
・ 地 獄 の 三 つ の 思 想 で あ る ( 要 旨 、 橋 本 峰 雄 )W
, 昭和
四 十 三年
「 弘 法大
師
著
作
全 集 」 第 一 巻 ( 教 学 編 ) 勝 又俊
教
編山
喜
房 仏書
林
大 師 著作
、 教学
編 の 原漢
文
を 現代
表
記 で 書 き 下 し 、 当 頁内
に 術 語 、難
解
語句
、 必要
の 注記
が付
さ れ 、 語句
索
引 、 他 、 聖 語 も 蒐 集 さ れ て い る ( 全 三 巻。 ) 解 説 を 含 め て 大 師 の 思 想 を 学 ぶ た め の基
本
図 書 で あ る 。 こ と ば化
へ の第
一歩
で あ る 。W
. 昭和
四十
四年
「 日 本 の 仏 典 」 武 内梅 原 編
中 公
新
書 私 た ち は 仏 教 の 思想
的 遺 産 を ど れ だ け 知 っ て い る で あ ろう
か 。 三 十 二編
。 日 本文
化
の 根底
を
な す 仏 教 思想
の精
髄 、 イ ン ド 成 立 の経
典
・論
疏
、 中 国 の 注釈
、 日 本 僧 の 書 い た 経 論 の コ ン パ ク ト で 丁寧
な 解 説 書 。 編者
梅 原 は 、 空海
「 秘 蔵 宝 鑰 」 を 書 い て い る 。266
N工工一Eleotronlo Llbrary阿字観法の展 開 (五) (森口)
B
「 生命
の海
へ 」1
.昭
和
四 十 三年
『 仏教
の 思想
』 ( 全 十 二 巻 ) 角 川書
店
( 梅 原 ・ 上 山 企 画 )第
九 巻 「 生命
の海
空
海
」第
二部
「密
教
再
発
見
」宮
坂 ・梅
原対
談
梅 原 ・現
在
は 、 人 間 中 心 主義
じ ゃ 困 る時
代 が来
た 。 そう
いう
と こ ろ に は じ め て 密 教 の 意 味 が 光 り 出 し て く る感
じ が す る の で す 。宗
門学
者 は 仏 教 を わ か ら せ る よう
な書
物
は書
い て い な い 。 一 般 的 な 解 説 書 が 皆無
に 近 い 。 教 理 は 非常
に むず
か し い 。 教 理 を もう
一 度現
代
の こ と ば に直
し て現
代
の民
衆
に 伝 え よう
とす
る努
力 が 欠 け て い た 。 そう
い う努
力
が出
て く る と き に 、 もう
一 回 密 教 が考
え な お さ れ る の じ ゃ な い か 。 宮 坂 ・宗
門 の 人 た ち が む ず か し い 教義
を た だ も てあ
そ ん で お っ て 、 そ れ が 一 般 大 衆 に 届 か な か っ た と いう
責 任 も あ る 。H
. 昭和
四 十 六 年 「 日本
の 仏教
」真
言宮 坂
宥
勝
天 台
壬 生
台
舜春
秋 社平 成 十
年
、宮
坂宥
勝 著作
集第 六
巻
所 収改
題 「 真 言 宗 の 歴史
」法
蔵
館
第 五章
反体
制
活 動 . 仏 教 の改
革
を提
唱
す
る 「 新 仏 教 徒 」 、 に参
加
し た 密 教者
達
の こ と、 連動
す
る 仏教
社
会
主義
参
加 の 人 々 、 明 治 以 降 の密
教
教 学活
動
に つ い て 記 す 。 ( こ の 時 期 ) 「率
直
に言
っ て 、今
日 、密
教 は ま だ 一 般 の学
会 や 思 想会
の 舞台
に は 登 場 し て い な い 」 。第
六章
( 真 言 宗 団 の 今 後 の 課 題 結 語 〉今
日 の 真言
宗
団 に新
し い時
代
の使
命
と 責 任 と を 果 た す だ け の 活 力 が あ る か どう
か わ か ら な い が 、 …未
来 社会
の建
設 へ向
け て 民 衆 の た め に発
言 し、諸
般
の活
動
を進
め る 態勢
に転
換 し て ゆ か ね ば な ら ぬ の で は な い か 。何
よ り も 大 切 な の は 、真
言 宗 に 限 らず
、す
べ て の教
団仏
教
自
体
が民
衆
を 思 想 的 に獲
得 し て ゆ く こ と で あ る 。 そう
で な い 限り
、今
後
の教
団 仏 教 の 発 展 は お そ ら く望
め な い であ
ろう
。267
NII-Electronic Library Service
皿. 昭 和 五 十 一
年
講 座 密 教第
三巻
所
収
「 空海
の哲
学
」 梅 原 猛改 題
昭 和 五 十 五
年
「 空海
の 思想
に つ い て 」梅
原 猛宮
坂 解 説講 談 社 学 術 文 庫
文
庫 本 一 頁 十 五 行 、 一 八 〇 頁 に 、 空海
密
教
の核
心 、 即 ・声
・吽
の 三 書 を 紹 介 す る 。 空海
像 の 基 本 的 説 明 、 初 め の 六 の題
名 も 興 味 を 引 く 新 鮮 な学
的 入 門 の 書 。宮
坂
解
説
は 、 三 部 作 を 一般
思 想界
に お い て論
じ た の は 、 本 書 が は じ め て で あ ろう
と いう
。W
. 昭 和 五 十 一年
「 空 海 と 密 教 の 思想
」 」 エ ピ ス テ ー メ ー 七 月 号朝
日 出版
大 乗 仏 教 の 展 開 の 中 に現
れ る 密 教 と 、密
教 を 哲 学 体系
に ま で 結 晶 さ せ る 思 想家
空海
を訪
ね る 思考
の 旅 は 、 は る か に直
截 に 、今
日 の 知 の相
貌
を照
ら す の だ 。 密 教 学 、 哲 学 、 仏 教 学 、宗
教 学 、美
学、 心 理学
等
、各
専
門 の学
者
が そ れ ぞ れ の 言 葉 で 空海
へ の ア プ ロ ー チ をす
る 。 宮 坂 宥 勝 、 津 田 眞 一 、 中 村 元 、 松 長有
慶
、 金 岡秀
友
、森
本
和夫
等
であ
る 。V
. 昭和
五 十 六年
「 空 海 」 上 山 春 平 朝 日 新聞
社 「 空 海 伝 の 基 本 問 題 」等
の 研 究 。 ( 序 )2
私 の 空 海像
、3
求
聞 持 か ら の 出 発 は 、著
者 の体
験
であ
る 。 「 私 が 、空
海 に 救 け ら れ て、精
神
的 な 泥 沼 か ら ぬ け だ す こ と が で き た の は 、京
都 の 旧 制 大 学 二 年 か ら 三年
に か け て … で あ っ た 。早
朝
に、 下 宿裏
の 如 意 ゲ岳
( 大 文 字 山 ) に 虚 空 蔵 の ダ ラ ニ を 繰 り な が ら 登 り、顔
見 知 り に な っ た 近 く の大
師
信 仰 の お年
寄
り 方 と、真
言 を と な え て お つ と め を し た 」 。梅
原 の 年表
・ 三 十 四歳
「 日 本哲
学会
の 席 上 で 、 上 山 氏 と知
り合
い親
交
を結
ぶ 」 とあ
る 。W
. 昭 和 五 十 七 年 「密
教世
界
の構
造 」 空海
『秘
蔵
寶
鑰 』宮
坂宥
勝
筑 摩 叢
書
1
倫
理 以前
の 世 界 、2
倫
理 的世
界
、3
宗
教
心 の 目 ざ め、4
無
我
を知
る 、5
お の れ の無
知
を除
く 、6
人 び と の 苦 悩 を 救う
、7
一 切 は空
で あ る 、8
す べ て が真
実 で あ る、9
対
立 を超
え る、10
無
限 の 展 開 で あ る 。 空海
の 密 教 は 自覚
の 極 致 に お け る 全 人 の完
成
を 求 め て 、 つ い に 万有
一 切 を自
身
仏
の自
己表
現 と す る秘
密
荘
厳 の 世界
に到
達
し え た 。 そ れ は 無 限 の展
開
の 世 界 で あ り 、 大 生 命 の 哲 学 で あ る と いう
。著
者
の イ ン ド学
を始
め とす
る 、 西 洋哲
学
、仏
教
漢
文
、 日本
文
化 、 日本
古
典
文
学
等
に わ た る 造 詣 の 深 さ を 示 さ れ た 書 で あ る 。268
N工工一Eleotronlo Llbrary阿字観法の展 開 (五) (森口) 三
仏
教
と
国
家
神
道
A
固
有
神
道
と1
. 昭和
四 十年
「 固 有神
道 」覚
え書
き 「 思想
の科
学
」梅
原
猛 。未
来 の 神 道 ・私
は 以 上 で 、 従来
固有
神
道
と考
え ら れ た も の が 、 決 し て 固有
で も な ん で も な い こ と を あ き ら か に し た 。 も し も 、 天 皇崇
拝
と軍
国
主 義 が神
道 に 固有
で あ る な ら ば 、 わ れ わ れ の ナ シ ョ ナ ル な も の へ の 回 帰 は 、 い つ も 反 動 へ の奉
仕
に終
わ る はず
で あ る 。 軍 国 主義
と 天 皇崇
拝
だ け に神
道 を 限 っ た ま こ と に 近代
的 な 、 ヨ ー ロ ッ パ 的 な神
道 で あ っ た の で あ る 。 こ の よう
な 近代
的 な神
道
をす
て て 、 わ れ わ れ は 、 神 道 固有
な存
在
論
や 価 値論
に 進 ま ね ば な ら な い 。 ( 「 美 と 宗 教 の 発 見 」 講 談 社 文 庫 所 収 >H
. 昭和
四 十 五年
「 国 家 神 道 」村
上 重 義岩 波
新
書 ( 結 び ) 国家
神
道 は 集団
の祭
祀
と し て の 伝 統 を受
け 継 い で き た神
社 神 道 を 、 皇 室神
道 と 結 び つ け 、皇
室
神
道
に よ っ て 再編
成 し 統 】 す る こ と に よ っ て 成 立 し た 。 … 国家
神
道 の 教 義 は そ の ま ま国
民 精 神 で あ る と さ れ た 。 … 国家
神
道
は 、 わ ず か 四半
世紀
前
ま で 、 八 十年
に わ た っ て 日 本 を 支 配 し た宗
教 制 度 で あ り 政 治 制 度 で あ っ た 。 … 国 家神
道
は 、終
始
、 日 本 に お け る 民 主 主義
の 対極
な す存
在
で あ っ た か ら 、 国家
神道
の 復活
と 民主
主義
の 擁 護 は 、 い や おう
な し に 二者
択
一 の 関係
に あ る 。 国家
神
道 の 本質
と役
割 の究
明 は 、 ま さ し く現
在 の 問 題 と 言う
べき
で あ る 。 皿. 昭 和 五 十 四年
「 現 代 日 本 の宗
教 問 題 」 村 上重
義
朝
日 選 書 陸 ・海
軍省
所
管
の特
殊
神 社 …靖
国神
社
は 日清
、 日露
、第
一次
世 界 大 戦 、 シ ベ リ ヤ 出 兵 、 日中
戦争
、 太 平洋
戦争
と つ づく
天 皇 の 名 に よ る 「 聖 戦 」 の た び に 、 戦 死 者 を つぎ
つ ぎ に 合 祀 し て 発展
し た 。 「 靖 国 」 の 「 国 」 は 、 天皇
制国
家
を 意味
し269
NII-Electronic Library Service て い た 。 天
皇
の た め に 死 ぬ こ と に よ っ て 、 戦 没者
たち
は 国 家 に よ っ て カ ミ と し て 祀 ら れ、現
人神
天 皇 の 礼 拝 をう
け る と いう
破 格 の 「 栄誉
」 を 与 え ら れ たW
. 昭 和 六 十 二年
「 国 家 と 天 皇 」 体 系 一 仏 教 と 日 本 人2
黒 田 俊
雄
編集
す
で に 一 千 年 に わ た っ て 一 体 の も の ( お な じ も の ) と し て 信 仰 さ れ て き た神
仏 を 、 「 一方
は民
族
的
習 俗 、 他 方 は 個 人 的宗
教 と し て 引 き 裂 き 分離
し て 「 神 道 」 と いう
” 宗 教 で な い ”別
格 の 信 仰 を 創 出 し 、 天皇
と 国 家 へ の忠
誠
心 育 成 の手
段
と し て 国 民 に 一律
に 強 制 し た そ の .作
為
と錯
覚
” の 仕 掛 け の巧
妙
さ で あ る 。 そ れ は 、 わず
か 半 世紀
余
り の 問 に 国家
の権
威
と義
務
教育
の力
で 、国
民
の 常 識 と し て定
着
し て し ま っ た 。 が 、 こ の 巻 と し て こ こ で 最 小 限 指 摘 し て お か な け れ ば な ら な い の は 、 こ の 一方
で の信
仰
破
壊
ー
た と へ ば顕
密
諸 宗 に と っ てー
と 、 他 方 で の 信 仰 の 強 制1
た と え ば真
宗
に と っ て ー に つ い て 、島
地 黙 雷 な ど わず
か な論
説 を 除 き 、仏
教
諸
宗
側 が 目 立 っ た抵
抗
ら し い も の も な く容
認 し て し ま っ た こ と で あ ろう
。V
. 平成
二十
二年
「 国 家神
道
と 日本
人 」島
薗
進岩
波
新
書
a.存
続 す る 国家
神
道
を 直 視 す る 。 国家
神
道 と いう
重要
な政
治
問
題 か ら 皇 室祭
祀
を排
除
し たGHQ
の判
断 が、 日 本 人 に と っ て 都 合 が よ いも
の だ っ た と 思う
日本
人 は多
い だ ろう
。 だ が 、 皇 室祭
祀 が残
っ た こ と に よ り 国家
神
道
が今
も 生 き て い る こ と に 対 し て無
自
覚
であ
っ て よ い わ け で な い 。 「 日本
人 は無
宗
教 だ 」 と 言 う と き も こ の 問 題 が 忘 れ ら れ て い な い だ ろう
か 。 日 本 人 は 国家
神
道 の 思 想 や 心 情 の影
響
を ふ だ ん に受
け る位
置 に今
も い る の であ
り 、 そ の こ と に自
覚
的
に 対 処す
る の が よ い 。 … 信 教 の自
由 に つ い て 、 西方
キ リ ス ト 教 を基
準 と し が ち な 思 考枠
組
の偏
り を 見 直 す 一助
に も な ろう
ー
こ れ が 私 の 主 張 し た い こ と だ 。b
. 同 ・ 島 薗 「 天皇
不 親 政 の 伝 統 」 と い う 論等
( 和 辻 『 国 民 統 合 の 象 徴 』 論 等 批 判 ) 本 書 で 私 が と っ た よう
な 視 点 に 立 つ と 、 「 空虚
な 中 心 」 ( 人 間 ・ 象 徴 天 皇 ) と 見え
たも
の は実
は 空 虚 で は な い 。 明 治 維 新 か ら 一 九 四 五 ま で 、 そ れ は あ る 意 味 で 「 主 軸 と な る 中 心 」 だ っ た 。 そ し て 戦 後 か ら 現代
に い た る ま で も 、 そ こ で は 皇 室祭
祀 が 行 わ れ て い る 。 皇 室祭
祀
は 日 本 の宗
教文
化 、 精 神文
化
に さ ま ざ ま な 影 響 を与
え続
け
て い る 。 そ し て 皇 室祭
祀 を 重 要 な270
N工工一Eleotronlo Llbrary阿字観法の 展 開 (五 ) (森口) 拠