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財務諸表監査における不正リスク評定の制度論上の新展開

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財務諸表監査における不正リスク評定の制度論上の新展開

――監査の有効性に関する専門委員会『報告および勧告』の検討――

瀧 博

目 次

Ⅰ はじめに

Ⅱ 不正リスク評定の理論構造

Ⅲ 監査の有効性に関する専門委員会の設置

Ⅳ 『報告および勧告』

Ⅴ おわりに

はじめに

企業の不正な財務報告が,投資者等の利害関係者に対して,時に莫大な損害をもたらしてきたこ とは周知であるが,こうした不正な財務報告を発見できなかった監査人に対する社会の批判も増大 してきている。昨年 11 月には,米国最大手のエネルギー会社,エンロン社が同社の 1997 年 12 月期 から 2000 年 12 月期の年次財務諸表および 2001 年 3 月期および 6 月期の四半期財務諸表を訂正する Form 8-K(臨時報告書)を米国証券取引委員会(SEC)に提出した。最終的に修正されるべき純資 産額は 12 億ドル,未曾有の不正な財務報告であった。エンロン社を監査していた会計事務所アンダ ーセンは,この事件の結果,存亡の危機に瀕している。

もちろん,米国では米国公認会計士協会が中心となって,不正な財務報告を防止し,発見するた めに数多くの対策が講じられてきた。1970年代に設置された監査人の責任委員会(コーエン委員会)

がはじめて「期待ギャップ」なる現象を認識してから,米国公認会計士協会は,監査基準書の大改 訂(1988 年)をはじめ,ピア・レビュー制度の導入,ピア・レビュー制度を監視するための公共監 視審議会(POB)の設置を行う一方,トレッドウエイ委員会の設置,COSO報告書の発行による内 部統制概念の整理など,不正を原因とする重要な虚偽表示の防止・発見に資するための方策はその 例である。

最近では,証券取引委員会(SEC)の要請に基づき,公共監視審査会(POB)が 1998 年,「監査 の有効性に関する専門委員会」(The Panel on Audit Effectiveness)を設置,現行の監査方法・監 査制度について綿密な調査・検証を行い,その最終的な報告および勧告書を2001年に公表している。

この最終報告および勧告書に基づいて,米国公認会計士協会・監査基準審議会は 2002 年 2 月,すで

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に 1997 年に公表されていた監査基準書第 82 号『財務諸表監査における不正の検討』に対する改訂 案(公開草案)を公表した。

現状の米国,わが国における監査基準等の問題点はどこにあるのか。本稿では,まず,不正リス ク評定に関する理論構造を確認する。そしてこの理論構造に基づいて,監査の有効性に関する専門 委員会の最終報告書および勧告書の内容を検証する。

不正リスク評定の理論構造 (1) 監査意見の立証構造

財務諸表監査における監査人の究極的な目標は,財務諸表が被監査会社の財政状態,経営成績お よびキャッシュ・フローの状況を適正に表示しているかどうかについて意見を表明することである。

ここで立証対象となっている監査意見は,「適正性命題」と呼ばれる。財務諸表監査では,この適正 性命題の真偽について,証拠を用いて立証することが要求されている。

財務諸表監査における監査意見形成,すなわち適正性命題の立証は,通常,次のように説明され る。まず,適正性命題は,証拠を用いて直接立証することができない。そのため,適正性命題から,

適正性命題を立証しうる命題を下位に演繹する。演繹された下位命題が,依然として証拠による立 証が不可能な命題である場合,さらにその命題から下位命題を演繹する。そしてこのような作業の 繰り返しによって,証拠による立証が可能な命題に到達したとき演繹の連鎖は終了する。次に,そ の最も下位の命題について証拠による立証を行うと,演繹の連鎖とは逆の方向を辿って最終的に適 正性命題が立証される。これが財務諸表監査における監査意見形成の理論的構造である。

図1 適正性命題から下位命題の演繹

財務諸表の適正性 

受取手形  棚卸資産  建物 

実在性  網羅性 

 

     

貸借対照表  に計上され  ている棚卸  資産は物理  的に存在し  ている 

通常の営業  活動で販売  または利用  するために  保有してい  るものが棚  卸資産とし  て表示され  ている 

棚卸資産の  数量には, 

手元にある  すべての製  品,原材料  および消耗  品が含まれ  ている 

棚卸資産の数量  には,外部の場  所で移動または  保管中のもので  被監査会社が所  有するすべての  製品,原材料お  よび消耗品が含   まれている 

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図 1 は,米国監査基準書AU326 節に例示されている棚卸資産における下位命題の演繹例である。

財務諸表は,各項目に分解され,それぞれの項目(ここでは勘定科目)に含まれる経営者の主張を 演繹する。ただし,経営者の主張は,各財務諸表項目の属性を示した概念であって,そのままでは 証拠によって立証できないため,経営者の主張からさらに,監査上の命題を演繹する。これは監査 目的(audit objective)と呼ばれる。なお,わが国では伝統的に監査目的を監査要点と呼んでいる。

監査目的は,証拠によって立証が可能な命題であり,この監査目的を立証することで,今度は帰納 的に財務諸表の適正性を立証することになるわけである。

さて,AU326 節は,経営者による主張として,①実在性または発生性,②網羅性,③権利および 義務,④評価と配分,⑤表示と開示の 5 つを挙げている。これらの個々の主張に対して設定される 監査目的は,被監査会社の業種業態等に応じてケース・バイ・ケースであるが,AU326 節には,以 下のような例示がある(一部)。

図2 監査目的と実証性テストの例(実在性または発生性)

例えば,図 2 によれば,実地棚卸への立会い,外部への確認,実地棚卸日と貸借対照表日との間 の取引のテストによって異常な事項が検出されなければ,当該棚卸資産について実在性のうち,物 理的な実在については立証されたことになる。他の場合においても同様であり,実証性テストの結 果,異常事項が検出されなければその監査目的は立証されたとみなされ,これによって上位の命題 が立証されることになる。

監査目的  実証性テスト 

貸借対照表上に計上されている棚卸資産は物理的に 存在している 

● 実地棚卸への立会 

● 事業体の外部の場所にある棚卸資産について確認 

● 予備的な実地棚卸日と貸借対照表日との間に行わ れた棚卸資産に関する取引のテスト 

通常の営業活動で販売または利用するために保有し ているものが棚卸資産として表示されている 

● 現在の活動を示すものとして,継続棚卸記録,

製造記録および購入記録をレビューする。 

● 棚卸資産と現在の販売リスト,その後の販売お よび配達の報告とを比較する 

● 専門的な製品の特徴を確認するため専門家に業 務を依頼する。 

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(2) 反証構造

財務諸表監査における適正性命題の立証構造とは逆に,財務諸表に重要な虚偽記載があるという 不適正意見を出発点として,下位に立証命題を演繹することも考えられる。この下位命題を反証す ることで不適正意見を反証し,結果的に適正意見を立証するというものである。このように,適正 性命題に対立する命題(不適正性命題)を設定しその対立命題を反証することによって結果的に適 正性を立証する方法を「反証による立証」と呼ぶことにする。

通常,財務諸表監査においては,適正性命題を立証するために対立命題を設定する方法は採用し ない。しかしながら,ここで敢えて反証構造を取り上げた理由は,次の2つである。第1に,通常 の適正性命題の立証方法は,実は論理学上は「後件肯定の錯誤」と呼ばれる誤った立証方法である 点,第2に,反証による立証は,実はリスク・アプローチと強く結びつき,不正発見に貢献する可 能性があるという点である。

① 後見肯定の錯誤が財務諸表監査において認められる理由

財務諸表監査における立証構造(図 3 の左側)は,論理学上は後件肯定の錯誤と呼ばれる誤った 立証方法であり,純粋に論理学的に正しい立証方法は,不適正であると仮定し,それを反証するこ とにより適正性を立証することである。

図3 適正意見の立証と反証の構造

適正意見の立証構造  適正意見の反証 

財務諸表は適正である 

財務諸表項目は適正である 

経営者の主張は適正である 

監査目的に反する事項  がない 

会計処理・資産管理は適切に  行われている 

財務諸表上に重要な  虚偽記載がある 

財務諸表項目に  重要な虚偽がある 

経営者の主張に  重要な虚偽がある 

監査目的に反する  異常な事項があり,その金額・

特徴ともに重要性が高い  不適切な会計処理・資産管理  が行われており,その金額・特 

徴ともに重要性が高い 

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ただし,反証による適正意見の立証を採用する場合,起こりうるすべての「不適切な会計処理・

資産管理」が想起されていなければならない。つまり,そうした起こりうるすべての不適切な会計 処理・資産管理が「存在しない」と立証することで不適正意見を反証することが必要になる。

そのような立証は現実の世界では不可能に近い。財務諸表監査では,反証による適正意見の立証 は,正式な立証方法として認められていないが,その大きな理由は,このように,最初に起こりう るすべて不適切な会計処理・資産管理を想定することが困難であるということにある。つまり,不 適切な会計処理・資産管理としてどのような行為が起こりうるかをすべて想起することは事実上不 可能である。また仮に想定できたとしても,それを反証するだけの監査資源(人員,時間等)は財 務諸表監査では想定されていない。

また,反証による適正意見の立証が現実には不可能であるという事実は,財務諸表監査が不正発 見を主目的としないことの有効な論拠となった。例えば,虚偽表示を生む原因のひとつである誤謬 については,内部統制の検討等により事前にある程度予測でき,また,仮に事前に予測できなかっ たとしても,よほど複雑な取引である場合を除き,通常の実証性テストで発見できると考えられる。

これに対して,不正の場合には,不正を犯す当事者が発覚を恐れて隠蔽工作を行う。この場合,

上級管理者から隠蔽する意図で行われる場合もあれば,監査人から隠蔽する意図で行われる場合も ある。特に後者が経営者によって行われる場合には,内部統制組織自体が蹂躙されているため発見 が困難である。

また,隠蔽工作は,簡単・稚拙なものから,複雑・巧妙なものまで千差万別であり,通常の監査 手続では発見が難しいものも含まれていると考えられる。そのような隠蔽工作のすべてを事前に想 起し,それに対応する監査手続を選択することは現実的ではないというのが,財務諸表監査におい ては不正発見は主目的ではないとする論理だったのである。

しかしながら,それが,反証による適正意見の立証方法を無視する根拠とはなるのであろうか。

たとえ事前に不適切な会計処理・資産管理をすべて想起することが不可能であったとしても,一定 の限界内で,想起できる事象は想起しその可能性を払拭できるように監査手続を選択・適用するこ とは可能ではないだろうか。

② 反証による立証とリスクアプローチ

不適切な会計処理・資産管理をすべて事前に想起することが不可能であるという事実を利用して 不正発見責任を放棄してきた監査プロフェッションに対する制裁は,期待ギャップという現象とな り1970年代の米国を席巻した。

これに対して,米国公認会計士協会が講じた方策の1つが,リスク・アプローチの採用である。

監査基準書第 47 号において初めて明示的に採用されたリスク・アプローチは,平成 3 年のわが国の 監査基準・監査実施準則・監査報告準則の改訂においても採用され,以後,主流の監査方法となっ ている。

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リスク・アプローチは,重要な虚偽表示が生じている可能性の高い領域に重点的に監査資源を配 分することにより,有効的かつ効率的に監査を行うという監査方法である。これは,大規模化・多 角化・国際化する企業に対応して,監査を有効的・効率的に行うために,そして,何よりも重要な 虚偽記載の原因である重大な不正を効果的に発見するためにきわめて重要な監査方法であると考え られ,一定の効果が期待されていたのである。

リスク・アプローチは,重要な虚偽表示の可能性を認識することから,基本的に,上述の立証構 造に照らしていえば,対立命題が真である可能性を評価することを重要な要素としている。

ところが,米国の監査基準書あるいはわが国の監査基準,実務指針等では,重要な点が見落とさ れていた。それは,リスク評定の方法である。リスク・アプローチは単に概念的にリスクの高低を 判定することではない。すなわち重要な虚偽記載の存在・不存在に対するオッズを決定することで はなく,「どのような重要な虚偽記載が存在しているのか」「どのような不適切な会計処理・資産管 理が行われているのか」という下位命題を,一定の限界内で適切に演繹し,その個々の下位命題が 真である可能性を証拠によって評価することなのである。そして,多くの反証命題と立証命題を比 較し,証拠によって最もよく立証されていると考えられる命題を選択する過程が,証拠による合理 的基礎の形成過程である。この視点が従来の監査基準等では欠けていた。

また,「不適正な会計処理・資産管理」という反証命題の演繹は,きわめて主観的な過程であるこ とが多く,さらに反証命題の演繹能力・方法については個人的な差もあると考えられる。また,個 人でこうした想起を行う場合,比較的早期に想起活動を停止してしまうため,演繹すべき反証命題 が演繹されず,結果として見落とし・誤認が起こりやすく,また,想起された反証命題の可能性に ついて必要以上に高く見積もる傾向がある。そこで,こうした欠点を補完する方法として,グルー プによる討議・検証が必要となるが,この点も監査基準等では見落とされていた。

この二つの点は,筆者が予測し,その理論的モデルについても考察を行っていたが1,2000 年

(公開草案)および 2001 年(最終),米国公共監視委員会(POB)・監査の有効性に関する専門委 員会から公表された『報告および勧告書』に明確に指摘され,勧告が行われている。また,この

『報告および勧告書』に基づいて,今般の米国監査基準書第 82 号の改訂案(公開草案)が公表され た。

次節では,監査の有効性に関する専門委員会による報告・勧告を検討する。

1 瀧博「監査証拠の証明力の検討(研究ノート)」『弘前大学経済研究』(弘前大学経済学会)、第 21 巻、1998 年;瀧博「重要な虚偽記載を看過する要因と監査人の有責性の判断規準の検討」『會計』、第 155 巻第 3 号、

1999 年;瀧博「財務諸表監査における事実認定の構造」『會計』、第 156 巻第 1 号、1999 年;瀧博「監査におけ るリスク仮説生成とその評定」『會計』、第156巻第5号、1999年。

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監査の有効性に関する専門委員会の設置

POB(Public Oversight Board)は,1998年,「監査の有効性に関する専門委員会」(The Panel on Audit Effectiveness)を設置した。この専門委員会は,当時の証券取引委員会の主任会計士 Lynn Turner氏がPOBにその設置を要請したものであり,目的は,現行の監査モデルが果たして有 効であるかどうかを検証することにあった。

Lynn Turner氏がPOBに送った書簡には,つぎのように書かれている2

しかしながら,最近,監査プロセスに変更が生じたこと,および財務不正が高水準で推移 していることを組み合わせて,監査プロセスの有効性に対する疑問が上がっている。例えば,

リスク評定モデルを利用するために監査手続を変更した監査人は多いが,リスク評定モデル では,分析的手続に依拠することが多くなる一方,債務者に対する確認,取引・勘定残高に 対する詳細なテスト,その他これらの勘定に対する諸活動などの実証的な監査手続の利用は 減少するようになった。監査手続にこうした再構築が施されたのと同一の時期に,マスコミ は,重要な虚偽表示あるいは莫大な虚偽表示のある財務諸表に,何らかの不正が関係してお り,またこうした虚偽表示のある財務諸表について,監査人は不正を発見できなかったこと を報じている。

Lynn Turner氏の主張通り,1960年代以降際立って多くなった不正な財務報告について,米国公 認会計士協会による努力にも関わらずいっこうに減少する気配はなく,むしろ 1980 年代後半から 90年代にかけて増加しており,その虚偽表示の金額もエスカレートしていく一方であった。

そもそも,1970 年代に設置された監査人の責任委員会(コーエン委員会)がはじめて「期待ギャ ップ」なる現象を認識してから,米国公認会計士協会は,監査基準書の大改訂(1988年)をはじめ,

ピア・レビュー制度の導入,ピア・レビュー制度を監視するための公共監視審議会(POB)の設置 を行う一方,トレッドウエイ委員会の設置,COSO報告書の発行による内部統制概念の整理など,

不正の原因とする重要な虚偽表示の防止・発見に資するための方策を講じてきた。

特に,1988 年の監査基準書大改訂では,リスク・アプローチが全面的に導入された。リスク・ア プローチは,重要な虚偽表示が生じている危険性の高い領域を認識し,その領域に重点的に監査資 源を配分することによって有効的かつ効率的な監査を達成しようとする監査方法である。その後,

1997 年には,監査基準書第 82 号『財務諸表監査における不正の検討』が公表され,不正リスク評 定の方法論を軸として数多くの改訂が行われた。すなわち,不正の発見に対する監査方法としても リスク・アプローチに期待された側面は大きかったのである。

2

The Panel on Audit Effectiveness, Report and Recommendations, 2001, Exhibit 1.

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しかしながら,このような努力にもかかわらず不正な財務報告は減少せず,また,上の引用にも あるように,リスク・アプローチに対する有効性にも疑義が呈示されるにいたった。すなわち,リ スク・アプローチを採用し分析的手続に過度に依拠することによって監査の有効性が後退し,却っ て不正な財務報告を助長しているのではないかという懸念である。この主張は,前章で見た監査基 準書等の欠陥とも符合する。

リスク・アプローチでは,重要な虚偽記載が発生している可能性を何らかの形で認識することが 必要である。それは財務諸表レベルといった全体的な次元から,主張レベル,そして個々の取引・

会計処理レベルといった個別的な次元まで,その可能性を考慮しなければならない。個別的な次元 においての課題は,起こりうる「不適切な会計処理・資産管理」をいかに有効的・効率的に想起す るかである。

分析的手続は,監査の計画時において非常に有効な方法であろう。また,特定の詳細なテストを 実施できない場合にも有効な方法である。すなわち,財務データ間,あるいは財務データと非財務 情報との間の異常な関係を明らかにし,虚偽表示の発見の端緒となることが期待される。しかしな がら,分析的手続が有効となるレベルは,「不適切な会計処理・資産管理」まで届くのであろうか。

つまり,不適切な会計処理・資産管理の具体的な形態をいくつか予測し,その可能性を検討するの に役立つのであろうか。詳細な実証性テストを実施し,証拠資料を収集し,得られた証拠をもとに,

今一度不適切な会計処理・資産管理の具体的な形態が現実に存在する可能性についてフィードバッ クすることは,分析的手続で代用されるのであろうか。分析的手続は異常事項の発見には役立つか もしれないが,「異常事項が,どのような人間の行為によって生じたか」を証明したりしないのでは ないだろうか。もしも証明しないのであれば,いかに莫大な金額を伴う不正とはいえ,数期間かけ てゆっくりと進行し巧妙な隠蔽工作を伴う不正を発見できないのではないだろうか。

ともかく,現行のリスク・アプローチが,不正な財務報告の摘発・防止に役立つどころか逆にそ の発生を助長している危惧から,SECはPOBに対して,監査モデルの有効性に関する専門委員 会の設置を要請したのである。

『報告および勧告』

監査の有効性に関する専門委員会(以下,有効性専門委員会とする)は,2000 年 5 月に公開草案 を公表するとともに公聴会等を行い,翌2001年8月に最終報告書『報告および勧告』を公表した。

『報告および勧告』は全体で 8 つの章から構成されており,現行の監査モデルを検証するという 目的を達成するため,多面的に研究を行い数多くの発見事項を報告,そして財務諸表監査制度に関 係する各方面にそれぞれ勧告を行っている。

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監査の有効性に関する専門委員会

『報告および勧告』の章構成

以下,監査リスク評定および不正に関する部分について,専門委員会の発見事項と,米国公認会 計士協会・監査基準審議会(ASB)に対する勧告を検証する。

(3) 監査リスク評定に関する発見事項と勧告

監査リスク・モデルは適切ではあるが,向上させ現況に合うよう更新することが必要であり,特 に規定が不明確,あいまいであるために誤った適用,矛盾した適用が行われていることが述べられ ている(2.14)3。つまり,モデルそれ自体の原則的な部分は適切であるが,それ以外の部分につい ては,時代遅れで更新が必要であったり,不明確であるがゆえに誤解される部分があるということ である。

こうした理解に基づき有効性専門委員会がASBに対して行った勧告は,次のようにまとめられ る(2.23-27)。

① 現存の監査基準を批判的に検証し,具体的かつ明確な指針を含むように改訂する

② 具体的かつ明確な指針を含むとはいえ,監査人が判断を行使する必要がないという意味 ではない。

③ 新しい事業環境に対応するため必要と認められる場合には,現行の監査リスクモデルに 固執すべきではない。

④ 監査基準の主要な目的は,監査人が重要な不正を発見できるようにすることのみでなく,

厳格なルールと認識させて,不正の発生を防ぐ目的もある。したがって,監査基準では,

被監査会社の事業プロセス,リスクとその統制に対してより深く理解すべきことを要請す 第1章 序論 

第2章 監査実務の改善  第3章 利益の操作と不正  第4章 監査事務所  第5章 監査人の独立性 

第6章 監査プロフェッションの監視体制  第7章 国際的課題 

第8章 将来を見据えて 

3( )内の数字は,引用元のパラグラフ番号を示す。以下同様。

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るとともに,重要な財務諸表不正の発見を主目的とする実証的テストを,監査のすべてに おいて計画し実施するように規定すべきである。

⑤ 監査事務所と学界と協力し研究を行うことで,監査プロフェッションにとって有益とな るブレークスルー的なアイディアが生まれる可能性がある。

このように,監査リスクモデルについては,より具体的・明確な指針を提供するように,そして,

時代にあった監査リスクモデルに改訂すべきことを勧告するとともに,監査リスク・アプローチの 採用が監査手続の簡略化につながるというような誤解を正し,詳細な監査手続を実施すべきことを 徹底させるよう勧告している。特に後半の勧告内容は,SECの主任会計士Lynn Turner氏がPOB 送った書簡に述べられた内容と符合しており,その重要性に注意する必要がある。

(4) 利益の操作と不正に関する勧告

有効性専門委員会は,不正な財務報告について,次のように発見事項をまとめている(3.46)。

① 監査基準書第 82 号で要求されているリスク評定とその対応プロセスは,監査人が効果的 に不正を防止したり,重要な不正を発見する可能性を著しく高めるという点では,まだ不 十分である。

② 一般に認められた監査基準(GAAS)は,職業的専門家としての懐疑心という概念を適 切に導入するために十分な指針を与えていない。

③ ほとんどの財務報告不正では,共謀や文書偽造が行われているが,GAASでは,共謀は ありえない,仮に存在しても発見が困難であると簡単に片付け,また,文書が真正である かどうかを決定するという点で,監査人にはその専門的な能力がないことの説明を特に強 調している。

④ 監査人は,資産の流用リスクが重要と考えられている領域を,特に強調しているように は見えない。

⑤ 監査委員会は,経営者が財務報告不正を犯している潜在的な可能性について言及するこ とはまれであり,また財務報告不正の可能性を特別にテストするように監査人に依頼する こともまれである。

ここから,有効性専門委員会は広範な勧告を行っている。そのすべてを示すことは紙片の都合上 不可能であるため,簡単に概略のみを示す。勧告は,大きく5つの部分に分かれる。

第 1 に,「監査の計画と監督」では,監査チームのメンバー内における話し合いを重要視する。つ まり,「不審と思われる箇所はどこか」「不正がどのように行われるのか」ということについてメン バー内の意見交換を図るとともに,これによって業務の方向性を与え,適切な監督を行うことが必

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要であるとする。

第 2 は,「不正捜査型実務の局面」を監査に採用することである。ただし,GAASに準拠して行わ れる監査を不正監査へと変更するという意味ではない。不正捜査型の監査で強調されるのは,いわ ゆる中立的な職業的懐疑心を修正し,共謀,偽造,経営者の不誠実を前提とする監査を行うことで ある。そのため,経営者によって内部統制が蹂躙されている可能性を発見することも考慮した実証 的テストを実施すること,抜き打ち的な要素を入れたテストを行うこと,テストは統制テストでは なく,詳細な実証的テストで行うこと,リスクの高い領域については監査の結論の段階で監督者が 再評価を行うことなどが必要となる。

第 3 は,遡及的監査手続である。これは,貸借対照表上の特定の勘定科目の期首残高について分 析を行うものである。その目的は,会計期間をまたがって行われる不正を発見することである。

第 4 は,レビューと文書化である。上の第 1 から第 3 までの活動について,適切にレビューし,結 論等については必ず文書化を行う。

また,各四半期に行われた事例が多いことにかんがみ,四半期報告書に対するレビューについて も上記の同様の不正捜査型アプローチを導入し,その指針を明らかにすることを要求している。

(5) 勧告内容の理論的検討

有効性専門委員会による勧告には,いくつかの重要な特徴がある。そもそも,有効性専門委員会 の設置目的は,現行の監査モデルが不正を原因とする重要な虚偽表示の発見に役立っているかどう かという問題意識にあり,またそれに符合する発見が数多くなされた。

まず,監査リスクモデル,監査基準書第 82 号において,規定に具体性がなく不明確であったため に,誤った適用が行われていたことである。確かに,リスク・アプローチには,分析的手続を積極 的に採り入れ,異常事項を効果的に発見することで重点領域を選択する局面がある。しかし,それ は詳細な実証性テストを省略してもよいことを意味するものではなく,むしろ,不正発見を重視す る立場からは,積極的に実証的テストを実施することが必要である。そもそも,2章でも述べたごと く,重要な虚偽表示の原因となる「不適切な会計処理・資産管理」の具体的な形態を予測し尽くす 能力には限界がある。分析的手続は異常事項の効果的な発見に寄与するかもしれないが,その異常 事項を生じさせた取引がどこにどのような形で存在するのかを検討するためには,分析的手続では 不十分であることが多いと考えられる。

次に,チームで議論を行うことは,単に管理・監督目的だけではなく,重要な虚偽表示の原因と なる「不適切な会計処理・資産管理」の具体的な形態を予測するのに非常に役に立つ。『報告および 勧告』ではこの点について,「「不審と思われる箇所はどこか」「不正がどのように行われるのか」と いうことについてメンバー内の意見交換を図るとともに,これによって業務の方向性を与え,適切 な監督を行うことが必要である」としており,監査人が監査実務の場で不適切な会計処理等の具体 的形態を予測すべきこと,そしてその方法としてチーム内のメンバー同士の意見交換を行うべきこ

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とを公的な公表物として,はじめて言及した。

そもそも,こうした具体的な形態を予測することは,個々人の経験・能力に左右される主観的な 過程であり,このプロセスが特定の個人に偏ることは,不適切な会計処理・資産管理の具体的な形 態の想起に偏りが生じるとともに,その蓋然性の評価にも偏りが生じる可能性があるからである。

この点については 2 章でも触れたとおりである。なお,2002 年 2 月に公表された米国監査基準書第 82号の改訂案(公開草案)では,チーム内で議論すべきことが明示されている。

第 3 に,「不正捜査型」の監査の導入に対する提案がなされている。不正捜査は,不正が存在する ことを前提に,その存在の立証を行う活動であり,従来の監査ともっとも異なる点は,不正捜査型 監査が「経営者は不誠実」を前提とするのに対して,従来の監査における職業的懐疑心では,経営 者については誠実であるとも不誠実であるとも仮定しないということである。これは単に「経営者」

を対象とする精神的態度であるが,職業的懐疑心は,経営者のみならず,合理的である限り,その 他の証拠すべてに拡大されるべきものである。

いずれにしろ,不正捜査型監査においては,経営者の不誠実を前提とすることもあることを明示 しており,誠実でも不誠実であるとも仮定しない中立の立場を堅持する従来の精神的態度を改める べきことを要求している。不正という行為,「不適切な会計処理・資産管理」が存在することを前提 としなければならない場合があることを指摘しているのであり,リスク・アプローチとあわせて,

合理的に制度化することが期待される。

おわりに

本稿では,監査の有効性に関する専門委員会が公表した『報告および勧告』について検討を行っ た。この勧告が公表されてから,半年後の 2002 年 2 月には,米国公認会計士協会独自のプロジェク トの結果と『報告および勧告』に対応した監査基準書第 82 号改訂案(公開草案)が公表されてい る。

現代の財務諸表監査は試査を前提としており,また内部統制には共謀による固有の限界があるな ど,財務諸表監査では,不正発見を監査人の責任に帰属すべきかどうかについては慎重な検討が必 要となる局面が少なくない。20 数年前まで監査プロフェッションが,不正発見責任を拒否しつづけ てきた理由もそこにある。

しかしながら,期待ギャップ問題は,その認識から 20 年余りを経ても未だ解決を見ない問題の 1 つであり,監査人がどのような形で不正発見責任を負うべきかについて,まだまだ議論が必要であ る。

本稿でも検討したように,監査の有効性に関する専門委員会の勧告書によって,その解決案がや っと監査基準書に具体化される素地が出来上がりつつある。不正に対する規定についてすでにその 改訂案が公表された国際監査基準では,誤謬と不正のリスク評定は分離されず扱われており,また,

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抜き打ちベースでの調査活動についても規定されている。

今後の課題は,「不正捜査型」監査を,どのように財務諸表監査に位置付けるかであろう。米国で はすでに,不正発見を専門とする不正検査士制度が行われているが,その内実は,財務諸表監査と はさまざまな面で全く異なっている。財務諸表監査に不正捜査型の機能が必要とされる局面がある としても,財務諸表監査に不正捜査自体を期待することは不可能であり,その線引きをどこで行う かについては慎重な議論が必要と考えられる。

図 1 は,米国監査基準書 AU326 節に例示されている棚卸資産における下位命題の演繹例である。 財務諸表は,各項目に分解され,それぞれの項目(ここでは勘定科目)に含まれる経営者の主張を 演繹する。ただし,経営者の主張は,各財務諸表項目の属性を示した概念であって,そのままでは 証拠によって立証できないため,経営者の主張からさらに,監査上の命題を演繹する。これは監査 目的(audit objective)と呼ばれる。なお,わが国では伝統的に監査目的を監査要点と呼んでいる。 監査目的は,証拠によって立証が可能

参照

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