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ハイデガーへの三つの断片 Drei Fragmente zu Heidegger.

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ハイデガーへの三つの断片

Drei Fragmente zu Heidegger.

中  尾  健  二

Kenji NAKAO,

(8.()ct. 1974  rece玉ved>

 は じ め に

 以下の三つの断片は、それぞれハイデガーにおける《体系》、《政治》、<詩》を取り扱う。

論究を進める上での方法的要請は、内在的批判である。しかし、これはもともと矛盾を含んだ概 念である。批判は当の対象から距離をとった外なる視点を予想し、内在は対象への没頭だからで あるeこの論究は、かっての没頭から訣別していく一階梯であるがゆえに、対決の構えのみあら わであるかもしれない。性急な対自化は性急な断定を生む。それゆえ、この論究はフラグメント たらざるをえなかった。しかしv現在のように学問の方法、員的、使命についてのコンセンサス が解体している時にs内在的な、交献学的構成は、一部ハイデガー・ファンにとってしか意味の ないり一ダーズ・ダイジェストであるにすぎない。闇題なのは、存在論であれ、何であれ、それ によって境界をひかれた理論内在一これ自体仮象であるが一を突破していくことである。こうし て討論のための共同の場がはじめて確保される。救出すべき真理内容があるならば、これによっ てしか救出されえない。世のハイデガー学者は、タ=ツボのなかでの不毛な窒息死を避けるべき である。存在論は、既成の分業編成のなかでの自己の思考作業とその理論上の全体性要求とのギ ャップを埋めることはなかった。こうして、それ自体正しい全体性要求は、抽象的媒体へと導び かれ、そこで雲散霧消してしまった。いまや、存奪論の敗北が、歴史に何を沈澱させていったか

を考えてみる時だ。

       1

 『死への存在』あるいは総力戦のレゾナンツ

 r存在と時間』(以下SZと略5iレ)体系構成において、前半から後半への転回点(Wendepunkt)

をなすのが、この〃Sein zum Tode であるが、これを契機としてハイデガーは、一気に基礎的 存在論をかれなりにラディカリジィーレンしようと試みる。すなわち、現存在分析に〃S ein zum T。de を起点としてヂ根源性」と「全体性」を獲得し、これによって現存在(分析)は「日常樹 から「本来性」へとwende澱することができるとし、ひいては存在の意味たる「時間性」をまさ にここからハイデガーは展望しようとするのである。しかしながら一一結論を先取りして言うな

らば一一〃Sein zum%de の動機こそ思想家としてのハイデガーの個性的資質であると同時に、

きわめて歴史社会的内容を色濃くやどした》 das ep◎chale BewuBt5ein《であって、情況の変化 とともに急変していかざるをえなかったものである。それゆえ、この転回点こそラ畢シ《あふゑ

とである。

われわれは、まず、ハイデガーへの批判的対質に先立って、その前提的作業として、ハイデガ 軸自身の展開にそって、〃SeiR zum?ode の論点を追認しておきたい。まず死そのものは一

一一・@69一

(2)

とハイデガーは始める一われわれが経験することができないものである。死においてわれわれ の生存はすでに終ってしまうからである,,死についてわれわれの経験に与えられるのはヂ他人の 死」のみである。この時sこの他入の死に蔭面した現存在に理解されるのは、「だれも他人の死 ぬことをとりのぞいてやることはできない一」(SZ 240)ということである。「死はいかなる境存 在もその都度自らに引き受けねばならないものであるCt死はそれが《存在する》かぎり、本質的 に常に私のものである。しかも死は、おのれ自身の現存在の存在そのものに端的にかかわる固有 の存在可能性を意味している。」(SZ 240)死は代理してやることができない。死が各自のそれ ぞれ固有の、しかも根本的な実存にかかわるものであるという、各慮性と実存に根ざした、死の 不可避的な根源性が、われわれに了解されるのである。このように、第47節でハイデガーは、他 人の死の経験可能性から一転してr孤」としての現存在の全体的存在可能へ突き進むが、この条

りは一応、ハイデガーにとってはもっぱら内面花き乳た死、生あ極隈莚直面ナる生ゐナ解、愛悟 が問題とされているのであって、事実としての死、そこに含まれる死の超越性、外部性、不可抗 性は視野の外におかれるようになっていく、と理解しておいてよいだろうo

 第48節では、生の了解としての死がさらに詳細に述べられる。通常、死はさしあたって各自の 現存在にまだ襲ってこないものと思われている。つまり、現存在にはまだ存在可能が残されてい るというふうにeしかし、このRoch−nichtを現存在は、いわば「未済」Ausstand(SZ 242)の ように順々に支払っていくのではなく、むしろNoch−nichtとしてwerdenする、さらに言う数ら ばNoch 一  nichtとして存在するのである。現存在は、死という「終りにおける存在」、「終りに かかわる存在JSein zum Ende(SZ 245)なのである。この〃Sein zum Ende としての死の現 象を現存在の根本構えから解釈する必然性(第49節)を力説しつっ、ハイデガーは第50節で死の 実存論的m存在論的構造を語る。

 「終りヘー向って一存在することjZu−Ende−seiRは、実存論的にはSein zgm Endeと言われる。

      ほ    ■         の     の    e         の    の    の    ぐ

究極的なNoch・−nich・tは、現存在がそれに向って態度をとる何ものかの性格をもっている。終り は現存在にとって差し迫っている。死は決して、まだ目前のものではないのではなく、極小まで 切りっめた最後の未済でもなく、むしろ「差し迫閃Bevorstand(SZ 250)なのである。「こう

して死は、もっとも自己的な、他と無関係な、追い越しえない可能性としてあらわれる。」(SZ

       の   の   り       の   る

250) 「現存在が実存しているときには、かれはまたすでにこの可能性へと投げこまれているの である。………死に投げこまれていることは、現存在にとって不安の情態性BefiRdlichkeitのう ちでいっそう根源的に、また切実にあらわれる。………死にたいする不安は、決して慨々人の気        む     ままな偶然的な「弱」気ではなくて、現存在の根本情態性として、現存在は、かれの終リへの投.

げられた存在として実存している、という事実についての開示性なのである。」(SZ 251)存在 論的タームで語られてはいるが、この動機は、映像としてはムソクの不安の叫びからカリガリ博 士にいたる系譜、音声的には意識下のカオスを明るみに出すかのような無調音楽に深く呼応する

ものだろう。シュペングラーのr西洋の没落3とならんでr存在と時間』が、アカデミーの外に も多くの読者を得たことは、まさしくこの著書が不安の蒔代の表現であり、かっまたその時代へ の一つの哲学的園答だったからである。さらに次の第51節で日常性というアスペ外におけるSピ

in zum Todeが語られ、本来難と対比されるに及んで、ハイデガー・・一・のSein zum Todeが究極する 場というものが次第にはっきりしてくる◎

 現存在はたいていManという頽落した稲において存在するが、実際、死へのもっとも自己的な 存在を、現存在はさしあたり、たいていはそれから逃避的に、おおい隠している。ヒトは、「ヒ

トはいっかは死ぬものだ」(SZ 253)と、ひとごとのように言って、この無気味なものをおおい

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隠すr誘惑」に取り愚かれ、死に瀕した人々を慰めたりする。fE臼ま蛇あ木安べゐ勇受を起き せない。」(SZ 254)死についての無関心は、「規存在を、そのもっとも自己的な、他と無関係 な存在可能から疎外するのである。」(SZ 254)1ところで誘惑、慰め、および疎外は頽落の在

1)方を示している。死への日常的存在は、頽落的存在として、死ふらゐ絶えまない逸走である。

終ijへの存在は・改釈する・非本来的に理解しおおい隠す死の回避という様態をもっている。」

(sz 254)こうして日常的存在を死からの逃走、回避と特徴づけることによって、ハイデガーは 画避せざる在り方・死との直面をかえって前景に押しだすのであるが、ここにすでに「道徳的要 謝の存在論的実体化が・あるいは同eことであるが、存在論的意匠をほどこされた「道徳的要 講」が胚胎している。

 次の第52節には以下の言葉が見える。「終リへの存在の実存論的構造の限定は、そのうちで現

   じ    む    の    サ    の    の    の    の

存在が現存在として全体で在ることができる、現存在の在り方を引き出すためである。…………

われわれがその都度それ自身である存在するものの可能な全体存在の問題は、現存在の根本構え としての関心が・この存在者の極限の可能性である死と〉連関する《ときに、正当に成立するの である。」(SZ 259)ハイデガー一の実存論全体がいかに内面化された死に依拠したものであるか がここで明白である。そしてヂ死からの目常的な頽落的な回避はM菟べあ葬禾桑的な存在である。

非本来性は、可能な本来性を根拠にもっている。」(SZ 259)に及んで、見事に概念のヒエラル tt 一は逆転する。「他人の死の経験可能性」という現象学的Ansatzははるか後景にしりぞき、

いまや空虚な内容なき主観性である〃Sein zum Tode が、その駿昧さゆえに、ますます聖なるも のとして行進しだすのである◎

 死をめぐる最後の第53節において、〃Sein zum Tode f/は死への投企として総仕上げされる。こ こにおいても、この「投企」がいかに潔常的存在とは質を異にするかが力説される、っまり日常 的存在と本来的存在を切断したうえで、死への本来的投企がより根源的なものとして、旧常的存 在にたいしてヒエラルヒー的に構成されるのである。たとえば「問題の死への存在は、あきらか にその実現を配慮しつっ捜しもとめるという性格をもっことはできない。」(SZ 261)と言われ るように、死という可能性は常識的な意味での可能性ではなく、「実存の不可能性としての可能 性」(SZ 262)という一種の限界概念として措定される。そして「死への存在としての可能性へ の存在は、死が………可能性として露われるように、死に対して態度をとらなければならない。」

(SZ 262)とされて、この態度をとることが「先駆」と呼ばれるのである。先ほど、ある種の「要 請」ではないかと言われたゆえんは、こうした行論でそれなりに実証されていると思う。死は了 解という形で内面化され、かっもっとも自己的なものとされ、さらには死へと先駆すべしという

〃Sollen が語られるに及んで、ハイデガーにおける死の構図は主観主義的色彩の濃いものとな っていく。「本来的な実存の可能性」(SZ 263)は、こうした主観主義的先鋭化によってはじめ て証明されるのである◎

 だが、この先鋭化が犠牲として支払ったものは決して小さいものではなかった。〃Sein zum Ted e がおこなうとされる「単独化は、もっとも自己的な存在可能が聞題のばあいに、配慮され たもののもとにおけるすべての存在や他人とのどのような共同存在も拒まれることを明らさまに

      の   コ   ロ   リ   の

する。」(SZ 263)また「自分の死にたいして先駆的に自由になることは、たまたま迫ってくる 諸可能性のうちに自分を見失うことから解放されるのであって………。………先駆は、実存にた いして極限の可能性として、自己放棄を開示し、こうしてその都度達せられた実存へのあらゆる 硬化を砕くのである。」(SZ 264)

 Welt(地上的生活)を相対化し、おとしめることは神学の生理に属しているが、いまや神なき

一71一

(4)

神学たるハイデガーの哲学がそれを挙行するのである。もちろん・ここで彼岸は語られていない。

しかし・それにかわるもの・〃Seまn zum Tbde を導入することによって、ハイデガーは神学の最 後の退却戦を戦うのである・この意味でハイデガー暫学は神学のGrenzeである・恩寵の彼岸が

むきだしの無とな甑疵護されてあることの平安が不安になつただけである6かくして次のように結論

     ひ       る     の  の     る  の     の     の  の  の     り  む  の  の  ら  り  の  の  の  ら  e     ■    ■  の  り  も

       の される。 「先駆は現存在にたいして、ヒ5:自己へと失われていることを露わし、現存在を、第

↓畢三蛇劇砿薦賄感壷えら義子}三自邑である奇能{生ゐ前べ麗たらチぷ、己ふも三あ自愚ま、熱 像溺、2Fあ幻悉ふ録轍き孔走、黍雲函ぞ、魯き鳶身を潅壱し …、ネ安iミニそじ・る発人あ自

        ロ   の   り   ゆ   ひ   e   の       の

由のうちにあるのである。」(SZ 266)

 こうした確認をもってtiSein zum Tα犯 を見とどけたのち、ハイデカーは、これを起点として、

       良心の問題を論じ、歴史性の闇題へと発展していくのであるからvこの〃Se海zum伽deは時間 性開明のまさに軸といってもいいほどのものである◎しかし、いっさいの臼常性(地上的生活)

から切り離され、主観{単独者)の内面へと収れんされた「先駆」こそ、その主観主義的純化ゆ        ケ−レ えにもっとも折れやすい軸であろう。転回以降、もはや「死へ」ではなく1存在の明るみへ」と 実蒜することが語られるようになると、 「不安」や「時間性」が消えていき、 r詩」や「神話」

が登場してくることは、このことをある程度証明するものである。もはや、世界は実存(主観)

       9f− a ン

から基礎づけられるのではなく、存在から基礎づけられるようになる。転回したハイデガーから 見るならば、i/ $ eiR z磁Tod♂こそ、1933年の薯件とならんで、かれの若年の思想の、あの総 力戦の戦後期、左右の革命によってゆさぶられたワイマールの混瀧のなかではらまれた、その超 克の夢の苦い挫折を象微するものである。く体系》は途上で放棄される。現象学的存在論の大 道は途絶し、見えるか見えないかの木こりの道(Holzwege)にかわる。この放棄に、この体系の 沈黙にこそ、まだいくばくかの真理が鼓動している。ファシズムを経て、二度饅の大戦にのめり こんでいった世界に、およそどのような体系が可能であろうか。世界が理性によって把握できな い蕎目的な自然になoたとすればiそれは理性がその生成を想い起す(erlnnem)ことのできない 疎遠な物象に世界がなり、その理性と物象とが架橋しがたいものになった、つまり総合 {SyRthe・−

sls)が成立しがたいものになったことを意味する窪総合のないところに体系もない。『存在と時 間譲が強引にこの世界の事態と引き会わされた時、それはおしだまってしまった。だから、著書 の未完はその專態を映しだすものになった・莫理のモメントたりうるのは・自他によってなされ るハイデガーの思想的一一es性の正当化ではなく、その断絶の確認である。真理はハイデガーを超 え出ているがゆえに、ハイデガーに抗して、テキストは読まれなければならない。

 さて、ハイデガー一一一の〃Sein axmT◎de について、われわれはその論点を追認する過程で、批判 的コメントを差しはさんできたものの、これを単純に否定しさるっもりはない。Lかし、ハイデ

       リ   のド  の      の   の   の

ガーの分析がそれなりに死の一っのアスペクト、一一つの真実態を捌出している一たしかにそう であるのだが一と雷ってみたところで、それはあくまで常識的な感想にとどまる。批判を真に 批判たらしめるためには、その対象の論理農開の整合性を吟味することもさることながら、それ

らが含む歴史社会的内容、すなわちその客観的位置価を明らかにすることが重要な事柄である。

 実はここに、ハイデガーが配慮くSorge)や顧慮(F縫rs◎rge)から、揖常的存在から解き放とう としたものこそ、もっとも当時の情況、すなわち当時の歴史社会的配慮や顧慮に強く媒介された ものであり、この限りで相対化されるものであるという逆説的事態がある。当時のドイツは、第

〜次世界大戦とその敗戦によって大きく輪郭づけられる。第一一次大戦は史上はじめての《総力

戦》としての性格をもち、それにっつく戦後もこれまた史上空前の《イン7レーション》に象

(5)

籔される社会的混乱を現出したのであった。Fランクいっぱいの紙幣で朝食のパンを買いにいく といった事態は、価格の、すなわち交換価値の完全な解体を示している。資本主義社会は、この 交換価値によって・言いかえれば市場を通じて、社会的生産・再生産を全面的に=ントm一ルす るものであるから・この交換価値の無効化は、この社会の根底をゆるがすものであった。この経 験は人々の心のうちに沈澱する。それは不安である。この不安は、存在論が雷う内容を脱水され た不安以上に、一 ee的なものであり、リアルである。それにもかかわらず、存在論が受け入れら        むイエ

       eコし れたのは、入々にとうて社会があの「存在」や「無」と岡じくらいにノッペラボーなものとして、

物象化されていたからである。この不安はそれが言葉に蓑現されてさえいればsその言葉が事態 に正しく連関しているかどうかなど、どうでもいいとでも言うように。即自的な空虚さが、対象 化《理論化)された空虚さに共鳴したのである。

 一方総力戦の経験は、単に戦争の専問家瓢兵隊ばかりでなく、国民全体が戦争へとインテグレ ートされ・メンタルな局面では、すべての人々が死を覚悟せざるをえないことを教えた。銃後

(home front)もまた一つの戦線であった。99 一一次大戦勃発後、双方の陣営に、その戦争厨的の 正当化のためのイデオロギー論争が華々しく展開された。すでに与えられた戦争のあとをs精神 が、その合理化のために、なんとか死んでいける根拠をさがすためにビッ=をひいて追いかけて いく。その図はまさに世界を産出するヘーゲルの世界精神のカリカチaアであろう。それは倒錯 した糊における「死の共嗣体」( 1 odesgemeinschaft)一一それは市民社会(Gesellschaft)の痙攣 にほかならないのだが一の歴史的形成であった。ハイデガーはこの Tbdesgemei聡chaf〆の経

      の       の 験から出発する・このさい・かれはこの経験と対極的に死を個人化してとらえるものの、現象学

      t 的方法に欄約されて・この事実からカント的に出,発する。へ一ゲル的にその生成を問わず、生成 は分析の婚外におかれ、ただ現にあるものを発見(ent decken)するだけである。だから、死を個 人化する一これにはハイデガーの個性的資質が強く働いていると思うが一としても、すなわ ち・強いられた総力戦の経験を逆手にとって主観の発動力としても、事実性を事実性としてP。s_

itivig・ tischに出発するがゆえに、この事実を媒介されっつ生成したものとして批判的にアプロ ーチする道は絶たれているのである。たしかに、いっさいの日常性は非本来性であるとする立場 は、欝民社会へ絶縁状をつきつけるものである。しかし、ハイデガーの徹底した独我論も、すで に市民社会の原理たるアトマイゼーションによって下絵を描かれている。その位相は、ちょうど ナチズムの市民社会への態度と相似している。だから、ハイデガーの実存が前ファシズム的な主 観性の狂宴を、たとえ一時的にもせよ、入れる器となったことは、けだし当然と言わねばならな い・ファシズムもそれなりに「根源性」と「全体性」をもとめたのだから………ただし現与の資 本制的構造、支配の構造をそのままにしておくわけだが。

 ハイデガーのナチズムへのアンガージ、。 ?ンとそれからの早期の訣別は、所栓ハイデガー哲学 とナチズムとが梱容れないことを物語っているが、このことのf分な批判的反省が、ハイデガー 自身にあって厳密になされずに後期へと転園していく点に、われわれとしては根本的な疑念を払 拭しきれないのである。それは「なしくずし的転向」であり、fなしくずし」であるがゆえに見 かけや調子は急変したものの、基本的な方法や方向は温存され、後期へと密輸入されているので ある。たとえば・このllSeiR zum Tode は用語としては後期ではあまり登場せずに、これに変っ てdie St erbl ichen というギリシャ的表現を好んで用いるようになる。このことは、先駆的決 意性としての死から運命としての死へと把握が変化してはいるものの、その方法上のpositivist−

ischな性格は、やはりなんら変化していないことを意味するものである。それは窺釈への対極、

その倒立した像を形成しえても,ついに有効な批判を行使することなく、既成事実を容認するイ

一73一

(6)

デオPtギーに陥るのである。

       H  聡長灘淘あるいは国家社会主義者的実存

 たとえ、一蒔的にせよ、ナチズムという対位法の一声部をハイデガーが担ったという歴史的纂 実は・一一・rw■は深刻に取り上げてみなければならないことである。おおむねハイデガー陣営はこの 纂実に口を閉し・反対する陣営は・この政治的スキャンダルゆえに、その真理内容の吟味なしに、

これを忌避する傾向があるがゆえに、なおさらそうなのだ。たしかにファシズムは、その理論の 虚偽にもかかわらず・正しく宙民社会の病理に照準したのであった。しかしsその病理の克服は、

支配を解体することによってではなく、かえって支配を強化することによってなされた。それは 一定の成果を収めたかに見えたが、最終的には破局に通じる道であった。 オかし、この巌島λあ

の       の

総動員(die tetale Mobilmachung)こそ、布民社会の歴史をロマ落しで見せるものではないだろ うか。ファシズムという甫民社会の只中から出現したリヴァイアサソを、市民社会は完全に克臓す ることができるのだろうか。あるいは逆に、このリヴァイアサンが市民社会を克服するのだろう か。こうしたファシズムと市毘社会の弁証法・支配と破局の構造連関を冷静に洞察することこそ,

当時の学問の課題ではなかったろうか。それが哲学のもっともすぐれた《政治》ではなかった ろうか。しかし、ハイデガーは蒔の権力への一一定の参加を選んだのであった。

 1933年5月、 ハイデガーはナチス党政権下にフライブルク大学総長となり、同月ナチス党ヘ      ホ 入党した。そして翌34年2月・ 交教省との意見の相違のため総長職を辞任したとされているが、

この間の詳細な箏情は明らかでないようである。その在任期間はわずか9ヵ月であったわけであ る。ilドイツ大学の自己主張』はこの時の総長就任演説として行われたものであり、同33年ブ

レスラウの=ルン社から22ページの小冊子として出版された。 この一一連の事件を単なるエピソ ードとして、単なるハイデガーの脱線としてとらえることはできない。これは『存在と時闊』の 思想家が・唯・・・・…一アクチュアルになった瞬間であり、ここからそれなりの意味が読みとられてしか       ケ−レ るべきなのだ。また同時に後年の《詩・言語への接近》いわゆる《転回》に至る重要な一契 機としてもとらえかえされねばならない。っまり、かれの《体系》からの首尾一貫した帰結とし て、このことはあった。だから、すくなくどもこのことが、かれの《体系》を映し出す一っの 鏡であることは間違いないのである。

acこれが日本ではどんな塚囲気のなかで受けとられたかを知るために、一例として三木清が岡33年(昭和 8箏)に『霞己主張罰こついて書いた『ハイデヅカーと哲学の運命』と題された交章の冒頭を取り嵐して みよう。「少し以前アソドレ・ジイドのソヴェートへの転向が文壇の一話題となった。ところが今痩はマ ルチソ・ハイデヅカーのナチス入党が報道された。この事件については既に先霞東京朝H新聞において田 辺元博士がその批判に書か札ている。それからもう一つ、一伝えられるところによると、カール。バル5 は同じナチスによって大学から追放され、抗議をたたきつけたということである。」いわばイソテリ達は、

退っぴきならない境実の前に立たされ、現実によって試練されんとしていたのである。それはある現箋を選 ぶこと《参加》でもあったし、ある現案を強いられること《投獄》《追放〉《亡命》でもあった。しかし、

いずれにせよ、それはかれらが己れの赤裸々な肉体を露皇する蒔でもあっただろう警

 「総長は大学の精神的指導の義務を負うゴ3曇始まる『自己主張』は、まずr大学の本質」が問

われ・ドイツ大学の本質への意志とその自己主張はi学問への意志であると同時にドイツ民族の

(7)

運命の外的な窮乏のなかでそれを持ちこたえることであるとされる・次に「学問の本質」が問わ れ、以下のような決定的な闘いに直颪しなければならないとされる・すなわち・学聞は今後もわ れわれにとってなお存在すべきであるか、それとも、われわれは学問を急速な終宋へと追いやる べきか。そして、学問が一般に存在するべきであるということは、なんら絶対に必然的なことで はない。しかしsもし学問が存在すべきであり、しかもそれがわれわれにとって、またわれわれ によって存在すべきであるならば、そのとき学問はいかなる条件のもとに真に存立しうるのであ

ろうか。 「ただわれわれが、ふたたびわれわれをわれわれの精神的瓢歴史的生存の始元の力のも とにおくときのみである。」吻・イデガーはここでギリシャを始元として呼び出す。それはファシ xト達が、自らを新しい開始として、西洋近代、市民社会の歴史的連続性を突き破るものとLて 規定し、ゲルマンを始元として呼び出したことと、態度においてなんら変るところがないもので ある。「この始元とは、ギリシャ哲学の発現である③そこで西洋の人間は、一つの民族(V◎lks

      t   も   e   e   サ   e

tum)からその言語によって初めて存在者の全体に向って立ち、それをあるところの存在者その ものとして問いかけ、把握したのである。……学問がこの始元にそもそもまだ堪えつづけている ならば,学問はその本質的な力を始元から汲みとるのである。」6㌧・イデガーは続けて、「われわ れはここで、学問の根源的なギリシャ的本質の二つの卓越した特性を、われわれの生存のために 取り戻すことを欲する。……ギリシャ人のあいだでは、プPtメテウスが最初の哲学者であったと いう古い伝説が行われた。このプPtメテウスをして、アイスキュPtスは知の本質を現わす一つの 格言を語らしめた。『ところで知は必然よりもはるかに無力である』と。この言葉は、事物にか んするあらゆる知はつねになによりも運命の圧倒的な力に委ねられており、その前には無力であ るということを意味する。」「まさしくそれゆえに知はその最高の反抗(Trotz)を展開しなければ ならない。この反抗にたいし、これを現に損むために初めて存在者の隠蔽性の全き力が立ち上る。

こうして存在者は、まさにその測りがたい不変性においてi自らを開示し、知にその真理を貸与 するのである。S6}第二の特性として、ギリシャ人にとって「 タかリア《理論》はまず理論自身のために生 ずるのではなく、かえってもっぱらi存在者としての存在者に近くsかつそれの圧迫のもとに留 まろうとする情熱においてのみ生ずる。」ギリシャ人達は「理論そのものを純正な実践の最高の 実現として理解しようとした。」(7,それ故ギリシャ人にとってf学問」は「文化財」ではなくて、

「民族的。国家的境存在全体をもっとも内的に規定する中心ゴ8であった。こうしてハイデガーは 学問の始元的本質を次のように語るのである。「学問とは、たえず自己を隠す存在者全体の只中

1: v問いつっ持ちこたえることである。この持ちこたえんとする行為は、そのとき運命の前にお ける自己の無力を知っている。 jf9}この始元は、われわれが取り戻すべきものとして、われわれの 前に、未来にあるのである。この始元をわれわれが欲すれば、学問はわれわれのもっとも内的な 必然となり、民族の精神的世界をつくるのである。その精神的世界とは、民族をもっとも内的に 高揚させ、もっとも広汎に震憾させるカとして、地と血に根ざすエネルギ・一一をもっとも深くたく わえる力なのである。

 以上でil自己主張』における哲学的に重要な部分は要約、引用されたと思う。ここでは学問と 政治iひいては民族の生存が一体のものとして語られ、そこになんらの鰐抗的モメントも認めら れていない。自己主張とはいえ、それは自律的な学問のもっ批判精神の主張ではなく、自律を可 能なかぎり制限し、主体的に全体国家へと投企せよ、という主張なのである。こうした前提に立

って、ハイデガーは次のような情況への具体的発言を行うのである。大掌の教授隅にたいしては

「絶えまない世界の不確実性のs危険な最前線の持場へと実際に前進していかねばならないjl圭e}と 語り襲その持場に指導春として立ちつづけることを要求する。学生団にたいしては国家と民族へ

一一一@75 一

(8)

のr労働奉仕1掴防奉仕」{知識奉仕」三1}という三つの義務の遂行を要求するaさらにそれを藷 学的に粉飾して「存在一一般の疑わしさが、民族をかりたてて労働と閥争に赴かせ、鼠家へとかれ

らをおいやるのであるe」si2)と語るのである。

 このように、総長灘説ilドイツ大学の肖己宅張』は、哲学的な本質論と情況論的なアジテーシ ョンの二つの部分から成っている・その二っの部分を通底するものは、パセティックな反理性的

トーンである。われわれはいったいここになにを見るだろうか。たとえば特徴的な単語をランガ ムにひろってみよう  「義務」「服従」「意志」「意欲」「発現」(Aufbruch)1運命」 椥の 無力」「反抗jf一情熱」{決意」ヂ闘争」……。これでは三木清と同様に1ハイデッガーはドイ

ツの国民主義的統一の原理を、血と地と運命とに、凡てパFX的なものに求めるようである。客 観的原理は何も示されていない。jl3}とでも裁断せざるをえないだろう。しかし、もうすこし注意 深く検討してみよう。すなわち、レーヴィトがこれに「無類の二義性」馴を見たのは、それなりに 正当であった。ドイツ大学の自己主張は、一方でファッショ的な国家的「指導・服従」の要請に なり、他方で自らを隠す存在者全体の近くに留まる情熱になる。一方で知は運命の前で無力だが、

他方で知はかえってそれゆえに最高の反抗を行うべきであるとされる。そして、最終審はいぜん として不可視なのだ。こうした構成の秘密はなんだろうか。

 冒頭近くにあるドイツ毘族の「精神的委託」(Auftrag)といい、「運命」といっても、そして

「決断」とか「反抗」といっても、なんら具体的な規定性をもたず、ただ曖昧な気分を喚起する だけである。その語法は人々にたいしfお前は強大な力の前でただの客体である。しかし、その 強大な力に帰一することを決断しさえすれば、新しい琶界がひらけるのだ。」と言っているので

ある。一一方での客体優位(委託・運命}、他方での主体優位はこのように連蘭するのである。三        の  む  じ    木清の言うように「凡てパトス的」でありM「客観的原理」がないわけは、その原理がすでに存

の   の       の    

在していた、すなわちナチスが政権を掌握していたからにほかならない。あとはアカデミーむき の伴奏曲を作賄すれぼよかったのだ。その後の歴史は、それを神の子イエスのではなくて、無数 の民衆のための〃Passion「i(情熱・受難曲)にしてしまっ孝。ヴェルサイユ条約にたいするルサ ンチマンが広汎に蓄積されていた時、「決断せよij「反抗せよ!」と情緒的に煽れば、どうな るかはわかりきったことである。しかも、ここでの行動の単位は,学問的吟味なしの民族(Volk)

概念である。ハイデガーはここで、民衆のルサンチマンの爆発と資本の膨張作用を、その超国家 主義的発現を、哲学的に墾化するのである。ハイデガーのPositiVismusは、こういう歴史的な環 実にむかうとき、あからさまにポロを出してしまう。『存在と時間』に内在した方法は、ここに 最悪の帰結を見ることになる。{ つねにすでに」(immer schon)は現象学の方法上の語法をこえて、

物神化される。たんに時代が悪かったということではない。ハイデガーの概念はいつも〃Pos三ti》

なもの の容器である。かれのオブスキュランティズムはいつも時の支配権力と背亜ではりっい ている。そして、ナチスは崩壊したが、この語法は戦後も、かれの著作のなかに生きのびるので ある。       。

皿  『言葉が語る』あるいは後期資本主義の隠者

 「ハイデッガーの捲導は一年しか続かなかった。当外れと腹立ちをいくっも嘗めたあげく、与 えられた《委任》から身を引いたのである.毘のことは・・イデガーO思想の歴史のうえで訣        ウ−し

定的なファクターになったと思われる。いわゆる《転圓問題》もこれぬきには議論にならない。

もちろん、離期と後期の患想の連続。不連続はそれほど明僚なものではない。一一例をあげれば、

(9)

1935年の講議で、1953年に公刊された9 形而上学入門』には、ナチズムにふれて、「この運動 の内的真理と偉大さ(つまり惑星的に規定された技術と近代人の出会い)ゴ15}という語句が見られ る。この点については、ユルゲン・ハーミマスが、公刊されてすぐに新聞で、依然としてファッ ショ的な思想が一貫しているという角度から批判し、反響をよんだ♂71935年といえば、アンガ ージュマンから身をひき、一種の Ianere Emigration (国内亡命・内面への亡命)の時期であ りt「形而上学」r真理論」、「ヘルダーリン書」と「芸術作品論」の時期、単的にいってハイ デガーにおける《過渡期》である。だから、ハイデガーの思想はさしあたって、前期(1933年 年まで}、過渡期(終戦まで)、後期という三つのアスペクトに分けて考えてみることができる。

奮自己主張爵などはハイデガー前期の思想的特微がよく出ている。たとえば「キリスト教的一神 学的世界解釈」と「近世の数学的一技術的思考」をしbぞけ、ギリシャ的始元の取り戻しを強調 することは、『存在と時間』の存在論史を解体する課題と対応するものであり、その取り戻しが われわれがわれわれ飼身を欲するというラディカルな主観性一集団的なそれであるにしても一 を起動力としている点は、実存カテゴリーと対応するものである。だがここで、そうしたプrrセ スを全体的に展望することはできない。われわれはヘルダーリンに、詩と言葉の問題に集申する ことで、過渡期と後期の思想の一端を垣間見ることにしたい。1934年の冬学期におこなわれたの が、ヘルダーリンに関する講議だったのは、象微的なことではないだろうか。その2年後の36 年には、「ヘルダーリンと詩の本質」という講演が=一マでおこなわれた。それはレーヴKトの 露葉を借りれば、「重要な点でいくらか諦めの調子で終っているゴ18めである。読者が素朴なほど、

調子の変化は歴然と読みとれる。

 われわれはハイデガーの詩への接近を考えるために、『ヘルダーリンの詩…の解明』所収の一編

『ヘルダーリンと詩の本質』に対象を限定し、そこにあらわれたハイデガーの思想的特質をスケ ッチしたいと思う。

 ハイデガーは、ヘルダーリンの詩や書簡から五っの主導的な書葉をもってきて、詩の本質を語 ろうとする。そのさい、なぜヘルダーリンがえらばれたのかと問い、自ら答えて、ヘルダーリン は詩の本質を真正面から詩作する「詩人の詩人」であるからだとするのである野

 第一の言葉「詩作とはあらゆる営みのうちでもっと1罪のないもの」において詩は、現実か らはなれた《戯れ》と規定される罰しかし、この第一一の規定は、その後の展開への緊張を生む ための枕といった色彩がこく、たとえば実存の想像力の問題から「戯れ」を根拠づける、等々と いった作業はなされない。そのかわりに登場するのがi詩作の領野たる言葉である。

 つまり第二の言葉「それゆえすべての財宝のうちでもっとも危険なものである言葉が、人間に 与えられた………人間が自らなにものであるかを証しするために………」讐ここでハイデガーは、

詩作(罪のないもの)と言葉く危険な財宝}がいかにして両立するのか、という間を後に残して おいて、次の三っの先決問題を考える。言葉は(1)誰の財宝なのか、②どうしてもっとも危険なの かv③どのような意味で財宝なのか。①についてハイデガーは、人間とはまずかれがなんである かを証しせねばならない者であるとしvそれは決断の自由によっておこるとする。ところで存在 考全体に帰属していることを証しする存在〈人間)は歴史として生起する、その歴史の可能のた めに言葉が与えられたとハイデガーは「誰の?」に答えるために語る。②については、言葉がは じめて存在の脅威と迷誤の開かれた場所、そして存在喪失の可能性をも創りだすのであり、言葉 は自己自身によって創りだされた仮象へと自己をおき、それによって自己のもっとも個有なもの 一真正なる言一をも危険にさらさざるをえないのであるとする。(3>にっいては、言葉の本質は r解の道具たることにつきるものではなく、言葉があって一般にはじめて存在者の開かれてある

一一

V7一

(10)

ことの只中へ立つ可能性が与えられるのであるとされる。言葉のあるところにのみ世界があるn

       つ   の   の

言葉は人間にとって最高度の墨来事である。ここでハイデガーの言うことをわれわれなりにとら えかえすならば、言葉がはじめて人間と人間的世界を可能にする。その言葉はまた真のインデッ        の   

も   ゆ   の   の   の   の   ■   の

クスであると同時に偽のインデックスであり、そもそも与えられてある$のであり・出来事であ る。もともと存在を物象化してしまっているハイデガーは、言語という場面においても、スタテ ィックな理論構成しか展開しえない。言語重視(認識論から言語論へ)のモチーフはIE当である

      の   ゆ  の   の  の  の  の

にしても、言語こそ、典型的な間主体的形成物くein in£ersubjektives Gebilde)であり・そのうち にダイナミックな対自一報他的性格、表環と債達の対抗的モメントをふくんでいる点を着過して は、これへの正当な視点を導入しているとはいえない。繊来事でありs与えられたものであると 規定してしまえば、思考はそこでスbップしてしまうeつまり、その都度の共同一相互存在の地 平、社会的労働の現実のありようとの関係で言語が考えられずに、一方的に物象化されて、主体

と切り離され、そのうえで与えられたとされるのである。主体の媒介からのがれているものは、

単なる名辞であり、空虚である。

 第三の主導的な言葉は、 「多くのことを人間は経験した。神々の多くの名が呼ばれたのは、わ れわれが一つの鰐話であり、相互に聞くことができるようになっていらいのことである。」22乏い        e うものである。ハイデガーは言う、言葉は対話においてはじめて本来的に生起し、その対話とは なにかに関して相互に語りあうことであると。そこには唯一同一のもの、つまり統一一するものが なければ、対語は成立しない。そして、それこそが現存在を握っているのであると。神々がわれ われの現存在を言葉にまでもたらす。ここで、言語の共同一相互存在性が注目されるかと思われ たが、むしろそうでない側面にハイデガーは論点を移してしまう。たしかに、対話は共通の趨の なしには成立しない。それはいい。だが、そこから不変者を導き出し、それを対象的に実体化し、

それが現存在を担っているなどとヘルダーリンは言っていない。むLろ神々も、人間の意識経験

(ヘーゲル的精神}の一道程であったと言いたいかのようである。

 第四の言葉は、「常住のものは、しかし、詩人がこれを建設するのである.」㈱というものであ る。こうなるとヘルダーリソの言葉は言葉として、.ハイデガーの解釈は解釈としてという感じに        ザイン なる。言うまでもなく、ハイデガーは、詩は書葉による存在の建設であるとここから定式化する。

かたやドイツ古典主義の美的和解の夢、かたや後期資本主義の隠者のご託宣である。ハイデガー は、蘂的なものの特性、その仮象的性格、その自律化による社会への批判的ポジシNン、その批 判(die be$t.immte NegatiOn)を通じての特定の真理の救済等々、芸術のもつ弁証法的性格をi無 視し、無媒介的に#在の建設者であるとしている。そしてまた、詩人の志向・意図と表現された 作品を同一視している。すぐれた作品はその造形(Kcnfigur ation)によって詩人を超えていく。

作品とは偶と・・一・・一般とが複雑にからみあい、出会う場であり、すぐれた作品とは美的な媒体のなか での個と一般との和解、具体的普遍なのである。これがr言語への途上』(Unterwegs zur SP−

rache,1959)になると、ハイデガーはもっぱら「語られたもの」、 「書かれたもの」を自立化 し、ドミナントな位置におく。後期になるにしたがい、まだヘルダーリン書においては生きてい た詩人(実存)がだんだん消えていく。

 第五の需葉はt「いさおしは多けれど、しかも入間は地上で詩人として住む」穐いうものであ る。ハイデガーはこれを解釈して、人間が富らあ努力で獲得したものがいさおし(Verdienst)で あるが、それは人間の根底にまで追っていない。むしろ人間の現存在は根底において「詩人的」

である。ところで詩作を、われわオ㌧は神々と薯物の本質の建殼的命名として理解する。 「詩人と

して住む」とは、神々の現在のうちに立ち、事物の本質の近みによって迫られることである。

(11)

r詩人的」とはなんらのいさおしではなく、贈物なのである。こう語るハイデガーにsわれわれ は謝自己主張』におけるfわれわれ自身を欲する意志」の立場が典型的ないさおしであって、贈 物ではなかったことを確認し・現存在の根拠づけが転回されていることに穰意すべきだろう。そ

して続けて言われる、むしろ詩そのものがはじめて雷葉を可能ならしめるのである。詩は民族の 原言語であると・次に詩にあっては人間は現存在の根拠へと集中させられる。人間は詩のなかで 静寂(Ruhe)に達すると語られるのである。対照をきわだたせれば、『存在と時間』において不 安{An£st)として開示された現存在の存在は1ここではむしろ静寂としてとらえられ、転釈され ているのではないだろうか。しかしsそうは言っても、本来性一非本来性のヒエラルヒー的溝造は 固持されており、そのF 一一ンの急変と理論構成を見誤ってはならない。

       む   の  そしてまた雷われる、詩入とは外へ投げ出された者一すなわち神々と人聞との間、その中間 に投げ出された者である。ハイデガーは、神々と人間とを分断したうえで、ついに詩人をその中 間者として追放する。こうするほかなかったであろう。社会というee 一一一の地平において、他なる 分業との根互媒介においてある詩作という視点をもたなかったならば。ハイデガーの二世界的見 方嬬詩についての議論においても首尾一一貫している。

      の

 最後に言われる、詩人が規定する新しき時代は、過ぎ去れる神々ときたるべき神との間の時間

       ゆ   の       ド

である。それはまことに乏しき時代である。それは過ぎ去れる神々のもはや無いときたるべきも ののいまだ無いという二重の無と欠乏であると欝

 ハイデガーの絶墾は深いであろう。その真蟄さを疑うものではない。しかし、これもまた情況 的5wwンではないだろうか。1936年には、 ファシスト達をのぞいて、誰もがこんな気分だった のではないだろうか。民族概念もそのまま用いられ、前期思想の基礎的溝造はそのまま残存して いる。ここではまだ、詩人の実存的投企にアクセントがおかれている。だが、真理がアレテイア        ザイン として対象的に自存化されるにっれ・主体は消えていく。ますますあの存在が主体になつていく。

われわれが、すみずみまで組織された国家独占資本主義、管理被会の単なる客体に、盲目的な資 本の自己増殖の単なる歯車になればなるほど、孝釜の思想はわれわれに情緒的にアッピールする ものになる。たとえば最近の『思考の事柄へ譲くZur Sache des Denkens,1969)に見られる、

堪えがたいほどの雷葉のトートロジー、交換価値のパレードはi言葉のインフレーションとしてi 物象化の病理を提示している。現代の隠者は、その隔絶によって、かえって現代の徴候を指示す

るものとなる.かれの土着議、かれの科学論へのかたくなな拒絃かれの灘、それ ま社会 が、ふとかざされた鏡で垣間見た、左右の反対になった自らの像であった。

一一

V9一

(12)

       ( S・M)

       '

'  i〉 Martin Keidegger, Seln und Zeit, 1 963 IO Au fl . ii}'Cl;IC X Ss So' t' 2 k '?̀ I' ;Eli :]2: ifli ;ltil i: k " a

  L)〉 :t/. T?}C i.si ag ",:' S$l ag ll・ {Sk 3!4 x〈‑ 〉" '

  3) Martin Heidegger, Selbstbehauptung der deutschen Universittit (S;L FSU .F‑ ptM 193;3, S. 5

  4} SU 8   5} SU 8   6} SU 9

  77) SU 10   8) SU 10   9) SU 13,14  IO) SU 14  12) SU 17

 l3) i3f,lra323fstit‑"'t,f' .

 14) u ‑ iA7' l 5 if s ‑‑ pa }7 ,e {7) = tr ij fAS ( t5k ee iM. Sft as :illii lrJ; ll] ) 94 Kl ‑‑‑‑ :".f  15) liil plt , 98 ‑〈 '‑ V'

 16) MartiR Heidegger, Einfuhrung in die Metaphy$ik, 1953, S. I52 '

 17) JtirgeR Habermas, Mit Heidegger gegen Heidegger clenken, FAZ voTn 25. Juli. 1953  18) ptireiiOxhEi‑;,;"

       '

 19) Martin Heidegger, Erlttuterungen zu H61derlins Dichtung, (J;L'FEHtE2}) 1963 3 Aufl. S. 31£

 20〉 EH 32 ・

 21〉 EH 33"‑35 i  22) EH 36‑‑‑B8 .

 23) EH 38  25) EH 42‑yl5

   iliikii21;esE '

 Aderno, T. W.: Negative Dialektik 1966       ' Jargon der Eigentlichkeit 1965       Noten zur Literatur M 1966   Htihnerfeld, P.: In Sachen Heidegger l961

  tawith, K.: Heidegger, Denker in dtirftiger Zeit , 1953

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  Schneeberger, G.: Nachlese zu Heidegger l962

参照

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