浮 遊 す る 一 人 称
‑M ・フリッシュの 『ビンあるいはペキンへの旅』におけるフォルムとメディナ ー
葉柳 和則 長崎大学環境科学部
Di es c h we be n d el c h‑ Fo m
‑ F om undMe di um vonMa xFr i s c hs Bl ' node I ・ dL ' eRe l ' s eBac hPe ki ng‑
Ka z unor iHAYANAGI
Uni ve r s i t a tNagas a ki ,Fa ku
lt a t f hrUmwel twi s s e ns c haf t e n
Zus a mme nl as s u n g
Bi no de rd L ' eRe J ' S eBa c hPe kl ' n g ( 1 945 )S t e l l tdi ee r s t ea s t he t i s c heWe ndei nMa xFr i s c hsSc ha f f e ns pha s e nda r . Mi t Bl ' n n i r r mte rvo nde rEr ‑ Fo r m Abs c hi e d, di edi eg r undl e ge ndeEr z 益 hl ha l t ungs e i ne rBi i he r e nRo ma nei s t . Di ef o r m a l eEi ge nt 屯ml i c h ke i t vo n BL ' Di s t a be re l ge nt l i c hd ur c hde ne i nf a c he nGe ge ns a t zvonEr ‑ und I c h‑ For m ni c hta us r e i c he ndz ube s c hr e i be n. De rg r 伽t eTe i l Yo n Bl ' n wi r dz wa ri nde rI ch ‑ Fo r m a bge f a L i t , doc hs c hwe bt s i ea nve r s c hi e de ne nSt e l l e nz wi s c he nde nbe i de nFor me n. Da s I c hs pa l t e t s i c hs c ho na mAnf a ngl nZ We i , s pa t e r s oga ri nd r e iFi g ur e na uf :i nse r z a hl e ndeI c h,undi nBi n,de rdi eunge l e bt e nM6gl i c hke i t e ns e i ne sLe be ns ve r kb r pe r t , S o wi ege ge nEndei ne i ne r z a hl t e sI c h, da sda se r z a hl e nde I c hKi l i a nne nnt undde s s e nGe s c hi c ht e vo r wl e ge ndi nde rEr ‑ Fo r m e r z a hl twi r d. Fr i s c hwe nde ti n Bl ' Da ufdi e s eWe i s ee i neEr z a hl f o r m a n,mi tde r ma ns owo hldi ef a kt i s c hea l sa uc hdi es e e l i s c hebz w. m6gl i c heWi r kl i c hke i te i ne sLe be nsgl e i c hz e i t i gl ne i n undde r s e l be nEr z a hl s i t ua t i onda r bi e t e nka nn. Ni c ht nurdi eTe i l ungde rPe r s on, S o nde ma uc hdi eDi me hs i o ne n vo nZe i t undRa umwe r de nhi e ra uf ge 1 6s t u nda ufe i neDi me ns i onpr o J I Z l e r t . Di eEi ndi me ns i ona l i t a t de sTe xt e s e r m 6gl i c hte sFr i s c h,da sLe be ne i ne sI c hsa l sde nBe r dhr ungs punktz we i e ro nt ol ogi s c hve r s c hi e de ne r Wi r kl i c hke i t s e be ne nz umAus dr uc kz ubr i nge n, a be r ge r a dedi e s ef or m a l eEi ge nt dml i c h ke i t f h hr t i l m a s t he t i s c h i ne i nea s t he t i s c heSa c kga s s e , das i c hdi eEi ndi me ns i o na l i t a t , di ee l ge nt l i c hke i neZe i t ke nnt , undde rEr z a hl a kt , de rs i enot we ndi ge r we i s ebr a uc ht , ni c htmi t e i na nde rve r e i nba r e nl a s s e n. J e l a nge rde rEr z a hl t e xtwi r d, de s t o unve r ke nnba r e rwi r ddi e s e rWi de r s pmc h. I ndi e s e rS血 a t i o ns e t z t Fr i s c hsme t hodi s c he rVe r s uc ha n, ° i nne ue s e r z a hl e r i s c he sMe di um z ue r pr o be nda sdi eWi r kl i c hke i t s e be ne ne i ne sI c hsa ufde nEr z a hl a ktube r t r a g t .Er e x pe r i me nt i e r tda mi te t waz e l m J a hr e , bi se ri n St l ' l l e I 'e i neFo r m f inde t , di ee se r l a ubt ,e i ne nl a nge nRo ma n i ne i ne rs c hwe be ndl 0f f e ne nI c h‑ For mz ue r z a hl e n.
Ke ywor ds : Ma xFr i s c h, Ko n j unkt i v, Me di um, Ei ndi me ns i o na l i t a t , Te xt ‑ Ont ol ogl e
受領年月 日 2005 (平成
1 7
年)1
月1 3
日 受理年月 日 2005 (平成1 7
年)6
月8
日総合環境研究 第
7
巻 第2
号葉柳 和則
は じめに
ほん とうに‑現実に体験 しているのと同じように 物語 ることができな くてはな らないんだけど。
( Ma nmut ee r z i hl e nk6n ne n,s owi ema nw ir kl i c h e r l e b
t.)(GW2, 61 7)
マ ックス ・フリッシュの物語 りテクス ト 『ビンあ るいはペキン‑の旅
』BJ ' no de Td l ' eRe l ' s eBa c hPe kl ' D g 1
( 1 9 45
年)の語 り手である 「私」
は、ある晩、いつ ものよ うに行 きつけのカフェでひ とときを過 ごした 後、夜の街 をぶ らつき、続いて郊外の森の中‑ と歩 を進 める。ふ と気が付 くと、 「私」は、いつの間に か現れたビンと一緒に万里の長城の前に立っていた。そして 「私
」
はビンを道連れ として、ペキン‑の旅 を開始す る。 「私」
の街 はどうや らヨー ロッパの ど こかに位置するらしいのだが、なぜその郊外の森を 抜けると万里の長城に至るのか、そこで出会ったビ ンとは何者 なのか、 「私」は、 こ うした疑問を抱 く こともな く、あたかも自明のことであるかのように、ビンと旅 を続 ける。上の引用は、途中で立ち寄った 居酒屋 で、 「私」が ビンに向かって 口にした言葉で ある。
単なる居酒屋談義には似つかわしくないこの言葉 は、物語の筋 ‑行動
( Ha nd l u ng)
のレベルを越 えて、「私
」
自らの物語 り行為によって体験の再現が可能 となるための条件 を、 とはつま り 『ビン』
とい うテ クス トそれ 自体の成立条件 を問題にしているように 見える。続いて発せ られる 「で、 どんなふ うに体験 しているんだい ?」( GW2 , 61 7)
とい うビンの言葉 は、このような自己言及的な物語 り状況‑の移行を 受け入れ る態度 の表れ である。よ り正確 に言えば、 ビンの問いかけは、語 りの位 相がメタレベル‑ と移行することをそのまま受け入 れ ているわけではない。 「私」の発話 は 「いかに物 語 るのか」に照準 を当てているが、 ビンの問いの焦 点 にあるのは、 「ほん とうに /現実に
」
とい う言葉 を 「私」がどのような意味で使っているのかである。この焦点のズ レによって ビンは、物語 り行為が可能 となるための さらなる前提 として、「ほん とう」や
「現実
」
といった概念 を問い直す こと‑ と 「私」
を 誘 ってい る。このよ うな問いの立て方は、 リア リズムとい う美 学一思想的規範 に対する批判‑ とつながっている。
リア リズムの理念型 においては、語 りの審級がテク ス ト内の全ての言説を統御することによって、出来 事の再現が可能 になるoしたがって、一人称の語 り
手である 「私」が、再現の方法について考察 をめ ぐ らすだけではな く、そもそも現実 とは何かについて 原理的な問いを立てることは、語 りの審級の統御が 揺 らいでいることを意味 しているか らである。
フリッシュの散文テクス トについてのこれまでの 研究 は、その名 を ドイツ語圏の外 にまで知 らしめる ことになった長編小説 『シュテイラー
』∫肋
(1954 午) と、それ に続 く、『ホモ ・フアーバー』Ho mo l abe r ( 1 957
年 )、『我が名 をガンテンパインとしよう』
Me l ' DNa mes e l ' Ga Dt e Dbe l ' D 2
(1964年)に偏っ てお り、 とりわけ1 93 0‑1 9 40
年代の仕事に関す る研 究 は副次的なものにとどまっている3
。その結果 、『ビンあるいはペキン‑の旅
』
がフ リッシュの散文テクス トにおけるひ とつの転回点 となっていること を指摘す る論者 は少 なか らずいても4、その転回の 持つ美学的な意味を詳細 に跡づけるところにまで踏 み込んでいる研究はわずかしかない。ましてや、『ビ ン』 を
20
世紀の リア リズム批判 の潮流の中で位置 づけることはほとん ど行われてこなかった。本稿 は、語 り手 「私」のテクス ト存在論的な位置 の推移 を手がか りにして、『ビン』の物語 り行為の 存立機制 を探求す る。それは、フ リッシュの仕事に おける方法的な転回点 としてこのテクス トの位置を 明 らかにするだけではな く、出来事 をいかにして表 現‑ ともたらすかとい うメディア論的な問題圏‑と、
フ リッシュの美学 を通路づける試みでもある。
1
. フォルムへの問い1 93 2
年、フ リッシュは父親の死をきっかけにして チュー リヒ大学 を中退 し、フリーのジャーナ リス ト になった。現在確認 されている最初期の仕事のひと っに 『私は何者なのか?』 wa sb j Dj c h?5
(1932年) がある。そのタイ トルが示す とお りの 自己の存在‑の問いは、その後のフリッシュの仕事においても、
繰 り返 し立て られ ることになった。フ リッシュの全 仕事 を、この問いに対する答えの絶えざる変奏 とし て概観す ることができるほどである。つま り、『ビ ン』を転回点 として捉 えうるにしても、それは決 し て前後の時期が断絶 していることを意味するわけで はな く、根底 にある問いには連続性があ り、転回の 持つ意味 を明確 に捉えるためにも、『ビン
』
以前の 仕事か ら、戦後の仕事につながる様々な要素を見出 す ことが不可欠 となるのである。もう一つ確認 しておかねばならないのは、 「私は 何者なのか
?」
とい う問い 自体 は、決 して新 しいも のではな く、少な くとも近代以降の人間にとってはなじみの問いであるとい うことである。研究者 にす らほとん ど注 目され ることはないが、フ リッシュは
『シュテイラー』以前 にも三つの長編′小説 を発表 し ている.『エルク ・ラインハル ト
』J H r gRe J ' hha z l ( 1 93 4
年)、『静寂からの声』Ant
wo T t a u Sde rSt l ' J J e( 1 9 37)
、 そして 『我は我が身 を焦がす者 を愛す、あるいは気 むずか し屋 たち』 6 J ・ a do m c equ , ・ meb r D l eo de ,DI E Sc 1 7 Wl ' e T l ie n ( 1 943
年)である。 これ らのテクス ト の中では、市民 と芸術家 とい う存在形態の両立不可 能性が、 自己の存在‑の問いの変奏 として表現 され ている。 だがそれは、既 に トーマス ・マ ンTho ma s
Ma n
nが 『トニオ ・クレーゲル』Tonl ' oh b ' ge r ( 1 9 03
午)において提示 した問題設考 を反復 しているにす ぎない。「私 は何者 なのか
?」
とい う問いは、その立て ら れ方か らして既 に、最終的な答 えに到達す ることの ない問いである。 このような問いを立てるとい うこ と、それ に答 えようとす ること、なん らかの答 えを 導き出す こと、こうした行為の全てが、問いの主体 であ り対象でもある 「私」に変容 をもたらし、「私」とい う人間の内部にある未知の側面を前景化 させる。
しかしなが らその一方で、 自己の 自明性が失われた 時代において、この問いは不可避のものでもある。
とすれば、答 えとして何が描かれているのか とい う ことに先行 して、内容 を表現‑ ともた らすメディア
( Me di um)
としての表層、すなわち 「私」
の過去 と 現在 をどのよ うな形式 ‑フォルム( Fom )
で表現 し ようとしているのか、 とい うことこそが、 自己‑の 問いの固有性を作 り出していると考えることができる。2.
人称の揺 らぎ『ユル ク ・ラインハル ト』や 『気むずかし屋たち』
のような、フ リッシュの初期の物語 りテクス トは、
三人称形式 による過去形の語 りとい う伝統的な形式 を取っている。テ クス ト内世界 にはクロノロジカル な時間が流れ、主観 と客観、夢 と現実の次元は明確 に区別 されている。そこでは語 りの審級が動揺す る ことはない。
『気むずかし屋 たち』には、一人の人間が持つ生 の多様な可能性 を、ひ とつひ とつ試行 してい くとい う、後の 『ガンテンパイン』語 りの方法につながる 要素が見 られ る。 しかし、 リア リズムの枠内で書か れているために、それぞれの登場人物 には、一つの 防‑行動
( Ha ndl ung )の可能性 を現実化す ることし
か許 され ていない。こうした初期の長編小説 との比較 において、テク
ス トとしての 『ビン』の特質は、何 よ りもまず、語 りの形式の転換にある。『ビン
』
によってフリッシュ は、初めて一人称形式の物語 りテクス トを世 に送 り 出した( Pe t e r s e n 1 9 89:36 )
。 とはい うものの、『ビ ン』以降のフ リッシュの物語 りテクス トは、語 りの 方法の実験室のような様相 を呈 してお り、単純 に一 人称か三人称か といった分類 はできない。ア レクサ ンダー ・シュテファンAle xa nd e rS t e pha
hは 『ビン』の中で、 「後 にフ リッシュの著作の成功 に決定的な 貢献 をした語 りの戦略のい くつかが初 めて用い られ る
」 ( St e pha n:3 4)と述べている。それ らは全て一
人称 を基本的な枠 として持ち、そこか らの偏差 とし て形式の実験が行われているのである。出来事 を表現‑ と媒介す る際に、 どのような視点 か ら、誰 に向けて表現す るのか とい う選択は不可避 である。意識的で明示的なものであれ、無意識的で 暗黙のものであれ、 この選択なしに表現行為は成立 しない。言葉 による表現であれば、それはまず もっ て語 りの人称の選択 としてある。人称の違いは、表 層の手触 りだけではな く、語 られる内容 をも規定す る。そして選択肢 は、基本的には一人称 と三人称の 二つ しかない
7。
『ビン』は
2 2
の断章か ら構成 され ているが、最 初の断章は三人称形式で語 られ る。 ここで、三人称( e r )で呼ばれているのは、一人の元帥 と、L
彼の前 に現れた ビンである。 しか し、この三人称の語 りの 中ほどに、‑箇所だけ一人称複数 を主語 とす る文が 置かれている。 「私 たちは、まだパルチザ ンがいる ことを忘れていた」(GW1 , 6 03)
。所有冠詞 にまで 範囲を広 げるなら、既 に最初の一文の中に 「ビン、私 たちの友人」 (
uns e rFr e und)
とい う表現があ り、さらに二回、この 「私たちの」が使われている
( GW1 , 6 03)
。一人称複数は読み手 と語 り手 との立ち位置 を 近づける働 きがある。三人称 とい う距離化 と客観化 をもた らす形式 と、一人称 とい う近接化 と主観化 を もたらす形式 との間で、読み手の視点は浮動す る。第
2
の断章の最初のパ ラグラフは一人称複数 を主 語 とした文や始 まる. 「私 たちはカフェの革張 りの ボックスで食事 を済ませていた」 ( GW1
,604)
。 と ころが、 このパ ラグラフの後半で、あたかも自明の ことであるかのように主語が一人称単数 に変わる.「私はボーイに合図をし、金を払い、外に出た
」( GW1 , 6 04)
。 この主語の転換以降、出来事は 「私」の視点か ら再現 され るよ うになる。 「私 たち」 とい う一人 称複数 を中継点 として、読み手の視点 は三人称か ら 一人称単数‑、すなわち語 られ る出来事の外部か ら 総合環境研究 第7巻 第2号
菓柳 和則
内部‑ と移行す るのである。
第
3
の断章か ら、第1 7
の断章までは、基本的に‑人称形式によって出来事が媒介 され る。 ところが 第
1 8
の断章の冒頭で突然、語 りの人称が変化する。「あるとき彼 らは夜のテラスに座っていた。マ‑ヤ と、名前 を挙 げな くても済むように、私たちが物語 る 「私
」
とい う役割を課 した男である。 」( GW 1 ,6 5 0)
第
2
の断章での、一人称複数 「私 たち」か ら、一 人称単数 「私」
‑の移行 とは異な り、 ここでは 「私 たち」
と 「私」 との間の同一性が否定 され、 「私」を名乗っていた男は三人称 「彼
」
によって指示 され ている。それまでの一人称の語 りにおいては、「私」
は出来事 を物語世界の外部‑ と伝達す る媒介者であ ると同時に、物語世界内での行為者であった。 しか し、 ここでは語 り手 と 「彼」
との間に存在論的な位 相 の違いが生 じてい るのである。続いて、「彼」にキ リアンとい う名前が与えられ、
その後、第
1 9と第 20
の断章 は三人称形式、第21
の断章は一人称単数、そして最後の断章は三人称形 式 とい う変化が見 られ る。以上のように、出来事の 媒介項 としての語 りの人称が浮遊す ることにより、「私
」/
「私たち」/
「彼 ら」
の存在論的な境界が揺 らぎ続けることが 『ビン』の形式を特徴づけている80
3.
「私」の分裂「ビン
」( Bi n)
とい う奇妙な名前は、「私が存在す る /私 は何 々である」( I c hbi n [… ] .
)のbi n
に由 来す ると考 えられ る。 「ビンとは何者 であるのか」
とい うことについて本稿では立ち入った議論は行わ ないが、「私‑自我」 (I c h)
とい う個人的かつ社会的 な存在が内包 している生の諸可能性 を擬人化 したも のであることを確認しておく。つまり、自己( Se l bs t )
が内包す る二つの次元 を分裂 させ、 「私」の存在 が 可能 となる条件‑ と問いを向けたときに、その次元 に 「ビン」 とい う名前が与えられているのである。「このよ うにしてフ リッシュは初めて 「私」の二重 構造を構想し、限定され、日常的で、現実にある 「私」
と、本来的な 「私」 とに顔 を突き合わ させ るのであ る
。 」 ( Pe t e r s e n 1 989:3 6)
しかしながら、先に挙げた
Wa sbi ni c h?
とい う問 いの文構造が示唆 しているよ うに、 「私」の生 きる 現実は二つではなく、三つに分裂することで初めて、表現へ ともた らされ る。 「私」が 「私」 自身を描 く ことは、既に見たように、論理的に言って不可能で ある。例 えば鏡像 を 「私」だと見なす際のように、
それが 「私」 とい う存在の一側面を媒介的に表現 し
たものであるにす ぎない としても、 「私」 にとって
「私」 は、一人称の反復 によってではな く、 「何
」 wa s
とい う三人称形式 に変換す ることによってしか 表現できないのである。ペキン‑の旅の途中で長 く滞在 した屋敷 に、その 土地の領主が訪れ る場面がある。
その家の中では祝宴が催 されていて、私 も他の人 と同 じよ うに座 っていた。 [‑‑‑]
ビンが質問 した。
「私 たちは誰 を待 っているんだ
?」
「誰をだって
」
私は苦笑いをした、 「私 をさ‑」
[‑‑ ‑]
領主は私 とかな り長い間話をした。そして、私は、
自分がいかに頻繁 に領いているか とい うことだけ を見ていた
。( GW
l,6 4 6)
外で私 は唇 を噛んだ。
「いまだに何 も気付かないのか
?」
と私 は自分に 言った。「いまだに何 も気付かないのか ?」( GW1 , 6 4 9 )
ここでは同じ一人の人間が、 「私」/ビン / 「私
」
に 分裂 している。語 り手である 「私」は、屋敷の中で 領主と話 をしている 「私」
を外部から見つめている。内と外の 「私
」
の隔た りは遠 く、見つめられる 「私」
は、三人称の 「彼」 とほとん ど交換不可能な存在で ある。以上のよ うに、 「私 は私 である」 とい う一人称の 反復から逃れて、「私
」
を他者 として語 ることによっ て、 自分 自身 との対話が 「私」 に可能 とな り、また「私
」
の物語を他者の物語 として語ることによって、「私」は自身が何者であるか、すなわち自身の欲望 の在処 を知 るのである。
4.
接続法的世界第
1 8
の断章 におい て、 同一人物 を指す人称 が「私
」
か ら 「彼」
‑ と変更 され、その ことによっ てテ クス トの存 在 論 的構 造 に揺 らぎが生 じる と い うこ とは既 に述 べ た。 それ以 降 「彼」
は 「キ リア ン」 と呼 ばれ るの だが、 そ の際 の言 い 回 し は、 テ クス ト存在 論 の観 点 か ら見 て極 めて特徴 的で あ る。その男 あるいは紳士 ‑ 私 たちは彼 をキ リアン と呼ぶ こともできただろ う。
( wi rh左 t t e ni hna uc h
Ki l i a nne n ne nk6 n ne n. )( GW1 , .650)
‑ここでは 「彼 の名 はキ リアンである
」
とい う平叙文 ではな く、接続法が使 われている。つ ま り、 「彼」は、あ くまでも、仮 に 「キ リアン」 と呼ばれている に過 ぎないのである。 このような言い回 しは、語 ら れ る出来事が、語 り手 にとって事実性 レベルの出来 事ではな く、純粋 な虚構 であることを強調す る
9
。 あるいは、 「な らば次 のよ うに描 くこともできる だ ろ う 、 [・・・‑ ]」 ( Esw左 r eda n nz us c hi l de m
[.‥])( GW1 , 625)
といった言い回しも、続 く描写 が、仮設のもの、接続法的なものであることを指 し 示す。 それ は丁
事実 に対応 してい るもの」 (GW1
,625)
ではあるが、事実そのものの再現ではないので ある1 0。
あか らさまに語 りの虚構性 を強調す るこのような 形式は、1
96 0
年代 に出版 された 『ガンテンパイ ン』において、テクス ト全体 を構成す る原理 となる。そ のタイ トルであ り、キーフレーズでもある 「我が名 を ガ ン テ ンパ イ ン と し よ う
」 ( Me i nNa mes e i Ga nt e nbe i n. )
と 「私は想像する」 ( I c hs t e l l emi rvo r . )
に枠づ け られ る世界では、事実性 レベルの現実はほ とん ど何 も再現 されずこ出来事が現実態 とは違 う展 開 をみせ る可能性 が、 「私」の繰 り広 げる想像 の中 でシュ ミレーシ ョンされ る。すなわち、接続法的世 界 がテ クス トの全体 を覆 い尽 くすのである。『ガ ンテ ンパイ ン』の最後の一節 で、 「私
」
は、「何も起 こらなかったように見える‑」(
GW5
,319)
とつぶや く。接続法的世界での出来事 は、事実性の レベルか ら見れば、何 も生 じなかったに等 しい。『ビ ン』の冒頭 において、警戒が厳重な元帥の宿営に現 れたビンは、衛兵によって撃たれたにもかかわ らず、「血の痕跡す ら」残 さず、 「それか ら全 ては再び前 と同じになった
。 」( GW1 , 60 4)
つま り、 ビンの登 場す る物語世界 もまた、事実性 レベルではその痕跡 す らも残 さないのである。もしもビンの痕跡が残 っているとすれば、それは 元帥の内的世界 においてである。 ビンの出現 は、空 想、夢、あるいは幻覚 と呼ばれ るかもしれないが、
それ を体験 した元帥に とっては、忘れ去 ることので きない リア リティを持 っている。それ は、 さしあた り間主観的には共有することはできないものである。
しか し、その リア リティの感覚が残 っている限 り、
事実性 レベルの出来事の確からしさは相対化 される。
第
2
の断章 において、カフェで友人 たちと語 らっ ている 「私」
のいるレベル を、仮 に事実性 レベルの現実であると考 えるな ら、店 を出て夜 の町はずれ を 散歩 し始めてか らの出来事 はみな、非 一現実的な レ ベル にある。それは 『ビン』 において語 られ る出来 事の大半が、接続法的世界 の中で生 じたものだ とい うことを意味 している。そ して、 この接続法的世界 の リア リティの中にいるとき、友人や家族 たち、あ るいは職業上のパー トナー と共有 している日常は、
相対化 され るどころか、存在論的な優位性 を奪われ てす らいる。 日々の生活 について ビンに手紙 を書 こ うとしなかった理 由について 「私
」
は次のよ うに言う。
とい うのは、ほん とうは、そもそも何 も起 こらな かったかのように思えるからなんだ。(
GW1 ,609)
ここでの 「何 も起 こらなかった」
とい う言葉 は、『ガ ンテンパイ ン』の末尾の言葉 を逆方向に裏返 してい る。つま り、間主観的現実の レベル か らすれ ば、ペ キン‑の旅 な ど 「起 こらなかった」
ことになるが、ペ キン‑の旅 の世界 にあっては、間主観的現実め レ ベルで起 きた出来事の リア リティの方 こそが希薄 な のである。.
「私」が 日々の生活 を送 る事実性 レベルでの現実 が、伝 えるべ き価値 を持 たないように思 えるとい う ことは、同時 に、そこでの 「私」は疎外態 としてあ るとい うことをも意味 している。 とすれば、ペ キン
‑の旅 は、疎外か らの脱出の旅 である。それゆえカ フェを出た後 の 「私」 について、 「私 は歩いた。私 は、憧れ の方 向‑ と歩 いた」(
GW1 , 6 04)
とい う 表現 がな され るのであ る。とはいえ、二つの リア リティは必ず しも排除 し合 うものではない。なぜ な ら、両者 は 「私
」
によって 同時に生 きられているか らである。ペ キン‑の旅 は「その傍 らでまった く日常的な生活 を営みなが ら
」
続 け られ る( GW l , 638)
0『ビン』 と同 じ
1 9 44
年 に書かれ た ドラマ 『サ ン タ ・クル ツ』SaDt aCM
に寄せたフ リッシュ自らの コメン トは、 このよ うな消息 をま とまった形で説明 してい る。とはいえス トー リー 、(
Ge s c hi c ht e
)はたいそ う単純 なもので、誰もが経験することでしかあ りません。つま り、私たちは欲望 された生
( Wuns c hl e be n)
と い うものを持 ってお り、私 たちはそれ に伴われて います。それは不安 に満 ちた生( Angs t l e be n)
でも あ ります。 このよ うな生 を、私たちは希求 Lかつ 総合環境研究 第7
巻 第2
号菜柳 和則
恐れていますが、外面的にはそれ を生 きているわ けではあ りません。けれ どもこのような生 こそが 私たちが日々向き合っている相手役 (
Ge ge ns pi e l e r )
なのです。私たちはこの相手役 をペ レグリンという名 で呼びました。それは、私たちがそれを知 っ ていようがいまいが、私たちの 日々の決断を規定 し、いわゆる現実の生に影響 を及 ぼす限 りにおい てほん とう/現実の人物 なのです。(
GW2 , 21 6)
居酒屋で 「私」
はかつて、アル プスの山小屋で画 家ホ ドラー と出会った ときの想い出をビンに話 して 聞かせ る。ホ ドラーは 「私」
にとって憧れの画家で あ り、 「私」は山小屋 に足 を踏み入れ るな り、暖炉 の前に立っている男がホ ドラーであることに気付い た。 しか し、「私」
は奇妙な気後れ を覚 えて、その ことを口にす ることができなかった。そしてふた り は匿名の関係 を保 ったまま、別々の方向に向かって 小屋 を後 にす る。ホ ドラーはその直後、滑落事故に よって命 を失 う。それから何年にも亘って 「私」は、「次のよ うに言 うことだってできたのだ
」 ( I c hh a t t e j as a g e nk6 r me n: )
とい う接続法 によって作 り出され る世界 の中で、あの時ホ ドラーに、 「私 はあなたの スケ ッチのひ とつが非常に気 に入っています。水彩 です、大作ではあ りませんが ‑」( GWl , 61 9 f f . )
と話 しかけた場合 に生 じたであろ うや りとりを繰 り返 し想像する。だがその一方で、私 はそれがあ く までも仮構 であることを見失 ってはいない。
しかし、そもそも何 も起 こらなかったのだ。あの とき山小屋 で。
( GWl , 62 0)
山小屋での出来事は、いわば出会い損ね とでも言い うる性質のものである。出会いの瞬間、私の前には い くつ もの可能性があった。話 しかけるか否か、話 しかけるにしても、 どのように話 しかけるのか。事 実性の レベル においては、私はその中か らひ とつの 可能性 をつかみ取 ることしかできない。それはすな わち、それ以外の可能性 を不可能性の相の下‑ と永 遠 に追いや ることである。その意味で、クロノロジ カルな時間の中で生きるとい うこと自体が既 に、生 の可能性か らの疎外 としてある。 しか し、追いや ら れた可能性たちは、決 して消 え去ってしま うのでは ない。もはや現実化することが不可能になってしまっ たことによってかえって、 「私
」
の憧れは一層強い ものになる。か くして可能的なものが持つ 「無限 と 非限定性 ‑のひたす らな志 向」(Sc h uc hma n n:1 27)
が ここに生まれ る。
日常の時間の背後 で、 「私
」
は接続法的な想像 に よって世界 を構築 し、つかみ取 られなかった別様の 可能性 たちを、ひとつひ とつ反窮す る。 このように して絶対的な遅れ と共に垣間見 られる可能的世界は、「いわゆる現実」の中で複数の可能性 を前にして、
どの可能性が選び取 られ、現実化 され るのかに影響 を及 ぼす とい う仕方 で、 「いわゆる現実
」
のあ り方 を規定す る。 こうした意味において、二つの世界 は 共 に 「私」
の現実 を構成 しているのである。5.
リア リズムの境界冒頭 で引用 したよ うに、 「ほん とうに /現実 に体 験 しているの と同じよ うに物語ることができな くて はな らないんだけ ど
」
と、 「私」
は ビンに向かって 言った。そして、 「ほん とう/現実」の体験 とは、現実化 したひ とつの可能性 と不可能性‑ と追いや ら れたそれ以外の可能性 たちとを同時に感受す ること であった。
可能的世界 を感受す ることはできる。 しか し、そ の世界の総体 を知覚 し、見た り聞いた りす ることは できない。それはあ くまでも、可能性の相の下にあ る。すなわち可能的世界 それ 自体は体験の対象では ないのである。それについて予感す ること、不安 を 感 じること、想像す ることはできる。だが、体験が
クロノロジカルな時間の中での出来事である以上、
可能的世界それ 自体は体験か ら存在論的に隔てられ ているのである。
一方、現実化はクロノロジカルな時間の中で生 じ る. 「先ず、そして、次 k.カ レンダーの中の場所 だ !
」( GWl , 61 7)。だが、可能的なものの世界は
その時間には服 していない。 よ り正確 に言えば、可 能性の総体 としての世界 は、 「いま‑ここ」
の外部 に あるので、時間性 そのものを欠いている。 「私」
は それ を 「私 たちの心の中の場所」であると言 う。そこでは、何千年 も離れている事項が、連続 して いた り、それ どころか隣 り合 っていることだって あるんだ、その くせ、ひ ょっとす ると昨 日と今 日 が、いやそれ どころか同じ瞬間に起 きた出来事た ちが決 して出会 うことがないことだってあるのさ。
( O
wl,61 7)
クロノロジカル な 「いま‑ここ」 を欠 いているがゆ えに、この世界では逆 に全てが現 一在 しているとも 言 えるo 「私 たちが想い出だ と見なしている事項は
現在なのだ
」( GW1
,637)。そこでは経験は過ぎ去っ てしま うのではな く、絶えず現在‑ と回帰 し、それ を更新 してい く。 「私」
は、マ‑ヤに向かって次の ように話す。私は、 もはや存在 していない人たちと出会い、.彼 らと話 をし、彼 らを初めて愛 します。それは、・光 のよう、何世紀も前に消滅 してしまった星たちの、
一今なお飛び続 けている光のようです。私 は、私た ちが当時失った少女 に何度 とな く出会 うのです。
( GWl
,637)「ほん とう/現実」 を語 るとは、 このような非 一時 間的な出来事 を表現‑ ともたらす ことを意味 してい た。だが、現実がそのような性質 を帯びているとす れば、それ をリア リズムの枠内で表現す ることはで
きない。
リンダ
・J .
シュティーネLi ndaJ . St i ne
は、 「あ ら ゆ る 可 能 な も の の 遍 在 (di eAl l ge ge wa r ta l l e s M6gl i c he n)
である生」 (GW2
,362) とい うフ リッ シュの 『日記46/49』
の言葉 を引いて、 「遍在 とい うものはしかし記述できない。それゆえ作家にはそ れ を直接 に再現す ることを望むことはできない」 と 述べる。あらゆる可能なものが遍在す るならば、「自 分が 自分の人生の中の一体 どこにいるのか、もはや わか らな くなってしま う」 ( GWl
,637)。 この とき テクス ト内の出来事 をクロノロジカル に見通す語 り の審級 はその存立の前提 を喪失す るのである。立ち寄った酒場で 「私
」
は、知 り合 った少女に、想い出の現 一在す る世界 について話 そ うとす る。
私はその物語 /歴史 (
Ge s c hi c ht e
)を語った。それ は物語 /歴史 とは言 えないようなものであった。それを物 語 /歴史以上のものであったのだ !
( GW1
,623)
物語は通常、 「先ず、そ して、次 に」 とい う、 クロ ノロジカル な時間の継起 に服 してお り、 「起承転結 の結構」 (野家 :11
3)
を持 っている。 「物語ではな い物語」 ‑ この矛盾語法 には、可能的世界 を伝 統的な物語 として語 ることの不可能性‑の意識が集 約的に現れてい る。リア リズムの物語は、可能的なものを物語世界か ら排除し、現実態のみを語 りの対象 とす る。そこで は、 「内的なもの」/「外的なもの」、 「過去」/「現 在
」/
「未来」
といった、存在論的境界が引かれ、出来事はその枠内に整序 され る。それによって リア リズムは、間主観的な場 において生 きられているひ とつの可能性 を、本来的に交換不可能 なもの として 描 き出し、それに<現実>とい う名前 を与える。そ してこの<現実>に誰 もが関与 し同じ文脈 を共有 し 合っているとい う幻想 を作 り出す。擬制 としての リ ア リズムはいわば市民社会が作 り出したものである と同時に、その世界観 を根底か ら支 える極めて高度 な芸術 =作為
( Kuns t )
であると言える。しかし、「私」にとっての 「ほんとう‑現実」 を言葉‑ ともた らそ うとすれば、 このような境界線 は取 り払われ、出来 事 はひ とつの地平の上 で展開 されねばな らない。
第
2
の断章でカフェを後にし、「憧れの方向‑ と」歩 き始めた とき、次のような思いが 「私」の心を浮 き立たせ た。
ああ、そんなふ うにして、境界
( Gr e nz e n)
の こ とを気 にかけた りす ることもな く、夜の中‑ と歩 み出 ること !( GW1 ,604)
「私
」
は夜の街 を通 り抜けて、森の中‑ と入 ってい くのだが、それは空間的な越境 とい うよ りも、 「カ・ レンダーの中の場所
」
か ら、 「私 たちの心の中の場 所」‑ とい う存在論的な越境である。 より正確 に言 えば、越境 とい う言葉 は適切ではない。なぜな らこ の歩みは、そもそも境界 とい うものを知 らない圏域‑の歩み出 しだか らである。
6.
一次元の中へペキン‑の旅 においては、 リア リズムの物語では 決 して起 こりえない出来事が、その 自明性 を疑われ ることもな く生起 している。ユルゲン
・H.
ベーター ゼ ンJu r ge nH. Pe t e r s e nは、こうした消息を 「
時間 と 空間とい う次元が解体 し、死者が会話の相手 とな り、想い出が現在 となる」 (
Pe t e r s e n 1 989:36)
と簡潔 にま とめている。「私
」
が暮 らしていた街 はヨー ロッパの どこかに 位置 していた。 ところが、夜の中‑ と歩み出るとすぐに、 「私」 は遠 く離れ た場所 に移動 していた。
そして私 は、そ う思 えてならないのだが、思わず 知 らず万里の長城の前に立ったとき、そ う長 く歩 いていたわけでは全 くなかった。(
GW1
,605) ここでは現実態 としての世界における、時間や空間 の尺度は機能 していない。 ヨー ロッパのす ぐ隣に万 総合環境研究 第7
巻 第2
号‑ 7 ‑
葉柳 和則
里の長城があ り、その彼方 に望見 され るペキンは海 辺 に位置 してい る
( GW 1 , 61 2)
0時間の尺度が伸び縮みす るだけではな く、クロノ ロジカル な順序す らも不明確 になる。例 えば第
1 3
の断章は次のよ うに始 まってい る。既 に言ったように、私が ビンのことを再びすっか り忘れてしまったことも何度かあった、何週間も、
ひ ょっとす ると何年 も ●●ある朝、私が再び 目を 覚ましたとき、私は橋の上に立っていた [‑‑・]。
( GW 1 , 62 9)
この引用 に見 られ るように、ペキン‑の旅 は、何年 にも亘 る日常の時間の中で、繰 り返 し試み られた往 還の旅である。それは非在の場所‑の旅であ り、そ れゆえ何度試み られ よ うと、 「私」がそこに到達す ることはない。
マンフレー ト・コル ゲンゼンMa
nf r e dJ u r ge ns e n
は、ペキン‑の旅 を 「自己実現‑の道」、 「発展の過程
」
であると規定 している( J ur ge ns e n: 3 0)
。確かに配列 の順序 を大まかに追えば、第2
の断章で 「私」
はカ フェを後 にし、ペキン‑の旅の様々な局面を描いた 断章を経て、第22
の断章で、家族の許に帰還する。旅 を描いた断章では、後 になるほどペキンに近づき つつある様子が窺える。 しかし、「自己実現
」
や 「発 展」 とい う言葉はおのず とクロノロジカルな時間の 順序 を含意 しているが、2 2
個の断章がそ うした時間 秩序 に基づいているとい う確かな根拠があるわけではない。
第
1 4
の断章において、友人 との談笑がふ と停滞 したとき、「私」
が 「ビンをご存 じですか ?」( GW 1 ,
63
1)と訊ねる場面がある。この場面では明らかに、「私
」
はペキン‑の旅 か ら帰還 し、 日常の時空間の 中にいる。あるいは第21
の断章では、「私」
は兵士 として従軍 している。 「私」の胸 のポケ ッ トが開い てお り、そこにはビン‑の手紙がしたためられた黒 い ノー トが入 ってい る。続 く第2 2
の断章は、家族 の許‑の帰還 を描いているのだか ら、 これ ら二つの 断章だけを読めば、軍務 に就いていた 「私」の帰還 の物語であるかのようなっなが りである。 しかし、そ うす るとカフェか らの出発 を描いた第
2
の断章が クロノロジーの中で場所 を失って しま う。第
2 0
の断章では、「私」がコンサー トホールで (擬 人化 された)死 と出会 うエピソー ドが描かれている。だがこのエ ピソー ドも、続 く第
21
の断章や第2 2
の 断章 との間にクロノロジカルなっなが りを欠いており、死 との出会いがテ クス ト存在論的に見て どの位 置 にあるのか判然 としない。既 に確認 したよ うに、
第
1 8
の断章以降、語 りの人称が断続的に変化 し、テクス トの存在論的な構造 に動揺が生 じていた。そ れに加 えて、内容の レベルでも、出来事の連続性が 失われることによって、断片的で、存在論的に異なっ た位相 にあるエ ピソー ドが、同じひ とつの位相 に並 べ られているとい う印象が強調 され る。
このように、ペキン‑の旅 においては、出来事や 事物の間の時間論的かつ存在論的な境界が失われ る ことによって、それ らはみな同一の次元の上 に投影 され る。それはすなわち、テクス ト世界 に一次元的 な性格 を与えることによって、フ リッシュは リア リ ズム的な語 りの形式では捉 えきれない可能的現実 を 表現‑ ともた らそ うとした、 とい うことを意味 して いる。
先 に引用 した 『サ ンタ ・クルツ』‑のコメン トの 中でフ リッシュは、現実 をめ ぐる複数の位相 を、ひ とつの場面の中で描 こ うとす ると、出来事が 「ほん とう‑現実のことなのか、夢見 られただけなのか」
判然 としな くなる
( GW2 , 21 7)
と述べ、 「芸術の分 野ではそれはシュール レアリズムと呼ばれています」 ( GW2 , 21 8)
とまとめている。 この注釈は 『ビン』にもそのまま当てはまるだろ う。 とすれば 『ビン』
は、一次元的な語 りを採用す ることによって、絵画 とい う空間的、時間的な奥行 きを持 たないメディア において確立 された描写の方法 を、散文の中で試み たテ クス トであると考 えることがで きる。
7.
方法 と してのメール ヒェン第
2 2
の断章 において帰還 した 「私」 を駅で出迎 えるのは妻のラブンツェルである。グリム童話の 『ラ ブンツェル 』Ra pu D Z e l( 1 8 5 7
年)を思い起 こさせ る この名前 は、『ビン』
とメール ヒェンとの間の類似 性 を示唆 している。マ ックス ・リュティ
Ma xLi i t hi
は、テクス ト存在 論的な観点か ら、メール ヒェンを分析 し、 「平面 / 表層性」(Fl a c he n ha Ri g ke i t )
とい う概 念を提示する。メール ヒェンは、空間的にも、時間的にも、また 精神的にも、心的にも、奥行 きのある構造 を放棄 している。相互 に内的関係 を持っていたもの、前 後関係 を持っていたものを、魔法 をかけるよ うに して、並列の関係に変えてしまうのだ。メール ヒェ ンは、驚 くべき一貫性 を持って、極めて多様な領 域か ら成 る内容 を、同一の平面‑表層 に投影 して
いる.(
Ldt hi : 23)
ここでは、 「日常世界 と超越的世界の間に断絶 は感 じられず」、登場人物たちは、「そもそも時間一般 と の関係 を持っていない
」 ( Lut hi :1 3 )
0 「感情の世界」は 「筋‑ と翻訳」 され、 「内的世界は外的な出来事 の地平‑ と移行」 され る
( Lut hi :1 7)
0 「様 々な行動 の可能性が、別々の登象人物に割 り当てられる」( Li i t hi . ・ 2 3)
。 この よ うに、存在論的には別 の位相 に属 して いた り、同時には出現 しえないものを、同一の時空 間に、登場人物や舞台装置 として配置す るところに メール ヒェンの形式的な特徴 がある。リュティの 「平面 /表層性」 とい う概念は、前節 で提示 した 「一次元性」 とい う概念 とほぼ同じ意味 内容で使われている
1
1。 とすれば、『ビン』における テ クス ト形式の転回は、メール ヒェンの形式 を採用 したところにあると解釈できる。ただし、メール ヒェ ンの場合 には、テクス ト内世界 における筋の継起は 連続的であるのに対 して、『ビン』にはこ うした意 味での時間性 も欠 けている。そのことによってテク ス ト内世界の表層的‑一次元的性格 はさらに押 しす すめ られてい るのである。メール ヒェンとい うジャンル とフ リッシュの仕事 の間にある、類縁性 について最 も詳細 な研究 を行っ ているのは、シュティーネである。その指摘 によれ ば、 「両者 の強い結びつ きは、フ リッシュの仕事の 展開の中で、あらゆるジャンル とあ らゆる場所に見 出 され る」 。 『ビン』が執筆 された
1 944
年 とい う時 代 を念頭 に置けば、フ リッシュがメール ヒェンとい う形式 を採用 した背景 には、戦争 とい う世界史的な 現実 と、市民社会‑の適応圧力 とい う個人史的な現 実か ら逃れ、 「メール ヒェンの世界 に逃避す る」
と い う動機があった1 2
。 しかし同時に、「メール ヒェン は現実か らの逃避だけに役立つだけではな く、現実 を説明す るために役立つ」
とい う認識 をフ リッシュ は持 っていた( St i n° : 3
7)0シュティーネは、フ リッシュにおける 「現実」概 念 についての検討 は行 っていない。 しかし、フ リッ シュが 自らの現実感覚について述べ る際に、メール
ヒェンの方法をモデル として採用 したことは、市民 社会の芸術である リア リズムの<現実>概念 とその 表現形式 に対 して、批評 =批判的な機能 を果たして いると敷術す ることができるだろ うO可能的なもの と現実化 したもの との間で引き裂かれ ざるをえない 人間の根源的疎外 を表現す るためには、まずは リア リズムの外部 に出な くてはならず、そのための媒介
項 としてメール ヒェンの方法が有効であったのであ る。
グリム童話 に典型的に見 られ るように、 自らの現 実感覚をメール ヒェンの中に見出し、その方法 を表 現の中に積極的に取 り入れたのはロマ ン派の作家た ちである。ベーターゼ ンは、『モデルネの ドイ ツ小 説』De
rde ut s c heRo ma nde z ・ Mo de meという書物の中
で、モデルネの文学 とロマ ン派の間には、語 りの技 法上の類似性があ り、フ リッシュの 『ガンテンパイ ン』はその典型であるという指摘をしている( Pe t e r s e n
1 9 91:S. 1 32f f
.)。 この書物は長編小説だけを扱って いるので 『ビン』‑の言及 はないが、別の書物の中 でベー ターゼ ンは、次のよ うに述べてい る。「ペキン」は、 ロマ ン派の青い花が内面‑の道の 目的地 を特徴づけているように、外部‑の越境が 目指す 目的地の名称である。ペキンは夢に与 えら れた名称であ り、幸せのユー トピアである。それ は常に近 くにあるよ うに思われ、 しかし結局は到 達不可能 なままである。
( Pe t e r s e n1 98 9:36)
「海辺のペキン
」
とい う非在の場所 は、 「いつか私 たちは海 に着 くはずである」(GW l , 61 2)
とい う 言葉 に見 られ るように、無限の広が りと結びつけら れている1 3
。 ビンが 「私」 とい う人間が持 っている 多様な可能性の擬人化 した姿だとすれ ば、ペキンは「可能が可能のままであった場所
」
(九鬼 :148)に
与 えられた名称 なのである。8.
ロマ ン派か らフロイ トへ『青 い花 』
He l ' MI C hY o nOGe T d J ' n ge n ( 1 7 99‑1 801
年 )がそ うであるように、 ロマン派の小説 において は、夢 と現実 との間に明確 な境界線 は引かれていな い。彼 らは、啓蒙主義的な世界観 に抗 して、一人の 人間が見る夢の中にこそ世界の本質が開示 され ると 考 え、その世界 を表現 しよ うと試みた。エルナ
・M.
ダームスEmaM. Da h ms
は、『ビン』を 「小 さな夢の書」(
Da h ms :1 48)
と呼んでいるが、実際、『ビン』.において夢 は、心的な現実 とほ とん ど同じ意味で使われている。本稿の冒頭で引用 した、
「で、 どんなふ うに体験 しているんだい ?」 とい う
『ビン
』
の問いかけ‑の返答 の中で、 「私」は次の よ うに言 っているただ私 は何度 も繰 り返 し感 じてはいたんだ、私た ちの体験を事後的に把握する時間は正しくない と。
総合環境研究 第
7
巻 第2
号‑ 9 ‑
菓柳
それは悟性 による整序化作用 を持った錯覚のよう なものだ。心的な現実には全 く合致 していない強 制的なイメージなのだ。夢の根 っこが どんなふ う に絡ま り、そこからどのように伸びてい くかを知っ てい る者がいた ら !
( Bi n , 6 1 7)
ここでは、 「ほん とうに /現実に体験 しているの と 同じように物語 る」 とい う行為は、夢の文法に従 っ て構成 された世界 を表現す ることを意味 している。
マ‑ヤ と出会 った屋敷 ‑ この屋敷 は私がペ キン に最も近づいた地点でもあった‑ の主人に向かっ て、 「私」 ははっき りと 「私 がい るこの場所 は、古 い夢の国だ、 とい うことは分かっています。 [‑‑]
私 は夢 とい う手段 を通 じてのみこの憧れの場所 にい るのです [‑
‑] 」
と話 し、「ああ、 ここ以外の どこ でなら私たちはもっとほんとう/現実的 (Wi r k l i c h e r )
でい られ るとい うのでしょうか !」
と慨嘆 している( GWl , 6 3 6)
。 さら続 けて 「私」は、夢 をめ ぐる自らの思想 を口にす る。
あま りにも長い間、私たちは夢 を自分たちの世界 か ら追放 してきました。夢は私たちなしで生 きて お り、私たちは夢なしで生 きています。それだか ら、私たちは決 して完全ではないのです。私 に分 かっているのは、ほん とうの /現実的な人間たち の間では、創造的な民族の間では、全ては違 って いるとい うことだけなのです‑
( GWl , 6 3 6)
啓蒙主義的な世界観 に対す る批判 といい、夢の世界‑の ロマ ン的憧れ といい、それ を地理的あるいは時 代的に隔たった民族の創造性‑ と結びつける傾向 と いい、 「私
」
の言葉 は、 ロマ ン派の思想 に限 りな く 近い。この よ うに、『ビン』 においてはその形式 とい う 点でも、テクス ト内世界で表明され る自己言及的な 思想 とい う点でも、 ロマン派 との類縁性 を跡づける ことができる。だが、『ビン』 を思想史的に位置づ けようとす るならば、1
9
世紀前半の運動であるロマ ン派に直結 させ るのではな く、フロイ トの夢理論 と の関係 を確認 してお く必要があるだろ う。フロイ ト の夢理論は、遠 く古代の夢 占いに起源 を発 し、 ロマン派の思想や、シ ョーペ ンハ ウエルの哲学な どの影 響 を受けて確立 したとい う側面を持っているのであ
る
1 4。
「ほん とうに /現実に体験 しているの と同じよう に物語 る」 とい う 『ビン』における方法的な問い と
和則
の関連 に焦点 を当てると、フロイ トの精神分析 にお いても、物語るとい う行為が不可欠の契機 としてあっ たことが前景化 して くる。患者たちは (そしてフロ イ ト自身も)夢 を語 り、そこか らの 自由な連想の鎖 を言葉 にしてい くことによって、直接的には辿 り着 けない、 自らの欲望の在処 を探索す る。『ビン』の
「私」 もまた、フロイ トの患者たち と同じように、
市民社会の現実の中では疎外 を生 きている。 「私」
は、メール ヒェンの形式 を借 りて、 「可能が可能 の ままであった場所」‑ と向か う旅 について語 る。 こ のよ うな語 りによって、 「私」は 自分 自身の欲望が いかなる形 をしてい るのかを、知 るのである。
9.
一次元性か らの出口メール ヒェンの一次元性 を、 「私
」
の 「ほん とう /現実」 を表現す るための語 りに採用す ることで、『ビン』は 「浮遊す る一人称」 とでも言い うるテク ス ト形式を持つことになった。それ以前のフリッシュ の散文は、『ビン』 と同じように、 「わたしは何者 な のか
?」
とい う問いを立てなが らも、伝統的な リア リズムの形式‑ と自らを成型 していた。それはすな わち、 リア リズムの形式 によって表現 しうるもの以 外 を抑圧す ること、あるいは少な くともテクス トの 周縁部‑ と追いや ることであった。『ビン』の 「浮 遊する一人称」形式 において初めて、 こうした形式と問い との間の矛盾 が解消 されたのである。
だが、一次元性 とい う形式は、それ を突きつめて い くと、物語 りテクス トが持つ物質的な限界 に突 き 当たる。物語 り行為は、あ くまでも時間の中での連 続的行為であ り、非時間的なメディアである絵画 と は、その物質的な本質 を異にす る。シュール レア リ ズムや夢がそ うであるように、可能的世界 を表現す るのに、視覚的メディアは適合性 を持っている。 し か し、物語 るとい う時間的行為 を成立 させ るために は、可能的なもの、非時間的なものを、テクス トと い う時間の連続性 を前提 にした現実態‑ と変換す る 必要がある。夢 を見ることはできても、それ を記述 す るためには、非時間的なものを時間的なもの‑ と 翻訳するとい う契機が不可欠である。さらに言えば、
物語 り行為が時間の中にあることに相即 して、物語 りテクス トを読む とい う行為 も、時間的連続の中で 初めて実現す る。つま り、テクス トの中で非時間的 な世界感覚が表現 されていても、それ を読む とい う 行為 は時間の流れ と共 にあるのである。
ユルグンゼ ンがそ うであったように、人は断章の 連続の中にひ とつの筋 を読み取ってしま う。だがこ
の 「ひ とつの筋」 こそが、一次元的な語 りが逃れ よ うとしていた当のものである。 しかし一方で、筋 を 読み取 らねば、テ クス トは単なるカオス‑ と転 じて しま う。つま り、一次元的な語 りは、可能性のひ と つひ とつ を詳細 に表現 しようとすればす るほど、方 法的なアポリアに逢着 してしまうのである。したがっ て、一次元的な物語 りテ クス トが、『ビン』のよう な試験的な小品以上のものになることは困難である。
1 9 45
年 に 『ビン』 を発表 した後、フ リッシュは 主たる仕事の場 を演劇 に求めた 15。だがその間、フ リッシュは 「日記」 とい う私的メディアに、 自らの 生活について書き続 けた。1 95 0
年に公刊 された 『日 記46 / 49』には、フ リッシュの 日常や旅先での出来
事を記述 したテクス トの間に、そ うした出来事に触 発 されて形 を得た、美学的考想( Ge da I 止e )や、物
語 りテクス トの断片が数多 く挟み込まれている。 こ のように、異なった性格 を持ったテクス トの混清 に よって、フ リッシュの生の現実が映 し出されている のである。『日記
46/ 49』に含 まれ る美学的考察の中には、
例 えば、 「時間は私 たちを変容 させた りはしない。
/それは私たちを展 一関させ る (
e nt f a l t e n)
だけだ」、「書 くことは自分 を自分で読むことだ」 といった、
時間 と書 くこととの関連 についての断章が含まれて いる
( GW2 ,3 6
1)。先 に挙 げた可能性感覚について の引用はこれ らの言葉 に続いて展開されていたもの である。時 間 とは そ れ ゆ え、 我 々 の本 質 を分 解 して
( a us e i na nde r z i e he n)
、 目に見 えるよ うにす る魔法 の薬のようなものに過 ぎない。それはあらゆる可 能なものの現在である生 とい うものを、ひ とつの シ ー ク エ ン ス( Na c he i na nde r )
‑ と解 体 す る( z e r l e ge n)
のである。(GW2 , 3 61)
時間が、互いの内側‑ と折 りたたまれた非時間的な ものを、シーケンシャルな連続‑ と展開させ るもの であるのなら、それに抵抗 して一次元的な表現 を貫 くことは物語 りテクス トには原理的に困難である。
とすれば、否応な くシークエンス‑ と向か う物語 り 行為の中に 「自分 を自分で読む」方途 を見出す より 他 に出口はない。逆 に言えば、一次元的な平面に閉 じこめ られた可能性たちを、物語 り行為 とい う時間 的次元‑ と開いてい くことが、『ビン
』
を書 き終 え た後のフ リッシュにとっての美学的な課題 となるの である。『日記
46/ 49 』
公刊の翌年、1951
年に、フリッシュ はロックフェラー財団の招 きに応 じて、約一年間ア メ リカ滞在の機会 を手 にし、 この期間に、温 めてい た小説の構想を実現 しようとした。結果的に言えば、アメ リカで執筆 された
6 00
ページ余 りの原稿がその ままの形で 日の 目を見 ることはなかった。だが、そ れは新作のための素材 として残 された。スイスに戻っ てもフ リッシュは、試行錯誤 を続 けるが、 「決定的 だった のは、 シ 主テ ィ ラ⊥ ゐ核 とな るァィ デ ア(St l ' l l e r ‑ I de e)(
つま り、現在の版でそ うなっている ように、彼が この手記 を書 くとい うアイデア)がま だなかったことです」(Sc h mi t z: 3 0 ,
強調、括弧 と もにフ リッシュによる )1 6
。 すなわち、素材 は既 に十 分揃っていたのだが、書 くことによって 自分で 自分 を読む とい う物語状況 を成立 させ る媒介 としての形 式の問題が解決すべき課題 として残 っていたのであ る。1 953
年の初頭に、シュテイラーの手になる獄 中 の手記 とい うアイデアが浮かんで以降、執筆は順調 に進み、『ビン』
の執筆か ら1 0
年 を経 た、195 4
年1 0
月、『シュテイラー』が公刊 され た。マルセル ・ライ ヒニラニッキ
Ma r c e lRe i c h‑ Ra ni c ki
は、「
『シュテイラー』か ら見れ ば、『気むずか し屋 たち』や夢の短編( Tr a ume r z 弘l u nge n)『ビンあるい
はペキン‑の旅』(1 9 45)
は、ほとん ど予行演習以上 のものではない」 と述べている( Ra ni c ki : 2 0)
。確か に 『ビン』はい くつかの点で 『シュテイラー』の予 行演習 としての性格 を持っている。 しかし、一次元 性がもたらす浮遊する一人称 とい う形式は、『ビン』
に短編 としての美学的な完成 をもた らしている。『ビ ン』が単なる予行演習ではな く、内在的に突破 し、
乗 り越 えなければな らない完成度を持 っていたか ら こそ、1
0
年にもおよぶ美学的な試行が必要だったの である。そして 『シュテイラー』の後、フ リッシュ の物語 りテクス トが再び同じ形式 によって書かれ る こともまたなかった。内容 の面では、 「私」
の存在‑の問いを中心にして、い くつかの限定 されたテー マが変奏 されてい くが、形式の面では常に新 しい試 みが為 されてお り、一人称形式の極北において、 自 己の物語 と他者の物語 とが互いを映 し合 う地点が探 求 されてい る
1 7。
本来的に非時間的なものである 「私」に可能な経 験の総体 を、物語 り行為 を媒介‑メディア として、
時間の中‑ と展開してい くことは、それがいかなる 形式 において為 され よ うとも、 「可能が可能のまま であったところ
」
か らの隔た りを必然的に伴 ってい る。それゆえ、 どの形式による物語 りも、表現す る 総合環境研究 第7巻 第2号葉柳 和則
ことのできない残余 を潜在 させてい る。 この残余 を 表現‑ ともた らそ うとする欲望が、作家 をさらなる 形式 =フォルムの探求‑ と駆 り立てる。 とすれば、
「ほん とうに /現実に体験 しているの と同じよ うに 物語 ることができな くてはな らないんだけど」 とい う 「私
」
の言葉は、永遠 に接続法の形 を取 り続 ける だろ う。そして接続法であ り続 ける限 りにおいて、ペ キン‑ と漸近す る旅 が可能 となるのである。
註
1
以下 『ビン』 と略記す る。2
以下、『ガ ンテ ンパイ ン』
と略記す る。3
唯一の例外 は 『日記1 9 46‑1 9 49
』Ta ge bu c h 1 946‑
1 94 9
(1 9 50
年 以下、『日記46/ 49
』 と略記す る ) であるが、この 『日記』
にしても、『シュテイラー』以降のテ クス トを解釈 す るための、素材 として取 り上 げられ ることがほ とん どであ り、『日記』 自体 のテ クス ト論的研究 は多 くない。
4
例 えば、「
『ビン』 は [‑‑・]作者 の虚構理解 にお いてひ とつの転 回点 を体現 している」 といった指 摘 が これ にあたる( S cha f e r : 3 0) 0
5
これは、1932
年4
月1 0日の 『
チュー リヒ学生新聞』Zb ' T C he TSt u de nt
に掲載 されたOまた 『僕 は何者 な のか ?』 とい う同名 だが内容 の異 な るのテ クス ト が、『スイス ・シュピーゲル』Schwe l ' ze T S PL ' e ge
l誌 に持 ち込 まれ たが、1948
年 まで同誌編集部で 「保 留扱い」 になっていた。(GWl
,661)
6
以下、『気むずか し屋 たち』 と略記す る。7
二人称の語 りは、物語 り行為 の形式 としては、例 外的 に挿入 され るだけである。8
こ うした形式 の揺 らぎは、テ クス トの内容 とも関 連 してい る。先 に触れ たよ うに、第1
の断章 は、ある元帥の物語 である。 この元帥 は、第
2
の断章 以降 には一切登場 しない。つ ま り二つの物語世界 の間 に存在論的なっなが りは見 られ ない。同 じよ うに、第1 2
の断章において 「私」が ビンに語 る 「自 殺志願 の男」
の物語 も、 「私」
の世界か らは独立 し たもの としてある。筋 =行動 の レベル では明 白な つなが りを持 たない複数 の物語 を隣接 させ た り、一方 を他方 の中に挿入 した りす るとい う技法 は、
その後、 フ リッシ ュの技法 として定着す る。
9
アン ドレアス ・シェ‑ファーA n d r e a sSc hZ f f e r
は 『ビ ン』 と 『サ ンタ ・クル ス』 は 「人間の実存 の虚構 的構成要素 に対す るフ リッシュの関心が増大 して いることをはっきりと示 している」 と言 う( Sc h左 f e r . ・
30) 0
1
0旅 の始 ま りの場面 にも、次の よ うな描写がある。「もちろん私 は誰 にも出会わなかった。私 はぶ ら ぶ ら歩 いた。あるいは、私 は立ち止 まっていた と い うこともあ りえた。た とえばシ ョー ウイ ン ドー の前 に」(
GWl
,605)。 ここでは接続法 は使 われ ていないが、行動の二つの可能性 が過去形 におい て、つ ま り生 じた こ ととして並置 されてい る。11リュティの術語にも 「一次元性」(
Ei ndi me ns i ona l i t
at
) とい う概念 がある。 これ は、 日常的世界 と超越 的 世界 との間の越境 に抵抗 がみ られ ない とい う意味 で使われてお り、 「平面 /表層性」の下位概念であ る( Ldt hi : 8f f . ) 0
1 2
フ リッシュ自身 も、ハ ンス ・ルー ドヴィ ヒ ・ア‑ノル ト
Ha nsLud wi g
Amol d
との対談の中で、『ビン』がスイス と自身が置 かれた社会状況か らの 「逃避 の文学」であることを認めている (A
mol d: 20)0
1 3
『サンタ ・クルツ』や 『日記46/ 49
』の中には、「あ らゆ る 可 能 な も の の 拡 が り」 ( di eWe i t ea l l e s M 6 gl i c he n)( GW2
,43)、 「外洋 に開かれ た海 の拡 が り」 ( di eWe i t ed e sof fe ne nMe e r e s )( GW2
,574)
といった表現 が散見 され る。
1 4
この点 に関 して本稿 では詳細 な議論 には立 ち入 ら ない。精神分析の系譜 については、 ミシェル ・ア ンリMic he lHe n r
yの 『精神分析の系譜』 Ge De a l o gL ' e del aps yc ha na l ys e ( 1 985‑1 993
年)を参考にした。1 5
『シュテイラー』
が公刊 された1 9 54
年までに、6
編 の ドラマが書かれ た。『サ ンタ ・クル ツ』(1 944
午 )、『ほら、また歌っている』Nuns l ' n ge ns l ' ewf e de T ( 1 9 45
年 )、『万里 の長城』DJ' echJ ' De S l ' s c heMa u e T ( 1 9 46
年 )、『戦争 が終わった とき』AIsde
T肋 e g z uEndel 柑r ( 1 947/ 48
年 )、『エーダーラン ト伯爵』Gr a f6de r l a nd
(1 9 49 /51
年 )、『ドン ・フアンあるい は 幾 何 学 ‑ の 愛 』Do nJ u a node Td J ' eLL ' e b ez ut・
Ge o me t T l ' e( 1 952/ 53
年 )。これ ら以外 に3
編のラジ オ ドラマが執筆 され てい る。1 6
ヴァル ター ・シュ ミッツWa l t e rSc h mi t z
とフ リッ シュとの対談か らの引用。1 7
『ガ ンテ ンパイ ン』
と 『モ ン トー ク岬』Mont au k ( 1 9 75
年 )がその典型 である。テクス ト
Ma xFr i s c h:Ge s a mme l t eWe T keJ ' DZ e l ' t l L ' c he TFo l ge . I D
s l ' e b e DBb ' nde H.Hr s g. V. Ha nsMa ye r . Fr a nkf ur ta . M.
( S uh r ka mp)1 9 86.
ここからの引用 に際しては、・GW
と略記 し、巻数 とペー ジ数 を記す。参考文献 A
m ol d,He i nzLud wi g: Ge s pb ' c hemJ ' tSc hn' Gs t e l l e m.
Mi i nc he n( Be c k)1 9 75.
Da l m S , EmaM. . ・Ze l ' tu ndZe l ' t e r l e b nJ ' S) ' nd e nWe T ke D Ma xEn' s c hs . Be r l i n( d eGr uyt e r )1 976
ミシェル ・アン リ :『精神分析 の系譜 ‑ 失われ
た起源 』
山形頼洋 (他訳)、法政大学出版局、1 99 3 * (‑ He nr y , Mi c he l :G en e a l ogi e de l a ps yc ha na l ys e . Pa r i s ( Pr e s s e s Uni ve r s i t a i r e s de Fr a nc e)1 985 .)
J u r g e ns e n , M an f re d: Ma xFn' s c h .DI ' eRo ma ne . Be m ( Fr a nc ke) 21 976.
九鬼周造 :『九鬼周造随筆集』、菅野昭正 (編)、岩
波書 店 1 991
年。Ldt hi , Ma x: Da se wo pb ' 1 ' s c heVo l ks mb ' z l t I he n. Fo m川nd We s e n. T屯bi nge nu. Ba s e l( Fr a nc ke)1 0 1 997 。
野家啓一 :『物語の哲学 柳 田国男 と歴史の発見』、岩 波書店 1 996
年。Pe t e r s e n,J i i r ge nH. : Ma xFn' s c h .St ut t ga r t( Me t z l e r ) 2 1 989.
Pe t e r s e n, J ur ge nH. : De Tde u t s c heRo ma nde rMo de me . GnJ nd l e gu n g‑ T mo l o gl ' e‑Ent wf c kI u n g. S t ut t ga r t ; We i ma r( Me t z l e r )1 99 1 .
Re i c h‑ Ra ni c ki , Ma r c e l : Ma xFn' s c h. Au l s b ' t z e . Fr a nkf ur t a . M.( Fi s c he r )1 99 4.
Sc ha f e r
,A n d r e a s : Ro l l e u nd Ko nHgu mt f o n.St u d L ' e n mm We r kMa xFn' s c hs . Fr a n kf ur ta .M.( La ng) 1 98 9.
Sc l m i t z , Wa l t e r :Zu z IEDt S t e hu n g Y o nMa xFn' s c hs Ro ma n3 >St J ' J J e T ≪ .I n: d e r s .( Hg. ): Mat e T l ' a l L ' e nzu
M a xEn' s c 1 7 S > St L ' l l e
T < .Fr a nkf ur t a . M. ( Suh r ka mp) 1 97 8,S. 2 9‑ 3 4.
Sc h uc hma nn,M an f re dE. : De t ' Aut w a l sZe L ' t ge no s s e:
ge s e l l s c ha hl L ' c heAs pe kt eL ' nMa xFn' s c hs We T k.
Fr a n k f ur ta . M.( La ng)1 97 9.
St e pha n
,Al e xa nde r : Ma xFn' s c h
,MGnc he n ( Be c k) 1 9 83.
St i ne , Li nd aJ
.:ChL ' ne s l ' s c he T z 滋u me t l e L '‑ a me n' ‑ ka Dl ' s c he sMb ' z T C he nL ' nBJ ' nu ndSt l ' l l e T . I n:
Kna p
P,Ge r ha r d P. ( Hg): Ma x F n ' s c h .As pe kt e de s
PT 1 0 S aWe l ks . Be m ( La ng)1 978 ,S. 35‑5 1 .
※本研究 は、平成
1 5
年度長崎大学教育研究改革 ・ 改善 プ ロジェク ト経費 (プ ロジェク ト名 :「 語 りえ
ぬもの」 をめ ぐる人文 ・社会科学の諸言説のメディ ア論的再検討)の助成 を受けて行われたものである。総合環境研究 第