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高等学校運動部の教育社会学的考察

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(1)

高等学校運動部の教育社会学的考察

 緒     論

 教育科学第4号においてはクラブ活動の運営の実態を究明して社会学的考察を試みたのであ るが,本研究においてはクラブ活動に参与する指導教官のスポーツに対する態度について考察 を試みるものである。

 日本において戦前戦後を通じて近代ほど入ポーツの隆盛を見た時代はない。スポーツの近代 化によって学校教育におけるクラブ活動についても種々議論されクラブ活動の選手養成化,選 手固定化,機会均等の放棄,クラブの封鎖等学校教育上解決すべき問題が累積している。

 民主的人間関係育成の理念のもとに特別教育活動の一領域として生徒のクラブ活動が戦前の それと異なり,学校教育計画との関連において実施され既に1C年の歳月を経過している今日ク ラブ活動に参与する指導者のスポーツに対する態度の一端を考察しスポーツ教育振興の一助た らしめんとするものである。

 研究の方法

 スポーツに対する態度の調査はスポーツの本質,練習,クラブ運営,選手観等に関連する対 立意見を短丈として7項目を設け一対比較法による賛否及びその理由を問うたのである。

 対象は高等学校30校のクラブ活動に参与している指導者3CC名に対し,昭和33年9月1日よ り11月30日までの期間郵送による質問紙調査法を用い回答者121名を得たのであるが予定者の

%余に止まったことは残念である。       

       一一一一一一一一囑團囲レく祠陰部レ◆一◎i陣一一一一一一一一

 問題は次の通りである。

 学校のスポーツについていろいろと識者から意見がのべられ批判されていますが,貴方は次 の諸点についてどう感じられますか伺いたいと思います。

 1 次の二つの意見は必ずしも反対の意見ではありませんがどちらの意見に賛成されますか 叉その理由を簡単にのべて下さい。

 (a) スポーツは苦しみに耐え辛さをしのんで努力する所に真髄がある。従ってスポーツの 真面目は華やかな競技場裡の勝敗よりも,むしろ苦しい練習に求むべきである。一にも練習  二にも練習これでこそ入ポーツ道に悟入できる。

 (b)本来スポーツは人生の余暇にこれを楽しむものであって,その意味から云ってスポー

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 ツすること自体意義があるので,極度に激しい練習をしいることはさけねばならない。スポ  ーツはあくまでも人間生活を健康にして豊かにするための一つの手段であって,決して人生  の目的たり得るものではない。学業の余暇をさいてやるからこそ学生スポーツの意義があ

 る。

 2 運動部について次の二つの意見があります。貴方の支持する意見と理由をつけて選んで 下さい。

 (a)運動部は同好者の集まりであり,自由意志による選択である。好きなものは入部して  個性を伸ばし,厭になったら退部する。このような存在がクラブである。

 (b)運動部は母校の名誉を背景として伝統をうけついで来た集団である。したがって先輩  の業績を恥かしめないよう部員は結束して協力しなければならない。こ玉では個人の自由よ  りも全体のための奉仕が優先すべきである。

 3 次の二つの意見についてどちらにより多く賛成されますか,叉何故ですか,その理由を のべて下さい。

 (a) 日本の選手の場合は勝利の喜びにせよ祖国への責任というようなヴェールが重苦しく  頭にくっついて廻っていることだ。つまりより多く国民であり,より少く個人なのである。

 本人が個人になりきれないのみでなく,うしろに控えている人々たちも国民としての責任を  要求して個人になりきらせてくれないのである。そこで日本のスポーツ気質も選手を先ず個  入として解放するこどが必要である。

 (b)国を愛し故郷を愛する情と共に,母校を愛し一身の利害を忘れて母校のほまれを願う  心は,人間感情の最も至純なるものの一つである。母校を愛する心は,国を愛する心と相通  ずる。故に試合に出場する選手も母校の名に恥じぬようにやってもらいたいと思う。

 4 次の二つの言葉はスポーツを論ずる場合しばしば云われることですが,貴方はいつれを 支持されますかその理由も簡単にのべて下さい。

 (a) スポーツには勝つことを目標とする技術の追求と,記録の向上に対する熱意と努力が  つきものである。これあるが故にスポーツは個人的にも,社会的にも,教育的にも高く評価  されるのである。勝敗を無視したスポーツはあり得ない。叉勝とうとする意欲をもたない競  学者は,真のスポーツマスとは言い難い。

 (b)スポーツである以上技術の追求と記録の向上を期待することは当然であるが,勝利そ  のものを強く主張すべきではない。スポーツには勝利を超越した面があり,ここにスポーツ  の良さがあり教育的意義がある。 スポーツで重要なことは勝利を得ることよりも態度であ

 る。

 5 外国人のコーチは(a)のように合理的な練習の立場から,日本人学生選手の練習を批 判しています。叉(b)のような考え方もあります。あなたはどちらにより多く賛成されます か又,何故ですかその理由をのべて下さい。

 (a) 日本人は練習しすぎる。日本人の競技法にひそむ理論は練習を充分にすれば勝てると

一76一

(3)

 いうのである。練習量を充分にとるために,一にも練習二にも練習これが日本人の練習性で  ある。今少し合理的な練習をしなければならない。

 (b)達人の域に達した人を見れば理解出来るように,きびしい練習の累積が実を結ぶもの  である。天分のある人でも例外たるを許さない。きびしい練習に耐えて始めて花が咲くので

 ある。

 6 クラブの指導運営について次の二つの意見があります。あなたはどちらの意見を支持さ れますかその理由をのべて下さい。

 (a) クラブの主たる目標は技能を高めることであり,試合に際しては勝者とならなければ  ならない。効果的に能率をあげるためには相談つくで練習するよりも,むしろ鍛練的に,し  かも監督の命令に服従させるような方法がよい。

 (b)クラブは生徒の自主的な活動集団であり,主たる目標は身体の発達社会性の育成であ  る。故にあくまでも民主的にグループワークで進めて行くべきである。試合はそのための手  段にしかすぎない。

 7 スポーツ試合の規模について次の二つの意見があります。貴方はいつれの意見を支持さ れますか又,その理由をあげて下さい。

 (a) 日本の如く祉会的視野の熟せない高校生選手を全国から集めて,選手権大会を行った  として単なるジャーナリズムの企図とスポーツ。プロモーター達の競技心を満足せしむる以  外何の教育的価値をもたらすものでもない。教育の自主性を高く打ち出すために,学・徒スポ  ーツを正常化すべきである。

 (b)過去幾回かの国際オリンピック大会に参加したわが代表選手は,いつれもよくわが国  運動競技の精神とするところを中外に発揚して来た。その動因はわが代表選手の大多数がか  ってのイγターミドル,イγターハ・イ,イγターカレッヂ等学・徒の対外試合を通じて育くま  れたアマチュア精神を堅持しているからである。故に学徒の全国大会選手権大会等は大いに  奨励すべきである。

 結果の考察

 まずスポーツ観の根本をなすものは問1であろう。スポーツは人生の余暇に楽しみとして行 うものであるとしてbを支持するもの72.7%,スポーツは苦業であるとaを支持するもの20」6%

である。スポーツの語源はDesportareまたはDeportareであって娯楽,喜悦,自分を楽し ます,休息する等の意味をもつものであり,その根底を支えているものはPlayであると言う ことが出来る。Playの要素を取り去る時それは最早入ポーッとして存在することが出来ない であろう。

 スポーツを教育に利用する基盤はPlayにある。これを教育の立場から一定の方向において 表現せしめ,人生を豊かにし個人の幸福を獲得させようと意図するものである。人間の活動は これを三つの内的態度に分けることが出来る。第1は,活動が外部からの圧迫や強制によって

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規定される場合であり,第2は活動のほかに興味や満足を求める場合,第3は満足が活動自体 にある場合である。第1はdrudgeryであり,第2はWorkであり,第3はPlayである。

 スポーツは活動自体に目的を有するものであり,楽しみとして行うものであくまでも生徒の 現在及び将来の生活を豊かにするものでなければならない。入ポーツを楽しみとして多数の支 持を得ている三二に結構であるが,精神主義を堅持し苦業であると主張する意見も相当見かけ

られることは,スポーツ教育上注意しなければならない問題であろう。

 スポーツの高度化,組織の拡大化に伴ない高い技術と記録の高水準が必然的に要求され試合 に勝ち得ることが最大の目標となるおそれがあり,学校における入ポーツの民主化,機会均等 等は姿を消さざるを得ない。勝利を第1義的目標とするスポーツは苦業であり鍛練主義,強制 主義,少数精鋭主義となり選手制度の復活としてあらわれて来る。

 aの支持理由として回答者の意見をあげてみると次のようである。

 (イ)苦しみに耐え,粘りと不屈の精神養成に入ポーツの意義を見出す。

 (ロ)勝利の快感があればこそ苦しい練習に耐えるものである。

 (ハ) スポFツの真髄は練=習につぐ練習によって養成されるものである。

等の意見が多数を占め,精神主義を強くあらわしている。これに対してbを支持する意見とし ては

 (イ)学業にいそしむことが,高校生の最大の生命である。

 (ロ)学生スポーツはあくまでも余暇の善用であって,職業入ポーッとは区別されねばなら    ない。

 (ハ) スポーツは勝つことにあらず楽しむものである。

 (二) スポーツは人間生活を健康に豊:かにするものである。

 (ホ) スポーツは苦役となってはならない。

 これらの意識は第2のクラブ活動の本質についても相関するもので,運動部は同好者の集ま りで自由意志による選択であるとaを支持するもの67。8%,全体えの奉仕であるとbを支持す るもの24%である。学校における学級外グループ活動の内,興味によって結びつく集団として クラブ的集団がある。クラブを成立させている要因は必ずしも興味のみではないが,原則的に 見てクラブは興味を等しくするものたちの集団と規定することが出来るであろう。

 学校におけるクラブ活動は,生徒の自発性にもとずき青年の自由な生活力に組織と方向とを 与え,彼等の旺盛なる意欲と精力とに教育的にのぞましい領域を与えることが真の意味でなけ ればならない。クラブから肝腎の主体性を失なわせ全体えの奉仕であるとする立場は,大きな 問題だといわなければならない。

 個人よりも全体えの奉仕であるとする立場においては個人の意志の自由は認められないし,

個人の主体性は著しく薄くなり個人の発展を期待することは出来ないであろう。

 生徒のクラブにおける入ポーツ活動は母校の名誉のために協力することが主体ではなく,個 人の価値自我の完成を追求する所に存在するものでなければならない。ややもするとスポーツ

一78一

(5)

第1表 支持頻数,百分比

項目1頻数i%

2

3

4

5

6

7 a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab

25 88 8 82 29 10 87 28 6 35 82 4

7]一

44 6 21 90 10 35 78 8

20.6 72.7

6.6

67.8 24,0

8,2

7]一.9

23.1

5.0

28。9 67。8

3,3

58.6 36.3

5.O

ユ7.3

74.3

8.2

、28.9

64.4

6.6

人剣 12ユ入

に関してのみ母校の名誉,クラブの伝統と言うヴェールが成員の 上に強くのしかかって個人の価値がうすれてあらぬ方向におもむ かしむる傾向が多いのである。前近代の国家主義スポーツ,全体 主義スポーツいつれも回りである。前近代的集団においては,集 団は個人に先行していたといえよう。近代以前においては個人は 自己の存在と運命とをある一つの集団に結びつけていた。個人は 彼の欲求に従って集団を選択するのでなく,与えられた集団の中 でともかくも彼の欲求を充足させるよりはかなかったのである。

近代的集団においては,個人は集団に先行していると言うことた 出来る。即ち個人は彼の欲求によって自由に集団を選択し,又そ こから自由に脱退することが出来る。したがってその全パーソナ

リティを唯一つの集団のなかに埋没させることはないのである。

人間は自己を限りない分化の過程に投じつつ自己の責任と努力と によって自己の統一を確保するほかはない。即ち,社会的求心性 より社会的遠心乞えの過程でなければならない。

 全体えの奉仕としてめを支持する意見の主なものをあげると次 の通りである。

 bを支持する意見

 (ノf)全体の幸福のため自己をおさえ,全体の統制下に入るこ    とが必要である。

 (ロ) 運動部存在の意義はbでなければならぬ。

 (ハ)勝手に入部したり,退部したりするような運動部は入ポ    ーツの発展に寄与出来ない。

 (二)勝敗をかけて団結する故に人間性を伸ばすことが出来る  (ホ)個人よりも全体のことを考えるべきである。

 (へ)伝統こそが大切で,立派な伝統を作りあげるために全体えの奉仕が優先する。

 (ト)入部したら先輩の業蹟を恥かしめないよう身につけねばならない。退部はあり得な    い。

 (チ)現状では個人の自由が認められすぎている。故にbを支持する。自由意志ではまとま    つた練習が出来ない。

 (リ) 自由に退部出来るような態度は絶対反対である。

 以上のような支持意見をあげているが個人の価値,人間性の尊重を基調とする近代のクラブ 活動とは凡そ縁遠い思想であると言わなければならない。集団のためにのみ個人があるのでは なく,集団は個によって作られ,個は集団によって発展するもので,集団は個人に優先すると 言う立場は認むることの出来ないものである。

(6)

 aを支持する意見としては

 (イ)母校の名誉や伝統の名の下に強いる事は個人えの迫害である。

 (ロ)全体主義思想は排撃されねばならない。

 (ハ)個人の自由を束縛することは本来のスポーツ精神に反する。

 (二)個人の自由意志は尊重されねばならない。

 同様に問3においては個人として開放すべしとaを支持するもの71.9%,母校の代表である とbを支持するもの23.1%を得ているが,やはり全体えの奉仕であり全体の代表であると言う 全体優先の思想はここにも亦その片鱗を残していると言うことが出来る。

 個人を解放すべしとaの立場を支持する主な意見をあげて見ると次の如くである。

 aを支持する意見

 (イ)選手には精神的圧迫を加えてはならない。

 (ロ)誤った母校愛はスポーツ精神に反する。

 (ハ)個性の完成以外にスポーツの目的はない。

 (二)個人として解放しても,母校の名を恥かしめることはない。

 (ホ) 入ポーツでは愛校心とか名誉を第1義的に考えてはならない。

 b・を支持する意見として

 (イ)背後の力づけが精進を増加させる。

 (ロ)母校の代表として責任を負わせることが選手の自粛を促す。

 (ハ)母校愛,祖国愛と言う高い理想より活動することが望ましい。

 (二)母校愛とのつながりで練習することが団結しやすい。

 (ホ)全体の中の一人であると言うことを体験するためには, クラブ活動はよい場所であ    る。

 (へ)生徒の感激性,情熱の発散として精神的裏付けは母校愛である。

 (ト)母校愛は勝利を得る手段として奨励すべきである。

 民主的生活態度を育成するクラブ活動において,選手は全体えの奉仕であるとし母校愛伝統 の名の下に個人の解放,個人の尊重を否定する立場は不ポーツは勝つことを目標とする技術の 追求と記録の向上とを強く主張することになる。問4においてスポーツは勝つことを目標とす る技術の追求と記録の向上であるとしてaを支持するもの28.9%,スポーツは態度こそ価値が あるとbに賛意を表すもの67.8%である。スポーツである以上,技術の追求と記録の向上を期 待することは,当然なことであるが勝敗を強く意識せしむる指導は,教育入ポーツにおいては 奨励すべきものではないと考える。

 企業的スポーツは勝つことのみがその生命であり,技術も記録も勝利を目標とする練習でな ければならない。教育スポーツは勝つことを目標とするものでなく,あくまでも人間性を培う ものでこのためにスポーツのもつ技術,競争形成,人間関係を教育原理にもとずいて,価値化 するものである。特に自我意識強く社会的自我の欠げている高等学校時代においては,勝利を

一一 W0一一

(7)

目ざすことよりもむしろ入ポーツする態度を重視しその教育効果を高めるよう配慮すべきであ

ろう。

 ここにa及びb支持の意見をあげてみるとaを支持する意見の主なもの  (イ)勝敗を離れては7・ポーツは考えられない。

(ロ)勝利は技術記録の向上に対する熱意と努力による。

 (ハ)勝利えの意欲をもやしてこそはげみがでる。

 (二)人間の斗争心を利用した人間完成の方途である。

 (ホ)勝つべく努力しなければならない。理想におぼれてはだめである。

 bを支持する意見の主なもの

 (イ)勝敗は第2で第1はその態度である。

 (ロ) スポーツは楽しむものである。

 (ハ)勝敗を重視すれば弊害を伴う。

 (二)学生入ポーツの目的は心身の育成にある。

 (ホ)勝敗を超越した面にスポーツの価値がある。

 (へ)敗れても亦賞讃さるべきである。

 クラブ活動が全体えの奉仕的立場に立ち勝つことを目標とする技術の追求であれば,その練 習態度は所謂鍛練主義,強化主義となりスポーツの機会均等は否認され閉鎖的クラブ活動えと 進みもはや特別教育活動(クラブ活動)の理念自体根底からくつがえされることになる。

 問5の練習に関する意見としてaの合理的練習を支持するもの71%bの猛練習鍛錬的練習を よしとするもの44%で入ポーツ活動において猛練習主義が如何に厚い支持層をもっているかが 伺えるのである。

 入ポーツは楽しみであり生活のバランスをこれによって培うものでなけれならない。仕事と 余暇,勉学とスポーツ等個人の幸福を念ずるスポーツ活動は調和性あるものでなければならな い。教育スポーツは個人が科学的思考によってスポーツする態度を助成すべきものであり,所 謂合理的なスポーツ活動をなすことに教育的価値を見出すべきであろう。

 aを支持する意見の主なもの

 (イ)学問と入ポーツの両立を考えねばならない。

 (ロ)学生スポーツはプロスポーツではない。

 (ハ) 科学的研究が必要だから  (二)素質を無視しては害がある。

 (ホ) 学生スポーツはあくまで余力の活用である。

 bを支持する意見の主なもの

 (/で) 高校生時代は練習量が大切である。

 (ロ) スポーツに熱申することは学生にとって必要である。

 (ハ)有効な練習量の限界はむずかしい。

(8)

 (二)高校生にはハードトレーニソグー点ばりにかぎる。

 (ホ)勝つためには徹底した練習でなければならない。

 (へ)体力の限界に近い練習量が加わらねば効果はあがらない。

 (ト) 技術記録ともに最も進歩する時期である。

 次にクラブの指導運営に関する意見はどうであろうか服従の方法をよしとするaを支持する もの17.3%,民主的運営に賛意を表すもの74.3%である。叉abの折衷をよしとするものは8.

2%である。問6については解答者の意識に分離があらわれ民主的運営を支持する意見が他に 比して強く表明されていることは妥当な所である。しかしこ玉においても従来の命令一服従の 形式を尊ぶ専制的或は父権的意見が見られることは,クラブ指導の貧困さを物語るものであ る。個性の尊重はすでに教育上の原理となっている。デモクラシーは個人の人格的価値を信ず ることを原則となすが故に,集団のために個人があると言う思想は排除されなければならな い。クラブの運営,指導型態が命令一服従の形式であったり,教師の独断によってなされた り,リーダーの専制が認められる等斯様な人問関係はクラブ活動において是認さるべきもので はない。クラブ活動はもともと民主的機構として発足したものであり,クラブの意志は集団の 自己決定の原理によってなされ,クラブの協同的な行為に対してはクラブの成員が責任を分担 し,あくまでも民主的グループワークをもって進めて行くべきである。

 aの命令服従の形式を支持する意見として  (ノf)効果をあげるに好都合で根本的に賛成。

 (ロ) 自主的では向上しない。スペルタ式に頼るがよい。

 (ハ)現代の生徒はbではなまぬるい。

 (二)選手も修養の身であるからスパルタ式も必要である。

 (ホ)勝つことを目標として努力するには命令的がよい。

 bの民主的立場を支持する意見として  (イ) 命令服従は前世紀的である。

 (ロ) 生徒の自主的活動がのぞましい。

 (ハ)三会的訓練は民主的でなければならない。

 (二)教育的効果を期待するために。

 (ホ) 自主的に問題を処理せしめたい。

 最後に大規模に企画された対外試合について考えてみると大会に批判的であるもの28.9%b を支持するもの64.4%で条件づき6。6%である。大規模の全国大会選手権大会を支持する意見 が高く表われていることも現代社会状勢よりみて妥当な意見であるが教育上反省する余地のあ

ることも忘れてならない問題点である。スポーツの国際水準への向上或はスポーツ外交いつれ も意義あることであるが,しかし学徒入ポーツ,教育スポーソにのみこれを期待することはス ポーツ行政上好ましいことではない。教育スポーツは最大多数の最大幸福に貢献するものであ り,クラブ活動は正にこのための存在であり,一部選手のための存在として放置されてはなら

一82一

(9)

ない。

第2,3表はクラブ活動の経費調査,試合出場の回数調査であるが如何に多額の経費を支出 して一部選手のためにクラブ活動が実施されているか伺い知ることが出来る。

第2表 クラブ活動一人当り経費調査(32年度)

A  校 B  校 C  校 D  校 E  校 F  校 G  校

生徒一入当

校友会費

1,500円 1β64 1,228 1,700

工,136

1,300 800

一人当り 運動部費

346円 469 387 478 512 451 420

一八当り 運動選手 派遣費

ユ75円 267 326 336 148

(不明)

140

一人当り 文化部費

182円 361

ユ72

195 219 297

]一50

運動部員対生徒総数

17.3%

24.9 29.0 30.0 24.2 23.7

!9.6

12.9%

20.5

⊥3.0

15.2

⊥3.0

12.7

11.0

第3表 試合出場回数調査(32年度)

A 校 B 校 C 校 D 校 E 校 F 校 G 校

陸  上 男  女

6 6 5 6 2

2 3 4 4 6

0 6 6 3 8 4 3 Q

9 7 3 7 5 6 Q

ラビ グ1

8 0 0 4 0 5 4

卓  i球 男  女

5 6

5 6

0 5 6

6 6

Q

庭  球 男  女

0 4 3 6 6 4 0

0 4 3 6 1 4 0

ノく レ  ρ一

男  女 6 6 5 7 3 5 4

6 6 5 5 3 4 6

体  操

・勇  女 3 0 0 0 1 2 0

=L

0 2 2 0

       試合は公式試合及び各種団体主催試合で練習試合対校試合は含まない。

 以上各項について考察したのであるが,これを年令層によってながめて見ると,第4表の通 りである。即ち本来スポーツは人生の余暇にこれを楽しむものであるとしてbを支持するもの 20才台で69.5%,30才台で70.2%,40才半で,73.6%で年令の進むにしたがってスポーツを正 しく認識しているようであり,これに対してスポーツは苦しみに耐え努力する所にその真髄が あるとしてaに賛意を表すもの20才台で23。9%,30一台で21.6%,40才台で15.7%で20才台に おいて最も強くaを支持する意見が表明されている。故にクラブ活動に対する意見について も,自由意志によるものとする意見は20才台で60.8%,30才台で73%,40才台で76.3%を示 し,クラブ活動は全体えの奉仕であると主張するb支持の意見も叉20才台に著しくあらわれて いる。クラブにおける運動選手が全体えの奉仕であるとする思想は選手を個人として解放する ことよりもむしろ母校愛クラブの伝統保持のための代表とする考え方が濃厚となり,問3にお

(10)

ける個人解放を意識するもの20才台で65.2%,30才台で81%,40才台で71%を示し,20才台で 全体の代表であると主張する意見が各年令層を通じて最も多く支持されている。

第4表    年令別頻数,百分比      このことは技術の高度化猛一

1

2

3

4

5

6

7 a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab a b ab

20才一29才

頻数i%

⊥1

32 3 28 16 2 30 13 3

].7

29

21 23 2 8 35 3

ユ5

29 2

23.9 69.5

60.8 34.7

65.2 28.2

37.0 63.0

45.6 50.0

17.4 76.0

32.6 63.0

30才一39才

頻剰%

8 28

ユ.

25 9 3 30 6 1 8 27 2 28 9

6 28 3 9 26 2

21.6 75.6

73.0 24.3

81.O 16.2

21.6 73

75.6 24.3

16.2 75.6

24.3 70.0

40才以上

頻数1%

6 28 4 29 4 5 27 9 2

ユ0

26 2 22 12 4 7 27 4 11 23 4

]一5.7

73.6

76.3 10.5

7工 23.6

26.3 64.8

57.9 31.5

18.4 71

28.9 60.0

人剥 46人 3フ人 38人

=習となることは明白で勝つこと を目標とする技術の高度化aを 支持する意見37%,合理的練習 よりも経験的猛練習を主張する もの実に50%で他の年令層に比 し格段の相違を示している。

 クラブ活動の指導運営に対す る意見としては命令服従の形式 よりも民主的運営を支持すると する意見が各項に比し強くあら われていることは奇異の感もす るが,丸瓦的には民主主i義的思 考を有し乍らもスポ・一ツの現実 的問題については経験を主体と した古いスポーツへの態度をも ってのぞんでいると言うことが 出来よう。叉戦後のスポーツの 急速なる進歩に対する入ポーツ 理論,新入ポーツ観の貧困であ るとも言うことが出来るであろ

う。

 要  約

 以上クラブ活動における参与 者の入ポーツに対する態度を検 討したのであるが,凡そ二つの 立場に立ってこれを要約することができる。

 即ちスポーツはその本質として余暇えの楽しみであり,人間生活を豊かにする教育であると する立場は,クラブ活動は生徒の自由意志による選択であるとする。故にクラブにおける選手 に対しては個人の解放を尊重し入ポーツの練習に関しては合理的科学的練習をたてまえとする のである。叉クラブの指導運営については民主的グループワークを主体としてあくまでも相 談,理解の自己決定の原理を重視し,対外試合には教育的自粛を期待していると言うことが出 来る。この民主的立場を主張する層に厚みがあることは当然であるが,スポーツは苦しみに耐

一84_

(11)

え辛さに打勝って勝利えの精進をすることにその真髄があると言う前近代的支持層のあること も入ポーツ教育上見逃すことの出来ない事実である。

 即ちクラブにおいては個人の自由,個人の尊重よりも全体えの奉仕を謳歌し選手は母校の代 表であると言う全体的威圧感をもってのぞみそのためには勝つことを目標とする技術の追求と なり練習は必然的に過鍛錬,猛練=習に陥って来る。叉クラブ運営に対しては集団の自己決定の 原理を否認し命令服従の独断的父権的パターγを採用するのである。

社会学の基本問題 教育社会学 体育学原論

スポ門ツの社会学 スポーツの:本質とその教え 体育の科学 第3巻 第3号 体育の科学 第5巻 第10号

  参 考 文献

福武  直著

海後宗臣著 前川峯雄著 加藤橘夫著

一ル・デrム著

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