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[書評] 酒井文雄著『再評価剰余金論』 : 戦後日本 の資産再評価

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[書評] 酒井文雄著『再評価剰余金論』 : 戦後日本 の資産再評価

その他のタイトル [Book Review] Fumio Sakai, Revaluation Surplus, 1968.

著者 内川 菊義

雑誌名 關西大學商學論集

巻 13

号 3

ページ 304‑312

発行年 1968‑08‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00021256

(2)

酒井文雄著『再評価剰余金論』

一戦後日本の資産再評価—

内 川 菊 義

周知のように,わが国の企業会計原則ほ,剰余金を利益剰余金と資本剰余金とに分 けて,利益剰余金についてほ,「利益の留保額からなる剰余金」として,その性格を積 極的に規定しているのにたいし,資本剰余金については,単に「利益以外の源泉から 生ずる」剰余金として,その性格を消極的に規定しているにすぎない。したがってこ の企業会計原則の規定にしたがえば,株式プレミアムなどの払込剰余金と再評価剰余 金とは,それらが,ともに利益の留保額ではない剰余金として,資本剰余金という同 一概念のなかに含まれることになるけれども,しかしこの株式プレミアムなどの払込 剰余金と再評価剰余金とは,それらが,なぜ剰余金として発生したかという,その積 極的な涼因はけっして同じではない。前者の払込剰余金は,株式の形態をとった資本,

すなわち株式資本の擬制資本化を基礎とすることによって発生するものであるのにた いし,後者の再評価剰余金は,インフレーションすなわち通貨価値の下落を基礎とす ることによって発生するものだからである。以下,この「再評価剰余金論」を真正面 から書評するということではなしに,本書を丹念に読んだー研究者が,本書の紹介を 行ないつつ,読後の若干の疑問を提出するという形で書評を試みたい。

本書は,第I部「固定資産再評価の展開とその主体」,第Il部「経理操作としての再 評価のねらいとその限界」第皿部「再評価促進論の論理的構造」,第1V部「補論」の四 つの部門から構成されている。

まず第I部の「固定資産再評価の展開とその主体」においては,著者は,これを三 つの章に分けて,わが国の固定資産再評価が,どのような歴史的経過をたどって実施 されたかを明らかにしようとしておられる。すなわち,著者は,ここではまず問題の

(3)

酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川) (30S)  IOI  一般的意義を明らかにするために,「本書で取り扱う再評価とは,インフレーションを 媒介として,その結果あるいはその過程で,通常法制的に行なわれる一個の重要な会 計問題である」(3ページ)が,それは,わが国に特有な問題ではなく,第一次世界大 戦後あるいは第二次世界大戦後において,世界の各国において行なわれている共通の 問題である。そして,その特徴ほ,これを一義的に説明することはできないとしても,

少なくとも四つの項目にまとめることができるとされている (3 4ページ)。

つぎに,それでは,このような特徴をもつ再評価の問題は,わが国では,どのよう な経過をたどつて制度化され,立法化されたかということについて,著者は,これを 五つの段階に分けてとらえておられる (5 7ページ)。 そして著者は,この立法化 の過程すなわち資産再評価法および企業資本充実法という,二つの主要な再評価関係 法の立法過程を考察して,再評価問題の政治的な側面を明らかにしようとされている。

が,それでは,これらの法案の審議過程において,いかなる事項が論ぜられたかとい うと,その主要な論点については,著者は,次の事項をあげておられる。

(1)再評価は各企業に任意にまかせるか,あるいは強制的に行なわせるか。

(2)再評価倍数として物価指数を採用したことの妥当性について。

(3)再評価の期間および回数をどのように定めるか。

(4)再評価差額にたいする課税および再評価にともなう固定資産の増加額にたいす る固定資産税の問題。

(5) 再評価積立金の資本組入は,これを促進すべきか,もしくは慎重に行なうぺき

(6)再評価はいかなる経済的効果をもち,また社会的にいかなる影響を与えるか。

そして,これらの問題を論ずるに際してほ,なかには社会公平の立場から論ずる意 見もあったが,その大部分ほ,大企業の立場からその利益を守る発言が多く,たとえ ぱ,(1)の任意か強制かということについては,企業資本充実法の段階にいたるまでは,

社会的犠牲の公平な分担という立場からは,強制的再評価の妥当性が主張されたにも かかわらず,財界の側からは,つねに任意再評価が弾力的であるとして支持されたこ と,また(3)の期間および回数についてほ,つねに期間の延長と回数の増加とを要望す る発言がなされるとともに,(4)の再評価にともなう課税についてほ,またつねにその 軽減と免除とが議論の中心になった。しかも,この再評価を行なうに際して最も重要 な問題である「再評価がいかなる経済的効果と社会的影響をもつものであるか」(22 ージ)ということについては,「かならずしも共通の関心事とまでなっていな」(32ペー

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酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川)

ジ)かったけれども,ただ一部には若干の注目すべき討議もなされたということが,

著者によって明らかにされている。

なお,著者ほ,これらの資産再評価法,企業資本充実法の制定・施行に際して,資 本家団体がいかに政治的工作を行なったかを述ぺられて,たとえばこの資産再評価法 の円滑な運用をはかり,資産の再評価を適正にするためという名目のもとに設けられ た資産再評価審議会ならびに資産再評価調査会が,じつは「わが国における固定資産 再評価推進のための独占資本の参謀本部としての役割を果たすものであった」 (29 ージ)ことを喝破しておられる。

̀ 

つぎに,第Il部の「経理操作としての再評価のねらいとその限界」においては,著 者は,やはりこれを三つの章に分けて,会計政策としての固定資産再評価の各種運用 形態と,その限界を,実証的に分析しておられる。

すなわちここでは,著者はまず固定資産再評価の会計実務が,具体的にどのように 行なわれるべきものとして制度化されたかという,その技術的な側面について詳しく 述ぺられたのち,「この考察の過程で生じた二,三の疑問を提出」するという形でこの 技術的側面にたいする著者の批判的見解を明らかにしておられる (55 57ページ)。

このような再評価問題の技術的な側面に関する考察が終了すると,それにつづいて,

著者は,.この再評価の経営政策的意義および国民経済的意義について考察を進めてお られる。が,まず前者の経営政策的意義,すなわちこの再評価が資本蓄積のための経 営政策として,どのような機能をはたしているかということについては,三つの機能 があることを明らかにしておられる (58 63ページ)。

つぎに,再評価の国民経済的意義について,著者は,「再評価の問題が戦後のわが国 国民経済のなかでどのような位置を占め,どのような意義をもつものであ→tこかとい

うことは,まだそれほど明らかにされてきたとは考えられない」が,しかし「一個の 会計問題としての再評価の問題は,その具体的な実践過程で現実の経済や政治や法律 と切断しては考えられない」とされて,「再評価がいったいだれのために行なわれ,そ れはまた国民各層にどうした影響をおよぼしてきたかを」明らかにするために,たと えば「再評価実施法人数の6.4%を占める巨大企業が再評価差額累計額の86.8%を占 める」事実をあげられて,「このような巨大企業の再評価の具体的な姿がまた,数多く の中小資本の破壊であり,一般株主の没落であり,国民大衆の生活権の剥奪であるこ

(5)

酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川) (307)  103  とを,われわれはまた見のがすわけにはゆかない」(74 76ページ)と述べておられる。

さてつぎに,第W部の「再評価促進論の論理的構造」においては,著者は,この再 評価促進論の基本的イデオロギーとその主要な論点を批判的に検討し,再評価剰余金 の性格を通貨価値修正差額に結合したインフレ利得として規定しておられる。が,ま ず最初の,再評価促進論の基本的イデオロギーを検討されるに際してほ,著者は,「固 定資産再評価の必要性が論ぜられるとき,いつでも主張されるものi平 資 本 食 い つ ぶ し」という論理があるけれども,しかし「インフレーションは企業資本の蓄積や食い つぶしにとってほたんなる外在的契機にとどまらないし」,また「企業資本の蓄積や食 いつぶしiまたんに減価償却との関連だけで決定されるものではない」。 したがって,

「資本の食いつぶしがあるとすれば,それは巨大企業における操短やダンビング輸出 や出血受注や冗費の増大等であり,中小企業における『材料高・製品安』や重税や休 業や破産などである。……こうした現実の資本価値の破壊を会計上の『貨幣的錯覚』

の責任にすりかえることによって,資本蓄積を推進しようとするのが,プルジョア・

イデオログーたちのさけぶいわゆる資本食いつぶしの論理なのである」 (85 90ペー ジ)と述べて,資本食いつぶし論の欺醐性を暴露しておられる。

しかも著者は,「再評価は償却不足を補てんし,自己資本の充実を通じて資本構成を 是正するという意味で,企業経理の正常化に寄与するという••••••一般の考え方」 (91 ペ ージ)にたいしては,

A.再評価はすべての業種のすべての企業で一斉かつ一様に行なわれた会計措置で はない。

B.再評価ほ資本構成是正の基本的対策ではない。

C.  100%の再評価も企業経理の正常化にほかならずしも役だたない。

などの事実をあげられて,この再評価の問題は「評価基準の引上げといったような 単純な性質のものにとどまらず,各個企業におけるすべての経理操作あるいは国民経 済のあらゆる政策体系との関連のなかで相互媒介的に解決される性質のものなのであ る。国民経済そのものの真の合理化,真の正常化なくして,合理的な企業経営も企業 経営の正常化もありうるはずがないし,また,企業経営そのものの真の合理化,真の 正常化なくして,合理的な企業経営も企業経理の正常化もありうるはずがない」(96 ージ)ことを明らかにしておられる。

(6)

つぎに,著者は,この再評価促進論の展開過程においてなされた若千の論争につい て考察を施され.まずこの「再評価理論の出発点であり結論でもある再評価実施の是 非について……は,こんにちにいたるまでその重要さほどにはかえりみられていない うらみがある。すなわち,この問題はその根底において,経済学上のインフレ経済理 論,貨幣論,価格変動論…等の再検討を必要とするものであるが,再評価を是認する 立場においても否認する立場においても,ともにかならずしも右のようなこの問題の 根底に遡及して,企業会計の本質的な機能からその是非を論ずるという徹底したもの とはいいがたい)(99ページ)旨注意を喚起されて.そうなった理由の一つは,前述の ごとき誤ったイデオロギーに圧倒されて,再評価問題の科学的な経済理論の助力を十 分に得られなかったことにある,と指摘しておられる。そして再評価の促進を主張さ れる黒澤教授と再評価自重論を唱えられる木村和三郎教授の論争を取り上げられて,

著者は「われわれは,木村教授の所説にみられる道徳的教説の調子と生産力説的なに おいを認めながらも『固定資産再評価の世上の所論は結局のところ日本金融資本の再 建と基礎確立に寄与するだけであって,戦災,敗戦による国家・国民の損失を社会の 大衆に負担せしめることになる』という教授の基本的な見解の正しさを確認し,教授 の再評価自重論を支持すぺきであろうと思う」 (100ページ)と批評しておられる。

つぎに,再評価実施の具体的方法に関する論争としては,主として再評価基準,再 評価の付帯条件,再評価差額の性格.再評価税課微の是非に関する論争がなされたと

されて.まずはじめの再評価基準については,わが国では,原則として日銀卸売物価 指数が採用されているが,これにたいして,小売物価指数をより妥当とみなす西垣教 授の見解,あるいは再買時価についての一部財界の要望があり,また金価格こそが本 来的な貨幣価値修正基準としての役割を果たすものであることを主張する,岡部教授 の見解があることを指摘されておられる。

なお,再評価の付帯条件として一般に取り上げられたのほ,配当制限と償却資金の 使途制限とがあるが,著者は,これらの実施を提案される山下教授の見解と,それに 反対される西野嘉一郎氏の見解をあげて,これを論評しておられる。

そして最後に,再評価差額の性格と再評価税課徴の是非については,著者は,再評 価差額の性格を抽象的一般的に論ずることは困難であるにもかかわらず.わが国の再 評価促進論者は,通常計算上の再評価差額の資本剰余金としての性格を抽象的,一義 的に論ずるだけであり,したがって「わが国においては再評価税反対論あるいは再評 価税軽減論を一方的に独走させたきらいが濃厚であった」 (105ページ)と論ぜられ,

(7)

酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川) (309) 105  岡部,馬場,井藤の諸教授の反対論が,わが国の再評価実施過程で多くの人たちの共 感を得るにいたらなかったことは,かえすがえすも残念なことであった,と述べてお

られる。

さて,以上のごとき論評を試みられたのち,著者は,わが国における著名な経済学 者の再評価観を概説されて,それにたいする若干の批評を行なわれ,最後に,再評価 積立金の性格に関する著者自身の積極的な見解を,次のように明らかにしておられる。

すなわち「わが国の通説は,この再評価差額ひいては再評価積立金をもっばら名目 利益(架空利益)したがってまた資本剰余金(資本修正差額)であると,規定してい る。だが,これらのものはいずれも,このように単に名目利益や資本剰余金の概念だ けで一義的に律せられるものではない。それは,私見によると,その一部に償却資産 原価の通貨価値の低下にともなう修正差額,したがってそれに該当する資本剰余金を 含んでいるが,他の一部には実質利益(利益剰余金)たるインフレ利得の内部留保額 をも含んでいるとみるべきものである」 (128ページ)と。

そして,著者は,その理由について次のごとく述べられている。

「なぜなら,インフレーション期に物価指数を修正基準とした再評価差額・再評価積 立金を現実に計上しうる企業は巨大企業とその系列下のきわめて限定された,一部中 小企業であり,これらの企業にあっては,その生産物価格の騰貴率が通貨価値の低下 率,減価償却費を含む全生産費の騰貴率をともに上まわるのが普通であるので,生産 物の販売過程でインフレ利得なる超過利潤が獲得され,このインフレ利得が,あるい は償却資産に発生した未実現のインフレ利得の会計上の減価償却過程を通じての実現 を保証し,あるいは償却資産に発生したインフレ損失とたんなる虚構のインフレ損失

……の会計上の減価償却過程を通じての留保利益への転化をうながすからである」(1 28 129ページ)。

なお最後に,著者は,第IV部の「補論」において,第二次世界大戦後に再評価を実 施した各国の再評価事情を概観されるとともに,アメリカの代表的な再評価反対論を 紹介され,またAAA57年会計基準にみられる価格水準修正会計観の吟味を行なって おられる。が,ここでは,それの詳細な紹介については省略することにする。

さて以上によって,本書の第I部から第

m

部までの本論に相当する部分について,

その内容を紹介してきたが,この紹介からも解るように,著者は,再評価剰余金の問

(8)

酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川)

題を考えるに際しては,単に再評価を実施する企業だけの立場にたって考えずに,っ ねに社会的な立場からこれを考えようとされており,したがってこの再評価剰余金に 関する著者の問題の取り上げ方およびその論旨の内容は,これまで論ぜられてきた通 説とはまったく異なったものとなっている。

すなわち通説によれば,再評価の問題は,もっばら再評価を実施しようとする企業 の立場から,単に「通貨価値の下落にもとづく計算上の差額を修正する会計措置と考 ぇ」られたり,あるいは「インフレーションにもとづく物量的な資本の食いつぶしを 防過するために減価償却費を増大する会計措置と考え」られたり,「あるいはまた資本 構成是正のための会計措置」(74ページ)として考えられているにすぎないけれども,

しかし著者は,社会的観点から,このような再評価を実施しうる企業は,独占利潤を 取得しうるような十分な収益力をもつ巨大企業,およびその系列下にあるきわめて限 定された一部の中小企業のみであって,他の一般的な収益力の乏しい中小企業は,か かる再評価を実施しえないのみか,巨大企業の再評価実施によって,かえって破産解 散あるいは休業しなければならないという危険性にさらされることとなり,また一般 株主は,巨大企業から与えられたわずかのオコボレの数倍の現金拠出を強要される結 果となるとともに,国民大衆は,巨大企業の再評価によるいっさいの矛盾のシワ寄せ を,高物価,重税,低賃金,労働強化,失業という形でうけとることになると論じて おられる。が,それは,著者自身が,再評価差額すなわち再評価剰余金の性格を,こ れまでの通説のように単に,インフレーションにもとづく資本修正差額すなわち資本 剰余金としてとらえる見解に反対されて,前節でも紹介したように,「それは,私見に よると,その一部に償却資産原価の通貨価値の低下にともなう修正差額,したがって それに該当する資本剰余金を含んでいるが,他の一部には実質利益(利益剰余金)た るインフレ利得の内部留保額をも含んでいるとみるべきものである」としてとらえて おられるためであると考えられる。

しかも著者ほ,このように「再評価差額・再評価積立金に含まれる実質利益の性格 を•…•インフレ利得として規定」 (129 ページ)しておられるがゆえに,そのことから,

著者は,また「再評価とは,インフレーションのもとで巨大企業の非合法で乱脈な資 本蓄積の体制を会計制度のうえでも確立するものj(57ページ)としての性格をもつこ ととなり,したがって「再評価は,もしそれが特定企業の資本蓄積を促進するとして も,それはまた矛盾の拡大再生産の過程でもあり,けっして矛盾の真の解決には寄与 しないものというべきであろう」(56ページ)という結論を下されることになっている。

(9)

酒井文雄著「再評価剰余金論」(内川) (311)  107  したがって以上のことから,わたくしは本書における著者の論旨は,再評価剰余 金は単なる資本修正差額でなく,そのなかにはインフレ利得の内部留保額も含まれる,

とされる著者の見解が論理の機軸となって,それが展開されているように考える。

しかしながら,この再評価剰余金の性格に関する著者の見解が禎極的に述べられて いる,第10章の「再評価稜立金とインフレ利得」における著者の論述は,やや集約化 されているうらみがあって,読者をして十分納得せしめる具体的な説明が欠けている ように,わたくしには思われる。

わたくしは,この再評価剰余金の性格に関する著者の説明が,やや集約化されてい て詳しくなされていないために,著者の真意を十分に理解することができず,そこに 述べられている著者の見解にたいして,つぎのようないくつかの疑問をいだいている。

わたくしのまず第一に疑問に感ずる点は,株式会社が借入金をもって購入した固定 資産について,評価替を行なった場合に生じた再評価差額についても,著者は,これ を資本剰余金としてとらえられるのであろうか,ということである。

株式会社の充用総資本が,もっばら自己資本,すなわち法定資本金,株式プレミア ム,利益剰余金などによって構成されている場合には,その所有する固定資産の評価 替によって生じた再評価差額は,これを単なる資本修正差額すなわち資本剰余金とし てとらえることが,ある理論のもとでは可能であるかもしれない。が,しかし,株式 会社の充用総資本が,このように,もっばら自己資本によって構成されているという 場合はきわめてまれであって,ほとんどすべての株式会社は,自己資本のほかに,借 入金などの他人資本によって構成されている,というのが普通である。

とすれば,その会社の固定資産が評価替されることによって生じた再評価差額のな かには,債務者なるがゆえに,インフレーションによる旧貨幣価値と新貨幣価値との 差額を利得するという,いわゆる債務者利潤も,そのなかに含まれると考えられる。

が,この点についての著者の説明は,本書においてはなされていないように見受けら れる。

つぎに,第二にわたくしの疑問に感ずる点は,著者が,再評価剌余金の「他の一部 には実質利益(利益剰余金)たるインフレ利得の内部留保額をも含んでいるとみるべ きものである」 (128ページ)といわれる場合の「インフレ利得」とは,具体的には,

いかなる内容のものを意味しておられるか,ということである。いいかえれば,著者

(10)

の説明のなかにおける,「生産物の販売過程で獲得されたインフレ利得」と,「償却資産 の減価償却過程を通じて実現を保証されたインフレ利得」 (129ページ)とは,具体的 にほ同じ内容のものであるか,あるいは異なった内容のものであるかということ,ぉ よびこの後の場合の「実現を保証する」とは,具体的には,いかなる内容を指すもの であるか,ということである。

これらの点について,著者はいかに考えておられるのであろうか。もしも詳細な説 明が施されれば,ただちに氷解する疑問であるように思われる。

(A 5 248ページ,昭和431月,国元書房,定価1,000

(付記) 本稿は,関西経営学研究会の例会(昭和43年61日,大阪市立大学)における報告 要旨である。

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