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1899〜1939年のアメリカ製造工業における生産性の 趨勢について

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1899〜1939年のアメリカ製造工業における生産性の 趨勢について

その他のタイトル The Trends of Productivity in Manufacturing Industry of the United States, 1899‑1939.

著者 小林 英夫

雑誌名 關西大學商學論集

巻 3

号 3

ページ 283‑303

発行年 1958‑08‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021801

(2)

なじ報告書の続けてのべているように︑

工業における生産性の趨勢について

IL0

八九九ーー一九三九年のアメリカ製造

一般に生産性という概念は︑共通した内容をもつもののようである︒

﹁生産性とは形式的には︑生産されたる富の産出高とその生産過程に使いはたされたる資源の投入量とのあいだの 比率として定義される﹂ものである︒したがって生産性の意味するところは非常に広義であって︑たとえばこのお

﹁産出高の概念は︑諸欲望を充足させるところのあらゆる財貨およびサー

ヴィスーたんに工業および農業の生産のみでなく︑医師︑教師︑また商店や事務所や交通業その他に従事するひ

② 

と人\のサーヴィスー—を含む」のである。これと同じように投入される資源も、また広範囲な内容におよび、「こ の生産にともなうあらゆる努力と犠牲—|経営者や監督者や職人や労働者の仕事、自分の全所得をすっかり消費せ ずして公共および私的投資に資源をむけしめることを可能ならしめるところの人々の側における期待︑また石油や

1一九年のアメリカ製造工業における生産性の趨勢について︵小林︶

(3)

284 

まず生産の測定について考えよう︒第一に物理的尺度をもって測定するだけでは︑質の変化を測定することはで

きないから不充分である︒たとえば鉱業において鉱石に含まれる鉱物の含有量の相違が︑

もちろん以上の理由から労働生産性を意味しているのである︒

マン・アワー

( m a n

h o u r

)

間労働ー~の利用とのあいだの連結環である。一方においてわれわれは︑人間の必要に応じその欲望を充たすべく すなわち﹁おそらくもっとも重要なことであろうが︑労働生産性は︑経済の物的側面と経済の究局の資源│ー人

計画されたる生産を有する︒他方においてわれ/\は︑究局まで分析すると生産に払われたことになる真の代価︑

すなわち人間の時間と努力の犠牲を有する︒これらの諸量を結びつけるものして労働生産性は︑いかなる経済制度にとっても鍵となる中心的事実である﹂と︒この小論が対象としているアメリカ製造工業の生産性というときも︑

さてこのように生産性とは労働生産性なりとしたところで︑その労働生産性の測定にはさまざまな困難がある︒

生産性の概念にしたがえば︑労働生産性とは生産量と投入労働量との比であるが︑このいづれの量の測定にも問題 のうちに数えあげることができるであろう︒

③ 鉱物のように使いつくされて取りかえすことのできない天然資源の消尽│ーを意味する﹂のである︒

それゆえ生産性は︑たとえば電気や石炭や石油やガスをはじめとしてその他のあらゆる生産投入要素について︑

これを論ずることができる︒けれども一般に生産性というばあいは︑とくに断らないかぎり︑人間労働│ーしかも

一般には直接的生産行程上のそれ'~という投入要素の生産性、すなわち労働生産性を意味するものと考えられる。

生産性がふつうそのように考えられる原因は︑そう簡単には決められないけれども︑つぎのようなことをその原因

(4)

285 

つぎに労働投入量についても同様である︒第一に︑労働生産性というばあいの労働とは一般に生産労働者または

賃金稼得者のそれであって︑事務その他のサラリー生活者︑販売や広告のスクッフ︑デザインやニンヂニャリング

に従事するもの︑さらに監督者や経営者などは︑労働人口のうちかなりのウェイトを占めかつ産業内部においても

そうであるとしても︑すなわち生産活動に費された全人間時間のかなりの割合を占めるものであっても︑これは通

常無視されている︒第二に︑投入労働量を生産活動に費された時間で示すばあいにも︑その時間とは︑実際に働い

て生産をなした正味の時間よりは︑支払のなされる時間︵すなわち待ち時間や移動時間や有給休日のごとき実際に

働かずそれ故生産の行われない時間をふくむ︶を意味することが多い︒第三に︑

標は︑労働という商品の質的側面すなわちその労働の熟練度や価格の相違を無視している︒

したがって︑こうした幾分疑わしさのある二つの量からえられる生産性の値は︑必ずしも正確さを主張しえない

ことは勿論である︒のみならず生産のデークーはしばしば

6; wh er ev er ,p ro du ce d"

ba si s

によっているのにたいし︑労働のデークーは

es ta bl is hm en t ba si s

によっていることが多い︒この場合この二種のデークーをそのまま

比較することには大きな無理がある︒それゆえこれからアメリカ製造工業の生産性を論ずるばあいにも︑そこに示

九七 マン・アワーにかんする普通の指 当りの生産の趨勢に影響をおよぽすがごとくである︒第二に単一の生産物の生産についてはその生産性の測定もかなり正確さを期することはできるが︑多くの産業の多くの生産物について︑また広い地域にわたって生産性を測定ある︒それゆえ経済の大部分のセクションにまたがる生産性の量的ステートメントは︑ するばあいには︑単一の指標は望ましいことではあるが︑それにはかなりの不正確さと危険性とをともなうもので⑤ ﹁高度に抽象的﹂なもので

(5)

286 

1

一九年のアメリカ製造工業における生産性の趨勢について︵小林︶

される個々の数字よりも︑それらの数字の連続の示す︱つの趨勢にこそ︑

より大きな意義があるといってよい︒

山②③

I . L .   0 . ,   Wo rl d  L ab or   Report,

Pm

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0i

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an d  W el fa re , 

19 55 , p . 

6 4 .  

W.

  S .   W oy ti ns ky n  a d  a s so c i at e s ,  E mp lo ym en t  a nd   Wa ge s  i n  t h e  Un it ed   St a t es , N  ew   Yo rk , 

19 53 , pp. 

6 3

` 忠 .

Ib 起 . , p .  64 . 

I b i d . ,   p . 

65 . 

南北戦争後のアメリカ経済の発展はめざましく︑それはまさに﹁資本主義の勝利﹂というにふさわしかったけれ

アメリカ資本主義が真に発展をなすのは︑二十世紀に入ってからのことである︒それはまた︑

の小論は︑問題を複雑ならしめないために︑その大戦前夜の一九三九年をもって終ることとする︒

一 九 ︱ ︱

‑ 0 年代

に爛熟するにいたる技術の革命の一時代とも照応する︒したがってこの小論は︑もっばら一八九九年から始める︒

さらにまたこの技術革命の時代は︑第二次世界大戦を契機に新しい技術の革新の時代へと移行する︒したがってこ 製造工業の動きをみるには三つの指標が考えられる︒すなわち﹁製造業成長のより重要な指標のうちの二つは︑

産出高または物的生産物と︑それから雇用またはその生産物をつくりだすことに現実にたずさわった労働者の数と である︒第三の尺度たる産出高にたいする雇用の比率︑すなわち財貨の一単位を生産するに必要な労働量は︑さま

ざまな時点から考察するときは︑製造工程の変化についての特に鮮明な指標﹂である︒いまこの三つの指標につい

(6)

九九 一八九九年から一九三九年の四十年間についてみてみよう︒第一まずアメリカ製造工業全体の産出高の動きを︑③ 表はそれを示す︒この場合産出高の物理量測定単位は各生産物によってそれぞれ異るゆえに︑共通の尺度が必要であるが︑価格は変動するために共通の尺度とするに適当でなく︑結局各生産物の物理量の産出高指数を製造工業全

七四ポイントヘ︑すなわち約四倍の増加を示しており︑年当り

の平均増加率は三・五︒^ーセントである︒いまもし製品の質の

改善や材料および燃料の節約や無駄の追放などを考慮に入れる

つぎに乎均年増加は三・五︒^ーセントであるが︑表をくわしくみると年によって増加率に変化があり︑また絶対

的減少をしめす動きが九回みられる︒そのうち一九一六年から一九一九年いたる比較的おだやかな下降と︑

降には急激なものがあり︑たとへば一九0七ー八年の一九0三年水準への下落︑また一九二0ーニ︱年の生産の一

九一三年水準以下への下落などがみられる︒前者の下降は一九︱二年にいたるまで実質的な回復がなく︑また後者

0年代のピークによっても埋めあわされなかった︒それゆえに﹁これらの二つの時期においては︑

一八九九ー一九三九年のアメリカ製造工業における生産性の趨勢について︵小林︶ 九年にはじまる厳しい景気後退期との二つの減少のみが︑一年以上にわたるものである︒しかしながら︑短期の下

!産出高II 1産出高

1899  100  1920  242  1900  102  1921  194  1901  115  1922  249  1902  129  1923  280  1903  132  1924  266  1904  124  1925  298  1905  148  1926  316  1906  159  1927  317  1907  161  1928  332  19 133  1929  364  1909  158  1930  311  1910  168  1931  262  1911  161  1932  197  1912  185  1933  228  1913  198  1934  252  1914  186  1935  301  1915  218  1936  353  1916  259  1937  376  1917  257  1938  295  1918  254  1939  374  1919  222 

ならば︑この表の指標の示す以上の増大を期待してよいであろ

第 一 表

(1899年=100)

と︑合衆国製造工業の生産は四十年間に一00ボイントから 体にわたって綜合するのが便利である︒いまその第一表による てそれぞれ考察していくことにしようC

(7)

288 

第 二 表

少を呈している︒

I企 業 主 1俸給役職員1賃 金 労 働 者

1939  123,655 1,048,607 7,886,567 1937  99,268  1,217,171  8,569,231  1935  81,521  1,058,501  7,203,794  1933  72,267  770,314  5,787,611  1931  6,163,144  1929  132,687  1,290,037  8,369,705 

1927 132,151  1,223,982  7,848,070  1925  132,971  1,186,362  7,871,409  1923  147,958  1,280,488  8,194,170  1921  172,291  1,081,889800  6  ,475,474  1919  249,881  1,371,  8;423,964  1914  258,565  911,853  6,603,063  1909  272,426  750,537  6,262,242  1904  225,115  493,297  5,181,660  1899  348,100  4,501,919 

第 三 表

(1899=100) 

0

0

1II II 1

1899  100  1913  152  1927  175  1900  104  1914  146  1928  175  1901  109  1915  153  1929  187  1902  118  1916  179  162  1903  122  1917  191  1931  137  1904  115  1918  195  1932  117  1905 11990067   128 134 140  1921  111884884    1933  111256910    1908  124  1922  160  1936  174  1909  139  1923  183  1937  191  1910  145  1924  170  1938  160  1911  145  1925  175  1939  176  1912  151  1926  179 

カラー族は三五万から三00 ハーセントの増加にたいし︑ホワイト・ 働者は四五0万から八五0万へと九〇 た製造業人口の内訳をみると︑賃金労 のいずれよりも急速な増加である︒ま トや全産業人口増加率八五︒ハーセント の合衆国全人口の増加率七五︒^ーセン ト近くの増加を示している︒この期間 年の約九八八万人へと一00

一八九九年の推定五00万人から一九三七

九三八年の動きについても認められる︒ らも﹁リクーデーション 一八九九ー一九一︱︱九年のアメリカ製造工業における生産性の趨勢について︵小林︶④ 製造業の成長率上のスラムプは︑景気循環の期間以上に長びいた﹂のであり︑また産出高の成長率が︑

( r e t

a r d a

t i o n

)

さてつぎに雇用の動きをみよう︒残念ながら雇用にかんする数字は︑各連邦センサス年次についてしか得られない︒第二表はそれを示す︒これによると製造工業に従事する全人口は︑ おなじことはまた︑一九三七年から

10

0 

(8)

289 

一七ー一八年のピークに達する︒しかもそのビークは︑ る︵第三表︶︒第三表からもわかるように︑ 工場雇用数の純増加はみられない︒製造業人口のビークは︑

10  

つぎに製造業人口の一0o·~ーセソトの増加について、われ/\は二つの特徴を認めることができる。第一にこ

 

の増加は︑年々の着実な増加の累積の結果ではなくて︑さまざまな年変化率の結果である︒いま第三袈に示された

賃金労働者の変化の指数の示すように︑賃金労働者数の絶対的減少は九回みられ︑

一年以上にわたっている︒このときのスラムプは︑雇用を一九二九年水準より四〇︒^ーセントも低めたのであり︑

一九一四年や一九ニ―年といった低い水準にも二o·~ーセント及ばなかったのである。

第二の特徴としてもっと興味深いことに︑製造工業雇用の一00

うちの最初の二十年間にもっばら生じている︒実際一九一七ー一八年の一次大戦時にそのピークに達してのちは︑

一次大戦期の連邦センサス年次たる一九一九年の一︑

00

0万人強であり︵第二表︶︑また賃金労働者についてもそのピークは︑ 一八九九ー一九三九年の

一九一八年の指数一九五ボイントであ

一九一四年までは工場雇用はかなり乎均した年増加率をもって増加し

ており︑その後一次大戦によるョーロッ︒^交戦国からの軍需発注にもとづくプームとともに︑製造業の麗用は一九

0年代の繁栄期によってもまた一九三七年や一九四

0年という活況の年によっても︑追いこされることがなかった︒

生産と雇用の趨勢を知ることができると︑生産性の動きもほぽ推測することができる︒第一表と第三表との比較︑⑧ さらに第二表をこれに加味して第四表︵グラフ︶を描いてみよう︒

一九二九ー三二年の時期のみが

(9)

290 

製造工業全体の産出高,賃金労働者数および総屈用数の指数

ハ°ーセ注ージ'

45 

400  350  300  250 

, '  

ヽ r

 

 

  . 9 

l l  

` ・ ` '

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9 ,  

\ ヽ

9

 

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ー ー ヽ >

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,9

200   

150 

100 

1899  1909  1919  1829  1939 

示している︒これは︑この四十年間に倍加せる一雇用が四倍の生産 後の四十年間に半減している︑すなわち五0

雇用は︑賃金労働者についても全雇用についても︑ 0年代にもずっと上昇のカーヴとなっているのに︑生産は一九二

生産もともに下降したけれども︑生産の低下は雇用の減少程激し

ており︑その山と谷のタイミングがおなじである︒けれども特徴

的なことは︑生産のカーヴは雇用のそれを超えて着実に上昇し︑

0

I‑0

年 ︑

̲

l ‑

0

︱ ︱ ︱ 一 年 および一九二三ーニ六年に雇用が減少したときにも︑生産は依然

として上昇をつづけている︒逆に一九一八ーニ0年には︑雇用も

くはない︒また面白いことに︑雇用は一九一七ー一八年がピーク

ここに生産性の上昇ということが考えられるのである︒いま生

産性の指標として︑単位産出高当りの雇用の趨勢を第五衷によっ てみることにしよう︒表から明らかなように︑単位産出高当りの

一八九九年以 期をのぞけば︑生産は雇用より累進的に離れ︑

第四表によると︑生産のカーヴも一屈用のカーヴも非常に類似し

10

 

(10)

291 

第五表と第六表を比較すれば大凡見当のつくことであるが︑この時間短縮の労働能率にたいする効果は︑

関係は非常に大きなものではない︒ 縮は単位当りの労働者数を増大させるし︑また労働週が不変であれば︑単位当りのマン・アワーの減少は単位当り4の雇用の減少となるであろう︒第六表は製造工業全体の平均週労働時間の動きを示す︒これによれば労働週は︑八九九年の約六0時間から一九三六ー三九年の約四0時間へと二0時間︵三分の一︶の短縮が行われている︒しか

も第五表でみたように︑この期間に単位産出高当りの雇用は五〇︒^ーセントの減少を示している︒この事実は︑労

働時間の短縮は生産性の向上をもたらすとの通念を︑裏づけるものの如くである︒とはいうもののこの両者の相関

単位生産物当りの雇用 (1899年=100)

I恥書1全雇用ll 募 働 畜 全 雇 用

1899  100  100  I 1920  78  1900  101  1921  74  78  1901  94  1922  64  1902  91  1923  65  68  1903  93  1924  64  1904  92  94  1925  59  61  1905  87  1926  57  1906  85  1927  55  58 

1907  87  1•928 53 

1908  94  1929  51  54  1909  88  90  1930  52  1910  87  1931  52  1911  90  1932  59  1912  81  1933  57  59  1913  77  1934  60  1914  79  82  1935  53  56  1915  70  1936  49  1916  I 69  1937  51  53 

1917  74  1938  54  1918  77  1939  47  48  1919  84 

単位生産物当りのマン・アワーにして一定ならば︑労働週の短 の長さの函数として︑また生産物の一単位当り雇用されるとこ

l l  

" " ‑

ろのマン・アワーにて測定したる労働量の函数﹂と考えられる︒

10

1︱ ︱

 

﹁生産物に対する労働者の変化する割合は︑労働週 ところでこの単位当りの一層用の変化は︑労働時間の短縮と関 たよりもずっと大であろう︒また年平均減少率は一・八︒ハーセ ない改善を考慮すれば︑単位当りの雇用減少は第五表に示されントであるが︑実際の年変化率がさまざまであることはもちろ

をあげたことからも当然のことであろう︒統計数字にあらわれ

(11)

292 

そして第七表の示すように単位当りのマン・アワーは︑ その後ほぽ水平的趨勢の変動をしているのにたいし︑マン・アワーは一九一九年におなじくピーク︵一六四ボイン さてここで屑過してはならないのは︑

0 7 2 0 4 3 3 0 4 2 1 5 3 1 6 6 2 6 6 7

••••••••••••••••••••

10110005442088469857

55555554444433333333

01234567890123456789 

1 92 1

9 21 9

2 19 2

1 92 1

9 21 9

2 19 2

1 92 1

9 21 9

3 19 3

1 93 1

9 31 9

3 19 3

1 93 1

9 31 9

3 19 3

1.

1 . I I

̲ i

̲

II I

︱ ︱

均週一107397733886405209663

99&811117666605554432

555555555555555555555(

9 90 0

0 10 2

0 30 4

0 50 6

0 70 8

0 91 0

1 11 2

1 31 4

1 51 6

1 71 8

1 9 

1 81 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 91 9

1 9

る場合には︑これらのもたらす能率上の効果によって︑時間短縮 働週からの十時間の短縮よりも︑その労働能率に及ぼす効果が大 0時間労働週からの十時間の短縮は︑

ともに弱くなる︒というのもその効果は︑実は短縮される労働週

の絶対的長さに依存するからである︒たとえば一八九九年頃の六

0年代の五0時閻労

であるがごとくである︒のみならず機械化や技術の革新の進展す

による効果が相対的に弱められるであろう︒機械化や技術革新のそれほど進んでいない今世紀初頭の時間短縮の能 率上の効果のほうが︑その後のめざましい技術進展の時代のそれよりも大であったのも︑恐らくこのためであろう︒

マン・アワー

( m a n , h o u r )  

労働週の短縮の結果としてマン・ア

3 1  

ワー総数の動きと労働者総数の動きとの間には︑当然開きがでてくる︒第七表に示された総マン・アワー数の指数 の変化と第三表に示された雇用指数の動きとを比較してみよう︒雇用は一九一八年にピークに達しはするものの︑

ト︶を示してのち︑以後着実な減少の趨勢をあらわし続ける︒単位生産物当りのマン・アワーは終始減少である︒

0年代にもっとも著しく減少しており︑

0

10

0ボイントから三ニボイントヘと約三分の二の減少であるが︑

代になるとその減少のテムボはかなり緩かであり︑また少くとも一次大戦中にはその減少は事実上みられない︒な

おこの四十年間に単位当りのマン・アワーは︑ 九年以来四0年間つねにおなじだったわけではない︒それは時と

01

(12)

293 

財の現存

st oc k の変化との間の相違に存すると思われる︒資本の新しい投下

停滞しており一向に減少を示さない︒

マン・ア単位当りi マソ・ア単位当り

ワー マソ・ア ワー マソ・ア

総 数 ワ ー 総 数 ワ ー

1899  100  100  1927 

1 I47 

1903  120  91  1928  147  44  1907  136  84  1929  156  42  1909  134  85  1930  129  41  1914  136  73  1931  104  40  1919  164  74  1932  82  41  1920  161  67  1933  89  39  1921  119  61  1934  95  38  1922  137  55  1935  107  35  1923  158  56  1936  124  35  1924  141  53  1937  134  36  1925  148  50  1938  104  35  1926  152  48  1939  121  32 

(1899年=100)

10

1  年 1投資 II 1投資

1915 616  1928  2,306 

1916  1,052  1929  2,739  1917  1,736  1930  1,908  1918  2,466  1931  1,054  1919  2,224  1932  574  1920  3,165  1933  717  1921  1,367  1934  950  1922  1,542  1935  1,157  1923  2,050  1936  1,545  1924  1,731  1937  2,160  1925  1,96911938  1,393  1926  2,350  1939  1,572  1927  2,108  1940  2,303 

(単位=100万ドル)

最後に︑この単位当りのマン・アワーの動きを︑通常単位当りの必要労 働量を減少させる重要な要素と考えられている新投資の動きと対比してみ

⑳ " 1  

ると︑大変面白い結果がえられる︒第八表は︑

にいたる二十六年間について︑合衆国全体の製造工業における新投資︵プ ラントおよび設備にたいする新資本支出︶の動きを示すものである︒この 表を第七表と比較するとわかるように︑投資と単位当りのマン・アワーと の間には︑期待されるような明確な負の相関々係はみられない︒たとえば

0

ーニ︱年および一九二九ー三一年には︑単位当りのマン・アワー は減少を示しているが︑投資水準は高まっているどころか逆に低下している︒

もちろん常にそうであるわけではなく︑投資が非常な高水準にあった一九二三 ーニ九年には︑単位当りのマン・アワーももっとも著しく減少している︒しか し同じく投資の盛であった一九三五ー三七年には︑単位当りのマン・アワーは こうした結果のでてくる一つの理由は︑

おそらく資本の経常的

f l o w

と資本

一九一五年から一九四0

短縮︶で四倍の生産をあげたという事実から︑容易に計算される︒ これは倍加した労働者が三分の二の労働時間︵六

0時間から四

0時間への

参照

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