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生物多様性と 21 世紀の国立公園の再編

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生物多様性と 21 世紀の国立公園の再編

佐 山   浩

1.はじめに

1987(昭和 62)年の釧路湿原国立公園の指定後、21 世紀に入ると表 -1 に示 したとおり、2007(平成 19)年の西表国立公園の大幅な区域拡張に伴う西表 石垣国立公園への名称変更、日光国立公園からの尾瀬国立公園の分離独立、

12(平成 24)年の霧島屋久国立公園からの屋久島国立公園の分離独立、13(平 成 25)年の陸中海岸国立公園を核とした三陸復興国立公園の指定と続いた。

さらに 14(平成 26)年の慶良間諸島国立公園の指定、15(平成 27)年の上信越 高原国立公園からの妙高戸隠連山国立公園の分離独立、16(平成 28)年 9 月 のやんばる国立公園の指定、そして、17(平成 29)年には奄美群島の国立公 園化が見込まれている1)。こうした国立公園指定のダイナミックな動きは、

どうして起こっているのだろうか。

その要因は 3 つあると筆者は考えている。

第 1 の要因は、戦後、時代や社会が変化していく中で、国立公園に求めら れているものが、単に風景が素晴らしい公園としての利用の場だけでなく、

動植物の保護や生態系の保全、更に生物多様性保全の場として幅広くなって きていること。

第 2 の要因は、土地所有形態に拘らず日本を代表する風景の素晴らしいと ころを国立公園として指定する「地域制」という制度においては多様な主体が 国立公園に関わって管理運営していく特徴を必然的に有している面がある が、一方で国民の多様なニーズを背負っている国立公園の管理運営面の質 の向上のためには、管理運営に関わる人たちのモチベーションを維持してい

(2)

表 - 1 平成期の国立公園に関する主な出来事

国立公園数(年末) 出  来  事

28

1991(平成 3 )年 4月 自然保護局保護管理課に代わり国立公園課が発足。国立公園に関する業務が一元化される。

1992(平成 4 )年 5月 生物多様性条約採択。

1993(平成 5 )年5月 環境基本法公布。

12月 白神山地、屋久島、世界自然遺産登録。

1994(平成 6 )年 7月 国立公園管理事務所から国立公園・野生生物事務所に改組。

1995(平成 7 )年8月 尾瀬保護財団設立。

9月 世界遺産地域連絡会議設置。

1999(平成 11)年 10月 国立公園計画の決定に際し、パブリックコメントが取り入れられる。

2000(平成 12)年 4月 国立公園・野生生物事務所から自然保護事務所に改組。国立公園管理官が自然保護官に改称。地方分権法施行。国立公園内の行為許可等事務の直接執行化。

2001(平成 13)年1月 環境省設置。

4月 国立公園等民間活用特定自然環境保全活動事業(グリーンワーカー事業)導入。

2002(平成 14)年4月 自然公園法改正、国等の責務に「生物多様性の確保」が追加され、利用調整地区、風景地保護協定、公園管理団体の制度等が創設される。

12月 自然再生推進法公布。

2003(平成 15)年11月 自然再生協議会設置始まる。

12月 阿蘇グリーンストック(阿蘇くじゅう国立公園)が国立公園初の「公園管理団体」となる。

2004(平成 16)年6月 外来生物法公布。

7月 知床世界自然遺産候補地科学委員会設置。

2005(平成 17)年

4月 三位一体改革により、国立公園で都道府県が実施する施設整備費への補助金が廃止。

6月 アクティブ・レンジャー配置。

7月 自然公園財団、公園管理団体となる。

7月 知床、世界自然遺産登録。

10月 地方環境事務所設置(自然保護事務所の業務は地方環境事務所に移行)。

2006(平成 18)年 11月 尾瀬保護財団、尾瀬の保護と利用のあり方検討会で作成した「尾瀬ビジョン」を環境省に提出。

29

2007(平成 19)年

3月「国立・国定公園の指定及び管理運営に関する提言─時代に応える自然公園を求めて─」取りまとめられる。

7月 エコツーリズム推進法公布。

8月 西表国立公園の大幅拡張と西表石垣国立公園への名称変更。

8月 日光国立公園から分離・独立する形で尾瀬国立公園指定。

11月 知床財団、公園管理団体となる。

2008(平成 20)年

3月 浅間山麓国際自然学校(上信越高原国立公園)、公園管理団体となる。

6月 生物多様性基本法公布。

10月 南アルプス国立公園に自然保護官が配属されたことによりレンジャーのいない空白国立公園が解消。

2009(平成 21)年

5月 たきどぅん(西表石垣国立公園)、公園管理団体となる。

6月 自然公園法改正、目的に「生物の多様性の確保に寄与すること」が加わり、生態系維持回復事業が創設される。また「海中公園地区」が「海域公園地区」に改められる。

6月 屋久島世界遺産地域科学委員会が設置される。

2010(平成 22)年

6月 白神山地世界遺産地域科学委員会が設置される。

10月「国立・国定公園総点検事業」取りまとめられ、中央環境審議会自然環境部会自然公園小委員会で報告される。

12月 地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律(生物多様性地域連携促進法)公布。

2011(平成 23)年 6月 小笠原諸島、世界自然遺産登録。

30 2012(平成 24)年 3月 霧島屋久国立公園が霧島錦江湾国立公園と屋久島国立公園に分離・独立される。

2013(平成 25)年 10月 陸中海岸国立公園が拡張され、三陸復興国立公園として指定される。

31 2014(平成 26)年

3月 慶良間諸島国立公園が指定される。

5月「国立公園における協働型管理運営を進めるための提言」取りまとめられる。

7月 環境省自然環境局長通知(「国立公園における協働型管理運営の推進について」及び「国立公園管理運営計画作成要領」)発出される。

7月「上高地ビジョン 2014」取りまとめられる。

32 2015(平成 27)年3月 上信越高原国立公園から妙高戸隠連山国立公園が分離・独立。

6月 地域自然資産区域における自然環境の保全及び持続可能な利用の促進に関する法律(地域自然資産法)公布。

33 2016(平成 28)年 9月 やんばる国立公園が指定される。

(3)

くために公園としての個性化と分かりやすさが必要不可欠であること。

そして第 3 の要因は国立公園を支えている環境省側の人員が充実してきた ことである。

ところで、前述した 3 つの要因による国立公園の分離独立等による国立公 園の再編は本当に必要なことなのだろうか。筆者は 21 世紀の国立公園の発 展のためには絶対に必要なことと考えているばかりでなく、国立公園が国民 に身近なものとして再認識される、いわば「国立公園再生」への第一歩である と考えている。

2.「生物多様性」と「生物多様性の概念」

1.で述べたように、1990 年代以降、自然環境行政にとって「生物多様性」

が最大のキーワードとなった2)。我が国の生物多様性行政の羅針盤ともいう べき『第三次生物多様性国家戦略』では生物多様性を次のように説明している。

「生物多様性条約では、生物多様性をすべての生物の間に違いがあること と定義し、生態系の多様性、種間(種)の多様性、種内(遺伝子)の多様性と 3 つのレベルでの多様性があるとしています。

生態系の多様性とは、東京湾の干潟、沖縄のサンゴ礁、自然林や里山林、

人工林などの森林、釧路や尾瀬の湿原、大小の河川など、各地にいろいろな タイプの自然があることです。種の多様性とは、日本は南北に長く複雑な地 形を持ち、湿潤で豊富な降水量と四季の変化もあって、いろいろな動物・植 物が生息・生育しているという状況のことです。遺伝子の多様性とは、同じ ゲンジボタルでも中部山岳地帯の西側と東側では発光の周期が違うことや、

アサリの貝殻の模様が千差万別なことなどです。」

このことを守分(2014)は端的に「地球上のさまざまな環境に適応した、個 性を持った特有の生きものがいること、そしてそれぞれがさまざまな相互作 用によってつながり合っていること」3)と整理している。

また西田(2008)は「生物多様性の概念は保全すべき自然を大幅に拡大する 包括的な概念である。自然保護に関していえば、従来の植生自然度重視の原 生的な自然の保護から、生物が豊かな二次的な自然の保護へと視野を拡大さ

(4)

せたといえる。むしろ、生物多様性は人間の生存基盤というとおり、自然保 護にとどまらず、新たな自然環境保全の目標を提示するだろう」4)と指摘し ている。

表 - 2 環境省設置以後の国立公園内での生物多様性保全等の検討及び検討結果の取りまとめ状況

2001(平成 13)年 12 月 10 日 中央環境審議会自然環境部会(第 3 回)

2001(平成 13)年 12 月 10 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 1 回)

2002(平成 14)年 1 月 16 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 2 回)

2002(平成 14)年 1 月 29 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 3 回)

2002(平成 14)年 1 月 29 日 中央環境審議会自然環境部会(第 5 回)

※自然公園のあり方に関する中間答申

2002(平成 14)年 7 月 2 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 4 回)

2002(平成 14)年 12 月 4 日 自然公園のあり方懇談会(第 1 回)

2003(平成 15)年 2 月 14 日 自然公園のあり方懇談会(第 2 回)

2003(平成 15)年 3 月 25 日 自然公園のあり方懇談会(第 3 回)

2003(平成 15)年 5 月 19 日 自然公園のあり方懇談会(第 4 回)

2003(平成 15)年 6 月 30 日 自然公園のあり方懇談会(第 5 回)

2003(平成 15)年 10 月 10 日 自然公園のあり方懇談会(第 6 回)

2003(平成 15)年 12 月 8 日 自然公園のあり方懇談会(第 7 回)

2004(平成 16)年 3 月 29 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 5 回)

※自然公園のあり方について(中間取りまとめ)

2006(平成 18)年 10 月 31 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 1 回全体検討会)

2006(平成 18)年 11 月 17 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 1 回管理運営分科会)

2006(平成 18)年 11 月 30 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 1 回指定分科会)

2006(平成 18)年 12 月 19 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 2 回管理運営分科会)

2007(平成 19)年 1 月 30 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 2 回指定分科会)

2007(平成 19)年 2 月 8 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 3 回管理運営分科会)

2007(平成 19)年 2 月 15 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 3 回指定分科会)

2007(平成 19)年 2 月 27 日 国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会(第 2 回全体検討会)

※国立・国定公園の指定及び管理運営に関する提言

─時代に応える自然公園を求めて─

2008(平成 20)年 10 月 21 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 6 回)

2008(平成 20)年 11 月 5 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 7 回)

2008(平成 20)年 12 月 4 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 8 回)

2008(平成 20)年 12 月 16 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 9 回)

2009(平成 21)年 2 月 5 日 自然環境部会自然公園のあり方検討小委員会(第 10 回)

※自然公園法の施行状況等を踏まえた今後講ずべき必要な措置について 2011(平成 23)年 10 月 20 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 1 回検討会)

2011(平成 23)年 12 月 20 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 2 回検討会)

2012(平成 24)年 3 月 15 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 3 回検討会)

※国立公園における協働型運営体制のあり方検討会─中間とりまとめ─

2013(平成 25)年 2 月 5 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 4 回検討会)

2013(平成 25)年 3 月 12 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 5 回検討会)

2014(平成 26)年 1 月 21 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 6 回検討会)

2014(平成 26)年 3 月 5 日 国立公園における協働型運営体制のあり方検討会(第 7 回検討会)

※国立公園における協働型管理運営を進めるための提言

(5)

3.国立公園における生物多様性保全等への対応に向けた国の検討状況 わが国の国立公園の生物多様性を如何に保全していくのか。また国立公園 の管理運営の質を如何に高めていくのか。これらのことは国立公園行政上、

極めて重要なことである。こうした国の重要政策の決定においては、通常、

行政側から審議会等に検討の依頼がなされ、依頼を受けた審議会等で十分に 審議される。また、取りまとめられた結果は行政施策に広く反映される。表 -2 は、環境省設置以後の国立公園の生物多様性保全等に関する審議会等で の検討状況及び取りまとめ成果を整理したものである。

以下、上記審議会等で取りまとめられた検討結果について、特に国立公園 における生物多様性保全及び管理運営の面に焦点を当て、順を追って見てい くことにする(なお、2012(平成 24)年 3 月の「国立公園における協働型運営 体制のあり方検討会」に関する中間とりまとめについては、14(平成 26)年 3 月の最終提言に取り込まれていることから今回は除くこととした)。

(1)自然公園のあり方に関する中間答申

2001(平成 13)年 11 月 16 日付け諮問第 25 号、環自国第 346 号による「自然 公園の今後のあり方について」を受け、中央環境審議会が 01(平成 13)年 12 月 10 日自然環境部会の下に「自然公園のあり方検討小委員会」を設けて、審 議を行い、得られた結論を取りまとめたものである。内容としては、この中 間答申の冒頭部分にあるとおり「自然公園をめぐる状況及び課題について概 観するとともに、生物多様性保全の観点から、現に問題が進行しつつあり、

特に緊急の措置を必要とする事項について一定の結論」5)を得たものである。

そのうち、自然公園の課題は次のとおり整理された。

①保護及び保全方策に関するもの

・ 国土における自然公園の役割の明確化と地域指定(ゾーニング)のあり方 ・ 保護管理手法やこれを実施するための体制のあり方 等

②自然公園利用の質的向上に関するもの

・ 自然公園における環境教育・環境学習の推進のあり方

・ 環境保全型自然体験活動(エコツアー)の推進など新たな利用形態への

(6)

対応のあり方 等

③自然公園の整備に関するもの ・ 自然再生事業のあり方

・ 自然と調和した自然公園内の施設のデザイン、工法のあり方 等

④自然公園管理・運営の基盤となる科学的知見の集積、提供に関するもの ・ 科学的データの収集、分析、提供のあり方

・ 自然環境保全に関する研究の推進のあり方 等

⑤自然公園の管理・運営を支えるための制度に関するもの ・ 税制、助成措置、受益者負担等のあり方 等

⑥自然公園の管理・運営と各主体の参加に関するもの

・ 国、地方自治体など公園の管理・運営主体の適正な役割分担と連携の あり方

・ 研究者、NGO、公園事業者、地元住民、利用者等の参画・連携のあり方 等 

上記のとおり、網羅的に課題が取り上げられているが、この中間答申では

「生物多様性保全の観点から緊急に対応すべき自然公園の課題と措置」6)に重 点を置いて取りまとめがなされた。そして、本報告に沿って 02(平成 14)年 4 月、自然公園法が改正され、国立公園等の自然公園の生物多様性保全機能 強化の観点から、

・ 特別地域等における環境大臣が指定する区域内への立入り等行為規制の 追加

・ 利用調整地区制度の創設 ・ 風景地保護協定制度の創設 ・ 公園管理団体制度の創設 等 が盛り込まれた。

特に風景地保護協定制度は火入れや採草等、人の手を加えることで維持管 理されている阿蘇の草原景観等を念頭に置いたものであり、このような人手 の加わった二次的自然を保護することは生物多様性の概念が基になって制度

(7)

化されたものである。

(2)自然公園のあり方について(中間取りまとめ) 

この中間取りまとめは、前述の中間答申において自然公園の課題とされた 事項につき更に議論を重ねて纏められたものである。議論は「自然公園のあり 方懇談会」を設置して行われたが、メンバーは先の小委員会と同じであった。

また「自由な意見交換が可能で、必要に応じて広い分野から専門家の参画を求 めることが可能など」7)の理由から懇談会形式で行われ「今後さらに具体的な 議論を尽くすための基礎資料」8)を作成するとのねらいがあった。

取りまとめは、「自然公園をめぐる現在の社会状況」、「自然公園制度の経 緯と今後の方向性」、 「今後の自然公園制度の運用において留意すべき事項」、

「特に方向性を具体化すべき課題」から構成されている。

最後の「特に方向性を具体化すべき課題」として取り上げられているのは次 の 5 つの項目である。

・ 役割の多様化を踏まえた制度のあり方

・ 自然公園の価値評価・存在意義の明確化とその普及 ・ 国、地方自治体及び民間の役割分担及び連携のあり方 ・ 自然体験、整備技術、利用者指導など専門的人材の育成

・ 自然景観及び生物多様性の確実な保全を図る計画手法、管理手法及び整 備手法

上記課題の中で記述された事項のうち、生物多様性保全と国立公園指定に 関連するものとして特記すべきは「風景を保護・保全するにあたっては、で きるだけ地域的なまとまりを重視するとともに、眺望対象、視点場及び通景 線の関係をよくとらえ、よりよい見せ方を工夫するなどの風景計画技術が重 要であり、風景計画を重視することによって、①当該公園の利用価値を高め る、②ひとまとまりの区画を総体的に保護・保全することで生物多様性の保 全にもつながる、③地域住民にとっての原風景を保護する、といった効果が

(8)

生まれる。」9)といったまとまりの観点や「生物多様性に関しても、当該公園 にとって重要な動植物や生態系に配慮した保護規制の充実が望まれるほか、

特に海域における保護と利用の強化に向けた計画手法・管理手法のあり方に ついて、検討が必要である」10)というように海域における保護等の強化を指 摘した点である。ただ、生物多様性保全という観点を踏まえた国立公園の再 編に対する具体的な考え方は示されていない。

また、この中間取りまとめでは「国、地方自治体及び民間の役割分担及び 連携のあり方」が前述した課題の一つとして取り上げられている。これには 地方分権が進み、国立公園は国が管理するとの認識が浸透していったことや 景気悪化による税収等の落ち込みによる地方財政の悪化が要因となって国立 公園の公共施設の管理等について国と地方の負担割合を再検討し、見直すと ころが多くなったという背景がある。当時、国立公園の管理運営面において 憂慮すべき事態が進行しつつあった。

(3)国立・国定公園の指定及び管理運営に関する提言   ─時代に応える自然公園を求めて─

この提言は 2007(平成 19)年 3 月に取りまとめられたものである。20 名の検 討委員から成る 2 回の全体検討会のほか、指定分科会、管理運営分科会も各 3 回ずつ行われた。「平成 14 年 4 月の自然公園法改正では、国及び地方公共団 体の責務として、生物多様性の保全が規定されました。これにより、生物多 様性保全の観点からの管理運営がなされてきていますが、国立・国定公園の 指定にあたっては、生物多様性の観点をどのように取り扱うかは明らかにさ れていません」11)との状況を受けて取りまとめられたもので、国立公園の指定 において生物多様性の観点を如何に取り扱うのかの指針が示されている。「生 物多様性の豊かな地域については、そのことをもってすぐれた自然風景地と して評価され得るもの」12)とし、具体的には「照葉樹林」、「里地里山」、「海域」、

「特徴的な湿地」、「特徴的な地形・地質、自然現象」を挙げた。

また、「国民になじみの深い公園となるよう、わかりやすい公園区域、わか りやすい名称等について検討が必要です。その際、雲仙天草国立公園、富士

(9)

箱根伊豆国立公園のように、複数の異なる特色を有する地域が一つの公園と して指定されている場合には、公園としてのわかりやすさ、管理運営の一体 性を確保する観点から、その区域の妥当性を検討し、見直していくことが重 要です」13)と記載されているように、わかりやすい国立公園という観点を踏 まえた国立公園の区域や名称が今後、検討されるべきということを指摘した。

他方、国立公園の管理運営に関しては、「従来環境省が行ってきた公園の 管理運営は、規制的手法が中心でしたが、それでは十分対応できない課題が 多くなっています。二次的自然の維持や鳥獣等による生態系影響への対応、

利用拠点の景観形成など、より能動的な管理運営が求められるようになった 近年では、国、地方公共団体、地域住民、民間企業、NGO 等の公園の管理 運営の役割を担う関係者が、円滑に協働できる体制を整えることが必要」14)

であり、「公園が提供すべきサービス(その公園が果たすべき役割)の明確化、

共通の目標(ビジョン)及び目標を達成するための行動計画の作成が有効」15)

であると提言した。

特筆すべきは、地域制自然公園制度の管理運営に関連する特徴として「地 域制自然公園制度は、土地所有に関わらず区域を定めて指定し、公用制限(保 護の観点からの規制等)を課す制度であり、地域の基盤的共通的な土地資源、

地域管理運営を前提としながら、傑出した自然の風景地としての保護と適正 な利用の増進のための特別な管理運営を追加的に行う仕組み」16)と整理した ことである。

折しも本提言が取りまとめられた同年 8 月に尾瀬地域が日光国立公園から 分離独立し、尾瀬国立公園となる。本提言と尾瀬の指定が時期的に近いこと も踏まえれば、尾瀬国立公園を念頭に置きながら、本提言が取りまとめられ ていることは明らかであり、逆に、尾瀬国立公園は本提言を具現化するため のモデル的な国立公園として誕生したともいえる。

環境省は、この提言を受けて、2007(平成 19)年度から「国立・国定公園総 点検事業」、「広範な関係者の参加による魅力的な国立公園づくり推進事業」、

10(平成 22)年度からは「国立公園の協働型管理運営推進事業」とするモデル 事業を各地で展開していった。

(10)

(4)自然公園法の施行状況等を踏まえた今後講ずべき必要な措置について 本件は、2008(平成 20)年10月7日付け諮問第 247 号、環自国発第 081007001 号による「自然公園法の施行状況等を踏まえた必要な措置について」に基づ き、中央環境審議会自然環境部会の下にある自然公園のあり方検討小委員会 で審議された結果を取りまとめたものである。

審議では、2002(平成 14)年の自然公園法の一部改正後、5 年を経過した ことを受け、同法の施行状況を踏まえた課題と必要な措置についての検討の ほか、第三次生物多様性国家戦略の策定等、生物多様性に係る国家的な戦略、

計画等の状況等を踏まえ「国立公園及び国定公園を中心に、自然公園におけ る今後の施策のあり方に関し、中長期的な課題も含めて検討」17)された。

この報告書では、とりわけ浅海域での保全の充実を課題として掲げた。そ して今後講ずべき必要な措置として「国立・国定公園における生物多様性保 全の充実」の観点から、

・ 海域保全の充実

・ 予防的順応的な手法による生態系管理の充実等 ・ 自然公園の果たす生物多様性の保全の役割の明確化 を掲げている。

これらの指摘を踏まえ、2009(平成 21)年に自然公園法が改正され、自然 公園法の目的に「生物多様性の確保に寄与すること」が加わり、新たに「生態 系維持回復事業」が創設されたほか「海中公園地区」の概念が広がり「海域公園 地区」に改められた。

(5)国立公園に協働型管理運営を進めるための提言

本提言は 2014(平成 26)年 3 月に取りまとめられたものである。特に国立 公園の協働型管理運営に特化した内容となっている。時代を反映し、地域制 の国立公園制度を適正かつ効果的に運用するためには、地域の多様な関係者 と協働して管理運営することが極めて重要になってきたことが背景にある。

1999(平成 11)年の地方分権一括法の公布に伴い機関委任事務が廃止された。

さらに 05(平成 17)年の三位一体改革では国立公園内の都道府県による施設

(11)

整備に対する補助金が廃止され、国立公園の管理運営は基本的に国が行うも のという認識が加速した。結果として地方公共団体の国立公園管理への関与 の機会を減少させたことも指摘した。

また、これまでの国立公園の協働型管理運営状況を整理し、各地にある協 議会を「個別課題対応型」、「個別地域対応型」、「連絡調整型」、「総合型」の 4 つに区分、今後、国立公園の協働型管理運営を進めるために「総合型」の協議 会を設置する必要性を指摘した18)

この提言が検討されている時期の 12(平成 24)年 3 月に上高地地域におい て「中部山岳国立公園上高地連絡協議会」が設置されている。また、提言の 取りまとめられた後の 14(平成 26)年 7 月 11 日には、上高地の現状や課題、

目指すべき姿、それぞれの取組内容等を共有するための「上高地ビジョン 2014」が策定されている19)。従って、提言の取りまとめに際して上高地の動 きが念頭にあったことは間違いない。

4.わが国の国立公園の現地管理運営の歴史

3.の最後で「上高地ビジョン 2014」の事例を取り上げたが、どうして「総 合型」の協議会が必要になってきたのだろうか。そこで、わが国の国立公園 の管理運営の歴史について概観してみることにする。

(1)国立公園管理員(現・自然保護官(通称「レンジャー」))配置以前

『レンジャーの先駆者たち』(2003)によれば最初の国立公園指定から戦後 間もない時期は次のような形で国立公園に職員が配置されていた。

 1934(昭和 9)年から36(昭和 11)年 2 月まで全額国費支弁職員として12 名 が嘱託の身分で関係道県庁(北海道、青森、栃木、神奈川、山梨、長野、奈 良、鳥取、香川、長崎、熊本、鹿児島)に配置された。これが最初である。

そして 39(昭和 14)年には全額国費支弁職員制度から国費補助による地方職 員(国立公園管理事務専任職員)に切替えられた。戦後、46(昭和 21)年には 国庫補助による国立公園専任職員が純県費職員となった。48(昭和 23)年に

(12)

は各国立公園に管理所を設置するため、事務官、技官等 117 人の定員が承 認されたが、出先機関を廃止するという政府方針の対象となり、実現され なかった。50(昭和 25)年になり、国立公園保護費として賃金 37 名分が計 上され、さらに 51(昭和 26)年には賃金 50 名分に増額された20)

折しも 48(昭和 23)年 4 月に来日し、5 月から 8 月にかけて日本各地を巡っ た米国国立公園局チャールズ・リッチーが同年 11 月に取りまとめた『國立公 園に對する C. A. リツー覺書』には「国立公園の管理に必要な現地機関を設置 するための経費は、昭和 23 年度に認められたのであるが、然し管理事務所 の設置は昭和 23 年 7 月の第三国会が終る頃には認められていなかつた。それ を設置するまでは日本における國立公園運動の成功の見込は殆んどないと言 えよう」21)と書かれているが、米国の国立公園の専門家からみても現場の国 立公園に管理事務所があることが国立公園管理の第一歩と考えられていた。

(2)国立公園管理員(現・自然保護官、以下「レンジャー」という)配置後 こうした状況の中、最前線の現場に国の職員が配置されたのは 1953(昭和 28)年のことである。レンジャーとして厚生省から直接 6 箇所(支笏洞爺国立 公園支笏湖畔地区、十和田国立公園休屋地区、日光国立公園湯元地区、富士 箱根国立公園河口湖地区、中部山岳国立公園上高地地区、大山国立公園大山 寺地区)、関係県に委嘱する形で 2 箇所(霧島国立公園えびの地区、霧島地区)

に配属された。国立公園の利用施設を集約的に整備するための集団設地区用 地として林野庁から所管換えを受けた土地を管理することがレンジャーの一 番の業務であった。つまりレンジャーの配置には集団施設地区である厚生省 所管地があることが前提となっていた。ただ厚生省所管地である土地は国立 公園全体から見れば微々たるものである。前述したとおり、わが国の国立公 園は「地域制」を採り入れている。私有地も多く含まれており、国立公園に指 定された地域全体の風景が維持されるかどうかは、所管する集団施設地区の 国有地だけでなく、それを含む広範囲の土地について風景維持の観点から管 理していくことが必要である。当然、そこで生活する人々をはじめとして、

(13)

45

地域創造学研究 関係者の理解と協力を得ることが前提となる。つまり、「地域制」の国立公園 の管理運営がうまくいくためには、地域住民をはじめ関係する様々な人や組 織の理解と協力を基にした協働が絶対不可欠なのである。

以後の歴史については、現地管理体制、業務内容などの変遷から、大きく 3 つに区分出来、概要は以下のとおりである。併せて、レンジャーの定員数 の推移を図 -1 に示した。

①第 1 期(レンジャー配置から 1979(昭和 54)年のブロック制導入まで)

この時期は国立公園の現地管理体制が発足し、徐々に体制が充実していく 時期である。後述するごみ問題の他、第 1 期前半の昭和 30 年代から 40 年代 の高度成長期には、各地の国立公園で電源開発、観光開発、道路建設などが

自然保護を担う事務所職員(自然保護官等)の定員の推移

1958 40

1959 46

1960 52

1961 52

1962 52

1963 52

1964 52

1965 52

1966 52

1967 55

1968 55

1969 55

1970 55

1971 53

1972 62

1973 71

1974 78

1975 85

1976 89

1977 93

1978 96

1979 99

1980 100 1981 101 1982 105 1983 105 1984 107 1985 108 1986 109 1987 110 1988 111 1989 113 1990 114 1991 117 1992 128 1993 140 1994 149 1995 159 1996 164 1997 167 1998 168 1999 172 2000 205 2001 210 2002 218 2003 223 2004 234 2005 235 2006 249 2007 251 2008 250 2009 255 2010 253 2011 261 2012 262 2013 264 2014 269 2015 273 2016 274

40465252 5252 5252 525555

5555 53627178

8589939699100101

105105107108109110

111113114117128140149

159164167168172 205210

218223234235249251 250253255261262264269

273274

0 50 100 150 200 250 300

1958

1965

1972

1979

1986

1993

2000

2007

2014

図―1 レンジャーの定員数の推移系列1 環境省資

50 100 150 200 250 300

   図 - 1 レンジャーの定員数の推移

         環境省資料

(14)

続々と問題となり、レンジャーは、これらの開発の調整や対応にも迫られた。

そして第 1 期後半、特に 1971(昭和 46)年の環境庁設置前後の自然保護に対 する大きな要求や期待から、国立公園管理運営の強化が求められた。

ア.大量利用によるごみ問題への対応

戦後復興が進み、国民生活も安定するに連れて旅行が大衆化し、国立公園 利用者が急増した。時を同じくして全国的に起こったのが、ごみ問題であっ た。大量利用とマナー不足が要因だった。山や海など、国立公園をはじめ全 国各地で、ごみは社会問題となった。こうした状況下、ごみ対策を話し合い、

実行するための美化組織が誕生していった。「上高地を美しくする会」は 1963

(昭和 38)年。さらに昭和 40 年代前半の「八幡平を美しくする会」、「立山を美 しくする会」など数多く生まれている。レンジャーが中心となって出来たも のも少なくない。ごみをどう処理するのか? レンジャーが少ない手薄な状況 の中で、様々な人の理解や協力を得るために、レンジャーは自ら率先して解 決策を模索し、旅館、ホテル等の公園事業者をはじめ、地域の人々との関係 強化に取り組んだ。これらの会は、ごみを発端に組織化されたが、実際には 集団施設地区といった利用拠点に止まらず広く地域全体を対象にして、また、

関係者が幅広く参加する場合も見られた。ごみ問題への対処のみならず、公 園の諸問題が議論されることも多かった。いわば「国立公園づくり」に大切な 現地協議会的性格を有していた。協議会を通じて、それぞれの立場で抱えて いる問題に対してレンジャーは共に悩み、主体的に解決策を見つけていった。

主体となるために現場を愛すること、知り尽くす努力を続け、地域において 信用され、多くの協力者を得ていった。「協働型」の管理運営の幕開けといえ る。中には、会員からの会費を原資として任意団体として発足し、その後、

社団法人へと移行していった十和田湖国立公園協会がある。受益者負担とい う形で資金を得る考え方は 79(昭和 54)年に設立される(財)自然公園美化管 理財団(現(一財)自然公園財団)のあり方にも少なからず影響を与えた。

70(昭和 45)年には自然公園法が改正され、清掃の保持に関する条項が加 わり、71(昭和 46)年から清掃設備への補助、そして 74(昭和 49)年からは清 掃活動費への補助が始まった。この補助制度は、国、都道府県、市町村、そ

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して地元の地域清掃団体が 4 分の 1 ずつを負担するもので、先の自然公園財 団とともに各地で組織化が図られ、美化清掃活動が強化された。

イ.マナー向上と事故防止─自然公園指導員─

当時、利用者のマナーを向上させること、そして登山の大衆化による各地 の山岳での遭難事故を如何に減らすかが喫緊の課題であった。レンジャーに とってマナー向上など、利用者指導は大きな業務であったが、全国的な課題 であり、わずかな数のレンジャーだけでとても対応出来るような状況にはな かった。こうした状況の中で 1957(昭和 32)年に自然公園指導員制度が発足 し、国立公園の管理運営にボランティアが参加する制度の先駆けとなった。

発足当初は全日本山岳連盟加盟団体を中心に日本山岳会や知事の推薦によ り、119 名が「臨時指導員」(夏期)として委嘱された。マナー向上と事故防 止は急務であり、指導員は特定の公園に限らず、行く先々の自然公園内で指 導を行った。指導員の長年の地道な活動の積み重ねもあり、利用者のマナー は向上した。尾瀬をはじめ全国各地で「ごみ持ち帰り運動」が普及していった ことも長年の成果の一つと思われる。発足後、今日に至る約 60 年の間、国 のみならず都道府県の自然公園管理運営業務の一翼を担ってきた。

②第 2 期(1979(昭和 54)年のブロック制(日光、箱根など国立公園管理事 務所を核として全国 10 のブロックに分け、各ブロック内に駐在するレン ジャーは事務所長の統括下に置かれる体制)導入から 94(平成 6)年)

ブロック制の導入により、現在の管理運営体制の原型が形成された時期で ある。指揮命令系統が、「本省-管理事務所-レンジャー」と一本化され、そ れまでの地域との連携に加え、地方支分部局的な組織としての動き方が必要 になった。そして、地域の実情に応じた国立公園のきめ細かな管理と利用者 サービスの充実を図ることが求められた。

ア.現地管理運営体制と国立公園管理計画   ─レンジャーの動き方が変わる時代─

環境庁設置後、レンジャー定員数は増加傾向に転じた。1971(昭和 46)年 には 53 名であったが、ブロック制の導入された 79(昭和 54)年には 99 名とほ

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ぼ 2 倍となった。このブロック制の導入により、指揮命令系統はすべての国 立公園において、「本省-管理事務所-レンジャー」という関係に一本化され、

管理事務所としての管理区域は一公園に限らず複数の公園を担当することに なった。同時に環境庁長官権限に属する許認可事務の一部が所長専決となる。

これにより、年間 1,500 件あった許認可申請のうち、半数がより現場に近い 管理事務所で処理され、処理期間も短縮されることになり、行政サービスの 大幅な向上が図られた。80(昭和 55)年には国立公園に関する計画策定事務 が都道府県から管理事務所主導に変更されるなど、国の出先機関や地方自治 体との調整事務が増え始めた。行政機関として組織的な動きが必要となり、

所長以下レンジャーたちは、その「動き方」を模索した。公園内の情報交換や 問題などを話し合う場として関係都道府県、市町村などをメンバーとする連 絡会議が各地の国立公園に設けられた。これも管理運営体制を向上させるた めの模索の一つといえる。ブロック管理事務所の一つ・阿寒国立公園管理事 務所が同公園の川湯に複数名のレンジャーを残しつつ、札幌に移転したのも ブロック事務所としての業務の効率性を高めるためのものであり、以後、東 北ブロック事務所の十和田から仙台への移転、近畿ブロック事務所の新宮か ら大阪への移転などを検討するに際しての先例となった。こうしてブロック 事務所と現地駐在レンジャーの組合せによる現地管理体制が整備されていっ た。体制が整備され、各地域の実情に即した国立公園の管理を図るために 80

(昭和 55)年から国立公園管理計画の作成も始まった。75(昭和 50)年に許可 審査をする際の全国統一基準である所謂「審査指針」22)が施行されていたが、

それぞれの現場での過去の判断の蓄積に基づき、よりきめ細かな基準が必要 とされていた。また、特定の地域や事故防止のための管理方針を検討する調 査も始まった。これらの策定に当たっては有識者に加え関係行政機関等から なる検討会が設置されるのが通例であった。これらの計画や調査は、環境庁 としての予算措置を伴ったものであり、政策の具体的な実施方針の決定を通 じて地域との連携の強化が図られた。レンジャーは検討会での意見に耳を傾 けながら、案の作成に当たった。一方でこれらの予算は当初、国立公園の保 護管理を担当する自然保護局保護管理課が所管していたため、管理計画の策

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定では既定の公園計画の枠内で作成することが強く求められた。

イ.自然とのふれあいへの移行(利用の質の転換)への対応強化   ─パークボランティア─

1981(昭和 56)年に総理府による「自然保護に関する世論調査」が行われ、

結果は、国民の自然に対する関心の高まりを示すものであった。登山、野外 レクリエーションばかりでなく、動・植物の観察をはじめとする自然とのふ れあい(自然体験)を国民は求めていた。50(昭和 25)年から「自然に親しむ運 動」として夏期を中心に自然観察会などが行われ、レンジャーもその任務に 当たってきたが、自然解説等を通じた恒常的な自然とのふれあいの機会を提 供することが求められた。こうした状況の中、85(昭和 60)年にパークボラ ンティア制度が始められた。当初「自然保護教育活動推進事業」としてモデル 的に実施されたこともあり、自然観察会等の自然解説活動を中心としたボラ ンティア活動が推進された。

③第 3 期(1994(平成 6)年から現在まで)

地方分権の流れや世界的な生物多様性保全の動きにも加速されて現場の仕 事に新たな業務が次々に加わり、カバーすべき地域と業務量が飛躍的に拡大 してきている時代となっている。世界自然遺産登録地や国立公園という保護 地域だけでなく、国土全体で生物多様性保全が求められている時代との見方 も出来よう。

ア.生物多様性保全などを受けた業務の広がり

1980(昭和 55)年に 100 名となったレンジャー数は、その後、微増傾向に 転じていた。そして、91(平成 3)年ころから本格化する林野庁からの部門間 配置転換職員の受け入れ等により、大きく伸び始める。レンジャーの増員等 により、国立公園にレンジャーが一人もいない状態は 2008(平成 20)年 10 月 1 日の南アルプスへの自然保護官の配置をもって解消した。

世界に目を向けると、92(平成 4)年にリオデジャネイロ(ブラジル)で「国 連環境開発会議(地球サミット)」が開催され、生物多様性条約への各国の署 名が始まり、日本は 93(平成 5)年に同条約を批准した。そして同年には日本

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初の世界自然遺産として、白神山地と屋久島が登録された。

こうした状況の中で、94(平成 6)年には「絶滅のおそれのある野生動植物 の種の保存に関する法律」の一部が事務所業務となり、初めて国立公園管理 以外の業務を現地で行うことになった。同時に国立公園管理事務所から国立 公園・野生生物事務所と名称も変更された。96(平成 8)年には事務所による 自然公園事業の直接執行も始まった。そして 98(平成 10)年には対馬、西目 屋(白神山地)など野生生物や世界自然遺産の保護管理に特化した職員が配置 されたように、レンジャーは国立公園レンジャーという枠ではとらえること が出来なくなった。00(平成 12)年には地方分権一括法により、法定受託事 務として引き続き担当している都道府県を除き国立公園の許可等の事務は国 の直接執行事務となった。また、鳥獣保護法の業務も追加、国指定鳥獣保護 区の設定・管理なども事務所の業務となり、国立公園以外の業務も着実に増 えていった。名称も国立公園・野生生物事務所から自然保護事務所となり、

国立公園管理官も自然保護官へと変更された23)。そして、01(平成 13)年の 省庁再編に際しては、森林、河川等の保全に関する計画策定業務などが関係 省庁との共管事務となり、更に関係省庁出先機関や自治体との協議・調整の 業務が増大した。また、02(平成 14)年には、新・生物多様性国家戦略や自 然再生推進法制定を受けて、国立公園等の管理の充実強化に加えて、自然再 生24)や里地里山保全など、国土全体の自然の質を高めていくための取組を各 省庁連携や市民参加のもとに推進することが新たな業務として加わった。そ の後も「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関 する法律(カルタヘナ法)」や「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止 に関する法律(外来生物法)」の業務も加わった。

このような業務の拡大により、レンジャーの調整相手が格段に増加し、連 携するパートナーの技術や専門性も更に多様化した。従来の風致景観という 視点に生物多様性という面が加わり、レンジャーの役割も、より幅広いもの になっていった。02(平成 14)年には自然公園法が改正され、国立公園の生 物多様性を確保することが国等の責務として追加され、09(平成 21)年の自 然公園法改正において、同法の目的に「生物の多様性の確保に寄与すること」

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が加わり、生態系維持回復事業が創設され、「海中公園地区」が「海域公園地区」

に改められると更に生物多様性に対する意識は高まった。他方、99(平成 11)年 10 月には国立公園計画を決定するに際して国民の意見を広く求める手 続き(パブリックコメント)も導入された。こうした状況の中、05(平成 17)

年には自然保護事務所と地方環境対策調査官事務所が再編・統合、環境省の 地方支分部局としての地方環境事務所が発足、新たな体制の中で国立公園の 管理が開始された。

イ.世界遺産地域連絡会議と自然再生協議会   ─多様な主体の参画と科学的管理─

世界遺産登録に際して新たなスタイルの協議会が生まれた。白神山地と屋 久島の世界遺産登録時の審査において、環境庁、林野庁、文化庁による管理 計画の策定や一体的な管理が求められ、1995(平成 7)年、前述した三者に関 係県を加えた世界遺産地域連絡会議が夫々に設置、管理計画が策定された。

その後新たに世界自然遺産に登録された知床や小笠原では、連絡会議以外に 科学委員会が設置された(こうした状況を踏まえて白神山地では 10(平成 22)

年、屋久島では 09(平成 21)に科学委員会が設置されている)。02(平成 14)

年に制定された自然再生推進法では、科学的知見に基づく管理を目指すもの であることを踏まえ、事業に伴い設置される自然再生協議会には関係行政機 関、関係地方公共団体のほか、地域住民、特定非営利活動法人、自然環境に 関し専門的知識を有する者が加わるなど、様々なメンバーが参加する規定が 盛り込まれた。

ウ.膨張する業務拡大への対応

  ─グリーンワーカーとアクティブ・レンジャー

2016(平成 28)年現在、レンジャーの定員数は、環境庁発足時の 53 人から 274 人と増大し、4 倍以上に増えている。しかしながら、現場におけるレン ジャー一人当たりの管理面積は広大である25)。少しでも環境を改善しよう と、グリーンワーカー(国立公園等民間活用特定自然環境保全活動)事業が 01(平成 13)年に導入された。本業務は、国立公園や国指定鳥獣保護区等に おいて野生生物の保護や外来種の駆除、地域景観の保全、登山道の維持・補

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修等を行うものである。このような業務は、レンジャーが地方自治体やボラ ンティアなどと連携をしながら実施してきたが、一定の技術や経験や地域の 自然や社会状況に関する知識が必要なものが多く、従来の活動だけでは十分 に管理目的を達成出来ない状況にあった。また地域の自然や社会環境を熟知 していることも重要であることから、地元住民によって構成される民間事業 者等を活用して行われている。環境省の資料によれば 76.4 人日 / 百万円とい う地元雇用を生み出す試算もあり、国と地域が密接な関係を構築する上で重 要なものとなっている。また 05(平成 17)6 月には、国立公園などの現地管 理体制の強化を更に図るため、環境省の非常勤職員として、アクティブ・レ ンジャー(自然保護官補佐、AR)が導入され、60 名が全国 47 地区に配置さ れた。保護地域内の計画的なパトロール、調査、ボランティアとの連絡調整 など機動力の強化が図られ、登山道 の浸食や外来種の侵入などに対し、グ リーンワーカー事業などと連携しながら、適切な対策の実施が図られてきて いる(図 - 2 参照)。

5.国立公園の現地管理運営に関する「新しい協働のかたち」に向けて 前述したとおり、生物多様性保全や協働の観点は現地管理運営にも多大な 影響を与えてきた。その結果、現在、国立公園の管理運営は、環境省のレン ジャーやアクティブ・レンジャーだけでなく、自然公園指導員、パークボラ ンティア、グリーンワーカーのほか、都道府県や市町村等の各機関、自然公 園財団や公園管理団体等の各種団体、国立公園事業を行っているホテルや旅 館といった民間事業者、生物多様性保全やエコツーリズム等に係る NPO 等 の多様な主体が連携する、言わば「第 2 期の協働型」の管理運営が行われてい る。この第 2 期の特徴は国立公園の管理計画策定といった現場における政策 の具体的な方針を決定していく場と自然再生等の各種事業等の実施方針を決 定する場が個々に併存している一方で国立公園全体の目標等につき、国立公 園の管理運営に参加する多様な主体が一堂に会し、議論し、その結果を共有 するなどの場が十分には整っていないことである。

戦後の復興が進み、国民生活も安定するに連れて旅行が大衆化し、国立公

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園利用者が急増した。同時に全国的に起こったのがごみ問題であった。この ごみ問題に対応するため各地で美化組織が生まれた。1963(昭和 38)年に誕 生した「上高地を美しくする会」をはじめレンジャーが中心となって出来たと

  

図-2 環境省に関連する現地管理体制の状況

(自然保護官補佐)

地方環境事務所・自然環境事務所・自然保護官事務所

業務の内容:計画策定、許認可、調整、調査、保全対策、施 設整備、アクティブ・レンジャーの指揮・監督

人数 :274人(2016年度) 報酬 :給与 採用 :大臣

業務の内容:保護地域内のパトロール、利用者指導、自然解 説、自然公園指導員及びパークボランティアと の連絡調整、グリーンワーカー事業の指導等 人数 :107人(2016年9月1日現在)

報酬 :賃金

採用 :環境省自然環境局長 ア ク テ ィ ブ ・ レ ン ジ ャ ー

自 然 公 園 指 導 員

グ リ ー ン ワ ー カ ー パ ー ク ボ ラ ン テ ィ ア

業務の内容:公園利用者への事故防止やルール・マナー の周知、指導

人数 :2,697人(2016年1月1日現在)

報酬 :無償

委嘱 :環境省自然環境局長

業務の内容:自然解説等による公園利用者への普及啓発 人数 :1,544人(2015年7月現在)

報酬 :無償

登録 :環境省地方環境事務所長、

自然環境事務所長(釧路、長野、那覇)

業務の内容:登山道の補修、外来種の除去等の管理作業 への専門的作業技能の提供

活動地域 :約100事業(国立公園等)/年 報酬 :有償

契約 :環境省地方環境事務所長、

自然環境事務所長(釧路、長野、那覇)

図 - 2 環境省に関連する現地管理体制の状況

環境大臣

(22)

ころも少なくない。ごみ問題に限らず、ビジターセンターの管理、安全対策 など重要課題については、目的毎に各種会議や協議会などが設けられ、都道 府県や地元市町村等様々な構成員の協力の下で解決が図られることが通例で あった。先の上高地を美しくする会の場合、上高地に関係する官公庁、旅館、

山小屋、バス、タクシー、その他各種業者(納入業者を含む)など発足時の会 員数は 45 であった。このような美化清掃等を特定の課題解決を軸とする「第 1 期の協働型」管理運営体制により、上高地をはじめとして、ごみ問題など では、全国的に利用者のマナー向上もあって大きな前進が見られた。そして、

79(昭和 54)年にブロック体制が整い、現地の拠点が確立し、その体制の中 で国立公園の管理計画が策定されるようになり、現場に即した政策が進めら れるようになった。こうした状況の中で、生物多様性保全の重要性が増して いき、風景地保護協定、自然再生事業等の制度が導入された。生物多様性保 全を核とした時代の大きなうねりによる自然再生事業等の制度の導入等は地 域の NPO、NGO 等、多様な主体の参画を促した。こうして国立公園の管理 運営は様々な主体が参加する「第 2 期の協働型」に移行してきた。ただ、「国 立公園における協働型管理運営を進めるための提言」において指摘された「こ れまで多く見られた個別課題対応型の協議会においては、地域の将来像を十 分共有するというよりも、直面する個別の課題に対していかに対応するかと いった観点から取組が進められてきた。このため、関係者間での協働そのも のは実行しやすい反面、このタイプの協議会だけでは大局的かつ長期的な観 点からの取組を行うことは難しい。また既に顕在化した課題への対応として 設置されることが多いため、新たな課題が顕在化する前に迅速かつ戦略的に 対応することが困難」26)であり、今後は国立公園の目標や将来像に向かって 一体的な管理運営が行われる「第 3 期の協働型」として、総合型の管理運営協 議会が必要となってきている。特に複数の異なる特色を持つ国立公園にあっ ては、公園全体を一体性あるものとしてイメージすることが難しい。また、

共通の目標がない中では「協働」に参加する者が同じモチベーションを持ち続 けて管理運営を行っていくことは困難である。従って、管理運営面からも的 確な公園の再編と総合型の管理運営協議会が必要なのである。

(23)

ただ、この第 3 期への移行の中で忘れてはならない重要なことがある。国 立公園の管理運営の歴史を見てみると巧みに他の制度を取り入れてきてい る。その代表例がマイカー規制(自動車利用適正化対策)であろう。2014(平 成 26)年度には国立公園内の 35 地区で実施されている27)。マイカー規制は 国立公園の利用者を規制する有効な手法として一般的であるが、実は自然公 園法に基づくものではなく、次の道路交通法の規定が後ろ盾となっている。

第四条 都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は、道路にお ける危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、又は交通公害その 他の道路の交通に起因する障害を防止するため必要があると認めるとき は、政令で定めるところにより、信号機又は道路標識等を設置し、及び 管理して、交通整理、歩行者又は車両等の通行の禁止その他の道路にお ける交通の規制をすることができる。(以下、省略)

従って「第 3 期の協働型」を円滑に機能させるためには国立公園が抱えてい る課題解決のために重要なカギを握る関係者の参加は絶対に欠かせない。そ れと合わせてレンジャーは国立公園の「管理」から、多様な主体が参加・協力 する国立公園の「運営」へと自身の役割の重点が移行している時代の変化に対 応していかなければならない。

6.まとめ

これまで見てきた通り、生物多様性という概念は国立公園として高く評価 されるべき「すぐれた自然の風景地」として里地里山等、新しい見方を提供し た。そればかりでなく国立公園制度の基である自然公園法の目的をも変えさ せる大きなものであった。また、生物多様性保全上重要な地域を抽出し、国 立公園等との重なり具合をみるギャップ分析を用いて 2010(平成 22)年に取 りまとめられた「国立公園・国定公園総点検事業」からは、慶良間諸島国立公 園等が誕生してきた。

他方、1999(平成 11)年の地方分権一括法に伴う機関委任事務の廃止、

(24)

2005(平成 17)年の三位一体改革による国立公園内の都道府県による施設整 備に対する補助金の廃止等は、従来の国立公園の管理運営体制、特に都道府 県の国立公園の管理運営の立ち位置に大きな影響を及ぼした。土地を国立公 園の目的のためだけに専用している営造物公園と異なり、基本的に風致等の 保護や公園内での限定的な適正利用に関する権限しか公園管理者にはない地 域制の公園では、多様な主体による管理運営にならざるを得ない必然性を有 していることは先にも触れた。

ただ社会や時代の流れは逆であった。このため、地域制である我が国の国 立公園では、新たな管理運営体制の再構築や質の向上が求められた。そのた めには共通認識としての国立公園のビジョンが必要であり、ビジョンの共有を 容易にする管理運営体制の基盤、つまり「わかりやすい公園」が重要となった。

尾瀬が日光国立公園から分離独立した背景には尾瀬保護財団設立趣意書に あるとおり、「湿原及び湖沼と周囲の森林、山岳がひとつのまとまり」28)を持っ ていたことも大きかったのである。尾瀬ばかりでなく、分離独立した屋久島、

妙高戸隠地域は、かつて、独立した公園として検討された「まとまり」のある地 域で国立公園数 2029)に翻弄された地域でもある。

こうしたことから、地域に暮らす人たちが自分たちの国立公園に対して誇 りを持つことに繋がる生物多様性保全と管理運営体制を軸とした国立公園の 再編の動きは、これからも続いていくものと思われる。

7.おわりに

かつて、戦後の一時期、一部の国立公園で国立公園地方審議会が設けられ ていた。この役割として、多様な主体による一体的な管理の構築が期待され ていたのかも知れない。

1947(昭和 22)年 4 月 30 日勅令第 176 号により、国立公園委員会が復活し、

戦前にはなかった国立公園地方委員会が設けられることになった。この規定 は 49(昭和 24)年 5 月 19 日に公布された法律第 84 号により、委員会から審 議会へと名称が変更されたが実質的な変更は見られなかった。この地方委員 会について田村(1948)は「アメリカでは國立公園はどこまでも國家の要請に

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基づいて設置せられるものであつて、地方的事情に左右せられてはならない といふ純理論に立脚するのであるから、さうした委員會の制度はない。然し カナダになると、強力な委員會制度があつて、管理についても参畫してゐる し、イタリヤを始め歐洲各國でも權威ある専門家を主體とする委員會があつ て、指定、計晝、管理等にまで參與しうるやうにしてゐる國が多いのである。

(…略…)そこで日本のやうに、民有地を廣く區域に含めて指定する必要があ り、他官廳や公共團體や民間事業家などの協力を要する國では、當然委員會 を尊重する必要があるので、勿論制度としては當然であり、又最近では指定 についてもさうであるが、その計晝や事業については、地方の意見を十分と り入れる必要があるとして、國立公園委員會を中央と地方とに分け、各國立 公園毎に地方委員會をも設置するやうに官制を改めたのである」30)と記述し ている。しかし「富士箱根国立公園地方審議会など一、二の地方審議会が設 置されたが、充分その機能をはたさぬまま、これは翌二五年四月一日には行 政改革により廃止」31)されてしまう。地方審議会については廃止された後の 51(昭和 26)年 9 月 6 日付国発第 88 号で各都道府県主管部長宛てに「国立(国 定)公園協議会の開催について」と題する通知が出ている。構成員として関係 都道府県主管部課、関係各省出先機関(営林局署、地方建設事務所)、地方県 議会議員、市町村長、観光関係団体、交通関係代表、宿泊業関係代表となっ ており、地方審議会に代わるべき体制を意図したものと考えられるが、その 後、自然公園法上等において、こうした規定が盛り込まれることなく今日に 至っている。しかしながら、当時としては、こうした連携体制のなかで国立 公園を管理運営していくことを目指していたのである。

もちろん、人手も資金も全くないような状況の中では、ごみ問題など目の 前にある問題や課題を如何に解決していくかということで手一杯であったは ずだ。国立公園の目的や将来像を共有しながら多様な主体による「協働」とい う形で、一体的に管理運営する体制などは夢のようなことであったろう。

しかし、その夢であった一体的に管理運営する体制の構築が、今、求めら れているのではないか。また、それに応えられる状況にあるのではないか。

多様な主体が一体的に管理運営する体制の構築は、生物多様性保全と相まっ

表 - 1 平成期の国立公園に関する主な出来事 国立公園 数(年末) 年 月 出  来  事 28 1991(平成 3 )年 4月 自然保護局保護管理課に代わり国立公園課が発足。国立公園に関する業務が一元化される。1992(平成 4 )年 5月 生物多様性条約採択。1993(平成 5 )年5月 環境基本法公布。12月 白神山地、屋久島、世界自然遺産登録。1994(平成 6 )年 7月 国立公園管理事務所から国立公園・野生生物事務所に改組。1995(平成 7 )年8月 尾瀬保護財団設立。9月 世界遺産地域連絡

参照

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