Ⅰ.はじめに
インドでは手工芸に文化資源としての価値をみと め、1950年代の手工芸復興運動後、染織省
(Ministry of Textile)
を中心としてその下部組織が、輸出やデザ イン開発、技術教育などに携わってきた。政府機関に よる開発や助成事業が行われ、手工芸は輸出品として も、農産物などに次いで重要視されている。手描きカ ラムカリ(かつては寺院奉納布であったとされる手描 き模様染色)産地であるシュリー・カラーハスティ(Sri Kalahasti)(以下
SKHT)
も、1950年代の手工芸開 発調査で唯一残っていた手描きカラムカリ産地として みとめられ、設置されたトレーニングセンターによっ て、消滅しかかっていたカラムカリの技術は保持され[Sekhar 1961:39
‐40]、製作者は増加した [
松村2010a:98]。製作者は政府機関へ登録することによっ
て展示会への招待や参加に関する連絡を受けたり、開 発計画の中にある福祉制度も利用することができるよ うになった。ま た
SKHT
に お い て、2004年1
月 に 政 府 主 導 で 始まった指導したカルナ・プロジェクト(KarunaProject) 1)
、2008年にNGO
化した任意団体、カラ・スルスティ(Kala Srusti) 2)の活動によって、製作工 房はユニットとして大型化し、現在雑務を含め、カラ ムカリに携わる人々は
1000
人とも2000
人ともいわれている(政府による正式な記録はない)。急増した製 作者たちの中には女性や農村の人々も多く含まれるよ うになり[松村 2010b:190-
194]、宗教的な壁掛
け装飾布だったカラムカリは実用布としても大量に生 産されるようになった[
松村 2009a:2-4]。
本調査では、2010年、4月から
5
月にかけての約2
ヵ月間、南インド、アーンドラ・プラデーシュ州、ハ イダラーバード(州都)の国立ファッション科学技術 学 校(National Institute of Fashion Technology )( 以 下NIFT)で定期的に行われている「伝統的」手工芸に
関する調査である、クラフツ・プロジェクト(CraftsProject)とクラフツ・デザイン・プロジェクト(Crafts Design project)に重点をおき、同州の代表的手工芸で
ある手描きカラムカリに対するデザイン開発の一環に おける政府と国立教育機関の連携について明らかにす る。さらに、SKHT現地の製作者たちが、クラフツ・プロジェクトやクラフツ・デザイン・プロジェクトと 如何に関わり、その結果このような開発計画事業が製 作現場にどのような影響を与えているのかについて明 確にする。
調査日程としては、ハイダラーバードでは染織省 の下部組織である 手工芸振興委員会(Development
Commissioner of Handicrafts)(以下 DC(H))のアシス
タント・ディレクターへの手工芸開発計画に関する インタビューと、NIFTの服飾・染織デザイン学部の「伝統的」手工芸を対象としたデザイン開発と教育機関の連携
―南インドで製作されるカラムカリの事例から 松村 恵里( 人間社会環境研究科 博士後期課程 3 年 )
表1 調査日程
教授陣への、クラフツ・プロジェクトとクラフツ・デ ザイン・プロジェクトに関するインタビューを中心に 行い、その他、仲介業者へのブロックプリントのカ ラムカリを買う人々についてのインタビュー、さら に物理学博士号を取得しながらナショナル・アワード
(National Award)
3
)も取得しているカラムカリ製作 者へのインタビューを行った。ヴィジャヤワーダでは ナショナル・アワード取得者の工房を主にしながら、ブロックプリントカラムカリ製作者(4工房)と、ナ ショナル・アワード取得者であるプリント用ブロック の製作者(1工房)へのインタビューを行った。シュ リー・カラーハスティでは元カラムカリ・トレーニン グ・センター (Kalamkari Training Center、以下
KTC)
のマスター・クラフツマンや各アワード取得者を中心 としながら、カラムカリ製作者と
NGO
機関への、ク ラフツ・プロジェクトとクラフツ・デザイン・プロジ ェクトに関するインタビューを行い、また、「伝統的」染色法でありながら時間的経済的理由から捨象されつ つある技法のトレーニンを受けた他、制作者が出版す る予定の文献についてのインタビューを行った。チェ ンナイでは政府機関によって運営されるカラムカリ製 作場内にある手描きカラムカリ短期教室訓練生へのイ ンタビューの他、製作者らの使用する「伝統的」染料 の再確認を行った(表1)。
Ⅱ.NIFTとデザイン開発プロジェクト
1.NIFT
とNGO
の関係手工芸開発では染織省の下部組織である
DC(H)
が 中心となり、5カ年計画(5年ごとに見直し改正がな される)[Mnistry of Textile, Government of India]を主 軸としたインド各州の手工芸を対象とした開発プロジ ェクトが行われている。DC(H)に登録され資格を与え られている機関、すなわち有資格機関は助成金や支援 措置などの援助を受けることができ、その有資格機関 の1
つであるNIFT
はDC(H)
との関係が深い。NIFTはデザイン産業におけるプロフェッショナル を育てることを目的として、実践的教育プログラムを 行っている国立機関である。ニュー・デリーをはじめ インド主要都市に
12
のブランチがあり、ブランチご とに実施されているプログラム内容が若干異なってい る。インドの国立機関にも関わらず、その授業料や寮費は比較的高額であるが、学生たちは卒業後の就職も 見据えたプロジェクト(Graduation Project)
4
)も受 けるなどの充実した環境の中で学ぶことができ、ここ から多くのデザイナーたちが輩出されている。(表2)
2008年に本格的に始動した
SKHT
のNGO
もNIFT
同様、DC(H)の有資格機関として支援を受けており、その一方で政府の開発計画にある各プロジェクトを現 地でサポートする機関としても機能している。NGO
は
DC(H)
を介してNIFT
の教授陣やデザイナーから新しいデザインについてのアドバイスを受け、DC(H) の開発計画の一つであるワークショップ(Design
Technology Development Workshop) を 開 催 す る な ど
しながら、対象とする手工芸の開発を行っている。DC(H)
との関係からNIFT
のクラフツ・プロジェクトのために
SKHT
に来た学生たちをサポートし、2009 年も、NGO側がこれから開発が必要と考える地域へ と彼らを案内した。このため学生たちはカラムカリを 含むいくつかの手工芸についての概要は調査したが特 定の手工芸については十分な調査を行わなかった。こ のような点に関してNGO
側は、「たとえば、カラム カリはもう開発が成功したのだから、これ以上の調査 やワークショップなどは必要ない」と考えていた。2.クラフツ・プロジェクトとクラフツ・デザイン・
プロジェクト
調査の中心となった
NIFT
のデザイン学部が学生に 課す必須課題の一つであるクラフツ・プロジェクトは、2
年生後期(4thsemester )を終えた段階(夏休み頃≒
6
月~8
月)に行われる。学生たちは7
~8
人前後の 表2 NIFT 教育プログラムグループで各クラスター(cluster=調査対象の集落)
へ行き、10~
15
日間滞在して調査する。調査対象は インドの「伝統的」手工芸であり、それらがどのよう なもので、どのような工程によって作られているのか、またそれらを作っている製作者たちの現状や生活スタ イルがどのようであるかを調べ、NIFTへ報告し、政 府の手工芸開発の一つであるデザイン開発へも役立て られるようになっている。このように学生たちが手工 芸の産地に赴き、実際に製作者たちと対話しながら調 査する意義について、
NIFT
の某教授は、「クラフトは、もともとその土地と結びついているものですから、そ の土地についての知識は必要です。・・・今では人々 はみなインドのクラフトについて知っています。・・・
知っているから欲しがるのです。」と述べ、既にイン ドの手工芸は一地域のではなくインド全域に広がった インドの「伝統」であるからこそ、その背景を学ぶこ とは新しいデザインを考える上で重要であると考えて いた。
学生たちを現地で受け入れる製作者は、DC(H)か ら
NIFT
に紹介された技術レベルが高いとされる製作 者の中から教授陣が選択し、その対象工房に学生たち が赴くことになる。調査対象の州は毎年異なり、2009 年はアーンドラ・プラデーシュ州で2010
年はオリッ サ州であったが、北インドの北東(チベット、アッサム、ナガランド、マニプール、トリプラなど)が対象とな る年もある。遠方の場合は教授陣が付き添うが、AP 州内などは初日、あるいは数日教授が付き添うのみで ある。調査後、各グループは報告書(document)を作 成し、学校へ提出し、これは審査委員会によって採点 される。
クラフツ・プロジェクトと連動して行われるクラ フツ・デザイン・プロジェクトは、3年生前期(5th
semester)の時に行われる。目的は、クラフツ・プロ
ジェクトで学んだ技術を応用しながら、学生たちが新 しいデザインをおこし、自身で実用性の高いものを制 作するという実際的な訓練を行うためである。製作が 完了すると、各グループは各クラフトブースに分かれ 審査委員の前でグループ発表を行う。これも審査委員 によって採点される。たとえば、
1
グループで6
~7
人メンバーがいれば、各メンバーが
5
~6
つの制作品を作るので、約30
~40
展示品がブースに並べられる。各ブースは如何に 新しいデザインを実用品として使用するかという提示 案を示す場でもあるので、ディスプレイも1つの部屋のように凝っている。今年は7つのクラフトブース展 示があり、パーテンションで仕切られた広めの試着室 ほどのスペースに、寝室、リビング、レストランなど のコンセプトに合わせたソファやテーブル、クローゼ ットなどのディスプレイが施され、そこに製作品が配 置された。そこではカラムカリという「伝統的」染色が、
壁掛け装飾布やテーブルセンター、クッション、ブッ クカバーなどに施され、学生たちがどうすればモダン なインテリアに溶け込むかを苦心している様子が伺え た。
これらのプロジェクトのための学生たちの調査費 は
NIFT
が負担する。また、クラフツ・プロジェクト でまとめられた報告書や、クラフツ・デザイン・プロ ジェクトでおこされた新しいデザインなどの情報はDC(H)
へ送られ、それによってDC(H)
は製作者の状況や、技術内容について知ることができ、さらにデザ イン開発に関わる新しいデザインを入手することにな る。
このようなデザイン関係の国立機関は、内部に入る にもデザインの盗難に備えてカメラ・ビデオの持ち込 みや撮影は許可されない場合が多く、NIFT のクラフ ツ・プロジェクトやクラフツ・デザイン・プロジェク トによるデザイン開発に関するデータも厳しく管理さ れており、国立機関の情報ということで持ち出すこと は出来ない。
3.シュリー・カラーハスティにおける調査状況
クラフツ・プロジェクト による
4
~5
年前の調査 では、熱心な調査が行われ多くのデータが集められた。学生たちにトレーニングを行った工房では、1週間以 上彼らのトレーニングに協力した。工房の経営責任者 は、「・・・彼らからトレーニング後のお礼なんて何 もありません。その間、私の工房の仕事はほとんどス トップします。私が木炭のスケッチ(下書き)をしま すから。・・・でも彼らはとてもカラムカリに興味が あるから教えがいがありました。熱心で良い子たちで した。」と協力的で、彼自身が学生たちから新鮮な情 報を学ぼうと意欲的であった。
この調査時期は、2004年の政府の経済的テコ入れ 政策であるカルナ・プロジェクトが始動し、その後
2008
年に手工芸を支援していた任意団体が本格的にNGO
化(前述)する準備段階期でもあり、政府がカ ラムカリを用いた新しいデザインを必要としていた時期であった。
しかし、昨年の
2009
年には、カラムカリの調査は ほとんど行われていない。NGOに案内され、他地域 の手工芸も見学して回ったため、2日ほどトレーニン グを受け、最低限の必要な資料を集めたのみであった。前回と同じ工房が選ばれ、学生たちのトレーニングを 請け負ったが、経営責任者は、「彼らはカラムカリに 興味が無かったのです。チェンナイやティルマラ、チ ットゥールなど観光ばかりして、最後の
2
日だけ工房 に来てワークをして、必要なものを持ち帰って行きま した。・・・私は協力する一方です。もう彼らに協力 したくありません。・・・もちろんお礼のハガキすら ありませんよ。」と、落胆の色を濃くしている。工程 を学ぶ際、学生が希望モチーフを製作者に伝え、製作 者がデザインや必要材料を与え、学生たちが実際に作 るのだが、謝礼は一切支払われない。彼は、見返りは なくてもカラムカリに「興味」がある者には教えがい があるだけでなく、自身が得るものも多いと考えてい るので、2009年のように、ただ一方的に技術や物を 与えるだけの関係は、金銭面だけでなく、精神的にも 非常に疲弊してしまっている状態といえる。実際、前任者は体力的・精神的疲労から
NIFT
から の依頼を断ったため、2009年はこの経営責任者が学 生たちを世話することとなった。学生たちと受け入れ る工房の間には、常にDC(H)
やNIFT、NGO
が介在 していることから、学生たちと交流や信頼関係が持て るか否かも受け入れ側のトレーニングにおけるモチベ ーションに関わってくるため、次に調査に来る学生た ちへの対応も変わってしまうおそれもでてきている。Ⅲ.カラムカリ製作現場とデザイン開発の関 係
1.デザイン開発の流れと製作現場への影響
SKHTに大きな変化をもたらしたカルナ・プロジェ クト以降、サリー用アップリケピースやドゥパッター を中心としたドレスマテリアル(写真
1、2)がほと
んどの工房で作られるようになり、工房間の競合は激 しくなった。このようにSKHT
において、「伝統的」叙事詩・神画形式(写真
3、4)の他に実用布が製作
されるようになった背景には、カルナ・プロジェクト という経済的支援の他に、現地でのNGO
による実用写真1 サリー(アップリケ)
写真2 ドゥパッター
写真 3 叙事詩形式
布製作が影響してきた。前述(Ⅱ章、
2
項)したように、NGO
はDC(H)
を介してデザイナーから新しいデザインについてのアドバイスを受けるシステムになってい る。すなわち、NIFTによって調査がなされ、デザイ ン開発に関わる情報は政府機関へもたらされ、政府機 関から与えられた情報を有資格団体である
NGO
が市 場開拓に利用する仕組みだが、この循環の中で新しい デザインは現地に直接還元されないようになっている(図
1)。
現地の製作者たちは、政府から間接的に技術工程
や「伝統的」デザイン、現地情報に関係する時間と労 力の提供は要求されるが、NIFTによって開発された デザインは政府機関を通して
NGO
を中心に提供され ることになる。NGOが入手したデザイン情報はNGO
の商品開発に利用され市場に出回るが、製作者たちに 情報がもたらされ、彼らがデザイン開発の恩恵を直接 に享受する仕組みにはなっていない。そのため、現地 におけるNGO
の動向により、製作者たちは変化する 製作現場を体感し、市場や展示催場などでの自身の経 験や感をもとに、政府の経済的支援を利用しながら、それぞれの工房で需要の傾向を見越した新たなカラム カリの製作に取り組んできた。
カルナ・プロジェクトと
NGO
の始動によって経済 的変化を遂げたカラムカリ製作現場ではあるが、合理 的な生産法は製作者や供給量の急増を招き、工房の淘 汰も始まりつつある。資本力のある工房やしっかりし た販路を既に獲得している工房、また実力と信頼で大 きくなった工房は安定しているが、それらの経営責 任者のユニットに頼っていた工房は完全に吸収された り、別の仕事(ファブリックプリントなど)に移行し 始めている。また、サリー用アップリケピースやドゥ 写真 4 神画形式図1 デザイン開発の流れ
パッター以上に、ドレス型ピース(写真
5)も作られ
るようになってきているが、ドレスマテリアル製作に は高い技術が必要でなく、デザインもコピーし易いた め、シルクスクリーンでプリントにされ、市場で簡単 に売られるようになっていることから、ドレスマテリ アルの値は下がり始めている。高い技術を誇る者たち は、当たり前のように行われるデザインの無断使用に 食傷気味であり、技術力が試される叙事詩・神画タイ プのデザインへの見直し(写真6)も見られるように
なった。ある製作者は、「デザインをコピーされるこ とはよくあることです。・・・今後は叙事詩・神画タ イプのデザインにはサイン5
)を入れようと思ってい ます・・・」とも語った。製作者たちは、政府によるデザイン開発の影響を間
接的に受けながら市場へ対応しているといえる。しか し一方、工房間の競合が厳しくなってきている中で、
加熱した
2004
年以降の製作状況から覚めて、「如何に 政府の手工芸開発から自立した製作と経営ができる か」を模索し始めており、それが神画形式への回帰へ と繋がっている。「私はもうドレスマテリアルは作り たくありません。神 を描いてゆきたい。・・・プライ ベートの店から言われて、小さくてクオリティの高い ものを作ってみようと思っています。・・・彼らは高 くても質の高いものを作れといいますから。」という 製作者も現れ始めている。そのような者は神画タイプ へと戻ることにより、「私の仕事が上手くゆくかいか ないかは、全て神さま次第です」などのように、以前 より神への信仰を口にすることが多くなった。政府がデザイン開発を行い、カラムカリという「伝 統的」文化資源を経済的に生かそうとする試みが、製 作現場の一部、特に高い技術を持つ人々の間に原点回 帰の方向性を生んでいる。それは実用品の開発を進め る政府と相反する形で表現され始めているといってよ い。製作者たちの「「伝統」として如何に生き残るか」
という自問への一つの答えが 叙事詩・神画形式への 回帰やそれらに「サインを入れる」という特殊な形で 現れているのが、SKHTにおけるカラムカリ製作の現 状である。
2.デザイン開発の貢献と問題
クラフツ・プロジェクト、クラフツ・デザイン・プ ロジェクトは、学生たちにとって「伝統的」手工芸を 体感し、デザイン上の制約の中で新しいデザインを考 案し、それらの実践的使用法を提案する良い機会とな る。同時に地域的手工芸の開発、特にデザインの面で 影響を及ぼし、市場の開拓に貢献してきた。2004年 以前は困窮していた製作者たちの経済的状況は改善傾 向にあるといえ、実用品として製作されるようになっ たことで、大都市との販路は拡大し、「伝統的」手工 芸としての「手描きカラムカリ」の知名度は向上した。
SKHT外部にも、カラムカリを学んだことによって、
カラムカリの「芸術性」を高めることに腐心する者
6
)、実家の経済力を利用して、自然素材の手工芸専門ブテ ィックを経営しようとしている者
7
)、HIV患者の経 済的ケアやリハビリにあたろうとしている者8)
など が存在する。かつて地方の「伝統的手工芸」だったカ ラムカリは、「インドの手工芸」として認識されるよ 写真5 ドレスピース写真6 新しいタイプのカラムカリ
うになり、製作者たちの中には、SKHT内部・外部の 競合の中で、製作者としてだけでなく、工房経営者と しての能力も高められてきた者も多い。
しかし、このような状況の背景には、新たに開発さ れるデザイン情報を直接受ける団体(NGO)に比べ、
間接的に情報を受けながら経営を続ける従来の製作者 たちの自助努力がある。急増した製作者たちの技術レ ベルは多様化し、各工房や製作者間の差異も大きくな った。「伝統的」とされる宗教的な壁掛け布などは作
れず、簡単な実用品製作のみに従事する人々も入れば、
「伝統的」壁掛け布製作によって権威のある賞を授与 される者もいる。制作人数は増加したが、その技術レ ベルは合理化によって低い方へと広がりを見せたため
[松村 2009:6-
11]、特に 2004
年の変化以前から、カラムカリ製作に従事する者たちにとっては、「何が できるのか」「何をつくるのか」をアピールすること は重要となり、そのために「伝統的」技術の流出を厳 格に規制する工房も存在する
9)
。このような工房では貴重な技術講習に対して対価 を求めたり、特に「伝統的」な藍建てに関しては、
NIFT
の学生たちのように外部から来た者たちに、破 格の教授料を要求するようになった。「伝統的」な藍 建て法10
)を知る製作者は極めて少なく(写真7、8)、
予算の限られた学生たちは、現在では藍建て技術を体 験することが困難となっている。このような製作者は 政府との関係よりも、自身の工房経営を重視している といえる。
また、さらに、展示会への招待や賞候補への推薦に 公平さが見られない
11
)ことや、ほとんどの工房で 実用布製作を行っているにも関わらず、政府直轄のエ ンポリウムへの商品納入ルートの不明さにも批判が多 くなっている。出来る限り安く買いつけようとする政 府の態度にも、ある製作者たちは「政府が直接買い付 けるんじゃないですよ。・・・仲介業者がいて、安い 単価でもよいという人たちの布を買って、手数料を取 って政府に売ります。」「信用できない仲介業者とあま り技術の高くない人々が取引して、彼らの布が政府の エンポリウムへ行きます。・・・政府は安くたたいて くるしイヤな感じだし、私たちは政府の仕事をしたく ありません。」「政府は助けてくれませんよ。彼らはク ラフトを知らない。クオリティを見てはくれません。どんなにいいものを作ってもメートル単価でしか見な い。」と述べている。
これらのことは、手工芸開発の一環であるデザイン 開発の循環システムの中で、無償のボランティアとし て調査に協力する現地の製作者たちにその成果が還元 されないにも関わらず、政府から公平に与えられるべ き収入や知名度にも関わる機会が、一部の製作者たち の中からのみ選ばれ与えられているということに加 え、技術力が正当に評価されないことに対し、特に技 術レベルの比較的高い製作者たちの不満が募っている ことを示す。すなわち、実用布生産を推し進めた結果、
政府機関との結びつきが強い製作者や団体の技術レベ 写真7 アルカリ水生成
写真8 藍建て
ルは全体的に低下し、高い技術を誇りながら、知名度 向上の機会を与えられることの少ない製作者たちは政 府から乖離し、政府に頼らず私営の店舗と契約を増や すなど、自立的な経営方向を模索する傾向にあるとい える。
Ⅳ.結び
文化資源の存続と利用において、手工芸開発やデザ イン開発の果たしてきた役割は大きい。手工芸開発は、
文化資源としての手工芸を保護し、その製作者たちに 職を提供することで、手工芸を国家の重要な収入源と して位置付けてきた。しかし、現在の
SKHT
のカラ ムカリをみてみると、手工芸開発によって手間と時間 のかかる工程は省略あるいは簡易化され、全体の技術 レベルが低下し、一部の受賞経験者の製作品などは別 として、政府直轄店が取り扱うものの多くは、「伝統」として認められる最低限の要素のみを利用した実用品 である。
NIFTのような国家機関と連携してのデザイン開発 は、「政府が文化資源を如何に開発し利用できるか」
が中心となり、製作現場の人々、特に製作者急増以前 からカラムカリに携わっている人々との連携はおざな りになってきたといえる。クラフツ・プロジェクトに おいて学生が製作者と意思の疎通を図ろうとする態度 も希薄になってきており、NGOにもたらされる新し いデザインの情報も製作者には直接入ってこない。こ のような情報を主に必要としているのは、向上心が高 く、比較的成功しているといえる工房の経営責任者た ちであるゆえに、彼らは自分たちの技術を高く評価し てもらうにはどうしたらよいか、高く評価してくれる のは誰かを考え、自分たち自身で高い技術を保った新 しいデザインを模索している。
教育機関と連携して政府が行った手工芸開発の方針 が、その成果の反面、「伝統的」技術の合理化による 低下や捨象を生んでいる一方で、デザイン開発の流れ の中で、その恩恵を直接受けない製作者たちの中から、
高い「伝統的」技術や宗教的デザインを見直す者たち が現れ始めた。デザイン開発の仕組みの中でその恩恵 を直接受けない製作者が、「伝統的」手工芸としてよ り「価値」が認められるものづくりを追求し始めたこ とは興味深い。
今回の調査により、これまでは、デザイン開発の情
報が直接地域の製作者に還元されるといわれてきた が、実際はほとんどが間接的に伝わるということが明 確になった。単に政府とその関係機関同士のみが連携 するのではなく、それを作りだす人々を如何に捉え、
どのように彼らと連携してゆくかは、文化資源開発に おいて、量産するだけでなく、その地域でしか作れな い質の高い手工芸をインド国内外に発信してゆくため にも、今後の重要な課題になるといえる。
Ⅴ.今後の展望
2004年以降の変化は、製作者たちの生活環境やも のづくりに対する考え方に影響を与えてきた。製作者 間の差異化が進み、自己認識や表象も多様になり、自 身の製作品への評価を高めるためにも、カラムカリの
「芸術性」を追求する人々も少なくない。しかし、政 府は彼らをあくまでも「伝統的」手工芸の作り手とし てしか捉えておらず、製作品が公正に評価され、その 評価が製作者に反映されるようなシステムも、現在の ところ整っていない。SKHTの製作者の「名のり」と
SKHT
外部からの「名付け」が一致していないのが現 状である。本調査は、博士論文における「カラムカリの復興と 手工芸開発」の中の、「政府と有資格団体の連携」や「製 作現場への影響」についての記述に関わる部分である。
今回の調査で、製作現場と政府機関間の影響と、そこ から生じている齟齬感が明確になった。この調査結果 をもとに、今後は「政府機関と製作者たちのものづく りに対する意識の違い」についての分析を進めること によって、博士論文における「製作者たちの自己認識 の生成」の部分に、より深く言及してゆけると考える。
[
注]
1.中央政府の染織省が予算を AP
州のチットゥール県の地域開発事業局
(District Rural Development Authority,
以下DRDA)
に おろし、DRDAがこの予算を管理してカラムカリ制作者た ちに貸し出すというものである。このプロジェクトに参加す るには、制作者たちは個人ではなく、経営責任者 (proprietor)を中心とした
10
~20
人程度以上のユニット(=グループ)を形成して
DRDA
に登録する必要があり、登録されたユニ ットに対してDRDA
から50,000Rp(約 125,000
円)が貸与 された。2.木工芸を中心とした手工芸の支援を目的とし、1995
年に任意団体(Voluntary Organization)として、当初約
20
名によ って発足した。NGOとして本格的な活動を始めるのは2008
年
1
月で、中央政府のカーディと村落産業委員会(Khadi &Village Industries Commission)、DC(H)、また AP
州政府の青 年事業部(Youth Service)に登録され、木工芸、カラムカリ、漆工芸を中心に、竹籐工芸、素焼細工、小型青銅細工、ア ップリケなどを対象としてデザイン開発を行い、製品化を 推し進めるようになっている。[Kala Srusti 2006:5-11]。
3.「全国から州単位で公募された職人のうちから選定された熟
練職人と職工のための国家表彰で、表彰者には賞金や賞状 の他に、海外を含めた手工芸祭への招待、年金などの特典 がある(金谷 2007:155)」ナショナル・アワードの他に、手工芸分野では「ナショナル・メリット・サティフィケート」、
「ステイト・アワード」などがある。手工芸分野のみ対象の ナショナル・アワードを、文化・芸術分野の功労者に与え られ、より高い価値を持つアワードへの登竜門と捉えてい る制作者もいる。
4.4
年後期に行われる企業研修で、研修とその企業への就職が ほぼ結びついている。この制度により、学生たちの就職率 は非常に高くなっている。5.基本的に、「伝統的」カラムカリには製作者のサインは入ら
ない。宗教布に自身の名前を入れることへの抵抗感や、信 仰深い者の場合は「神のおかげで描くことができる」と考 えることから、サインを入れるという概念自体、理解しか ねるようなものであった。ただし、有名製作者は、悪質な コピー品を防ぐためにも、早くからサインを入れる場合も あった。6.ハイダラーバード在住 SKHT で生まれ、 KTC
出身の師(settledcaste)から子供の頃よりカラムカリを学び、1992
年にナショナル・アワード、1993年に物理学の
PHD
を取得し、師の 急逝後、同カーストの弟子たちを引き受け育成した。強い 師弟関係から、師の追悼祭を毎年8
月(命日)に行い、そ のための予算を全て自身で賄っている。カラムカリを指導 した弟子の1
人が後に著名なアクリル画家12)
(同カース ト)となったため、現在では自身もアクリル画を描き、招 待される海外でのエグジビションにも「現代カラムカリ(contemporary kalamkari)」として持参している。
7.タミルナードゥ州の州都、チェンナイで運営されているカラ
クシェートラ・ファウンデーション(Kalakshetra Foundation=芸術学校であるカラクシェートラに併設されたカラムカ リ製作所)には、
手描きカラムカリトレーニングコースがあ
り、「1日コース/ 500Rs」
「1カ月コース/ 10,000Rs
(20class)」が選べる。主にカラクシェートラの学生が習いに来る。富 裕層の女子が多く、日本人、アメリカ人、ロシア人など、
筆者が調査する際も常に外国人女性がカラムカリを学んで いた。今回は
7
カ月学んでいるインド人女性にインタビュ ーできた。夏休みに地元のポンディチェリに帰り、古い生 家の一角に自然素材のギャラリー兼ショップをオープンす る予定。そこに自身でデザイン制作したカラムカリ製品も 置く。8.AP
州ネッロール県(チットゥール県隣県)でフランス人夫 妻が運営しているHIV
支援ホスピタルではカラムカリ・ト レーニング施設を併設していて、SKHT在住の製作者姉弟が1
カ月に1
~2
回トレーニングに赴き、村や患者の女性たちを
6
ヵ月~1
年ほどトレーニングしている。「伝統的」 なタ イプは教えておらず、雑貨にするような実用品用のトレー ニングのみ行う。トレーニングを終えると、フランス人夫 妻が仕事を与える。9.1980
年代に政府主催のトレーニングによって、何人かの製作者たちが学んだ。その後
KTC
でも2
~3
度試みたが、生 徒たちが興味を示さなかったためやらなくなってしまった。現在では、インディゴ・ブロックが高くなり、また工程も 複雑なことから、SKHTでは資本力のある大きな
1
工房のみ が行っているのみで、製作者間でも技術開示は積極的に行 われていない。筆者は、現役引退したKTC
の元マスター・クラフツマンから、トレーニングを受けることができた。
10.SKHT
のインディゴ発酵建ての特徴は荒れた土地のアルカリ土と特別な装置を利用した「カーラム(アルカリ)水」
作りや山羊糞の熱を利用した藍液発酵、穀物のような種(タ ガラ・マッティ)の使用などがある。
11.この問題を改善するために、SKHT
からデリーの政府機関へ製作者の代表が数度陳情に訪れているが、今だに是正処 置は取られていない。
12.SKHT
出身でカラムカリを学んだあとハイダラーバードで美術を学び、現在
AP
州のベストアーティスト10
に入る画 家となった。彼の成功が「伝統的」カラムカリの知名度を 上げ、カラムカリ製作者たちに大きな影響を与えた。画集 なども発行されたことから、現在ではそれを模写してアク リル画を勉強するものや、美術学校に通ったり美大生に習 うものまで出てきた。[参照文献]
金谷 美和
2007 『布が作る社会関係 -
インド絞り染め布とムスリム職人の民族誌
-』京都 :
思文閣出版。松村 恵里
2009a 「テンプルクロス制作者集団と制作品に関する調査」
『平成
20
年度プロジェクト研究成果報告書 大学院GP』:115-123。
2009b
「カラムカリの技術習得とその変化における「伝統性」―
南インド、シュリー・カラーハスティの手描き模 様染色布の事例から」『物質文化』87: 2‐3。
2010a 「手工芸開発の役割と影響による、カラムカリ製作
現場における変化―
南インド、シュリー・カラーハ スティの事例から」『平成21
年度プロジェクト研究 成果報告書 大学院GP』:97
-103。
2010b 「「カラムカリ・アーティスト」を名のる女性製作 者の誕生
―
南インド、カラムカリ製作現場における 手工芸開発の影響」『地域研究』10-2: 183-203。(政府関係資料)