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損害防止費用とは何か

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(1)

損害防止費用とは何か

損害防止費用における損害の意味

中 出 哲

■アブストラクト

保険法は,損害てん補方式の保険契約について損害防止義務を定め,その 費用を支払対象と規定するが,その内容は約款で大幅に変更される場合も多 い。ヨーロッパ保険契約法原則は,この問題を因果関係の問題と位置付けて いて注目される。損害防止費用を分析すると,複雑性,予測困難性,複合性 等の特徴があり,損害防止側と保険者側において損害の認識に違いがある場 合があり,被保険者等に義務を課して対応費用をてん補する理論が適合する か疑問がある。課すべき義務は保険の存在によって損害を悪化させてはなら ないという消極的義務と考えられ,そうであれば費用てん補は特に追加して 支払うものといえる。この制度は損害てん補の給付方式に特有といえるかも 疑問で,モラル・ハザード等をもとに保険種目毎に実態に応じた設計が必要 で,保険法の解釈においてもこれらの特徴を踏まえる必要がある。

■キーワード

損害防止義務,損害防止費用,損害概念

1.はじめに

損害保険で支払対象となる費用に損害防止費用がある。これは,保険事故 が生じた場合の損害の防止軽減に必要又は有益な費用を指し,その言葉の意

*平成23年12月17日の日本保険学会九州支部報告による。

/平成24年6月29日原稿受領。

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味は明らかである。また,損害防止費用のてん補の前提には損害防止義務が 存在し,これもわかりやすい。事故発生の場合に損害の防止軽減に努めるべ きことは公益にも沿う。よってその結果生じた費用を保険者の負担とするこ とも当然の帰結として理解されるであろう。保険法は,損害てん補方式の契 約を対象として,損害防止義務(13条)と損害防止費用のてん補(23条)を 定めるが,一般に,当然の考え方を示したものと理解されるであろう。

こうしたわかりやすさは,逆に不満にも結びつく。事故が発生した場合,

被保険者や保険契約者(以下,被保険者等という。)は様々な行動をとるが,

被保険者等にとってあらゆる行動は,少なくとも主観的には,損害の防止軽 減に必要かつ有益なものといえる。よってその費用はすべて支払の対象と考 えるであろう。しかしながら,保険約款では,てん補を制限したり不担保と している場合があり,かかる制限は不当な制限に映るかもしれない。

具体的に考えるために,物・財産の保険を例として請求例を挙げてみる 。 重機械を搭載した台船が曳航中に曳索破断により漂流し,救助業者が救助 を試みたものの荒天のなかで難航し,数週間後に回収に成功した。それまで の数週間にわたって事故対応業務に取り組んだ被保険者の本社勤務従業員の 人件費は損害防止費用に該当するか。

また,時化のなか船舶の岸壁衝突を回避するためにタグボート数隻で船舶 を牽引し,その結果,岸壁衝突を回避した。牽引作業費は,荒天遭遇という 担保危険の発動後の損害を防止した費用として損害防止費用に該当するか。

タンカーが海賊に襲われ,解決金を支払って人命と財産が助かった。その 金銭支払は損害防止費用に該当するか。また,誰が負担すべきか。

これらは一例であるが,事故が発生した場合,被保険者等は様々な手段を 利用して損害の防止軽減に努め,状況に応じて様々の費用を支出するが,ど こまでが保険の対象となるのだろうか。損害防止費用のてん補は,用語自体 はわかりやすいが,実務上は,当事者間で争いが生じやすい面をもつ。

損害防止費用については,これまで損害防止義務を中心に多くの議論があ 1) 下記の例は,筆者の経験等をもとに本稿のために設定したものである。

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ったが,論点の多くは保険法に反映されて立法的解決が図られた。しかしな がら,なお運営において難しい面を伴う場合があるのはなぜなのであろうか。

義務とそれに対する費用てん補という考え方自体についても改めて検討する 必要はないだろうか。本稿では,損害とは何かという点を考えながら,この 法制度の根本原理を考察したい 。

本稿では,最初に,保険法の規整と学説を確認したうえで(第2章),約 款例を確認する(第3章)。また,ヨーロッパ各国の法とヨーロッパ保険契 約法原則における考え方を参考として(第4章),論点を示す(第5章)。そ のうえで考察を加えて,保険法の解釈論も展開してみたい(第6章)。

2.保険法における規整と学説

⑴ 保険法

保険法13条は, 損害の発生及び拡大の防止 として 保険契約者及び被 保険者は,保険事故が発生したことを知ったときは,これによる損害の発生 及び拡大の防止に努めなければならない。 (以下,本稿において 損害防止 義務 という。)と規定する。ただし,保険法は,義務違反の場合の規定は 設けていない。また,同23条は, 費用の負担 として てん補損害額の算 定に必要な費用 と並んで, 第13条の場合において,損害の発生又は拡大 の防止のために必要又は有益であった費用 (以下,本稿においては, 損害 防止費用 という。)を保険者の負担とすることを規定する。これらの規定 は,いずれも任意規定である。

⑵ 損害防止義務の趣旨

保険法のこの規律は,改正前商法660条の規律 を基本的には維持しつつ,

2) 本稿の問題意識と同じではないが,損害防止費用に関する問題指摘として,

井野直幸 損害防止義務と費用負担 ―弁護士A・Bの会話 金澤理監修 新保 険法と保険契約法理の新たな展開 127頁(ぎょうせい,2009年)参照。

3) 改正前商法660条1項は, 被保険者ハ損害ノ防止ヲ力ムルコトヲ要ス但之カ

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不明確であった点を明確化したものである。660条に規定される義務の趣旨 を巡っては,従来より盛んに議論され,多くの学説が展開されてきた 。

まず,その根拠を公益の保護に求める説がある 。この説は,保険契約の 締結によって被保険利益の保全に注意を怠ることがないように,保険者の利 益とともに公益の保護を全うさせることに義務の根拠を求めるものである。

この説は,保険制度に内在的に伴うモラル・ハザード等の問題が保険者とい う契約当事者の不利益にとどまらず社会的な不利益であるがゆえに手当てが 必要であり,損害防止義務を法が特に認めた義務とみる。この説に対しては,

この義務はもっぱら保険者保護のためのもので公益保護は全く派生的なもの にすぎないとして,公益を義務の理論的根拠とすることに批判がある 。

これに対し,損害防止義務を,民法上の過失相殺と同じく,自分の過失に よって損害を受けた者は損害を被ったとは認められないとする衡平性の原則 を基礎にするものとみる学説 や,損害防止義務は,結果的には公益保護に 沿うが,義務の根拠を被保険者の保険者に対する信義誠実の原則に求める学 説が主張されている 。

為メニ必要又ハ有益ナリシ費用及ヒ塡補額カ保険金額ニ超過スルトキト雖モ保 険者之ヲ負担ス とする。

4) 学説の概要として以下参照。山下友信 保険法 412頁(有斐閣,2005年),

野口夕子 保険契約における損害防止義務 62頁(2007年,成文堂),梅津昭 彦 保険事故の通知義務・損害防止義務 落合誠一・山下典孝編集 新しい保 険法の理論と実務 169頁(経済法令研究会,2008年),落合誠一監修 保険法 コンメンタール 40頁,76頁(損害保険事業総合研究所,2009年),大串淳 子・日本生命保険生命保険研究会編 解説 保険法 211頁(弘文堂,2008年),

阿憲 保険法概説 87頁(2010年,中央経済社),石山卓磨 現 代 保 険 法

[第2版] 112頁(成文堂,2011年),岡田豊基 現代保険法 203頁(中央経 済社,2010年)。

5) 古くは,靑山衆司 保険契約論 上巻(第三版) 269頁(嚴松堂書店,1920 年),松本蒸治 保険法(増訂17版) 144頁(中央大学,1926年)。

6) 葛城照三 貨物海上保険普通約款論 288頁(早稲田大学出版部,1971年)。

7) 加藤由作 海上損害論 79頁(嚴松堂書店,1937年)など。

8) 大森忠夫 保険法[補訂版] 170頁(有斐閣,1985年)など。

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一方,これらとは異なり,この規定を保険事故の偶然性を損害の発生にま で及ぼして,損害発生が被保険者の悪意又は重大な過失によってはならない という精神を損害の範囲にまで及ぼしたものとみて,被保険者が損害防止に 努めた結果として生じた損害のみがてん補対象となることを示したものとす る説がある 。この説については,保険事故招致との間に関係があるとして も,義務の根拠を偶然性の問題に求めることは適切でないとの反対がある 。

このように学説が展開されているが,信義誠実の原則に基づくとする見解 が多数説と考えられる 。ただし,損害防止の不作為は損害の発生に作用す る原因力の1つと考え,故意・重過失免責の趣旨に照らして不作為によって 生じた拡大損害はてん補しないという説に賛同する見解も有力である 。

義務の趣旨をめぐる具体的な争点としては,義務の対象者,義務の開始時 点,義務の内容,義務規定の位置づけがあったが,保険法は,それらに対し て立法的解決を図り,義務対象者を 被保険者及び保険契約者 ,義務の開 始時期を 保険事故の発生を知ってから ,義務の内容を 損害の発生及び 拡大の防止 として明確化を図り(13条),位置づけも任意規定とした。

⑶ 義務違反の効果

義務違反の効果についても,義務の趣旨と関係し,学説が展開されてきた。

債務不履行責任の違反にあたるとして違反によって生じた部分を支払額との 相殺により控除できるという真正義務説と,真正の義務ではなく請求権の前 提要件であるとして違反による損害に対して保険者はてん補責任を免れるに すぎないとする前提要件説があり,前者が通説とされる 。ただし,損害防 止義務違反を損害発生の原因力の1つと解する学説は,保険者に対する被保

9) 古瀬村邦夫 損害防止義務及び損害防止費用について 57頁私法18号(1957 年),西嶋梅治 保険法[第三版] 204頁(悠々社,1998年)など。

10) 石田満 商法Ⅳ(保険法)【改訂版】 173頁(青林書院,1994年)。

11) 山下・前掲注4)412頁。

12) 野口・前掲注4)71頁, ・前掲注4)88頁。

13) 大串・前掲注4)214頁。

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険者の賠償責任の問題としてではなく,保険者のてん補範囲の問題としてと らえ,義務違反により発生又は拡大した損害を限度にてん補責任を免れると いう考えを導き,この考え方も有力である 。学説に違いはあるが,いずれ の立場からも,義務違反によって発生又は拡大した損害を限度としててん補 対象外とする考え方は示されている。保険法は,義務違反の効果は規定して いなく,約款規定を踏まえた解釈が必要となる。なお,保険法13条は, 努 めなければならない と緩やかな表現をとる。13条は任意規定であり,約款 で違反の効果が規定されていれば,その内容は原則として有効と解される。

なお,違反の効果を考えるうえでは,損害防止費用のてん補有無も重要で,

それによって義務の内容に自ずと差が生じるとの考えも示されている 。

⑷ 損害防止費用のてん補

学説では,損害防止費用のてん補は,義務の履行に対する補填とする説明 や義務の遂行を容易にするための対処(インセンティブ)とする説明がみら れる。約款上の扱いは種々であるが,義務との本質的連関はないとみて保険 料との関係で考えればよい問題として,全額不てん補とする約款についても 契約自由の事項として有効と解すのが通説である 。ただし,消費者契約法 の観点からの問題指摘がある 。

なお,商法には,損害防止費用はてん補損害額との合算で保険金額を超え る場合でも支払われる旨の規定があったが,保険法にはその旨の規定はない。

保険法は保険金額を保険給付の限度額として定義し ,損害防止費用は保険

14) ・前掲注4)90頁。

15) 山下・前掲注4)415頁。

16) 山下・前掲注4)415頁,落合・前掲注4)43頁(岡田豊基)

17) 損害防止義務を課し,かつ義務違反の場合には損害額減額という制裁を課し ながら損害防止費用を全く負担しないのは当事者間の公平からみて問題がない とはいえず,消費者契約法10条との関係で消費者側の義務を一方的に加重する ものとみられる余地があるとする( ・前掲注4)92頁)。

18) 同法第6条第1項第6号。

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給付の定義に含まれないことから ,保険金額を超過しても支払対象となる ことは当然として,その旨の条項は設けられてないとされる 。

3.約款における規定内容

⑴ 損害防止義務と損害防止費用に関する規定例

主な保険種目について,損害防止に関する約款規定を確認しておく 。 貨物海上保険及び運送保険の約款 は,保険契約者,被保険者,これら の者の使用人は,保険事故が発生したことを知った場合はこれによる損害の 発生及び拡大に努めなければならないこと,義務を履行しなかった場合には,

損害の発生及び拡大を防止できたと認められる額を差し引いた額をもとに保 険金の額を決定することを規定する。また,損害防止義務という表題で,第 三者に対する請求権の保全や行使に努める義務や,義務違反の場合の措置に ついても規定する。履行に必要な費用は,保険金としてその他の保険金と合 算して保険金額を超えた場合でも支払対象とすることも規定する。

船舶保険の約款 は,保険事故発生にあたり,損害の防止軽減に努め,

又は船長をしてこれに努めさせなければならないと定める。故意又は重大な 過失によって怠った場合に,防止軽減できたと認められる額を損害額から控 除しててん補額を決定すると規定する。第三者に対する損害賠償に関しても 損害防止義務の対象として詳細の規定を設けている。損害防止義務の履行に 必要又は有益な費用は,その他の保険金とは別個として,保険金額を限度と して支払の対象とするが,被保険船舶が全損となるおそれがある場合の費用 支出は,保険会社の書面による同意を得て支出した場合に限っている。

19) 同法第2条第1項参照。

20) 萩本修編著 一問一答・保険法 119頁(2009年,商事法務)。

21) 主な保険種目について,保険法制定後の改定約款を対象にした。

22) 東京海上日動火災保険株式会社(以下,東京海上社という。)の貨物海上保 険普通保険約款(2010年7月1日以降始期用)による。運送保険も同一である。

23) 東京海上社の船舶保険普通保険約款(2010年4月1日改正)。

1行送り出し

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住宅の保険の約款 は,事故発生時又は損害発生時の義務として各種義 務を列挙し,その一つに,事故又は損害が発生したことを知った場合に損害 の発生及び拡大に努めることを掲げる。違反があれば発生又は拡大を防止で きたと認められる損害の額を控除して保険金を支払うこと,一方,履行に要 する費用は,対象を消火活動に費消した消火薬剤等の再取得費用,消火活動 に使用したことにより損傷した物の修理・再取得費用,消火活動のために緊 急投入された人員又は機材の費用にのみ限定し,かつ,その他の各種費用保 険金との合計で保険金額を限度として支払うことを記している。

地震保険の約款 は,保険契約者又は被保険者が地震等(地震もしくは 噴火又はこれらによる津波をいう。)が発生したことを知った場合は,自ら の負担で,損害の発生及び拡大に努めなければならないことを定めている。

義務違反に対する制裁は記していない。

賠償責任保険(一般種目用)の約款 は,事故発生時の義務として各種 事項を記載し,その一つに,他人から損害の賠償を受けることができる場合 にはその権利の保全や行使に必要な手続をとること,すでに発生した事故に 係る損害の発生又は拡大を防止するために必要なその他一切の手続を講じる ことを義務として記載する。その場合に,保険会社の書面による同意を得て 支出した必要又は有益な費用を 損害防止軽減費用 として,全額を保険金 としての支払対象とする。

自動車保険の約款 は,保険契約者,被保険者及び保険金請求者は,事 故,損害又は傷害が発生したことを知った場合に損害の発生及び拡大の防止 に努めることを義務とし,正当な理由のない義務違反の場合には,損害の発 生又は拡大を防止することができたと認められる損害の額が保険金から差し 引かれることを規定する。この義務のために必要又は有益であった費用は,

24) 東京海上社の 住まいの保険普通保険約款 (2010年1月1日以降始期契約)。

25) 地震保険普通保険約款。

26) 東京海上社の賠償責任保険普通保険約款(2010年4月作成)。

27) 東京海上社の総合自動車保険普通保険約款(2010年7月1日以降始期契約 用)。

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賠償責任と人身損害の場合は損害の一部とみなして支払対象(合算して保険 金額限度)とするが,車両保険では保険金額の外枠で支払対象とする。

労働災害総合保険の約款 は,災害の発生を知ったときは災害の拡大を 防止又は軽減するために自己の費用で必要な措置を講ずることが保険契約者 及び被保険者の義務であること,相当の理由なく義務に違反した場合には,

防止・軽減可能であった額を控除することを規定する。また,災害の発生を 知った場合,同種の災害の発生を防止するために自己の費用で必要な措置を 講じなければならなく,相当の理由なくこの義務に違反した場合には,以降 発生した同種の災害について保険金を支払わないことも規定している。

所得補償保険は,人の傷害等による所得の減少をてん補する損害保険契約 であるが,損害防止に関する規定は設けられていない 。また,医療費用等 の損害をてん補する方式の保険でも同様に設けられていない 。

⑵ 損害防止に関する約款規定(小括)

約款規定の現状をまとめると,以下のとおりといえよう。人の傷害や疾病 等の第三分野では,損害防止義務について規定が設けられていない例がみら れる。その他の種目では,概ね保険法の条文に沿った条項が設けられている。

義務の対象は,第三者に対する損害賠償請求権の保全等も対象とするもの,

それを別に規定する両方がある。義務発生時点を事故発生前の時点にまで拡 大している場合,義務の対象を類似の災害にまで拡大している場合もある。

義務違反については,損害防止義務を規定する約款では違反の場合に防止軽 減できたと考えられる損害額を控除して支払額を算出する規定が多くみられ るが,規定を設けていない場合もある。また,故意又は重過失の違反の場合 に控除を行う規定もある。損害防止費用のてん補規定はさまざまで,一切支 払の対象としないもの,その他の保険金や費用と合算して保険金額の範囲内

28) 東京海上社の労働災害総合保険普通保険約款(2009年5月)。

29) 東京海上社の場合。

30) ただし,自動車保険の人身傷害保険特約には前述したとおり規定がある。

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とするもの,別枠として保険金額の範囲内とするもの,書面による同意を前 提として上限を設けていないものなどがある。

以上のとおり,約款は保険法に沿って詳細規則を示すが,保険法からのさ まざまな離脱がみられ,なぜこれだけの乖離が生じるか興味がもたれる。

4.ヨーロッパにおける法規整

損害防止に関する法の内容は,他の国ではどうであろうか。ここではヨー ロッパ諸国の法を概観してみたい 。

⑴ 損害防止義務

ヨーロッパ各国においても,保険事故が発生した際における損害軽減義 が法定されている。ただし,イギリスは例外で,コモン・ロー上,被保 険者等に損害防止を義務づける一般的な義務は存在せず,保険契約上の明確 な合意がない限りは,法的な義務は生み出されないとされる 。義務内容の 細部は国によって異なり,損害を抑えるために発せられた保険者の指示に従 う義務として規定する国もある 。

違反の効果についても国によって違いがある。意図的な行為や重大な過失 の場合に保険金支払を拒否するか保険金を削減する権利を保険者に与える 国 ,単純な過失でも保険金の削減を認める国 ,意図的な場合に保険金支

31) 以下の各国法についての概観は,小塚荘一郎他訳 ヨーロッパ保険契約法原 則 (損害保険事業総合研究所,2011年)による。

32) 国によっては,救助義務(duty of salvage)と称されるとされる。

33) ただし,1906年海上保険法78条⑷は,損害を防止または軽減するために合理 的な措置をとることは,全ての場合において,被保険者およびその代理人の義 務とすると規定する。海上保険では,保険証券に損害防止費用のてん補約款が 存在し,その前提のうえでこの規定が示されている(78条⑴乃至⑶)。

34) オーストリア,ドイツ,ギリシア。

35) オーストリア,ドイツ,ポーランド。

36) ベルギー,フィンランド,イタリア,ルクセンブルク,オランダ,スペイン,

スイス。

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払を一切拒否できるとする国 などに分かれる。

⑵ 損害防止費用

損害防止費用の扱いも国によって異なる。損害防止費用のてん補が義務付 けられている国とそうでない国がある。多くの国では,損害軽減のための措 置が合理的と判断されれば,その措置に要した費用は保険者によっててん補 されるとしているが,合理性判断の基準には違いがあり,客観的基準,主観 的基準,善良なる家長の基準における相当の注意といった基準等に分かれる。

また,合理性の証明責任は,請求する側とするのがほとんどであるが,措置 の不合理性についての証明責任を保険者側に課している国もある。フランス では,火災保険のルールにおいて救難作業から生じる損害はてん補の対象と 規定する一方,作業に要した費用は当該ルールの対象としていない。ただし,

その措置から保険者が利得を得ている場合は,事務管理又は不当利得の一般 法理の下で回収があり得る。損害防止費用の支払限度額については,保険金 額とは別枠とするのが多くの法律の立場であるが(ただし,この規定は任意 規定とする国もある 。)それを,保険者の指示によって支出した場合に限 っている国もある 。

⑶ ヨーロッパ保険契約法原則

このように損害防止義務と費用のてん補は,ヨーロッパの各国法において かなりの相違が認められる。こうした中,ヨーロッパ保険契約法原則(以下,

PEICL

という。)は,次のような法を提言している 。なお,以下の規定は,

特定の各種保険(企業保険など)を除き,保険契約者,被保険者又は保険金

37) ベルギー,ルクセンブルク,ポルトガル,スペイン。

38) ギリシア,オランダ,スイスなど。

39) オーストリア,ドイツ,ポーランド,ポルトガル。

40) 小塚・前掲注31)に基づく。

1行送り出し

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受取人の不利益となる変更は認められない規定としている 。

第9:101条 損失との因果関係(Causation of Loss)

⑴ 保険契約者又は被保険者は,損失を発生させる意図をもって又は損失 の発生のおそれがあることを認識しながら無謀にした自己の側の行為又 は不作為により損失が発生した限度においては,損害のてん補を請求す ることができない。

⑵ 損失の程度に従って保険金を減額する明瞭な保険証券上の規定の適用 を妨げることなく,保険契約者又は被保険者は,過失のある行為又は不 作為により発生した損失に対して,損害のてん補を請求することができ る。

⑶ 第1項及び第2項において,損失の回避又は軽減を怠ったことは損失 との因果関係に含まれる。

第9:102条 損害軽減費用(The Costs of Mitigation)

⑴ 保険者は,保険契約者又は被保険者が補償された損失を軽減するため の措置をとったことにより負担した費用又は被った損害の額について,

損失を軽減する効果がなかった場合であっても,保険契約者又は被保険 者がその措置を当該事情の下で合理的と信じたことが相当である限度に おいて,てん補しなければならない。

⑵ 保険者は,第1項に従って取られた措置については,補償された損失 のてん補と合計すれば支払金額が保険金額を超えるときであっても,保 険契約者又は被保険者に対して,てん補をしなければならない。

ここで着目したいのは,PEICLでは,損害防止義務を定めてその費用を 支払うという論理はとられてないことである。その解説をみると,各国法で 損害防止義務を規定する場合でも,不履行の場合に損害賠償請求を行い得る 民事上の通常の意味における義務ではないとして,PEICLでは,違反を因

41) PEICL第1:103条。

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果関係の問題と位置付けて,義務違反によって生じた損害は因果関係の連鎖 が切れることによってその範囲で保険者は責任を免れる考え方が採られてい る。そして,保険は過失による損害も対象としていることとの関係から,深 刻な違反のみが因果関係の連鎖を切っててん補の対象外となるとしている。

PEICL

の理論は,義務を定める大陸法と義務は存在しないとするイギリ ス法が対立する中で到達した解決策といえる。PEICLは,原因−事故−損 害という一連の過程のなかで損害防止の怠りを因果関係の問題と位置づける ことによって,義務とそれに対する費用てん補という方式から離れた。そし て,因果関係の概念を利用して,重大な場合のみを対象から外す制裁方式を 取り入れた。PEICLの理論は,損害の原因力という要素を利用して,作為 と不作為の両方を一体的に整理することにも成功している。

このように

PEICL

では,損害防止費用のてん補は,義務に沿った償いと しては位置づけられていない。損害防止のための能動的な費用が支払われる ことは別に明示し,その対象を 補償された損失を軽減するための措置 に よるものとする。すなわち,事故による各種損害のうち保険で支払対象とす る損失を軽減させる行為の費用と損害のみが,その範囲で支払対象となる。

また,これらの支払は,保険てん補の対象の拡大として扱われている。

5.保険法の法規整に対する疑問

PEICL

は,損害防止義務という形の規定は設けてない点でわが国の法規 整と異なる。それも踏まえて保険法を考えると次の疑問点が出てくる。

まず,保険法13条が保険契約において作り出す義務とは何であろうか。義 務は保険関係を超える領域まで及ぶか。PEICLは,あらゆる作為・不作為 を因果関係の問題として整理し,重大なものに対してのみ制裁を加え,その 制裁は保険の損害てん補の範囲の問題として消化される。一般的に,事故が 生じた場合にいかに行動すべきかは保険関係のみで定まる事項ではない。さ まざまな法律,利害,個人関係などが存在する中で経済主体は行動をとる。

保険契約が行動上の義務を作り出して被保険者等に課すという考え方は,そ

(14)

もそもこのように利益が複合的に関係する実態に適合するだろうか。

第2に,PEICLは,てん補する対象を保険に付けた損害(insured loss) に対応する費用・損害に限っている。保険法でもその点は同じだろうか。支 払対象は23条により,13条に対応したものとなる。13条は一般的表現をとっ ていて,例えば, 保険者が損害てん補する対象の損害の発生及び拡大を防 止した場合 とは記してないが,PEICLと同じように制限的に解釈してよ いだろうか。

第3に,商法や

PEICL

にある保険金額の外枠規定は保険法には記載され ていない。保険法は,損害防止費用を保険給付の概念から外し,損害立証費 用と並列的に扱う。保険事故発生を契機として課される契約の付随的義務に 対する支払としているようにもみえるが,損害防止費用は保険金などの保険 給付と性格が異なるものであろうか。PEICLは,損害てん補の対象とし,

費用だけでなく損害(物的損害等)も対象として明示するが,保険法におけ る損害防止費用の位置づけは妥当といえるだろうか 。

第4は,損害防止費用不てん補約款の有効性である。PEICLの損害軽減 費用の規定は,個人分野等については不利益な規定は認めない片面的強行規 定となっている。ただし, 合理的と信じたことが相当である限度において との基準が設けられている。保険法からの逸脱はどこまで認められるか。

第5に,損害防止義務と損害防止費用のてん補はそもそも損害てん補方式 の保険に特有の制度か。保険事故を契機に生まれる義務とその対応費用と位 置づける場合,保険金の支払方式に連動する制度といえるのだろうか。

以下に,これらについて検討する。そのために,事故―損害防止行為―損 害の関係,義務―てん補との関係,損害の概念についても考察を加える。

6.考

⑴ 損害防止費用の特徴

事故は多様な形態をとる。また,事故によって,人身損害を含め,物的損 42) 多くの約款は,損害防止費用を保険金として支払う旨,規定している。

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害,費用損害,賠償責任,収益上の損害,信用やブランドの損害などいろい ろな種類の損害が生じる。損失の主体も保険契約者と被保険者に限定されな い。保険でてん補可能な損害,そうでない損害のいずれの場合もある。事故 形態に応じて適切な対処方法も多様となる。費用の追加支出のほか,他の利 益を犠牲にする場合もある 。損害防止行為は,個人や企業などの能動的な 行為であり,その行動をもたらす原動力はさまざまである。事故の程度と態 様,周辺環境,経済状況,心理状態,行政の指導など,多くの要因が作用す る。経済主体は,その全体的利益関係をもとに行動を選択する。その場合,

保険の存在も判断要素の一つとなり,保険でてん補される損害とされない損 害が併存すれば,後者の軽減が優先される可能性も否定できない 。

このように,損害防止費用は多様かつ予測困難である。また,防止行為が 対象とする利益が複合的である。経済主体にとっては,自己の損失の全体を 軽減する観点からの行動が合理的といえるが ,行動と損害との関係は必ず しも1対1対応とはならない。以上の状況を図示したのが図1である。

43) 賠償責任を回避するための貨物の廃棄処分など。

44) 以上の他に,事故によって保険金を得られることから事故の拡大を静観する モラル・ハザードが存在する。

45) 生命や身体等の損害を伴う場合は,それを優先することは当然である。

図1 事故と損害の関係

(16)

⑵ 損害概念からみた損害防止行為の分析

そもそも損害防止義務における 損害 とは何を指すか。私論であるが,

損害概念を狭義と広義に分けて分析してみたい 。事故,例えば工場火災が 生じた場合に,建物や機械の所有財産上の損害,費用の支出,収益の喪失,

損害賠償責任の負担などの各種損害が生じる。保険は損害を種類ごとに分け ててん補対象とするかを予め決めておく方式によって運営される。この種類 ごとの損害の認識を 狭義の損害概念 としておく。一方,この工場所有者 に生じる経済上の損害はこれらの全体である。これを 広義の損害概念 と 称しておく 。図1における損害A,B,C,Dは狭義の損害概念を示し,

その全体が広義の損害概念となる。

被保険者等が意識する損害防止は,広義の損害概念上の損害といえる。一 方,保険者には保険金が減るかどうか,すなわち狭義の損害に利害関係を有 し,両者間で損害防止における利害や認識に相違が生じうる。

⑶ 義務とてん補の関係

次に,義務とてん補の関係を考えてみたい。損害防止義務の内容を広く理 解すれば,被保険者等の利害に一致して公益にも沿う。しかし,それに対す る費用を支払うとするとてん補対象が保険で予定していない領域にまで広が る。もっともこの義務は一般的な要請(公益)を単に法が示したものにすぎ ないといえれば,義務遂行は当たり前の対応であるから,保険者がそのため の費用を支払うかどうかは契約自由の問題といえる。

他方,契約で課す義務の範囲を狭義の損害に限定すれば,義務の範囲が狭 くなりてん補対象も狭まる。しかし,狭義の損害の防止と広義の損害の防止 とは必ずしも調和するものではないので,保険者のために義務を被保険者等

46) 拙稿 損害てん補と定額給付は対立概念か 保険学雑誌555号64頁(1996年)

参照。

47) 損害は利益の裏返しといえるので,その前提に存在する利益はそれぞれ狭義 の利益概念と広義の利益概念となる。

(17)

に課す性格が強まり,費用は保険者負担とすべきとの考えが強まるであろう。

このように,被保険者側と保険者側の利益(損害概念)が不整合であるた めに,義務と費用てん補のバランスも単純ではない。

⑷ 損害防止義務と損害防止費用の分析

以上を踏まえ,保険法の解釈論からはひとまず離れて,考察を深めたい。

① 損害防止義務の趣旨

義務の趣旨を巡っては各種学説が展開され,現在の通説は,この義務は,

契約当事者の信義則から導かれるとともに公益にも則するものとする。また,

故意・過失との関係で拡大損害に対する不てん補の理論からも義務の存在は 肯定されている。しかし,損害概念を広義と狭義に分けて考えてみた場合,

信義則から義務の趣旨を導く場合は狭義の損害概念,公益に沿うという場合 は広義の損害概念を前提とし,両者の損害概念が同一であるか疑問がある。

被保険者等と保険者の利益とは必ずしも調和しないと考えると,保険者の利 益保護のために義務を相手方に課すことが妥当か,その根拠を契約上の信義 則から導けるかなど再度検討する必要があるように考えられる。

そこで,改めて被保険者等に保険制度として求めるべき事項を考えてみる。

それは,保険の存在によって保険がない場合に比べて広義又は狭義の損害が 拡大するリスクを抑えることであろう。すなわち,保険による請求の拡大

(モラル・ハザード)や注意散漫による損害の拡大(モラール・ハザード)

の防止である。もしこれが目的であれば,保険契約で課すべき義務は,保険 の存在によって保険がない場合に比べて損害を悪化させてはならないという 消極的義務であってそれ以上の能動的行動を求める義務ではないといえる。

しかし,この禁止は,公益から当然に保険契約に求められる事項として,

あえて契約やその法に規定すべきか議論があろう 。また,PEICLも義務 として規定せずに重大な逸脱の場合に不てん補という制裁を与える方法があ

48) 保険法制定にあたっては,損害防止義務の規定を設けるか否かも議論されて いる(法制審議会保険法部会第3回議事録31‑33頁,35‑39頁)。

(18)

ることを示している。しかしながら,モラル・ハザード等の保険契約に特有 の問題を背景に被保険者等に義務が求められるのであれば,その事項を保険 の法において明確化しておくことが重要と考えられる。その点で,わが国の ように義務に関する規定を明確に置くアプローチ自体は適切と考えられる。

② 損害防止費用のてん補の本質

契約で課すのがこのような禁止義務であれば,本来とるべき損害防止の行 動である限りは,その費用を特に補てんすべき根拠は見出しがたい。費用を てん補すべきといえるのは,保険者の利益のためになされた通常でない行動 に対してである。保険者の依頼による特別な行動や,通常行わない任意の行 為によって保険者に利益が生じる場合がその例である 。もっとも,インセ ンティブを与える制度としててん補を規定する意義もある。更には,事故対 応そのものをトリガーとして,その対応費用・損害を保険てん補の対象損害 そのものとすることも可能である 。いずれの場合も,損害防止費用は,保 険給付の対象そのものか,その代替にあたる性格を有するといえる 。

③ 損害てん補性と損害防止義務の関係

被保険者等の損害防止軽減は,広義の利益に沿うものである限り,その行 動は付けていた保険が損害てん補か定額給付かで違いが生じるものではない と考えられる。従って同じ事故において一方では義務が発生し,他方では義 務が全く発生しないとする考え方が妥当かは検討の余地がないだろうか。義 務の本質を保険の存在によって損害を拡大してはならないという意味に解し た場合も同じである。違いが生じるのは,保険金の支払方式ではなく保険給 付の対象事象といえる。財物保険では,事故発生後のモラル・ハザード等が 発生しやすい状況があるため,特に対応が必要となる。

49) これは,不当利得や事務管理の法理に沿った考え方といえるであろう。

50) その例として,免脱方式の賠償責任保険やリコール費用保険。

51) 約款では,損害防止費用を保険金として支払う旨の規定が多くみられるが,

理論上は妥当な考え方と思われる。

(19)

⑸ 現行保険法を踏まえた解釈論

以上の考察をもとに先に提示した疑問等について考察したい。

① 損害防止義務の本質

保険法は, 努めなければならない と規定する。緩やか表現となってい るので,13条は,特別な能動的行為を求めるものではなく,その趣旨は,保 険を付けたことによって損害を拡大してはならないという禁止として解釈す ることは可能と考える。

② 損害防止義務と費用てん補における 損害 の意味

13条における これによる損害 は, これによって保険者が損害てん補 の対象とする損害 として解釈するのが適当であろう。しかし,この義務は,

広義の損害を防止軽減しようとする被保険者等の利益に反しない限度におい て有効で,それ以上の義務を課すものと解すべきではないであろう。

③ 何が損害防止費用にあたるか

事故時に通常とるべき行動に伴う費用は,結果的には事故防止・拡大に効 果を有していても,理論上はてん補対象とすべき義務が保険者に発生するよ うには考えにくい。しかし,23条の文言からこの解釈を導くことは難しいの で,約款で対象を明確化する必要がある。

④ 損害防止費用を支払対象外とする規定の有効性

約款に規定される義務内容によって判断されるべきである。約款内容が一 般的・社会的要請,すなわち広義の利益に沿った事項を示しているにすぎな ければ,新たな対応を課しているとはいえないので,そのためのコストを支 払対象外とする約款は有効と考えてよいであろう。一方,保険者の利益のた めに通常行う行為を超える対応を課するのであれば,その対応コストは保険 者負担とすべきで,不てん補条項は問題といえる。制裁規定については,通 常行うべきことを怠った場合にそれによる拡大損害を不てん補とすることに 問題はないであろう。いずれにせよ,不てん補条項の有効性は,課している 義務の内容とのバランスで判断されるべき問題といえる。

(20)

⑤ 損害防止義務と損害防止費用は損害てん補の保険契約に特有か

理論的にはこの制度は,保険の種類や事故の形態に連動するもので,給付 の態様から導かれるとは考えにくい。したがって,定額保険契約にも同種制 度を取り入れることは可能であろう。仮に,定額給付の物財産の保険が生ま れた場合には,この制度を適用させることが有効である。一方,損害てん補 方式をとっていても,所得補償保険や医療費用保険等の人の保険には馴染み にくい面があり,それらに対する保険法の適用は慎重であるべきであろう。

7.おわりに

損害防止費用に関する保険法条文は,議論があった多くの論点を明確化し たわかりやすいものとなっている。しかし,被保険者等に義務を課し,その 場合の必要又は有益な費用をてん補するとの条文から,てん補対象が広範囲 に認められるように解釈される可能性があり,約款では,保険種類に応じて 種々の修正が加えられている。この義務の本質は,被保険者等と保険者間の 利害が異なる中,保険によるモラル・ハザード等を排除することにあり,損 害拡大の禁止である。よって,公益に沿った当然の義務といえ,そのための 費用の支払は,理論上は,インセンティブとしての任意性の高いものと考え られる。一方,保険者の利益のために通常でない対応を行った場合の費用や 犠牲は支払を義務とすべきである。また,本稿の考察をもとにすれば,損害 防止費用は,理論的には保険給付そのものかその代替といえる。さらに,こ の制度は,損害てん補という給付方式に伴う制度といえるか疑問があり,モ ラル・ハザード等の回避のための制度として,その発生可能性をふまえて,

保険種目毎に約款で詳細を定めておくことが適当といえるであろう。

(筆者は早稲田大学商学学術院准教授)

参照

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