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巻 頭 言

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Academic year: 2021

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    巻 頭 言

副院長 小 川 隆 義

 最近の医療制度の変革には目覚ましいものがあります。DPCの導入による入院期間の短縮、

医療係数を基にした病院群の分別や病院ごとの高度急性期、急性期、回復期、慢性期病院へ の仕分けとそれに伴う診療報酬の制定、地域ごとの病床数の削減、介護施設・老健施設の増 設と在宅療養の推奨、地域包括システムへの推進などです。これらはすべて少子高齢化や医 療の進歩に伴い増大しすぎた医療費抑制のために急遽行わざるを得ない政策と思われます。

 戦後日本の高度成長期時代、病院は病人の治療を行う一方、慢性疾患を抱えたお年寄りを 収容する介護施設・老健施設といった役割も負わされていたように思えます。1983年レーガ ン政権下に米国では見込み支払方式(現在のDPC)が創設され、病気ごとに入院期間、治療 費が決まっていると知らされた時、「米国には国民皆保険制度がなく、医療費や入院費が日本 に比べ極めて高いために制定されたもので、日本には合わない」と思ったものでした。例えば、

重症の糖尿病患者が虫垂炎になったら合併症も多く、入院期間が長引けば病院に損益が出る ようなことも考えられ、極端な場合は患者拒否ということもあり得ると思ったからです。

 実際に米国では①引き取り体制が整わないまま早期退院になる②支払い能力などを理由に 私立病院での診療拒否、低所得患者が殺到する公立病院のサービス低下③外来手術への変更 による体力的な患者負担④家族へのシワ寄せ(フィラデルフィアでは早期退院した老人の世 話をするために仕事を辞めた女性は28%に達するとの報告もある)⑤重症、症状不安定な患 者が嫌われる等の問題が起こりました。米国では現オバマ政権でも国民皆保険制度が答申さ れましたが却下されています。

 そもそも日本の医療保険制度は、昭和 2 年の大正時代の労働運動の対応策としての健保法 の実施、昭和13年の農村恐慌による農村の崩壊対策としての国保法の実施を経て、健民健兵 政策に利用された経緯がありました。現在の国民皆保険は、昭和21年の新憲法第25条に掲げ られた「国民の健康で文化的最低限度の生活の権利、国の社会福祉、社会保障、公衆衛生の 責務」等を基に昭和36年に制定されました。

 国民皆保険制度は世界に誇れる医療制度と思います。医療費抑制という問題は避けて通れ るものではありませんが、今後米国で起こったような問題が起こらないよう考えていく必要 があると思います。特に今年度からは地域包括医療が始まります。家族への負担が増加しな いよう、DPCの推進と介護システムが一体となって動いて行くように注意する必要があると 考えます。

参照

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