付加価値税制と憲法問題 : 中小企業特例及び前段 階税額控除をめぐる西ドイツ売上税法の議論を素材 として
著者 三木 義一
雑誌名 靜岡大学法経研究
巻 39
号 1
ページ 37‑75
発行年 1990‑04‑30
出版者 静岡大学法経学会
URL http://doi.org/10.14945/00008652
付 加 価 値 税 制 と 憲 法 問 題
︱
︱ 中 小 企 業 特 例 及び 前 段 階 税 額 控 除 を め ぐ る 西
ド イ
ツ売 上 税 法 の議 論 を 素 材 と し て︱
︱
目 次 は じ め に 第 一章 中 小 企 業 特 例 を め ぐ る憲 法 問 題
︱︱
﹁税
﹂ と いう 名 の補 助 金 第 二章 非 課税 取 引と 前段 階税 額 控除 の権 利 排除 をめ るぐ 憲法 問 題 一︑ 権 利排 除 によ り生 じ る矛 盾
︱︱ 隠 れ た付 加 価値 税 と累 積効 果 二︑ 権 利 排除 の正 当化 理由 三︑ 権利 排 除 の合 憲 性 お わ り に 付加
価値 税制 と憲 法問 題
三 七
法 経研 究 二九 巻 一号
︵一 九 九
〇 年
︶ は じ め に 消費税が導入されてから︑我が国においても同税をめぐる法律問題の研究が進められつつあるた︑なお基本的な問題が
いくつか残されている︒その一つが︑中小企業特例によって生みだされている︑いわゆる﹁税という名の補助金﹂の問題 である︒また︑自民党の消費税見直し案により非課税対象が拡大されたが︑この﹁非課税﹂措置の場合には前段階税額控 除の権利が排除されてしまうことの合理性・合憲性も検討されねばならない問題である︒これらの問題は付加価値税制を すでに長期間実施している西ドイツにおいてもなお議論されており︑本稿では右の課題を西ドイツでの議論を素材に検討 してみたい︒ なお︑本稿では立ち入って検討できないが︑間接税制におけるより根本的な検討課題として消費者の法的地位の問題が あるように思われる︒伝統的な理解によれば︑消費税等の間接税の納税義務者はあくまで業者であり︑業者が消費者へ転 嫁する負担は﹁価格の一部﹂にすぎないことになり︑消費者が負担したものを﹁税﹂としてその法律問題を検討すること はできないことになる︒例えば︑ 一消費者が起した消費税不当利得返還訴訟︵大阪地裁平成元年六月一一八日︑本稿執筆時点で は判例集未掲載︶で国側は﹁消費税法第五条は︑消費税の納税義務者を︑事業所及び外国貨物を保税地域から引き取る者 と規定しているから︑消費税の納税義務者が事業所であることは明白であって︑事業所と消費者その他の売買契約等の取 引の相手方︵消費者等︶との法律関係は︑当該取引者間の関係であり︑消費者等が事業者に支払う消費税相当額は︑物品 やサービスのコストとともにその対価の一部に含まれるものなのである﹂と述べている︒ しかし︑このように解すると︑消費者にとっては消費税と業者に対する直接税である事業税との差が全くなくなり︑
﹁転嫁を予定している﹂といわれる消費税の問題が業者サイドからしか検討できないことになる︒確かに︑間接税法は転
嫁を 強制 でき ず
︑ そ の可 能性 を
認め
てい るだ け であ るが 現︑ 実 に転 嫁
され
た場 合 消の 費 者 の負 担 やは は り
﹂﹁税 と し ての 法的 評 価 を基 本的 にう け
るも
のと 解 し てお き た
い︒
本 稿 の以 下 の検 討 はか か る理 解 を 前 提と し て いる こと 留に 意 いた だ き た
い︒
︵ 注 1
︶ 例 え ば 水︑ 野 忠 恒
﹃消 費 税 の制 度 と 理論
﹄
︵弘 文 堂
︶な ど の研 究 が 示 され て いる
︒ ま た 私 自 身 も
﹁消 費 税 の法 的 問題 点
﹂ 法 律 時 報 六
〇 巻 一〇 号 及 び
﹁﹃ 見 直 し
﹄ か
﹃廃 止
﹄ か
﹂ 法 学 セミ ナー 一九 九
〇 年 月一 号 で基 本 的 な 問 題 点 に言 及 し た こと が あ る
︒
︵2
︶ 例 えば 消︑ 費 税 の よ う な法 的 構 成 を し た 場 合 と 特︑ 別 地 方 消費 税 のよ う 消に 費 者 を 納 税 義 務 者 と し た う え 地︵ 税 一 一 一条
︶ で 業 者 特に 別 徴 収 義 務 を 課 し た
︵地 税 一 一九 条
︶場 合 と で消 費 者 の法 的 位 置 が 根 本 的 に 異 な る と いえ る だ ろ う か
︒ こ の 点 は 別 の機 会 に検 討 し た い︒
︵3
︶ 消 費 税 を め ぐ る訴 訟 で の国 側 の主 張 常は にそ う であ る
︒ も う 一つ の消 費 税 訴 訟 あで る サ ラ リ ー マン 新 党 が 起 し た 訴 訟 に お い て も
︑ 簡 易 課 税 等 によ る ピ ン ハネ に つい て の原 告 側 の批 判 対に し
︑ つぎ のよ う に反 論 し て い る
︒
﹁事 業 者 が 取 引 相の 手 方 か ら 収 受 す る消 費 税 相 当 額 は あ︑ く ま でも 当 該 取 引 にお い て提 供 す る物 品 や 役 務 対の 価 の 一部 であ る
︒ こ の理 は
︑ 免 税 事 業 者 や 簡 易 課 税 制 度 の適 用 を 受 け る事 業 者 に つい ても 同 様 であ り 結︑ 的果 に これ ら の事 業 者 が 取 引 の相 手 方 か 収ら 受 し た 消 費 税 相 当 額 の 一部 が 手 元 に残 る こと にな てっ も
︑ それ 取は 引 の対 価 であ る と の性 格 が変 わ る わ け では な く
︑ し た が てっ 税︑ の徴 収 の 一過 程 に お い て 税 額 の 一部 を 横 取 りす る こと にな らな い︒
﹂
︵平 成 元 年 六 月 一一六 日 答 弁 書
︶ ま た 北︑ 野 弘久
﹃消 費 税 は エス カ ーレ すト る﹄ も 消 費 税 訴 訟 に関 し て つぎ のよ う な 指 摘 を さ れ て い る
﹁消︒ 費 税 相 当分 は 法︑ 律 的 には 物 の値 段
︵プ イラ ス︶ の 一部 にす ぎ ま せ んし
⁝⁝ さら 本に 当 の納 税 者 であ る 消 費 者
︵担 税 者
︶ に は
︑ 法 律 的 に は 納 税 者 の 地 位 はな く
︑ 取 引 者 な いし 消は 費 者 と し て の地 位 し かな い﹂
︵五
〇頁
︶ ︒
︵4
︶ こ 点の はす で に
︑ 三木
﹁酒税 の転 嫁 と 酒 類 販 売 免 許 制
﹂静 岡 大学 法 経 研 究 三五 巻 三
・四 号 二 五 一頁 以 下
︵特 に 二 六 五 頁 以 下
︶ で論 じ た こと が あ る
︒ 間 接税 法 に お け 転る 嫁 は
﹁可 能 性
﹂と し て存 在 し て いる にす ぎ ず 転︑ 嫁 を 強制 し て い る も の で は な い と い 付加価値税制と憲法問題
二 九
法経 研究 三九 巻 一号
︵一 九 九
〇年
︶ 四
〇 え よう な︒ お 西 ド イ ツ でも 同 様 に解 さ れ て いる 性く
・﹄ 9﹃ の一8
・∪ き Rく
﹃げ 口o
︐ 0一 o﹂キ P
・鴫∽ な お 間︑ 接 税 にお け る 転﹁ 嫁
﹂ 及 び 予﹁ 定 さ れ て るい
﹂と うい こと 法の 的 意 味 再も 検 討 を 要 す る 課 題 よの う に 思 わ れ る
︒ 後 者 に つい て︑ 新 井 隆 一
﹁消 費 税 の法 的 検 討
﹂
︵税 研 一九 八 八年 九 月 号
︶ は 直︑ 接 税 と間 接 税 区の 別 に つき
﹁︑ 実 定 税 法 が 転 嫁 を 予 定 し てい るか ど う か
︑ でも な く て︑ 実 定税 法 上 転︑ 嫁 され る法 律 上 のし く み が現 実 に設 定 さ れ て いる か ど う か
﹂ が 基 準 であ る と し
︑ イ ボン イ スの 発 行 と交 付 の義 務 づ け を欠 き 転︑ 嫁 され る法 律 上 のし く み を用 意 し て いな い消 費 税 法 の
﹁間 接 税
﹂ と し て の 性 格 に 疑 間 を提 起 し て いる
︵二 七 頁 等
︶︒ ま た
︑ 前者 の転 嫁 の経 済 的 意 義 に つい ては
︑ 新飯 田宏
﹁消 費 税 と 物 価
﹂ 税 務 弘 報 三 七 巻 六 号 六 頁 以 下等 を 参照
︒
第 章一
中 小 企 業 特 例 を め ぐ る 憲 法 問 題
︱︱
﹁税﹂ と いう 名 の補 助 金 消費
税が 導 入さ れ てか 様ら 々な 問 題点 が 明ら か にさ れ てき てい がる 中︑ 小企 業 特例 によ る矛 盾 は深 刻 な憲 法 題問 を投 げ かけ てい るよ う 思に われ
る︒
また
︑ 政府 側 適は 正な 転嫁 の重 要性 を指 摘し 消︑ 費 者 が消 費 税 の負 担者 であ る こと を 強 調し て るい が
︑ この 特例 よに てっ そ の根 拠 失が われ
︑ これ が消 費 税法 の致 命的 欠陥 の 一つ であ る こと が 一層 明ら か にな り つつ あ
る︒
と うい
のは
消︑ 費 者 が 費﹁消 税
﹂分 と 思 い込 ん で負 担 し た金 額 のか な り の部 分
が︑
実 際 消は 費 税 と し ては 納付 さ れ ず
︑
業者
の
﹁利益
﹂ とな てっ いる か ら あで
る︒
す でに 多 く の指 摘 が あ る ので
︑ ここ
では
具 体 例 省は 略 す るが 消︑ 費 者 業は 者 ヘ の補 助 金
︵第二 者 の負 担 によ る補 助
︶を 負担 さ せら れ てい る ので あ
る︒
確 か
に︑
税 の滅 免 によ る
﹁隠 れた 補 助 金﹂ と いう のは よ く用 いら れ る手 段 であ
る︒
し か
し︑
通常 の
﹁隠 れた 補助 金
﹂ は
課税権者と納税義務者との関係のみにおいて生じる問題である︒つまり︑国等の課税権者は自己が本来取得するはずの税 金を免除し︑実質的に当該納税義務者を補助するので︑ここには第二者は登場しない︒しかし︑消費税法における簡易課 税制度︵消費税法一一一七条︶及び限界税額控除︵消費税法四〇条︶は︑業者に税率分の消費税を消費者から﹁預らせ﹂ておきな がら︑それを業者が納付するときに﹁減免﹂し︑消費者から税金として﹁預った﹂金額との差額を業者の﹁利益﹂として 与えるものである︒ 一見︑課税権者が補助を与えているように見えるが︑実質は私人︵消費者︶から私人︵業者︶への補 助を﹁税﹂という名を用いて行っていることになる︒ なおヽ簡易課税制度というのは︑本来その名の通り︑税額計算を簡便にするための制度であって︑けっして﹁減免﹂措 置ではないことにも留意しなければならない︒従って︑本来の税額計算と著しく異なる結果が出て︑それが業者の利益と なるような規定のしかたはそもそも誤っているのである︒これは︑簡易課税制度を支える﹁みなし仕入率﹂がきわめて杜 撰なものであることからきている︒ その意味で︑我が国の簡易課税制度とよく比較される西ドイツ売上税法の平均率課税制度はこのような不合理を生みだ していないことが注目されねばならない︒同制度は前年の売上額が一〇万マルク︵約七〜八〇〇万円︶を越えない業者︵全事業者の一%程度といわれている︶にしか適用されず︑しかも法律上本則計算の場合と実質的に異なる税額が生じて はならないことが要求されており︵売上税法ニニ条二項
︶ ︑ それを実行するために施行令において五八の業種についての控 除しうる前段階税額の平均率を定めているからである︵売上税法施行令六九条︑七〇条及び付表
︶ ︒ しかし︑西ドイツ売上税法においても消費者負担による業者への補助金になってしまうものがあった︒小規模業者に対 する特別税額控除制度︵売上税法一九条一一一項︶と農林業に対する平均率課税制度翁π上税法一一四条︑一一四a条︶がそうである︒ これらの制度に関していかなる問題点が指摘されてきたのかを簡単に紹介しておきたい︒
四 一 付 加 価 値 税 制 と 憲 法 問 題