運動パフォーマンスに及ぼす重要な他者の存在と
自己効力感の影響
磯 貝 浩 久
The Effects of Significant Other and Self−Efficacy on
Motor Performance
緒言
運動学習場面でより良いパフォーマンスを発揮することに関連して、遂行す る運動課題に対しての認知の重要性が強調されてきている
遂行を改善することに関する認知的な諸概念の代表的な概念の一つに自己効 力感(self−efficacy)がある。
この自己効力感はBandura2) 3) 4) 5)が社会学習理論を展開する中で重要 な要素の一つとして提唱した概念である。彼は、「人は単に刺激に反応してい るのではない。刺激を解釈しているのである。刺激が特定の行動の生じやすさ に影響するのは、その予期機能によってである。」と述べ、人の認知機能の重 要性を説くと共に予期機能を二種類に分類した。一つは環境の出来事について の予期であり、もう一つは自己の行動についての予期である。
前者は、行動と結果との関係の予測因として、すなわちある行動がどんな結果 を引き起こすかという結果予期として捉えられ、そして後者は適切な行動をう まくできるかどうかの予期、すなわち効力予期として捉えられこの効力予期の ことを自己効力として概念化している。つまり、自己効力感とはある課題が自 分にできるかどうかといった確信のことをいう。
さらに、彼は自己効力の形成に影響する要因として、遂行行動の達成、代理 経験、言語的説得、情動的喚起の4つの情報源を指摘している。
自己効力感に関する実証的研究は様々な分野で行われている。
例えば、治療場面では対人恐怖症14)、広場恐怖症6)、高所恐怖症23)、視線恐 怖症16)などの治療に用いられ、自己効力の改善にともない遂行レベルも上昇 することが確認されている。また、学習場面では、Schunk20)らが自己効力が 向上することによって数学のテストの得点が増加することを報告している。
運動・スポーツ場面でも自己効力感に関する研究は数多く行われている。例 えば、Ryckman19)は反応時間課題で、 Gayton11)らはマラソン競技で、 Lee15)
は体操競技で、Barling7)らはテニスで、 McAuley17)はゴルフで自己効力感と パフォーマンスの間に相関関係を見いだしている。そのほか多くの研究は自己 効力感が高い者ほど運動パフォーマンスが向上することを示している8) 9)・
10)、12)
o
これらの研究から、自己効力感とパフォーマンスの関係はかなり確かめられ ていることがわかるが、しかし、どのように自己効力を形成させるかといった 視点からの検討はまだ充分なされていないことがうかがえる。
運動学習場面でこの自己効力感をいかにして高めるかを考える場合に、他の 学習者、あるいは教師の存在の仕方の相違に焦点を当てることができよう。授 業場面で運動を遂行する時には、他の学習者や教師が存在しており遂行者に何
らかの影響を及ぼすものと思われる。
第三者が運動遂行者に影響を及ぼすことはTriplett22)、 Allport1)、 Zajonc24)
ら多くの研究者によって確かめられており、一般に社会的促進(social faci−
litation)と言われている。社会的促進は、受動的な見物者の存在から起こる 行動の影響としての見物効果と、別々に行為している他者の存在から起こる影 響としての共同動作効果に分類される。また、他者の存在も単なる他者でなく パフォーマンスを評価する重要な他者の存在がより運動遂行者に影響を及ぼす
とされている。
これら社会的促進に関する研究の知見を参考に、運動学習場面で他者の存在 を分類すると、1)教師、2)教師と学習者、3)学習者同士に分けられ、さ らに、教師、学習者はパフォーマンスを評価できるという点で運動遂行者にとっ て単なる他者でなく重要な他者として捉えることができる。
ここで重要な他者と自己効力感と運動パフォーマンスの関係を整理すると次 のようになる。すなわち、自己効力感は、重要な他者に対しては操作・誘導さ れるという点では従属変数であるが、次のパフォーマンスの予測因としての機 能が認められている。したがって、自己効力は重要な他者という独立変数と運 動パフォーマンスという従属変数を結ぶ媒介変数として捉えられる。
そこで本研究の目的は、重要な他者と自己効力感が運動パフォーマンスに効 果的影響するかどうかについて、自己効力感を重要な他者と運動パフォーマン スの媒介変数として捉えて相互の関連を以下の仮説を設定し検討することとな
る。
1)重要な他者の存在の相違が運動パフォーマンスに異なった影響を及ぼす。
2)重要な他者の存在の相違が自己効力感に異なった影響を及ぼす。
3)自己効力感から運動パフォーマンスを予測することができる。
4)重要な他者の存在と自己効力感と運動パフォーマンスの間に一貫した関 連性が認められる。
方法 1.披験者
披験者は九州工業大学情報工学部において体育実技1を受講している男子大 学生54名である。
2.実験時期
実験は平成4年6月の体育実技の時間及び授業終了後に行った。
3.測定内容 1)運動課題
本研究で用いた運動課題は的当課題(ダーッ投げ)である。
的当て課題は、小筋運動であり、また協応的動作が要求されるため心理的 側面の影響を受けやすいと考えられる。また、披験者が比較的興味を持っ て行える課題である。
具体的には、3m離れた位置から直径30cmの円の的に向かってダーッを投 げ、中央が5点で外側に行くにともない1点ずつ減点し(的の外側は1点)、
的を外れた場合は0点とした。10投を1試行として得点を計算した。
2)自己効力感
Bandura5)は運動場面での自己効力感について、その行動を達成できるか どうかあるいは確実な成績を上げれるかどうかの確信であるとしている。
このことから、次に行われる運動課題に直接的に関与する自己効力感を測 定することとした。具体的には、「あなたはつぎの10投で何点取れると思 いますか。」という質問に対する得点を自己効力感として捉えた。また、
その得点に対する主観的確率も測定した。
3)教師・生徒に対する認知
教師あるいは生徒を重要な他者として認知しているかどうかについて質問 した。
4.実験手順
(1)披験者は、教師群(運動課題を行う時に披験者と教師が存在:21名)、
教師・学生群(運動課題を行う時に教師と他の学生が存在:16名)、学生 群(運動課題を行う時に他の学生が存在:17名)の3群にランダムに振り 分けられた。
(2)披験者に的当て課題の行い方が説明された。ただし、技術に関する事項 については説明されなかった。
(3)練習試行(3投)後、第一試行(10投)が行われた。
(4)第一試行終了後、KR(結果の知識)が与えられ、次に自己効力感と教師・
生徒に対する認知が測定された。
(5)最後に第二試行(10投)が行われた。
結果と考察
まず、教師群、教師・学生群、学生群の3群の的当て課題の技能差を検討す るために、試行1の得点について3群間の分散分析を行った。
その結果、表1に示すように、F=2.238、 P=.117で3群に有意な差がない ことが認められた。このことから、3群の的当て課題の技能は同レベルと見な すことが出来る。すなわち3群は等質グループであることが示された。
Table 1. One factor ANOVA on the pre−test
Source l DF: Sun Squares: Mean Squares: F−test
Between groups 2 207,544 103,772 2.2382
Within groups 51 2364.6042 46.3648 P=.117
Total 53 2572.1481
1)重要な他者と運動パフォーマンス
重要な他者としての各群と運動パフォーマンスの変化を検討するために試行 2の得点について3群間での分散分析を行った。
その結果、表2に示すように、Fニ7.443、 P<.01で有意な差が認められた。
Table 2, 0ne factor ANOVA on the post・test
Source: DF: Sun Squares: Mean Squares: F−test
Between groups 2 424.7395 212.3697 7.4426
Within groups 51 1455.2605 28.5345 P=.0015
Total 53 1880
次に、どの群とどの群の間に差がみられたかを検討するために、Scheffeに よる多重比較を行った。その結果、教師群が教師・学生群と比べて5%水準で、
教師群が学生群と比べて5%水準で有意に高い得点を示した。
すなわち、運動課題を行う際に教師のみが存在する条件においてパフォーマ ンスが向上することが明らかになった。これらから、仮説1)が支持されたも のと思われる。
2)自己効力感と運動パフォーマンス
自己効力感と運動パフォーマンスの関係を検討するために、第二試行と自己 効力感の相関係数を求めた結果、表3に示すように、r=.441、 P<.001で0.1%
水準の有意な相関が認められた。このことから、自己効力が高い者ほど、パ フォーマンスが向上することが明らかになり、仮説3)が支持された。この結
果は、これまでの先行研究7) 8) 9) 10) 11) 12) 15) 17)の結果と同様に自
己効力感が高まればパフォーマンスも高まることを示唆するものである。
また、第一試行と第二試行の相関係数を求めた結果、r=398、 P<.01で1%
水準の有意な相関が見られた。この相関係数は、自己効力感と第二試行の相関 係数よりもわずかではあるが低い値であった。この結果は、Feltzlo)の報告と
は異なり、最初のパフォーマンスよりも自己効力感によって次のパフォーマン スを予測できる可能性をわずかではあるが示しているものと思われる。
Table 3. Correlation between self−efficacy, pre−test and post test
Post・test(r) significance
self−efficacy .441 P=.001
pre・test .389 P=.003
3)重要な他者と自己効力感と運動パフォーマンス
重要な他者と自己効力感と運動パフォーマンスの3変数間の関連性を検討す るために、各群の自己効力感の分散分析と、各群毎に自己効力感と第二試行の 相関係数を算出した。
まず、各群の自己効力感の分散分析を行った結果、表4に示すように、F=
6.193、P〈.01で有意な分散が認められた。
Table 4. One factor ANOVA on the self−efficasy
Source: DF: Sun Squares: Mean Squares: F・test
Between groups 2 495.8454 247.9227 6,193
Within groups 51 2041.6546 40.0324 P=0039
Total 53 2537.5
さらに、どの群とどの群に差があるかを検討するためにScheffeによる多重 比較を行った結果、教師群と教師・学生群に5%水準で有意な差が認められ、
教師群が有意に高い値を示した。
このことから、重要な他者としての教師の存在が自己効力感を高めたものと 思われる。つまり、運動遂行者は一人であり教師という見物者がいるという条 件が、他の学習者の運動遂行を観察し自分も運動を遂行するという条件よりも
自己効力感が増加しパフォーマンスも向上することが指摘できよう。
つぎに、どの条件における自己効力感が、パフォーマンスをより予測できる かを検討するために各群毎に自己効力感と第二試行の相関係数を求めた。結果 は、表5の通りである。
教師群では、r=.472、 P<.05で有意な相関が認められた。教師・学生群では、
r=.260、P=330で有意な相関はみられなかった。学生群では、 r=.152、
P=.560で有意な相関はみられなかった。
すなわち、教師のみの存在という条件において自己効力感からより良くパ フォーマンスを予測できることが明らかになった。
Table 5. Correlation between self−efficacy of 3 group and post−test
Post・test(r) significance
〈Self−efficacy>
Teacher .472 P=.031 Teacher&Student .260 P=.330 Student .152 P=.560
このことは、重要な他者の条件の相違で自己効力感の予測力が異なること、
さらに教師の存在の重要性を示すものと思われる。
これら2つの結果から、仮説2)と仮説4)が支持され、重要な他者として の教師の存在が自己効力感を高め、さらにその自己効力感は次のパフォーマン スに対して高い予測力を持つという関係が示されたものと思われる。
まとめ
本研究は、重要な他者と自己効力感が運動パフォーマンスに効果的に影響す るかどうかについて、自己効力感を重要な他者と運動パフォーマンスの媒介変 数として捉えて、的当て課題を用い男子大学生を対象として検討した。
結果は以下のように要約される。
1)重要な他者の存在の相違が運動パフォーマンスに異なった影響を及ぼし た。
2)重要な他者の存在の相違が自己効力感に異なった影響を及ぼした。
3)自己効力感から運動パフォーマンスを予測することができた。
4)重要な他者の存在と自己効力感と運動パフォーマンスの間に一貫した関 連性が認められた。
最後に、本研究の結果から、重要な他者と自己効力感と運動パフォーマンス との間に重要な相互関連性が示されたものと思われる。つまり、運動パフォー マンスを向上させる重要な他者として教師のみの存在が大切であり、また、教 師群では自己効力感を高めることができ、さらに高められた自己効力感がより 良くパフォーマンスを予測できるということである。
また、本研究の主たる目的である自己効力感を高めるための条件あるいは情 報源に関しては、Bandura2) 3) 4) 5) の提示している4つの情報源のみなら ず、重要な他者という社会的促進の影響がみられることが示されたものと思わ
れる。
今後は、いかにして自己効力感を高めて行くかについて、様々な要因を取り 上げてさらに検討していく必要があるだろう。
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