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Cultural Diversity in School Education: Go Beyond Religious Differences

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*茨 城 大 学 教 育 学 部 社 会 科 教 室 地 誌 学 研 究 室( 〒310-8512  水 戸 市 文 京2-1-1; Laboratory of Regional Geography, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).

Ⅰ はじめに

文部科学省によれば,学校教育においては①新しい時代に求められる資質・能力を育む教育課程 を実現するための体制整備,②複雑化・多様化した課題を解決するための体制整備,③子供と向き 合う時間の確保等のための体制整備の3点が今日的課題となっている1。①については,20173 月の学習指導要領改訂を受けて,20204月から新学習指導要領に基づく教育課程が実施される こととなる。③については,文部科学省が201712月に示した「学校における働き方改革に関 する緊急対策」に基づいて業務の役割分担・適正化することで,子供と向き合う時間の確保が模索 され始めたところである。②については,都市化・過疎化の進行や家族形態の変容ばかりでなく,

価値観や生活様式の多様化などを背景として実に様々な問題が指摘されており2,その対応のため の体制整備が喫緊の課題とされている。

Abstract

 It is important to understand and respect different culture for promoting cultural diversity in school education. A purpose of this paper is to make clear consideration points for school- age children on mandatory education, focusing on religion that might be the toughest matter to understand each other. Particularly, Islam requires a lot of thought, because daily/school life can’t be separated from religious practices. Therefore this paper focus on consideration points for Islamic school-age children in public school.

学校教育における文化的多様性

―宗教に基づく違いに着目して―

大島規江*

(2019 年 8 月 30 日受理)

Cultural Diversity in School Education:

Go Beyond Religious Differences

Norie OSHIMA* (Accepted August 30, 2019)

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本稿で取り上げる文化的多様性に関しては,日本においては多様性自体が近年クローズアップさ れてきた問題であることから,研究成果が極めて少ない。さらに言えば,外国人就学者のうち義務 教育課程に在籍する者は,小学校においては全就学者の0.93%,中学校においては0.74%と,い ずれも1%未満であるため3,外国人児童生徒が多い学校や市町村においては個別に対応を講じて いるものの,研究対象としてはほぼ等閑に付されている4。日本における外国人児童生徒の現状を 捉えた研究としてはハヤシザキ(20155の論考を上げることができる。外国人児童生徒数は法務 省入国管理局出入国在留管理庁の入国管理統計や文部科学省の学校基本調査などで把握可能であ る。しかし,その数は実態とはややかけ離れているとハヤシザキは指摘する。彼は国勢調査の分析 結果から国際結婚による重国籍の子どもは外国人児童生徒の1.5倍はいると予測できると述べてい る。日本の学校教育はすでに多文化共生という課題に直面しながらも,外国人児童生徒のニーズに 応えられていない(松尾20126。松尾はその根本的問題を2点挙げている。第一に,日本の学校 教育はメリトクラシー(能力主義)7から脱却できず,異なる言語や文化を背景とした特別なニー ズはあまりすくいあげられていないことである。外国人児童生徒の学力不振は,同じ学習機会は提 供されていることを根拠に,すべて本人の頑張りや努力の問題とされている。第二は,日本の学校 教育はすべての子どもを同じく扱うことを基本としているため,社会の常識とされる日本人のやり 方・考え方が強要されていることである。これはとりもなおさず外国人児童生徒の文化が剥奪され ていることにほかならない。

ところで,多義的概念である「文化」を定義することは難しい。このため,本稿では,ユネスコ の「文化的多様性に関する世界宣言」UNESCO, 20018における定義に従って議論をすすめる。「文 化的多様性に関する世界宣言」において,文化とは「特定の社会または社会集団に特有の,精神的,

物質的,知的,感情的特徴をあわせたもの」であり,また,「芸術・文学だけではなく,生活様式,

共生の方法,価値観,伝統及び信仰も含むものである」とされている。したがって,学校教育にお いては,図工(美術)や国語のみならず,生活科,社会,外国語活動,技術・家庭,音楽など多教 科にわたって取り扱われる主題である。

文化的多様性を推進するうえでは異なる文化を理解し尊重することが必須である。そこで本稿は,

文化的多様性なかでも最も相互理解を図ることが困難であると考えられる宗教に焦点を当てて,公 教育の義務教育課程における児童生徒に対する配慮事項について明らかにする。宗教については,

近年,当該児童生徒数が急増しており,また日常生活と宗教実践が不可分なために特別な配慮を要 するイスラームを取り上げる。

Ⅱ 外国人児童生徒の量的・質的変化

2-1 量的変化

外国人児童生徒数は1951年までさかのぼって把握することができる。1950 年,外務省に入国 管理庁が設置されたことにより,1951 年に「出入国管理令」が公布されたためである9。図1は 19512018年における外国人児童生徒数の推移を示したものであり,小中学校ともに同じ軌跡を 描いている。1950年代から急増した外国人児童生徒数は1958年にピークを迎えた後,1960年代 に急減した。1960 年代半ばは,人手不足を背景として産業界から「単純労働者」の受け入れが要

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請された時期である10。しかしながら,1967年の「第一次雇用対策基本計画」において外国人労 働者を受け入れないことが了解された。この方針が踏襲されて,1973年の「第二次雇用対策基本 計画」および1976年の「第三次雇用対策基本計画」が出された。このため,小中学校における外 国人児童生徒数は,1960年代の急減以降,マクロレベルでみれば微減増を繰り返すにとどまって いる。

階級59歳,1014歳,1519歳人口を合算し,便宜的に就学外国人とした。小学校は満 7歳から始まること,1519歳人口には就労者も多分に含まれるであろうことなどは容易に推測 できるが,代替えできる統計がないため,当該統計を使用して都道府県別就学外国人の分布を図2 として示した。

就学外国人は圧倒的に東京都(36,336人)に多い。次いで愛知県(19,984人),神奈川県(14,881),

大阪府(12,327人),埼玉県(10,299人)と続く。これら上位5位までの都府県に就学外国人の

55%が居住している。さらに,千葉県(8,396人),静岡県(7,846人),兵庫県(6,742人),群馬県(4,888 人),岐阜県(4,443人),三重県(4,130人),茨城県(4,112人),福岡県(3,814人)を加えると,

就学外国人の80%がこれらの地域に含まれる。当該地域は,京浜,中京,阪神の三大工業地帯を 核として,鹿島臨海,関東内陸,京葉,東海工業地域を加えた地域に相当する。

いる。1950年代から急増した外国人児童生徒数は1958年にピークを迎えた後、1960年代に急減し た。1960 年代半ばは、人手不足を背景として産業界から「単純労働者」の受け入れが要請された 時期である10)。しかしながら、1967年の「第一次雇用対策基本計画」において外国人労働者を受け 入れないことが了解された。この方針が踏襲されて、1973年の「第二次雇用対策基本計画」および 1976年の「第三次雇用対策基本計画」が出された。このため、小中学校における外国人児童生徒数 は、1960年代の急減以降、マクロレベルでみれば微減増を繰り返すにとどまっている。

階級59 歳、1014 歳、1519歳人口を合算し、便宜的に就学外国人とした。小学校は満 7 歳から始まること、1519歳人口には就労者も多分に含まれるであろうことなどは容易に推測でき るが、代替えできる統計がないため、当該統計を使用して都道府県別就学外国人の分布を図2とし て示した。

就学外国人は圧倒的に東京都(36,336人)に多い。次いで愛知県(19,984人)、神奈川県(14,881

大阪府(12,327人)、埼玉県(10,299人)と続く。これら上位5位までの都府県に就学外国人の55

が居住している。さらに、千葉県(8,396人)、静岡県(7,846人)、兵庫県(6,742人)、群馬県(4,888 人)、岐阜県(4,443人)、三重県(4,130人)、茨城県(4,112人)、福岡県3,814 人)を加えると、

就学外国人の80%がこれらの地域に含まれる。当該地域は、京浜、中京、阪神の三大工業地帯を核 として、鹿島臨海、関東内陸、京葉、東海工業地域を加えた地域に相当する。

図1 外国人児童生徒数の推移(19512018年)

学校基本調査により作成

1 外国人児童生徒数の推移(19512018年)

学校基本調査により作成

大島:学校教育における文化的多様性 35

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茨城県においては,小中学校に在籍する外国人児童生徒は県西および県南に偏在する(図3)。

最も多い外国人児童生徒数を有する市町村はつくば市の340名であり,常総市の328名,土浦市 204名,古河市181名,下妻市132名,結城市113名,坂東市106名,筑西市83名と続く。県庁 所在地の水戸市の73人は神栖市の66人と同程度である。

国立および民間の研究機関が集積するつくば市は特異な存在であるが,その他の市は工業団地を 有するという共通点を持つ。常総市には大生郷工業団地をはじめとして,坂手工業団地,内守谷工 業団地,花島工業団地,土浦市には土浦北工業団地,テクノパーク土浦北,神立工業団地,東筑波 新治工業団地,古河市には丘里工業団地,北利根工業団地,配電盤工業団地,古河名崎工業団地,

下妻市にはつくば下妻工業団地,ニューつくば下妻工業団地,つくば下妻第二工業団地,しもつま 鯨工業団地,結城市には結城第一工業団地,西繁昌塚工業団地,才光寺農工団地,坂東市にはつく ばハイテクパークいわい,坂東インター工業団地,筑西市には玉戸工業団地,つくば関城工業団地,

茨城大学教育学部紀要(人文・社会科学,芸術)69号(2019)

茨城県においては、小中学校に在籍する外国人児童生徒は県西および県南に偏在する(図3) 最も多い外国人児童生徒数を有する市町村はつくば市の340名であり、常総市の328名、土浦市204 名、古河市181名、下妻市132名、結城市113名、坂東市106名、筑西市83名と続く。県庁所在 地の水戸市の73人は神栖市の66人と同程度である。

国立および民間の研究機関が集積するつくば市は特異な存在であるが、その他の市は工業団地を 有するという共通点を持つ。常総市には大生郷工業団地をはじめとして、坂手工業団地、内守谷工 業団地、花島工業団地、土浦市には土浦北工業団地、テクノパーク土浦北、神立工業団地、東筑波 新治工業団地、古河市には丘里工業団地、北利根工業団地、配電盤工業団地、古河名崎工業団地、

下妻市にはつくば下妻工業団地、ニューつくば下妻工業団地、つくば下妻第二工業団地、しもつま 図2 都道府県別にみた就学外国人の分布(2018年)

国勢調査により作成

2 都道府県別にみた就学外国人の分布(2018年)

国勢調査により作成

茨城大学教育学部紀要(人文・社会科学,芸術)69 号(2020)

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関舘工業団地などが立地している。

国勢調査を基に作成した図2と学校基本調査を基に作成した図3から導き出されることは,全 国と茨城県における就学外国人(あるいは義務教育課程の外国人児童生徒)の分布には工業地域と いう要因が強く関わっているように考えられる。

2-2 質的変化

1970年代~2000年代にかけて,小中学校における外国人児童生徒数には大きな変動がない(図 1)。しかしながら,日本の外国人受け入れ政策と連動して,大きな質的変化がみられる。とりわ け,1985年のプラザ合意以降,円高が進行したことにより日本企業の海外進出が相次いだ11。そ の反動を受けて国内においては産業の空洞化が進行し,単純労働者の需要が減少していく。しかし,

バブル経済に沸いていた日本を目指す外国人労働者は増加傾向にあった12。このため,1988年の

「第六次雇用対策基本計画」では外国人労働者を「専門的・技術的労働者」と「単純労働者」とに 区分した。このうち,「専門的・技術的労働者」は可能な限り受け入れる一方で,「単純労働者」は 慎重に対応するとの方針が示された。この方針に則って, 1989 年に「出入国管理及び難民認定法」

が改正され,1990 年に施行された13。また,1990年に「研修」の在留資格制度が設けられ,1993 年に「外国人技能実習制度」も整備された。

このような経緯で作られた在留資格制度には,「活動に伴う在留資格」と「身分または地位に基 づく在留資格」からなる。活動に伴う在留資格には,外交をはじめとして,公用,教授,芸術,宗 鯨工業団地、結城市には結城第一工業団地、西繁昌塚工業団地、才光寺農工団地、坂東市にはつく ばハイテクパークいわい、坂東インター工業団地、筑西市には玉戸工業団地、つくば関城工業団地、

関舘工業団地などが立地している。

国勢調査を基に作成した図2と学校基本調査を基に作成した図3から導き出されることは、全国 と茨城県における外国人就学生(あるいは義務教育課程の外国人児童生徒)の分布には工業地域と いう要因が強く関わっているように考えられる。

2-2 質的変化

1970年代~2000年代にかけて、小中学校における外国人児童生徒数には大きな変動がない(図 1)。しかしながら、日本の外国人受け入れ政策と連動して、大きな質的変化がみられる。とりわ け、1985年のプラザ合意以降、円高が進行したことにより日本企業の海外進出が相次いだ11)。その 反動を受けて国内においては産業の空洞化が進行し、単純労働者の需要が減少していく。しかし、

バブル経済に沸いていた日本を目指す外国人労働者は増加傾向にあった12)このため、1988年の「第 六次雇用対策基本計画」では外国人労働者を「専門的・技術的労働者」と「単純労働者」とに区分 した。このうち、「専門的・技術的労働者」は可能な限り受け入れる一方で、「単純労働者」は慎重

図3 茨城県における外国人児童生徒の分布(2018年)

茨城県学校基本調査結果報告書(2019)により作成

3 茨城県における外国人児童生徒の分布(2018年)

茨城県学校基本調査結果報告書(2019)により作成

大島:学校教育における文化的多様性 37

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教,報道などがあるほか,短期滞在,留学,就学,研修,家族滞在,特定活動を含んでいる。前者 には就労資格があるのに対して,後者には当該資格以外での就労資格が認められていない。地位に 基づく在留資格には,永住者,日本人配偶者等,永住者の配偶者等,定住者があり,いずれも就労 に制約がない14

バブル崩壊後の1990年代,経済のグローバル化が急速に進展したことにより,日本の産業構造 は大きく変化した15。産業構造の変容に伴って雇用にも変化が生じた。競争力強化の必要性に迫 られた企業は,コスト削減および不確実性への対応を余儀なくされる。このため,正規雇用である 正社員の採用を抑制する一方で,パートやアルバイトばかりではなく派遣社員,契約社員,臨時社 員,嘱託社員などの非正規雇用の非正規社員を増やしていく。この非正規雇用に従事する者には外 国人も含まれており,なかでも日系人の割合が高かった16。デカセギに来ていた彼らのなかには,

1998年の永住許可要件の緩和もあって,定住の道を選ぶ者も出てきた。日系人をはじめとした外 国人の定住化によって外国人児童生徒数が増加した地域もある。

ここで1995年から2015年における国籍別就学年齢外国人の推移を確認する。学校基本調査は 校種別に外国人児童生徒数を集計しているものの,国籍別には集計していない。このため,国籍別 にみた就学外国人については国勢調査の人口等基本集計を使用した。人口等基本集計の外国人統計 のうち年齢階級59歳,1014歳,1519歳人口を合算し,便宜的に就学外国人とした。表 1は就学外国人を指数と実数で表したものである。国籍別の外国人統計が整備された初年の1995 年を1としている。1995年,最多の国籍は韓国,朝鮮であり104,172名に上った。次いでブラジ ルの20,153名,中国の19,965名となっている。経年変化に着目すると,1995年に最多であった韓国,

朝鮮籍は,2000年には指数0.752005年には0.532010年には0.372015年には0.27と年を 追って激減している。ブラジル籍は,2000年には指数1.502005年には1.73と急増したものの,

2010年には1.352015年には1.17となっている。ブラジル籍と類似した指数変化をするのがペルー 籍である。1990年の出入国管理法改正により日系23世とその家族に対して「定住者」の資格が 与えられたため,双方とも日系人として来日した人々である。日系人は2008年のリーマンショッ ク後に解雇され帰国を余儀なくされたために,その前後において増減傾向に変化が生じている。中 国籍は,2000年には指数1.422005年には1.582010年には1.852015年には2.34となって おり,2015年には実数46,675を数えて最も多い国籍となった。指数では激減した韓国,朝鮮であ るが,実数においては中国に次いで多い27,772名となっている。次いで,ブラジル,フィリピン,

ベトナムとなっている。実数が17,699名となっているフィリピンは,2000年には指数1.652005 年には2.952010年には4.252015年には5.43と激増している。実数は少ないものの,インド ネシア,ベトナム,タイも急増を示している。このように,就学年齢外国人は東アジア諸国,日本 にルーツを持つ南米諸国,東南アジア諸国の人びとへと多様性を増している。

1988年「第6次雇用対策基本計画」以降,専門的・技術的な知識やスキルを有する高度外国人 材は積極的に受け入れる一方,それ以外の外国人は労働力不足への対応や就労目的では原則受け入 れないのが日本政府の方針であった。2018年,日本政府は「経済財政運営と改革の基本方針2018

―少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現―」(骨太方針,以下「骨太方針2018」)によ 30年ぶりに方針を転換した17。「骨太方針2018」の「第2章 力強い経済成長の実現に向けた 重点的な取組」では,①人づくり革命の実現と拡大,②生産性革命の実現と拡大,③働き方改革の

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推進,④新たな外国人材の受入れ,⑤重要課題への取組についての指針が示されている。「④新た な外国人材の受入れ」に関しては,①一定の専門性・技能を有する外国人材を受け入れる新たな在 留資格の創設,②従来の外国人材受入れの更なる促進,③外国人の受入れ環境の整備が謳われてい る。

日本国内で雇用されて働く外国人は,201810月末時点で146万人と過去最高を更新してい 18。在留資格別の割合は,就労を目的とした在留資格者は全体の2割以下にとどまる一方で,8 割以上が就労以外を目的とした在留資格で入国・滞在を認められた外国人で占められている。前出 の①で示された新たな在留資格の創設は,こうした現状に即した形での在留を促進するものであろ う。また,②では従来の外国人材の受け入れ促進が提案されているほか,③では外国人の受け入れ 環境の整備について言及されていることから,日本は外国人との共生社会を構築していく方向性に あると読んでよいであろう。そこで想起されるのは,労働者として来日した外国人が日本において 家族を形成し,外国にルーツを持つ児童生徒数は今後ますます増えていくことである。

日本よりはるかに先行して外国人労働者を受け入れた国々のなかでも,とりわけ「定住」を前提 とせず「移民」(一時的労働者)を受け入れたヨーロッパ諸国は,「移民」の「定住」化により〇〇 系△人に関する問題を多かれ少なかれ抱えている19。多くの問題は社会・経済的要因ばかりでなく,

文化的要因に起因することが指摘されている。来欧した労働者は機械ではなく人間であり,アイデ ンティティをはじめとして言語,価値観,行動規範などの「異質な」文化を持ち込んだ。「移民」は「移 民」であり,そのうち帰国する人びとという目算であったことも大きな原因であるが,問題の根底 には,アメリカやカナダとは異なり,ヨーロッパ諸国は移民国ではないという認識があろう。それ ゆえ,「移民」受け入れ国では何らかの形で統合政策を実施している。統合政策は多文化主義に基 づいて実施されたものの,例えば,フランスは人種や宗教に関わらず,フランス語を話して政教分 離などのフランスの理念に従う者をすべて「フランス人」としているように,実質的には同化主義 であるとの見方もある20

文化のなかでも,とりわけ宗教は,ホスト社会と「移民」との軋轢の火種になりやすい。アメリ

1 国籍別就学年齢外国人の推移(19952015年)

  単位:<指数>1995年=1

<実数>人

1995 2000 2005 2010 2015

指数 実数 指数 実数 指数 実数 指数 実数 指数 実数 韓国,朝鮮 1 104172 0.75 78389 0.53 55178 0.37 38851 0.27 27772 中国 1 19965 1.42 28314 1.58 31604 1.85 36922 2.34 46675 フィリピン 1 3260 1.65 5392 2.98 9714 4.25 13862 5.43 17699

タイ 1 610 1.77 1079 2.98 1819 3.18 1939 3.41 2080

インドネシア 1 372 1.67 623 2.52 938 3.37 1253 6.43 2392

ベトナム 1 1819 1.26 2293 1.71 3115 2.24 4066 4.83 8789

ブラジル 1 20153 1.50 30181 1.73 34850 1.35 27233 1.17 23645

ペルー 1 3310 1.62 5369 2.26 7484 2.25 7454 2.14 7085

国勢調査(平成7, 12, 17, 22, 27年)により作成

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カにおける同時多発テロを契機として,アメリカばかりでなくヨーロッパにおいても嫌イスラーム が広がり,2018年現在もそうした風潮を払拭できないでいる。そこで次章では,日常生活におけ る宗教実践を欠かせないイスラームに対する理解を促す一助となることを期待し,学校生活に関わ るイスラームの宗教実践について記述する。

Ⅲ 学校生活における宗教実践

3-1 イスラームの生活規範

イスラームは唯一神アッラーを信仰し,神が預言者を通じて啓示したクルアーンの教えを信じて いる。イスラームの多数派であるスンニ派信仰者には六信と五行が課せられている。六信とは6 の信仰対象であり,五行とは5つの信仰行為である21。信仰の対象は,神(アッラー),天使(マラー イカ),聖典(クトゥブ),預言者(ルスル),来世(アーヒラ),予定(カダル)である。

神は天地の創造主であり,宇宙の支配者であり,永遠の唯一絶対の存在であり,全知全能である とされる。この神が人間による一切の表象を禁止しているために,肖像画をはじめとする絵画,彫 刻,音楽などを否定している。このため,アラベスクと呼ばれる幾何学文様が発達した。天使は神 によって光から作られたものであり,神の手足となって働く。預言者ムハンマドに神の言葉である クルアーンを届けたのは天使ジブリール(ガブリエル)である。聖典は預言者ムハンマドにアラビ ア語で記されたクルアーンを与えた。モーセに与えられた律法,ダビデに与えられた詩編,イエス に与えられた福音書もまた,神によって与えられたことから聖典である。しかし,人びとが歪曲し た解釈を行われていることを理由として,イスラーム圏のいくつかの国ではクルアーン以外の聖典 を禁書としている。預言者は25人とされるが,とくに神の言葉を啓示されたモーセ,ダビデ,イ エス,ムハンマドの四人は使徒と呼ばれている。来世は個々人の現世での行為に対する審判が神に よって下されてくるものであり,善人には楽園,悪人には火獄が用意されているとされる。予定は すべての神によって定められており,人びとの意思や責任の入り込む余地はないとされる。

一方の信仰行為は,信仰告白(シャハーダ),礼拝(サラート),喜捨(ザカート),断食(サウム),

巡礼(ハッジュ)である。これらに加えて,神の教えで定められた行動規範に従って生活すること が,イスラームには求められている。六信と五行が課せられているとはいうものの,法的拘束力を 伴うものではないことや解釈の仕方によるために地域差のみならず個人差がある。一般的にサウジ アラビアをはじめとした中東諸国は規律に厳格であり,東南アジアなどの地域はそれほど厳格でな いと言われている。日本における就学外国人のうちイスラームを信仰する者は,インドネシアやマ レーシアからの来日者である。前章で述べたように,東南アジア出身の就学外国人数は2010年代 に急増しており,「骨太方針2018」によりますます増えるものと予想される。

信仰告白は成人男性二人以上の証人を前にして「神のほかに神はいない。ムハンマドは神の使徒 である」とアラビア語で唱えることにより入信となる。信仰告白は礼拝時にも日常的にも行われる。

礼拝は一日五回メッカの方向を向いて行う。礼拝場所は指定されていないものの,清潔な場所で行 うこととされ,トイレや浴室などでは禁じられている。また,礼拝に際しては,手・口・鼻・顔・

腕・髪・耳・足を水で清めるウドゥー(小浄)が必要であり,原則としては手は肘まで,足はくる ぶしまで流水で洗わなければならない。喜捨は自発的な布施とは異なり,義務的な献金である22

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喜捨はイスラーム教徒に課せられた財産税で,寡婦や孤児,物乞いや貧しい巡礼者などの困窮者の 救済や信者の相互扶助を目的とした税となっている。断食はイスラーム暦の第九月,いわゆるラマ ダーン月の一か月間は日の出から日没まで飲食を断つほか,喫煙や性交などの人間的欲望から身を 清める。基本的には成人男女に適用されるが,病人,妊婦,巡礼者,兵士などは免除される。巡礼 は他の4行とは異なり,実行できる体力と財力のある者のみに対して課せられたものである。人生 のうち1回は聖地巡礼を行うことが求められている。

イスラーム教とキリスト教および仏教との違いは,日常生活で信仰を表すことが求められている か否かである。生活と宗教が不可分なため,学校生活をはじめとする日常生活に支障をきたすこと もあるほか,政教分離の理念に抵触するとみなされて条例などで行為などが規制されることもある。

3-2 イスラームの児童生徒への対応

イスラームの生活規範のなかでも特に理解が必要なことは,以下の2点である。一つ目は,ハラー ル(許された行為・物)とハラーム(禁じられた行為・物)という考え方に基づく規範である。イ スラームの生活全般にハラールとハラームが存在し,彼らはハラームを避けて生活しなければなら ない。学校教育において最大の課題となるハラームは,おそらく給食で提供される豚肉などであろ う。イスラームの教えでは,豚以外の動物は「神の御名によって,神は偉大なり」と唱えて頸動脈 を切って屠殺し,体内の血液を抜いて処理したものであればハラールである。イスラーム法の解釈 によれば,ハラール食品がない場合には,豚肉さえ避ければ,ユダヤ教徒やキリスト教徒が「それ ぞれの規定に従って処理した食肉を食べてもよい。日本の学校に児童生徒を通わせているイスラー ムの保護者からすれば日本人は仏教徒であり,その手により処理されたであろう鶏肉や牛肉を子ど もたちに食べさせることに抵抗や躊躇がある。ましてや,禁忌の豚肉をはじめとして,ベーコンや ソーセージなどの豚肉加工食品,豚骨スープやラードなどの豚エキスや油脂,調味料や添加物など に含まれる豚由来成分(乳化剤,ショートニング,ゼラチン,コラーゲンなど)は,子どもたちに 食べさせたくないと考えていることが多い23。また,アルコールも避けるべきとされているため,

焼酎などをベースに作られるみりんや保存料としてアルコールが添加された醤油などの調味料も避 けたいと考えている。二つ目は,一日五回の礼拝に関する規定である。早朝の礼拝(ファジュル),

正午過ぎの礼拝(ズフル),遅い午後の礼拝(アスル),日没後の礼拝(マグリブ),夜の就寝前の 礼拝(イシャーウ)のうち24,正午過ぎの礼拝と遅い午後の礼拝の2回については児童生徒が校 内において礼拝することを希望するかもしれない。先に述べたように,清潔な場所で行う必要があ るほか,礼拝に先立ってウドゥーを行う必要がある。

一つ目の食品に関する規範に対しては,給食のみならず,家庭科,食品加工工場見学などの特別 活動,修学旅行などの学校行事において配慮をしなければならない。ごく少数ではあるが,市町村 によっては通常献立とは別にハラール献立を提供しているところもある。ハラール食品の調達をし なければならないことに加えて,限られた調理器具でハラームとハラールを作るには1回ごとに 調理器具の洗浄をしなければならないために手間と時間がかかる。こうしたことから多くの学校で は,児童生徒に弁当を持参させることで対応しているようである。保護者のなかには,子どもが日 本人児童生徒とは違うものを食べていることで好奇な目で見られたり,からかわれたりしないか憂 慮している者もいる25。彼らは給食の献立表を活用してできるだけ類似した献立などの弁当を子

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どもに持たせている。献立表を頼りに未知の料理に想像を膨らませながら挑戦しているある保護者 は,日本語が読めないためスマートフォンの翻訳アプリで献立表の漢字などを読み込ませてからメ ニューを検索している。しかし,検索で解決しないこともあり,例えば,「あまずあえ」や「グリー ンサラダ」の場合は何を作るべきか苦慮するという。イスラームの保護者に活用されている献立表 であるが,「おたのしみメニュー」などがある場合にも,学校の配慮がなければ解決ができない。

子どもたちがほんの些細なことでクラスや学校で孤立しないために,学校は保護者や子どもたちの ニーズを吸い上げたうえでサポートする必要性がある。二つ目の礼拝に関しては,授業中であって も礼拝に行くことを認めたり,礼拝場所を設けたり,ウドゥーを行う場所を設けたりする必要性が ある。現状は,礼拝場所については校長室や多目的室にヨガマットなどを引いて対応,ウドゥー場 所については既存の水道設置場所において簡易ウドゥーで対応しているようである。

Ⅳ おわりに

1950年代から急増した外国人児童生徒数は1958年にピークを迎えた後,1960年代に急減した。

以降,マクロレベルでみれば微減増を繰り返すにとどまっている。しかしながら,2010年代,長 らく微減増を繰り返していた外国人児童生徒数は急増している。就学年齢外国人は東アジア諸国中 心であったものが,日本にルーツを持つ南米諸国,そして東南アジア諸国の人びとへと多様性を増 している。日本における就学年齢外国人のうちイスラームを信仰する者は,インドネシアやマレー シアからの来日者である。東南アジア出身の就学外国人数は2010年代に急増しており,「骨太方 2018」によりますます増えるものと予想される。

イスラーム教とキリスト教および仏教との違いは,日常生活において信仰を表すことが求められ ているか否かである。イスラーム教においては生活と宗教が不可分なため,学校生活をはじめとす る日常生活に支障をきたすこともある。学校生活において特に配慮が必要な事柄は,食品に関する 禁忌と礼拝に関してである。食品に関する禁忌については,給食をはじめとして,家庭科,食品加 工工場見学などの特別活動,修学旅行などの学校行事において配慮をしなければならない。礼拝に 関しては,授業中であっても礼拝に行くことを認めたり,礼拝場所を設けたり,ウドゥーを行う場 所を設けたりする必要性がある。

そのほか,小学校高学年になると男児・女児とも断食を行うこともあるので,昼休みは別室で過 ごさせることや午後の授業は無理をさせないなどの配慮が必要となってくる。女児に関しては,ヒ ジャーブを着用する者も出てくることから,ヒジャーブに対する他の児童生徒の理解を促すような 言葉がけが重要となってくる。また,他人に肌を見せることに抵抗が出てくるため,体育の水泳の 授業において専用水着の着用許可あるいは授業見学などの対応も必要になってくる。偶像崇拝を禁 止されているイスラームの児童生徒に対しては,図工(美術)の授業で人物画ばかりでなく動植物 の写実表現を求めることも注意が必要である。音楽は官能的快楽をもたらすハラームとされている ため,音楽の授業で楽器演奏や唱歌を強要することも避けなければならない。

上記のことを念頭に置きつつ授業などを行うとともに,子どもたちがほんの些細なことでクラス や学校で孤立しないために,学校は保護者や子どもたちのニーズを吸い上げたうえでサポートする ことが肝要である。本稿はイスラームの児童生徒の保護者に聞き取りを行ったものの,滞日イスラー

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ムの主流であるか否かは定かではないほか,学校や教育委員会に対して聞き取りを行っていないた め学校側の制約や限界について明らかにできなかった。これらの点は今後の課題としたい。

謝辞

本稿執筆にあたっては,マスジド・バイトル・ムカッラム(ひたちなかモスク)の方にご協力い ただきました。ここに記して感謝いたします。

1) 文部科学省HP(最終閲覧日:2019612日)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1365224.htm

2) 例えば,文部科学省は,①子どもの学ぶ意欲や学力・気力・体力が低下傾向にあるとともに,様々な実体 験の減少等に伴い,社会性やコミュニケーション能力等が不足していること,②いじめや不登校,校内暴力 等の問題が依然として深刻な状況にあるほか,仮想現実やインターネットの世界に過度に浸ったことも原因 と考えられる事件が発生するなど,子どもたちの間に「新しい荒れ」とも言うべき状況が見られること,③ LD(学習障害),ADHD(注意欠陥/多動性障害)や高機能自閉症等の児童生徒に対する支援の必要性など を指摘している。

3) 学校基本調査(2018)による。

4) 文化的多様性を推進するなかで,最も相互理解を図ることが困難であると考えられる宗教については,以 下の研究がある。丸山英樹.2007.「滞日ムスリムの教育に関する予備的考察」『国立教育政策研究所紀要』,

136,165-174.店田廣文・岡井宏文.2010.「滞日ムスリムの子ども教育に関する調査報告書」『多民族・多 世代社会研究所報告書』,6,1-141.

5) ハヤシザキカズヒコ.2015.「移民の子どもの教育の現状と課題」『日本労働研究雑誌』,662,54-62.

6) 松尾知明.2012.「日本における多文化教育の構築─教育のユニバーサルデザインに向けて―」『社会科教 育研究』116,45-56.

7)「がんばればみんなできる」という「能力=平等主義」は,欧米諸国ではすでに1970年代前半に崩れ始め ていた。日本においても,1990年代以降,メリトクラシーに国民を包含しようとするシナリオにゆらぎが見 えはじめた。小玉重夫.2008.「学力調査の思想史的文脈 ─新しい国家統制か,それとも福祉国家の再定義か─」

『教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書 2007年-2008年』(ベネッセ教育総合研究所),16-30.

8) UNESCO. 2001. Universal Declaration on Cultural Diversity, Adopted by the 31st Session of UNESCOs General Conference, Records of the General Conference, 31st Session Paris, 15 October to 3 November 2001, Volume 1, Resolutions, Paris: UNESCO, pp.62-63.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000124687.page=67(最終閲覧日:2019612日)(日本語訳は,

文部科学省HPに掲載された仮訳に準拠した)

9) 李政宏.2012.「日本の外国人入国政策の変遷と外国人入国の推移」『早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊』20,1,189-199.

10)依光正哲.2012.「日本における外国人労働者問題の歴史的推移と今後の課題」 Discussion Paper 52 (Institute

(12)

of Economic Research, Hitotsubashi Universit),1-33.

11)前掲7)

12)前掲6)

13)鈴木江理子2005. 「外国人労働者から外国人,移民へ」依光正哲編『日本の移民政策を考える-人口減少社 会の課題』(明石書店).23-33.

14)法務省出入国在留管理庁HP(最終閲覧日:2019820日)

http://www.immi-moj.go.jp/tetuduki/kanri/qaq5.pdf

15)神田玲子.2015.「経済のグローバル化が 90 年代の労働市場に与えた影響」『 経済社会総合研究所』, pp.367-393.

16)片岡博美.2008.「日本のブラジル人社会」山下清海編『エスニック・ワールド―世界と日本のエスニッ ク社会―』(明石書店).230-236.

17)内閣府HP(最終閲覧日:2019820日)

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2018/2018_basicpolicies_ja.pdf 18)厚生労働省HP(最終閲覧日:2019820日)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_03337.html

19)トレンハルト,D.(宮島喬ほか訳)1994.『新しい移民大陸ヨーロッパ』(明石書店).大島規江.2008.

「オランダのエスニック社会」山下清海編 『世界と日本のエスニック社会』(明石書店).149-155. 大島規江.

2009.「アムステルダムの景観を歩く―都市発展と移民から読み解く景観」阿部和俊編 『都市の景観地理―

大陸ヨーロッパ編―』(朝倉書店),34-46.小林薫.2009. 「ドイツの移民政策における「統合の失敗」」『ヨー ロッパ研究』(東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター),8,119-139. 宮島喬.2012.「フランス移民労働 者政策の転換―2006年移民法と「選別的移民」の含意―」『法政大学大原社会問題研究所雑誌』,645,1-13. 

20)トッド,E.(東松秀雄・ 石崎晴己訳)2009.「移民の運命―同化か隔離か―」(藤原書店).

21)塩尻和子・池田美佐子.2004.『イスラームの生活を知る事典』(東京堂出版).

22)厳密にいえば,喜捨にはザカートとサダカがあり,現代においてはザカートは制度喜捨,サダカは自由喜 捨とされている。

23)マスジド・バイトル・ムカッラム(ひたちなかモスク)での聞き取り調査による。

24) Islamic Center JapanHP(最終閲覧日:2019821日)

http://www.islamcenter.or.jp/about-islam/prayer/

25)前掲23)

茨城大学教育学部紀要(人文・社会科学,芸術)69 号(2020)

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