軍 需 工 業 に 封 す る 陸 軍 の 會 計 統 制
木村重
我望
六 五 四 三
総論ー縄理統制と會計統制
軍需工業動員法より國家総動員法へ
原債計覚要綱(昭和十四年)︑'
財務諸表準則と販賓利盆率統制(昭和十五年)
経螢比較的會計諸要綱(昭和十六年)
皿結雪ロー陸軍の卒先垂範 一
総論‑経理統制と會計統制
︑
︑企業の會計の機能は近頃まで殆んど企業個禮に關してのみ考へられて來た︒即ち會計の企業に封する任務は
航海計器の船舶に於けるが如父で︑︑時には更に自動操舵機の役を果し︑斯くの如きものなくとも船は機關と操
軍﹂需工業κ野する陸軍の會計統制(木村)̀三五五
三五六
縦者とがあれば航海し得るが︑それは近代の船舶には實際上獣くべからざるものである如く蕩會計は企業の存
立のために獣ぐべからざるものなのである︒會計に擦つて始めて︑企業経螢の結果が明確に表現され得るとい
ふことに於てそれは大規模企業の存在を可能ならしむるもので︑會計は分配され得る利釜金を確定するヒとに
よつて投資者に仕へ︑・経螢者に封しては如何なる鐵が彼の注意を要請しその庭置や指揮を待つてゐるかを明示
する︒此等は誰にも知られてゐることで今更読明を要しない︒斯くして右の目的のために経螢の會計制度を如
何に設定すべきかは経螢者の自由で︑経螢者は己が利釜や便宜に導かれてこれを爲せばよかつたのである︒た
だこのために経螢者は會計學者の組織的研究結果を採り入れなければならないことは當然であつたが︑學者の
研究も右の範園をあまり出なかつた︒しかし企業の會計も次の如き二︑三の窯に於ては既に會計主罷たる価々
騨の企業の立場のみの考慮から離れた更に廣い観野に入れられてゐたのである︒例へばその一は商法に於ける會
計規定ー商業帳簿に關する規定︑株式會肚の年女決算書類に關する規定等ーであり︑企業に封する國家の
監督の最少限程度の︻表現であるが︑尚何等企業活動自艦への積極的且實質的の干渉乃至指導を意味した竜の
へではない︒また貸借封照表・損釜計算書・原債計算等の準則なるものが商工省に於て昭和五年以來相次いで立
案され制定されたが︑それな財務及び経螢諸活動の合理性を増すことにより特に不況時に於ける困難に封塵す
る基本的手段の一つを提供せんとするものであり︑この準則の探用・實施については純然たる渤告がなされた
のみで強制的・統制的のものではなか,つた︒‑しかもこれ等の準期に刺激されて伺じ産業部門に屡する聯合會と
か組合とかが自らの統一的會計方法を制定するといふ事實も見えなかった︒更に︑企業相互の経螢比較はやは
ゆこの数年來學者に依つて盛に研究されてゐて︑會計學領域に於ては超個別維螢的な特性を有す齢問題である
が︑これも實際界に於ては未だ格別に取り學げられてゐなかつた︒しかるに近頃忽いたつて此等企業の會計に
關しても新らしい攣化を見るのである︒欧米諸國に於てはこの黙は少し異るであらう︒前九職及び職後に際し
・て既に高度の統制維濟を饒儀なくされた時に本稿が取扱はんとする如き問題も大盟既に考へられ試みられた事
に薦する︒しかし我國に於ては幸か不幸か諸般の経濟統制が近頃に於ては殆んど始めての経験である如く︑企
業の會計に封する統制も始めてである︒・
今我汝︑國民経濟が眼前に於て鍵質しつ玉あるを見るのである︒自由経濟から計書経濟への方向に︒この攣化
が國民の意志から猫立のものであるか否か︑また一時的のものであるか否かは知らない︒一時的であるか否か
ーはそれを確あることのできる程長年月を経た後でなければ誰にも言へない︒しかし少くとも現在の國情に於て
は計畳的経濟の方法が合理的であり︑そしてその弊害が最少限度である様にそれ自身の方法に於て徹底しなけ
ればならないゆこの立場から見るときは,國家の物的生活即ち画民の衣食佳も本當の意味のオイコノ︑︑︑アの下
ノに在らねばならないと言ふべきであり︑國民はぴとりの人の如く立ち上り得ぬまでも︑一つの経螢の如くにベ
トライベンされなければならない︒計書経濟はその窮極に於て確に個別経螢的に運螢されるべき黙を有し︑こ
の意味で個別経螢の會計は計書経濟に於ける縷濟計算に繋がりをもつらしい︒現在の方法による國家の財政は
軍﹂需工業に野・する陸軍の會計続制(木村)ミ五七︑
三五入
寧ろそれに共通黙を有たない︒経濟計算に偲別経螢の脛螢計算の方法を直接に當て嵌めやうとする様な粗雑・
素朴な考へはもとよの瞳ふべきであらう︒しかし計書経濟への道程に於て國民経濟は個別経螢の経理を統制し
なければならないし︑.如何なる程度に申央集構的な統制方法であるか・により異るとしても︑個別経螢は次第に
その運螢上の猫立を弱めるであらうし︑少くともその維螢計算は窮極に於て完全に計書経濟的経濟計算と有機
的に蓮關してゐなければならない︒r
國家の企業に封する統制はもしその直接の封象を匠別するならば之を次の三つに分つを得るであらう︒即ち
第一は経螢計算に封する統制であり︑會計方法を規定するともふ方法による︒第二は経螢活動自禮に封する統
制であり︑資金の獲得・勢務者の庸傭等の維螢政策・便格及び販費政策㌔製造方法の技術的選鐸・資材獲得の
方法等に干渉し之を規定するといふ方法による︒その第三は自由経濟時代の謂はば企業罐に封する統制であつ
て︑企業の存慶・統合・企業利釜の塵分方法等を強制する方法に依る︒この三者の匝別は本稿の目的に即tて
読明の便宜上設けたので必しも理論的のものではない︒企業當事者にとつては統制の塵迫力を右の第一・第
二・第三の順に後ほど彊く感するであらう︒何とならば第一の︑會計統制ともいふべきものは唯會計方法を規
定するもρであり︑簿記技術的外殻の問題であるからである︒そして企業家の主として私釜的見地からいへ
ば︑第三の企業資本の自由庭分が制限され叉利盆の分配方法が規定されるといふ統制は︑その最も苦痛とする
所であらうからである︒しかし此虚に所謂﹁會計統制しも軍なる會計方法自艦の無意味な統制を言ふのではな
ピく︑何のために會計方法を統制するかの目的と關聯して之を考察しなければならないコ先に述べた自由経濟時
代の會計方法準則類も無目的なもので在る筈なく國民経濟及び個別経螢の利釜のために設けられたと稻せら
・れ︑しかし主として個別経螢の利釜を増進するといふ名目の下に勧められたのである︒不況時にあつたに拘ら
ノミなす︑自主的統制にさへ徹底し得なかつた企業者間にそれは性質上當然無力であつたゆしかし現経濟状態に於て
は國家はその現目的達成のために企業を多くの方面から統制しなければならないものであることは極めて明白
であるが︑そこには必す實質的目標がある筈で︑﹁會計統制﹂は第二の経螢統制のため及び第三の企業統制の
た︑めの手段として意味があるのであるo
'現實の具艘的な企業及び経螢に關する考量が眞に有敷である爲には取扱はれるすべてのものが激量的に表現
されてあるべきことが要求され其塵に︑経螢計算の問題があ抄︑経螢計算の内容は企業及び維螢の重要事項で
ある︒そこでこの重要問題を統制する一方法として會計統制が行はれるのである︒経螢計算をその外形たる算
数法・簿記・貸借封照表等に關する考察からもつと透徹して︑上述の如く︑その實質的野象に關聯せしめて言
ふときに︑之を﹁経理﹂といふ語の概念とするは不適當ではないだらう︒例へば原債計算はh會計L概念に全
部包括され得ない概念であるが工業の﹁維理﹂といふ概念に包含され得る︒豫算統制も賃銀支彿制度も員捲租
税の問題も最後の綜括記録は會計の任務であるが︑詳細な實際計算を考慮に入れた概念はやはり﹁経理﹂であ
るβ﹁緬邸﹂は會計の別構である﹁諦理﹂とは匠別されねばならないことは言ふまでもない︒昭和十五年勅令
軍︑需工業に封する陸軍の會計統制(木村)三五九
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六百八十號﹃會就繧理統制令﹄は﹁計理b統制令ではなく︑會肚経螢資金の獲得及びその適用の重要黙に就い
ての比較的詳細なる政府の實質的統制を規定してゐる︒
本稿は陸軍が軍需工業の経理を統制せんがために設けた規定にして︑しかも主として會計技術的規定である
所のものを検討せんとするのであつて︑ために會計學的な問題に論黙をもつのである︒経理の統制は︑もしそ
れが實敷を充分に有することが欲せられるならば︑理論上先づその基礎として會計の統制を充分に行はなけれ
ばならない︒経理統制に於ても會計統制に於ても今次非常時経濟に際して陸軍の軍需工業統制は政府の一般産
業統制に先鞭をつけ先駆しつウ在るのである︒本稿の目的は民間軍需工場に封する陸軍の會計統制の方法を検
討するにあるが︑その規定が如何なる程度に實際に途行されつ瓦あるか︑遺憾ながら全般的には判明して居ら
ない︒それはかなり專門的な事項に属し又軍事上の機密に關する事でもあつて︑我々局外者には充分窺知し難
い︒ただ陸軍當局として軍需工業の範園内に適用する可能性ある︑叉現に適用されてゐると推測できる會計統
制諸規定の主要なるものが知られでゐる︒そしてそれは一般企業に蜀する會計統制の先縦としで大きな力があ
ると考へたことが︑筆者をして筆を執らしめた動機の大な惹ものである︒この會計統制を軍部の理想主義的な
牽先性を表現したもので︑從來ただ學者机上の理論であつた所︑叉は試験的にのみ實施されてゐた所をも取り
畢げて廣い範園に實施する實行性は少くともとかく溝極的であつた會計實務やまた會計理論に封して良い刺戟
であゐb