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体験の意味について 安 達 喜美子*

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青年期に見られる幼小時期の「昔ぱなし」・「絵本」

体験の意味について

安 達 喜美子*

(1983年9月30日受理)

On Meaning of Experiences of Fairy Tales in Childhood by Adolescents

Kimiko ADAcHI

(Received September 30,1983)

は  じ  め  に

我々の内の多くは,幼小時期に祖父母,あるいは両親から「昔ぱなし」を繰り返し聞かされたり,

何冊もの絵本を繰り返し手にした経験を持つ。成長して後は,そのような経験とは全く無縁に過ご したにもかかわらず,幼小時期に聞いたり,見たりした「昔ぱなし」や「絵本」の内容のいくつか を,青年期,あるいは壮年期になっても,更には老年期になってさえ,かなり鮮明に記憶している。

口承文芸としての,いわゆる「昔ぱなし」はそのような記憶の結果であろう。とくに,次世代に 伝承すべく意識的に習い覚えさせられたわけではなく,幼小時期に繰り返し経験した結果,諦習し 覚えてしまったものである。

その動機やプロセスはどうであれ,幼小時期に言雨習し覚えたものが,その後長く記憶に留められ ており,自分の子どもや孫に対してそれが,とくに強い再生の努力なしに再生され,その子たちも また同じように,記憶に留めたものを後年次の世代の子たちに向かって再生して来たものである。

このように長期にわたって,深く記憶に留められている「昔ぱなし」や「絵本」,「童話」の内容や,

そこに盛り込まれている教訓(とくに,日本の昔ぱなしは,勧善懲悪が意図されていると一般に認 められている)なりが,その後の生活の中に何らかの意味を持っているのではないだろうか。もし,

もっているとすればどのような意味を持っているのだろうか。これらの疑問を解明することによっ て,幼小時期の「昔ばなし」や「絵本」の体験の意味を明らかにすることが出来る。そして,その ような体験が人間生活の中に持つ意味が明らかに出来れば,従来考えられて来たような,子どもの 世界を豊かにするという「絵本」や「昔ぱなし」の意味だけでなく,また別の意味づけが出てくる

かもしれないと考えた。

そこで,非常に模索的ながら,「昔ぱなし」や「絵本」が,後年の人間生活の中に何か意味を持っ

*茨城大学教育学部教育心理学研究室

(2)

70         茨城大学教育学部紀要(人文・社会科学,芸術)33号(1984)

ているのかいないのかという事から研究の歩を進めて見たいと考え,そうしてとりかかった研究の 第一報である。

研  究  目  的

絵本についてはすでに,絵本への興味反応の分析(山本,1979)や,母・子の反応の研究(水野 他,1980),教育機能に関する一連の研究(花田他,1978),あるいは,子どもにとっての絵本の意 味についての論説(佐々木,1980)などいくつかの心理学的研究がある。しかし,これらはいずれ も,今絵本を手にしている子どもにおける絵本の意味なり,機能なりを問題にしているにすぎない。

それらが,子どもの夢をどう膨らませ,どのように心に残っているか,その後の生活の中では意味 があるのかないのか,あるとすれば,どのような意味なのかについては殆どの研究の中で検討され ていないと言ってよい。また,昔ぱなしについても,いくつかの論説がある(B.Bettelheim,1976二 河合,1982)が,実証的研究とはいえない。

そこで,本研究では,先ず研究の第一歩として青年期にある人達が,幼小時期に体験した絵本や 昔ぱなしの「なに」を「どのように」心に留めているか。また,彼らは今,それをどのように感じ ているかを明らかにしてみたいと考えている。それを通して,昔ぱなしや絵本の幼小時期体験の意 味を探ってみようとするのが本研究の目的である。

研  究  方  法

被験者:本大学2年次生を中心に3年次生,4年次生を若干含む,昭和56年は198名, 昭和58 年は161名が調査の対象となった。

調査期日:昭和56年,58年とも4月中旬である。

調査方法:自由記述式とし,①幼小時(幼児期から小学1,2年まで)に読んだり,見たりした 絵本で現在記憶している本の題名(題名がわからない場合はどんな内容か),②幼小時に聞いた昔 ぱなしで現在記憶している話の題名(題名のわからない場合はどんな内容か),③それらの中で印 象に残っている絵本,または話,④どんなことが印象に残っているか,⑤主に誰に読んでもらった り,話をしてもらったりしたか等について記述させた。また,全クラスを4群に分け,4つの一般 的な昔ぱなしを個別に再生(記述)させた。

結 果 と 考 察

幼小時に見聞きした話で,青年が現在もその内容を覚えている本(または話)として挙げたもの にはどのようなものがあるかを先ず集めてみた。表1は58年の結果のうち上位のものについてだけ を示したものである。これを見ると「桃太郎」,「浦島太郎」,「かぐや姫」など日本のもの,「シ

(3)

表1子どもの頃見聞きした話で現在内容を覚えているもの(頻度)   ンデレラ」,「白雪姫」な         (上位についてのみ)

iN= 161)       (1983) ど外国のものなど,内外       性

?i名 男 女 計       性

?i名 男 女 計

のものが入り混ってはい 驍ェ,いわゆる「昔ばな 桃   太   郎 36 61 97 こぶとりじいさん 11 20 31 し」・「古典もの」が上位 シ ン デ レ ラ 11 71 82 鶴 の 恩 返 し 9 20 29 になっている。とくに,

白   雪   姫 1ユ 56 67 ヘンゼルとグレーテル 3 23 26 「桃太郎」は約60%の人

浦 島 太 郎 24 38 62 人   魚   姫 2 22 24 達によって記憶され,「シ か  ぐ や  姫 14 33 47 みにくいあひるの子 4 20 24

花咲かじいさん 10 35 45 か ち か ち 山 7 15 22 ンデレラ」も約50%の人 舌 切  り 雀 9 35 44 マッチ売りの少女 5 17 22 達がその内容を覚えてい

赤  ず  き  ん 6 37 43

ウサギとカメ

5 16 21 ると述べている。それに

三匹の子ぶた

7 36 43 アリとキリギリス 6 12 18 対し,比較的近年になっ 一 寸 法  師 12 29 41

七匹の子やぎ

2 15 17 て出て来た創作絵本的な さ るかに合戦 14 18 32 親   指   姫 4 12 16 ものが上位には殆どない

のは特徴的である。

そこで,現在内容を記 憶しているとして挙げられた話を,いわゆる「昔ぱなし・古典もの」と「創作もの」,「伝記もの」と

いったカテゴリーに分けて比較してみると表2の通りになる。

表2は,内容を記憶しているとし 表2 カテゴリー別に見た記憶されている話の数 て挙げられた話(または,絵本)は

調査年 1981(昭和56年) 1983(昭和58年) 56年では全体で108種,58年におい カテゴリー   性 男 女 計㈱ 男 女 評由 ては97種あるが,両年とも男子に比 昔ぱなし 日 本 9  17  19 14  18 23 べ女子の方が圧倒的に多くの作品数

(古典もの)外国 5  14  15 9  11 15 を記憶していることを示している。

日 本 11  15  25 3  7  9 このことは,幼小期に男の子が外で 創作もの

外 国 14  33  34 17  24 37 の遊びに夢中になったのに対し,女

     日本人伝  記

4  1  4 2   1  2 の子は家の中で絵本などを読んでい 外国人 2  3  4 1  0  1 る機会が多かったということを示し 不  明 1  6  7 3  7 10 ているのだろうか。

46   89  108   49   68   97 また,両年とも「昔ぱなし」より

(注)合計数が男女の単純合計値より低くなっているのは, も「創作もの」の方が多いことを示 男女でダブリがある為,その分を合計値から引いてある。

している。「昔ぱなし」は数種のも のが多くの人たちに読まれ,あるい は聞かされて記憶されているが,創作ものは種々のものが幅広く数名の人達によって読まれている ということなのであろう。

表2はまた,56年に比べ58年においては日本の創作ものが激減し,代りに日本の昔ぱなしが増加 していることを示している。このことは,勧善懲悪を筋とし,子どもに語り聞かせながら子どもの 世界が描かれることの少ない昔ばなしと趣きを異にして,子どもの生活の中に楽しさ,喜びを見い

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出すという新しい意識をもって登場した創作ものが,それが意図され出版され始めた当初の熱意が 余り意識されなくなったため,親も意識的にそれを選んで買い与えることが少なくなったか,ある

いは「皆で楽しく,仲良く,平等に」といったようなことに重点がおかれ,明確な結末の示されて いないものは余り子どもの関心の対象ではなく,「心優しい人は最後には幸せになれる」とか,「正 義が勝っ」というように結末が明瞭な形で出されている古典的なもの,いわゆる昔ぱなしが好まれ るようになっていることを示しているのかもしれない。

また,日本の創作ものは外国のそれに比べ,読まれ記憶されている作品数が56年においても少な く(外国の創作もの34に対し,日本のそれは25),それが58年には更に著しい減少を示し,外国の 創作もののほゴ%にしか過ぎなくなっている(外国の創作もの37に対し,日本のは9)事実は,日 本の創作もののあり方に問題を感じさせる。

ところで,このように幼小期に読み記憶しているものの中で,とくに印象に残っている話はどん なものなのであろうか。

印象に残っているとして記述された話は非常に様々で,1人の人によってしか挙げられなかった 作品数は56年に6へ58年は68であった。この印象に残っているとされた話(あるいは絵本)の上位 のもの(すなわち,多くの人によって印象に残っているとされた話)を示したのが表3である。

表3によれば,56年に

表3 印象に残っている話の上位比較(頻度) おいては「ちびくろさん

1981年(昭和56年) 1983年(昭和58年) ぼ」や「フランダースの

作  品  名 男 女  計 作  品  名 男  女  計

犬」といった外国の創作 烽フや, 「白雪姫」,「イ ちびくろ・サンボ 1  6  7 シ ン デ レ ラ 0 17 17 ソップ」,「シンデレラ」

白   雪   姫 0  6  6 桃   太   郎 10  1 n のような外国の古典もの

イ  ソ  ッ  プ 2  4  6 浦 島 太 郎 5  1  6 が印象に残っているもの

シ ン デ レ ラ

tランダースの犬

1  4  5 P  4  5

三匹の子ぶた

tランダースの犬

1  5  6 Q  3  5

の上位を占めているのに マッチ売りの少女 3  1  4 白   雪   姫 1  4  5 対し,58年においては,

三匹の子ぶた 3  1  4 七匹の子やぎ 2  3  5 外国の昔ぱなしと,「桃

みにくいあひるの子 2  2  4

舌 切  り 雀 1  3  4 太郎」,「浦島太郎」,「舌 浦  島 太 郎 3  0  3

か  ぐ や  姫 2  2  4 切り雀」といった日本の

ご ん ぎ つ ね 1  2  3

か ち か ち 山 1  2  3 こぶとりじいさん 1  3  4 昔ぱなしが上位を占め,少

不思議の国のアリス 1  2  3 鶴 の 恩 返 し 2  2  4 し様相が変ってきている。

ピ  ノ  キ  オ 1  2  3 ウサギとカ メ 2  1  3 この様相の変化をもう少

小   公   女 0  3  3 泣 い た 赤 鬼 0  3  3

し詳しく見る為に,表2

人   魚   姫

ソいさいおうち

0  3  3 Q  1  3

人   魚   姫

Iズの魔法使い

0  3  3

O  3  3 で示したカテゴリー別に

鶴 の 恩 返 し 0  3  3 赤  ず  き ん 0  3  3 各カテゴリーに属する話 がどの位の人達によって 印象に残っているとして 選ばれたかを示すことにする(表4)。印象に残っている話(または,絵本)の題名を書いたのは 56年で被験者の71.7%,58年には90.7%であった。

(5)

表4 各カテゴリーの話を印象に残っているものとして選んだ人数

調査年 1981(昭和56年) 1983(昭和58年)

カテゴリー    性 男  % 女  % 計  % 男  % 女  % 計  %

昔ばなし 日 本 ユ2 2LO5 24 28.24 36 25.35 30 50.00 24 27.91 54 36.99

(古典もの)外国 8 14.04 28 32.94 36 25.35 11 18.33 40 46.51 51 34.93 日 本 12 21。05 19 22.35 31 21.83 3  5.00 9 10.47 12 8.22 創作もの

外 国 20 35.09 52 61.18 72 50.70 18 30,00 31 36.05 49 33.56 日本人 5  8.77 五  1.18 6 4。23 2  3.33 1  1.16 3 2.05 伝  記

外国人 2  3.51 3  3.53 5  3.52 1  1.67 0  0 1 0.68 不  明 1  1.75 6  7.06 7  4.93 3  5.00 7  8.14 10 6.85 印象に残っている話の

阮シを書いた人の数 57 85 142 60 86 146

表4から,56年においては外国の創作ものに属する話を印象に残っているとして挙げた者は 507%(男35.1%,女612%)で最も多く,伝記を印象に残っているとして挙げる者は4%前後 で最も少ないことがわかる。また,昔ぱなしに属する話を印象に残っているものとして挙げている のは女子に多く,とくに外国の昔ぱなしに属する話を挙げる者が多いことも見てとれる。男子にあ っては,外国の昔ぱなし(14ρ%)よりも日本の昔ぱなし(21.1%)を挙げている者が多いよう である。58年になると,昔ぱなしが印象に残っているとする者が著しく増加し,男子には日本の昔 ぱなし(50.0%)が,女子にあっては外国の昔ぱなし(46b%)が印象に残っているものとして挙 げられている。創作ものについてみると,男女共に日本の創作ものよりも,外国の創作ものを印象 に残っている話としている者が多く,56年にも見られたこの傾向は58年においては更にそれへの傾 斜が明確になっている。このことは,先にも指摘したが,日本の創作もののあり方の問題性を感じ

させる。

以上において見てきたように,幼小時期に体験した昔ばなしや絵本のいくつかは,青年期の今も 尚,彼らの心に残っている。

ところで,そのように長く心に残っているのは,話の中の,どのような要素,あるいは部分なの だろうか。そしてそれはまた,どのように心に残っているのであろうか。つまり,「お話」の中の何 が子どもの心をとらえ,あるいは,彼らに感激を与え,それがずっと後にまで心に残っているのか ということ,そしてそれが,どのような形で心に残っているのかが問題になってくる。

そこで次に,今尚印象に残っていると記述している「お話」の要素の検討に入ることにする。

先ず,現在も心に残っていることはどんなことかということから見て行こう。

被験者たちによって印象に残っていることとして記述されたものは,非常に多様であるが,「悪 い者は滅びる」,「優しい心の娘が報われる」,「コッコツ努力する者は報われる」,「不幸な女の子が 最後に幸福になる」などといった話の結末が印象に残っているとしたものや,「母への愛」,「狼の 舌なめずりの場面」,「人間と動物とのふれあい」,「魔法を使えること(自分にも,という期待から)↓

「スリルがある」等のように結末というよりも,お話の展開や過程が印象に残っていると記述され たもの,あるいは,「主人公がどうなるのか可哀想だった。最後にその全部が夢だったと判って嬉

(6)

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しく,ほっとした」とか,「竜宮城へ行ったところと,突然おじいさんになったところ」等といっ た様に,お話の過程と結末の両方が述べられたものとに,大きく範疇化することが出来る。そこで 心に残っていることが,結末に関するものか,お話の展開や過程に関するものか,それともその両 方に関わるものかという観点から,印象に残っているとして記述されたものを分類してみた。その 結果を示したのが表5である。

表4で見てきたように,印象に残っている 表5 印象に残っている部分 話の題名を書いたのは,56年では男57名,女85    調査年

象に

i昭和56年)1981 1983

i昭和58年)

名であったことと関連させてみると,男子は T7名の人達から52しか印象に残っているとこ

残って   性いるところ

男  女  計 男  女  計 うが示されなかったことになる。女子は85名

過   程 34  79 H3 34  56  90 の人達から110の印象に残っているところが 結   末 15  20  35 28  72 100 挙げられた。同様に58年を見ると,印象に残 過程+結末 1  8  9 5   9  14 っている話がある者は男60,女86名で,男子 そ の 他 2  3  5 1   2  3 60名から68の印象に残っている話の部分が,

52 110 162 68 139 207 女子は86名から139のそれが得られている。

従って,両年とも,男子よりも女子の方がよ り多く,印象深く記憶されている話があることがわかる。このことは女子の方がより多く,お話の 世界に遊んだことを示しているのかもしれない。

また,表5は,56年においては男女共に物語の結末よりも,結末に至る過程を印象に残している とした者が多かったが,58年になると,結末が印象に残っていると述べる者が,とくに女子におい て著しく増加した事を示している。このことは,何らかのはっきりした結果の見える話,すなわち はっきりした結果が提示される話に関心を持つようになって来ていることを示しているのかもしれ ない。それは,「いじわるな継母や姉妹にいじめられて可哀想な主人公が最後に王子様と結婚して 幸せになれたことが嬉しかった」,「正直者は最後に必ずむくわれるのがよかった」というような記 述から推測されることである。このことは,先に触れた「皆で楽しく,仲良く,平等に」といった 話の経過,あるいは,話の内容自体に重点がおかれ,明確な結末が余り提示されることのない創作

ものが,記憶されている話の中で占ある割合が減少して来ていることに通ずるものであろう。

しかし,このような大きな変化が何故当初調査の2年後の58年の調査において現われたのだろう か。56年の調査対象になった青年は昭和30年代にかかる幼児期を送っているのに対し,58年の調査 対象の青年は彼らの幼児期が昭和40年代であることと,何らかの関係があるのだろうか。このこと

についての結論は,今後の検討を待ちたいと考えている。

さて,このように印象に残っているところとして挙げられたものを見ていくと,同じ「お話」を 印象に残っているとした者の間でも,全く異なるところを挙げていることが多い,つまり,ある者 は「不幸な女の子が最後に王子に見出されて幸せになる」事に喜びを感じ,それが心に残っている と述べ,またある者は「継母のいじ悪さ」を憎悪し,それを心に留めているとしているし,また別 のある者は「心の優しい人は幸せになれる」と感じて来たと述べる等様々である。すなわち,これ は当然のことであろうけれど,心に残る残り方は人各々に異なっていることを意味しているのであ る。人各々が心うたれるもの,感動するものが異なることを意味しているのである。

(7)

そこで,印象に残っているところを彼らは,どのような言葉で,どのような特徴を記述している かを検討してみよう。

用いられている言葉を,話の事実以外の形容的用語や,情動的用語を使って記述したものだけに っいて見ると,「優しい人」,「心の美しさ」,「素直さ」,「暖かい心」などのように人柄や性格を賛 える時に用いるプラスの価値を持つ性格形容語,「いじわるな」,「悪い」,「欲の深い」のような人 柄や性格を非難する時に用いるマイナスの価値を持つ形容語,「楽しい」,「ロマンチックな」のよ うに話の展開や内容,あるいは場面から受ける情感語,あるいは「嬉しい」,「安心した」のように 登場人物の行動に対して持つ情感語(プラスの価値),逆にマイナスの情感語には,「にくたらしい」

「恐い」,「悲しい」などといったものがある。その他,「珍しい」とか「不思議」といった話の 内容に対して持った感想語(これを論理的語として分類する)や,「うらやましい」,「あこがれ」

のような登場人物(または動・植物)への共鳴語などを見出すことが出来る。このようにして整理 したのが表6である。

表6によれば,56年,58年共に話の

表6 用いられた特性語 展開や内容,場面,あるいは登場人物

調査年 1981

i昭和56年) i昭和58年)1983 の行為に対して持った感情をその行 特性語     性 男 女  計 男 女 計 為や内容と共に印象に残っていると アろとして表現した者が最も多く(56 プラスの性格形容語 2  9 11 1 12  13 年:男57.1%,女667%,全体で

マイナスの  〃 1  1  2 3  6  9 635%,58年:男61B%,女458

プラスの情感語 6  5 21 11 24 35 %,全体で51D%),次いで,56年

マイナスの  〃 6 13 19 ゆ10 14  24 では登場人物の人柄や性格が,それ 論 理  的 語 5  2  7 5  8  13 によってもたらされた幸せや不幸な 共   鳴   語 1  2  3 4 19 23 結末と共に印象に残っているとした

21 42 63 34 83 117 者(全体で20.6%,男14.3%,女 238%)が多かった。・58年では登場 人物への憧憬・共鳴が197%,登場人物の人柄や性格が188%と続いている。以上のことは,す なわち,彼らの多くが,登場人物の行為や話の展開や内容に対して持った感情を印象に残っている として記述していることは彼らが幼小時において,話に一体感を持ち,あるいは登場人物に同一視 していることを示しているといえよう。このことが,彼らの心的世界の拡大に役立っているのかも

しれない。

また,「桃から人間の子どもが生まれるなんて不思議」などのように,現実にあり得ないことに 対して疑問を持ったことを記述しているもの(論理語として分類したもの)が56年で48%,58年 では11ユ%あったことは,その数は極く僅かとはいえ,幼小時においても現実と矛盾する事柄に 気づき,それに疑問を持ち得ることを示しているものと考えられる。

ところで,このような記述の中に,「正直者は幸福になる,あるいは報われる」,「正義が勝つ」,

「悪は滅びる」,「努力するものは報われる」等々といった,いわば教訓的なことが印象に残ってい るとした記述が,56年において15(男7,女8),58年では33(男17,女16)あった。これは,印 象に残っている事柄を記述した者の9.3%(56年,男13.5%,女7.3%),15.9%(58年,男

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25%,女115%)である。 この数から見る限り,幼小時に体験する「お話」から何か教訓的な事 柄を学びとっている者はさほど多くはないが,女子よりも男子の方が,話から何らかの教訓を学び とり,それを心に留めているものが多いといえる。

この事実は,先に見たように,勧善懲悪を筋とする「日本の昔ぱなし」が男子により多く読まれ ていることと関連していると考えられる。ただし,このような教訓が,その後の生活の中で生かさ れているかどうかの結論は,今後の検討を待たなければならない。

謝意.本研究のデータの集計に当たり,日本女子大学研究生の根本葉子さんの協力を得ま した。ここに感謝の意を表します。       ・

参 考 文 献

1)安藤美紀夫 1980.「コメントー創造性にとって量的測定はどんな意味をもつのか一」『児童心理学の進 歩』(金子書房)331−335.

2)ベッテルハイム,B.(波多野完治,乾佑美子共訳)1978.『昔話の魔力』(評論社)

3)花田登由子,谷本順子,中美智子,松浦冨美子,柿田万寿美,福岡由美子 1978.「絵本の教育機能に関 する基礎的研究 1絵本の画像と映像における認識機能の差」 r日本保育学会第31回大会論文集』346−347.

4)井戸裕子,品村幸子,一ノ瀬和子,堀内康人 1979.「幼児は或る絵本をどの様に理解したか」 r日本保 育学会第32回大会論文集』452−453.

5)垣内田郁代,中野富士子,三谷恭子 1978.「絵本の教育機能に関する基礎的研究 6。絵本の選択,その 条件について」r日本保育学会第3王回大会論文集』356−357.

6)河合隼雄 1982.『昔話と日本人の心』(岩波書店)

7)ノ1 林剛1982、「物語絵本の受容に関する絵の効果について」r日本保育学会第31回大会論文集』362−363.

8)松浦冨美子,花田登由子,谷本順子,中美智子,柿田万寿美,福岡由美子 1978.「絵本の教育機能に関 する基礎的研究 4.絵本における意味構成の条件」r日本保育学会第31回大会論文集』352−353.

9)水野陽一,飯田和也 1980.「絵本に対する母及び子の反応に対する研究 第一報一内容の違う同タイト ルの絵本を通して一」『日本保育学会第33回大会論文集』270−271.

10)桜井徳太郎 1972.r昔ぱなし一日本人の心のふるさと一(改訂版)』(塙新書)

11)佐々木宏子 1980.「絵本一児童心理学からの研究視点をさぐる一」r児童心理学の進歩(1980年度版)』

(金子書房)309−330.

12)品村幸子,井戸裕子,一ノ瀬和子,堀内康人 1979.「幼児は或る絵本をどの様に理解したか」 r日本保 育学会第32回大会論文集』454−555

13)谷本順子,中美智子,松浦冨美子,柿田万寿美,福岡由美子,花田登由子 1978.「絵本の教育機能に関 する基礎的研究 2.絵本の画像と言語との関連」r日本保育学会第31回大会論文集』348−349.

14)山本道子 1979.「絵本への興味反応の分析と比較一小1,小2の場合一」『日本保育学会第32回大会論

文集』456−457.

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