ジュリオ・ カ ミッロ 『 劇場のイデア』: 翻訳 と註釈 (4)
足 達 薫
洞窟 〔 その後半
〕 1《 太陽》
太陽の洞窟のもとには、
5つのイメージがある。すなわち、単独のアルゴス、アルゴスによって見 張 られる雌牛、ヘラクレスによって殺されるゲ‑ リュオーン、鶏 とライオン、そしてユーノーを 〔 弓 矢で〕射抜 くアポロンである。
〔 頭部に〕移 しい数の眼をもつ単独のアルゴスは、 この世界全体を意味 してお り
2、その頭は諸天 界であり、眼が星々であ り、それ らによって下方の諸事物が生成の開始に到達するまでを、遠 くか ら、ダチ ョウがその卵をそ うするように見守 り
3、その 〔 諸天界の〕車輪の中のあのス ピリ トウス
〔spirito〕の生命をそれ らに与えるのである。これについて、エゼキエルはこのように語る。「
生き物 の霊
〔spiritus〕が車輪の中にあった」4 。 これ 〔 スピリトウス〕は、あらゆる元素の生命を支える ものであるが、それにもかかわ らず、空気よりも火を、水よりも空気を、そ して土よりも水を好む。
だが、もしこのスピリトウスがそれに与える生命および肥沃さからはあまり好まれていないとされる
この大地 〔 土〕 こそが、さもなければ他の諸元素が発芽させなくてはならな くなるだろう多種多様の
事物すべてを発芽させているのであるとすれば、我々には見えないこの肥沃さ 〔 スピリトウスが諸元
素および事物に与える影響力のこと〕はやは り大地をも好んでいるのではないだろうか ? 『ピマン
デル』におけるヘルメス ・トリスメギス トスの語るところによれば
5、大地はいかなる仕方によって
も不動ではありえず、む しろ多 くの運動によって揺 り動かされているのだが、なお他の諸元素 と比べ
ればほとんど安定 しているといえる。そして彼が付け加えているところによれば、あらゆる事物の育
成者であ り、それらを受胎 し、発芽させるそれが運動を持たないと信 じてはならない、なぜなら事物
が運動を ともなわずに発芽することはあ りえないからである
6。そ して、星々がこの世界の眼である
のとちょうど同じように、多 くの場合にはその精妙さを通 じて前述の生命力を与えるスピリトウスを
受けとる草々および樹木はその身体の体毛および髪の毛に擬されるし、そして金属および石は骨に擬
されるのである
7.か くして、もし象徴神学者たち
〔itheologi simt油lici〕が無数の眼をともなうアルゴスの象徴のもとに世界を形象化 したとしてもなんら驚 くべきではない。なぜなら世界は生きてい
るからである。 このイメージは、か くして、この宇宙にあるすべての世界を、とりわけ諸天界の塊お
よび諸天体を表すだろう。
アルゴスによって見張 られる雌牛は、やはり大地を意味 しうるが、我々にとっては眼に見えるすべ ての事物、およびすべての色を意味するだろう
8。ヘラクレスによって
3つの頭を切断されるゲ‑ リュオーンは、太陽に属する時の始まり 〔 日の出〕、
時の継続 〔 昼〕、時の終局 〔日没〕を意味する
9。そ して、 このイメージは我々にとって、世界の諸 世代のみならず
、4つの季節をも意味するだろう
。それ らは、太陽の上昇および下降によって作 られ、
おそらくは昼および夜の
4つの部分をその諸部分の中に含んでいる。
〔 ゲ‑ リュオーンは〕パーシバエーのもとでは、人間の諸世代を意味するだろう。
〔 ゲ‑ リュオー ンは〕 メル ク リウスのサ ンダルのもとでは、分、時間、年、世代、そ して時計
〔1'horologio〕に関連する自然の諸操作 〔
を意味する〕 0
そ して 〔 ゲ‑ リュオーンは〕プロメウスのもとでは、人工的な年、分、時間、時計、および時間を 測る諸道具 〔 を意味する〕。
ライオンを ともなう鶏。プリニウスがこの意味を解明 しているが
10、それのみならず、プラ トン主 義者のジャンボリコスとルクレティウスもまたやはり述べているところにもよるならば、たとえこの
2匹の動物がどちらも太陽的な動物であるにせよ、鶏はその両眼の中に太陽のもっとも優れたなんら かの明度を有 しているのであり、その中にライオンを見据えると、ライオンはその前で従順 となるの である 1 1 。そ して、この劇場の著者に起 こったことなのだが、彼がパ リにいたとき、 トルネッロと呼 ばれる所で
12、多 くの紳士淑女たちといっしょに庭を見下ろす窓がある 1室にいたことがあった。す ると、鑑か ら抜け出した 1頭の 〔 雄〕ライオンがその部屋に入ってきて、彼の背後に近づき、前足 で彼を抱きしめたが、その爪によって傷つけることなく、その舌で彼を祇めたのである。そ して彼は この愛撫 とゲップとに気づいて、ようや くこの動物の姿を見た。あたりにいた他の人々は皆あちらこ ちらへ逃げ出して しまったが、ライオンは彼に従順であ り、まるで褒美を求めるような素振 りを して いた。もしもこの動物がその人物の内部に多 くの太陽の美徳があることに気が付かなかったのだとす れば、 このようなことが他の人にも同じように起 こっただろうということは出来ない
13。このイメー ジは、か くして、自然の諸事物の、比較に基づ く
〔percomparatione〕優秀性を合意するだろう。〔 ライオンをともなう鶏は〕パーシバエーのもとでは、人間の優秀性、優位性、尊厳、権威、およ び賞賛に値する事物への支配力を意味するだろう
。〔 ライオンをともなう鶏は〕メルクリウスのサンダルのもとでは、優位にすること、尊厳を与える こと、および地位を与えることを意味するだろう
。しかし 〔 ライオンを ともなう鶏は〕プロメテウスのもとでは、諸王権および諸王国を合意するだろ う
。それらはすべて著述家たちによって諸規則を通 じて統治されていたのであ り、それゆえよく保持 されたのである !
14雲の間のユーノーを 〔 弓矢で〕射抜 くアポロンは、雲の間に隠れたユーノーの、すなわち月のそれ に対置されるイメージである。そして、ホメロースがこの寓話を導き出 しているにもかかわらず
15、 ソクラテスが 『メノン』の中で強調するように、それゆえに 〔 ホメロースが〕神々の間に戦いを導き 入れたがっていると信 じるべきではないのである
16。これは、明示された諸事物を意味する。
そ して 〔 雲の間のユーノーを射抜 くアポロンは〕パーシバエーのもとでは、人間が自らを明示する
こと、そして光のもとに出向くことを意味する。
しかし、メルクリウスのサンダルのもとでは、人物ない し事物を明示すること 〔 を意味する〕 。
《 火星》
火星の洞窟のもとには
4つのイメージ、すなわち、ウルカヌス、天に向かって髪を引っ張 られて いる娘、争 う
2匹の蛇、そして ドラゴンの上のマルスがある。
ウルカヌスは、知 られているように、彼 とともに火の意味を有 してお り、これを詳 しく説明する必 要はないだろう。そ して、火は
3つの仕方によって区分されるのであるか ら、そのためまさしく月 の窪みにかすかに触れるそのもっとも精妙な部分が、ラテン人たちによって空気
〔aere〕とも呼ばれ る結果 となったのである。 これについて、キケロは 『 神々の本性について
』第
44章にて 〔 このよう に述べている〕 、「 エーテルはもっとも高き火によって構成されている。ラテン語におけるエーテルと いう語は、空気 という言い方が変化 して生 じたのである
」 17。そして、その 〔 エーテルがある〕場所 について、何人かの者はそれを木星の洞窟に置かれる空気に付随 していると見な しているらしいにも かかわらず、我々はそれが火よりも上位にあ りながらなお確固たる火の本性を持っているということ を見つめなおすならば、それは空気よりもむ しろ火に近いところにあるのが望ましいのである。そし て、キケロが同書の第
34章でこのように述べているのであるから、なおさらである。「 天において 燃えるものはエーテル、ない し天それ自体 と呼ばれる」 。そ して第 37章では、「 エーテルは光 と熱を 均等に含んでいる
」 18。この後 〔 第 2の部分〕には元素 としての火が続 くだろうし、第 3の部分には 我々が用いる火が置かれるだろう。そして、このイメージは饗宴およびそれに属する他の幾つかの扉 のもとにもあるのだが、それについて我々は饗宴 〔 に関する記述〕の中でより包括的に述べてきたの だから、ここではこのように述べれば事足 りるだろう
。すなわち、こちらの場所 〔 洞窟〕におけるウ ルカヌスは、エーテル、普遍的な燃焼を ともなう元素的な火、そ して個別の燃焼をともなう我々の火、
火の粉、炎、炭、そして灰を意味するのである。
そ して、これらの意味を含むこの 〔 ウルカヌスの〕イメージは、火星以外の他の天体にとって適切 とはな りえない。なぜなら、火星のみが火 と同様に熱 くかつ乾いているのであ り、それに対 して太陽 は熱 くはあるが、湿ってもいるからである。
天に向かって髪を引っ張 られている娘が、我々によってそのように描かれる理由は
19、プラ トンに よれば、人間は逆立つ樹木であ り、樹木は根を下方に向け、人間は根を上方に向けているからである
20。
そして、オ リゲネス、およびその後続者であるヒエロニムスは、聖書が髪ない し髭について言及 する場合は、身体における髭 と髪のこととしてではなく、魂の髭および髪 として理解されることを望 んでいる。魂は、隠職として
〔permetafora〕 、髪、髭、目、および身体に対応するその他の諸器官を 有 しているのである
Zl。そ して、もしある者が夜の空気にさらされたならば、髪 と髭は天からやって 来る凝縮 〔 凝固〕した湿気を身体の他のどの部分よりもよく明示するはず
〔manifesterebbono〕である。
彼 ら 〔 オ リゲネスとヒエロニムス〕は、樹木がその根によって大地から養育的な湿気を吸い取るのと
同じように、我々人間の全身における髪 と髭 とが、すべての精気がそこから流れ出す超天界の諸運河
の諸影響か ら、露
〔rugiada〕を、すなわち生命化する
〔humorvivificante〕湿気を引き出す と考え
ようとしているのである。そしてこのことについて、『 雅歌』の中ではこのように読まれる。「 あなた の髪の毛は結び合わされた運河である
」 22。これは超天界の小
川のこととして理解されるだろう。 こ の一節は、この 〔 人間の〕魂が超天界の生気に満ちているという意味を伝えている。そ して、『 詩篇』
では、アロンの湿 り気をおびた髭について、同様の句が読まれる
23。か くして、このイメージは、こ の 〔 地上〕世界においてこのような仕方で事物が持つ ことができる生気に関連する一冊の書物を含み、
生気に満ちた、あるいは強い、あるいは真実に値する
〔veritevole〕事物を意味するだろう。そ して、
真実を我々がこの場所に置 くのは、ダリウス大王の配下の賢者たちによって、それはあらゆる他の事 物を支配する力を持っていると結論付けられたからである
24。パーシバエーのもとでは、このイメージは、生気に満ちた、強い、そして真実的な本性を意味する だろう。
〔 天に向かって髪を引っ張 られている娘は〕メルクリウスのサンダルのもとでは、 生気を与えること、
ない し強さを与えること、ないし真実に関連する操作をすることを意味するだろう。
〔 第 5のセフイロー トである〕グヴィラ‑ 〔 Gabu r〕は真実であ り
25、このことが聖書において以 下のように宣言されていることに注 目しなければならない。「 慈 しみ と真実は出会い、正義 と平和は 口づけする
」 260争 う 2匹の蛇は、メルクリウスに関 して語 られる、争 う2匹の蛇 と出 くわ したとい う、あの寓話 を表 している。 このイメージのもとに、我々は、諸事物の不一致、相違、多様性を置 くだろう。
パーシバエーのもとでは、このイメージは、争いの本性
〔naturacontentiosa〕を意味するだろう。
〔 争 う
2匹の蛇は〕メルクリウスのサンダルのもとでは、争 うこと
〔contendere〕 〔 を意味する〕 。
〔 争 う 2匹の蛇は〕プロメテウスのもとでは、戦争の術、陸海で行われる戦争、そ してそれ らに属 する諸事物 〔 を意味する〕 。
ドラゴンの上のマルスが、我々によって描かれるのは
27、このような理由による。我々は、諸天体 は、それぞれに対応する超天界のセフイロー トから本性および影響を受け取ると述べた。そ して、火 星に影響を与えるグヴィラ‑は、ザマエル
〔Zamael 〕 と呼ばれる天使的知性を管理 しているが、そ れは神の毒を意味 している。それを用いて神は世界に懲罰を与えるのであ り、またカバラ主義者たち がその知性は ドラゴンの形をしていると述べているがゆえに、我々はその上にマルスをまたがらせる のである。 このイメージにはさらに、自然界にある有害な諸事物、毒をもつ諸事物を含む一冊の書物 を 〔 我々に〕与える。
〔ドラゴンの上のマルスは〕パーシバエーのもとでは、有害な本性、残酷な本性、そ して復讐的な 本性を意味するだろう。
〔ドラゴンの上のマルスは〕メルクリウスのサンダルのもとでは、傷つけること、残酷になること、
復讐すること、そ して阻止すること 〔 を意味する〕 。
《 木星≫
木星の洞窟の階層には、 5つのイメージ、すなわち、吊るされたユー ノー、 リラの 2つの穴 〔 i
duefbridellalira〕 、カ ドゥケウス
〔caduceo〕、その腹部に黄金の雨が降 り注 ぐダナエー、そして
3美神である。
吊るされたユーノーは、木星に属する饗宴にもあ り、そこでは単純な空気を意味する。そ して、こ ちらでは、宇宙に存在する4 元素を、そ してその中でも特に空気を意味するだろう。それ 〔 空気〕は、
3
つの領域に分割され、そのもっとも低い領域に我々は、露、霜、朝、光、寒さ、冷たさ、暑さ、そ して霧を置 くだろう。第
2の領域には、雲、風、雷、稲光、稲妻、雨、あられ、雪 〔 を置 くだろう〕 。 第
3の高い領域には、当星、流星、落下 してい くように見える星々
〔stellecadentiinapparenza〕 〔 を 置 くだろう〕 。
これは、メルクリウスのサンダルおよびプロメテウスにもやは りあるだろうが、 これについては饗 宴において述べ られているとお りである。
リラの
2つの穴を我々は必要性ゆえに作 り出 したのだが、 それはこのような理由とともにであった。
すなわち、 自然は動物のために、 とりわけ人間のために振れた形の耳を与え、なん らかの苦によって 揺 らされた空気を受け取 りやす くしたのである ( なぜなら、その振れた形が石によって揺 らされた水 と同様のものであ り、 自然は苦によって揺 らされた空気を受け取 りやす くするために、水 と同様のそ の振れた形を付与 したのだか らである) 。 この揺 らされた空気は動物の耳の中に入 り、 生来のもの 〔 空 気
〕〔connaturale〕と呼ばれる耳の中の空気にぶつか り、揺 らされた生来のものが耳の内部の幾つか の神経にぶつか り、その神経を通 じて動物は聞 くのである。 したがって、古代の リラの制作者たちは、
リラの神経 〔 弦の こと〕を書に触れやすいもの とするために外に出 しながら、なお、 〔
2つの〕穴を、
とりわけ人間の耳に似せたのである。 このため、 このイメージは、聞 くことができるあ らゆる事物、
およびあ らゆる騒音 と自然の吉を含む一冊の書物を持つだろう。
このイメージはメルクリウスのサンダルのもとでは、 騒舌を発することを意味するだろう。そ して、
このイメージはさらに、他の天体のどれよりもまず木星に属する。なぜなら、木星は空気の主人であ り、木星な しに音を生み出す ことはできないか らである。
カ ドゥケウス
〔caduceo〕はメルクリウスの杓であ り、それを彼は ( 諸寓話が述べるように)、火 星のところで述べ られたように、 争っているところを彼が見つけた
2匹の蛇の間にはさんだのである。
するとそれ らは、杓の周囲で永遠の結合を成 し遂げたのである。そ して、 このイメージは我々にとっ て、統一された、同一の、異ならない、および等 しい諸事物を含意するだろう。
〔 カ ドゥケウスは〕パーシバエーのもとでは、親 しみやすい本性、家庭の慈 しみや国家へ と傾 く本 性を含むだろう。
〔 カ ドゥケウスは〕メルクリウスのサンダルのもとでは、 友情、あるいは熟練 した会話 〔 を意味する〕 。
〔 カ ドゥケウスは〕プロメテウスのもとでは、街および家族の慈 しみであ り、後者は、家を取 り仕 切る父、母、子供たち、そ して召使たちへ と区分される。
黄金の雨を ともなうダナエーは、高き諸秘儀においては、金の羊毛およびへスペ リデース 〔 大地の 女神〕の菜園 と同様の意味を持つが
28、我々にとっては、 ここでは諸事物のよき運命、充満、および 豊富さを意味するだろう。なぜな ら、あ らゆる豊潤さ
〔plenitudine〕およびよき事物は高みか らや
って くるか らである。
〔 黄金の雨を ともなうダナエーは〕パーシバエーのもとでは、よき運命、幸福、高貴さ、富裕、健康、
栄光、欲望の充足を含意するだろう
。〔 黄金の雨を ともなうダナエーは〕メルクリウスのサンダルのもとでは、よき運命および上で述べ られた諸事物に関連する諸操作を意味する。
3 美神は、古代人たちによって 1人が顔を隠すようにして描かれたのであ り、そして、 これは授与 の恩恵を意味する。それは、それを与える者によっては絶対に明示されてはならないのである。そして、
このことについて、イエス ・キ リス トはこのように言っている
。「 あなたは施 しをするときには、自 分の前で 嚇P ^を吹き鳴らしてはならない」 .そ してまた別の個所では、「 施 しをするときには、右の手 のすることを左の手に知 らせてはならない
」29。もう
1人は顔をすべて見せ、 恩恵の受け取 りを意味 し、
それには顔を示す ことが、すなわち、受け取 られた恩恵への感謝が属する
。第
3の部分は横を向き、
顔の一部のみを見せるが、それは返された恩恵を意味 してお り、それは受け取ったものを明示 し、与 えたものを隠 しているのである 3 0 。さて、このイメージはここでは有益な諸事物を意味する。
〔3
美神は〕パーシバエーのもとでは恩恵の本性 〔 を意味する〕 。
〔3
美神は〕メルクリウスのサンダルのもとでは、好意を、恩恵を、そ して助力を与えること 〔 を 意味する〕 。
《 土星≫
土星の洞窟は、7つのイメージを内包する。すなわち、キュベ レー、狼 とライオンと犬の 3つの頭、
契約の箱、束縛されたプロテウス、孤独な雀、パン ドラ、そ して天に向かって引っ張 られた髪の毛を 切 られた
1人の娘である。
キュベ レーを我々は饗宴においても持っていたが、それは大地 〔 土〕を意味 し、そして塔のついた 王冠によって、 彼女により支えられる都市を意味する。それは 2頭のライオンに引かれる車に乗るが、
それはなぜなら、ライオンが前方に向かっては強いが後方には弱いのと同様に
31、ライオンたちがそ こか らそのような本性を受けとる太陽もまた、後方のそれにではな く前方の側においてこそ、より 力強いからなのであるが、このことについてもやはり饗宴において述べた。そして、こちら 〔 洞窟〕、
メルクリウスのサンダル、そ してプロメテウスにおいては、純粋に大地のみを意味するがゆえ、口か ら火を噴出しないだろう
。そして洞窟のもとでは、一般的な大地を合意 し、たとえば粘土や砂のよう に、プ リニウスによって、すなわち 「 土の種別について
〔Deterrarum generibus〕」をなす章によ って扱われているすべての大地の種類が含まれるだろう
32。さらに、人間や動物によって住まわれる 土地、住まわれない土地、平地、そして山地を意味するだろう
。平地はあらゆる開かれた 〔 公の〕場 所
〔iluoghiaper t i 〕を含むだろう
。山地は、谷、渓谷、丘、山々、そ してそれ らに属するもの、す なわち石、大理石、金属の鉱物
〔mineredimetal l i 〕 、そしてその他の鉱物を含むだろうし、そして
これ らの事物には他の大地の中に住む動物たちが付け加えられるだろう
。このイメージはメルクリウスのサンダルのもとでは、人間が自然に行 うことが出来る、大地に関連 する、 しか し両足には関係がない諸操作を含むだろう
。それら 〔 両足〕は他の四肢のように大地に関 連するというよりもむ しろ、大地の上へ とその諸操作をもたらすからである。
しか し、 〔 キュベ レーは〕プロメテウスのもとでは、幾何学、地理学、天文学、そ して農業および
その諸部分を含むだろう
。なぜなら、我々はそれ 〔 農業〕を、大地に関連するものと大地の果実に関 連するもの、 木に関連するもの、 木の果物に関連するもの、 動物に関連するもの、そして動物の果実 〔 卵〕
に関連するものの
6つに分類するだろうからであ り、これら
6つの部分へ と、我々は、農業を扱った すべての著述家たちを排斥するだろう
〔evacueremo〕からである
33。そして、この部分 〔 キュベ レー〕
は土星の支配下に置かれるが、なぜなら土星は乾いていて冷たく、そしてもっとも不動であり、ヘル メス ・トリスメギス トスによれば、大地もまたそうした本性であるからである
34。狼、ライオン、そして犬の
3つの頭がそのようなものであるのは、マクロビウスが記述するように、
古代人たちは、
3つの時、すなわち 〔 現在 と〕過去および未来を表そうと望んで、前述 した
3つの 頭を描いたからである。そ して狼のそれは過去を意味 した、なぜなら、それは既に会 り食ったからで ある。ライオンのそれは現在を意味 した ( もし現在 と呼んでもかまわないとすればだが) 、なぜなら、
現在の諸々の悩みは我々をか くも脅かすのであ り、それはあたかも眼の前にそびえ立つライオンの眼 差 しに値するからである。そ して、犬のそれは未来の時を意味する、なぜなら、娼びる犬の姿よろし く、未来は常に今以上によくなることを我々に約束するからである
35。か くして、このイメージ
36は、
土星的な
3つの時およびそれらに属する諸事物を含むだろう。なぜなら、太陽への近さによってある いは遠さによって識別されない諸時間はすべて、土星的であるか月的であるかのいずれかだからであ る
37。土星的な諸時間は、我々が述べたように、夜 と昼、四季、時間
〔hore〕、秒、そ して年がそう されるのとは異な り、太陽の運行によって明示されは しない。 この天体 〔 土星〕の遠さは、そのよう にして、これら
3つの前述の諸時間を、過去 として、現在 として、あるいは未来 として以外には我々 は知ることができないようにしているのである。月的な諸時間は実際には月の洞窟のもとにも、メル クリウスのサンダルのもとにも、そ してプロメテウスのもとにもあ り、メルクリウスが衣服を差 し出 すディアナのイメージによって包まれている。
これと同じ
3つの頭のイメージは、パーシバエーのもとでは、時間に従属させ られた人間を意味す るだろう
。そ して、 〔3 つの頭は〕メルクリウスのサンダルのもとでは、遅れること、遅 らせること、終わら せること、あるいは別の機会に繰 り延べることなど、太陽からの近さや遠さによっては、ない し月の 運行によっては知ることが出来ない、時間に関連するあらゆる操作 〔 を意味する〕 。
契約の箱は、 しか しながら、その高き秘儀
〔mistero〕においては、我々がパンに与えた
3つの世 界すべてを意味する
38。なぜならそれはこのように作 られていたからである。すなわち、それは、横 幅 と同様に縦幅においても 1および半キュー ピットで測 られ、そしてそれぞれのキュー ピッ トが 6パ ルミからなっていたので、契約の箱は縦幅も横幅も
9パルミということになるが、この数は
9つの天 界を意味するはずだったのであり、 第 1 0 のそれ 〔 天界〕は黄金の蓋によって形作 られていた。それは、
〔 契約の箱の〕その最初の、そ して第 2の分割部分にまでしか広が らず、第 3のそれは剥き出 しのま まに留まっていた。さて、この剥き出しにされた部分は、我々が啓示された諸秘儀において知ること になるとお り、覆いがないため、雨、風、熱、寒さ、そしてあらゆる 〔 天候の〕変化に晒される地上 世界を意味するのである
39。第
2のそれは天上世界を意味 し、そしてそうした理由によって
、7つの天体を意味する
7つのカン
テラを ともな う黄金の燭台を中に納めていた。さらに、側面を 3つの茎によって分割された 1つの カンテラを持っていたが、それは、そのもっとも高い ところにある太陽をもまた意味 していた。そ こにはい くつかの壷があったが、それ らは諸天体が超天界の諸影響を受容することを意味 した。幾つ かの球形もあったが、それ らは天の諸球体 〔
iglobi 〕を意味 した。幾つかの花 もあったが、それ らの 意味の中には、あらゆる秘密の秘密 〔
ilsecretodituttiisecreti 〕が臥してお り、それは適切なる時 に、そ して神の意志によって以外には決 して明示されてはならないのである
40。第
3のそれは、購い の座
〔propiciatorio〕と呼ばれ、
2人のケル ビムによって支えられていたが
41、それ らのうち一方は 同じキ リス ト御
1人の中にある神聖な本性を意味 し、そ してもう一方は人間的な本性を意味 した。彼 の購いの座によって罪の赦免がなされたのだが、これはつまり、キ リス トの到来がそのような赦免を なしとげたはずであるという意味である。そ して、この第
3の分割された部分は超天界を意味 した。
そして、中間の部分は聖なる場所
〔sancti:聖所〕 と呼ばれるが、この第
3のそれは聖なる場所中の 聖なる場所
〔sanctisanctomm:至聖所〕 と、また同様に天の天
〔calum caeli〕 、あるいはより適切 には天中の天
〔caelicaelorum〕と呼ばれたが
42、それはなぜなら、ヘブライ人たちは天界を区切 ら ないからである。そして、これら
3つの世界について、ヨハネは、このように述べる際、言及 してい る。「 言葉は世界にあった。世界は言葉によって作 られたが、世界は言葉を認めなかった
〔Inmundo erat,etmundusperipsum factusest,etmunduseum noncognovit.〕」 430「 言葉は世界にあった
〔in mundoerat〕」と言 うことによって、 〔 ヨハネは世界 という言葉で〕超天界の ことを意図 していた。
そ して、「 世界は言葉によって作 られた
〔etmundusperipsum factusest〕」と言 う時には、 〔 ヨハ ネは世界 とい う言葉で〕天界のことを意味 した。そして、「 世界は言葉を認めなかった
〔etmundus eum noncognovit〕」と言 うことにおいて、 〔 ヨハネは世界 とい う言葉で〕地上世界について話 した のである。か くして、我々はそれ らの持つそれぞれの意味をパンによる見張 り
44へ と既にゆだねて いるにもかかわらず、契約の箱によってもまた ( 我々は述べたように)
3つの世界が意味されること になるのであり、我々はそれが、場所およびそのそれぞれの差異に属する一冊の書物を包むことを望 むのである。そして、これ 〔 書物〕は合理的に秩序立てられているように我々に見える 〔 べきな〕の であるが、なぜならば、〔 契約の〕箱は
3つの世界すべてを含むことによって、結果 としてすべての 諸事物のために場所を与えるからである。そ して、箱がすべての諸事物を含むことによってその差異 すべてとともに場所を保持する利点を有するのとちょうど同じように、それが
7つの天体のうちのど れか
1つの支配下に置かれるとすれば、 他のどれよりも土星にこそうまく適切 となるはずでなのある。
〔 なぜなら〕それ 〔 もっとも高い場所にある土星〕は、その外周の広が りの中にその他のすべての
〔6つの〕天体をすべて含んでいる 〔 からである〕 。 これは、メルクリウスのサンダルのもとでは、諸事 物をあちらこちらに置 くことのように、人間が場所に関連 して行 うことが出来る運動を意味するだろ
つo
束縛されたプロテウスは
45、月の饗宴における解放されたプロテウスとは異なるものであ り、そし
て我々によってここに置かれるが、それはす ぐ次に述べ られるだろうことによってである。まず、こ
の束縛は、ここにおいては我々は純粋に自然なものであると理解するにせよ、魔術的なものおよび純
粋に自然的なもののいずれでもありえるのである。魔術的であると私が述べるのは、なぜなら、ホメ
ロースおよびウェルギ リウスの語 るところによれば、彼の母であるキュメネ‑の助言によってア リス テウスが行 うプロテウスの束縛は、 魔術的な束縛だか らである
46。そ して、「 耳ある者は聞 くがよい
〔qui habetauresaudiendiaudiat〕」 47のである、なぜな ら、我々が上で話 したように、それは秘密に属 するか らである
48。しか し、 自然的な束縛は、そ してそのもとにおいて我々が理解するところは、 こ れか ら話すようなものである
49。キ リス トのス ピリトウス 〔 霊魂〕は ( 我々が饗宴の ところでも言っ たように)超天界の諸運河か ら降 りてきて、その美徳によってすべての諸天界を刷新 し、それ らの印 象
〔impressioni〕およびそれ らの美徳のすべてを下方へ と運び、そ して、それ らを用いて、動物、草、
そ して花々の間に降 りてそのあた りに留まるのである。そ して、 もしこのように して刷新 しないな ら ば、諸事物はすべて朽ち果てるはずである。そ して、 これは、 ヨハネが聖なる黙示録において喜びに 満ちなが ら落ちて くるところを見た、あの街の ことなのである
50。そ して、 この ことによって、 ダヴ イデは多 くの事物が刷新 されるのを見て、新 しい歌を歌 うのである
51。そ して、イザヤはこう言って いる。 「 わた しは新 しい天 と新 しい地を創造す る
」 52。そ して、やは り黙示録 ではこのよ うに書かれ ている。 「 見 よ、わた しは万物を新 しくす る
」 53。そ して、 これはヤ コブの梯子であ り、それを通 じ て諸ス ピリ トウスは下降および上昇をするのであ り 5 4 、降下はこの刷新をなすために訪れることであ り、そ して上昇は至高の宇宙 と触れ合 うためのス ピリ トウスの回帰である。 しか し、 この刷新につい て言及することを望んで、ペ トラルカ ( 彼 もまた天界を超 えられなかった者である)は、 このように
して始まるソネ ッ トを作 った。
時を刻む惑星が
牡牛座へ と安 らぐために回帰するとき、
燃え上がる角か ら美徳が降 り、
新 しい色にこの世界を染め
55、 さらに、
〔 このように述べたペ トラルカは〕世界を美 しくするための この回帰の作用を諸天界へ とうっか り与 えているが、 彼は以下の ことを理解 していないのである。つま り、 生命化するス ピリ トウス
〔vivifiCan te spirito〕すなわちキ リス トに満ちあふれた世界霊魂 〔
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animadelmondo〕こそが、太陽が我 々か ら よ り遠 くなっている時よ りも太陽が我々のす ぐ上を回 り始める時のほうが太陽か らも月の窪みか らも それ らの最大の豊富さおよび肥沃さを運び与えられるのであ り、それゆえに草、花々、そ してその他 の元素化された諸事物
〔altre仁oseelementate〕を産出することを望み、 自然が行お うとしているそ の混合
〔mistion〕を実現 させるのである。そ して、 もしそれ 〔 世界霊魂〕が、対立する諸特性を和 解させ る媒介者 として介在 しなければ、それ ら 〔 諸特性〕の対立性は、 これやそれ といった草の形、
これやそれ といった花の形のもとでは決 して同居することがないはずなのである。そのようなものが、
か くして、キ リス トの神聖なるス ピリトウスによる調節
〔temperanza〕なのであ り、それは対立す
る物たちをもまた一致させるのである
〔accordaanchoraidiscordanti〕 .そして、 それは、 預言者 〔 エ レミヤ〕が 「 地をわたしは満たしている
」 56と言っているものでもあるし、そして聖書の別の個所で
「 主の栄光は天 と地をすべて覆 う
」 57と言っているものでもある。( プラ トン主義者たちがそのように 呼ぶような)世界霊魂のそれではな く、このキ リス トのスピリトウスは、これら一致 しない四元素の 間の媒介者、和解者、生命化する者
〔vivificatore〕、そして支持者になるのみならず、彼 〔 キ リス ト〕
の慈悲によって動かされて、 神聖な審判 と人間の脆さとの間の媒介者および和解者 ともなるのである。
そ して、これが真実においてあらゆる事物を生命化するスピリトウスであることを、我々は詩篇から 知る。「 御顔を隠されれば彼 らは恐れ、 息吹を取 り上げられれば彼 らは息絶え、 元の塵に返る」 。そ して、
「 あなたはご自分の息を送って彼 らを創造 し、地の面を新たにされる
」 58。か くして、それ 〔 キ リス トのス ピリトウス〕を 「ご自分の息
〔spiritum tuum〕」と呼ぶことにより、それが神のス ピリトウ スであって、世界霊魂のそれではないということを明示 している。そして、パウロはそれを生命化す るスピリトウスと呼んでいる
59。か くして、第一物質、つまりこの生命化するス ピリトウスに満ち溢 れたプロテウスは、草や花々の混合 とそれ以外の混合を生 じさせるために、この花やあの草の境界 線の中に本質的に強 く結び付けられながら、最後に解き放たれるのを待つのである。そして、ここで
『 アスクレビオス』におけるヘルメス ・トリスメギス トスの言葉が注意されるべきである。「 天の高 みから降 りて くるものはすべて発生的であり、地上から天の高みへ と上昇するものはすべて育成的で あ り、すなわち前者は生命を際立たせるものであ り、後者は生命を与えるものである
〔Quicquidde altodescenditgeneransest;quodsursumversusemanatnutriens,idestpraestansvitam,hoeest vivificans〕」 60.