研究ノート
カナダの園芸農業における外国人労働者
佐 藤 忍
はじめに
!
カナダ農業 1.概況 2.園芸作" SAWP(農業季節労働者プログラム)
1.歴史的推移 2.官民連携の手続き
#
外国人労働者 1.雇用協定 2.雇用状況 むすびは じ め に
環太平洋経済連携協定(
TPP
)への参加の是非をめぐる論議のなかで日本農業のあ りかたが問われている。日本農業への国際的な視点の枢要性を早くから強調していた のは,神門善久である。氏は『日本の食と農−危機の本質』(NTT
出版,2006年)に おいて,日本農業に係わるさまざまな誤$
について論じ,そのうえでグローバル化の 時代においてなすべきこととして日本農業への外国資本・外国人労働者の導入を提唱 している%。有機農産物や無農薬農産物といった日本の質の高い農産物への需要の高ま りに対応するためには多大な労働投入が必要になること,そこに「外国人労働者の出番」&があるとする。そしてそのさいには「途上国の農民に日本の農場で働いて一花咲
かせる希望を与える
'
」ような「国際労働移動」の仕組みづくりが大事になることを示 唆している。近著『さよならニッポン農業』(
NTT
出版,2010年)においては,さら香 川 大 学 経 済 論 叢 第83巻 第4号 2011年3月 273−311
に踏み込み,「アジア型共通農業政策」の枠組づくりを提唱し!,そのなかに日本農業 の将来像を描こうとしている。
本稿は,日本農業における外国人労働者の導入を視野に収めながら,そのさいにお けるひとつの参考,あるいはひとつのモデルとして,カナダで久しく実践されている プログラムについて紹介することを目的としている。SAWP(Seasonal Agricultural
Worker Programm)がそれである。カナダの農業に,園芸部門に限定して,しかも季
節労働として,外国人労働者を導入するプログラムである。似たような制度や仕組み は世界中に観察されるが,SAWPの政府間協定にもとづく官民連携の仕組みは,募 集活動を組織化し,雇主にも労働者本人にも,双方にとってコストの低下と便益の向 上とをもたらしているといわれており,解決困難なさまざまな問題を抱えざるをえな いこの領域においては高く評価されている"。いまの日本農業における外国人技能実習 生の導入はとりわけ園芸産地で進行しているといわれており#,その点からもSAWP
の経験は重要である。!
カナダ農業1.概況
カナダ農業の主要作物は,畜産と穀物である。2008年の農業現金収入の80%が畜 産と穀物によってもたらされている(第1表)。広大な農場を利用した「新大陸」特 有の伝統的な農業である。しかし変化も現れている。畜産以外の耕作物でみると,過 去10年のあいだに,小麦および大麦の現金収入は大きく減少している。小麦の販売 額は1996年には35億ドルであったが,2006年には17億ドルにほぼ半減している。
大麦も9.6億ドルから3.4億ドルへと激減している(第2表)。
小麦,大麦に代わって増加傾向にあるのが,園芸作物である。花卉の現金収入は 1996年の10億ドルから2006年には20億ドルにほぼ倍増している。野菜も同様に10
億ドル弱から16億ドルに著しく増加している。従来からの主要作物がその比重を低 下させつつ,作物の多様化が進行しているといってよい$。
農場数は全体としてみると2001年の25万から2006年には23万に減少している
(第3表)。作目別に農場数をみると,現金収入に対応して,やはり畜産が半数近くを
−274− 香川大学経済論叢 626
占めている。そして穀物農場が4割,残りの1割弱が園芸である。
農業だけで生計を維持できる自立的な農家(販売額10万ドル以上)は全体の3割 程度(34.5%)である(第4表)。それ以下の規模の販売金額の農場は,2006年時点 で残りの65.5%にも達しており,しかも軒並み減少している。自立農家へのボーダ ーライン層にある販売金額10万ドルから25万ドルの農場は最大の減少を経験してい る。販売金額50万ドル以上の大規模農場の増加が著しい。農場の大規模化は明らか である。とはいえカナダ農業の特徴は中規模階層(販売金額10万ドルから50万ドル)
に属する家族経営が分厚く存在することであるといわれている
!
。
カナダの農業は州によって大きく異なる。農地面積の広さからいえば,サスカチュ
部 門 販売額 %
生きた家畜 18,654 45 穀物・油糧種子 15,030 36 園芸作物 5,783 14 特定作物 2,263 5 計 41,818 100
1996年 構成比% 2006年 構成比%
花卉 999 7% 1,907 14%
キャノーラ 1,969 14% 1,855 14%
小麦 3,482 25% 1,722 13%
野菜 968 7% 1,611 12%
トウモロコシ 808 6% 634 5%
大麦 960 7% 341 3%
耕種作物計 14,016 100% 13,500 100%
第1表 農業販売額(2008年)
(単位:百万ドル)
出所:The2008
Statistical Overview of the Canadian Horticulture booklet
第2表 作物別販売額および構成比の変化(単位:百万ドル)
出所:Statistics Canada
627 カナダの園芸農業における外国人労働者 −275−
ワン州とアルバータ州が突出している。これにマニトバ州を加えた西部平原地域は広 大な農場を利用して,畜産と穀物を生産するカナダの代表的な農業地帯である(第5 表,第6表)。ニューファンドランド州,プリンス・エドワード・アイランド州,ノ ヴァ・スコシア州といった東部大西洋岸諸州の総農地面積は他地域に比べて相対的に
販売額 2001年 2006年 変化率% 構成比%
1万ドル未満 54,166 50,138 −7.4% 21.9%
1万〜2万5,000ドル 42,139 38,254 −9.2% 16.7%
2万5,000〜5万ドル 34,145 30,608 −10.4% 13.3%
5万〜10万ドル 35,255 31,422 −10.9% 13.7%
10万〜25万ドル 47,079 39,971 −15.1% 17.4%
25万〜50万ドル 21,396 22,837 6.7% 10.0%
50万〜100万ドル 8,380 10,241 22.2% 4.5%
100万〜200万ドル 2,746 3,691 34.4% 1.6%
200万ドル以上 1,617 2,211 36.7% 1.0%
合計 246,923 229,373 −7.1% 100.0%
2001年 2006年
農場数 % 農場数 %
酪農 18,321 7.4% 14,651 6.4%
肉牛 67,838 27.5% 60,947 26.6%
豚 7,388 3.0% 6,040 2.6%
ブロイラー 4,937 2.0% 4,578 2.0%
その他家禽 26,846 10.9% 30,594 13.3%
露地作物 101,041 40.9% 91,277 39.8%
果物・野菜 11,663 4.7% 12,532 5.5%
温室,育苗,花卉 8,889 3.6% 8,754 3.8%
合計 246,923 100.0% 229,373 100.0%
第3表 作物別農場数
出所:Snapshot of Canadian agriculture, Statistics Canada.
第4表 販売額別農場数
出所:Statistics Canada
−276− 香川大学経済論叢 628
小さい。「畜産と耕種とを小規模に組み合わせた混合農業」と特徴づけられる!。 これらの諸州にたいしてケベック州,オンタリオ州の中部カナダ,そしてブリ ティッシュ・コロンビア(
BC
)州は,性格を異にしている。いずれも大都市圏に近 接している。ケベック州はモントリオール都市圏,オンタリオ州はトロント都市圏,そして
BC
州はバンクーバー都市圏である。大都市消費地に向けて多様な作物が生産 され,多角的な経営が展開されている。とりわけ大都市消費地向けの園芸作物の生産 が盛んである。農家数 総農地面積(エーカー)
2006年 2001年 変化(%) 2006年 2001年 変化(%)
ニューファンドランド州 558 643 −13.2% 89,441 100,271 −10.8%
プリンス・エドワード・アイランド州 1,700 1,845 −7.9% 619,885 646,137 −4.1%
ノヴァ・スコシア州 3,795 3,923 −3.3% 995,943 1,005,833 −1.0%
ニュー・ブランズウィック州 2,776 3,034 −8.5% 976,629 958,899 1.8%
ケベック州 30,675 32,139 −4.6% 8,557,101 8,443,656 1.3%
オンタリオ州 57,211 59,728 −4.2% 13,310,216 13,507,357 −1.5%
マニトバ州 19,054 21,071 −9.6% 19,073,005 18,784,407 1.5%
サスカチュワン州 44,329 50,598 −12.4% 64,253,845 64,903,830 −1.0%
アルバータ州 49,431 53,652 −7.9% 52,127,857 52,058,898 0.1%
ブリティッシュ・コロンビア州 19,844 20,290 −2.2% 7,006,569 6,392,909 9.6%
計 229,373 246,923 −7.1% 167,010,491 166,802,197 0.1%
第5表 州別農場数,農地面積
出所:Snapshot of Canadian agriculture, Statistics Canada.
629 カナダの園芸農業における外国人労働者 −277−
主要農作物ニューファン ドランド州 プリンス・ エドワード・ アイランド州
ノヴァ・ スコシア州
ニュー・ ブランズ ウィック州ケベック州オンタリオ州マニトバ州サスカチュ ワン州アルバータ州ブリティッ シュ・コロン ビア州計 小麦3,84291534624,149266,676636,7011,142,1821,190,7159,2963,274,822 キャノーラ5,56316,0061,057,5492,283,5021,655,80718,0805,036,507 大豆4,580230,3401,031,83272,1681,338,920 トウモロコシ2,622434,159805,21453,1855,0701,300,250 じゃがいも2,280208,6107,769139,941148,010114,576247,87754,069162,80051,8731,130,805 温室野菜19435780,643532,28045835,587213,289870,169 その他の野菜4,5428,16616,8486,240275,040528,41735,6151,98131,365140,2461,048,461 リンゴ13,6201,99745,73777,41035,687174,820 ブルーベリー4,02713,8109,32427,6164,58252,568111,995 ブドウ9251,90068,47144,134115,487 イチゴ1,0633,6001,65031,51222,5631,6041,1084,13968,038 花卉2,24514,04725,586158,910505,51415,72961,908198,6201,019,107 育苗3523,69158,674201,27432,697134,233449,503 芝4,98032,24946,1701,01230,3047,736128,014 タバコ90,0215,52095,541 耕作物合計15,967241,832117,646230,0352,080,7714,720,4392,787,4197,274,8554,409,1581,092,54222,970,651 肉牛2,20817,72724,36016,307278,145816,995377,797706,7072,871,049166,8525,278,148 豚1,12110,7485,52613,824906,824710,800713,077182,059317,14930,5372,891,663 酪農49,37871,243118,88294,3892,008,8711,766,031228,548162,168462,344493,7725,455,626 畜産合計93,269117,724307,892222,3154,210,9774,563,0591,600,3781,459,3704,100,2281,227,29717,902,507 総計109,236359,556425,538452,3506,291,7489,283,4984,387,7978,734,2258,509,3862,319,83940,873,158
第6表州別主要農産物販売額(2009年)(単位:千ドル) 出所:
St at is tic s C an ad a
注:総計には所得安定基金等からの収入は含まない。−278− 香川大学経済論叢 630
2.園芸作
後述するように,カナダ農業の中で外国人労働者の雇用が許可されているのは,栽 培・手入れ・収穫に多くの人手を要する雇用依存型の園芸部門である。穀物などの伝 統的な土地利用型農業とは異質な農業部門である。第7表はこうした主要園芸作物の 販売額を示している。花卉・種苗の販売額が最も多い。2008年の販売額が18億ドル である。野菜の販売額もこれにほぼ匹敵している。花卉・種苗と野菜が園芸作物販売 額の大きな割合を占めている。ジャガイモ,各種フルーツ(リンゴ,イチゴ,ブルー ベリー,ブドウなど)がそれにつづいている。園芸作物の輸出額は37億ドルに達し ている。なかでも野菜の輸出額が最も多い。花卉・種苗の生産は輸出よりも圧倒的に 国内市場向けである。野菜,フルーツ,ジャガイモの輸出額は毎年増え続けている(第 8表,第1図)。
他方,園芸作物の輸入額は65億ドルにもなる。フルーツの輸入が最も多く,次い で野菜である(第9表,第2図)。輸出入ともに最大の貿易相手国はアメリカ合衆国 である。農業生産者の視野と活動はグローバルである。
園芸作物の販売額を州別にみると,すでにケベック州,オンタリオ州,
BC
州の3 州で全体の4分の3を占めていることがわかる(第10表)。作 物 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 花卉・種苗 1,732 1,707 1,702 1,746 1,857 野菜 1,639 1,637 1,739 1,783 1,831 じゃがいも 820 787 896 867 987 フルーツ 614 597 724 717 743 メープル 148 190 185 166 210 蜂蜜 135 104 104 96 88 クリスマス・ツリー 65 66 66 59 67 計 5,153 5,088 5,416 5,434 5,783 第7表 園芸作物別販売額の推移 (単位:百万ドル)
出所:The2008
Statistical Overview of the Canadian Horticulture booklet
631 カナダの園芸農業における外国人労働者 −279−
(単位:百万ドル)
その他 花卉・苗
ジャガイモ 野菜
フルーツ 1,200
1,000 800 600 400 200 0 1,400
1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 フルーツ 420.2 495.9 558.4 618.2 656.1 662.2 745.1 804.9 883.5 野菜 590.7 662.5 761.1 891.1 970.6 1,055.7 1,145.1 1,104.5 1,133.6 ジャガイモ 672.9 774.1 852 915 988.3 1,038.901,099.201,012.301,042.10 花卉・苗 360.3 392.2 447.9 513.4 522.0 480.6 453.3 386.5 359.6 その他 141.4 141.5 136.9 161.2 242 210.1 201.3 195.4 223.3
第8表 園芸作物の輸出額 (単位:百万ドル)
出所:Performance Overview-2007
Crop Year Canadian Horticulture Sector, Agriculture and Agri-Food Canada.
第1図 園芸作物の輸出額
出所:第8表より作成。
−280− 香川大学経済論叢 632
3,000.0 2,000.0
0.0 4,000.0
1,000.0 5,000.0 6,000.0
その他 花卉・苗
ジャガイモ 野菜
フルーツ
1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 フルーツ 3,206.3 3,428.0 3,517.9 3,695.1 4,028.6 4,209.0 4,337.0 4,594.9 4,985.5 野菜 1,832.7 1,843.8 2,008.9 2,192.0 2,401.5 2,346.1 2,333.1 2,444.0 2,508.8 ジャガイモ 206.8 195.2 193.7 221.7 313.9 221.0 216.8 212.7 239.0 花卉・苗 293.6 302.1 318.7 348.7 358.3 348.1 359.5 361.5 360.5 その他 6.8 7.3 6.1 11.1 26.9 29.0 28.4 23.8 18.6
第9表 園芸作物の輸入額 (単位:百万ドル)
出所:Performance Overview-2007
Crop Year Canadian Horticulture Sector, Agriculture and Agri-Food Canada.
第2図 園芸作物の輸入額
出所:第9表より作成。
633 カナダの園芸農業における外国人労働者 −281−
園芸作物のなかで最も輸出額が多い野菜について,もう少し詳しくみておこう。野 菜は生産方法によって露地野菜と温室野菜に大まかに分けることができる。それぞれ の販売額を州別にみると,以下の図表のとおりである(第11表,第3図)。園芸作物 全体と同様に,野菜についてもケベック州,オンタリオ州,
BC
州への集中は明らか である。オンタリオ州では露地野菜と温室野菜とがほぼ均等であるが,ケベック州で は露地野菜に,BC
州では温室野菜に大きく偏っているようである。2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 ニューファンドランド州 15 13 16 10 8 プリンス・エドワード・アイランド州 173 185 222 223 225 ノヴァ・スコシア州 126 128 142 114 115 ニュー・ブランズウィック州 163 176 174 180 210 ケベック州 870 937 1,001 966 1,083 オンタリオ州 1,991 1,977 2,092 2,109 2,187 マニトバ州 239 239 213 235 253 サスカチュワン州 103 48 58 78 90 アルバータ州 396 371 360 391 403 ブリティッシュ・コロンビア州 1,073 988 994 1,073 1,150 計 5,153 5,088 5,416 5,434 5,783 第10表 州別園芸作物販売額の推移 (単位:百万ドル)
出所:
The
2008Statistical Overview of the Canadian Horticulture booklet
−282− 香川大学経済論叢 634
(単位:百万ドル)
500
300 400
200
0 50 100 150 250 350 450
2006 年時点
露地野菜 温室野菜
ニューファンドランド州 プリンス・エドワード・アイランド州
ノヴァ・スコシア州 ニュー・ブランズウィック州
ケベック州
オンタリオ州マニトバ州 サスカチュワン州
アルバータ州
ブリティッシュ・コロンビア州 露地野菜 温室野菜
ニューファンドランド州 3.2 0.2 プリンス・エドワード・アイランド州 10.1 0.3 ノヴァ・スコシア州 15.4 4.5 ニュー・ブランズウィック州 5.9 0.4 ケベック州 251 58.7 オンタリオ州 442 426.2
マニトバ州 39 0.3
サスカチュワン州 1.2 0.7 アルバータ州 45.8 30.5 ブリティッシュ・コロンビア州 122.2 236.5 計 935.7 758.3 第11表 野菜栽培(露地・温室)現金収入(州別)(2006年)
(単位:百万ドル)
出所:Performance
Overview-
2007Crop Year Canadian Horticulture Sector, Agriculture and Agri-Food Canada.
第3図 州別野菜(露地・温室)販売額
出所:第11表より作成。
635 カナダの園芸農業における外国人労働者 −283−
!
SAWP(農業季節労働者プログラム)1.歴史的推移
SAWP
は農業の季節労働者として働いてくれる外国人労働者の募集・雇用に関す る特別プログラムである。労働者の募集と送り出しに同意してくれる外国政府との間 で覚書(Memorandum of Understanding)を締結し,それにもとづいて実施されてい る。最初の覚書は,1966年,ジャマイカとの間で締結された。その年の受け入れ数 は,264人であった。その後,締結国は拡大した。翌1967年のトリニダート・トバ ゴ,バルバドスにつづいて,1974年にはメキシコが加わり,そして1976年から1982 年にかけて東カリブ諸国機構(OECS)に所属する諸国(9カ国)も参加した。プロ グラムに参加する労働者−以下,SAWP労働者−は,その後しだいに増加し,いま や25,000人を超える規模にまで拡大している!。プログラムのスタートからすでに40年以上経過している。この期間における
SAWP
労働者の規模拡大の推移には,およそ三度ほどのターニングポイントがある。第4図 をみよ。最初は,メキシコが参加した1974年である。2,000人弱あたりから一挙に 6,000人規模に膨らんでいる。しかしその後10年程度は,その水準が維持されてい る。受け入れ規模の上限が設定されていたからである。この頃まではプログラムの運 営実施は政府が直接管理していた。担当部局は,「人的資源・技能開発省」(HumanResources and Skill Development Canada, HRSDC)である。
二度目のターニングポイントとなったのは,1987年における数量制限の撤廃であ る。この結果として,受け入れ数は10,000人の大台を超えた。そしてさらに運営実 施の体制も
HRSDC
による直接管理から農場主の民間団体を活用する官民連携の体制 へと移行した"。これによって事務作業の効率化が図られたといってよい。SAWPの 運営実施に参画した農場主の団体とは,オンタリオ州でいえば,「外国農業資源管理 サービス」(Foreign Agricultural Resource Management Services)という団体,略して,FARMS
である。ケベック州の対応する組織は,FERME(Fondation des Entreprises enRecrutement de Main d’oeuvre Agricole Etrangere)である。受け入れ実務や日常業務は
農場主の民間団体に移管しつつ,政府としては公正な枠組の設定と監視に注力するこ−284− 香川大学経済論叢 636
20,000 18,000 16,000 14,000 12,000 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 0
68 70 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 人
年
とによって,受け入れ規模の拡大が可能となった。
さらに1990年代の後半にもう一度急激に受け入れ数が上昇している。このときに は,受け入れを許可する農作物の拡大および受け入れに参加する州の拡大とが関係し ている。SAWPプログラムは農業の季節労働者を募集するが,そのさい栽培・収穫 に従事できる農作物に制限がある。最初は,タバコ,リンゴなどの腐りやすい果物 類,その製缶加工,そして露地野菜などの耕作物に限定されていた。しかしこの時期 になると,花卉・種苗,温室野菜,ウコギが追加された。また参加する州も,それま でのオンタリオ州,ケベック州,マニトバ州,アルバータ州に加えて,ノバ・スコシ ア州(1999年),ニュー・ブランズウィック州およびプリンス・エドワード州(2001 年),サスカチュワン州(2003年)そして
BC
州(2004年)へと広がった!。そして2002年には,SAWPプログラムとは異なるルートで農業労働者を受け入れ る道も開かれた。「低熟練パイロットプロジェクト」(Low Skill Pilot Project)がそれ
第4図 SAWP 労働者の推移(全体)
出所:Kerry Preibisch, Local Produce, Foreign Labor : Labor Mobility Programs and Global
Trade Competitiveness in Canada, in : Rural Sociology7
2(3),
2007, p.4
24.
637 カナダの園芸農業における外国人労働者 −285−
SAWP
パイロット・プロジェクト実施年 1966年 2002年
2008年の規模 25,350人 農業食品業で推定3,000人
労働許可のタイプ 雇主を限定 雇主を限定
労働許可の期間 8ヶ月以内 24ヶ月以内
強制帰国
12月15日までには帰国しなければ ならない。そして1月1日には再 度戻ることができる。
24ヶ月後は帰国しなければなら ず,再度戻るまでには4ヶ月待機 しなければならない。
雇用契約 標準契約書に送り出し国,雇主,
労働者の三者が署名する。
ガイドラインにしたがって,雇主 が契約書を書き,雇主と労働者が 署名する。
プログラム構造
覚書の形でカナダと送り出し国と の間で署名された2国間協定にも とづく連邦レベルのプログラム
雇主が外国から労働者を雇用する ことを認める連邦レベルのプログ ラム
参加国
メキシコ,ジャマイカ,トリニダ ート・トバコ,バルバドス,東カ リブ諸国機構(9カ国)
どの国でも可能
参加できる雇主
花卉,フルーツ,蜂蜜,温室,種 苗,タバコ,野菜,加工食品の生 産者
低熟練と指定されている職業の労 働者を必要とする認定された雇主
労働者の募集
政府の責任である。カナダ政府に よって委託された民間組織を経由 して送付された求人を送り出し国 政府が充足する。
雇主の責任である。雇主が独自に
(しばしばブローカーをつうじて)
労働者と接触する。
送り出し国の役割
労働者の募集。労働者と雇主の双 方と接触できる政府エージェント をカナダに派遣。運営に関する年 次検討会議への参加。
募集やその他の運営上の諸局面を 支援することはあるが,送り出し 国に正式な役割はない。
労働者の主要コスト
ビザ手数料,出身国内での空港ま での往復旅費,健康診断,航空旅 費の一部,家賃(BC州のみ)
ビザ手数料,出身国内での空港ま での往復旅費,健康診断,家賃,
斡旋料(求められると)
契約上の紛争解決
雇主および労働者は政府エージェ ントに接触し,仲介させることが できると契約に明記されている。
一切の仲介なし。問題は雇主およ び従業員によって処理されなけれ ばならない。
第12表 SAWP とパイロット・プロジェクトとの比較
出所:Kerry Preibisch, Pick-Your-Own Labor : Migrant Workers and Flexibility in Canadian
Agriculture, in : international migration review, Vol.4
4No.2 ,
2010, p.4
12.
−286− 香川大学経済論叢 638
$
である。2007年には名称変更され,「外国での低水準の訓練を要求する職業のための パイロットプロジェクト」(Pilot Project for Occupations Requiring Lower Levels of
Foreign Training)となった。このパイロットプロジェクトは,農場主にとって,これ
まで唯一のルートであったSAWP
から,すなわち政府間協定にもとづく受け入れか ら離反できるオプションとなった#。SAWP
とパイロットプロジェクトとを比較対照すると,第12表のごとくである。「プログラム構造」に両者の違いが明瞭に現れている。すなわち,SAWPは送り出し 国との間の覚書という形での二国間協定にもとづくプログラムであるのに対し,後者 のパイロットプロジェクトは政府間の協定にもとづかない。出身国に制限はなく,ま た担当する作業(農作物)にも限定はなく,農場主にとって自由度がきわめて高い。
それは契約の仕方にも現れる。SAWPは,後でも詳しくみるように,政府間協定で 取り決められた標準契約書(雇用協定)に,雇主,労働者だけでなく,送り出し国の 代表までも署名する。したがって雇用契約は労使のあいだの私的な契約にとどまらな い。他方のパイロットプロジェクトのほうは,通常の私的な契約である。
2.官民連携の手続き
SAWP
のプログラムにもとづいて外国人季節労働者を募集したいと考える農場主 は,まず,申請前3ヶ月の間に14日以上「全国求人バンク」(National Job Bank)に 求人広告し,かつ全国版の新聞,週刊誌,あるいは地方の主要施設等,もしくはイン ターネット上で求人情報を掲示・掲載し,国内で求人を充足する努力をしなければな らない。その上で求人数を確定し,申請することになる。そのさいSAWP
推進実施 団体としての農場主の事業協同組合が農場主の事務手続きを引き受ける。オンタリオ 州であれば,前述のFARMS
がそれである(!
)。申請の提出先は,政府サービス省(Ministry of Government Service)の出先機関で あり,住民へのワンストップサービスの窓口である「住民サービス」(Service Canada)
である(
"
)。そのさいには,求人数(指名する労働者の数,非指名の数)のほか,求 人 方 法 に か ん す る 情 報 も 明 記 し な け れ ば な ら な い。す な わ ち「新 規」(Direct
Arrival)
,「代替」(Direct Replacement),「再入国」(Double Arrival),「再配置」(Double 639 カナダの園芸農業における外国人労働者 −287−③
③
②
④
⑥
⑥
① ⑤ ⑦
〈雇用協定〉
人的資源・技能開発省
(HRSDC) 市民権・移民省
(CIC)
住民サービス
(SC)
事業協同組合
(FARMS)
専門旅行代理店
(CanAG Travel)
送出国 労働当局
農場主
政府エージェント
農業労働者
Transfer
),「交換」(Replacement Transfer
),「配置換え」(Transfer
)のなかから,それ ぞれの該当数を明示する。「代替」というのは,途中帰国した者の代わりとして募集 するケースである。「再入国」は,年内に何度も出入国を繰り返すような募集の仕方 である。「再配置」は,過去に募集し雇用した労働者が,帰国せず,そのまま国内で 他の農場主のもとで働き,そして再び自分のところに戻ってくるというような労働者 の利用の仕方を指す。他の農場主とのあいだで労働者を交換しあうことを「交換」と いい,また他の農場主へ労働者を移籍させることを「配置換え」という。外国から直 接調達する「新規」の求人方法の他にも多様な形態があるのである。このほか,申請 にあたっては希望する国籍,就労開始日,帰国日,カナダ人の従業員数,職務内容,第5図 SAWP 管理運営機関
−288− 香川大学経済論叢 640