J. A. ホブスンの国際貿易論
‑「新」自由主義=「国際平和主義」の管理自由貿易論‑
姫野順一
International Trade Theory of J.A.Hobson;
An Idea of the New Liberal & Cosmopolitan managed tree‑trade
Junichi HIMENO
1、問題の所在
ホブスンはママリーとの共著で処女作『産業の生理学』 (1 889年)を書いた2年後 の1891年、『ナショナル・レビュー』誌上に「イギリスは貿易を維持できるか」とい う論文を投稿している。ここでホブスンはインドとの貿易を論じて資本と労働の移動の自 由、交流の発展が相互の富の拡大であるが、気候的、環境的な事情で労働の国内流入は多 く、国外特にインドへの人口流出は困難であり、そうすれば資本だけが海外に流出して、
イングランドは衰退すると展望していた。 (1)そしてこの時期、移民法や資本輸出防止税を 提案し、国際貿易に対する関心を深めていた。ホブスンが1 8 9 4年の『資本主義の進イ田 のなかで経済理論として独占的競争市場理論と過少消費の理論を展開していることは別に 検討したことがある。 (2)さらに90年代の終わりに近い1 898年の論文「自由貿易と 対外政策」はホブスンの帝国主義論につながる問題意識を示し、 「自由貿易」を装う保守 党第3次ソールズベリー内閣の「市場開放政策」と本来の「自由貿易」 (コブデン主義)
との相違を強調した(3)このころからホブスンは「関税改革」と帝国主義との結びつき に目を向けだしている1902年に出版されたホブスンの『帝国主義;一つの研究』は 帝国主義にたいする分析の集大成であった。ここでホブスンは帝国主義の根本原因を過少 消費にもとづく過剰資本とし、このもとで、さまざまな利害グループの政治的操作が帝国 主義を具体的にひきおこすと説明した。 (4)このような主張はホブスンの国際貿易論とど のように関連しているのであろうか。この『帝国主義』は以前に発表した新聞『スピーカー』
、雑誌『コンテンポラリー・レビュー』、『ポリティカル・サイエンス・クォータリ
‑』、 『ブリティッシュ・フレンド』の諸論文の集大成であった。ここで取り上げる190 4年2月に刊行された『国際貿易一経済理論の応用』 International Trade:An Application of Economic Theoryも、ほぼ同じ時期、雑誌『コンテンポラリー・レビ ュー』と『ウェストミンスター・ガッゼット』に掲載した論文や記事を下敷にしてこの時 期の関税改革論争にたいしてホブスンの見解を明示し、帝国主義論を補足するするもので
あった。
1903年5月15日、チェンバレンはバーミンガム演説で「帝国関税同盟」から「帝 国特恵」政策への転換を訴えていた。これにたいして8月1 5日の『タイムズ』には「経 済学の教授たちと関税問題」といういわゆる「反チェンバレン・キャンペイン」が掲載さ れ、関税問題は時の焦点であった。 (5)
本稿の課題は第一に、ホブスンのこのような国際貿易論における理論と政策の内容を吟 味することである。ホブスンの不完全競争市場分析と過少消費論といった「経済理論」は
は国際貿易論のなかでどのように「応用」されているのであろうか。
本稿はこのようなホブスンの経済理論と政策論との関連を国際貿易論のなかに探るもの であるが、帝国主義をめぐるホブスンの「理論」と「政策」の関連については既に、ホブ スンにおける経済構造分析を重視する、ジェントルマン資本主義論の立場のp. J.ケイ ンと、ホブスンの政策的・歴史的・政治的観点を重視するピーター・クラークの、 2つの 対立的な解釈がある。 (6)この両者の論争について筆者は別稿で検討したことがある(7)。
そこで筆者はホブスンにおいて両者は統一されていること、すなわちホブスンにおいて理 論と歴史は不可分に結びついていること、ホブスンの帝国主義論は理論と政策を融合した 独特な歴史的な理論の「型」をもっているということを指摘した。このような帝国主義論 の主張は「経済理論の応用」 ,としてどのような国際貿易論となるのであろうか。 「理論‑
政策の型」の国際貿易における展開をフォローすること、これが第1の課題の内容である。
第2の課題は、ホブスンの主張が同時代のどのような政党、政治グループ、経済グルー プに関連するのかという問題である。関税改革に反対して『タイムズ卦の自由貿易推進の アッピールに署名をしたマーシャルをはじめとした経済学者たちの見解、社会改革におい てホブスンの見解に近いウェッブ夫妻の関税改革・国民効率論、またチェンバレンの関税 改革論との違いはどのようなものであろうか。以下『国際貿易』に内在してこれらの課題 にせまりたい。
2、ホブスンの「視点」とイギリスの現状認識
ホブスンは序文で保護主義者protectionistと自由貿易主義者free traderとの激しい 論争に対して「私のねらいは、できるだけ経済科学の技術用語の使用をおさえ、その科学
に通じていない人々に議論の道筋を理解させるため私が用いた用語の説明を明確にするこ とであった。保護主義者や自由貿易主義者といった人たちにより通常用いられる議論の方 法に少し密接についていくなかで、私はより厳密な恩考が緊急に必要であり、加熱した党 派的な論争から主題をより好ましい、穏やかで結論的な判断に移すことが必要であると印 象づけられた。」 (8)とのべて、厳密な恩考が緊急に必要であり、加熱した党派的な論争か
ら、主題をより好ましい、穏やかで結論的な判断に移すことが必要であると主張してる。
ここでホブスンは保護貿易か自由貿易かという二者択一的な政策判断を「党派的な論争」
として退けている。ここにはホブスンの国際貿易および市場経済にたいする独自の見方が 表明されている。そこでまづかれの産業についての見解から聞いてみよう。
ホブスンは産業的な繁栄とその基準について、次のようにのべている0 「産業的繁栄の 科学的尺度は社会の成員が自分たちがもっ一定の資本および労働力の使用に対する報酬と して、または年金として支払われる財とサービスで表現され、または効用のある客観的・
主観的な基準にそって価値づけられるところの実質所得の評価のなかに存在するであろ う。」 (9)このようにホブスンの関心は「産業的な繁栄」にあるが、かれの「産業的な繁栄」
の基準は「実質所得」である。すなわち、彼がいう「産業的な繁栄」の科学的な尺度とは、
資本と労働力の使用に対する報酬または年金として支払われる「財とサービス」であるが、
これをホブスンは「一種の客観的および主観的な効用utilityの水準に従って価値づけら れる実質所得」と表現している。ここでホブスンは「所得」の内容を「客観的・主観的効 用水準」と表現している。ここには「所得」を「財とサービス」の客観的な数量として測 るとともに、主観的な満足の実現としても把握されている。ここに、 「生活の質」を基準 とするラスキニアンとしてホブスンの立場が表明されているとみることもできる(10)
それでは、かれは外国貿易の現状とイギリスの状態にたいしてどのようにこの見解を適 用していくのであろうか。ホブスンは外国貿易による国際分業の進展について次のように のべている。 「外国貿易の実際の量と価値は成長を続けるであろうし、この成長における 変動は深刻な問題であるかもしれないが、外国貿易な全体として国富の成長に歩調を合わ
せて持続しないであろう。このような一般化は特別な異常に言及しても修正されない。 1 9世紀中葉のイギリスの外国貿易と、最近3 0年間のドイツとアメリカの外国貿易は、国 内の商業および産業に比べてより急速に成長してきた。この推測には確かな根拠はないの だが、 2、 3の開拓的な諸国に皐る運輸の新しい設備を伴う新しい製造方法の突然の急速 な採用は、鉱山や祖野な製造業に大量の産業的エネルギーを充当する多くの後進諸国と交 易することで、彼らに利潤の大きな可能性を開いてきた。こうして、しばらく正常な傾向 は阻害されているようである。しかし主として全地球上の鉄道、蒸気船、電気の発達の最 近における圧倒的な強化の結果、後進諸国backward nationsのより急速な農業、鉱業、
および製造業の発展を可能にするであろうから、 2、 3の西洋諸国の生活における、より 原始的な産業技術primitive industrial artsのこの異常な重視が長く続けられないのは 明白である。」 (ll)
ここでホブスンは国内成長(国富)が外国貿易の成長よりも速い場合を正常な発展とみ ているが、 19世紀中葉のイギリスと最近の30年間のドイツとアメリカでは、交通・通 信機械の発達により、外国貿易特に「後進諸国」との貿易の成長が例外的に大きかったと 認識している。しかしこのような遅れた国内成長も外国との競争で内容が変化する。すな わち自由貿易のなかで遅れた国の農業、鉱業、製造業のキャッチアップにより先進諸国の
「原始産業技術」 (物質的機械産業)尊重は変質を迫られると展望するのである。ホブスン はそれでは「後進諸国」によるイギリスの追い上げにより、イギリスはどのように変化す るとみていたのか。彼は「産業文明が発達するのにつれて諸外国との交易の数、量、価値 がすべての文明国で増加するにちがいない。しかし、その増加は、常に形態においてより 洗練し、より多く非物質的になる欲望を満足することに係わる内国産業の数、量、価値ほ どは速くないであろう。」という。つまり文明国の国内産業の発展が外国貿易の拡大より
も速いと考えていた。外国貿易により後進国の商品が増えたとしても、それ以上に国内の
「洗練した非物質的な欲望を満足させる」産業が発展できると考えているのである。ここ から、 「輸入の拡大は国内産業および消費者の消費拡大である」が、 「外国貿易の衰退は国 民的繁栄の指標ではない」という見解もでてくる。それでは国際貿易市場にたいしてどの
ように理論を応用し、政策を提案するのであろうか。
3、自由貿易下の「非競争集団」 ‑諸国民経済
ホブスンが重視したのは自由な貿易市場の役割であった。かれは国際貿易における市場 の役割を次のようにのべている。
「地域がどこであれ、そして政治的な国境を無視した自由交換Free Exchangeが全参加 者の産業的エネルギーを適応させる第一の条件であり、装置installmentである。それは
この産業共和国のそれぞれの成員にたいして富の最大集計量と絶対的な最大量を保障する であろう。この結論は、自由交換の実際のある行為が、諸個人、諸企業または諸国民とし ての政治的に集団化された産業的諸個人の間において、分業が付与する拡大された生産物 の公正で平等な分配の保障を与えることを意味するということではまったくない。しばし ば関税や補助金などの形の政治的諸規制の口実となるのは、実際はいわゆる自由交換によ る富の分配上のこの明白な不完全性である。」 (12)
みられるように国境をこえた「自由交換」が「富の最大集計量と絶対的な最大量」に達 する第一の「装置」であると市場の拡大を積極的に容認している。さらに、労働と資本の
完全な流動性があれば、商品の交換比率が限界生産性と限界効用に一致するという新古典 派的な見解を受け入れているようにみえる(13)。しかし、ホブスンが注目するのは「自由 貿易による富の分配上の不完全」の状態にある国際外国貿易市場である。ここでホブスン が注目する不完全な市場の原因は、ケアンズが指摘した「非競争集団」 non competing groupeの存在であった。
「もし習慣や身分制度、または自然資源の不平等な分配により資本と労働が、他の諸産業 よりも多くの純利益をもたらすと恩われるなんらかの産業に自由に流れ込まず、しかし大 部分はそれらの充用様式に固定されているとすると、自由交換は生産的産業の形成と交換
による嫁得の分配にどのように作用するであろうか。これはJ. E.ケアンズ教授が最初 にはやらした用語を使えば、 『非競争集団』の成員間での交換の経済の問題である。 ・ ・ ・ まったく明白なことは、最も現代的な産業杜会においてさえ資本と労働の流勤性は非常に 不完全であり、最終的に妥当しないとしても、大部分が『非競争集団』であるという仮説
はある程度納得できる。」 (14)
ここでホブスンは現代の諸国民経済および世界市場を形成する産業社会の要素を「非競 争集団」ととらえている。つまり国民経済および世界市場は私的独占を含み、商品、資本
および労働が不完全に競争する市場として理解されながら、このような不完全競争市場に
「非競争集団」である国家が介入している状態、こがホブスンの認識する国際貿易市場で ある。 「われわれはこうして結論に達する。国際的交換の理論は諸国nationsが『非競争 集団』であり、それゆえ、それらの成員間の交換率は一般的には独占または稀少財の所有 者間での交換の法則により決定されるという仮定に正しく基礎づけられていない。」 (15)
このように国際貿易市場を不安全な競争市場の諸国民経済が並立し、国家と独占が介入 している市場と認識しているから、 J. S.ミルの「その地での獲得生産費」により説明 される比較生産費説や、あるいは需給比率で説明される交換比率説は不十分なものとみな されてる。ホブスンは正常分配の状態であれば、製造業者競争でギリギリの利潤を確保し ていて、資源は完全使用され、関税は消費者に転化されるはずであるとみるものの、現実 の国際貿易市場は独占的な競争市場であるから、あちこちで最低生産費を越えて生産者に
「余剰生産物」が発生しているとみている。このような不完全市場のなかでホブスンは関 税を論じるのである。ホブスンは課税の価格転嫁について一般的に次のようにのべている。
「価格の上昇の程度と租税の相対的な発生は、需要と供給の弾力性、つまりどのように所 与の価格上昇が消費者の需要を阻害し、本国での生産者の供給を刺激するのか、そしてど
の程度所与の価格低下が外国への供給を阻害し、かっそこでの消費者の需要を刺激するの かということに依存している。問題は両側面にたいするデリケートな再調整のひとっであ る。外国製造業者‑の1 0パーセントの一般的な保護関税は、さまざまなクラスの諸商品
に各種さまざまな効果を与えるに違いない」 (16)っまり、 「需要および供給の弾力性」が 租税(関税)の分の価格転嫁を規定するというのである。またここで生産要素が代替用途 を持っ場合も価格転嫁が規制されると「代替の法則」も指摘している。ここにはマーシャ ル経済学の影響がうかがえる。このような観点からみれば農産物輸入(小麦)といった消 費水準に重要な商品は価格弾力性が低いため、関税により価格が上昇しても需要がある。
供給の側で小麦地の代替用途があれば関税分が他の用途の供給にシフトし供給制限が生じ ることになる。ホブスンはこうして関税は一般に価格を上昇させ、供給を制限することで 競争を制限しがちであるとみている。 「保護する国の成員により生みだされる保護関税の すべての負担は、生産する力をより生産的な雇用からより低い生産的な雇用へと人為的に 変更することから生じる。国民的な富生産の減少により測られる。この資本と労働の効率 の浪費は、どこにおいても生産費用expenses of productionの上昇を意味する。それ はすべての保護された諸産業の価格を、現存する関税が設定する限度に向けて引き上げる 傾向がある。こうして永久に強化された保護を要求するよう彼らを強制する」 (17)このよ
うな価格上昇因である関税にホブスンは反対である。ただこの場合、先進国に比べて最低 利潤を確保することが少ない後進国においては、輸入関税を課しがちであるが、ここでは 最低利潤をを確保するための、いわば「幼稚産業保護」の関税は容認されているのである。
自由貿易に肩入れするホブスンのイギリスにおける関税の観察は次のようなものであっ た。
「グレート・ブリテンのような、高度に製造された物品や造船、金融サービスを輸出品 として送り出す国は、それらの競争に関してほとんど制約しているので、多くの資源から 報酬として、余剰生産物を意味する食料、原料物質および半製品や完成品を受け取り、お
そらく生産費で測った場合、自分が報酬として支払ったものよりもずっと大きな富の総量 を獲得している。グレート・ブリテンが安全かっ有利に関税を課すことのできる輸入を多 く見っけることができるということはありそうにない。一方、まったくありそうなことは、
グレート・ブリテンからの輸入を受け入れている諸国が課税に耐える物品を発見できるで あろうということである。」 (18)
ここでホブスンはイギリスが自由貿易下で「高度な製造品」、 「造船」、 「金融サービス」
の競争力で超過所得(余剰)を取得し、相手国は関税をかける可能性があると両国の国民 経済の差違を指摘している。いわば、自由貿易帝国主義である。このようなイギリス国民 経済の産業的優位はホブスンによれば自然的・地理的要因と人為的な要因からなるもので あった。ここでホブスンは非競争集団一般を否定しているわけではない。 「自然的なまた は獲得された能力に対抗するための、多くの他の諸国による保護体系の採用は、一国が、
自分が要求する輸入にたいして支払う輸出の形での購買力を完全にこの自然的選択に充当
することを防止するのにもちろん成功しているであろう。大部分の大陸諸国と合衆国の保 護関税がなければ、グレート・ブリテンはおそらくいま以上に幾分繊維、金属およびなん らかの他の製造業に特化し、自分の輸入を購買するためにこれらの種類の商品を大量に送 りだしているであろう。おそらくその総輸出入貿易の量は今よりも多いであろう。しかし、
これらのイギリスの財に対して外国の保護システムによって課される阻害は決して対応し た(a)イギリスの輸出一般、 (b)特にこの種のクラスの輸出の減少を表していない。
というのはある外国諸国により、イギリスからのある種のクラスの輸入に課される関税の 結果として、イギリスの輸出貿易における二つの再調整(輸出を保護の低い諸国に振り替
えるか、保護関税をクリアーできる商品を開発する)があるだろうからである。」 (19) このようにホブスンは後進国の保護体系には好意的である。重要な国民産業の基礎には 気候、土壌、位置といった自然的条件と、 「獲得された才能aptitude」があり、これらの 優位が輸出商品の製造の「永続的な高水準」を支えるととみていた。このような「自然的 条件」と「獲得された才能」はまづ最先進国であるイギリスの優位である。 「永続的な高 水準」にあるなグレート・ブリテンの輸出産業の現状は木綿、石炭、造船、銀行であるが、
この優位な産業のため、アメリカと大陸諸国に関税を課されても輸出は減少していないこ とを確認している。保護関税がなければ、グレート・ブリテンはもっと輸出入すなはち貿 易量を増加しているであろうが、このような保護体系のなかにあっても、グレ‑ト・ブリ テンは低保護の商品に輸入商品をシフトし、あるいは他のオープン諸国に輸出をシフトし、、
また輸出商品を完全に切り替えるといったことで繁栄を続けるというのである。国民経済 間に自然的・制度的な差違がある。これがホブスンの「非競争集団」による市場認識であ る。ホブスンによればアメリカがイギリスの輸入商品に関税を課しても、インド、中国、
ブラジル、キューバ、イギリス領西インド、コロンビア、エクアドル、ベネズェラ、日本、
エジプトからアメリカ‑より安い製造業製品が輸入されるという。ホブスンはこのように イギリスの生産力の優位は保護体系という障害にあっても商品代替や資本移動によって国 際再分業‑産業構造として対応できるとみているのである。
ここでホブスンは資本輸出・金融活動まで含めた自由貿易下の輸出入均衡を説明してい る。ホブスンは国際分業による輸出と輸入の均衡について、国際金本位制度の自動調整メ カニズムの作動とイングランド銀行の介入というという当時の常識的な国際通貨の流動化 機構を承認していた。すなわちホブスンによれば、各国における輸出と輸入のバランスつ まり貿易差額の変動は、為替相場の変動、金の流出入、イングランド銀行の貸出金利の変 動を通して調整・均衡化される。それではホブスンは外国投資をどのように見ていたので あろうか。ホブスンはイギリスの外国投資にたいする長期金融が貿易の短期金融に転化し、
これがイギリスの輸出にたいする支払いファンドとして累積する機構を次のように説明し
ている。長いが引用してみよう。 「イングランドから外国政府または外国人の集団へのロー ンは、イギリスの財に対する支払いなしの配分の注文である。すなわち外国人がこの注文 を受け取ったとき、かれはこれを鉄道のレール、エンジン、機械などの商品に対する需要 に転化する。しかし我々が見てきたように、商品に対する現在または過去の支払いを強制 する為替手形を貨幣市場に持ち込む代わりに、かれは仮証券scripを貸し手に戻して、限 りなく遅れたローンの等価の再支払いである年々の利子を代表している商品のなかに、彼 らが送りだした財の価値の小さな割合を受け取る資格を与える。そのようなことが起こっ ている場合、あらゆるローンは、通常の貿易収支においてなんら対応する輸入を要求する ものではないような輸出量を表している。すなわち、貨幣市場にもたらされた紙切れが利 子および配当の証明書であり、それは為替手形と同じように輸入を強制する。こうしてロー ンが有効である問、債権国はローンの量により自分の輸入を越える輸出を送りだし、以前 に借用された総額から利子を減少させる。グレ‑ト・ブリテンの場合のように、一国が長 い年月のあいだ巨大なローンを引き起こすとき、これらのローンに基づく年利子を意味す る輸入は、ある単年に外国に投下された新しい資本を大幅に越えるであろう。特に、もし イギリスの外国投資の増加の実質的な部分が前の投資への利子の要求から差し控える形を 取り、それに新しいロ‑ンを蓄積するのを許すならばありそうなことである。」 (20)
このようなメカニズムによりホブスンはイギリスの外国投資を「支払いの必要のないイ ギリスの商品への配達注文」とみている。外国では新規の低利子のローンとして新しい資 本が蓄積し、イギリスには年利子が輸入拡大ファンドとしてもたらされるわけである。イ ギリスの金融的な優位(世界の銀行)が外国からの商品需要に転化しているの貿易収支均 衡に貢献しているわけである。このような外国投資が輸出入の大きさに影響を与えた例と して、 1891年の南アメリカ、 93年のオーストラリア、最近の合衆国の金融危機を挙 げている。しかしホブスンは商品輸出市場で価格変動を引き起こすのは、基本的には実際 の商品の需給であるとみていた。そこでは外国貿易に絶対的な固定的な量はないけれども、
絶対的に「正しい」 right量があり、 「資本の自由移動」はこのような「諸国間の貿易の 経済的に正しい均衡」と一致した場合安定し、いわば諸国民経済間の「最適状態」を実現 すると考えていた。 「こうして諸国の間の商品の正常な相互交換に混じった貸借、利払い、
ローンの償還の量と性格は、輸出と輸入の積荷の組成に、その量にたいするのと同様、精 巧な反動を有するであろう。国際経済学なかで、資本の流れと分配を決定する問題以上の 繊細な問題はない。われわれが他で検討した資本の流動性の急速な成長は、国際交換の作 用において増大する役割を果たすように運命づけられている。とわいえ国から国への資本 のこの流れの程度と性格は、国際貿易における輸入と輸出のバランスの一般的原理を無効 にするものではない。それらは現在の会計を複雑にするものであるが企業政策に大きく作
用するものではない。」 (21)
国際競争を通じた後進国の保護関税の容認と、そのような制約された国際分業のもとで の先進国における資本移動(産業の高度化)というオプチミズムがここまでの特徴である。
しかし資本輸出は非経済的な要素と結びつき、場合には危険であるというのが『帝国主義』
の結論であった。とすれば、ホブスンは国際貿易市場の不安定要因であるダンピングにか らむ、許容されない危険な保護関税と独占、および帝国主義との関係をどのようにみてい たのであろうか。
4、自由貿易を破壊する攻撃的ダンピングと独占
ホブスンが論じた重要な問題は、国際ダンピングにたいして保護関税を課すことの是非 の問題であった。かれは、ダンピングが外国の輸出企業の一時的な「余剰」をはかせるた めのものであれば、輸入関税をかける必要はないとのべている。つまり、ここでは合理的 な競争が作用しているとみているのである。とすれば、一時的な余剰は恒常的な余剰では ないから、やがてすぐ効率的な状態に復帰することになる。問題となるのは大規模で持続 的なダンピングである。かれはイギリスに対するダンピングについて、輸入価格を低下さ せるという自由貿易効果を重視している。 「確かに、この政策の最初はイギリス産業を破 壊するかもしれないが、しかしもし、この政策が持続的なものであれば、消費者やそして
多くの場合このような安売りされた財が原料である他の企業への利益は、明らかにこの単 一の一時的な打撃よりも測りがたく大きい。機械の優越した使用や、よりよい自然資源に より我々の生産物を安売りする輸入を我々は受け入れるのと同じ精神で、イギリス企業‑
のこの損害を受け入れる方がより好ましいであろう。一国としての我々自身の利害のなか で行動すれば、もし安さが永久的なものであれば、それぞれ『公正』と『不公正』な競争 の結果である安さを区別する試みは馬鹿げているであろう。」 (22)このように安い外国商品 の輸入を輸入国であるイギリスの消費者および生産者の観点から一般的に是認するホブス
ンは、後進国の安い商品の輸入が先進国の消費と生産の高度化すると主張する。 「外国の 諸国にわれわれへの食料、衣類およびすべての形態の携帯的便益品と賛沢品を『安売り』
させ、支払いにおいてイギリスの財とサービスの受取を拒否させよう、そうすれば我々は 公共的および私的な住宅、運輸そしてすべての分配サービスの最も豪華な発展と、職業お よび美術の最も広範な開拓へと駆り立てられ、われわれはこの補助金の残りをきっと余暇
という我々の国民生活の広大な限界へと投入する」 (23)と。
ここでホブスンはイギリスの一方的な輸入であっても国内需要の高次の喚起に向かうと のべている。それでは、ホブスンはどのような性格の保護関税を危険とみたのであろうか。
かれはマーケットを「纂奪」 stealするための「攻撃的」 aggressiveなダンピングにたい
する防衛的な輸入関税を唯一是認できるものとみている。 「『一時的』ダンピングの場合、
そのときは輸入関税による保護は大部分は効き目がないであろう。そのような関税は作用 が大変緩やかで効果が非常に不確実である。マーケットを『纂奪』するための攻撃的なダ
ンピングの場合が唯一、輸入関税により効果的な行動が可能な場合である。この場合、公 共性publicityは侵略invasionに付着するものである。低輸出価格政策の堅固な維持の 場合、それらの商品が『安売りされる』国の消費者および他の企業への利益は、イギリス の一企業における資本と労働の一時的置換による損害を通常上回っている。とはいえ、課 税のすべて、あるいは大部分が生産者にかかるような輸入関税、すなわち、外国の『トラ スト』や『コンビネーション』の独占利潤を稼ぐのに貢献することを可能にするような条 件下で生産される商品に課される輸入関税は健全な財政政策であると思われる。」(24)
ここでホブスンは自由競争下の輸入商品の「低価格政策の堅持」は産業の一時的な損失 よりも消費者・生産者に対して利益が大きいとみて歓迎する。この場合輸出国の生産性が 競争の力(経済的な力)を背後に持っていれば安価な商品輸入は承認される。これにたい して、トラストやコンビネーションといった独占的な企業が、市場確保のために二重価格 などを使って「独占利潤」を手に入れるといった攻撃的なダンピングは排されるべきであ
り、これにたいして防衛的な輸入関税を課すことを「健全な財政政策」と評価しているの である。この場合ホブスンは独占にたいする従価税ad valoremを推奨している。これ
は、 ‑率関税といった間接関税にたいする直接関税の提案でもある。この課税は大部分が 輸出国の生産者にかかるからである。このような海外の独占企業がダンピングによりイギ
リスの国内産業を混乱させ転換させる弊害がある場合に、禁止的保護的関税を課すのは自 由交換の原理に反しないとホブスンはみる。つまりホブスンは、市場における経済的な自 由貿易を維持することが健全な状態であり、そのための介入を主張するのである。その場 合「保護」関税に次のようなは条件を課していた。すなはち、保護により国内産業が「雇 用されていない余剰」を活用できること、その産業が衰退産業でないことがその条件であ る。つまりホブスンは衰退する産業の保護の立場から関税を課すことを主張しているので はなくて、消費者利益と適切な国際産業配置の視点から、そのような意味での「自由交換」
による「資源の効率配分」の理念・目標達成の手段として関税が容認されているのである。
ここで関税によって排除しようとしているのは「市場の獲得」をねらった政治的なダンピ ングである。ホブスンはドイツやフランスのいう「科学的あるいは理論的関税はどこにも なく、産業的利害の政治的『引力』で課税される」と見ていた。資源の完全分配状況が実 現されれば関税で外国の注文を変更できないが、 「生産力のより大きな剰余marginまた
は過剰excessの可能性をひとたび承認するとすれば、保護を賛美する真の基盤を理解し はじめている」というわけである。ホブスンは保護関税と独占が結びつくことによる政治
の発生と、これが帝国主義を誘導することを強く警戒していた。トラストやコンビネーショ ンといった独占が独占利潤を入手するため外国でダンピングをおこない、自国で保護関税 により特権的に利益をうる。このような「独占と保護」がダンピングの結合した条件であ り、逆に言えば、この保護とダンピングに支えられて独占がさらに形成・強化されるとみ る。この意味でホブスンにとって保護は独占を優遇し、過少消費をさらに悪化させるもの であり、富者を益々富ませ貧者をますます貧しくする階級政策class policyであった。
ホブスンによれば関税収入は所得の再配分という社会改革のファンドとなるべきものであっ た。そこでわれわれは、さらにさらにホブスンにおける「社会改革」と「帝国主義」の絡 みについて聞いてみたい。
5、関税改革(‑帝国主義)に抗する国際政府構想
これまでみてきたようにホブスンは、諸国民経済問で差違がある市場を独占的競争市場 として観察していた。ホブスンの立論は、すべての保護関税を無条件に否定するものでは ない。後進国の幼稚産業保護や貿易相手国の市場を纂奪しようとする侵攻的なダンピング に対抗する保護関税は自由貿易確保のために必要と認めていた。他方「イギリス帝国」と 結びつくような関税改革の危険を指摘するものであった。ホブスンは「イギリスの企業の 防衛ということで政府が関税を形成するのは信頼できない」とのべている。ホブスンにとっ てイギリスの関税改革はイギリスの独占形成と帝国議を助長する危険なものであった。
「保護の不可避的な掃結のひとっがシンジケートやトラストの形で資本の結合を助長し、
このような強力な大企業corporationが関税を形作るのに影響を行使できるであろうこ とを知るとき、最大で、最高に装備されそして最も利潤が大きく働く資本家産業が、さら なる自分たちの利益を確保するために関税をもちいることは明白になる。」 (25)
ホブスンは市場を介した消費者‑労働者の視点、すなわち市場は人々の分業が生活必需 品と便益品を豊かにするというスミスのブルートロギ‑の基準に、さらに奮移品を加え、
国際分業の進展は「自然的、人為的」な先進国(イギリス)における産業構造をサービス 産業など「高次段階」へと推し進めることが展望されていた。この点で自由貿易による低 価格は歓迎されるものであった。この点自由貿易帝国主義と同じ立場ともみえるが、ホブ
スンには社会改良と国際主義の観点がある。
一国的モデルでみた場合ホブスンは不況の原困を所得の不平等にもとづく独占による生 産過剰(っまり過少消費)と考え、失業対策は保護関税ではなく消費水準の上昇が科学的
な対策であるとみていた(26)また、信用は商品と密接に結びついていると考えていた。
「『過剰信用』と『信用の崩壊」は、商品の生産と消費の量に関係する客観的な産業的事実 の金融的な反映にすぎない。それらは決して独立した力でも主要な原因でもない。もし価
格の一般的下落が生じて、生産の速度が減少し、つまり失業が随伴するとすれば、これら の現象の原因は産業社会が産業機械を消費者の能力以内に取り除くことを拒否し、生産者 の能力に合わせて多く機械を投入するからである。事実過剰生産(通常必要な浪費である 生産失敗mis‑productionから区別された)が唯一生じるのは、過少消費、つまり社会が その消費力の使用を生産要素の完全な充用に通合させて形成しないことから生じる。」 (27)
ここでホブスンの保護主義への最終結論を示せば次のようなものであった。 「われわれ は場の理論theory of caseを次のように要約するであろう。保護制度は保護を課す国 家の生産者たちを『保護』しない。それは最終的には消費者の犠牲ではなく他のクラスの 生産者たちの犠牲の上に、ある特権階級を『保護』する。それは二つの方法で生産者たち を害する。第一は生産的なェネルギ‑を人為的に誤って適応させ、交換および消費のため の国富の総生産性を減少させることによってである。第二に、これらの特権的な生産者た ちが関税を課す国家の他の生産者たちに課税することを可能にすることによる。それぞれ のクラスの生産者は、生産要素の使用にたいして受領する部分を他のクラスの生産者に移 すことが出来ない程度に比例して被害を被っている。」 (28)
つまり、保護主義に基づく不況対策は「理論的には」外国の資本・労働をイギリスの資 本・労働に転化させてイギリスの雇用を拡大するという主張に対して、 「場の理論」とし て「実際には、独占を強化する保護主義は政治的であり、生産者による生産者の収奪を進 め、この富者の「保護」により過少消費を拡大し不況を強めていると。それは決して「自 由交換」を維持しようとする関税ではない。政治的な保護関税は独占を強化し、帝国的拡 張と結びっく。 「二つの密接に絡んだ防衛の武器は帝国的拡大Imperial Expansionと保 護Protectionに兄いだされる。前者は第一印象としては明確に政治的なものとして現わ れ、後者は明白に経済的である。しかし現実には両者は経済的力による政治的な搾取を代 表する。もちろん帝国主義も保護主義も純枠に経済的運動ではない。両者の場合、卓越し た支配的な経済的利害は、愛国主義と人間進歩という保護的色彩を利用し想定する。二つ のあいだの関係は、その両者が国民生活の政治的領域と経済的領域のあいだで再調整を達 成しようと求めるという事実のなかにある。」 (29)と。支配的な経済的利害は「愛国主義」
と「人間進歩」という保護的色彩を利用して国民的な政治領域と経済領域との再調整を達 成しようとする。これがホブスンの析出する現代の保守による「新保護主義」すなわち
「新帝国主義」である。そして帝国的な拡張という保護は、投資階級にも多くの投資機会 を提供し、諸国民の生活改善に向けられるエネルギーを対外流出させるものであった。ホ ブスンは「帝国主義のような保護は・ ・ ・階級政策であり・ ・ ・富の分配の平等、経済的 機会の平等という社会改革の力をそらし、分裂させる」。
そこでホブスンは階級政策である保護主義、帝国主義‑の対抗策として自由貿易を実現
するための「国際的な協定」による介入といった、いわば、新自由主義の国際政策が主張 されることになる。これは他方で決して自由貿易による帝国主義(自由貿易帝国主義)を 容認するものでもなかった。
「この困難を扱う適当な方法は関税戦争によってではなく、国際的な協定を組織する試み によってである。同じ一般的線に沿った産業立法は、すべての現代の文明化された諸国家 の普通の政策である。労働の速度と方法に関する諸会議と非公式の協定はすでに確立され てきた。さらに、実際には制限された種類のものであるが、政治的な国際主義の道に沿っ た進歩が期待されるであろう。国際政府の欠如のため、国民政府が国内交換の不平等にた いして行使できるのに対応した、国際交換の不平等に対する行使に貢献できない。」(30)
このようにホブスンの国際政策の内容は、国際的な産業政策とそれを実行する国際政府 の構想であった。ホブスンは、一国モデルのなかで「健全な産業立法の本質は、財とサー ビスの交換における不自由な競争と不平等な売買の抑制であるのにたいして、保護関税の 本質はすでに自分たちが売る財とサービスの有利な交換の力により最強であるような利害、
つまり地主と製造業および商業における、よく組織されより富裕で影響力のある資本家た ちに特権を授けるものである」 (31)と考えていた。ここでホブスンは「財とサービスの交換 における不自由な競争と不平等な売買の抑制」が産業立法の本質であると考え、富者に対 する課税に立脚する国家財政による杜会改革を主張していた。ここで、一国モデルでは外 国の『苦汗労働』 sweatingに国民政府は介入できないという問題がある。この矛盾を解 消する国際的な労働者の連帯についてかれは次のようにのべている。 「外国人労働者が
『苦汗労働』の廃止、あるいは他のかれらの条件の改善を求めて開始したストライキを支 持することは、労働者の諸利益の国際連帯を認識する労働組合のような、イギリス市民に よるいかなる私的組織にも開かれている。しかしそのような組織はイギリス政府に対して 関税立法によりかれらを救済するように合法的に要求することはできない。」 (32)そこで労 働政策を含む国際協定‑国際的な貿易管理が必要となる。
ホブスンは国際貿易市場について「自己充足」ではなく、アメリカ、ドイツとの「国際 分業」が必要であると主張するのであるが、このような国の市場は不完全競争の市場であ り、国際貿易市場は全体において不完全市場である。このような市場では独占の利害が関 税により帝国の利害に政治的に転化しがちである。そこで彼が主張するのは「国際的な協 定の組織」であり、 「政治的な国際主義の道に沿った進歩」と資源の効率分配を実現する
「国際政府」の創設であった。このような「国際政府」構想はホブスンの国際平和主義の 中核的な構想として、第一次大戦を挟んで発展させられ̀ることになる。 (33)
6、むすび
以上検討してきたことを最初の問題提起に照らして、まとめてみたい。第1に、ホブス ンは国際貿易について、国民経済の不均衡発展を「非競争的集団」としての国民経済の自 然的・社会的差違として把握し、自由貿易による国際分業は先進国の消費の高度化を導き、
後進国においては政策的なキャッチアップがはかられることを承認していた。第2に、独 占論および過少消費説と国際貿易論の関連についてみると、国際貿易において「独占と保 護」は一体のものであり、そのような政策としての「関税改革」は経済的に生産者を収奪
し、効率的な資源分配を歪め、国内の過剰生産・過少消費を助長する政治経済的なものと 理解されていた。第3に、理論と階級政策の絡みであるが、帝国主義は資源分配を効率化 する「経済的」な取引からの政治的逸脱(経済の政治化)であり、その行動は政治的なも のとして分析されている。この、関税改革‑帝国主義に対抗する政策は国際自由貿易(實 源の効率分配)を求める国際介入政策のなかに反映されている。これは国内の社会改革に おける「新」自由主義の国際版として位置づけることができる。このような観点は新古典 派の自由貿易論を越えて、誘導的自由貿易すなわち「国際管理貿易の恩想」となっている。
第4に、ホブスンの階級的な基盤についてみると、ホブスンは消費者・労働者の立場にたっ ていた。この立場は、衰退する産業の建て直しを関税改革により推進しようとしたチェン バレンら(ユニオニスト)とは異なり、またかれらが抜けた後の自由党のなかでは自由 (貿易)帝国主義者とも一線を画す自由党左派に属するものであった。事実、第一次大戦 までホブスンの「新」自由主義の主張は自由党の再生、その国際政策にも影響をおよぼし ながら、戦後ホブスンは独立労働党に転じることになる。第4にマーシャルからの影響も うかがえるが、マーシャルは自由貿易を主張しながら、ドイツ、アメリカに対抗するJ.
チェンバレンの「大英帝国」の構想に対して、アングロサクソダム(アングロサクソン圏) のなかの自由貿易を構想した。これに対してホブスンはアメリカおよび大陸諸国との国際 分業を構想し、国際秩序として自由貿易が実現するような国際政府・国際協定をめざすコ スモポリタンであった。またウェッブ夫妻は市場の役割を軽視し、ナショナショナル・ミ ニマムを実現する労働と産業の組織化、産業教育といった「国民的な効率」をめざし、こ の延長上に「イギリス帝国」への妥協を示したが、ホブスンの場合市場の役割を重視して おり、この点で理論のタイプを異にしている。ホブスンの方がウェッブ夫妻よりもより分 配の視点が強いように思われる。とはいえ、第一次大戦後の改革で両者は強い協力関係に 入る。これらの差違のさらなる検討は残された課題である。
(1) J.A.Hobson,"Can England Keep Her Trade", The National Review,No.97,Marchl891,ppl‑
ll
(2)姫野順一「イギリス新自由主義とJ. A∴ホブスンの市場・制度認識一組織(独占)と不均衡 の社会経済学‑」岡村・佐々野・矢野編『制度・市場の展望』昭和堂1 99 4年2 4 4‑2 7
5ページ
(3) A.Hobson,"Free Trade and Foreign Policy", The Contemporary i?ei>teiu,Vol.LXXIV,Aug.
1898,ppl67‑180
(4)矢内原忠雄訳『帝国主義論』岩波文庫(上)第4章(下)第1章参照。 cf.J.A.Hobson,
Imperialism‑A Study,1902, Part I chap. VI, PartII chap. I
(5)木村和男「1 9世紀末のイギリス帝国における特恵関税論争の‑局面」 『社会経済史学』 5 7‑
3, 199 1年、服部正治「穀物法廃止後の穀物法論争‑チェンバレン・キャンペ‑ンと1 9 世紀イギリス像」『立教経済学研究』 43‑3, 1990, 121‑144ページ、斧田好雄
「マーシャルと1903年の関税改革論争」 (上) (下)、弘大教養『文化紀要』 29, 1989, 37‑65ページ、 25, 1987, 19‑44ページ、熊谷次郎「19世紀末『大不況』
期の自由貿易論」 (上) (下) 『桃山学院大学経済経営論集』 3 0‑4, 1 9 1 0 7‑3 , 31‑1‑2, 1989, 63‑104,関内隆「チェンバレン・キャンペーンにおける
<特恵>と<保護>」 『岩手大学文化論叢』 1984年、同「チェンバレン・キャンペーンを めぐる政治経済学の自由貿易認識」『岩手大学教育学部年報』 40‑1, 1 980, 9 3‑1
02ページ。本論文第4章はJ. A.ホブスンの自由貿易認識を分析しているが、ホブスンを 自由党急進派における「自由貿易帝国主義」と同列に評価している。同論文9 2ペ‑ジ。ほか に桑原莞爾「1 8 9 0年代のイギリス帝国貿易論<貿易は国旗に従うか)論争を廻って」 『熊 本大学文学論集(史学編)』 5, 1985年、 69‑91ページ。同「<大不況>期における
イギリス帝国連合運動」吉岡昭彦編『政治権力と史的分析』お茶の水書房1 9 7 5年、 2 0 3‑
23 1、木村和男「大不況期のイギリス帝国連合と植民地」 『西洋史研究』 5, 1 9 7 6年、
1‑36ページ参照。
P.Cain,'International trade and economic development in the work of J.A.Hobson before 1914, Journal of the History of Political Economy,vol.XI,1979pp.406‑24, Do., 'Hobson's Developing Theory of Imperialism', Economic History Review, second series,XXXIV,
1981,pp308‑12, Do.,'J.A.Hobson, Cobdenism, and the radical theory of economic internationalism, 1898‑1914', Economic History Review, second series,XXXI,1978,pp.565‑
84, Do., J.A.Hobson, financial capitalism and late Victorian and Edwardian. Journal
of Commoγiwealth History, voll‑13, 1985,pp.1‑27, Do.,'Variation on a famous theme
:Hobson ,International trade and imperialism,1902‑1938', Reappraising J.A,Hobson:
Human and wealfare,ed. by Michael Freeden, 1990,pp.31‑53, P.F.Clarke,'Hobson, Free trade and Imperialism', Economic History Review, second series,XXXIV,1981,pp.406‑24 (7)姫野順一「J. A.ホブスンにおける帝国主義論の構造‑P.Cain,P.Clarke論争によせて‑」
『九州経済学会』年報1991年11‑18ページ
J.A.Hobson, Interrational Trade, 1904,1966(Kelley,1966), p.v、本書の政策的な意義を検討 した先行研究として、磯部浩一「貿易と帝国主義‑J. A.ホブソンの『国際貿易論』をめぐっ て‑」『一橋論叢』 44‑1 1,昭和35年、同「J. A.ホブソンの貿易政策論」 『歴史と経 済』明治学院大学1 0周年記念論文集昭和3 6年がある。
Do.Ibid.p.2
(10)ホブスンはラスキンが『この最後の者にも』 Unto this Last,1860 (初出は『コーンヒル・マ
ガジン』 4回連載)のなかで指摘した「生活なくして富はない」 There is no whelth but li
feの考えを処女作『産業の生理学』 Phisiology of Industry,1889以来堅持し、この観点からの
独自な「社会経済学」の構築に終生献身した。特にこれまでの研究史はホブスンの『ジョン・
ラスキン・.社会改革者』 John Ruskin: Social Reformer,London,1904における社会経済学構 想を無視してきたように思われる。
H.C.G.Matthew, 'Hobson, Ruskin and Cobden', Michael FreedenCed.), op. cit.はこの点 に恩想面から目を向けている。ホブスンにおける経済学のなかでの「有機的な要素」の意義と 限界主義主義批判については別に検討が必要である。
J.A.Robson.Jnternatiolxal Trade,, p.6 Do.Ibid. p.22
(13)ホブスンが分配を論じた『分配の経済学』 The Economics of Distribution,1900では、限界を こえる所得について「不労所得」を析出していたが、この観点は『国際貿易』でも継承されて いる。この考えは後年「有機的な余剰」概念としてホブスンの社会経済学の中核を形成する。
Cf. John Allett, New Liberalism ‑The Political Economy of J.A.Hobson,Toronto,1981の
特にChap.3, a Maker of Values。姫野「J. A.ホブスンにおける経済認識の形成と新自由 主義」『長崎大学教養部紀要』人文科学編第27巻1986年1‑1 5,同「J. A.ホブスン における不均衡構造認識と社会進化論一英・米におけるJ. A.ホブスンの再評価をめぐって‑」
『長崎大学教養部紀要』人文科学編第3 1巻第2号1 9 9 1, 1 5‑3 3ページ参照。
J.A.Hobson.,International Trade,.pp.30‑31 Do.,Ibid.,p.56
Bo. ,Ibid. ,‑p.S3 Do.,Ibid.,p.87 Bo.,Ibid.,p.73 Do. ,Ibid. ,w‑99‑100 位Do.Jbid.,pp.106‑107 (21) Do.,Ibid.,p.Ill
¢2) Do.Jbid.,pp.141‑42
¢3) Do.,Ibid.,pp.138‑39
¢4) Do.,Ibid.,p.U4 Do.,Ibid.,p.166
¢6)姫野「J. A.ホブスンの独占論と『需要の経済学』」長崎大学教養部紀要第2 2巻第2号、
1982年、 17‑34ページ参照。
帥J.A.Hobson, International Trade ,.pp.148‑49
¢ Do.,i&id.,p.198
T>o.,Ibid.,p.m
80) Do.,Ibid.,p.192 pi) Do.,Ibid.,pp.192‑93
Do.,Ibid.,v.191
@3)この展開として、 J.A.Hobson,Towards International Government,1915,London, Do.,The Morals of Economic Internationalism,1920,Boston & New Yorkがある。
(1997年6月16日受理)