英語科におけるコミュニケーション能力の評価基準について
紘受
*珊 邦12
日明 長脳
澤痢 qCriteria for Evaluating Communicative Competence in English
Kunihiro NAGAsAwA
(Received October 12,1994)
Abstract
The revision of the Education Ministry s Course of Study in 1989 has introduced a
new evaluation system(kantenbetsu hyokのvvhere communicative competence in English is evaluated from four points of view:(a)attitude to communication,(b)productive competence,(c)comprehensive competence, and (d)knowledge/understanding of
language and culture. Tbis article discusses the relations of Canale,s(1983)frameworkof communicative competence to these four view−points and pfoposes criteria for evaluatillg communicative competence in junior high schooL It is hoped that better
understanding of the evaluation criteria leads practising teachers to reflect on theirclassroom method for teaching communicative competence.
は じ め に
平成元年の学習指導要領の改訂にともなって生徒指導要録に「観点別評価」が導入され,英語科に おける評価は「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」「表現の能力」「理解の能力」「言語や文 化についての知識・理解」の4つの観点からおこなわれることになった。この4つの観点は近年英語 教育界で研究が進められている「コミュニケーション能力」(communicative competence)の内容とほ ぼ一致している。改訂学習指導要領の基本的理念,あるいは観点別評価を支える視点は過去30年に おけるコミュニケーション能力の研究とその関連分野の研究成果に多くを依存している。例えば「コ ミュニケーションへの関心・意欲・態度」の導入は,その情意的側面を強調している点では「人間 中心の英語教育」(Humanistic Approach)の影響を強く受けているし,「積極的にコミュニケーション
*茨城大学教育学部英語教育講座(〒310茨城県水戸市文京2丁目1−1;
ulty of Education, Ibaraki University, Mito, Ibaraki 310 Japan).
English Language Teaching, Fac一
をはかる態度」の重視はコミュニケーション方略の研究と関連がある。強くスキル面の評価にかか わると考えられる「表現の能力」も,従来のような文レベルでの構文力だけではなく,談話(discourse)
レベルの構成力をも測ろうとしている。またその際その表現が文法的に正確であるかどうかより も,それによってコミュニケーションが達成されたかどうかが重視されるようになった。これらも,
広くCommunicative Language Teachingと呼ばれる教授法の研究の中で強調されてきたことである。
「観点別学習状況」の評価という考えはこのような背景の中で導入されたものであり,それを十全に 遂行するためには各観点の意図するところを十分に把握しておく必要がある。ところが,一般の理 解はきわめて浅く,観点の意味についての誤解すら生じている。本論の目的は,観点別評価の枠組 みとコミュニケーション能力の枠組みの関係を明らかにし,その上で観点別評価のための具体的な 評価基準を提案することにある。
第1節では,改訂された学習指導要領がどのような意味でコミュニケーション能力の研究の影響を 受けているかを,学習指導要領の解説文書をもとに明らかにする。第2節では,観点別評価の各観点 の意味と,評価をおこなう上で留意しなければならない原則的考えについて説明する。第3節では,
これらの検討の上に立って観点別評価のための評価基準が提示される。
1 コミュニケーション能力と観点別評価の枠組み 1.1 コミュニケーション能力の定義
Canale(1983)のコミュニケーション能力に関する理論的な枠組みは,この能力を構成する要素間 の関係の説明に多少不明確な点を残すとはいいながらも,やはり,現時点ではこの概念を理解する 上でもっとも有用な枠組みといえる。カナルによれば,コミュニケーション能力(communicative competence)は文法的能力(grammatical competence),社会言語的能力(sociolinguistic competence),
談話的能力(discourse competence),方略的能力(strategic competence)の4つの要素から成るとされ る。文法的能力とは,発音,語彙,文などの言語項目を正しく理解したり生成したりできる能力を いう。社会言語的能力とは,与えられたコミュニケーション場面にふさわしい言語を産出したり,ま たそのような場面の言語を理解する能力である。談話的能力とは,ふつう数個の文あるいは発話か らなる談話の意味を理解したり,産出したりする能力である。方略的能力は,言語を効果的に使用 するために使われる方略に関するもの(例:声を高めて強調する)と,表現力不足を補充するため に使われる方略に関するものの2つに分けられる。「方略的能力」とは特別のことわりがない限り,本 論では後者の意味で用いる。生徒指導要録におけるいわゆる観点別評価の観点はこのコミュニケー
ション能力の諸要素と密接に関係していると思われる。
例えば「表現の能力」を評価する場合,そこにはさまざまな能力が含まれてくる。単一の文を文法
的に正しく書けるかどうかというのは文法的能力に関わる問題であり,相手との談話の中である一
定のコミュニケーション課題を遂行できるというのは談話的能力にかかわる問題である。また,そ
の場合,表現の文法的正確さを無視して,コミュニケーションがどの程度達成されたかを評価する
とすれば,表現の文法的正確さのほかにコミュニケーション達成度を評価する基準を設けなければ
ならないことになる。このように,「表現の能力」ひとつをとっても,複数の評価基準を設けなけれ
ばならないというのが観点別評価の考えなのである。また「言語や文化についての知識・理解」で は,英語文化における価値観やものの考え方に関する知識が言語表現にどのように影響するかが問 題になる。たとえば,英語圏では親しくない間柄で個人的な質問をすることは社会的に不適切な行 為と見なされる。また,相手に感謝するときは「すみません」ではなく Thank you. であり,「た いしたものではありません」と言いたいときでも 1 hope you like it. と言うのがより英語的発想で ある。このようなことはすべてその社会・文化の中でことばを使う能力,つまり社会言語的能力に かかわることである。「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」では,言いたいことが自分の言 語能力を越えていると思われる場合でも,何らかの方略を使ってコミュニケーションを達成させる ことが奨励される。言いたいことの全部は言えないので,その一部だけを言うとか,言いたいこと そのままではないが,それに近いことを言う,あるいは,ことばではなくジェスチャーなどで表現 するというような方略を使用するのである。このように,「意欲・態度」の育成は方略的能力の開発 と密接にかかわってくるのである。
それではまず,改訂された学習指導要領あるいはその解説文書がコミュニケーション能力をどのよ うに規定しているかを見ていくことにする。
1.2学習指導要領に見られるコミュニケーション能力の考え
新学習指導要領が,近年の西欧におけるコミュニケーション能力の研究の上に立って書かれたもの であることは前述した通りである。カナルが規定したコミュニケーション能力の意味は必ずしも学 習指導要領の中に明示されているわけではないが,その解説書としての和田・羽鳥(1989)や文部 省(1992)の中にはっきりと読み取れる。カナルのコミュニケーション能力の枠組みと改訂学習指 導要領におけるコミュニケーション能力のとらえ方については長澤(1993)でくわしく論じたので,
ここではその要点だけを再述することにする。
まず,文部省(1992:3)の次の記述は社会言語的能力あるいは談話的能力について述べたものと 思われる。
コミュニケーション能力は,必要な時に,適切な表現を使って,自分の考えなどを相手に伝えること ができるかどうか,また,相手の伝達したい意向などを的確に理解できるかどうかである。特に,発話 や文がその場面にふさわしいかどうか,外国の人々の生活文化の上からも適切なものであるかどうかの 判断がコミュニケーションには大切である。
「その場面にふさわしくない」ということが目上の人に対するぞんざいな言い方とかプライヴェート に過ぎる質問のことをいっているのであれば,それは社会言語的能力が欠けていることの証左であ
る。一方,それが What・did・the・rain・do? という質問に対して The crops were destroyed by the rain.
(Widdowson 1978:2)と答えた場合の不適切さのことをいっているのであれば,それは談話的能力 が欠けているという問題である。
談話的能力については学習指導要領の第1年「言語活動」の部分に「あいさつ,質問,指示,依頼 などに適切に応答する」「数個の文の内容を聞き取る」という記述があるほか,文部省(1992:15)
に次のようにある。
コミュニケーションの単位は文ではなく,ひとまとまりの発話であり対話である。文というのは言語 形式からみた単位で,実際に生きて使われるのは発話(utterance)である。発話を核にした英語学習がコ
ミュニケーション能力育成の基本となる。
また同文書(pp.2−3)は,コミュニケーションに大切なことは「相手の意向などを,場面や文脈か ら適切に理解できるようにすること」「適切な場面や文脈の中で英語を聞かせたり,読ませたりする ことにより,それまで知らなかった語句などが類推により理解できるような力を養うこと」「対話を 続ける方法」や「討論の仕方を身に付けること」であると述べている。これは表現の能力や理解の 能力を考える場合,従来の文単位の表現・理解の能力以外に,談話に関する能力という新しい尺度 を導入するということを意味している。
方略的能力に関しては,和田・羽鳥(1989:11)が「話すことが最も苦手であるという生徒」や語 彙が不足している生徒のために「言葉以外のものでも活用する,nonverbal・communicationの手段も必 要な時には意志伝達の方法として積極的に活用するように指導する」ことを薦めている。また文部 省(1992:17)は相手からの質問に答える場合,答えのほかに何か一言付け加える方略やパラフレー ズ,ジェスチャー,略図などのコミュニケーション方略を紹介している。このように,手段を選ば ずに意味を伝達するという態度は文部省(1992:17)の「コミュニケーション能力においては,メ ッセージがうまく伝達できるかどうかが重要で,文法的正確さは第2次的である」ということばにも っともよく表れている。
2 観点別評価の原則
前節では改訂学習指導要領がコミュニケーション能力をどのようにとらえているかをみた。本節で は,観点別評価をおこなう上での原則的な考えを上記コミュニケーション能力の規定との関連で検 討することにする。
2.1 コミュニケーションへの関心・意欲・態度
コミュニケーションに対する積極的な態度を育てることの必要性を説明して和田・羽鳥(1989:31)
は次のように言う。
日本の外国語(英語)学習者は,外国語(英語)についての知識は十分もっているが,その知識を用 いて意志を伝達しようとするとうまく運ばないことが多い,と指摘されている。その原因は,習得した 知識自体が十分ではないこと,知識を実際的能力に変える指導がまずいこと,など数多く考えることが できるが,その内でも積極的に表現しようとすることを防げる心理的・社会的要因も大きいのではない かと考えられる。
つまり,日本の英語学習者が英語を使ってのコミュニケーションに弱いのは純粋に言語的な面の能 力だけが問題なのではなく,ほかに心理的・社会的な問題があるというのである。それは,つまる
ところ次の5つの点に集約されるものと思われる。
1 文法的に正しい文でなければコミュニケーションは成立しないと思っている。
「文法」の中には「発音」を含めてもよいかもしれない。これは英語使用者としての日本人の心理 的側面の問題である。日本人英語学習者には文法的に正しくない言語は口に出してはいけないとい う禁忌の気持ちが強い。それは,英語の授業のあらゆる場面において,あるいはあらゆる種類のテ ストにおいて生徒がつねに正しい言語形式を求められていることの結果だと思われる。文法的正し さはコミュニケーションを成立させるための一つの要因に過ぎないこと,しかもそれは必ずしも決 定的に重要な要因でない場合が多いことを教える必要がある。そのためには,普段から好ましい教 室風土を醸成するということが必要である。教師は何よりもコミュニケーションとは意味の伝達で あることを徹底させ,文法的間違いを恐れずに思うところを表現する態度を言語活動のあらゆる場 面で強調することが必要であろう。生徒がおかす文法的誤りに対しては教師や他の生徒が笑ったり,
否定的な態度に出ることなく,むしろ常に肯定的に評価する教室の雰囲気が必要である。文法的誤 りは教室における言語活動の中で是認されるだけでなく,正式に評価されることが必要である。つ まり,表現の能力には「正しい文形式で言えるかどうか」という評価基準のほかに,コミュニケー ションの目的が達せられたかどうかをみる「コミュニケーション達成度」の尺度を導入するという ことである。
文法的正しさが「第2次的」であるとすれば,コミュニケーションを達成するためのさまざまな方 略を教えることも必要となってくる。(教えるべきコミュニケーション方略については2.2の1で述
べる。)
2 質問に対する応答の形式は一つしかないと思っている。
たとえば相手に何か聞かれた場合,日本人学習者はそれに対する「正しい答え」は一つだけだと思 っているので,それがわからないとコミュニケーションが完全に停止してしまうことが多い。たと
えば,教師が O.K. We have read a story about three girls. Now who married the prince? という質問を
したとする。答えは Mary なのであるが,その答えがわからないと,生徒は黙ってしまうことが 多い。コミュニケーションとはそういうものではなく,「正しい答え」がわからない場合でも応答が 可能なことを教える必要がある。その応答とは,たとえば,次のようなものである。
It sthe eldest sister.
Ann s big sister.
It s the girl who is i1L
Can I see the textbook?
Idon,t know.
人とことばを交わす,つまりコミュニケーションをはかることと「正しい答えを言う」こととは別
物であることを教えるのである。「答え」がわからない場合の日本人の最も典型的な反応は,ことば
では何も言わず,ただ笑っているとか,もじもじした仕草をするなどである。このような態度はコ
ミュニケーションの失敗であって,ことばで聞かれたことにはことばで答えることが英語の原則で
あることを教えるのである。「正解」は一つではないので,上記のようなさまざまな表現を教える必
要がある。生徒がこのような方略をどれぐらい使えるかがコミュニケーションへの意欲を測る一つ
の基準になりうると思われる。
3 口頭による言語表現を恥ずかしがる。
これは間違ったことを言ったら笑われるという,文法的誤りに関する禁忌の気持ちだけでなく,こ とばを話すこと自体に対して恥の感覚があるということである。これは言語行動において相手と対 峙することを嫌う感覚と言い換えてもよい。学習者が思春期にある場合特に顕著である。これは,英 語母国語話者などの目には精神の未熟性とも見えるかもしれない。言語行為において相手との対峙 を避ける日本人のこの傾向は,たとえば質問をされた者が直接質問者に答えず,となりにいる友人 などに話しかけたりするという行動に表れる。ここで教えるべきコミュニケーション上の原則は,話
しかけられた人は話しかけた人に自分で答えるということである。
4 対話の責任を果たせない。
英語文化圏では二人以上の人間が一緒になると,お互いに積極的にコミュニケーションをはかろう という気持ちが働く。また,コミュニケーションは協力的な作業という認識があり,話題を提供し たり,質問したりしながら対話を進展させていく。日本文化においてはそのような感覚は必ずしも ない。年齢,社会的地位,男女の差などによって話をリードする人が自然に決まってしまうことが 多い。質問することは相手の意見に対する反対の態度の表明と受け取られることもある。教育の場 でも質問することは必ずしも奨励されない。社会的地位が上位の者がその場の話をリードするとか,
下位の者が質問を控えるという心理は英語文化でもないとは言えないが,その程度は日本とは比べ ものにならないほど小さい。自分の意見を言ったり,質問したりせずに相手の話を黙って聞くだけ の人は,自分の考えをもたない人間と見なされかねない。そこで,ここでの留意すべき原則は,コ ミュニケーションを遂行するにはお互いがその責務を果たす,ということである。それは(1)わから ないことは質問する,②人の話を聞いたらそれに対して何かコメントをする,(3)自分から話題を提 供する,などの技能面の指導を伴うことになる。
5 言わないことばは理解されない。
この問題は上記4の対話の訓練の欠如と少し関連するかもしれないが,基本的には別の問題なので 分けて論ずることにする。日本人が英語使用において一般に寡黙であることの理由の一つに,こと ばによらないでも自分の「気持ち」がわかってもらえるという日本的発想がある。これは英語使用 圏が low context society であるのに対して,日本社会が high context society であるという言い方 で表される。つまり「状況を考えれば,言わなくたって私の言いたいことはわかるじゃないか」と いう発想である。あるいは「うまく言えないが,私の気持ちを察してほしい」という甘えの構造に なることもある。ここには「言上げ」しないことをよしとする文化がある。しかし,英語は基本的 に「言上げ」をする言語である。「説明しなければわからない文化」であり,多くを語る文化となる。
そこで,原則の第5は,さまざまな方略を使って自分の意図を通じさせることの必要性を学習者に知 らせ,そのための技能訓練をすることである。それには,談話を持続させるスキルを訓練する一方,
他方では,自分がまだ話を続けていることを相手にわからせるコミュニケーション方略(er, I mean,
let me see等)を教える必要がある。
以上のことのほかに「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」では,教師が出す課題にどれぐ
らい積極的に取り組んでいるかなどを評価してもよいだろう。この種の課題は日常的ないわゆる宿
題から比較的長めのレポートまでさまざまな形が考えられる。レポート課題を出すときは,そのテー
マも含めて余り細かいことを決めずに出した方がよい。その方が生徒一人一人の関心の在り所と熱 意の程度がわかっていいからである。
2.2表現の能力
「表現の能力」に関する説明として文部省は「コミュニケーションにおいては,メッセージがうま く伝達できるかどうかが重要で,文法的正確さは第2次的である」(文部省1992:17)と言い,また
「コミュニケーションの単位は文ではなく,ひとまとまりの発話であり対話である」(文部省1992:
15)とも言っている。第1の引用は,文法的正確さに対してコミュニケーションの達成度を強調して おり,第2の引用は,文のレベル以外に談話のレベルでの表現能力をも問題にしている。これらの見 解から生まれる表現の能力の評価の原則は次のようなものであろう。
1 発話の際に重要なのは文法的正しさではなく,意味が伝達できたかどうかである。
これは表現の能力を評価する場合,評価の基準を少なくとも2つ持たなくてはならないことを意味 する。一つは文法的正確さであり,もう一つはコミュニケーションの達成度である。従来,表現の 能力の評価は書かれた文の文法的正しさをもとになされることが多かった。r表現の能力」の新しい 評価の観点は,話しことばと書きことばの両面において,コミュニケーションの正否をはかるとい
うものである。そこでは文法的正確さは「第2次的」である。一つの考え方としては,文法的正確さ は筆記試験によって,コミュニケーション達成度はインタビュー・テストなどのオーラル・テスト によって評価するという方法もありうる。
インタビュー・テストにおける表現の能力の評価は,いわゆる「正解」以外の答えをも評価する考 えに立って行う必要がある。実際のコミュニケーション場面では,ある特定の問いに対する答えの 内容とその表現は一通りでないことが多いわけであるから,テストにおいても教師は生徒の多様な 応答に柔軟に対処する必要がある。たとえば, What are the four seasons in Japan? という問題に対し て, They are spring, summer, fall and winter. だけが「正解」ではないだろう。 They are spring,
summer_and_Idon t know磁in English...and winteL と答えた生徒の表現力も十分に評価さ れていいと思われるのである。ほかにも,コミュニケーションを達成させるための方略はある。た
とえば,上の例で fa11 と言うべきところを 1 forgot the word, but・it s・a・cool・season. と言う方略は
「パラフレーズ」である。また,正確には pine−apples and bananas と言わなければならないところ を fruit と言うのは「代用」である。 Dentist を tooth doctor というのは新造語の使用,ある 形を正確に描写できなくて, of that shape と言いながら手でその形をつくるのは「非言語的手段」
の使用である。相手の言ったことがわからないときに,当の相手に聞き返したりするのが「援助を
求める」方略である。(例: Sorry, I don t・know・the・last・word. What・does・it・mean? You saw what,
sorTy? )もちろん,このようなコミュニケーション方略は生徒が初めから使えるものではない。そ のような表現は教師が教え,日常の授業でも頻繁に使って,コミュニケーション・スキルとしてい
くのである。
2 表現の能力は談話のレベルにおいても評価すべきである。
従来の英語教育は文法・構造主義の影響が強かったので,表現の能力という場合は文レベルの表現
力を意味した。改訂学習指導要領では「ひとまとまりの発話」つまり談話レベルでの表現力をも問 題にしている。ただ単に文法的に正しい個別的な文を生成するだけでなく,それらの文で談話を構 成する力が必要とされるようになったのである。談話レベルでの表現の能力を評価するには次の4つ の観点を考慮する必要がある。
まず第1に,一定時間談話を継続できるかどうかが談話的能力を測る重要な基準である。途切れ途 切れでもいいから,ある一つのまとまった意味を伝えるために談話を持続する能力があるかどうか である。談話を持続する能力には,自分一人で一定時間談話を続けるということのほかに,相手の 意見に対して質問するとか,コメントするとか,自分から話題を提供するなどの能力も含まれる。第 2は,持続された談話に首尾一貫性(coherence)があるかどうかという問題である。たとえいくら多 くの文を言って談話を持続できたとしても,それらの文の間に論理的なつながりがなければ,それ は意味のある発話とはいいにくい。第3に,流暢さの問題がある。ここで「流暢」とは,主として話 す・書く速さを言う。特に話す場合に流暢であることはコミュニケーション能力の伸長と密接にか かわってくる。話しことばにおいて流暢であることは,外国語を使用する場面にありがちのいらだ たしい間(沈黙)をなくし,より円滑なコミュニケーションを促進する要因となる。流暢に話せる 学習者は,そうでない者に比べてより多くのコミュニケーション機会をもつことができる。そのこ
とがまた流暢さを増す原因になる。
3 言語機能を教える。
改訂学習指導要領は言語機能中心の教材編成(functional syllabus)を示唆しており,改訂教科書も 断片的にではあるが言語機能(1anguage functions)を扱っている。 Sunshine第2学年では「相手に依 頼したりそれに応ずるとき」「〜しましょうかと申し出るときとそれに応えるとき」「相手に〜しよ うと誘うとき」,New・Horizon第2学年でも「許可を求めるとき」「同情するとき」などの言語機能を 扱っている。「表現の能力」にはこれらの言語機能を遂行できることも含まれているわけであるから,
その評価においてもこれらについての知識・技能をみる必要がある。それは「駅までの道を聞きな さい」という指示に答える場合のように,単一の文で言えるようなものもあれば,「今週の土曜日,
6時からあなたの家で行われるパーティーに友達を招待する手紙を書く」というように,談話レベル の能力にかかわってくるものである。単一の文を使って書く和文英訳とは違ったテスト法が考えら れなければならないのである。
2,3理解の能力
「理解の能力」についても「表現の能力」の場合と同様に,語,文,談話の各レベルに分けてその
能力を評価することが考えられる。聞き取りを例にとれば,語の聞き取りでは単純に spring とい
う語を聞かせて,その日本語の意味を書かせる。あるいは, boat と bought を聞かせて,その
母音が同じか違うかを言わせる。文の聞き取りでは,問いあるいは指示を聞かせて,その答えを日
本語で書かせる。(語の場合でも文の場合でも,答えを英語で書かせると,それは書く能力をも問題
にしていることになる。)たとえば What do you say when you meet your friend on the street in the
morning? を聞かせて「おはよう」という答えを導き出すという具合いにである。談話の聞き取りに
おいては,話の要点や概要,あるいは特定の情報を聞き取らせる。これはふつう skimming とか
scanning といわれる。特定の情報を聞き取るのが scanning で,概要あるいは要点を聞き取るの が skimming である。たとえば,メアリーが出席したパーティーの模様を聞かせて,そこでメア
リーが出会った3人の人物の名前を答えさせるというのはsca皿ingの例である。もちろん,この場 合,メアリーがパーティーで会わなかった人物の名前も話の中には出てくるのである。Skimmingと
は,一定の談話を聞かせて,その話の結論を言わせるというような活動である。
理解の能力の評価にskimmingを持ち込むのは,単にコミュニケーションにおいてはおおよその意 味がわかればよいとする考えの結果だけではなく,学習者がもつそれぞれの認知様式を尊重する考 えの表れでもある。つまり,聞き取りにおいても読み取りにおいても,一続きのテクストを与えた 場合,学習者の中にはその細部の理解に優れた者と概略の意味の理解に優れた者がいるということ である。従来の理解の能力の評価はテクストの細部についての理解を問うことが多かった。そこで は心理学でいう field independence 型の学習者が有利で,テクストの大まかな意味を理解するのに 優れている field dependence 型の学習者は不利であった。細部の意味の理解には弱いが,全体像の 把握に強いという理解力をも評価するという考えが出できたということである。
「理解の能力」における談話的能力を評価する場合のもう一つの視点として,未知の語の意味を類 推する力をみるという視点がある。この能力に関して文部省(1992:2)は次のように述べている。
適切な場面や文脈の中で英語を聞かせたり,読ませたりすることにより,それまで知らなかった語句 などが類推により理解できるような力を養うことが大切である。
聞き取りや読み取りにおいて,テクスト中にわからない単語があった場合,前後の関係からその語 の意味を類推してテクストを理解する方略を強調した部分である。読み取りの場合は,そこで立ち 止まって考えることができるが,聞き取りでは話が進行するので,一瞬のうちに意味を類推するか,
あるいは,わからないままに放置して話の先を聞くという態度を養うことが必要になってくる。従 来の正確さを強調した学習法に強く影響を受けている学習者は,読み取りにおいて少しでもわから ないところがあると,その部分にこだわって,なかなか読み進まないことが多い。聞き取りにおい てはすっかり混乱してしてしまって,理解できないということが多い。Scanningやskimmingを重視 する英語教育では,類推の能力も理解の能力の範疇に入れて評価するのである。
2.4 言語や文化についての知識・理解
「言語や文化についての知識・理解」について文部省(1992:41)は次のように述べている。
外国語学習に当たっては,その外国語の学習と合わせて,その言語が持つ発想や論の組み立てなどそ の言語の背景にあるものの考え方などを学ぶことになる。また,一方では教材(題材)を通して,その 言語を使用している人々の生活や風物,歴史など,その文化的背景を学習することになる。
また「言語に対する関心」を説明して,同文書(p.7)は次のように述べている。
ここでいう言語に対する関心とは,日本語と英語の音韻の相違点や類似点,文法上の相違点や類似点,
表現や発想法の相違点や類似点などへの関心である。言語は,その構造や表現がそれが使われている国
の文化に深く根差したものであり,広い意味での文化である。
これらの説明から「言語や文化についての知識・理解」は次の3つの領域を含むものと考えられる。
つまり,(1)日英語の比較,(2)生活・習慣・風物・歴史などのいわゆる文化,㈲発想の違いである。
(1)の日英語の比較では発音,単語の意味や文構造の違いなど教える必要があるかもしれない。特 に片仮名語化した英語(つまり日本語)と英語本来の意味の違いを知っていないとコミュニケーシ ョン上の支障になる。日英語の単語の意味のずれの例としては,「フロント」と front がある。ホ テルの「フロント」はいわゆる「受付」であるが, the front of the hotel はホテルの「入口」のこと である。また,表現法の違いの例としては,日本語が受身形や事主語(「靴に砂が入った」)を好む のに対して英語は能動形や人主語( lgot some sands in my shoes. )を好むこと,日本語の否定表現
(「たばこを喫ってもかまいませんか」)に対して英語の肯定表現( Do you mind if I smoke? )があげ られる。表現の類似点としては,人の許可を求めるとき,日英語ともに言語形式としては疑問文を 用いるというようなことである。(上記「たばこ」の例を参照)②の外国の生活・習慣などは教科書 でもっとも多く扱われている「文化」である。たとえばハロウィーンにはどういうことをするかと いうような,いわゆる目に見える文化である。教科書で扱われているもの以外にも教師が適宜教え て,その知識を問うことによって評価すればよい。(3)の「発想の違い」は論理構造の違いと価値観 の違いの2つに分けて考えられる。論理構造の違いの問題は,英語で談話を構成する場合に特に問題 になる。あることを説明するのに,英語は直線的に論理が働くのに対して,日本語は螺旋的に働く といわれる。日本的・螺旋型の思考法では,説明の前置きが長すぎて,肝心の理由は(述べられる としたら)最後に手短に述べられる。英語では,談話の初めにまず意見,あるいは結論的判断が述 べられ,そのあとでその理由が縷縷述べられることが多い。日英語文化における価値観の違いにつ いては,英語を使う上でコミュニケーションの妨げになるような,基礎的で重要なものをいくつか 教えるだけで十分だろう。たとえば,英語圏の個人主義と日本文化の集団主義の違いが原因でコミ ュニケーションが衝突する事例を教えるのである。余程親しくなければプライヴァシーに関する質 問はしないとか,相手のからだに触ってはいけないなどはその典型例である。
「言語や文化についての知識・理解」について文部省(1992:41)は興味ある見解を示している。
「『知識・理解』は単なる記憶としてだけ蓄積されることなく,それらを積極的に活用し,コミュニ ケーションに生きて働くものとして,身につける」というものである。つまり,文化に関すること は単なる知識として覚えるのではなく,コミュニケーション場面で一つのスキルとして使えること が必要だと考えるのである。英語国民のものの考え方が言語行動に表われる例でもっとも基礎的な
ものをいくつか述べておこう。
1 人と話をするときは相手の顔を見る。
英語文化における目線(eye contact)に関する原則はおよそ次のようなものである。聞き手は話し
手の顔(あるいは目)を見続けてもよいが,話し手が聞き手の顔を見るのは要所要所だけで,あと
は聞き手からは目線をはずして話すのが普通である。話し手が聞き手に目線を合わせるのは,相手
が聞いているかどうかを確認したいとき,あるいは何かを強調したいとき,話の段落を告げるとき
などである。これに対し,聞き手は「あなたの話をちゃんと聞いていますよ」という意味で相手の
顔を見つづけるのである。聞き手が目線をはずせば無関心を表明することになるかもしれないし,話
し手がまったく聞き手と目線を合わせないとすれば,それはその話の内容が誠実さに欠けているこ
との表れかもしれない。日本文化においては,目線に関して必ずしもこのような原則があるわけで
はない。それどころか,むしろ相手の顔や目を見ないのが礼儀にかなうとさえ考えられる。中学校 レベルでは上のような厳密な原則を教える必要はなく,「話をするときや聞くときはいつも相手の顔 を見る」ぐらいに単純化して教えてよいかもしれない。
2 相手に何か聞かれたら,必ずことばで何らかの応答をする。
これには上記2.1の3の項で述べた「自分で応答する」という原則を付け加えてもよい。いずれに しろ,日本人の英語話者に多いのは,相手から何か聞かれて答えられない場合,黙ってしまうとか,
笑うとか,もじもじすることである。黙ってしまうのはその答えがわからないからだろうというこ とは,日本人ならば容易に想像できることであるが,英語の母国語話者にはなかなか想像がつきに くい。ましてや,笑うことによって何らかの意味を通じさせるという日本的行為の意味は想像の拉 致外である。ことばで聞かれたことにはことばで答えるというのが英語文化の原則である。
3 あいつちとしての Yes は使わない。
日本語のあいつちとしての「はい」ということばは「聞いています」というシグナルであって,相 手の言っている内容を是認していることばではない。英語の Yes はあくまで肯定を意味するので,
そのまま相手の話の内容を是認していることになる。英語を使ってのさまざまな話合いや交渉の場
面で誤解が生ずるところである。特別に,同意を表す That s right. や You re quite right. I agree.
などを教えるのでなければ,話を聞くときは黙って相手の顔を見ているだけでよいと教える必要が
ある。
4 丁寧な表現を教える。
英語文化では表現の丁寧さに関する基準が日本語文化と違うことに留意する必要がある。目上の者 に対しては丁寧な表現を使う,丁寧な表現はくだけた表現よりも一般的に長いということは日英語 でも共通するが,くだけた表現をどういう場合に使うかについての基準は違うようである。友達同 士はファースト・ネームで呼び合うのが普通であるし,中学生の年齢ならば,見ず知らずの大人に 対して Could you...? ぐらいの丁寧表現は使えるようでありたい。日本人一般の英語の特徴は,く だけた表現を使っていい間柄のとき丁寧過ぎる表現を使い,丁寧表現をすべきときにくだけ過ぎる 表現を使ってしまうことである。前者は,相手に「いつまでも打ち解けてくれない」という印象を 与え,後者は「日本人は礼儀知らずだ」という印象を与えてしまう。これは意図的なものではなく,
ただそのような社会的慣習を知らないこと,場に応じた言語表現を知らないことに起因する。その ような知識とそれを実際場面で使える社会言語的スキルを身につけさせることが必要である。
最後に,「言語や文化についての知識・理解」の意味について一般に誤解されている点を指摘した い。それは「言語」を「英語」と解釈し,ここで英語の文法に関する知識・理解を評価しようとす る考えである。1例をあげれば,第1学年の「言語や文化についての知識・理解」の評価のところで,
この項を「言語」と「文化」に分け,「文化」では「日本と異なる生活習慣や文化について,やさし い例を知り,その意味を理解している」かどうかを評価しようとするのはよい。しかし「言語」の ところでは,「アルファベットを正しく発音し,読み,書くことができる」や「基本的な文・文型・
文法事項などを理解している」かどうかを評価しようとしている。これがある特定の単元の「言語」
の評価になると,How old...2やHOW〃iuch_2などのように,文法項目そのものの理解の評価にな
ってしまっている。生徒指導要録がわざわざ「言語」と言って「英語」と言っていないところに留 意すべきである。学習指導要領の種々の解説からも明らかなように,「言語」では,たとえば日英語 の発音,語と文の構造,意味,発想の違いに気づかせ,それが言語一般に対する関心につながるこ
とを期待しているのである。
3 観点別学習状況の評価基準
前節では観点別評価をおこなうに当たっての原則的な考えを述べた。それはコミュニケーション能 力という概念の理解と密接に関連している。本節では,それらの考えの上に立って,教師が通常の 教育的環境で使用しうる評価基準を提案してみたい。各評価項目は授業における観察や面接テスト,
筆記テストなどで実行可能なものを集めた。しかし,各観点を評価するのにこれらの評価項目をす べて実施しなければならないというわけではない。当然,この中から選択したり,いくつかのもの を組合せたりすることになってこよう。「観察」は授業中の観察,「課題」は通常の宿題やそのほか のやや長期的なレポートなどを指す。「0テスト」はオーラル・テストで,インタビュー・テストな どがそれである。「Wテスト」は筆記テストの意である。
▲コミュニケーションへの関心・意欲・態度
評 価 基 準 評価方法
①授業中,教師(特にAET)の質問に意欲的に答えようとするか。
②授業中に質問をするか。
③友達のスピーチを聞いて質問ができるか。
④予習・復習のためのノートやワーク・シートに意欲的に取り組んで いるか。
⑤教科書本文の朗読練習などをテープに吹き込んで提出しているか。
⑥個別課題研究に意欲的に取り組んでいるか。
⑦質問がわからなかったとき,相手に繰り返しを要求できるか。
⑧相手の言うことがわからなかったとき,もっとゆっくり(はっきり)
話してほしいなどの要求ができるか。
⑨ことばでうまく表現できないとき,ジェスチャー,身振り,絵を描 くなどの非言語的手段を用いることができるか。
⑩英語でうまく表現できないとき,日本語を使ったり,新語をつくっ たりしてコミュニケーションがはかれるか。
観察 観察
0テスト・観察
課題 課題 課題
観察・0テスト
観察・0テスト
観察・0テスト
観察・0テスト
【注】(1)個別課題研究とは,通常の宿題と違って,比較的長いレポートのようなものである。英 語に関する問題あるいは英語の教科書にある話題・題材と関係のあることがらについて,
生徒一人一人が自由にテーマを決めて,それについてやや長期的に調べてレポートするの
である。すべて日本語で書かせてもよいし,5,6行の英語のまとめをつけさせてもよい。
1学期に1回ぐらいの割合で出すとか,長期の休みのときに出すとかすればよいであろう。
②⑦〜⑩はコミュニケーション方略を使えるかどうかをみる評価項目である。
▲表現の能力
〈話す能力〉
評 価 基 準 評価方法
①問いや指示に英語で的確に答えられるか。
②教師との問答で追加の陳述・質問ができるか。
③談話の中で相手から特定の情報を引き出すことができるか。
④人物や事柄,物事について説明することができるか。
⑤きのうの出来事などを時間軸にそって物語ることができるか。
⑥簡単なスピーチができるか。
⑦簡単なスピーチを聞いて,それについて質問ができるか。
⑧文を正しく音読できるか。(声の明瞭さ,個音,アクセント,イント ネーションの正しさ)
0テスト 0テスト 0テスト 0テスト 0テスト 0テスト 観察・0テスト
0テスト
【注】(1)①の問いや指示は日本語でもよいかもしれない。「指示」というのは,たとえば,「知らな い人に駅までの道をききなさい」のようなものである。
②②の「追加の陳述・質問」というのは以下の例の斜字体の部分のようなものである。
T:What did you do last Sunday?
S:Iwent to see my aunt in Tokyo. 1 metfive children there. They are my aunt s children.
T:Did you have good time with them?
S:Yes. It was wonderfal. What did you do last Sunday 2
(3)③の「特定の情報を引き出す」とはいわゆるscanningのことで,たとえば「AETのロビ ンさんに次の3つのことを聞きなさい」のようなものである。
(4)⑤の「時間軸にそって物語る」というのは過去形を学習したあとの課題となろう。
〈書く能力〉
評 価 基 準 評価方法
①発音された英単語を聞き取って書くことができるか。
②日本語の単語の意味を英単語に直すことができるか。
③句読法を正しく用いることができるか。
④日本語の文を英語の文に直すことができるか。
⑤質問や指示に対して適切な答えを書くことができるか。
⑥指示つき対話を完成させることができるか。
Wテスト
Wテスト
Wテスト
Wテスト
Wテスト
Wテスト
⑦話された一続きの英語を書きとることができるか。(いわゆるディク テーション)
⑧ある目的のために一続きの文を書くことができるか。
⑨自由英作文(例:家族について,クラブ活動について)を効果的に書 くことができるか。
⑩絵を見てことばで描写することができるか。
Wテスト Wテスト
課題・Wテスト Wテスト
【注】(1)⑥の「指示つき対話」とは,次の例のように,対話者の一方がしゃべる部分を指示の形で 抜いておくものをいう。
あなたは道で友達のA君に会いました。
A: Hello.
B:返事をしなさい。
A:Where are you going?
B:散歩に行くと言いなさい。
A:Ihaven t seen you for a long time. Why don t we have a cup of coffee and have a talk?
B:Aの誘いを喜んで受け入れる返事をしなさい。
(2)⑨の自由英作文では句読法や文法的正確さだけを問題にするような評価をせず,作文全体 の構成,テーマの一貫性,表現の独創性,表現の効果などをみる必要がある。
▲理解の能力
〈聞く能力〉
評 価 基 準 評価方法
①単語の違いを聞き分けることができるか。
②英語の単語を聞いて,その意味を日本語で書くことができるか。
③英語の文を聞いて,その意味を日本語で書くことができるか。
④英語の質問や指示に日本語で答えることができるか。
⑤一続きの談話を聞いて,プリントにない語を補うことができるか。
⑥一続きの談話を聞いて,その意味を逐文的に日本語で書くことができ るか。
⑦一続きの談話を聞いて,特定の情報を聞き取ることができるか。
⑧談話の要点や概要を聞き取ることができるか。
Wテスト Wテスト Wテスト Wテスト Wテスト
Wテスト Wテスト Wテスト
【注】(1)①は主として母音,子音の識別能力をみるものである。例:次のペアで同じ発音のものを 選びなさい。 boat/bought, right/light, sick/thick, bat/but
(2)⑤は,教師が読み上げるテクストをあらかじめプリントして生徒に配り,抜いてある単語
(例えば,isやonなどの弱く発音されるもの)を聞き取って書かせるのである。
〈読む能力〉
評 価 基 準 評価方法
①書かれた英単語の意味を日本語で書くことができるか。
②英語の文の意味を日本語に直すことができるか。
③英語の質問・指示などに日本語で答えることができるか。
④一続きの文章を読んで,前後関係から空欄に適切な語を入れることが できるか。(クローズ・テスト)
⑤一続きの文章の照応関係を読み取ることができるか。
⑥文章の概要・要点を読み取ることができるか。
⑦一続きの文章から特定の情報を読み取ることができるか。
Wテスト Wテスト Wテスト
Wテスト Wテスト Wテスト Wテスト
【注】(1)⑤の「照応関係」というのはいわゆるcohesionやcoherenceのことで,これは伝統的なテ ストにおいても扱われてきた。たとえば, these ideas が何を指すかとか,前のパッセー ジとあとのパッセージを結びつけるのは and か but か,などという問題である。
(2)⑥はskimmingに関するもので,「この手紙で作者は結局読者に何を訴えているのか」のよ うなものである。
(3)⑦はscanningに関するもので,一部欠けている情報を読み取らせるようなものがこれに当 たる。たとえば,ビートルズの略歴が表になっていて,その欠けている部分を本文の中か ら読み取らせるというようなものである。
▲言語や文化についての知識・理解
評 価 基 準 評価方法
①外国の習慣・風習などについて知っているか。
②外国人のものの考え方の違いを理解しているか。
③日英語の似ている単語の意味の違いを知っているか。
④日本語化された英語と英語の意味の違いを知っているか。
⑤相手の話を聞くときや,自分で話をするとき相手の顔を見ることがで きるか。
⑥相手に何か聞かれたとき,ことばで応答をすることができるか。
⑦相手に応じて丁寧な表現で応答することができるか。
⑧はっきり大きい声で話すことができるか。
Wテスト Wテスト Wテスト Wテスト
観察・0テスト 観察・0テスト 0テスト 観察・0テスト
【注】(1)②の「外国人のものの考え方」の例として,プライヴァシーに関する日英の考え方の違 いを問う問題の例をあげる。
問:AETのロビンさんにしてもいい質問には○,してはいけない質問には×をつけなさい。
一(道で会ったとき)Where are you going?
一 What does your father do?
− Do you have a boyfriend?
− What is your home town?
一(ロビンさんの新しいドレスに触りながら)Where did you buy this?
−What are your three sizes ?
− How much money do you get every month?
これらの問題は教師が日常どこまでプライヴァシーを侵害する問題として教えているかに よって判断の基準が違ってこよう。
②⑧の「大きい声で話す」というのは「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」の項に 入れてもいいかもしれない。しかし,英語を話すときの日本人の声が小さ過ぎて聞こえに くいという問題を,精神的な萎縮からくる文化的なものと解釈すれば,それは「言語と文 化」の問題でもある。
ま と め
平成元年の学習指導要領の改訂に伴って生徒指導要録に観点別評価が導入されて以来,評価する教 師の側に改訂の意図を十分理解しないことからおこる評価基準についての混乱が見られた。本論は,
この状態に対して何らかの具体的な解決の糸口を与えることを目的として書かれた。そのためにま ず,改訂学習指導要領に見られるコミュニケーション能力の考えを明らかにし,そこから生徒指導 要録で意図する評価の原則を検討した。この検討の上に立って,一般の教育的環境で実行可能な観 点別評価のための評価基準を提示した。
改訂学習指導要領と観点別評価の基準を検討した結果言えるのは,評価をするためにはその内容を 教えなければならないということである。「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」を評価する ためにはコミュニケーション方略を教える必要があり,「言語や文化についての知識・理解」を評価 するためには日英語文化における価値観,発想法の違いを教える必要があることが明らかになった。
また「表現の能力」「理解の能力」では,談話的能力を評価する必要が強調され,そのために,さま
ざまな方法で談話的能力を育成することの必要性が感じられた。すべてこのように,あることを評
価をするには,そのことが教えられていなければならないのである。観点別評価は,従来の文法的
能力とは違ったコミュニケーション能力という概念を導入したが,それはまた,今後の英語教育が
コミュニケーション能力の育成という新しい目標を目指して進んでいくということ意味しているの
であり,教師にとっては,コミュニケーション能力を育成するための方法論を自ら開発していくと
いう課題を背負わされたことを意味しているのである。
引 用 文 献
Canale, M.1983. From Communicative Competence to Communicative LangUage Pedagogジ In J. C.
Richards and R. W. Schmidt(eds), Lan8uage and Co〃1〃lunication(Longman), pp.2−27.
文部省.1992,「平成4年度地区別中学校教育課程講習会資料(外国語)」. ,
長澤邦紘.1993.「英語科におけるコミュニケーション能力育成の課題一改訂学習指導要領の意図する もの」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』第42号,ll3−131.
和田稔・羽鳥博愛(編).1989.r改訂中学校学習指導要領の展開外国語(英語)科編』(明治図書).
Widdowson, H. G.1978. Teaching Language as Co〃1〃lunication. Oxford University Press.