氏 名 ふじはら ふみあき
藤原 史明
学 位 の 種 類
博士(医学)
報 告 番 号
甲第
1861号
学位授与の日付
令和
3年
3月
16日
学位授与の要件
学位規則第
4条第
1項該当(課程博士)
学 位 論 文 題 目
Artery Transposition Using Indocyanine Green for Tarsal Tunnel Decompression
(特発性足根管症候群に対してインドシアニングリーンを使用 した後脛骨動脈移行術の有効性)
論 文 審 査 委 員 (主 査) 福岡大学 教授
山本 卓明
(副 査) 福岡大学 教授
岩﨑 昭憲
福岡大学 准教授
上原 明
内 容 の 要 旨
【目的】
脛骨神経は坐骨神経から膝窩のやや上で分岐し膝裏をとおり、内果を回るように走行し
足根管を通る。足根管の手前で踵の感覚神経である踵骨枝が分枝する。後脛骨神経は足
根管近傍で内側・外側足底神経に分枝し長拇指外転筋内へもぐりこむように走行し、足
底から指先へ向かう。脛骨内果の足根管部は、底部が骨性で硬く、その上を屈筋支帯が
覆って構成されており、その狭い足根管内を後脛骨神経が後脛骨動静脈と併走している
との解剖学的特徴から障害されやすいことが知られている(足根管症候群: Tarsal
Tunnel Syndrome: TTS) 。TTS は、後脛骨神経の末梢神経絞扼性ニューロパチーであり足
底に神経症状を発症する疾患である。踵部の感覚神経である踵骨枝は足根管の近位部で
分枝するため踵部の感覚障害がないか弱く、足底の足先に症状が強い傾向がある(Heel
sparing)。TTS は空間占拠性病変、足根管内への骨隆起、外傷、静脈瘤、屈筋支帯の肥大
によっても誘発される。足根管内に病的な所見がない特発性 TTS の発生率は報告により
幅があり全 TTS 症例の 18−69%と報告されている。電気生理検査と身体所見から診断さ れ、治療は内服などの保存的加療を行い奏功しない症例では、外科的加療が適応とな る。足根管症候群の手術では、44−96%で高い満足度が得られると報告されているが症状 が遺残することもあり、手術成績は満足すべきものではない。手術成績には、年齢、罹 病期間、原因、足首の捻挫の既往や過重労働、慢性の足底筋膜炎や遠位部足根管症候群 の合併、手術方法、などが影響する。特発性のものは症候性のものと比較し有意に手術 成績が不良であることが報告されているが、特発性 TTS に対する外科治療として神経血 管減圧術の有効性が示唆されている。
我々は今回、より確実な足根管内の神経血管減圧を行い、後脛骨動脈による後脛骨神経 の圧迫再発を防ぐために、足根管減圧に加えて後脛骨動脈を足根管の外に移行し固定す ることでより確実に神経血管減圧を行う手技を追加した。この後脛骨動脈移行術により 移行された後脛骨動脈は血流障害リスクがあるため、インドシアニングリーンを使用し たビデオ血管造影(ICG-VA)を使用して、後脛骨動脈移行後にリアルタイムで後脛骨動 脈の血流を術中モニターリングした。特発性 TTS 患者に対する後脛骨動脈移行術の有効 性と術中 ICG-VA の有用性について論じる。
【対象と方法】
2018 年 5 月から 2019 年 11 月の間に特発性 TTS の外科治療を受けた 12 人の患者 (平均年 齢 77.9 歳: 男性 3 名, 女性 9 名) を対象とした。3 名が糖尿病患者で 11 人は両側性 TTS と診断した。すべての患者で腰椎 MRI と足関節上腕血圧比 (Ankle-Brachial Index:
ABI) を施行し、腰椎病変と閉塞性動脈硬化症を除外した。経口薬(非ステロイド性抗炎 症薬、プレガバリン、トラマドールなど)による 3 か月を超える保存的治療が奏功しな かった患者を手術の対象とした。平均術後フォローアップ期間は 6.25 ヶ月(3-13 ヶ月)
であった。
すべての患者は、踵に症状のない足底の感覚障害であった (Heel sparing)。神経症状 は、足底の痛みやしびれ、灼熱感または冷感、砂利の上を歩くような感覚・異物感付着 感の3つに分類した。足底の症状は治療前後の重症度を数値評価尺度(NRS)で評価し た。全ての症例で電気生理検査を施行し、母趾内転筋の 5.8 ミリ秒を超える終末潜時 と、記録された振幅減少が 50%を超える左右変動で判断した。全症例で足根管 MRI 検査 を施行し空間占拠性病変を除外し特発性 TTS と診断した。
手術は局所麻酔下で施行した。術前にドップラー超音波を使用して、体表から足根管内 の後脛骨動脈位置を特定した。表皮内に 1%リドカインを注射することにより局所麻酔下 で手術を行った。足根管の後脛骨動脈上に 2.0 cm の弓状の皮膚切開を行い、屈筋支帯を 露出して屈筋支帯の上からドップラーを使用して後脛骨動脈の位置を再確認した。屈筋 支帯を切開し、足根管内の後脛骨動静脈を特定するため 7.5 mg の ICG をボーラスして、
1 回目の ICG-VA を施行した。後脛骨神経を除圧するために後脛骨動脈を剥離し、2 回目 の ICG-VA を施行し後脛骨動脈の開存を確認した。後脛骨動脈による再圧迫を防ぐため に、6-0 ナイロンモノフィラメントを使用して、移行した後脛骨動脈を屈筋支帯の内果側 に縫合し固定した。後脛骨動脈を移行固定後に、3 回目の ICG-VA を施行して移行後の後 脛骨動脈と静脈の開存を確認した。術中に足底の神経症状が改善したことを確認し、屈 筋支帯は縫合せず皮膚を閉創した。
【結果】
手術は全例で局所麻酔下に施行した。手術または ICG の使用に起因する合併症はなかっ
た。すべての患者で ICG-VA によって後脛骨動脈と後脛骨静脈を同定できた。後脛骨神経
から後脛骨動脈を減圧した後、再度 ICG-VA を施行し、血管攣縮や閉塞がないことを確認
した。12 人中 1 人の患者で後脛骨動脈の移行・固定によってわずかに後脛骨動脈がねじ
れ、ICG-VA で後脛骨動脈の血流障害を検出した。血流障害を改善させるため後脛骨動脈
を再縫合してねじれを取り除き、再度 ICG-VA を施行することで血流の改善を確認した。
すべての症例で術後に創部の障害なく、術後に足底の症状が軽快した。最終フォローア ップ時にも有意差をもって足底の症状が改善しスコアは足底の痛みまたはしびれが NRS 6.3 から 0.8(P <0.0001)に、異物感付着感は NRS スコアが 6.6 から 1.1(P <0.0001)
に、灼熱感または冷感の NRS スコアが 5.5 から 1.3(P <0.0132)に改善した。
【結論】
特発性足根管症候群に対する外科的治療では足根管の減圧に加えて後脛骨動脈移行術 を併用することは症状改善に有効であった。後脛骨動脈移行術の際、ICG-VA は簡便で安 全な血流評価方法であった。
審査の結果の要旨