• 検索結果がありません。

法的債務の変貌と負債概念

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "法的債務の変貌と負債概念"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

は じ め に

すでに拙稿において明らかにしたように(1),最近のアメリカ会計基準にお いては,負債概念における「債務性」の「拡張」傾向には歯止めがかかり,

むしろ「債務性」の範囲を法的債務と約束的禁反言法理による債務に限定す る財務会計基準に関するステートメント(SFAS)第13号「資産解体撤去債 務に係る会計(2)」が設定された。それは,財務会計諸概念に関するステート メント(SFAC)第7号による期待キャッシュ・フロー・アプローチの導入 と密接な関係があると考えられ,「見なし債務」「発生可能性が高い」など の負債の概念規定に見られる用語の解釈を必要としない会計基準であるとい えるように思われる。また,この会計基準においては,「債務性」よりも「測 定可能性」のほうが,負債の中心的認識規準として機能していると考えられ る。

アメリカ財務会計基準審議会(FASB)が,今後も同じような考え方で,

法的債務の変貌と負債概念

長 束 航

はじめに

契約義務の拡大と法的債務の変貌

法的債務拡大の一般化論と負債概念論 法的債務拡大の一般化論の構造

負債概念論における「見なし債務」問題の構造

結びに代えて

−55−

( 1 )

(2)

負債に関する会計基準の設定または概念フレームワークの改訂を行っていく と仮定した場合には,「債務性」の範囲は法的債務と約束的禁反言法理によ る債務に限定されるわけであるから,「債務性」という問題は,負債概念の 問題としては中心的課題として取り扱う必要がなくなってくるように思われ る。

しかし,その場合であっても,法における債権債務の意義までもが時代を 超えて普遍的なものであるとは考えられない。したがって,負債概念におけ る「債務性」を法的債務と約束的禁反言法理による債務に限定したとしても,

負債の範囲が一定のものになるわけではないように思われる。特に近年,法 における債権債務の意義が変化しつつあるという指摘がなされることが少な くない。この変化が負債概念に及ぼす影響については,検討を行う必要があ るように思われる。

一方,以上を踏まえたうえで,わが国における負債概念に目を向けてみる と,主として次の2つの方向性が考えられるように思われる。

! 従来の国際的傾向に従い,法的債務だけではなく見なし債務も「債務 性」の範囲に含めて負債概念を規定する。

! FASBの最近の傾向を先取りし,法的債務のみを「債務性」に含めて 負債概念を規定する。

昨年公表された討議資料(3)においては,「負債とは,……義務,またはそ の同等物をいう(4)」とされ,この義務の同等物には「法律上の義務に準じる ものが含まれる(5)」とされているので,基本的には1!の方向性が採用されて いるように思われる。この場合には,「見なし債務」という考え方の再検討 が必要となってくると考えられ,特に,どのような条件を満たすものが債務 であると見なすことができるのかを明らかにするためには,わが国における

−56−

( 2 )

(3)

法的債務概念の本質についての検討が欠かせないように思われる。また,2! の場合には,会計基準の国際的調和化を考えると,わが国における法的債務 概念と,世界各国における法的債務概念の比較検討を行う必要があるように 思われるが,それにはまず,わが国における法的債務概念の本質を明らかに しなければならないように思われる。

本稿は,以上のような問題意識に基づいて,わが国における法的債務の本 質とその最近における変化について検討したうえで,それらがわが国の負債 概念に関する議論に対して及ぼすインパクトを明らかにすることを目的とし ている。

契約義務の拡大と法的債務の変貌

最近まで,会計上の負債概念における「債務性」の範囲が,その原初的な 形態である法的債務から拡張される傾向にあった(6)のと同様に,法的債務自 体も,一般的にはその範囲を広げてきていることが指摘されている。本節で は,まずその動向について検討してみることにする。

わが国における伝統的な民法理論においては,一般に,債権債務を次のよ うな特徴を持ったものとして定義していたとされている(7)

債権の本質は,「特定の人をして特定の行為をなさしめる権利」であ る。

債権者は,特定の行為をなすべきことを債務者に請求する権利を有す る(給付請求権)

債務者は,特定の行為(給付行為)をなすべき義務を負う(給付義務) この給付行為は,債権者が有する請求権の対象とされているものである。

債権の本来的内容は請求権であるが,そこでの請求権とは債権の潜在 的機能として観念されるものである。

法的債務の変貌と負債概念(長束) −57−

( 3 )

(4)

このような伝統的な債権観は,「債権を債権発生原因から切り離し(8)」て いるところに特徴があるといわれている。例えば,債権発生原因の最も一般 的な形態であると思われる契約について考えてみると,伝統的な契約観には 次の2つの特徴があるという(9)

要件・効果が明確で,いちいち立法趣旨に遡って実質的な議論をしな くても,事実認定を通して要件の充足を判定するだけで適用が可能とな るような規範であること。

② 19世紀に成立した経済的自由主義をその正当化原理とし,それが「契 約自由の原則」「私的自治の原則(意思自律の原則)」などとして具現 化していること。

このような契約観の下では,「契約自由の原則」「私的自治の原則(意思 自律の原則)」に基づいて,当事者同士の自由な意思の合致により契約が成 立した後は,この「契約」という債権債務発生原因とは無関係に,債権者は 意思の合致の内容である給付行為をなさしめる権利を有し,また債務者は給 付行為をなすべき義務を負うということになる。すなわち,特定の行為(給 付行為)を行わせることこそがこの契約の効果であり,たとえ履行の過程に おいて何らかの事情変更があったりしても,契約の目的や当事者同士の関係 等に照らしてなすべき給付行為が変更されたりすることはない,という意味 において,これらの債権債務は,その発生原因である契約とは切り離されて いるといえるように思われる。

これに対して,近年では,裁判所が信義則のような一般条項を活用して,

伝統的な契約法理からは導けない新たな契約上の義務(意思の合致の内容で ある給付行為以外の義務)を導くいわゆる「契約義務の拡大」現象がみられ るという(10)。民法の信義則規定(第1条第2項)は,17年民法改正により

−58−

( 4 )

(5)

明文化され,10年ごろから上記の現象に適用され始めたとされるが(11),内 田教授によれば,この信義則を活用した契約義務拡大現象は,具体的には次 のように類型化されるという(12)

契約締結交渉を不当に破棄した場合に賠償責任を肯定するもの。

一定の契約締結に際して,正確で十分な情報を提供したり助言したり する義務を課すもの。

契約条件を事後的に改訂するための交渉義務,すなわち再交渉義務を 信義則上肯定するもの。

契約関係に入った相手方の損害の発生や拡大を防ぐために,一方当事 者に信義則上一定の作為義務を課すもの。

契約の更新拒絶,解約または解除に際して,契約の継続を尊重し,正 当な理由なしに契約関係を解消することを認めないもの。

報酬の支払,貸金の返済,損害賠償の支払など,金銭の支払が問題と なるときに,信義則を理由にこれを減額することにより,当事者の利害 を調整する中間的解決を与えるもの。

これらは,契約の目的や当事者同士の関係などの事情を考慮に入れたうえ で,有効に成立した契約に対しても,「実質的公平を確保するため(13),契約 内容への積極的な介入を裁判所が行ったものであると考えられる。

ここでは,「契約自由の原則」「私的自治の原則」が後退し(14),新たな契 約法による規範が生み出されているとともに,契約という債権債務発生原因 と法的債務が切り離されず,伝統的な債権債務観とは異なる新たな債権債務 観が登場しているといえるように思われる。一般に,この債権債務観は,我 妻博士が「債権関係」と呼んだ次のような考え方に該当するといわれている(15)

「債権者と債務者との間には,単に一個の現実の債権が存在するだけでな 法的債務の変貌と負債概念(長束) −59−

( 5 )

(6)

く,これを包容する一個の債権関係が存在するとみるべきものである。この ことは,契約から生ずる債権において特に顕著である。すなわち,契約から 生ずる債権者・債務者の関係をみると,あるいは当事者が相互に債権債務を 有し(売買その他の双務契約の如し),あるいはその債権内容は将来の進展 において多くの具体的な債権を発生させるものである(雇用,賃貸借,当座 預金その他の継続的契約の如し)。しかも,両者の関係は,単にこれらの債 権債務の総和に尽きるのではなく,これに伴う多くの権能と義務(通知義務・

担保責任・抗弁権・解除権・対価の減額請求権・買取請求権等)を包含し,

それ以上に,当該契約によって企図された共同の目的に向かって互いに協力 すべき緊密な,いわば一個の有機的な関係を構成する。(中略)債権をかよ うに観念することにより,!#一面においては,一個の社会的目的を有する債 権債務の有機的結合を一個の法律的地位として取り扱うことが容易となると

ともに,"#他面においては,債権者と債務者との間を単に形式的な権利義務

の対立とみることなく,信義則(信義誠実の原則)によって支配される一個 の協同体とみることができるようになる。(16)

しかし,問題となるのは,どのような条件を満たした場合に,この「債権 関係」に基づいて新たな契約義務が生じるのか,すなわち信義則を適用する ことができるのかであろう。この条件が一般化されないかぎり,「契約」と いう法的用具を利用することによる結果の予測可能性がなく(17),この用具を 利用しにくいものにしてしまうように思われる。

逆に,信義則が適用可能となる条件が一般化されれば,契約法によって義 務とされる法的債務の範囲が拡大すると思われるので,契約法以外の構成を 用いて今までも義務化可能であった部分を除いては,すべて法的債務の純増 加となると考えられる。

以上のように,近年みられる契約義務の拡大は,法的債務観の変貌をもた らし,また法的債務の範囲を拡大させる可能性をもっているが,それは信義

−50−

( 6 )

(7)

則が適用可能となる条件の一般化をどのように行うかにかかっているといえ よう。

法的債務拡大の一般化論と負債概念論

以上で述べた法的債務の拡大は,わが国における負債概念にも影響を及ぼ すものと考えられる。もちろん,上述したすべての法的債務の拡大が,会計 上の負債の拡大につながるわけではないにしても,負債概念の核である法的 債務の範囲が拡大するわけであるから,当然,負債概念も拡大することにな るように思われる。

しかし,卑見によれば,法学における契約義務の拡大に関する議論が,わ が国において行われるべきであろう負債概念に関する議論に与える示唆は,

より大きなものである可能性があるように思われる。それを明らかにするた めに,法的債務拡大に関する議論の構造を検討するとともに,会計学におけ る負債概念論の構造についても検討を行い,両者を比較検討してみることに する。

法的債務拡大の一般化論の構造

内田教授は,契約法の現状を,伝統的な契約法の考え方を濃厚に保持する 実定契約法と,契約実践に根ざす内在的規範(本来あるべき契約規範,また は協同体を重視する契約規範)との相克と捉え,一般条項(特に信義則)の 活用を,内在的規範の実定法への吸い上げとして見る(18)。そのうえで,解決 すべき課題として,次の3つの疑問を挙げておられる(19)

裁判官はどのようにして内在的規範を見つけ出すのか。

吸い上げられた内在的規範とは,どのような規範なのか。

内在的規範の吸い上げは,なぜ法的に正当化されるのか。

法的債務の変貌と負債概念(長束) −51−

( 7 )

(8)

内在的規範による債務 吸い上げられた債務

伝統的法務債務

薄アミカケ:あるべき法的債務の範囲(吸い上げ可能)

濃アミカケ:現状の法的債務の範囲

この問題の分析枠組みを債務の観点から図にしたものが(図1)である。

(図1)において,最も外側の枠が,契約実践に根ざす内在的規範による債 務であり,本来あるべき契約規範による債務である。これに対して,最も内 側の枠は,伝統的な契約観に基づき,契約内容に即した給付行為をなすべき 債務であるといえるが,すでに述べたように,最近の判例においては,契約 についてこの伝統的な法的債務以外の債務が認定されることが次第に増えて きている。その現象が,(図1)においては,最内枠から2番目の枠(現状 の法的債務)への拡大として示されている。すなわち,現状の法的債務(2 番目の枠)から伝統的法的債務(最内枠)を除いた部分が,最近の判例にお いて新たに認定された債務であり,契約実践に根ざす内在的規範による債務 のうち,実定法へ吸い上げられた部分であるといえるであろう。

しかし,そもそも最も外側の枠である内在的規範による債務とはどのよう な債務であるのか,またその内在的規範による債務のうち判例により吸い上 げられる債務はどのような条件を満たす債務であるのか,すなわち2番目の 枠はどこまで拡大されうるのかについてが明らかにされないかぎりは,契約

図1 法的債務の拡大

−52−

( 8 )

(9)

債務の予測可能性がなく,契約という制度の法的安定性が失われてしまうよ うに思われる。したがって,内在的規範による債務が明確化され,かつその 吸い上げのための条件が一般化されるべきであるように思われるが,それは 可能なのであろうか。

結論からいえば,法学の分野においても,この点については未解決である といえるように思われる。例えば,潮見教授は,「債権関係を設定すること で目的とされた利益,すなわち,債権者が債権関係を通じて獲得しようとす る利益(債権者利益)を中心に,債権者と債務者の関係を規律する実体法規 範を観念し,債権者利益の実現を保障する体系として債権機構を捉えるのが 適切である。ここでは,当該債権関係発生原因(たとえば,契約)において 実現を保障された債権者利益(契約利益)が何か ―― 契約による達成をめざ された目的がどのように『契約利益』として契約内容に取り込まれているか

― を確定するプロセスが重要になるとともに,……こうした債権者利益実 現のために債権者にどのような権能が付与され,両当事者にどのような規範 的拘束が課されるのかを整理し,あるべき理論枠組みとして提示することが,

債権者利益保障の体系を具体的に設計するうえで不可欠となる(20)」と述べ,

具体的には,契約時点において契約の両当事者がどのようなリスク負担を想 定していたのかについて,個々の契約内容を解釈する作業(プロセス)を行 うことによって債務の内容を確定することができるとしている(21)。すなわち,

個々の契約ごとの債務の内容は,契約の解釈を通じて規範的に行いうるもの の,債務の範囲の明確化・一般化についてはそもそも念頭においていないよ うに思われる。

また,内田教授によれば,内在的規範は,「共同体の直観に依拠(22)」して いるために,「何らかの外在的規範性理論によりその普遍的正しさを論証す ることができ(23)」ず,「あらかじめ一般的ルールとして言語化しておくこと はできない(24)」とされており,やはり内在的規範による債務の明確化および 法的債務の変貌と負債概念(長束) −53−

( 9 )

(10)

その吸い上げのための条件の一般化については,その困難性を指摘しておら れる。

負債概念論における「見なし債務」問題の構造

結局,内在的規範による債務の範囲(あるべき法的債務の範囲)を明確化 し,またその債務うちのいずれを実定法に吸い上げるかについては,明らか にはなっていないといえるように思われるが,次に会計学における負債概念 論に目を転じてみることにしよう。

ここで指摘できることは,上記の法学における債務概念の分析枠組みは,

会計学の負債概念論における見なし債務に関する議論の構造ときわめて類似 していると考えられることである。

例えば,FASBは,概念フレームワークにおいては,負債の概念規定にお ける債務性の意義について,法的債務性よりもむしろ「拘束性」を重視する 記述を行っており,将来の犠牲を避ける自由裁量の余地をほとんど残さない か全く残していない状態であれば,法的債務によって生じたものでなくとも,

それは債務性を有する「見なし債務」として取り扱う)ものと考えているよ うに思われる(25)。一方で,本稿の冒頭において述べたように,具体的な会計 基準においては,最近設定されたSFAS第13号「資産解体撤去債務に係る 会計」において,債務の範囲を法的債務と約束的禁反言法理による債務に限 定するなど,法的債務性に立ち返ってきているように思われる(26)。したがっ て,これを図にすると(図2)のようになると考えられる。

(図2)において,最も外側の枠が,法的債務に限らず「拘束性」のある ものを債務と考えた場合の債務の範囲であり,概念フレームワークが本来あ るべきと考えていると思われる債務の範囲である。これに対して,最も内側 の枠は,会計における最も原初的な考え方である,債務をすなわち法的債務 と考えた場合の債務の範囲であるが,すでに別稿において詳細に述べたよう

−54−

( 10 )

(11)

あるべき債務=拘束性 約束的禁反言法理による債務

法的債務

薄アミカケ:現行概念フレームワークに基づく債務の範囲 濃アミカケ:実際の会計基準に基づく債務の範囲

(27),最近の会計基準設定においては,法的債務以外の債務による経済的便 益の犠牲を会計上の負債として認識するかどうかに関する議論が行われてい た。その現象が,(図2)においては,最内枠から2番目の枠(現状の会計 基準における債務)への拡大として示されている。すなわち,実際の会計基 準における債務(2番目の枠)から法的債務(最内枠)を除いた部分が,最 近の会計基準設定において新たに負債として認識すべきかどうか検討された 債務の範囲であり,概念フレームワークが本来あるべきと考えていると思わ れる債務の範囲のうち,実際の会計基準へ吸い上げられた部分であるといえ るであろう。ただし,SFAS第13号においては,この吸い上げられた部分 は「約束的禁反言法理による債務」のみであり,2番目の枠と最内枠は限り なく近似しているといってよいように思われる。

これに対して,国際会計基準審議会(IASB)の会計基準について,同じ く資産解体撤去債務の会計に関する規定をおいている国際会計基準(IAS)

第37号「引当金,偶発債務および偶発資産(28)」やIAS第19号「従業員給付(29) などを検討してみると,概念フレームワークにおいて理念形として提示され

図2 FASBの負債概念における債務

法的債務の変貌と負債概念(長束) −55−

( 11 )

(12)

あるべき債務=拘束性 見なし債務≒あるべき債務

法的債務

薄アミカケ:現行概念フレームワークに基づく債務の範囲

≒濃アミカケ:実際の会計基準に基づく債務の範囲

ている,あるべき負債概念に相当程度準拠した具体的会計基準が設定されて いるように思われる(30)。したがって,これを図にすると(図3)のようにな ると考えられる。

(図3)の構造は,(図2)の構造と同じであるが,その内容は相当異なっ ている。すなわち,最も外側の枠が,概念フレームワークが本来あるべきと 考えていると思われる債務の範囲であること,また最も内側の枠が,債務を すなわち法的債務と考えた場合の債務の範囲であること,さらに2番目の枠 については,法的債務以外の債務による経済的便益の犠牲を会計上の負債と して認識させる会計基準が設定されたことによる債務概念の拡大を意味する ことなどは,(図2)も(図3)も同じである。

異なっているのは,IASB基準の場合,IAS第37号や第19号において,「見 なし債務」であるための条件が提示されたうえで,法的債務以外の債務(見 なし債務)による経済的便益の犠牲を会計上の負債として認識させる会計基 準が設定され(31),約束的禁反言法理による債務よりもさらに広範な債務概念 となっていることである。すなわち,FASB基準の場合には,概念フレーム

図3 IASBの負債概念における債務

−56−

( 12 )

(13)

ワークが本来あるべきと考えていると思われる債務の範囲のうち,実際の会 計基準へ吸い上げられた部分が約束禁反言法理による債務のみであり,きわ めて限定的であったのに対して,IASB基準の場合には,「将来の犠牲を避 ける自由裁量の余地をほとんど残さないか全く残していない状態であれば,

法的債務によって生じたものでなくとも,それは債務性を有する」という概 念フレームワークの考え方に合致する債務が相当程度,実際の会計基準へ吸 い上げられているといえるであろう。すなわち,IAS第37号や第19号におい ては,「あるべき債務」のうち,吸い上げられた部分がきわめて広範であり,

2番目の枠は最も外側の枠により近づいていっているように思われる。

このように,FASB基準およびIASB基準における債務概念拡大の構造は,

概念フレームワークにおける債務の範囲(あるべき債務の範囲)の中から,

程度の差はあるとはいえ,ある一定部分を吸い出した部分が現状の債務の範 囲になっているという点において,法的債務拡大の構造ときわめて類似して いるといえるように思われる。ただし,すでに述べたように,法的債務拡大 の構造においては,「あるべき債務」すなわち内在的規範による債務の内容 がそれほど明確になっていないのに対して,会計的債務の外縁は,「拘束性」

すなわち将来の犠牲を避ける自由裁量の余地をほとんど残さないか全く残し ていない状態であるということが一応は明確にされている(32)という相違があ るように思われる。

以上の検討をまとめて表にしたものが,下記の表である。

法的債務 FASB基準の債務 IASB基準の債務 内在的規範

(あるべき債務)

不明確

(公平性?)

拘束性

(ただし,改訂検討中) 拘束性

「吸い上げ」の現状 裁判官の判断 約束的禁反言法理に

よる債務のみ 具体的基準設定 法的債務の変貌と負債概念(長束) −57−

( 13 )

(14)

(注)なお,本来わが国における法的債務と比較対象とすべきであるのは,

わが国会計学における負債概念であると思われるが,①法的債務の拡 張傾向は国際的傾向でもあること(後述するように,今後詳細に検討 する予定である),②わが国会計学における負債概念論が未成熟かつ 国際的動向を重視していることなどの理由により,ここではあえて以 上のような比較を行っている。

結びに代えて

以上を総括したうえで,わが国における負債概念論の展開を考えてみると,

次のとおりである。

信義則の活用による契約義務の拡大により,わが国の法的債務は大き く変貌したが,それはわが国における負債概念の拡大をもたらすであろ う。

法的債務拡大の一般化論は,会計における負債概念論,とりわけ見な し債務に関する議論に構造的に類似している。

わが国における負債概念論においては,概念フレームワークの草案は 明らかにされたものの,あるべき債務(内在的規範)とはどのようなも のであるかについては検討がなされていない。

わが国における法的債務拡大の一般化の方向性と,わが国におけるあ るべき債務概念を分析した結果,両者が合致するというのであれば,負 債概念における「債務性」はすなわち法的債務と概念規定してもよいと いうことになるかもしれない。この場合には,FASBが志向しつつある,

会計における債務を法的債務(および約束的禁反言法理による債務)の みに限定するという考え方と,結果的に同一の概念規定が設けられるこ とになるように思われる。

−58−

( 14 )

(15)

わが国における法的債務拡大の一般化の方向性と,わが国におけるあ るべき債務概念を分析した結果,両者が合致しないというのであれば,

負債の概念規定において「見なし債務」に関する規定を設けるべきなの かもしれない。この場合には,どのような条件を満たすものが債務であ ると見なすことができるのかについての規定を設けるなどの措置が必要 となるが,かかる規定を設定しようとして迷走したFASBの例を参考に すると,それにはかなりの困難が予想される。

また,以上の議論を補完するためには,諸外国における法的債務の変化と 負債概念の関係についても調査検討することが必要であると考えられる。こ れについては今後さらに検討していきたい。さらに,以上の議論は,債務で はなく「支配」というキー概念をもつ資産概念にも適用可能であるかもしれ ない。それについても今後の研究課題としたい。

[付記]

本稿は,九州会計研究会(24年10月16日)における報告原稿に若干の加 筆修正を行ったものである。なお,上記部会においては,司会をお引き受け いただいた久留米大学教授由井敏範先生をはじめ,多くの先生方よりきわめ て有益なコメントをいただいた。この場をかりて篤く御礼申し上げたい。

[注]

( 1 ) 長束 航「負債概念における『債務性』――アメリカにおける変化」会計,第

166巻第5号(200411月),5165頁。

( 2 ) Financial Accounting Standards Board (FASB), SFAS No.143, Accounting for Asset Retirement Obligations, FASB, June 2001.

( 3 ) 企業会計基準委員会基本概念ワーキング・グループ「討議資料『財務会計の概

念フレームワーク』」企業会計基準委員会,20047月およびそのアップ・デー ト版(20049月)

法的債務の変貌と負債概念(長束) −59−

( 15 )

(16)

( 4 ) 同上,討議資料『財務諸表の構成要素』,第5項。

( 5 ) 同上,第5項脚注。これについて齋藤真哉教授は「……特に負債については『義

務またはその同等物』という形で厳格な定義付けを行っています。そのため負債 については,現行の会計制度の中で負債の部に計上されているものが排除される 可能性があります」(斎藤静樹他「座談会 企業会計基準委員会・討議資料『財務 会計の概念フレームワーク』について」企業会計,第56巻第12号(200412 月),94頁)と述べておられるが,「同等物」とはどういうものなのか,またどの 程度「厳格」なのかについては不明である。

( 6 ) 徳賀芳弘「伝統的な負債概念から新しい負債概念へ」企業会計,第46巻第8

号(19948月),6774頁などを参照。

( 7 ) 潮見佳男「第3 債権 前注」(奥田昌道編「新版 注釈民法(10) 債権(1)

債権の目的・効力(1)」有斐閣,2003年,所収),34頁。

( 8 ) 同上,4頁。

( 9 ) 内田 貴「契約の時代 日本社会と契約法」岩波書店,2000年,134135頁。

(10) 同上,43頁。

(11) 同上,7071頁。

(12) 同上,7384頁。

(13) 同上,136頁。

(14) この原因として,内田教授は,裁判所による契約への介入に加えて,民法・商 法以外の法律(特別法)による契約への介入についても指摘しておられる(同上,

59頁)

(15) 潮見佳男,前掲注(7),1112頁。

(16) 我妻 榮「民法講義Ⅳ 新訂債権総論」岩波書店,1964年,67頁。

(17) 内田 貴,前掲注(9),87頁。

(18) 同上,63頁。

(19) 同上,64頁。

(20) 潮見佳男,前掲注(7),21頁。

(21) 同上,2122頁。

(22) 内田 貴,前掲注(9),158頁。

(23) 同上,158頁。

(24) 同上,156頁。

(25) これについては,長束 航「負債概念の再検討――債務性を中心として――」

福岡大学商学論叢,第49巻第1号(20047月),163166頁および169170 を参照されたい。

(26) 同上,166169頁を参照。その原因としては,すでに現実に利用されているFASB 基準では,恣意的な負債の計上を排除するという要請が強いので,債務を法的債 務と約束的禁反言法理による債務に限定せざるを得ないのではないか,という点 が指摘できる(同上,174頁)

(27) 同上,同頁。

(28) IASB,IAS 37, Provisions, Contingent Liabilities, and Contingent Assets, IASB, 1998.

本基準については太田正博「IAS 37 引当金,偶発債務および偶発資産」(広瀬 義州・間島進吾編「コンメンタール国際会計基準Ⅳ」税務経理協会,2000年,所

−50−

( 16 )

(17)

収)も参照。

(29) IASB,IAS 19, Retirement Benefit Costs, IASB, 2000.本基準については小宮山賢

「IAS 19 従業員給付」(広瀬義州・間島進吾編「コンメンタール国際会計基準

Ⅴ」税務経理協会,2000年,所収)も参照。なお,IAS19号および第37号に おける見なし債務概念については,今福愛志「見なし債務概念の意義と展開」産 業経理,第59巻第3号(199910月),2835頁も参照。

(30) 長束 航,前掲注(25),169173頁。

(31) 同上,同頁。

(32) もちろん,会計専門家の意識の中にある負債概念または債務概念(内在的規範)

は,概念フレームワークのそれとは異なるという考え方もあろう。なぜならば,

FASBおよびIASBの概念フレームワークは,財務報告の目的をまず初めに設定 して,それに合致するような概念設定を行っているためである。しかし,ここで は,概念フレームワークの負債概念または債務概念は,会計専門家の共有する負 債概念または債務概念の最大公約数として設定されたものとして議論を行ってい る。

法的債務の変貌と負債概念(長束) −51−

( 17 )

参照

関連したドキュメント

戦略的パートナーシップは、 Cardano のブロックチェーンテクノロジーを DISH のテレコムサービスに 導入することを目的としています。これにより、

外声の前述した譜諺的なパセージをより効果的 に表出せんがための考えによるものと解釈でき

そのような発話を整合的に理解し、受け入れようとするなら、そこに何ら

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

ƒ ƒ (2) (2) 内在的性質< 内在的性質< KCN KCN である>は、他の である>は、他の

成される観念であり,デカルトは感覚を最初に排除していたために,神の観念が外来的観

 米国では、審査経過が内在的証拠としてクレーム解釈の原則的参酌資料と される。このようにして利用される資料がその後均等論の検討段階で再度利 5  Festo Corp v.