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【学位論文審査の要旨】

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Academic year: 2021

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【学位論文審査の要旨】

1 研究の目的

量子トンネル効果は,古典的な粒子が到達できない領域に量子力学の確率波がしみ出す現 象であり,量子力学特有の現象として広く知られている.原子核,原子分子,固体等のミ クロな過程はもとより,メソ,あるいはマクロスケールでのトンネル現象までもが観測可 能な対象となりつつある現在,量子トンネル効果の基本的側面を改めて問い直すことには 基礎物理学の上で大きな意義がある.

通常,トンネル効果は,1次元の領域を運動する粒子がポテンシャル障壁に隔てられ,古 典的な運動が束縛される場合に起こる.この場合,トンネル効果に関与する自由度は粒子 が運動する 1 自由度のみであるが,一方で,多次元ポテンシャル面上で起こる化学反応な ど,トンネル遷移に関与する自由度が複数存在するような現象も現実には数多くある.

一般に多次元空間内で起こるトンネル効果,すなわち,多次元トンネル効果の問題は,

量子力学の基本問題のひとつと考えられるにも関わらず,比較的最近までほとんど議論さ れることがなかった.その大きな理由は,系が多次元になると,対応する古典論には一般 にカオスが発生し,状態間遷移の問題は,量子論を考える以前に,古典論において既に非 自明な問題となるからである.1次元のトンネル効果がエネルギー障壁によって隔てられ た状態間のみで起こるのに対し,多次元系では,古典粒子の進行を妨げるものがエネルギ ー障壁だけではなくなり状況は一変する.特に,非可積分系の位相空間内には,1次元系 には存在しないさまざま種類の不変構造が現れ,それらすべてが古典粒子に対する障壁の 役割を果たす.動力学上生成されたこれらの障壁は動的障壁と呼ばれ,トンネル遷移の進 む環境を1次元系のそれとはまったく異なったものにする.多次元系におけるトンネル過 程とは,粒子が,カオス的運動を伴いつつ,無数の動的障壁を次々に越えていく複雑な波 動効果に他ならない.

本論文の目的は,非可積分系で見られるトンネル確率の異常増大の起源を明らかにする ことである.トンネル確率の異常増大とは,典型的には,エネルギー固有値のトンネル分 裂などに観測される非可積分系固有の量子現象であり,90 年代初め,複数のグループによ って独立に見出されたものである.現在のところ,トンネル確率異常増大の起源を説明す る最も有力な理論としては,古典非線形共鳴の存在を手がかりにした,Resonance-assisted tunneling(RAT)と呼ばれる理論がよく知られているが,本論文では,全く異なる立場から トンネル確率増大の機構を考える.RAT理論はいくつかの具体例の検証をもってその正当性 が主張されてきたが,ここではその問題点についても詳細に検討を加える.

2 研究の方法と結果

非可積分系におけるトンネル確率の異常増大はエネルギー分裂に観察されるが,本論文 では,周期外力を受ける 1 次元振動子系を典型例としてその起源を具体的に探っていく.

ここでは特に,標準写像と呼ばれる,位相空間に規則軌道とカオス軌道とが共存する,最

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も一般的な非可積分写像を用いて解析を進める.写像系の量子論は,時間発展を記述する ユニタリ作用素を定義することにより導入され,ここでは,量子性を制御するためにプラ ンク定数はパラメータとして扱われる.論文ではまず,従来の理論,特に RAT 理論との立 場の違いを明確にするために,トンネル確率のプランク定数依存性に現れる非可積分系固 有の特徴的構造に関する作業仮説を立てる.具体的には,古典非線形共鳴から導かれる準 位共鳴のみにトンネル確率増大の起源を帰する RAT 機構に対して,ここでは,準位共鳴が もたらすスパイク構造だけではなく,長い周期をもつ階段状の骨格構造がトンネル確率の 異常増大に本質的に関与しているとの仮説を立て,その正当性を以下に記す方法によって 立証していく.

最初に,準位共鳴がもたらすスパイク構造が階段状の骨格構造と分離すべきものである ことを見るために,局所吸収ポテンシャルの方法を用いて,準位共鳴に関与する量子準位 を選択的に取り除くことを行った.ここでは適切な吸収ポテンシャルを導入することによ ってトンネル分裂のプランク定数依存性に現れるスパイク構造が消失し,しかる後にも階 段状の骨格構造が残ることを確認した.このことから,階段構造生成の起源が RAT 理論が 想定する準位共鳴によるものではないことが強く示唆された.

非可積分系でのトンネル確率を議論する際,最も自然な参照対象は可積分系におけるト ンネル確率である.量子力学でよく知られるように,可積分系,特に 1 次元系では,イン スタントンと呼ばれる虚時間に沿って走る複素軌道がトンネル過程を記述し,トンネル分 裂のプランク定数依存性はインスタントン軌道に対する作用虚部によって決定される.そ こで次に,可積分近似の方法を用いて,非可積分系におけるトンネル確率増大をもたらす 機構を詳しく調べた.具体的には,Baker-Campbell-Hausdorff 展開の方法を用いて繰り込 み可積分系を構成し,非可積分系と可積分系との残差を極小にした上で,トンネル確率増 大の本質を抽出することを行った.

繰り込み可積分系を用いた解析の結果,インスタントン成分とそれ以外のトンネル成分 との分離が明確になされ,以下の機構により階段構造が現れることが明らかになった.ま ず,非可積分系のトンネル過程においてもプランク定数が大きい,すなわち,量子性の強 い領域ではインスタントン過程がトンネル効果を支配し,非可積分系といえどもその本質 は可積分系のそれと変わらないことが確かめられた.一方,プランク定数が小さくなると,

あるところでインスタントン成分とそれ以外の成分との間での支配関係の交代が起こる.

ここではこの交代現象をインスタントン・非インスタントン転移と呼び,非可積分系固有 のトンネル効果発現の基本機構と位置づけた.さらにプランク定数が小さくなると階段状 の構造が現れるが,その出現には,インスタントン・非インスタントン転移と共通の機構 が働いていることがわかった.特に,本論文で研究の対象とした系は周期外力の加わった 非自励系であり,外力の振動数から決まる基本エネルギースケールがあることが重要であ る.各波動関数にはこのエネルギースケールを単位とした周期構造が現れ,それぞれの周 期にはトンネル成分が付随する.さらに,その各トンネル成分は,半古典的記述の困難な

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非自明成分と指数減衰を示す通常のトンネル成分とから成ることを見出した.トンネル分 裂のプランク定数依存性に見られる階段構造は,最終的に,これらが協同的に作用し,ト ンネル成分の支配関係が次々と交代していく過程であることを明らかにした.

最後に,非可積分系に見出されるトンネル確率の異常増大が,可積分系では発生し得な い理由に言及した.特に,階段構造生成の機構が可積分系では働かない動力学系背景を説 明し,系の可積分性がトンネル効果にもたらす違いを明確に提示することに成功した.

3 審査の結果

本論文は,多自由度系,特に非可積分系において見られるトンネル確率の異常増大の発 生機構およびその起源を調べたものである.非可積分系におけるトンネル確率の異常増大 は,その現象の存在が指摘されてから既に20年以上が経ち,冷却原子系,超伝導ビリヤー ド,光学マイクロキャビティなどさまざまな系での実験的検証も試みられている.そのよ うな中にあって,実は「なぜ非可積分系ではトンネル確率の異常増大が起こるのか?」と いう最も基本的な問いが未解決なままにあった.ここでは,繰り込み可積分系の方法を用 いることにより,その発生機構を初めて明らかにするとともに,従来の理論の問題点と限 界を指摘した.この結果は,多次元トンネル効果に関する理解を大きく進めるものとして 高く評価することができる.

また,今後の多自由度トンネル効果の研究に関する重要な貢献として挙げられるのは,

従来の WKB 理論が適用不能な純量子論的過程を非可積分系が内在していることの発見であ る.さらにこの事実が,トンネル分裂に見られる階段構造の出現,ひいては非可積分系に おけるトンネル確率増大の機構と表裏一体の関係にあることは示唆的である.カオスとい う現象が古典力学上でしか定義し得ない以上,カオスがいかに量子現象に顕在化するか,

という問いに答えるためには,何らかの意味で古典力学を基にした解析を避けて通ること ができない.WKB理論,もしくは広い意味での半古典理論がその要請に応える最も自然かつ 強力なアプローチであることを考えると,本論文において提起された問題は大きい.

以上より,本論文は博士(理学)の学位に充分値するものと判断した.

4 最終試験の結果

本学の学位規定に従って,最終試験を行った.公開の席上で論文内容の発表を行い,物 理学専攻教員による質疑応答を行った.また,論文審査委員による本論文および関連分野 の試問を行った.これらの結果を総合的に審査した結果,合格と判定した.

参照

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