降雨・融雪量の確率年評価に基づいたのり面防護工設計の方法論に関する研究 A Methodology Of Slope Protection Design Based On Return Period Of Rainfall And Snowmelt
土木工学専攻 11号 植平健一郎 Kenichiro UEHIRA
1.緒言
(1)研究背景
日本の気象の特徴として多雨という特性があるが,その 顕著なものとしては梅雨期から台風期の豪雨が挙げられ,
このような降雨により斜面擁壁崩壊を起こすことは決して 少ないわけではなく,河川に焦点を当てれば,堤防ののり 面が崩壊した事例も存在する.そこで,道路斜面などでは コンクリート擁壁,河川では堤防の腹付け盛土といったの り面防護工により斜面の安定化を図っている.しかしなが ら,現実では『外力に耐え得る強度を如何ほどに見込むか』
というのり面防護工設計のスキームは確立されてはいない.
また,積雪寒冷地に焦点を当てると,外力として作用する 水量は降雨だけでなく融雪水がもたらす場合があることは 明確であるにもかかわらず,現状の擁壁工指針に融雪の影 響は考慮されてはいない.過去には融雪が原因となり人命 を失う重大な事故も発生している.
(2)研究目的
上記の背景を踏まえ,本論文では,確率年の概念により 降雨量と同様に新しく融雪量を外力と評価した上で,擁壁 の安定性を斜面安定計算によって示す.さらに,のり面防 護工の設計において,その安定性を示す安全率は共通して 円弧すべり面を用いた安定計算手法から算出している点に 着目し,擁壁の設計方法の考え方の応用例として,堤防の 安定性および斜面流出解析により降雨が堤防斜面に降り注い だ時の表面流に着目して,堤体の飽和度に与える影響を検証 した.本論文はこれらを通じ,のり面防護工の設計方法の 新しい方法論の確立を目的とするものである.
2.降雨量・融雪量の確率年評価
表-1に日本における融雪に起因する土砂災害の一例を示 す.融雪は無視できない外力の一つでありながら外力とし て評価された事例は少ないが現状である.ここでは,降雨 量と同様に新しく融雪量を確率年の概念を用いてGumbel分 布により定量的に評価する.本論文では,過去に発生した擁 壁崩壊を一例とし,水文・気象・地質特性の観点から斜面の安 定性を検討する.
図-1に融雪が起因となり擁壁崩壊した現場の近傍におけ るDegree・Day法(k=7)により算出した1週間累積斜面供給 水量(降雨量+融雪量)を示す.Degree・Day法はM:積算 融雪量[mm]は以下のように与えられる.
c 0
a T
T
c
a T
T k
M (1)
ここに,T
a:気温
[℃],Tc:融雪限界気温[℃],k:融雪係
図-1 Degree・Day法(
k
=7)により算出した 積斜面供給水量(融雪量+降雨)斜面崩壊発生現場(標高:357m)から西方約5km地点
【 1965~2010年 3/1~3/7 】 表-1 融雪に起因する土砂災害記録の一例
(出典:独立行政法人 防災科学研究所)
図-2 Degree・Day法(
k
=7)より算出した 斜面供給水量の確率年数[mm/℃・day]である.融雪係数kは地域や年により変化す るが一般的に3~7の値を取る.選定期間は1965~2010年の3 月1日~3月7日とした.
対象地点において例えば100年確率の外力に対応するのは,
図-2よりk=7において約
300mmとわかる.これより,斜面に供給された水量,すなわち降雨量と融雪量の合計を考慮し た場合,融雪係数を決定すれば設計外力と確率年の関係を 求めることができ,考慮すべき外力の定量的な評価が可能 となる.
3.浸透流計算から求めた設計外力と地下水位の関係 次に,対象とする斜面において降雨量・融雪量がどの程 度の地下水位に相当するのかを浸透流解析により検討する.
水層境界で飽和に達した後,飽和側方流として斜面に沿っ て流下する.浸透流解析には,鉛直一次元の不飽和鉛直浸 透流の基本式である
Richardsの式を用いた.以下,式(2),(3)に示す.
z K K z
z C t
(2)
C (3)
ここに,
θ:体積含水率,K(θ):不飽和透水係数,C:水分 特性曲線の勾配,Ψ:圧力水頭,t:時間,
z:鉛直方向距離である.鉛直浸透の後,不透水面上で飽和に達した時点 以降は,式(4)に従い飽和側方流が発生するものとして計 算を行う.
t S h z Q
k h z x k h
x XX ZZ
(4)
ここに,k:飽和透水係数,h:水理水頭,Q:流入・流出量,
S:比貯留量,t:時間,x:斜面流下方向距離である.
土壌特性値は土の保水能力という観点から有効空隙率
w=0.30,0.35,0.40,0.45とし,それぞれに対して飽和透水係数K
s=1.0×10-4,1.0×10
-5cm/sとしてパラメータに幅を持たせて計算を行った.解析結果を図-3に示す.例えば,
100年確率の斜面供給水量である300mmを用いて浸透流計算を
行うと擁壁背面地下水位は約7m上昇することが読み取れる.
これより,外力と地下水位の関係が明らかになり,対象と する地点で各々の土壌パラメータを決定することができれ ば,そのパラメータに対応する外力と地下水位の関係を決 定することができる.
4.擁壁の安定性の検討
ここでは,地下水位の上昇及び擁壁の重量が斜面の安全 率に与える影響を評価するため,斜面安定計算を行う.
(1) 解析手法
斜面安定解析の手法にはBishop法,Janbu法,有限要素法 による斜面安定評価法など論理的厳密さの異なる様々な手 法が存在するが,本研究では対策の規模を簡便に算定する ことに力点を置いた手法であり,一般的に用いられる修正
Fellenius法を用い安全率を算出した.斜面安定性の傾向を検証する際,円弧すべりを仮定する修正Fellenius法でも十分そ の傾向を再現できるとの考えのもと選定した.以下,式(5) により表される.また,対象とした円弧すべりの概念図を
図-4に示す.
図-3 土壌特性ごとの斜面供給水量と地下水位の関係
図-5 斜面擁壁の厚さと地下水位と安全率の関係 図-4 対象とした円弧すべりの概略図
sin
tan cos
W b u W l Fs c
Σ
Σ
(5)
ここに,Fs:安全率,c´:粘着力
[tf/m2],φ:内部摩擦角[度],l:スライスで切られたすべり面の長さ[m],
W:スライスの全重量[tf/m2],u:間隙水圧[tf/m2],b:
スライスの幅[m],
α:スライスで切られたすべり面の中 心とすべり面の中心を結ぶ直線と鉛直線のなす角[度]で ある.
(2)計算条件
法面の勾配は55.0°(緩勾配), 63.4°(崩壊現場の斜面 勾配),73.3°(急勾配)の3通りを検討した.擁壁の長さ は16.7mで一定とし,土の強度定数は事故調査報告書を参考 に内部摩擦角φ=41.82°,土の粘着力c=0tf/m
2とした.土の単 位体積重量は
γt=1.8tf/m3,コンクリートの単位体積重量を
γc=2.35tf/m3,水の単位体積重量を
γw=1.0tf/m3とした.地下水 位は0m~9mとし,斜面擁壁の重量に応じて安定計算を行っ た.図-5に安定計算結果を記す.
(3)計算結果
擁壁の厚さと地下水位と安全率の関係を示す.図-5は崩 壊発生現場の法面勾配63.4°と法面勾配55.0°(緩勾配)及び
73.3°(急勾配)において擁壁の重量と地下水位によって定まる安全率を求め,それらを補間し面として表し積層したも のである.例えば,斜面擁壁の厚さが約0.6mを下回ると地 下水位の値によらず,安全率1.0を下回り,斜面が不安定に なることが読み取れる.この結果から斜面が緩勾配になる につれ,安全率が上昇することを示せた.これらより,地 下水位と擁壁重量との関係を示せ,斜面崩壊の発生の境界 が明らかになった.
5.堤防の安定計算
のり面防護工の設計において,その安定性を示す安全率 は共通して円弧すべり面を用いた安定計算手法から算出し ている.この点に着目し,前述の擁壁の設計方法で用いた 修正Fellenius法である式(5)を用い堤防の安定性を検討した.
(1)計算条件
堤防の勾配は18.4°(緩勾配), 26.5°(一般的な勾配),
45.0°(急勾配)の3通りを検討した.天端の長さは7.5m,天
端高さは10mで一定とし,土の強度定数は内部摩擦角
φ=20°,30°,40°の3通り,土の粘着力c=0tf/m2
とした.水の単位体
積重量を
γw=1.0tf/m3とし,地下水位は堤体が完全に飽和して
いる場合と地下水位が全く存在しない場合の2通りを検討し た.以下に安定計算結果を記す.
(2)計算結果
図-6に堤防の内部摩擦角と安全率との関係を示す.この 結果から堤体が飽和状態においては,著しく安全率が減少 し,のり面勾配を緩くするにつれ,安全率の上昇の程度も
大きくなることが読み取れる.また,飽和状態の場合,内 部摩擦角の上昇が安全率の上昇に与える影響は飽和してい ない場合に比較し,著しく低くなることが明らかとなった.
6.表面流の発生を考慮した堤防における斜面流出解析
ここでは,降雨が堤防斜面に降り注いだ時の表面流に着目し,
堤防の斜面流出を検討する.直感的に堤防斜面が緩い程,湛 水深が大きくなり,その水の量に比して土壌への浸透力は大き くなることが想像できる.一方で,急勾配である程,表面流で流 れ,土壌への浸透は緩勾配と比較して小さくなると考えられる.
すなわち,降雨の土壌への浸透は急勾配である程,小さいと考 えられる.そこで,本節では,降雨流出解析の考え方を堤防斜 面に適応し,表面流の発生を考慮した斜面流出解析を試みる.
単一斜面における降雨流出解析の理論の概要を以下に記す.
(1)概要
単一斜面における降雨流出の理論の概要を以下に記す.(6) 式は斜面流下方向を対象とし一般化された単一斜面からの降 雨流出を表す基礎式となる.ここに,h:水深[mm],r(t):有効降 雨強度[mm/h],q*:流出高[mm/h]である.表面流に関しては高 棹タイプとHortonタイプの表面流の発生機構を考慮する.以上,
(7)式に示すように,本研究で用いる流出モデルは表面流,中
間流,鉛直浸透流および湛水深に関する4元連立常微分方程 式を(8)式条件のもとで解くことにより,土壌・地形特性と降雨強 度の関係から表面流を分離して抽出可能である.
図-6 堤防の安定計算結果
(6)
深
・・・・・・・・湛水 ・・・・・・・・
・・・鉛直浸透流
・・・・・・中間流 ・・・・・・・・
・・・表面流 ・・・・・・・・
0
2 0 0 0
0 0
0 0
0
) (
) (
q t dt r dh
h h K
K q q h h
K q q t dt r dq
q q q dt a dq
q q t r q dt a dq
s
k s s
s i s k s
s s s
s
s s
q q q
t r q k
t r D h
q q q D
h
s T
s
D h
0 0
: ,
0 :
) ) (
0 (
aq r t q dt
dq
(7)
(8)
検討の対象とする堤体の規模は,堤防の勾配は1:0.5(63°),
1:10(5.7°)とし,これらの勾配に対応するのり面長さを各々14.1m,
50.9mの2通りとした.天端の長さは7.5m,天端高さは10mで一
定とし,堤体の間隙率は0.3とした.有効降雨は鍋底型および矩 形のハイエトを降雨継続時間を各々30時間と168時間で空間的 に一様に与えた.
(2)流出解析結果
本研究において,表面流以外の鉛直浸透流および中間流が 堤体内に入り,再び堤体外に流出することはないと考えている ため,降雨による堤体の飽和度の変化は表面流のみを考慮す る.堤体に鍋底型および矩形(一様な降雨)のハイエトを与えた 際の表面流出解析結果を各々図-7,図-8に示す.ここから,緩 勾配と急勾配を比較した際,表面流が流れ始める時間およびそ のボリュームに大きな差異は確認できなかった.この結果から.
本モデルは山地実流域を対象としており,堤防のような斜面に おいて,表面流を算出するには適していないことがわかった.
7.結論
本論文は,『外力に耐え得る強度を如何ほどに見込むか』
というのり面防護工設計のスキームの確立を目的とし,降 雨・融雪量を確率年の概念を用いて融雪を考慮した擁壁の 設計手法の構築および堤防の安定性の検討を行った.以下 に得られた知見を示す.
(ⅰ)降雨量・融雪量を確率年で評価することにより,確 率年の概念を導入した斜面安定性を検討し,寒冷地におい て融雪量が無視できない外力であり,これら設計外力を擁 壁設計指針に導入する可能性を示した.例えば,擁壁崩壊 した現場の近傍において,降雨・融雪量を100年確率と想定 した場合,斜面供給水量は一週間の累積量として300mm程 度であることが明らかになった.
(ⅱ)浸透流計算を行うことにより,想定すべき外力が擁 壁背面水位に与える影響を定量的に評価することが可能と なった.例えば,100年確率の斜面供給水量(300mm)では地 下水位は約7mとなる.
(ⅲ)斜面安定計算を行うことにより,地下水位の上昇に 伴い斜面の安全率が低下することを示し,安全率の低下は 擁壁の重量に比べ,地下水位の上昇による効果が上回ると いうことが明らかになった.例えば,斜面擁壁の厚さが約
0.6mを下回ると地下水位の値によらず,安全率1.0を下回り,斜面が不安定になることが読み取れる.
(ⅳ)堤防の安定性を検討した結果,堤体が飽和状態にお いては,著しく安全率が減少し,のり面勾配が緩くなるに つれ,安全率の上昇の程度も大きくなることがわかった.
また,堤体が飽和状態において,内部摩擦角の上昇が安全 率の上昇に与える影響は飽和していない場合と比較し,著
しく低くなることが明らかとなった.
(ⅴ)降雨が堤防斜面に降り注いだ時の表面流に着目し,堤 防の斜面流出を検討した.この結果,緩勾配と急勾配を比較 した際,表面流が流れ始める時間およびそのボリュームに 大きな差異は確認できなかった.この結果から,本モデルは山 地実流域を対象としており,堤防のような斜面において,表面 流を算出するには適していないことがわかった.
本論文はこれらを通じ,のり面防護工の設計方法の新し い方法論の方向性を示した.
参考文献
1) 新谷勇樹,富澤彰仁,呉修一,江花亮,山田正:浸透流計算を 用いた斜面安定評価に関する研究,第35 回関東支部技術研究発 表会,2008.
2) 呉修一,山田 正,吉川 秀夫:有効降雨の推定に関する研究,
土木学会論文集B,Vol. 65,No. 3,pp.231-245,2009.
3) 社団法人 日本道路協会:道路土工―のり面工・斜面安定工指 針,2006
4) 社団法人 日本道路協会:道路土工―擁壁工指針,pp.139-141,
2006
5) 社団法人 日本河川協会:改訂新版 建設省河川砂防技術基準
(案)同解説・設計編,技報堂出版,2008.
6) 社団法人 日本河川協会:改訂新版 建設省河川砂防技術基準
(案)同解説・調査編,技報堂出版,2008.
7) 社団法人 日本河川協会:国土交通省河川砂防技術基準 同解
説・計画編,技報堂出版,2010
図-7 鍋底型降雨を与えた場合の堤防斜面における表面流
図-8 矩形降雨を与えた場合の堤防斜面における表面流