* もり きょうこ 文教大学人間科学部人間科学科
1.はじめに
日本の少子高齢化は、経済的および社会的側面 においてさまざまな影響を与えると懸念されてい るが1)、高齢者を支える介護の担い手不足も憂慮 されている問題の一つである。現に、福祉現場の 劣悪な労働条件等により、人手不足はすでに深刻 な状態に陥っている。そのため日本政府は海外か らの外国人労働者の受入れを検討し、2008年に 受入れを本格化することとなった。先進諸国にお いては国内の労働力不足を補うために、すでに外 国人労働者を積極的に受け入れてきた経緯がある が、日本もそれに追随するかどうかが問われてい る。 本稿では日本の外国人労働者の受入れをめぐる 動向を整理し、とくに最近の介護福祉分野に関す る外国人の受入れ政策について検討する。国内の介護分野への外国人労働者の受入れについての検討
森 恭子
*Foreign migrant workers in Japan: The acceptance of nursing-caregivers
for the elderly
Kyoko MORI
The development of an increasingly aged society with fewer children has led to numerous new social issues in Japan. In particular, there has been concern about a shortage of care workers for the elderly. In order to solve this problem, the Japanese government has launched a plan to accept foreign migrant workers. Recently, the Economic Partnership Agreement (EPA) was signed between Japan and the Philippine and Indonesian governments. Filipino and Indonesian nursing-caregivers were approved to work at Japanese hospitals and facilities for the elderly.
One could argue that the acceptance of foreign workers would have a negative effect on the domestic labor market. This is in addition to the serious negative effect that the government policy on the privatization of services has already had in the field of social services. It has increased the proportion of part-time Japanese care workers as well as causing poor working conditions and a reduction in wages for longer working hours. This has been associated with a growing number of problems for the unemployed, NEETs, and working poor people in Japan. On the other hand, migrant workers are regarded as just labor workers and are often involved in vulnerable situations where their human rights may be infringed or families fragmented.
This study describes current immigration policy in Japan and discusses current controversies concerning foreign migrant workers and particularly the employment of foreign caregivers for the elderly.
介護人材不足の解消についての議論をするととも に、外国人労働者の受入国と送出国の双方が、彼 らを単なる労働力としてみなすことについての疑 問を投げかけるものである。労働者ではなく基本 的生活を保障される市民及び同じ社会を構成する 一員として捉え直す視座から、外国人労働者の受 け入れ政策や海外就労の在り方について考察す る。
2.近年の外国人労働者の受入れ
政策の経緯
現在、日本では積極的に海外から外国人を受け 入れて、国益のために活用していくというような 移民政策なるものはない。「出入国管理法及び難 民認定法」(以下、入管法)の名称から推測され るように、外国人は「よそ者」として管理される 存在であり、日本人同様にその基本的生活を保障 していこうとする姿勢があるとは言い難い。外国 人の労働については、国内の労働市場への影響を 勘案し、基本的には外国から単純労働者を受け入 れない方針である。しかし、1980年代後半に主 に製造業での人手不足が深刻となり、不法に外国 人を就労することが社会問題化し、日本政府はそ の頑な方針を実質的に転換することを余儀なくさ れた。1990年に入管法を改正し、海外在住の日 系人の就労を許可するとともに、外国人を実習生・ 研修生として受け入れる研修・技能実習制度を創 設した。これは、政府の基本方針を維持し、かつ 中小企業の労働力不足を補うこと及び不法就労外 国人の増加で治安を懸念する声を沈静するための 苦肉の策であった。すなわち、日系人は日本人の 血縁であり「よそ者」ではないという認識の下で、 国民の理解を得ることが容易であり、同時に中小 企業が合法的に未熟練労働者を雇用することを可 能にした。また、研修制度によって外国人を研修 させることは、日本の国際貢献という大義名分が たち、かつ中小企業にとっても、研修という名目 で労働力不足の解消が期待されるということが あった2)。改正以来、日系南米人および研修生は 増加し、製造業を中心とした分野で外国人が労働 の底辺を支え今日に至っている。 そして現在、第二の方針の転換が迫られている。 サービス業である介護分野の人手不足である。少 子高齢化の進展とともに、年少人口と生産年齢人 口の割合は刻々と減少し、今では人口の5人に1 人は65歳以上の高齢者である3)。製造業の場合は、 企業はコスト削減のため海外に工場をつくり現地 で安い労働力を調達することができるが、サービ ス業である福祉分野の場合は海外に高齢者施設を 建設するわけにもいかない。かつて1980年代に 日本の高齢者を海外に移住させるという政府のシ ルバー・コロンビア計画4)というものがあったが、 「姥捨て山」政策と批判され、すぐに頓挫したと いうことはあったにせよ、昨今は住み慣れた地域 で福祉を充実させることが重要課題となってお り、国内で介護労働者を確保していくことが必然 となってきている。 しかし、将来の人口減少を見越し、十分な介護 人材を確保することが困難と考えた日本政府は、 海外から外国人を採用する方針を打ち立てた。 2006年5月に発表された経済財政諮問会議の「グ ローバル戦略」において、政府は介護等の分野に おける外国人人材の受入れ拡大の方向性を示唆 し、日本の経済力強化の一環として位置づけるこ ととした。すなわち、介護現場の労働力不足を外 国人で補完し、人口減によって限られてしまう日 本人を産業の国際競争力強化に振り向けていくこ とがそのねらいであった5)。具体的には、2004 年9月にフィリピンから介護福祉士、看護師を受 け入れる等を取り決めた経済連携協定(EPA: Economic Partnership Agreement) が 両 国 首 脳間で署名され、次いで2007年8月にはインド ネシア政府とも同様に行われた。2008年9月現 在では、ベトナム政府ともEPA交渉が大筋合意さ れている。3.日本国内の労働力の見直し
以上のように、日本政府は、労働力需要が将来 いっそう高まるとされる介護分野における外国人 の受け入れを開始した。2006年度の介護関連職 種の有効求人倍率は1.74倍であり、全職業平均 1.02倍に比べて高く、厚生労働省(以下、厚労省)は2014年までに介護福祉士やホームヘルパーが 40万~60万人必要となると推計している6)。し かし、その一方でそもそも国内の労働力は不足し ているのかという疑問がある。実際、その点につ いては、今回の受入れをめぐる論争の中でとくに 指摘されてきたことであるが、以下整理する。 (1)日本の介護労働者の劣悪な労働条件 介護労働者不足は、そもそも福祉現場の劣悪な 労働条件が引き起こしているという見解はかなり 一般的となっている。とくに低賃金の問題は介護 保険制度以降深刻となっている。 厚労省の調査では、平成19年6月分の給与につ いて、例えば福祉施設介護職員(36.0歳、5.1勤続 年の場合)は21万700 円、ホームヘルパー(43.8 歳、4.8勤続年の場合)は21万3100円であるが、 全体の職種の平均(41.0歳、11.8勤続年の場合) は30万1100円となっており、年齢や勤続年数の 違いは若干あるにせよ介護従事者の給与は低く なっている7)。また、初任給についての調査によ ると、医療・福祉産業の男女平均の初任給は高校 卒では14万600円(主要産業10のうち8位)、高 専・短大卒では16万7700円(同6位)、大卒で は18万6000円(同9位)であり、いずれも主要産 業の初任給と比較すると低いほうに属している8)。 その他、最近のいくつかの民間による調査に よっても介護従事者の低賃金は指摘されている。 例えば、日本医療労働組合連合会(医労連)調査9) によれば、回答者(6818人)のうち65.5%は正社 員で、その基本給平均は21万7300円であったが、 42.9%が20万円未満であった。また財団法人介 護労働安定センターが2007年11月に行った「介 護労働者の就業実態と就業意識調査」(13089人 有効回答、平均年齢42.5歳)10)では、税込みの月 収は、介護職員は16万5800円、訪問介護員は13 万2500円であり、先の厚労省の調査と比べると かなり低くなっている。また同調査における労働 条件・仕事の負担についての悩み、不安、不満度 に対する回答(複数回答)では、「仕事のわりに 賃金が低い」が49.4%と最も多く、次いで「業 務に対する社会的評価が低い」(38.4%)、「精神 的にきつい」(37.5%)であった。一方、低賃金 に加えて長時間労働についても、サービス残業や 休日出勤などが常態化されている介護職員の実態 は頻繁に報道11)されており、介護職員の労働条件 の劣悪さが伺える。 (2)介護労働に従事する者の減少 以上のような結果、劣悪の労働条件のもとで介 護職員が減少している。先の介護労働安定セン ターの調査によると、介護職員と訪問介護職員な どの介護労働者の離職率(1年間で職場を辞めた 職員の割合)は、21.6%で、前年度に比べて1.3 ポイント上昇したという12)。また、非常勤職の増 加も著しい。平成19年ではパートの割合が高い 産業は、「飲食店、宿泊業」(32.3%)、「卸売・ 小売業」(27.1%)に次いで「医療・福祉」(23.3%) で第3位となっており、平成14年と比べた場合、 パートの割合が最も上昇しているのは「医療・福 祉」で、3.9ポイント増となっている13)。さらに、 介護福祉士の有資格者のうち、実際に福祉現場で 勤務している人はその半分を少し上回る程度とも いわれており、多くが国家資格を持ちながらも働 いていないことも懸念されている14)。 以上のような不安定な介護労働現場は、将来の 担い手を不安にさせる要因となっており、介護士 養成学校が閉鎖に追い込まれている状況に陥って いる。2008年4月現在、介護福祉士の指定養成 施設434校(大学、短大、専門学校、高校含む) の入学定員は2万5407人であるのに対して、実 際の入学者数は1万1638人で、定員充足率は半 数を割る45.8%となり、昨年度の64%と比して さらに急落することになった15)。2007年には12 校が定員割れのため閉鎖に追い込まれ、高校の進 路指導でも給料の安さを理由に福祉が敬遠されて いるが、ますます若者の介護職離れが進んでい る16)。 (3)国内の潜在的な労働力 少子化と労働力不足の問題はしばしば結びつけ られ議論されるが、今まで福祉や介護職に従事し たことのない人々の中に、潜在的な労働力として 期待される人々も大勢いる。例えば、国内の失業 者、ホームレス、フリーターやニートと呼ばれる 若者たち、女性、高齢者など働く意欲や能力があ るにかかわらず、就職と結びついていない場合も 多い。国内の完全失業率は、1980年から1990年
代前半までは失業率2%台と低い水準が維持され てきたが、90年代後半からは現在に至っては4か ら5%台を停滞している17)。ニート18)は約64万人 (2005年)、フリーター19)は約187万人(2006年)と 推定され、若年不安定就業者は相当数を占めてい る。一方、女性の就業希望者は約246万人(25 歳~54歳)といわれ(総務省 「労働力調査年報 」 2005年)、出産を機に約半数(47.5%)が離職 している20)。さらに、高齢者といえども十分に労 働力を提供できる65歳以上の人々も少なくない。 高齢者の中でも無業者であるが就業意欲を有する 潜在的有業者が100%就業したと仮定した場合、 潜在労働力は男性約119万人、女性約99万人と 試算されている21)。 以上のことを考えると少なくとも、労働力とい う意味において即不足しているとは言い難い。た だし、国内で労働力は十分あるが、介護職を希望 し就職したいかということが次に問題となるであ ろう。しかし、これは労働条件や待遇をかなり改 善することにより解消できるのではないかと考え る。もちろん福祉の現場が多くの人々にとって魅 力ある職場かどうかという点は問われなければな らないが、全く魅力がないとも言い切れない。前 述の介護労働安定センターの調査によれば、回答 者の正社員、非正社員を問わず、仕事の満足度で 最も高いのは「働きがいのある仕事だと思ったか ら」というもので、半分以上(55.9%)を占めてい た。そのため必ずしも介護職が敬遠される職種と も言えないであろう。
4.介護士受入れ制度をめぐる決着
以上みてきたように、一概に労働力不足とはい えず、国内の介護労働者の労働条件・待遇の改善 や潜在労働力の活用を考えれば、早急に外国人労 働者を受け入れる必要はない。ただし、女性の外 国人労働者の受入れが、少子化を解消する一助と なる可能性についてはここでは言及しないが、少 なくとも介護の人材不足の解消という目的におい ては、積極的に受け入れる理由はない。むしろ安 易に受け入れることにより、国内の介護従事者の 労働条件が改善されず放置されれば、ますます待 遇の悪化を招き、介護職の離職は促進され、引い ては介護の質の低下が懸念されよう。実際、それ が最も憂慮された点であり、国内の福祉・介護関 係者の労働組合等から強く反発され22)、最終的に は、受入れ条件を厳しくすることで、今回の介護 職の外国人受入れ政策の決着が付くこととなっ た。すなわち、外国人労働者であっても、介護の 質を保障するために、日本の介護福祉士の資格を 取得することを条件とし、その代わり、日本人と 同等の報酬・待遇を保障することであった。 インドネシアからの介護職の受入れ枠組みを要 約すれば23)、まず大学または高等教育機関の修了 証書Ⅲ以上の取得者が候補者となり入国が許可さ れ、入国後日本語研修及び介護導入研修(6ヶ月) を経て、介護施設で就労が認められることとなる。 その後3年以上介護業務に従事した後、介護福祉 士国家試験を受験し、合格した者は介護福祉士と して就労することができるが、不合格の場合は帰 国させられる。国内労働市場への影響を考慮し、 初年度は介護福祉士候補者の派遣枠を300人と予 定することになった。 今回の介護分野への外国人労働者の受入れ政策 は、もともと介護現場の労働力不足を外国人で補 うことがねらいであったが、結果的にはその様相 は変貌してしまった。国内労働力の補完ではなく、 開発途上国の人材育成のための国際貢献というこ とで落ち着いた。外国人労働者はしばしば安価な 労働力としてみなされ、日本人が敬遠する労働条 件や待遇の悪い職場でも働くことを厭わないとす る経営者側の思惑は、福祉現場において通用させ るには至らなかった。むしろ経営者側には外国人 労働者に日本人と同様な報酬を与え待遇を保障す ることに加え、研修や教育を整備するといった国 際貢献の義務も課せられることになった。実際、 これらの費用は、開発途上国の援助を目的とする 政府開発援助(ODA)で一部賄われる24)といった 奇妙な結果にもなっている。これについては、日 本国内の介護労働を補完しつつも、日本で介護の 技術を習得し母国に帰国するといった外国人の人 材育成のための日本の国際貢献という意を自ずと 含んでいる。いってみればODAを利用する大義名 分が成り立ったということであろうか。5.介護人材不足の解消に向けての
示唆
外国人介護士の受入れ問題を機に、別の次元で 厚労省を中心として国内の介護人材確保の取組み が活発になってきた。例えば、「福祉人材確保指 針」の改定(2007年8月)、介護報酬の引き上げ の検討、介護分野専門のハローワークの開設、介 護人材フォーラムの開催、「介護の日」の創設な ど、国民の介護に対する関心を高め、介護人材を 確保していこうとするさまざまな施策が展開中で ある。また「経済財政改革の基本方針2008」では、 潜在的な労働力の活用に向けて、働く意欲のある すべての人々の雇用を実現すべく、2010年度ま でに、若者、女性、高齢者の220万人の雇用充実 を目指す「新雇用戦略」が打ち出された。この戦 略と福祉人材確保が足並みをそろえて実施されて いくことが期待されるだろう。 これらの対策は注目されるが、国内の介護労働 者の労働条件の改善を施設側の経営努力に要求す るだけではなく、国民全体が豊かな高齢社会を支 える人材確保や育成を真剣に考えるべき時期にき ているのではないだろうか。例えば、ドイツの徴 兵制度では、兵役拒否者がその代替として民間役 務(Zivildienst)に従事することを認めている。 民間役務とは、看護、介護、救急、レスキュー隊 などに携わっている非営利団体で務めを果たすこ とであり、近年、民間役務を選択する若者が増加 し、兵役に従事する者の数を上回っているとい う25)。民間役務のうち約7割が福祉関連の仕事に 携わり、いまや福祉分野を支える重要な役割を 担っているともいわれている。強制的ではあるが、 多くの人材が確保され、それにより介護の重労働 が軽減され、介護分野に男性や若い世代が関わる ことにより、共助や「つながり」等の精神が実体 験を通して育まれることが期待されるのではない だろうか。日本も徴兵制ではなく「徴介護制」な るもの、すなわち若い男女ともども一定期間、介 護に従事するというような思い切った仕組みの創 設などを広く国民の間で議論することが望まれよ う。 日本は諸外国と違って、女性がそれまで担って きた無給の介護労働をいち早く専門性に押し上 げ、介護福祉士という国家資格をつくり、介護の 質を高め、高度な教育レベル・知識・技術をもつ 人材を養成してきた。その点については、世界に 誇れる点ではあるが、一方、福祉の現場を一般の 人々から遠ざけることになってしまった。高度な 専門性を主張し、ハードルを高くすることに固執 しすぎると、一般の人々が福祉や介護の現場を敬 遠し、逆に介護職の担い手がますます減少してし まうことになりかねない。入り口のハードルを高 くするのではなく、誰もが介護の現場に入ること ができるように間口を広くして、基礎的な知識や 技術を身に付けた人々に、介護の現場に従事しな がらOJTで高度な知識や技術そして高い志を育く んでいけるようにするべきであろう。現場を通じ てケアの質を高めていくことはもちろんのこと、 高齢社会の理想的なあり方を社会全体で考えてい くことこそが重要であるという、福祉や介護の専 門家の自覚が必要である。6.日本政府の外国人介護士に対す
る処遇―外国人労働者は使い捨て
の労働力なのか
翻って、外国人労働者の側から考察する場合、 今回の日本の受入れ政策はどうであったかについ て、彼らの人権・生活保障という観点から検討し てみたい。外国人労働者の場合、他国へ出稼ぎに 出るメリットは、仕事が保障されるとともに、し かも多少の不自由やリスクがあっても母国で働く 以上の報酬が保障されることである。しかし、そ れも度が過ぎると、外国人労働者が人間として扱 われなくなるといった人権侵害が危ぶまれる。現 に国内で働く日系南米人についての過酷な労働や 斡旋業者によるピンハネなどの人権侵害の例は少 なくない26)。 しかし、今回の介護労働者の受入れは、受入国 と送出国の政府が関与し、政府指導の下で斡旋機 関も社団法人国際厚生事業団(JICWELS)が唯一 の機関として一本化されているため、不当な斡旋 業者は排除され、違法な外国人の入国を防ぐ仕組みとなっている。また、受入れ施設とインドネシ ア人採用予定者は、雇用契約を締結するので、日 本の労働関係法令や社会・労働保険が適用される こととなっている。これは、いわゆる既存の外国 人研修・技能実習制度で起こっている問題-すな わち研修生という立場で、安い賃金で都合よく労 働させるが、労働者としての社会・労働保険など の適用から除外するというような問題27)-の二の 舞を起こさせないためである。これらの事柄は、 今回の外国人労働者の受入れが、1990年からの 外国人の実質的な受入れの反省点を踏まえたもの であると評価できるであろう。 とはいえ今回の受入れ枠組みは、インドネシア 人の採用予定者にとっては、日本側から、母国で の高学歴、日本語能力、日本の高度な介護技術を 求められ、難関すぎるという印象であろう。おそ らく日本以外の国で働くほうが容易にちがいな い。実際、EPA協定決定から国内周知までが短期 間であったこともあり、介護福祉士の応募者は 131人(予定は上限300人)にとどまり、2008 年8月に来日した介護福祉士候補者はわずか104 人であった。労働力として海外に人材を送出した いインドネシア政府、また労働力不足を解消した い施設経営者側にとっても、今回の受入れはハー ドルが高いと非難されている28)。しかし、この難 関は国内介護従事者等の強い反対を受けて作られ たものであるが、単なる労働力として外国人を受 け入れないという姿勢の現れともみるべきであろ う。少なくとも介護労働は単純労働としてみなさ れることは避けられ、介護の専門性が認められる とともに介護の質も担保されることとなったので ある。また将来日本の国家資格である介護福祉士 を取得するであろうインドネシア人に日本人同様 の同等な報酬や待遇を保障することは、日本人が 彼らを蔑視するという行為が避けられよう。 しかし、外国人労働者への人間的な扱いを保障 していこうという意味で、今回の受入れは一歩前 進したといえるが、このような高度な条件をクリ アした外国人を丸ごと最後まで面倒みていこうと いう中長期的視点は、日本政府には欠けていると いえよう。高いハードルだけ設定しておき、国家 試験合格後は更新して日本に住めるというもの の、定住や永住ビザを与えるというものではなく、 在留期間の上限3年で、それを更新するというも のである。病気や障害を負ったり、高齢によって 働けなくなったら、彼らは母国に帰るしかない。 かつて欧米先進諸国が滞在期間の条件付けで積極 的に海外から労働力を受け入れたが、彼らの多く が帰国せず定住してしまった例があったように、 滞在が長期化すると、むしろ受入国に順応し、そ こに住み続けたい者も少なからず出てくるであろ う。日本社会のために、長年労働に従事した者に ついて、定住を許可するという道を開いていくこ とが当然ながら検討されなければならない。さら に、今回の受入れは家族同伴が禁じられている。 文化や習慣の違う異国の地は、孤独でストレスフ ルなことが多い。離れた家族の呼び寄せについて も検討すべき点である。定住ビザを与えることを 保障し、家族がいるのであれば同伴で在住できる ような人道的な策が望まれる。
7.送出国の頭脳流出と国民への
生活保障
ここで、海外での就労を奨励している送出国の 政府について考えてみたい。フィリピンには海外 雇用庁 、インドネシアには労働移住省があり、 戦略的に本国の人材を送出す仕組みを整えてい る。近年、フィリピンでは合法的あるいは非合法 的に海外で就労する人々は総人口の1割、労働力 人口のうち約2割ともいわれ世界でも有数の送出 し大国といわれている29)。 送出国にとっては、国内の失業者を減らすこと ができ、海外からの送金による外貨獲得が期待さ れることが海外就労の魅力であろう。フィリピン の場合、海外就労者は、賃金の一定割合をフィリ ピン政府管轄下の銀行で送金する義務があり、 フィリピンのGNPの約1割の金額が海外からの送 金とされている30)。正式ではない送金ルートを含 めるとその金額はさらに多いという。送金はいま や国家としての重要な収入源にさえなっている。 しかし、その一方で、優秀で熟練した技術者や 専門家の人材の流出が懸念されている。実際、こ の「頭脳流出」問題はすでに1960年代から社会問題化しているというが、依然として続く懸案事 項である。とくに国内の医師や看護師不足は深刻 で、私立病院の閉鎖を次々に招いているといわれ ている31)。日本が介護士や看護師の受け入れ政策 を促進すれば、送出国内の人々の医療やケアの保 障を奪うことに加担することになろう。海外就労 に依存し続けると、国づくりの中核となるリー ダーを失い、国内の産業の育成や雇用創出は期待 できない上に、国民の生活保障まで危ぶまれよう。 さらに、海外就労による家族の分裂(family fragmentation)なども指摘されている32)。海外 就労では、国内の地方から都会への出稼ぎと違っ て、容易に往来して家族とコミュニケーションを とることはできない。そのため家族の機能が失わ れ、とくに家族成員の心理的情緒的なストレスを 招いているといわれている。親と離れることによ る子どもの不安定や孤独、子どもを養育できない 親の申し訳なさ、夫婦間の不仲などの問題がある。 海外就労のあり方そのものが、時間と空間の距離 をともなうものであり、それはおのずと家庭の不 安定化を促進する要因となりうるものである。 人々の生活の観点からみれば、海外就労という雇 用形態は望ましいものではないであろう。 送出国政府として、海外就労を奨励することが 本当に国益、公共の利益につながるのかについて 再検討すべき時期にきているのではないだろう か。
8.共死の覚悟
グローバル化の中で、人やモノが流動すること はもはや避けられないことであろうし、また将来 の人口減により日本が国策として本格的に海外か ら外国人労働者を受け入れていくことも在り得る かもしれない。外国人労働者を受け入れることを 全く否定しているわけではないが、受け入れる限 りは、市場の論理を優先させることは避けねばな らない。現在、多くの先進諸国が安易に外国人を 「労働者」として受け入れた結果、国内人と外国 人との間に摩擦が起こっていることは明らかであ る。それらの反省から学び、外国人労働者を受け 入れるのであれば「共死の覚悟33)」をもって臨む べきであろう。「共死の覚悟」とは外国人を「労 働者」ではなく、「生活者」や「同じ社会を構成 する一員」として捉えていくことである。すなわ ち、それは彼らが病気や障害になったり、高齢で 働けなくなった場合も社会の一員として、共に助 け支えあい、共に死ぬまで面倒みていくという意 を含んでいる。恩恵を享受するだけでなく負担を も当然ながら共有しなければならない。国民のコ ンセンサスとしてこの「共死の覚悟」を議論して おかなければならないだろう。 また、日本政府はILOの「移民労働者の権利に 関する条約」(1990年)や「社会保障に関する内 国民及び非内国民の均等待遇に関する条約」を批 准していない。当然ながら、積極的に受入れるの であれば、これらの外国人や移住労働者の保護や 人権に関するグローバルな基準の採用も視野にい れ、外国人労働者の人権・生活を保障していく取 組みを同時並行で進めていくことが肝要である34)。 福祉国家ではその対象者は、固定化された国民 に限定されていた。しかしグローバル化の中でど の国も従来の固定された国民だけでなく、流動す る人々や海外から移住する人々など国家を構成し ていく成員がすでに変容しつつある。このような 流動する人々を含めて今後どのような社会を築い ていくのかというビジョンをもっていなければ、 一人ひとりの人間が、たんに国家の労働力やグ ローバル経済活動のひとコマにすぎなくなってし まうであろう。そうなれば、すでに歴史が証明し ているように、人間同士や国家間の歪みやコンフ リクトを招く結果になりかねない。人間が国家や 経済活動の従属物や犠牲者として扱われないため には、国籍を問わず、すべての人々の生活保障を 視野にいれた福祉社会を具現化する方策がますま す重要となってくるだろう。おわりに
本稿では、近年の日本の外国人労働者受入れ政 策の経緯を踏まえ、外国人介護労働者の受入れに ついて、安易に受け入れるべきではないことを述 べてきた。介護人材の労働力不足については、国 内の介護職の労働条件の改善や潜在労働力の活用などを優先し、人材確保に努めるとともに、「徴 兵制」に類した「徴介護制」の導入なども視野に 入れ、まずは国内で誰もが高齢社会を支えていく ような仕組みを議論していくことを示唆した。一 方、今回の日本政府の外国人介護士への処遇は、 日系人や研修・技能実習生の処遇の反省を踏まえ、 彼らが斡旋業者や事業者側から不当な扱いを受け ないことや社会・労働保険の適用などについての 改善はみられたが、中長期的に日本への定住や家 族同伴を許可するものではなく、まだまだ人道的 配慮には欠けているものであることを指摘した。 グローバル化及び人口減少化しつつある中、外国 人労働者の受入れに反対ということではないが、 外国人労働者を本格的に受け入れるのであれば、 単に労働者ではなく、同じ社会を構成する一員と みなし、「共死の覚悟」をもって迎え入れること が肝要であることを強調した。流動する人々を含 めて、それぞれの国が、国籍にこだわらず、福祉 国家から福祉社会に向けて、その理念をどのよう に具現化していくのか、この点が今後重要になっ てくると思われるが、これについては、今後の研 究課題とし、別稿で論じていきたい。 (注) 1)少子高齢化の諸問題として、経済的側面では、 生産労働力人口が不足することによる日本の経 済力の低下、社会的側面では、高齢者の年金や 医療費を支える若年世代の負担増などがある。 2)森恭子 1994 「不法就労外国人への新たな 国際援助実現の方向について」『日本女子大学 社会福祉学科紀要』 第35号. 3)1990年 の 年 少 人 口(0~14歳 ) は2248万 6000人(総 人 口 に 占 め る 割 合18.2 %)、 生 産 年 齢 人 口(15歳 ~64歳)は8590万4000人(同 69.5 %)、 老 年 人 口(65歳 以 上 ) は1489万 5000人(12.0%)だったが、2007年では、そ れ ぞ れ1734万2000人(13.6 %)、8316万 3000人(65.1 %)、2726万7000人(21.3 %) となった(総務省「人口推計」)。65歳以上の 高齢者人口は2819万人、総人口に占める割合 は22%である(総務省による2008年9月15日 時点の高齢者推計人口)。 4)シルバー・コロンビア計画とは、1986年に 当時の通商産業省が、日本人の海外居住希望者 を促進し支援していこうとする構想をいう。し かし、すでに高齢化社会が深刻となりつつあっ た日本では、「老人切捨て」、「老人輸出」とし て国の内外から批判され、すぐに破綻してし まった。(渡辺幸倫 2007 「海外で老後を過 ごす可能性-介護・医療を目的に移動する人々、 タイ王国の事例から-」『川村千鶴子、宣元鍚『異 文化間介護と多文化共生』 明石書店, pp.318 -321。 5)グローバル戦略(平成18年5月18日)では、 「ヒト・モノ・カネの制約の下で我が国の活力 を有効に引き出すためには、国内の資源を我が 国が得意とする分野に集中させ、それを補完す る形で海外の資源を最大限に活用することが鍵 となる。例えば、人材については、医療・介護 などの分野で海外の人材を活用し、それによっ て限られた国内人材を産業の国際競争力強化に 振り向けるなど、少子高齢化にも耐えうる強靭 な経済構造を構築する。」あるいは「高齢化の 進展に伴い労働力需要が高まると思われるサー ビス分野(介護等)について、当該分野のサー ビスレベルを充実させる質の高い人的資源を確 保する観点から、現在専門的・技術的分野と評 価されていない分野に関しても、受入れによっ て生ずる問題点にも留意しつつ、受入れ範囲の 見直しを検討する。」などが記述されている。 6)朝日新聞、2008年5月10日,日刊,p.7 7)厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調 査(全国)結果の概況 第4表 職種別きまっ て支給する現金給与額、所定内給与額及び年間 賞与その他特別給与額(産業系)」 www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/ chingin/kouzou/z07/tyousa.html. 8)厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調 査結果(初任給の概況) 第3表 産業、性、 学歴別初任給及び対前年増減率の推移」 www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/ chingin/kouzou/07/tyousa.html. 9)日本医療労働組合連合会 2008 「人手不 足・過重労働・低賃金・健康と生活不安の中緊
急に求められる労働条件と介護報酬の改善 介 護・福祉労働者の労働実態調査 報告書」 10)財団法人介護労働安定センター 2008 「介 護労働者の就業実態と就業意識調査 結果ポ イ ン ト 」www.kaigo-center.or.jp/report/h19_ chousa_04.html. 11)NHKスペシャル「介護の人材が逃げていく」 (2007年3月11日放送)、週刊アエラ「ヘルパー・ 福祉士、月15万の過去現場、人手不足なのに 退職者続出」(2007年12月17日)、朝日新聞「過 酷な環境、若者離れ 残業・少ない休日・安い 給料」(2008年5月30日)など。 12)読売新聞, 2008年7月15日,日刊,p.2 13)総務省 2008 「平成19年就業構造基本調 査結果の要約(速報)」,P.13。 14)2005年9月末、介護福祉士有資格者は約47 万人だったが、そのうち介護現場で働く人は約 27万人、残り約20万人は働いていない(読売 新聞2007年8月24日)。 15)福祉新聞、2008年9月15日, p2. 16)朝日新聞、2008年5月30日,日刊, p.19. 17)厚生労働省編2008「平成20年版厚生労働白 書」,p.216
18)ニート(NEET:Not in Employment, Education or Training)とは、通学も仕事も職業訓練も受 けていない人々、具体的には年齢15歳~34歳、 非労働力人口のうち家事も通学もしていないと 称される。ニートは64万人(2005年)、過去 10年で20万人増加 (経済産業省 2006 「平 成18年版 通商白書 概要」,p.222)。 19)フリーターは15~34歳の卒業者であり、女 性については未婚であり①現在就業している者 については勤め先における呼称が「アルバイト」 または「パート」である雇用者で、②現在、無 業の者については家事も通学もしておらず「ア ルバイト・パート」の仕事を希望する者をさす。 フリーターは189万人(2006年)と推定(経 済産業省 2006 「平成18年版 通商白書 概要」,p.222)。 20)厚生労働省 2007 「第6回21世紀出世児縦 断調査結果の概況」 21)経済産業省 2006 「平成18年版 通商白 書 概要」 22)2008年6月5日には、介護職員の生活を守る 緊急全国集会などが開催された(福祉新聞 2008年6月16日,p.1)。 23)社団法人国際厚生事業団「インドネシア人 看護士・介護福祉士受入れ枠組み~インドネシ ア人看護士・介護士雇用パンフレット~」を参 照。 24)来日当初の6ヶ月の研修はODA予算で賄わ れる。 25)市川ひろみ 1999 「ドイツ連邦共和国に おける兵役拒否としての民間役務-良心の決断 から社会福祉へ-」『広島平和科学』、第21号. 26)梶田孝道、丹野清人、樋口直人著2005 『顔 の見えない定住化 日系ブラジル人と国家・市 場・移民ネットワーク』名古屋大学出版会、朝 日新聞2007年12月「デカセギから隣人へ南米 日系人はいま」特集記事など。 27) 朝 日 新 聞 2008年1月5日, 日 刊, p.24。 また、厚労省は、一部の斡旋業者に対して、研 修生が不当に扱われていることに鑑み、受け入 れ企業に対する巡回指導の強化等を通じて制度 の適正な運営に努め、研修生の法的保護の在り 方等適正化に向けた制度の見直しを検討中であ る(「平成20年版 厚生労働白書」、pp.214- 215) 28)福祉新聞 2008年6月2日,p.3 29)椙本歩美 2007 「介護者送り出し国フィ リピンの事情-誰と介護を担うのか」川村千鶴 子、宣元鍚『異文化間介護と多文化共生』明石 書店, pp.265-266. 30)前掲書, pp.269-273 31)前掲書, pp..300-301
32)Athena E..Gorospe, 2007, Case Study: Overseas Filipino Workers, ERT 31:4, p.370 33)故哲学者池田晶子氏の著作の中で、「共生」
流行りの昨今であるが、「共死」とはいわない と皮肉っていたことからヒントを得たもの。 35)Patrick A.Taran, 2000 Human Rights of
Migrants: Challenges of the New Decade, International Migration Vol 38 (6).