序
ヤーコポ・ペーリ(Jac
opo Pe r i ,
1561–
1633)は「1600」年刊行の『エウリ ディーチェ(L’Eur i di c e
)』出版譜への序文の中で,後にレチタティーヴォと 呼ばれることになる歌唱法を編み出した経緯を述べている.彼は古代悲劇を 範としつつ音楽劇の新形式を創出しようと試みながら,次のように考えたの だと言う.そこから,それが劇詩であり,しかも話す人を歌で摸倣しなければならない
(そして,疑いなく,歌いながら話した人は1人もいない)ことがわかった ので,古代のギリシャ人とローマ人が(多くの人々1)の意見では,彼らは悲 劇全体を舞台上で歌っていた),通常の話し(i
l par l ar e
)の 節 ふし(armoni a
)を 上回りながら,歌い(il c ant ar e
)の旋律をかなり下回る結果,中間物(cos a mez z ana
)の形をとるような1つの 節 ふしを用いたのだと私は判断した2).(Peri
(1903)
.
45)彼は二律背反に陥っていた.すなわち一方で,劇は話し
毅 毅
の台詞によって展 開することを当然視し,また古代悲劇は終始(言い換えれば,すべての台詞 が)歌われて
毅 毅 毅 毅
いた,という前提を受け入れながら,他方で「歌いながら話し
1
「話す人を歌で摸倣する」
──メーイの古代悲劇像とペーリのレチタティーヴォ理論──
津 上 英 輔
1) この「多くの人々(mol
t i
)」を,メーイ(Gir ol amo Me i ,
1519–
1594)の 説に従う人々と同定することについては,Pali s c a
(1985).
408を参照.2) これのイタリア語原文は,次の引用の分も含め,第2章の引用第12番で まとめて示す.なお,本論の日本語訳はすべて私のものである.
た人は1人もいない」ことを疑わないのである.その解決として彼が思いつ いたのが,歌いと話しの「中間物」であった.これが,「話す人を歌で摸倣す る」という課題をペーリが解決した経緯である3).では,この理論はペーリの 言う「古代のギリシャ人とローマ人」と,いかに,そしていかなる経路を通 じて関係するのであろうか.ペーリは中間の形について,次のように説明を 続ける.
...そして私は,古代人が歌いに割り当て,ディアステーマ的(いわば,引 き延ばされ,宙づりにされた)と呼んだこの種の声が,時折,彼らが連続的 と呼んだ,議論するときに使うもう一方[の声の種]に近づいて,速まり,
歌の宙づりになった遅い動きと語りの淀みなくすばやい動きとの間の,ほど よい流れを取って,私の目的に適する(彼ら[古代人]が詩と英雄叙事詩を 読む際にこれを援用したように)のではないかと考えた....(Pe
r i
(1903).
4)声の動きを音程的(ディアステーマ的)と連続的とに二分する考えはアリ ストクセノスとともに始まり,それに第3の「中間(μέ
ση , medi a
)」の形を 加える三分法はボエーティウスを含む3人の古代作家に表明されている4).次 の表は,ボエーティウスの三分法を表わす.一見して明らかなように,ペーリの上の引用は,ボエーティウスのこの表 明と近似している.したがって本論の課題は,この近似が他の近似以上のも のなのか,そしてこの近似が直接のものなのか,それとも第三者を介しての
2 「話す人を歌で摸倣する」
3) 『エウリディーチェ』におけるペーリの実験内容の詳細については,
Pal i s c a
(1981).
54–
58を参照.4) 関連箇所は,第2章において原語と日本語訳で示す.
表1 ボエーティウスにおける3種の声 その用法 声種
散文 1.連続的
英雄叙事詩の朗読 2.中間的
歌 3.音程的
ものなのかを検討することにある.ここで,検討の詳細に先立ち,この問題 に関する従来の研究状況を概観するなら,バロック音楽研究の第一人者であ るパリスカ(Cl
aude V. Pal i s c a
)が,この問題について大きな貢献をしている のは当然のことであり,本論も彼の業績に多くを負っている.しかし,他の 研究者が,私の知る限り1人としてこの問題に関心を示していないのは,不 可解なことと言わなければならない.なぜなら,単線的に進行する劇言語に ぴったり応じる単線的音楽書法として開発されたレチタティーヴォ形式およ びその基礎となるモノディ様式とは,音楽そのものに劇的性格を付与する初 めての手立てであり,その直接的思想背景は,したがって音楽史上有数の大 事件における中心問題の一つと考えられるからである.以下の議論で私がパ リスカの説だけを取り上げるのは,このような(奇妙な)事情による.第1章 パリスカの見解
ペーリの中間声種の考えとメーイとの関係にパリスカが最初に言及したの は,1981年のことであった.それ以前,1960年の本ではこの説が表明されて おらず,メーイが1572年の手紙の中で音程的声種と連続的声種に言及するく だりで,両概念の出典を注記するのみである5).1981年のパリスカは,メーイ の『古代旋法論』第4巻の一節(112
,
37–
113,
2)を,最初に引いたペーリの 発言の直後に置くことによって,中間声種の考えを,メーイからペーリのレ チタティーヴォ理論への影響の中に含めようとしているかに見える.彼は『古代旋法論』の当該箇所を次のような趣旨に訳す6).
摸倣においてほとんど詩行だけで満足する詩の類がある.これさえもときど き,詩人その人によってか,後世の音楽家たちによってか,リュラーに合わ せて歌いながら朗誦するために旋律づけられることがあった.このわざを実
3
5) Pali s c a
(1960=
19772).
92.6) パリスカによるメーイ自筆本の翻刻(ラテン語)は,私の1991年の批判 版といくつかの相違を含み,異なる理解につながる大きなものもあるが,
ここではそのままとし,またパリスカの英訳を彼の
毅 毅
理解として受け取る.
践する者は叙事[詩人]と呼ばれた.(Pal
i s c a
(1981).
52)明らかにメーイはここで,『詩学』第1章におけるアリストテレースの詩作 の手段ないし媒体(「リュトモス」,詩律,旋律)の議論を示唆している.
引用の第1文は,詩律のみを用いる詩の第1形すなわち叙事詩(アリストテ レースの用語では
ἐ ποποι ί α
)を指している.問題はパリスカ訳の第2文(「これさえも...ことがあった」)である.彼はメーイの言葉から「実質
(s
ubs t anc e
)」を取り出す際,次のように述べて,この文の説明する「叙事詩」の「歌」い方を一箇の独立範疇と認めているように見える.
すべての台詞が,一様に踊りのリズムないし規則的リズムによったわけでは ないにせよ,ともかく歌われたとする古代舞台行動の像は,レチタティーヴォ 理論の開発の基本となった.古代劇における俳優の役割は,詩律と旋律を組 み合わせながらも,立っているコロスの歌の特徴である規則的リズムからは 無縁という,特別の様式を要した.同様に,大衆を体現するコロスの詠唱
(c
hant s
)も自由リズムによった7).(Pali s c a
(1981).
53)この説明から,2種の歌唱法が読み取られる.1つは俳優の役割とコロス の詠唱における自由リズムによるもの,もう1つがコロスの立っている部分 における規則的リズムによるものであり,この後者についてメーイは引用文 に続く2つの文(113
,
2–
12)で説明している.これに叙事詩の単なる語りを 加えて,アリストテレースの示す次の3つの形態が得られる.4 「話す人を歌で摸倣する」
7) 私の解釈では,最後から2番目の文の「立っている」は「踊っている」
とすべきであり,また,コロスはつねに規則的リズムで歌っていた.次章 の私の訳と注釈,および津上(2015)
.
62–
73を参照.表2 パリスカの『古代旋法論』解釈による詩作手段,発声法,詩作ジャンル 詩作ジャンル 発声法
詩作手段
叙事詩 語り
1.詩律のみ
悲劇(俳優およびコロス詠唱の 部分)
自由リズムによる歌唱 2.詩律と旋律
悲劇(立っているコロスの部分)
規則的リズムによる歌唱 3.詩律,旋律とリズム
パリスカは詩作手段と声種の対応関係について詳しく述べていないが,そ れを推論することは可能である.単なる詩律は疑いなく連続的声種で発声さ れ,また詩律と規則的リズムによる旋律で発声される類の詩種は音程的声種 で発声されると考えられるから,詩律と自由リズムによる旋律を用いる類の 詩種が中間的声種への対応物として残る.実際,自由リズムによる旋律を歌 と語りの中間物とするのは理に適ったことである.
この結論から,もう1つの帰結が生じる.すなわち,パリスカのメーイ解 釈における叙事詩歌唱が,悲劇における俳優の部分と同じ範疇に入ることで ある(表3).このことが重要であるのは,チンクェチェントの人文学者たち にとって,古代悲劇における俳優の朗唱法を思い描くよりは,幾分歌の要素 が加わった叙事詩の朗唱法を思い描くことの方が,はるかに容易であったと 思われるからである.ペーリが『エウリディーチェ』序文で,自らの提案す る新唱法との比較のために「英雄[すなわち叙事]詩」を持ち出したのも,
おそらくこのゆえであったと思われる(この点は,『古代旋法論』に中間的 声種への言及を認めるか否かの議論にかかわらず真である).すると,パリ
5
8) この表で「叙事詩[朗読]」の位置が表1の「英雄叙事詩の朗読」と異なっているのは,一つには,パリスカが「叙事詩歌唱」を「英雄叙事詩」
とは独立の一範疇と認めているからであり,もう一つには,ボエーティウ スが3つの声種を定義する枠組みが,アリストテレースの詩作手段論とは 異なっているからである.ボエーティウスの「英雄叙事詩の朗読」が含有 する音楽的成分は,それが全面的に
毅 毅 毅 毅
音程的である声種を用いるのでない限 り,アリストテレースが詩律と区別して 節 ふしと呼ぶものには該当しない.
表3 パリスカの『古代旋法論』解釈による発声法,声種,詩作ジャンル.ペーリのレ チタティーヴォ理論と対応させて
ペーリの理論 詩作ジャンル
声種 発声法
語り 叙事詩8)
連続的 1.語り
レチタティーヴォ 叙事詩歌唱
悲劇(俳優およびコロス詠唱の部分)
中間的 2.自由リズムに
よる歌唱
歌 悲劇(立っているコロスの部分)
音程的 3.規則的リズム
による歌唱
スカの考えによれば,彼が『古代旋法論』の文脈で叙事詩歌唱と解釈したも のこそが,「レチタティーヴォ理論」へとつながったことになる.
1985年のパリスカは,一層明確にメーイをペーリに関係づけている.
[音節の]長短を守る発声法を採用すべしとする彼[メーイ]の提案は予言的 である.なぜならヤーコポ・ペーリがレチタティーヴォで企てたのは,まさ にこれだったからである.(Pal
i s c a
(1985).
349)続けてパリスカは,1540年代初期の未刊論文
Del l a c ompos i t ura del l e par ol e
におけるメーイの次の発言を引用する.古代の音楽家たちが声の分類において明確に証言しているように,これ[古 代の詩行]を流暢な話と歌との中間の[声の]種で発音して.(I
- Fn, Ms Magl . VI .
34, f ol l .
60v-
61r . =Pal i s c a
(1985).
348–
349.この日本語訳はパリス カの英訳に沿う)パリスカは慎重に,ペーリがこの着想をメーイに負っていると明言するこ とを控えているが,このメーイの発言が上のパリスカの判断の直後に呈示さ れることから,読者はそのような理解に誘われやすい.そしてパリスカは死 後出版された著作の中で,次のように,事実上の明言を行なっている.
おそらくペーリは,歌と話の中間を行く朗誦種の観念をも,メーイに負って いる.それ(whi
c h
)についてメーイは,1572年5月8日の長大な手紙の中で ガリレーイに書き送っていた.メーイはこの手紙で,古代音楽理論家アリス トクセノスが,声の動きを,歌唱に用いられる「ディアステーマ的」すなわ ち「音程的」動きと,話に用いられる「連続的」な動きとに区別したことを 説明している.ペーリは,自らが劇音楽に求めていた朗誦法を記述する際,この区別に明確に言及している.(Pal
i s c a
(2006).
111)この文の次には,当該の手紙においてメーイが音程的および連続的声種の 理論をいかに説明しているかが紹介される.メーイがこの手紙において中間 的声種についてひと言も述べていないことを知る読者ならば,引用文中第1 文の関係代名詞
whi c h
(それ)が「歌と話」を指すと理解するかもしれない が,それを知らない大半の読者にとっては,これを中間的声種の「観念」と6 「話す人を歌で摸倣する」
結び付けるのが自然というものであろう.「おそらく」メーイはペーリに「中 間」的声種の観念を伝えたというわけだ.
この見解の含意は大きい.なぜなら,もしメーイが『古代旋法論』で中間 的声種に言及していたとするなら,古代悲劇が終始歌われていたとする彼の 考えにおいて「歌う」ことの意味に違いが生じるはずだからである.すると 彼はあたかも,「もし我々が「歌う」ことの意味を拡張して中間的歌唱法をも 包含させるなら,古代悲劇は終始歌われたと言える」と述べていることにな る.これが含意するのは,我々がこの恣意的拡張を受け入れないかぎり,古 代悲劇は歌われなかった毅 毅 毅 毅,ということである.これは,「古代悲劇即全面音楽 劇」の観念の標榜者という,広く知られたメーイの像とはかけ離れている.
第2章 メーイの論とその(不)影響
我々としては,ことがらを自分自身の目で見極めるため,関連する全資料 を改めて年代順に並べてみなければならない.アリストクセノスは,声の動 きを音程的と連続的に分ける論を残した最初の人である.その後,アリステ イデース・コインティリアノス,マルティアーヌス・カペッラ,ボエーティ ウスの3古代作家によって,中間的動きが加えられた.これに,メーイ,
ヴィンチェンツォ・ガリレーイ,ペーリの関連発言(または不発言記録)が 続く.ペーリが『古代旋法論』以外の著述を通してメーイから影響を受けた 可能性もあるので,それらの著述もここに含める9).未刊著作である
De l v e r s o t os c ano
(第5番),Trat t at o di mus i c a
(第10番)からの引用のすべて,および
De l l a c ompos i t ur a de l l e par ol e
(第6番)の大部分は,ここで初めて活 字化されるものである.まず用語の近似関係を示すため,原語で引用し,次 に日本語訳を添える.鍵言葉に下線を施す.7
9) 下に挙げる箇所に加え,Res t ani
(1990)の目録にあるメーイの未刊書簡すべてに目を通した.メーイに関して言えば,この問題に関連するものと しては,これで既知資料のすべてを尽くしたことになる.
1.アリストクセノス(紀元前4世紀)
πάσης δ ὲ φων ῆς δ υν αμέ ν ης κι ν ε ῖ σθ αι τ ὸν ε ἰ ρημέ ν ον αὐτ ὸν τ ρόπον δ ύο τ ι ν έ ς ε ἰ σι ν ἰ δ έ αι κι ν ήσε ως , ἥ τ ε συν ε χ ὴς καὶ ἡ δ ι αστ ηματ ι κή. κατ ὰ μὲ ν οὖν τ ὴν συν ε χ ῆ τ όπον τ ι ν ὰ δ ι ε ξ ι έ ν αι φαί ν ε τ αι ἡ φων ὴ τ ῇ αἰ σθήσε ι οὕτ ως ὡς ἂν μηδ αμοῦ ἱ στ αμέ ν η μηδ ’ ἐ π’ αὐτ ῶν τ ῶν πε ράτ ων κατ ά γ ε τ ὴν τ ῆς αἰ σθήσε ως φαν τ ασί αν , ἀλλὰ φε ρομέ ν η συν ε χ ῶς μέ χ ρι σι ωπῆς , κατ ὰ δ ὲ τ ὴν ἑ τ έ ραν ἣν ὀν ομάζ ομε ν δ ι αστ ηματ ι κὴν ἐ ν αν τ ί ως φαί ν ε τ αι κι ν ε ῖ σθ αι · δ ι αβαί ν ουσα γ ὰρ ἵ στ ησι ν αὑτ ὴν ἐ πὶ μι ᾶς τ άσε ως ε ἶ τ α πάλ ι ν ἐ φ’
ἑ τ έ ρας καὶ τ οῦτ ο ποι οῦσα συνε χ ῶς — λέ γ ω δὲ συνε χ ῶς κατ ὰ τ ὸν χ ρόνον — ὑπε ρβαί ν ουσα μὲ ν τ οὺς πε ρι ε χ ομέ ν ους ὑπὸ τ ῶν τ άσε ων τ όπους , ἱ στ αμέ ν η δ’ ἐ π’
αὐτ ῶν τ ῶν τ άσε ων καὶ φθε γ γ ομέ ν η τ αύτ ας μόν ον αὐτ ὰς με λῳδε ῖ ν λέ γ ε τ αι καὶ κι ν ε ῖ σθ αι δ ι αστ ηματ ι κὴν κί ν ησι ν .
(Ari s t oxe nus
(1954). I :
13,
8–
22).
すべての声は前述のしかたで動くことができるが,その動きには2種ある.
連続的と音程的である.連続的な動きにおいて,声はどこにも,少なくとも 感覚の現われに関するかぎり[高低の]限界においてさえ留まらず,連続的 に進んで無音に至るというしかたで,1つの場を通過するように感覚に現わ れる.他方,我々が音程的と名付ける動きにおいては,[声は]逆の動きをす るように現われる.というのも,この声は大股に動きながら1つの音高に身 を置き,しかる後また他の音高に,ということを連続的に行なう([ここで]
私の言う連続的とは,時間においてのことであるが).そして[2つの]音 高に囲まれた場を跨ぎ,音高そのものに留まってその音高だけを発音するこ とによって,歌うすなわち音程的動きを動くと言われる.
2.アリステイデース・コインティリアーノス(紀元後3世紀)
τ ῆς δ ὲ κι ν ήσε ως ἡ μὲ ν ἁπλῆ πέ φυκε ν , ἡ δ ὲ οὐχ ἁπλῆ· καὶ τ αύτ ης ἡ μὲ ν συν ε χ ής , ἡ δ ὲ δ ι αστ ηματ ι κή, ἡ δ ὲ μέ ση. συν ε χ ὴς μὲ ν οὖν ἐ στ ι φων ὴ ἡ τ άς τ ε ἀν έ σε ι ς καὶ τ ὰς ἐ πι τ άσε ι ς λε ληθότ ως δι ά τ ι τ άχ ος ποι ουμέ ν η, δι αστ ηματ ι κὴ δὲ ἡ τ ὰς μὲ ν τ άσε ι ς φαν ε ρὰς ἔ χ ουσα, τ ὰ δ ὲ τ ούτ ων με τ αξ ὺ λ ε λ ηθ ότ α, μέ ση δ ὲ ἡ ἐ ξ ἀμφοῖ ν συγ κε ι μέ ν η.
ἡ μὲ ν οὖν συν ε χ ής ἐ στ ι ν ᾗ δ ι αλ ε γ όμε θ α, μέ ση δ ὲ ᾗ τ ὰς τ ῶν ποι ημάτ ων ἀν αγ ν ώσε ι ς ποι ούμε θα, δι αστ ηματ ι κὴ δὲ ἡ κατ ὰ μέ σον τ ῶν ἁπλῶν φων ῶν ποσὰ ποι ουμέ ν η δι αστ ήματ α καὶ μονάς , ἥτ ι ς καὶ με λῳδι κὴ καλε ῖ τ αι .
(Ari s t i des Qui nt i l i anus
(1963)
. I ,
4:
5,
24–
6,
7).
動きというものには,単純なものと単純でないものとがある.後者には,連 続的なものと音程的なもの,中間的なものとがある.連続的とは,ある素早 さをもって気付かれぬように上げ・下げを行なう声のことであり,音程的と
8 「話す人を歌で摸倣する」
は,明確な音高を持ち,音高間にあるものが気付かれないような声のことで あり.中間的とは,両者から合成された声のことである.連続的な声は話し 合うときに用いられ,中間的とは詩の朗読に用いる声のことであり,音程的 とは,単純なこの声あの声の中間でいくらかの音程すなわち遅滞を成し,旋 律的と呼ばれるようなものである.
3.マルティアーヌス・カペッラ(紀元後5世紀第4四半世紀)
Omni s vox i n duo gener a di vi di t ur , c ont i nuum at que di vi s um. c ont i nuum es t ve l ut i uge c ol l oqui um, di vi s um, quod i n modul at i one s e r vamus . e s t e t me di um, quod i n ut r oque per mi xt um ac neque al t er i us c ont i nuum modum s er vat nec al t er i us f r equent i di vi s i one pr aec i di t ur : hoc pr onunt i andi modo c ar mi na c unc t a r ec i t ant ur . hor um i l l a, quam i n di vi s as par t es c et er as que deduc i mus , di as t emat i c a nomi nat ur et ei par t i , quae har moni c a uoc at ur , apt anda es t .
(Mar
t i anus Cape l l a
(1983). I X,
937)10)すべての声は,連続的および分離的の2類に分かれる.連続的とは,途切れ ない会話のようであり,分離的とは 節 ふし付けにおいて用いるものである.また 中間的なものもあり,それはこの両方を混ぜ合わせた類であり,一方の連なっ たしかたを守ることもなければ,他方の頻繁な分離に中断されることもない.
どの詩歌もこの発音法で朗誦される.この3類のうち,分離されてこの部分,
あの部分へと広げられる声は音程的と名づけられ,調和的と呼ばれる部門に 用いられる.
4.ボエーティウス(紀元後480頃-524頃)
Omni s vox aut συν ε χ ης es t , quae c ont i nua, aut δ ι αστ ηματ ι κη , quae di c i t ur c um i nt e r v al l o s us pe ns a . . . . Hi s , ut Al bi nus aut umat , addi t ur t e r t i a di f f e r e nt i a, quae me di as voc e s pos s i t i nc l ude r e , c um s c i l i c e t he r oum poe ma l e gi mus ne que c on- t i nuo c ur s u, ut pr os am, neque s us pens o s egni or i que modo voc i s , ut c ant i c um.
(Boe
t hi us
(1867). I ,
12.
199,
3–
18)すべての声は,連続的と呼ばれる
συν ε χ ής
であるか,音程によって宙づりに された時に呼ばれるδ ι αστ ηματ ι κή
であるかである....この2つに,アルビー9
10) マルティアーヌスは,著作のこの周辺において,アリステイデース・コインティリアーノスに大きく依拠している.
ヌスの主張するところ,中間の声を含みうるものとして,第3の区別が加え られる.すなわち英雄たちの詩を,散文の場合のように,連なった流れでで はなく,また歌の場合のように,声の宙づりで緩慢なしかたででもなく我々 が読むときのような具合である.
5.メーイ 1540年代初期
. . . doue nel [ s c . uer s o] gr ec o e’ nel l at i no es s endo l e par t i ui e mi nor i , e’ per l a l or ’ chi amandol a con ques t o t al nome, s empl i cez z a pi ù not e, e’ i ns i eme ai ut at a
11)dal l a pr onunz i a, s t at a nel pr of f er i r l e i nt r odot t a per ques t o ef f et t o ( c ome f anno pi e na t e s t i moni anz a i mus i c i ant i c hi ) me z z ana t r à l a c or r e nt e , c on l a qual s i par l a, e ’ l ’ i nt e r ual l at i ua, c hi amando hor ’ c os ì que l l a c he da l or ’ s i c hi a- maua δ ι αστ ηματ ι κὴν , de l l a qual e al t r i s i s e r ue ne l c ant ar e , pot e uan’ haue r ’ c om- modament e l uogo per s ua f or ma i ns i no à quat t r o pi edi c ompos t i ; c ome i n quel l i , c he ne f ur on’ per c i ò c hi amat i Tet r amet r i ac at al ec t i c i .
(Del ve r s o t os c ano
12). F- Pn, Ms . l at .
7209–
3, p.
43; I - Fr
2598, f ol .
37v .
津上の翻刻)...しかしギリシャとラテン[の詩]において,諸部分ははるかに小さかっ たので,また,かりにこう呼んでよければ,単純さのおかげで,もっとわか りやすく,また同時に,この効果[わかりやすさ]を求めて諸部分の発声に 導入された発音,すなわち(古代の音楽[理論]家たちが明確な証言を呈し ているように),人が話すときの淀みない[発音]と,人が歌い(i
l c ant ar e
) に使い,彼らにδι αστ ηματ ι κὴと呼ばれたものを今こう呼ぶとして,音程的
[発音]との中間の発音にも助けられて,[諸部分は]楽々と[ギリシャとラ テンの詩において],四複合脚までの形が受け入れられ得た.たとえばこの 理由で完全四複詩脚と呼ばれた形がそうである.
6.メーイ 1540年代初期
Hor di ques t e due mani er e di c ons i der az i one, l a pr i ma non s i s ent e hauer ’ appr es s o noi l uogo al c uno, l a r agi on’ di c i ò per auuent ur a può es s er e, per c he pr onunz i andos i appr e s s o noi s e nz a al c una di f f e r e nz i a s e mpr e i n ogni r agi ona-
10 「話す人を歌で摸倣する」
11) この記載は2つの写本に共通するが,意味上,mi
nor i , not e
に並ぶai ut at e
が要求される.日本語訳はそれに従う.12) この文書については
Pal i s c a
(1977).
21およびPal i s c a
(1985).
348–
349参 照.ment o e’ nel l a pr os a e’ nel ’ uer s o t ut t e l e par ol e uni t ament e c on’ l a medes i ma c ont i nouanz a e ’ pr e s t e z z a di c or s o, l ’ or e c c hi e non’ s on’ pot ut e auue z z ar s i à c om- pr ender ’ s ens i bi l ment e, e’ par agonar ’ i ns i eme ques t e e’ c os ì s c hi et t e e’ s em- pl i c i di f f e r e nz e , i l c he ne l ’ ue r s o de Gr e c i , e ’ de l at i ni ( appr e s s o qui que s t a t al ’ c ons i de r az i one s pe z i al me nt e mi l i t aua) age uol me nt e s i pot è i nt r odur r e , pr onun- c i andos i es s o, c ome f anno aper t a t es t i moni anz a i mus i c i ant i c hi nel l a di ui s i on’
de l l a uoc e , i n una mani e r a me z z ana t r à i l par l ar ’ c or r e nt e e ’ i l Cant o. Conc i os i a c he pot endo ui per c i ò c ader ’ i n maggi or s paz i o di t empo nel ’ pr of er i r s i c i as c heduna s yl l aba, e i ns i eme s ec ondo i l s uo par t i c ul ar ’ oc c upar ’ di t empo ageuol ment e appar i r ne maggi or ’ ò mi nor ’ , l ’ or ec c hi o anc or ’ ageuol ment e pot e ua s e nt e ndo f ar ’ r ac c or r ’ al ’ s e ns o que l l a t al ’ pr opos i z i on’
13), c he t r à l or ’ ne nas c e ua. Las c i ando adunque al pr e s e nt e dal l ’ un’ de l at i l a c ons i de r az i on’ de l l e s i l l abe l ’ una dal l ’ al t r a, c ome c os a, c he ne l l a c ompos i t ur a nos t r a non habbi a l uo- go, è da ue de r e , s e que l l a de l l e par t i c ompos t e di pi ù d’ e s s e , l e qual i pe r ope r a e ’ ui r t ù di c e r t a qual i t à, s i c ome ne l ue r s o mani f e s t ame nt e s i s e nt e appar i r e s i c ompr e ndi n’ ape r t ame nt e ne l l ’ udi r s i , s i s e nt a pe r l a di f f e r e nz a di l or ’ br e ui t à e ’ l unghe z z a e s s e r ’ c agi on’ di pi ù ò me n’ s odi s f ac i me nt o al l ’ or e c c hi o, quant o al l ’ e x- pos i t i on’ del c onc et t o, c he s i uuol ’ f ar ’ i nt ender e.
(Del l a c ompos i t ur a de l l e par ol e
14), I - Fn, Ms Magl . VI .
34, f ol l .
60v-
61r ; I - Fr
2598, f ol l .
242r -
243r .
津上 の翻刻)さて,この2つの考察法[ギリシャ語・ラテン語のように,単一音節ごとの 長短と,トスカーナ語のように,2つ以上の音節の組み合わせごとの長短]
のうち,前者[単音節の長短]は,我々[トスカーナ人]には全く受け入れ られていると感じられない.このことの理由はひょっとすると,我々の場合,
散文であれ韻文であれ,どんな談論にせよ,すべての語が,何の違いもなく ひとしなみに,流れの同じ連続と速さで発音されるため,これほど純粋で単 純な違いを明確にとらえ互いに比べることに耳が慣れることができていない からであるかもしれない.それはギリシャ人とラテン人(彼らのもとではこ のような考えは特に盛んだった)の詩行にたやすく導入され得た.というの
11
13) 両 写 本(Magli abecchi anus お よ び Ri ccar di anus
)と も こ こ で“ pr opos i z i on’ ”
を伝えているが,私は“ pr opor z i on’ ”
(すなわち長短音節間 の比率)と読むべきではないかと思う.しかし“ pr opos i z i on’ ”
も意味を成 さないとまでは言えないので,日本語訳(「文」)は記載のままに従う.14) この文書については
Pal i s c a
(1977).
21を参照.も,古代の音楽[理論]家たちが声の区分において明確な証言を呈している ように,彼らの詩行は淀みない話し(i
l par l ar ’
)と歌の中間のしかたで発音 されていたからである.なぜなら各音節は,口に出される際,このせいでよ り大きな時間の広がりを占めることができ,また同時に個別的時間占有に従っ て大音節か小音節かがたやすく明らかになり得るので,耳もまた聞きながら,それらの間に生じる文をたやすく感覚に集めさせることができた.そこで一 つ一つの音節の考察は,我々の構成とは無関係なものとして,目下のところ 脇に置き,いくつかの音節から成る部分の考察が...耳に満足の大小をもた らすと感じられるかを見なければならない.
7.メーイ 1572年
Onde i o per t ant o mi c r edo c he i l f i ne pr opos t os i f us s e i mi t ando l a nat ur a s t es s a de l o s t r ument o del qual e es s i s i val evano, non l a s oavi t à de l e c ons o- nanz e per c ont ent ar l ’ or ec c hi o ( c onc i os i ac he del us o di ques t e nel l or c ant ar e non s i t r uova ne t es t i moni o ne r i s c ont r o al c uno appr es s o gl i s c r i t t or i ) ma l o es pr i mer e i nt er ament e et c on ef f i c ac i a t ut t o quel l o c he vol eva f ar e i nt ender e c ol s uo s i gni f i c at o i l par l ar e pe r i l me z z o e t aj ut o de l a ac ut e z z a e gr av i t à de l a voc e , de t t a da l or o à di f f e r e nz a de l a c ont i nua c on l a qual e al t r i c omune me nt e r agi ona[ , ] ne l i di oma l or o di as t e mat i c a, quas i pe r di r c os i i nt e r v al l at i v a, ac c om- pagnat a c on l a r e gol at a t e mpe r at ur a de l pr e s t o e t adagi o pr onunz i ar e l e par t i de s uoi t e r mi ni , s e c ondo c he l ’ una e l ’ al t r a qual i t à, c i as c una da pe r s e pe r pr o- pr i a nat ur a è ac c omodat a à qual c he de t e r mi nat o af f e t t o.
(1572年5月8日付手 紙.fol .
23v . =Pal i s c a
(1977).
116)15)そのようなわけで,私の信じるところ,彼ら[古代人]が,利用していた道 具[すなわち,声]の本性そのものを摸倣することによって果たそうとした 目的は,耳を喜ばせるための協和音程の甘美さにあるのではなく(なぜなら 彼らの歌い(i
l c ant ar e
)における協和音程の使用については,著述家たちの12 「話す人を歌で摸倣する」
15) これは,Pal
i s c a
(1977)に収録された8通の手紙のうち,「ディアステー マ的」と「連続的」の両方が出現する唯一の箇所である.同じ手紙で,も う一度「ディアステーマ的」だけが,ついでのように言及される(Pali s c a
(1977)
.
92).同手紙のこの部分は,メーイの死後出版されたDi s c ors o
s opr a l a mus i c a ant i c a e t mode r na
に採録されている.2つの文書の同定に ついてはPal i s c a
(1977).
90(注4)参照.証言も符合も見当たらないからです),話し(i
l par l ar e
)が16)意味を以てわ からせようとすることすべてを,声の高低という手段と助けによって残さず 巧みに表現することにあったのです.[この声は]人が通常論じる際に用い る連続的な声と区別して,音程的というほどの意味で,彼らの言語でディア ステーマ的と呼ばれたもので,項の諸部分[各音節]を早く[短く]発音す るか遅く[長く]発音するかの規則的調節を伴い,その結果それぞれの質[高 低と長短]がおのおの自ずから固有の本性によってある特定の情感に向けら れていたのです.8.メーイ 1573年
Er at eni m poemat um genus , quod s ol i s uer s i bus i n s ua i mi t at i one quas i c on- t e nt um e s s e t , t ame t s i e t i l l a quandoque c um s ui poe t ae t um pos t e r i or e s mus i - c i , c um i ps i s modos apt as s ent , ad l yr am c anendo r ec i t ar e quodammodo i ns t i t uer i nt , quor um ar t i f i c es a s uo uer s u epi c i pr aec i pue di c ebant ur .
(Mei(1991)
.
112,
37–
113,
2).
というのも詩作品の1つの類があって,それは摸倣において詩行だけでいわ ば満足していたからである.もっとも,これらの詩作品も,あるとき詩人な り後の音楽家たちなりが,これに 節 をつけてリュラーに合わせ歌いながら朗
ふし
誦する(r
e c i t ar e
)ことを始めたようなのだが.その術者はその詩律から特に エポス家(epi c i
)と言われていた.13
16) パリスカは“ i l par l ar e”
を“ when s peaki ng”
と訳し,“per i l mez z o . . . l a
voc e”
をそれに続けて,“when s peaki ng t hr ough t he medi um and wi t h t he ai d of t he hi ghs and l ows of t he di as t emat i c voi c e”
としている(Pali s c a
(1989)
.
74).私の見るところ,“il par l ar e
(話し,すなわち歌詞)”
は“ vol e va [
単数形! ] f ar e i nt e nde r e
(わからせようとする)”
の主語で,“ pe r i l mez z o . . . l a voc e
(声の...手段によって)”
は“ i l par l ar e”
ではなく“ l o e s pr i me r e i nt e r ame nt e e t c on e f f i c ac i a
(それを残さず巧みに表現する)”
に 掛かる.上の訳はこの理解に基づいている.旋律が,詩の言葉の表現する 情動を高める有力な手段であるとする考えは,『古代旋法論』第4巻で表明 される旋律観と一致する.1560年1月20日付けメーイ手紙第28番f ol l .
208r -
209r
では“ i l par l ar ( e ) ”
が,『詩学』第1章でアリストテレースの挙げる詩作3手段の1つとしての
“ λόγος
(言葉)”
の意味で用いられている.津上(2015)の当該箇所参照.
9.ガリレーイ 1581年
中間的は言うに及ばず,音程的,連続的声種についての言及は,『古代音楽と 当代音楽の対話(Di
al ogo de l l a mus i c a ant i c a e t de l l a mode r na
)』に一切見ら れない.10.メーイ 1582年頃
E’ que s t e t ut t e c os e s i c ons i de r ano ne l l e qual i t à de l l a Voc e , l e qual i nas c ono da moui ment i , c he l a pr oduc ono. s on’ ques t i c omunement e due; l ’ uno è c hi amat o c ont i nouo e’ quas i c or r ent e at t o al par l ar e, e’ l ’ al t r o per l a gr andez z a e’
c e r t e z z a de ’ s uoi i nt e r ual l i ( di c e ndo hor ’ c os ì pe r e s pr i me r e pi ù appunt o i l t e r - mi ne δ ι αστ ηματ ι κὰ c ol qual e egl i er a c hi amat o dà gl i ant i c hi ) I nt er ual l at i uo e’
at t o à r i c e ue r ’ i nt e r ual l i e ’ ac c ommodat o al c ant ar e . A’ qual i due al c uni aggi un- s e r o anc or ’ i l t e r z o. s i c ome Ar i s t i de , Qui nt i l i ano appr e s s o i Gr e c i , e ’ pe r quant o appar i s c e per l a t es t i moni anz a di Boet hi o appr es s o i l at i ni , Al bi no. e’ ques t o ueni ua mez z ano t r à i due, c he s i s on’ det t i . del qual e es s i s pez z i al ment e s i s e r ui uono ne l pr onunz i ar ’ i l or ’ ue r s i ne l l e gge r l i . Ma l as c i ando que s t o da l ’ un’
de’ l at i , de’ duoi pr i mi i l c ont i nouo f à l e s ue i nt ens i oni e’ r emi s s i oni c he non appar i s c ono, non s i f e r mando e gl i i n al c un’ l uogo i ns i no à c hè s i t ac e . l ’ i nt e r ual - l at i uo oppos i t ame nt e f à s t anz a e ’ quas i bada ne l uoghi , doue e gl i pe r ui e ne ò s a- l endo ò s c endendo, f ac endo t r à l ’ uno e’ l ’ al t r o d’ es s i c ompar i r e di s t anz a mani - f es t a e’ di uer s a mut ando s c ambi euol ment e hor ’ ques t a hor ’ quel l a, c ol f ar ’ l e s t anz e e’ di mor e s ue i negual ment e maggi or i ò mi nor i ; e’ par i ment e mut ando di uer s ament e i l uoghi , e’ non s empr e nel modo medes i mo.
(Trat t at o di mus i c a. F- Pn, Ms Lat .
7209–
2, p.
20.
津上の翻刻)17)そしてこれらすべてのことは,声を作る動きから生まれる声の質において考 えられる.それは通常2つある.一方[の動き]は連続的と呼ばれ,話し(i
l par l ar e
)に向いたいわば淀みないものであり,他方[の動き]は音程の大き さと確かさから(古代人の呼んでいたディアステーマ的という用語をより正 確に表現するため,こう呼ぶとすれば)音程的と呼ばれ,音程を受け入れや すく歌い(il c ant ar e
)に適したものである.この2つに,たとえばギリシャ 人ではアリステイデース・コインティリアーノス,ラテン人では,ボエー14 「話す人を歌で摸倣する」
17) この未刊論考については
Pal i s c a
(1977).
39–
40およびRes t ani
(1990).
72–
75参照.ティウスの証言からわかる限り18),アルビーヌスのように,さらに第3のもの を加えた人もいる.これ[この動き]は上述の2つの中間を行くもので,彼 ら[古代人]は特に詩行を読むときの発音に用いた.しかしこれは脇に置き,
はじめの2つの動きのうち連続的なものは,上げ下げを目立たずに行なって,
無音に至るまでどこにも留まらない.それに対して音程的なものは,上がり ながらであれ下がりながらであれ,行き着いたところどころで停留しいわば 逡巡して,停留と逗留をそれぞれ大きくしたり小さくしたりしながら,その それぞれの場の間の音程を顕わし,この音程からあの音程へとさまざまに取 り替え引き替えする.また同様に場所をさまざまに変え,つねに同じしかた によるのではない.
11.Me
i
1580–
1594De ’ nomi de l l e c or de , US- R, ML
171. M
499n
には音程的,中間的,連続的声種 への言及が見られない19).12.Pe
r i
1600Onde, vedut o c he s i t r at t ava di poes i a dr amat i c a e c he per ò s i doveva i mi t ar ’ c ol c ant o c hi par l a ( e s enz a dubbi o non s i par l ò mai c ant ando) , s t i mai c he gl i ant i c hi Gr e c i e Romani ( i qual i , s e c ondo l ’ opi ni one di mol t i , c ant av a s u l e s c e ne l e t r age di e i nt e r e ) us as s e r o un’ ar moni a, c he av anz ando que l l a de l par l ar e or di - nar i o, s c endes s e t ant o dal l a mel odi a del c ant ar e c he pi gl i as s e f or ma di c os a mez z ana . . . . E per c i ò, t r al as c i at a qual unque al t r a mani er a di c ant o udi t a f i n qui , mi di e di t ut t o a r i c e r c ar e l ’ i mi t az i one c he s i de bbe a que s t i poe mi ; e c ons i - der ai c he quel l a s or t e di voc e, c he dagl i ant i c hi al c ant ar e f u as s egnat a, l a qual e es s i c hi amavano di as t emat i c a ( quas i t r at t enut a e s os pes a) , pot es s e i n par t e af f r e t t ar s i , e pr e nde r t e mpe r at o c or s o t r a i movi me nt i de l c ant o s os pe s i e l ent i , e quegl i del l a f avel l a s pedi t i e vel oc i , et ac c omodar s i al pr opos i t o mi o
15
18) メーイはここで,ボエーティウスが典拠として挙げるアルビーヌスの本文が現存しないことに暗に言及している.
19) 私がこの論考を調査したのは,イーストマン音楽学校のシブリー音楽図 書館蔵写本(Si
bl e y Mus i c Li br ar y , Eas t man Sc hool of Mus i c
)の写真複製 を通じてである.この論考の年代と内容についてはPal i s c a
(1977).
32–
33 および209; Re s t ani
(1990).
78–
80を参照.( c ome l ’ ac c omodav ano anc h’ e s s i , l e gge ndo l e poe s i e e t i v e r s i e r oi c i ) , av v i c i nan- dos i al l ’ al t r a del r agi onar e, l a qual e c ont i nuat a appel l avano. . . .
(LeMus i c he di Jac opo Pe r i Nobi l f i or e nt i no s opr a L’ Eur i di c e , “ A’ Let t or i ” . =Sol er t i
(1903)
.
45–
46).
そこから,それが劇詩であり,しかも話す人を歌で摸倣しなければならない
(そして,疑いなく,歌いながら話した人は1人もいない)ことがわかった ので,古代のギリシャ人とローマ人が(多くの人々の意見では,彼らは悲劇 全体を舞台上で歌っていた),通常の話し(i
l par l ar e
)の 節 ふしを上回りながら,歌い(i
l c ant ar e
)の旋律をかなり下回る結果,中間物の形をとるような1つ の 節 ふしを用いたのだと私は判断した....そこで私は,これまで聞かれたどん な歌唱法も打ち棄てて,これらの詩にふさわしい摸倣の探求に全身を捧げた.そして私は,古代人が歌いに割り当て,ディアステーマ的(いわば,引き延 ばされ,宙づりにされた)と呼んだこの種の声が,時折,彼らが連続的と呼 んだ,議論するときに使うもう一方[の声の種]に近づいて,速まり,歌の 宙づりになった遅い動きと語りの淀みなくすばやい動きとの間の,ほどよい 流れを取って,私の目的に適する(彼ら[古代人]も詩と英雄叙事詩を読む 際にこれを援用したように)のではないかと考えた....
メーイの初期論考のうち,トスカーナ語韻文に関するもの(第5番)およ び散文に関するもの(第6番)の当該箇所について注釈すれば,トスカーナ 人に対する古代人が詩文をいかに発音したかを論じる中で,たしかに彼はそ れを「中間的(me
z z ana
)」と見なしており,「古代音楽[理論]家たち」をこ の理解の支えとして引き合いに出している.しかしどちらの箇所においても,彼はそれが誰なのかについてこれ以上の情報を提供していないばかりか,こ の種の声を用いる詩種を挙げてもいない.それどころか,第5番では,1つ の声種をギリシャ語原語で
“ δ ι αστ ηματ ι κή
(音程的)”
と名指し,その暫定的イ タリア語訳“ i nt e r v al l at i v a
(音程的)”
を付すが,他方の種であるσυν ε χ ής
(連 続的)には言及していない(“c or r e nt e
(流れる)”
は直訳ではなく,むしろ一 種の内容説明である)ことからして,古代の声種理論をそのものとして持ち 込むことに消極的であるようにさえ見える20).第6番では,“una mani er a
16 「話す人を歌で摸倣する」
20) この論考が書かれたのは,メーイが古代の音楽と音楽理論の研究に乗り
me z z ana [ de l l a voc e ]
(1つの中間の[声]種)”
の両側に控える2つの声種に ついてひと言も述べていないことに加え,古代の声種理論そのものを議論の 筋に無関係として早々に「脇に置」いている.これらのことから,ここでの「中間」声種への言及が,トスカーナ人の発声と対比するための付加的挿入に 過ぎないことは明らかである.同様に,初期メーイにおいて,「中間的」声種 が,単に韻文という以上に,叙事詩や悲劇のような特定の古代詩種と特別の 関係をもつことがないという事実も明らかになった.
1573年の発言(第8番)において,メーイはアリストテレースの詩作3形 のうち,まず詩律のみを用いる叙事詩に言及する(下の表4の1番).それ に続く文(113
,
2–
10.本論では引用しない)では,もうひとつの形すなわち 詩律,旋律と「リュトモス」の3手段すべてを動員するものとして,悲劇と 喜劇における踊るコロスの部分が挙げられる(表4の3番.メーイの解釈で は,この「リュトモス」は踊りを意味する.それに対してコロスが「立って いる」とは,踊らないことを意味する21)).第3の形は「エレゴイ」および 悲劇と喜劇の部分でコロスが「リュトモス」を用いないもの(表4の2番.113
,
10–
14)である.このようなアリストテレースを踏まえた議論展開,お よび「もっとも...」という但し書き的表現22)から,この発言における叙事詩 の「朗誦」への言及が,それ自体独立したものではなく,第1形に関係する 付加的なものであることは明らかである.おそらくメーイは,英雄詩すなわ ちエポスを中間声種の用途として引いたボエーティウス(上の引用第4番)への敬意を表するために,この注記を加えたのであろう.このことから,メー イがボエーティウスの3声種理論を,それを知る読者にかすかにほのめかし
17
出す1551(または1561)年より前のことであったことも忘れてはならない.Pal i s c a
(1977).
27–
29および(2000)を参照のこと.21) 津上(2015).第5章参照.
22) この部分はパリスカの翻訳では1つの独立文とされている(上の引用第 8番でも,日本語訳の都合上,独立文とした)が,メーイの自筆本では,
引用部分の始めから終わりまで続く,より大きな文の一部である.
たとは言えても23),彼がこの理論を理論として提示したとは到底言いがたい.
メーイはこれをアリストテレースの詩作手段論と関係づけようとはしていな いし,また『古代旋法論』のどこでも声種に言及していない.引用部分がい かなる意味でも直接悲劇に関係しないこともまた明らかである.彼の発言は,
表2の形に合わせて,次の表4のようにまとめられる(喜劇とエレゴイは省 く).
Tr
at t at o di mus i c aの一節(引用第10番)も若干の注釈を要する.第1に,
この文脈は純理論的である.メーイはこの論考で,音,音程,音階などの定 義を以て音楽の理論を始めている.「声の質」が導入されるのは,その一項
18 「話す人を歌で摸倣する」
23) 私としてはむしろ,ノモイの形式変化との関係でこの発言をとらえるべ きだと考えている.ノモイは,メーイが『古代旋法論』の直後の箇所
(114
,
13–
115,
19)およびTr at t at o di mus i c a
の一節(下の注24で引く)で 述べるとおり,最初,英雄六脚律すなわちエポス(ἔπος
)の形式から出発 し,後に様々の詩律・音楽形式を採るようになった.また“ a s uo ue r s u
(そ の詩律から)”
という一句にも注目しなければならない.なぜなら,叙事詩 すなわちエポス(ἔπος
)は「古代の純詩律的定義において,...ヘーシオド スの教育詩やソークラテース以前哲学者たちの哲学詩のような作品をも包 含した」(Hornbl owe r and Spawf or t h
(2012). s . v . e pi c .
下線津上)からであ る.これには当然初期のノモイも含まれる.おそらくメーイはこの一句を 添えることで,ボエーティウスの発言にある「英雄たちの詩」すなわちエ ポスをノモイと同一視しようとしていたのだと考えられる.すなわちノモ イは,当初「詩律」の上で「エポス」であった(したがって「詩行だけで いわば満足」するものであった)が,後に音楽詩として「歌」われるよう になったことになる.表4 我々の『古代旋法論』解釈による詩作手段,発声法,詩作ジャンル 詩作ジャンル 発声法
詩作手段
叙事詩 語り
1.詩律のみ
悲劇(俳優と立っているコロスの部分)
歌唱 2.詩律と旋律
悲劇(踊るコロスの部分)
歌唱 3.詩律,旋律と「リュトモス」
目としてである.その結果,その説明は比較的短く(原語で217語),直後に は楽音の上げ下げという別の項目が置かれる.第2に,メーイの考えでは,
中間声種は,「或る人々(al
c uni
)」が第3のものとして加えることがあっても,「通常(c
omune me nt e
)」は取り上げられない.彼がこの声種を議論から外す と明言する(“l as c i ando que s t o da l ’ un’ de ’ l at i ”
)のは,このゆえである.こ のことからわかるように,中間声種は重要度において,他の2つと比べるべ くもない.第3に,「叙事詩(ve r s o e r oi c o
など)」はこの文脈に出現しない24). このことが意味するのは,声種理論と叙事詩という2つの観念が,異なる脈 絡に属するということである.第4に,Trat t at o
における古代悲劇発声法の 説明には,中間声種への言及が見られない25).これらのことから,中間声種 に関する付随的言及はあるものの,Trat t at o
のこの部分の議論は叙事詩の歌 唱と,まして悲劇に関する彼の見解と無関係であると結論してよい.19
24) この概念がTr at t at o di mus i c aで出現する脈絡は,悲劇とは何の関係も
なく,前注で触れたノモイ(l
a nomi c a
)の初期段階における発声法に関係 する.またこれは声種とも関係しない.当該箇所は次のとおりである.“l a qua l e [ s c . l a No mi c a ] pi ù t o s t o c o ns e r uò l ’ us o de l pa r l a r ’ , c he e r a us a t o ne l l ’ a n- t i c o, c he l a quas i f ac c i a de l ue r s o. Pe r c he i c ompos i t or i ( c he i n que l l ’ e t à e r an’
c omuneme nt e poet i e’ mus i c i i ns i eme ) uol endo c i as c uno aggi ugni r ’ qual c he c os a di nuouo al l ’ ar t e e’ f ar l a per di r ’ c os ì pi ù r i c c a per pot er ’ c on pi ù c om- modi t à e ’ c on pi ù c ope r t a quas i s c us a ual e r s i di qual bat t ut a di r yt hmo be n’
l or ’ t or nas s e , e ’ s c ambi ar l a e ’ uar i ar l a s e c ondo c he pi ù l or ’ ue ni ua i n t agl i o, uenner ’ à poc o à poc o al l ar gandos i dal l a f or ma ant i c a, e’ dà quel l o s t r et t o obbl i go de l doue r ’ , c ome i ns i no à t e mpi l or o s ’ e r a i nui ol abi l me nt e mant e nut o f e r mo, haue r ’ s e mpr e ue r s o he r oi c o. ”
(Trat t at o , pp.
98–
99.
)25) この点にもっと近い記述は次のとおりである.“
Per c he l a Tr agedi a, e’
que l l a t al ’ c omme di a e ’ l a s at yr a non s e ne [ s c . i l c ant o e ’ i l s uono, l a bat t ut a
del Ryt hmo, e’ i l uer s o] ual euan’ c ongi unt ament e s empr e per t ut t o, c ome
auueni ua nel l ’ ode. c onc i os i ac he nel r ec i t ar s i i per s onaggi di ques t i poemi
non c onc or r e ua l a bat t ut a de l Ryt hmo pe r l a danz a, pe r non ui haue r ’ que s t a
al l hor a l uogo ( c ome è c r edi bi l e) c onueni ent e; ma s ol ament e i n quel l a s ol a
par t e de l c hor o, c he non e r a s t abi l e . ”
(ibi d. p.
98)しかしメーイが俳優の部 分とコロスの「非静止」ないし踊りの部分とを区別しているのは,声種の 違いではなく,リズムの違いによってである.これらの材料は次の表にまとめられる.表では当該語を原語で引き,当該 部分で中間声種の用法として報告されるものを加える.括弧は,囲われた語 が同じものを指しながら,原語の直訳でないことを示す.
ここから次のことがわかる.
(1)メーイのいずれの文書も中間声種と叙事詩を関係づけていない.
(2)表のいずれの文書も中間声種の用法として古代悲劇を名指していない.
(3)パリスカの見解に反して,メーイがガリレーイに中間声種の観念を伝 えた形跡はない.
(4)メーイの1582年頃の論考(引用第10番.これがメーイの全文書中,最
20 「話す人を歌で摸倣する」
表5 発言のまとめ,年代順
中間声種の用法 中間的
連続的 音程的
なし なし
συνεχήςδιαστηματική
1.アリストクセノス
ποιημάτωνἀναγνώσεις μέση
συνεχής διαστηματική
2.アリステイデース
c ar mi na c unc t a me di um
c ont i nuum di vi s um
di as t e mat i c a 3.マルティアーヌス
he r oum poe ma me di ae
συνεχής
c ont i nua
διαστηματικήi nt e r val l o s us pe ns a 4.ボエーティウス
ve r s o me z z ana ( c or r e nt e )
διαστηματική
i nt e r val l at i va 5.メーイ1540年代初期
ve r s o me z z ana ( par l ar ’ c or r e nt e ) ( c ant o)
6.メーイ1540年代初期
なし c ont i nua なし
di as t e mat i c a i nt e r val l at i va 7.メーイ1572年
なし なし なし
なし 8.メーイ1573年
なし なし なし
なし 9.ガリレーイ1581年
ve r s i me z z ano c ont i novo
( c or r e nt e )
διαστηματικὰi nt e r val l at i vo 10.メーイ1582年頃
なし なし なし
なし 11.メーイ1580 – 94年
l e poe s i e e t ve r s i e r oi c i me z z ana
c ont i nuat a di as t e mat i c a
12.ペーリ1600年
もペーリに近い)の用語に比べて,ボエーティウスの用語の方がペーリの用 語 に 一 層 近 い.事 実,メ ー イ と ペ ー リ に 共 通 の 用 語(δι
αστ ηματ ι κὰ - di as t e mat i c a, c ont i nov o- c ont i nuat a, me z z ano- me z z ana, v e r s i - v e r s i
)に加え,ボ エーティウスにはペーリの“ e r oi c i
(英雄的)”
に対応する“ he r oum
(英雄たち の)”
が見られる.この差は重要である.なぜなら,やはりボエーティウスに 依拠しているメーイが共通の用語を使ってもよかったはずの状況において,有意差の目盛は細かくなり,たった1つの語の有無が,出典を同定するに十 分な意味を持つと考えられるからである.
私はこのことから,ペーリが依拠したのはボエーティウスであると結論し たい.そうであるとすると,ペーリがこの音楽理論の権威中の権威(ボエー ティウス)に接近する経路は幾通りも考えられる.たしかに,ペーリがこの 知識を得たのがメーイを通じてである可能性はある.すなわち,前者が後者 のいずれかの文書で中間声種の観念に出会い,叙事詩朗読に用いられるとし てボエーティウスがこの声種に言及していることを思い出し,かくしてそれ を新歌唱形式に応用することを思いついた,というわけである.しかしこの 過程におけるメーイの役割は,もしあったとしても,せいぜい想起のきっか け作り(r
e mi nde r
)であって,到底媒介者とは言いがたい.上の事実(2)は,ペーリの理論に関してだけでなく,オペラ形式創出にお けるメーイの役割に関しても,重要である.なぜならこれは,半ば歌であり 半ば語りである中間的声種が,メーイの古代悲劇像に含まれないことを確証 するからである.中間的声種を除外すると,メーイにおける歌唱の 種 として
しゅ
は,唯一音程的声種が残る.彼は,古代悲劇がある毅 毅意味で歌われた,ではな く,全き
毅 毅
意味で歌われた,と述べているのである.
表3で示したメーイとペーリの理論の対応は,これに応じて修正されなけ ればならない.もしペーリのモデルにおいて,劇展開が主としてレチタティー ヴォに担われるなら,それはほぼ,メーイの古代悲劇像における俳優の部分 に相当するはずである.そしてもしメーイの古代悲劇像において歌唱の種が 1つしかないのであれば,ペーリの言う「歌」も,その種に属するほかない.
結果として,ペーリの「歌」はレチタティーヴォと同じ範疇をなす.このよ うな考察は次の表6にまとめられる.
21
結 論
本論の問題は,「ペーリはレチタティーヴォ理論について何をメーイに負っ ているか」という問いに収斂する.それへの答えは次のとおりである.ペー リはメーイに(1)古代悲劇が終始歌われたとする前提を負っているが,(2)
叙事詩との関係における「中間的声種」の観念は,ガリレーイを通じてさえ,
負っていない.また(3)この声種を古代悲劇に結び付ける着想も負っていな い.(2)について我々は,ボエーティウスがペーリの典拠であると判断した.
しかしでは,厳密に見て,ペーリはボエーティウスに何を負っているのだろ うか.
ボエーティウスは,声の本性にかかわる理論的な脈絡で3声種を論じるの に対して,前出序文におけるペーリは音楽劇におけるその実践的使用の観点 からこれを見ている.彼はそれにつき,「...私はこれ[中間的声種]がギ リシャとローマの劇で用いられた歌唱の種であると主張するほど大胆にはな れない」と率直に語っている26).ペーリは古代の3声種理論を受け入れなが ら,古代劇の朗誦法ではなく,詩,とりわけ叙事詩の古代的朗誦法を,自ら の新しいレチタティーヴォ形式の直接の範としたのであった(第1章で見た ように,この方が彼には容易な道であったと思われる).言い換えれば,古代 劇で俳優の部分がいかなる歌唱法で発声されたかを,彼は明らかにしようと
22 「話す人を歌で摸倣する」
26) Sol
e r t i
(1903).
47.表6 我々のメーイ解釈による発声法,声種,詩作ジャンル.ペーリのレチタティー ヴォ理論と対応させて
ペーリの理論 詩作ジャンル
声種 発声法
語り 叙事詩
連続的 1.語り
レチタティーヴォと歌 悲劇(俳優と立っている
コロスの部分)
音程的 2.歌唱
なし 悲劇(踊るコロスの部分)
音程的 3.踊りながらの歌唱
はしていない.おそらく彼はそのような学究的な問題に興味がなかったので あろう.結論として次の表が得られる.
表からわかるとおり,2人の著者は3声種という枠取りでは一致しながら,
その内訳では一致していない.ペーリは古い革袋に新しい酒を注いだ.しか しそれは,全オペラ創造がその上に築かれるほど多産であった.
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23
表7 ボエーティウスとペーリの対応ペーリの レチタティーヴォ理論 ペーリの古代悲劇観
ボエーティウスにおける 声種 その用法
語り なし
散文 1.連続的
レチタティーヴォ 無関心
英雄叙事詩の朗読 2.中間的
歌 悲劇の歌部分
歌 3.音程的