()KAYjlMA UnJ'veL・SL'ty EarthScienceReports,
VoL16,No,1,23‑28,(1999)
玉野市 出崎海岸 に露 出 した縄文時代 の泥炭層
Pe atbe dof J omonagei nDe s akiBe ac h,TamanoCi t y ,
OkayamaPr e f e c t u re
鈴木茂之 ( Shi ge yukiSUz UKI ) * 行基幸一 ( Koi c hi YUKI MOTO) **
PeatbedremalnSisolatedintheshorelineofwesternbeachofDesakipeninsulaCollected samplesgaveradlOCarbondateor5790±80and5810±60yearsBP.
Kcywords:Peat,Holocene.DesaklBeach
[ 司 団
沖積 層 第 三系 花 繭岩
第 1図 児 島半 島の地質 及び泥炭層露頭位置巨 古 ∃ 生 層
( ホ ル ン フ ェ ル ス )
*
岡山大学理学部地球科 学科 面700‑8530 岡山市津 島中31ト 1** 大建工業株式会社 面702‑8045 岡山市海岸通2‑5‑8
24 鈴木茂 之 ・行基 幸一
I.
は じめ に岡山県児島半島の瀬戸 内海側沿岸部の地質は単 調にみえ,ほとん ど花南岩か らなる. この児島半 島か ら瀬戸内海に細長 くつきでた出崎の先端付近 の砂浜で,干潮時に泥炭層が露出 しているのが見 出された.本層は1998年9月以降,台風 によって 運ばれてきた砂 に覆われて見えな くなっている.
この泥炭層は孤立 した奇妙な分布 をな し,ほかの 沖積層 との関係が不明なため,その成因を解明す るには難問が多い. しか しこの泥炭層の表面か ら 土器が得 られることや,汀線よ りやや低 い分布を なす ことは岡山平野か ら児島半島周辺の沖積層を 解明するうえで興味深い.今回本層の年代測定を 行 い縄文時代のものである ことがわかったので, その結果 とこれまでわか った観察事項 を報告する.
本層の存在は瀬戸 内海の成因や地形発達史を明 ら かにするうえで鍵 となる と考 え られる.
I
I T.
地質概 要第1図に示すように,金甲山の西部にホルンフェ ルスが分布す るが,児島半島のほとん どは花南岩 か らなる.その他 にごく限 られた分布であるが第 三紀の磯層 を主体 とする地層 が存在す る.佐藤 (1938)によると標高の高い (50‑80m)中間 峠のものは洪積層 ,低 い標 高30mの段丘を構成 するものを中新続ではないか とした.今村 ・多井 (1961)は 岡山県 の資源 調査 に関連 して これ ら の地層 を記 載 してい る.高位 のものは磯径 数〜
20cmの 円磯か らなる .低位 の もの は磯径 数 〜 15cmの円操か らなる篠層,粗粒でやや淘汰が 良 い砂層,炭質泥か ら石炭で構成 されている. これ らはいわゆる 「山砂利層」の層相 と同様である.
このような僕層 を鈴木 (1996)はフィッション ・ トラック法によって明 らかになった時代
と
,堆積 相の概略 を示 して吉備層群 とよんだ.本地域のも ので高位 に分布 す る地 層 は鈴木 (1996)の円撰 相 に,低 位に分 布する地層は鈴木 (1996)の含 石炭泥砂摸相 に相当する.波張崎 には褐炭を採掘していた露天掘 りの跡があるが.現在ではほとん ど埋め られている.ず り山 として石炭や珪化木の 破片が残 っている.
洪積層 と沖積層は谷底平野部 に分布 している.
中国地方基礎地盤研究会 (1995)によって出井 後閑,山田のボ‑ リング柱状図が報告 され,以下
のようになっている.沖積層 と洪積層 との境界は EI]井で海 抜‑5‑‑7m,後閑で海 抜‑4‑一7m, 山 田で海抜‑6‑‑8mとなっている.洪積層は磯層, 砂層,泥層か らなるおそ らく河川成の地層 と,淘 汰の良くないおそ らく崖鑑戒の磯層で構成 される.
沖積層はおそ らく海浜成 のもの と考 え られる貝殻 ま じりの砂が多 く,崖錐成 らしい僕層 もある.山 田では沖積層の最下部に腐植土質 の泥層が記載さ れている.
Ⅲ.
出崎 先端部 の地 質調査地域 は 出崎海水浴 場よ り南側 にある.第2 図は出崎の先端部西側海岸 の地質断面図である.
ここで も花簡岩がほとん どをしめている.海岸の 高潮線付近には第三紀層が極めて限 られて分布 し ている.泥炭層は汀線よ りやや 低い位置に幅が約 5m,海岸 に平行な方向で約20mほ ど露出 してい た.海岸のほとん どは現世の砂が覆 って いる (第
3図) .
花属岩 は中粒等粒状で灰 白色 を呈す る.捕獲岩 は稀である.
第三 紀層 は花 南岩 質な 塊状 砂か らな る (第4 図).粗粒で角張 った石英 と長石の砂 と,青灰色 粘土の基質か らなる.かな り堅 くしまってお り, 波浪の浸食 に耐えて残 っているが.岩石化は して いな い. この層 はSuzuki(199(i)と鈴 木 ほか (1997)が 岡山大 学北部 の露頭 で記載 した.い わゆる =山砂利層日である吉備層群旭川層の角僕 層の一部 にみ られる花南岩質砂層 と同様な層相で ある.団結度 も吉備層群の ものと同様である. こ の ことか ら, この第三紀層は吉備層群 に属す と推 定 され,古第三紀 に花簡岩 の山地 の山麓に堆積 し た崖錐成堆積物 と考 え られる.
玉 野 市 出 崎 海 岸 に露 出 した縄 文 時 代 の泥 炭 層
泥炭層 は後述 す るよ うにい まか ら5700‑5800 年前頃の縄文時代 に堆積 した と考 え られ る (第
5
図).材等 の植物片 を多 く含む泥層で,その表層 から石器や土器な どの考古学 的な遺物 も産 出す る.泥炭層露出地点 よ り北約200mの浜 の小海食崖 に弥生時代 の製塩土器 の破片か らなる層が露 出す
ら . この 層 は高 さ1.5mの表土 か らな る 小崖 に , 厚さ20‑30cmの層 と して挟 まれて いる.
l V.
泥 炭 層 の層 相黒色 を呈す る末 団結 の泥炭層で ある.材な ど植 物片 を多 く含 む (第6図).材 は小枝 の破片 が多 いが太 さ10cm以上 の もの も しば しば認め られ る (第8図).松 の球果 も認 め られ た.植物片 は炭 化 して いるが .茶色 を呈 した完全 に炭化 して いな い部分 を残す もの もある.露頭 の表面 は本層 の残 存 して いる部分の最上部 にあた るが,その一部 は 2‑ 3cm程度の厚 さで酸化鉄 の沈着が認 め られ, 堅 くな って いる.本層 の下 限は不明で あるが.ハ ン ドオーーガ一一パこよって地下 1m以上 ある ことが確 認できた.
西
完 新 世 巨 ∃ 泥 炭 第 三 紀
白亜 紀
花 園 岩 質 砂 花 尚岩
V.
泥 炭 層 の時 代本層 の表 層部か ら考 古遺 物 が10点余 り見 出さ れた. これ らはそ の半分 が泥炭層 に埋 rJて産 して いた.得 られた遺物 はや じりな どの石器 と土器 の 破片で ある (第 7図) .土器 はアカガイやホ タテ ガイのよ うな凹凸が ある貝殻で こす ってつ けたよ うな線状 の模様が表 と墓 につ け られて いる (第 9 図
a
,b) .これ らの遺物 は縄文時代o)も0)で ある.これ らの出土 は表層部 に限 られて いる ことか ら, 本層が堆積 して後 の もので ある可能性 がある.
本層か ら材 を含 んだ泥 炭 を コ試 料採取 し, 14C
年代測定 を行 った.測定 は堆)地球科学研 究所 に依 頼 した.試料は酸洗浄 とベンゼン合成で処理され, 測定 は β一線法で行 われた.5790j(i()(
年
B.P.) と5810±60(年B.P.)の, ほぼ同 じ値が得 られ た.時代 としては縄文前期 にあたる.測)封 吉見 は 以下のよ うで ある.東
十十+ +1 +++ +
第2図 山 崎 海 岸 の 泥 炭 層 露 頭 周 辺 の地 質 断 面 図
25
26 鈴 木 茂 之 ・行 基 幸 一
試料Z951229‑1
測定値 :5790±80y.B.P.
補正14C年代 :5770±80y.B.P.
613C :‑26.7permit
測定番号 :GE0‑2934,Beta‑94502 測定者 :(株)地球科学研 究所 測定試料 :泥炭
採取者 :鈴木茂 之
採取地 :玉野市 出崎 (北緯340 30/41//,東経13400'14/′)
試料Z951229‑2
測定値 :5810±60y.B.P.
補正IL/1C年 代 1.5760±60y.B.P.
∂13C :‑28.3pe1‑mil
測定番号 :GE0‑2935,Beta‑94503 測定者 :肺)地球科学研 究所 測定試料 :泥炭
採取者 :鈴木茂之
採取地 :玉野市 出崎 (北緯340 30′Ln/′,東経L3400'14/′)
V
I.泥 炭 層 の成 因 と第 四 紀 地 質 にお け る意 義 泥炭層 は沖積平野 の氾濫原で形成 され る ことが 多 いが,潟湖 な どの湖水 の縁辺 に も形成 され る.本層はやや湾入 した海岸部 の山地 の麓 にあた る狭 い昭凶 に分布す る ことか ら,砂州で仕切 られた小 規模な潟湖 に形成 された もの と考 えた.完新世 の 侮水準変動 について.本地域 に近 い地域では大阪 湾での研 究があ る (前 口.1977). これ による と.本泥炭層が形成 され た時期 は,梅 田海進 (縄 文海進 に相 当す る)が最 もすす み,海水準が最高 位 に適 した直後で ある. この時期 は これ まで の海 進期 に比較 して海水準が安定 してお り,かつやや 淘水準が 低下 したため高海面期堆積体 と して砂州 が形成 され.泥炭層 を堆積 させ る条件が出来 たの で はないが と推定 され る.
前田 (1977)に よる と大阪湾 周辺で の この時
期 の海面 は ,海進最 盛期 で現 在 よ り3111高か った ことを明 らか に して いる.本層 の年代 はその海進 最盛期直後 を示す ので,当時の海面 は現在 よ りや や高か った ことが考 え られ る. ところが本泥炭層 は陸成層であ りなが ら,現汀線 よ りやや低 い位置 に分布 している. この ことは.本地域 は沈降 して お り,おお まか に5000年 で2111程度 の沈 下が想 定 される.岡山平野や その周 辺の瀬戸 内海沿岸地域 で 低位段丘や 中位段丘が認 め られ ない0)ち. この 推測 を支持す る.
Ⅶ.
ま とめ1.
玉 野市 出崎 海岸 の汀 線か ら低 い位 置 に厚 さ 1m余 りの泥炭層 が分布 してお り、1ーl(二年代測定 を 行 った 結果,5790±80(年B.P.)とtI)(qlO士60(年B.P.) の年代値 が得 られ た.
2. 岡山平野周辺 の瀬戸 内海沿 岸地域 はゆ っ くり 沈降 して いる ことが考 え られる.
謝 辞
岡山大学文学部稲 田孝 司教授 には考 古ー遺物 の鑑 定 を して いただき,貴重な ご教示 をいただいた.
14C年代 測定 の経 費 は株 式会社 ア イ ・エ ヌ ・エー に援助 していただき,依頼 の作業 な ども同社 の柳 EE] 誠博士 ,田中竹延氏 にお 世話 にな ‑,た. これ
らのかたがた に厚 くお礼 を申 し上 げる.
引用 文献
中国 地方 基 礎 地 盤研 究会 (1995).岡 山県 地 盤 図 .
288p.
今村外 治 ・多井 義郎 (1961) . 岡山県倉 敷 市付近 並び に児島半 島部 のいわゆ る第 三紀 層の 調査 報告 .也 下資源調査報告 書,No.12.33‑こうLq.岡 山県 .
海と森の変遷‑.科学,∠17.51‑1‑lT)23.
佐 藤源郎 (1938), 7万5千分 の 1地 質図 幅 西大 寺 」 及び 同説明書 ,地質調査所 .5‑II).
Suzuki(1996),Paleogenetalusdel〕し〕Silト
OkayamaCity,SouthwestJal⊃all. Oknyama
玉 野 市 出 崎 海 尉 こ砿 出 した 邦 文 時 代 の 泥 炭 層 27
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占地理 堆 糊 学 研 究 会1996年秋 季研 究 生会 耕 硫 安旨 11 12
稲人TIR二 ・柴 田 次夫 野坂 俊 夫 (1997). 赫薪 世にお tTる ImLlJ鳩zZ)の古地 理 平 成9年皮 円山大 学鞍 作研究 声内特 別軽 幹研究 戒 R 報告苗.班 25‑2rJ
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図 節
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