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我が国の知的障害・発達障害のある人に対する職業教育・キャリア教育の目標設定に関する予備的考察〜「特殊教育学研究」に掲載された論文に焦点を当てて〜

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161. 我が国の知的障害・発達障害のある人に対する. 職業教育・キャリア教育の目標設定に関する予備的考察. 〜「特殊教育学研究」に掲載された論文に焦点を当てて〜. 宮野 雄太1 德永 亜希雄2. 1 横浜国立大学教育学部附属特別支援学校 2 横浜国立大学教育学部. Considerations about setting objectives of Vocational Education and Career Education. for Person with Intellectual Disabilities and Developmental Disabilities in Japan. -Focus on the literature of“The Japanese Journal of Special Education”-. Yuta Miyano1 Akio Tokunaga2. 1 Special Needs Education School, Faculty of Education, Yokohama National University. 2 Faculty of Education, Yokohama National University. Ⅰ.問題と目的. ハローワークを通じた障害のある人の新規求職申込件数は年々増加している(厚生労働. 省,2020)。また、雇用障害者数および実雇用率も増加している(厚生労働省,2019)。近. 年では、平成 30 年 4月より、民間企業の法定雇用率は 2.2%となり、雇用義務の対象に精. 神障害者が加わった影響等が、障害のある人の就労状況を改善していると考えられる。一. 方で、松井・小澤(2018)は、知的障害者のある者に対して、職場における障害理解や人. 間関係などの課題の整理、解決策を検討する必要性を指摘している。また、発達障害のあ. る者についても、就職していても契約社員・派遣社員・アルバイト・パートといった身分. の不安定な就労状況や賃金が低い場合があり(小川,2006)、合理的配慮を実施している事. 業所が半数に満たない(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構,2020)といった. 課題が指摘されている。さらに、発達障害者については、平均勤続年数が 3年 4ヶ月と短. いことも明らかになっている(厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課地域就労支援. 室,2019)。知的障害、発達障害のある者の就労状況の改善に向けた更なる検討が必要と. なっている。. 障害のある人の社会人生活を支えるためには、職業リハビリテーションとともに学齢期. からの取組みも重要であり、「卒業後の生徒の職業的自立を目指す取り組みは後期中等教. 育の重要な課題となっている(山口,2020)」との指摘がある。学齢期の育ちを支える学. 校教育においては、学校種を問わずにキャリア教育の推進が取り組まれている。キャリア. 教育とは、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育て. ることをとおして、キャリア発達を促す教育」とされ(中央教育審議会,2011)、特別活. 動を要として学校教育全体で行うこととなっている(文部科学省,2018b;2018c;2019a)。. 162. 特別活動は、「人間関係形成」、「社会参画」、「自己実現」の3つの視点で整理された. 資質・能力の育成を目指すものである(文部科学省,2018e)。通常の学級に在籍するとさ. れる発達障害のある児童生徒も、在籍する学校でキャリア教育を受けていると考えられ. る。ただし、彼らの特性に応じた学習が実現しているかどうかは検証が必要な段階であ. る。特に、発達障害のある人の就職や職場で課題になることの一つとして「自己理解」が. 指摘されており(向後,2014)、自立活動の指導と関連づけながら、発達障害のある児童. 生徒のキャリア発達を促す取組みを検討する必要がある。. また、特別支援学校においてもキャリア教育の推進が必要であるが(文部科学. 省,2018d;2019b)、課題が指摘されている。例えば、菊地(2013)は、特別支援学校にお. けるキャリア教育では、「定義の共通理解」、「具体的実践イメージ」、「組織的取り組. み」が課題となっていることを指摘した。また、若林(2017)と森山・佐々木・名古屋. (2020)は、進路に関連する学習内容のない小学部において、体系的にキャリア教育が実. 践されていないという課題を指摘した。さらに、森山ら(2020)は、将来の夢を描くこと. だけに力点をおき、「働くこと」の現実や必要な資質・能力の育成が軽視されているとも. 指摘した。ただし、知的障害を対象にした特別支援学校では、学習を実生活に近い形態で. 行うという職業教育の工夫が従来からなされてきた。これは、「学習によって得た知識や. 技能が断片的になりやすく、実際の生活の場面の中で生かすことが難しい(文部科学. 省,2018a)」という知的障害のある児童生徒の学習上の特性に応じたものである。また、. 高等部では、普通科においても職業教育が取り組まれており、生活リズムへの配慮から帯. び型日課で取り組むという工夫がなされていることがある(真城・名川, 1994)。さらに、. 高等部のみ設置する特別支援学校では、職業に関する学科を設置し就労支援を行なってい. る場合がある(松見,2011)。一方で、これらの様々な指導上の工夫があっても、特別支. 援学校高等部を卒業生する知的障害のある生徒の進路の多くが社会福祉施設等への通所・. 入所であり、令和元年度の知的障害のある生徒の就職者は、知的障害のある生徒全体の. 34.9%の割合となっている。よって、教員や進路指導担当教員の専門性も含めて、職業教. 育に対しての意義づけと見直しを行いながら、特別支援学校のキャリア教育について検討. する必要がある。. 我が国の障害のある人を対象にした職業教育・キャリア教育の検討を行なったものとし. て、若林(2017)の文献レビューがある。若林(2017)は、我が国で行われた障害のある. 人の職業教育に関する実証的な実践研究を分析した。若林(2017)は、抽出した論文を. 「研究参加者の属性」、「研究参加者の課題(指導内容、指導の枠組みや手立て、評. 価)」、「実践への参加にあたっての配慮」の3つの観点で整理した。その結果、「信頼. 性の高い研究デザインを用いた研究の蓄積」、「高機能自閉症や知的障害のある生徒の特. 163. 性に応じた対応」、「指導を前向きに受け入れる態度の形成」、「先行研究を踏まえた実. 践」の必要性を指摘した。ただし、若林(2017)は、指導内容(標的行動)について文献. から情報を整理しているが、その指導内容の設定理由・根拠については触れていなかっ. た。また、職業教育の実践では、標的行動の増減だけでなく、目標とする進路先の設定な. ども取り上げられるが、これらの進路先選定の理由・根拠についても触れられていなかっ. た。我が国の職業教育・キャリア教育を充実させるために、目標設定の在り方について検. 討が必要と考える。. そこで、本研究では、知的障害・発達障害のある人、特に児童生徒の職業教育・キャリ. ア教育における、信頼性と妥当性のある目標設定の在り方に対する予備的考察を目的とし. て、実践目標(標的行動・進路先)の設定理由・根拠に焦点をあてた文献レビューを実施. した。. Ⅱ.方法. 1.分析対象論文. 「特殊教育学研究」に 2019 年までに掲載された査読付きの実践研究論文を対象とし. た。「特殊教育学研究」には、障害のある児童生徒に対する教育現場の実践研究が多く掲. 載されている。そのため、予備的研究の分析対象として適切な研究誌であると判断した。. 2.論文抽出手続き. 以下の3段階で分析対象とする論文を抽出した。. (1)電子データベース検索:国立情報学研究所の NII 学術情報ナビゲータにて検索を行. った。詳細検索として、刊行物名を「特殊教育学研究」、出版年を「2019」年まで、さら. にフリーワードとして「就労 OR 職業 OR キャリア OR 作業学習 OR 進路指導」と指. 定し、検索を行った。なお、電子データベース検索は、2020 年 6 月 19日に実施した。. (2)文献スクリーニング1:電子データベース検索で抽出された論文について、論文. 名・要約を確認し、次の基準で対象論文を選択した。包含基準は「職業教育、キャリア教. 育、作業学習、移行支援、進路指導に関する研究で、障害のある人に対して研究者による. 介入が実際に行われた査読の行われた実践研究論文」であった。除外基準は「学校現場で. はない実践」、「特集記事」、「研究大会発表記録(シンポジウム・講演・ワークショッ. プ・個人発表等)」、「調査研究」、「総説・展望・研究時評」、「重複した論文」とし. た。. (3)文献スクリーニング2:文献スクリーニング1で抽出された論文について、本文. を含めて精読し、次の基準で対象論文を選択した。包含基準は、スクリーニング1と同じ. であった。除外基準は、スクリーニング1の除外基準に加えて、「研究目的や介入目的. 164. が、就労、職業に関するスキルや知識、キャリア発達に関する研究ではない論文」を追加. した。. 3.分析方法. 抽出された実践研究論文について、「①職業教育の内容」、「②実践目標と目標設定の. 理由・根拠」、の2つの観点で整理した。「①職業教育の内容」は対象論文の実践概要を. 示すために設定した観点である。学校施設内での学習を「授業」、学校施設外での学習を. 「現場実習」、進学・就労に向けた相談を「進路相談」、卒業後の就職先での支援を「定. 着支援」として、4つのカテゴリーに重複を含めて分類した。本研究の目的にあたる「②. 実践目標と目標設定の根拠」については、その概要を対象論文から読み取り、簡潔に記述. した。. Ⅲ.結果. 1.文献抽出の結果. 電子データベース検索の結果、106 件の論文が抽出された。次に、この 106 件の論文に. 対して文献スクリーニング1を実施した結果、24 件の論文を抽出し、82 件の論文を除外. した。除外した理由の内訳は、「学校現場ではない実践研究」が 2件、「シンポジウム・. 講演・ワークショップ・大会発表報告等」が 44 件、「調査研究」が 22 件、「総説・展. 望・研究時評」が 10 件、「実験研究・観察研究・文献研究」が 3件、「文献の重複」が 1. 件であった。その後、抽出した 24 件の論文を対象に、文献スクリーニング2を実施した. 結果、12 件の論文を抽出し、12 件の論文を除外した。学校現場ではない実践研究である. ために除外した 1件の論文は、山本・香美・小椋・井澤(2013)であり、「事業団等のプ. ログラム」についてであった。研究テーマが異なるために除外した 10 件の論文は、昇地. (1970)が「運動機能」、室橋・広川(1994)が「描画行動」、冨樫・位頭(1994)が. 「攻撃的行動」、四日市・斎藤・丹(1995)が「語彙量」、井上・小川・藤田(1999)が. 「言語指導(疑問詞)」、菅佐原・吉光・山本(2003)が「情報検索スキル」、望月・向. 後(2003)が「表情認識」、前田・佐々木・朝岡・野呂(2017)が「保護者の行動変. 容」、平野・佐々木・野呂(2018)が「受容言語の獲得」、臼井・佐々木・野呂(2018). が「選択行動」を研究テーマとしていた。研究デザインが異なるために除外した 1件の論. 文は、渡辺(1996)であり、調査研究法による研究であった。. 上記の3つの段階を経て抽出された 12 件の論文を分析対象論文とした。12 件の論文. は、四日市(1992)、青山(1995)、小池・丹野(1995)、高畑・武蔵(2002)、高畑. (2004)、高畑・牧野(2004)、霜田・井澤(2005)、大谷(2006)、近藤・光真坊. (2006)、樋口・納富(2010)、石津・井澤(2011)、朝日(2015)であった。. 165. 2.文献レビューの結果. 分析対象論文の職業教育の内容、実践目標と目標設定の理由・根拠を Table 1 に示した。. (1)職業教育の内容について. 授業を取り扱った研究が 7件、進路相談は 3件、現場実習は 6件、定着支援は 3件であ. った。. (2)実践目標とその目標設定の根拠について. 実践目標として「作業・行動・知識」を取り上げた研究の中で、生徒の実態に基づいて. 目標を設定した研究は、四日市(1992)、霜田・井澤(2005)、樋口・納富(2010)であ. った。次に、本人の要望に基づいて目標を設定した研究は、霜田・井澤(2005)であっ. た。保護者や関係機関の要望・ニーズに基づいて目標を設定した研究は、高畑・武蔵. (2002)、高畑・牧野(2004)、樋口・納富(2010)であった。介入者の意図に基づいて. 設定した研究は大谷(2006)であった。近藤・光真坊(2006)、朝日(2015)も介入者に. よって目標が設定された旨の記述を確認できたが、詳細な理由・根拠を確認できなかっ. た。先行研究に基づいて設定した研究は、石津・井澤(2011)であった。なお、生徒の実. 態に基づいて目標を設定した旨の記述があったものの、その理由・根拠を明確に確認でき. なかったものとして、青山(1995)、小池・丹野(1995)、高畑(2004)があった。. 次に、実践目標として「就職先」を取り上げた研究の中で、生徒の実態に基づいて目標. を設定した研究は、四日市(1992)であった。なお、高畑・武蔵(2002)と高畑・牧野. (2004)においては、目標就職先を決めるうえで、生徒本人および保護者と協議を行った. 旨の記述があったが、その目標就職先の設定理由と生徒実態との関連性は明確に確認する. ことはできなかった。. 166. Table 1 分析対象論文の職業教育の内容、実践目標と目標設定の理由・根拠 (Part 1). 論文 職業教育の内容 実践目標と目標設定の理由・根拠. 四日市(1992)注1. ・授業 ・進路相談. ・視知覚発達を実践目標とした。視知覚発達を進路指導へ活用した理由として、精神薄弱児の進路先の職場では、単 純な手作業や身体を使った作業などが中心であり、細かい部品を扱う職種を選択する場合に視知覚能力が問われるこ とを挙げた。個々の視知覚課題は、フロスティッグ視知覚発達検査を根拠に、落ち込みのあった視知覚領域を設定し た。 ・就職先の選定を実践目標として、フロスティッグ視知覚発達検査の落ち込み領域が学習によって改善したかどうか を根拠の一つとした。. 青山(1995). ・授業 ・紙の二つ折り作業の作業効率向上を実践目標とした。紙の二つ折り作業を目標とした理由は示されていなかった。 個々の作業量は、基本課題量(20 分間でできる作業量を 3回測定し、その平均値)を根拠として設定された。. 小池・丹野(1995). ・授業 ・ピロウビーズのれん作りの習得を実践目標とした。ピロウビーズのれん作りを目標とする上で、作業の試行的実践 の結果が根拠とされた。試行的実践では、何に興味をもつか、どんな作業ができるか観察・検討された。. 高畑・武蔵(2002). ・現場実習 ・定着支援. ・リネン関係の D事業所への就職を実践目標とした。D事業所を目標とした根拠として、知的障害者を多数雇用し理 解があること、通勤可能な地域であること、定型的な業務であることが、その理由の例として示された。D事業所を 目標とするうえで、対象生徒、保護者との協議が行われた。 ・支援ツールを用いて、乾燥機操作、コンベアー操作を常時の監督や付き添いがなくても一人で遂行できることを実 践目標とした。乾燥機操作、コンベアー操作を目標とするうえで、介入者の環境調査の結果が根拠の一つとされた。 環境調査には、介入者による事業所の業務の試行、工場長からの説明、従業員の要望などが含まれた。. 高畑(2004). ・授業 ・現場実習. ・支援ツールを用いて、自立して目標作業量を達成することが実践目標とされた。作業は、箱折、S字フック数え、 おむつたたみ、プリントごっこ、手フート印刷、トイレと手洗い、しいたけきざみ、であった。これらの作業が選ば れた理由は示されなかった。目標作業量は、対象生徒の状況に合わせて設定されたとの記述があったが、詳細は記述 されていなかった。目標作業時間は、はじめは、3〜5 回程度測定した目標作業量の達成時間の平均時間を、1.5倍し た程度とされた。その後、指導の進捗とともに修正された。 ・不適切行動の減少が実践目標とされた。不適切行動の減少が実践目標とされた理由は明示されなかった。介入する 行動は、機能的アセスメントを根拠に設定された。. (続く). 167. Table 1 分析対象論文の職業教育の内容、実践目標と目標設定の理由・根拠 (Part 2). 論文 職業教育の内容 実践目標と目標設定の理由・根拠. 高畑・牧野(2004) ※高畑(2004)の継続研究で. ある. ・現場実習 ・定着支援. ・リネン関係の A社への就職を実践目標とした。A社を目標とした根拠として、知的障害者を多数雇用し理解がある こと、通勤可能な地域であること、定型的な業務であることが、その理由の例として示された。A社を目標とするう えで、対象生徒、保護者との協議が行われた。 ・支援ツールであるタイマーを用いて、タイマーが鳴るまでに目標作業量を自立して達成することが実践目標とされ た。作業は、おむつたたみと、洗濯機操作であった。おむつたたみが作業として選ばれた理由は示されなかったが、 洗濯機操作は A社の要望から取り組まれたことが示された。. 霜田・井澤(2005). ・授業 ・作業量、作業態度に対する適切な目標設定と自己評価を実践目標とした。この実践目標の理由は、対象生徒の実態 として、興味のない活動に対する取り組みにむらがある、目標を高く掲げるが取り組みは持続しない、が示された。 ・対象生徒の取り組む作業工程は、作業学習の実態、教員側の目標・希望、各生徒の希望によって決められた。. 大谷(2006). ・授業 ・余暇に対する認識を深めながら自分の希望する活動を見つけだすこと、就労に関する問題や悩みの解決方法に気づ くことを実践目標とした。この目標設定の理由として、高等部段階にある生徒として、就労を支援するための制度活 用、働く生活を支える日常の健康管理や余暇の過ごし方などについての認識を深めることを期待したという授業者の 意図が示された。. 近藤・光真坊(2006). ・授業 ・進路相談 ・現場実習. ・学校内における取組は、3つの場面に分けて示された。一つ目は、日常生活場面での指導として、挨拶をきちんと する、身だしなみを整える、遅刻をしないなど時間を守る、を実践目標とした。二つ目は、職業学習での指導として、 作業時間中は勝手にその場を離れない、わからないことがあれば質問する、質問に対する返答にはお礼をいうなどを 実践目標とした。3つ目は、保護者との連携については、療育手帳の取得を勧める、職業リハビリテーション利用を 勧める、障害者枠での一般雇用を勧めるなどを実践目標とした。これらの実践目標は、担任と研究者によって決めら れたが、その理由は示されなかった。. (続く). 168. Table 1 分析対象論文の職業教育の内容、実践目標と目標設定の理由・根拠 (Part 3). 論文 職業教育の内容 実践目標と目標設定の理由・根拠. 樋口・納富(2010). ・授業 ・進路相談 ・現場実習 ・定着支援. ・対象生徒 4 名について、個別の実践目標が示された。対象生徒 Aに対しては、注意や指導の受け入れを促す、就労 意欲や体力をつける、穏やかな口調・適切な言葉でのコミュニケーションを促す、であった。対象生徒 Bに対しては、 スケジュールの変更や修正の受け入れを促す、報告や援助要求ができるようにする、勤労により報酬を得ることの理 解を促す、社会ルールの習得を促す、であった。対象生徒 Cに対しては、失敗への不安を軽減し適切に対処できるよ うにする、就労意欲を育てる、仕事の追加や変更への対応ができるようにする、であった。対象生徒 Dに対しては、 適切な注意喚起行動やコミュニケーションを促す、就労意欲や体力をつける、卒後に必要なソーシャルスキルを身に つけさせる、であった。これらの実践目標の設定にあたって、田中ビネー検査、WISC−Ⅲ、S-M社会生活能力検査、 研究対象校である Y校独自の自立活動評価、保護者への聞き取り(生育歴・教育歴や発達の特徴や日常生活の様子、 関係機関の活用、得意なこと、保護者のニーズ等)、出身中学校への聞き取り、保護者面談および行動観察(行動や コミュニケーションの特徴)が行われ、その根拠とされた。さらに、就労後の生活を見据え、職場での自立や余暇等 について詳細な把握が必要と判断された生徒には、青年成人用心理教育診断検査(AAPEP)が実施され、その根拠と された。. 石津・井澤(2011). ・授業 ・きちんとあいさつすることができる、ごめんなさい・ありがとうと言うことができる、困った時に助けを求めるこ とができる、ストレス状態を知る・その対処法をもつ、適切に断ることができる、が実践目標とされた。これらの目 標は、向後・望月(1999)の障害者の就労の実現と課題に関する調査研究、市川(2006)、井澤・霜田・小島・細川・ 橋本(2007)の実践研究を参考にして設定された。. 朝日(2015). ・進路相談 ・現場実習. ・キャリア発達の促進、コミュニケーションスキル、ライフスキルを身につけることが実践目標とされたが、具体的 な行動は示されなかった。また、具体的な目標が示されなかったため、目標設定の理由・根拠を確認できなかった。 ただし、研究対象者それぞれに必要なライフスキルが検討された、との記述を確認できた。一方で、グループワーク の活動内容は、ジョブカフェちば(2015)、ジョブカフェいばらき(2015)を参考に作成されたことが示された。. 169. Ⅳ.考察. 1.抽出された論文の特徴. 本研究では、主に知的障害・発達障害のある児童生徒を対象とした職業教育の実践研究. が抽出された。これには、以下の要因があると考えられる。まず、視覚障害や聴覚障害の. ある生徒については、高等部卒業後の進路として進学する者が3割程度おり(文部科学. 省,2020a)、知的障害教育と比べて職業教育の実践が報告されにくい状況があると考えら. れる。また、肢体不自由や病弱・身体虚弱のある生徒の高等部卒業後の進路は、ほとんど. が社会福祉施設等への通所・入所であり(文部科学省,2020a)、職業教育の実践が報告され. にくい状況があると考えられる。一方で、キャリア教育は、障害の種別や有無に関わら. ず、どの学校でも取組まれるべきものであるが、本研究では論文が抽出されなかった。障. 害種によらずに職業教育やキャリア教育の信頼性のある研究デザインに基づいた実践研究. が必要と考えられる。. なお、これ以降は知的障害・発達障害・特別なニーズのある生徒を対象にした職業教. 育・キャリア教育についての検討を行う。. 2.目標設定のためのアセスメント. Davidsen & Taylor(2020)は、効果的な移行カリキュラム(Transition Curriculum)を作. り出す方法は、第一に個々の特性を理解することであると指摘した。実践目標の設定にお. いても、児童生徒の実態に基づくことは、効果的で妥当な指導のために重要であり、その. 実態把握方法の充実が必要と考える。本研究が抽出した論文において、児童生徒の実態と. 関連づけて目標を記述している研究は 12 件中 3件のみであった。実践研究の中には、児. 童生徒の実態に関わらず、指導方法や指導プログラムの検証が研究目的となり、実態と指. 導目標の関連性の記述が曖昧な場合もあった。児童生徒実態と目標の関連が明示されてい. ない場合、研究手続きの再現性が高くても、現実の実践に適用する情報を欠いていると考. えられる。. また、実態の記述においては、その実態把握の方法が吟味される必要がある。霜田・井. 澤(2005)は、生徒の実態を記述したが、どのようにその実態を把握したかは記述してい. なかった。四日市(1992)はフロスティッグ視知覚発達検査の結果を用いたが、視知覚発. 達の測定結果を職業教育の実態把握とするには、その妥当性の検証が必要と考える。ま. た、樋口・納富(2010)は、田中ビネー検査や WISC−Ⅲ、S–M 社会生活能力検査、学校. 独自の自立活動評価表を用いているが、これらについても職業教育の実態把握とするには. その妥当性の検証が必要と考える。ただし、樋口・納富(2010)は、就労後の生活を見据. えて詳細な実態把握が必要となった生徒に限定して、青年成人用心理教育診断検査(以. 下、AAPEP)を実施した。AAPEP は、現在改定され、「自閉症スペクトラムのための移. 170. 行アセスメントプロフィール(TEACCH Transition Assessment Profile;以下、TTAP)」とな. っている(Mesibov, Thomas, Chapman, & Schopler ,2007)。TTAP は、仕事に直接関係するス. キルの実態を把握できるとともに、知的障害や自閉症のある者の離職理由となることの多. い生活スキル、コミュニケーション能力、ソーシャルスキル、余暇スキルも把握でき、職. 業教育のアセスメントとして妥当性が高く参考になると考える。. また、キャリア教育においても、児童生徒の実態に基づいた目標設定が必要である。知. 的障害のない特別なニーズのある生徒を対象にした朝日(2015)は、キャリア発達におけ. る成長プロセスの把握において、客観的評価が課題となったことを報告した。一方、東京. 障害者職業センターは、アスペルガー症候群のある者を主な対象にして、実習における行. 動・特性に対する自己評価と他者評価を行い、自己理解を深めるための「職場実習アセス. メントシート」を開発した(梅永・井口,2018)。また、Clark, Konrad & Test(2018)も、障害. のある人の職業訓練において、自己評価と他者評価を行うための Job Performance Rubric を. 開発した。このような手続きが定まった方法を一貫して用いることによって、実態把握の. 客観性を高めていくことができ、参考になると考えられる。ただし、これらの取組は職業. に関する自己理解についてであり、キャリア発達のごく一部であるということに留意が必. 要である。小学校等においては、「キャリアパスポート」が作成・活用されることになっ. ており(文部科学省,2019c;2020b)、「キャリアパスポート」の記述から実態と成長を見. 取るといった実践も必要と考えられる。キャリア発達における実態把握の主観性を弱める. ことで、設定する目標の信頼性と妥当性を改善できると考えられる。. さらに、検査の利用や行動観察に加えて、保護者や関係者への聞き取りが行われている. 場合があるが、これらの詳しい手続きが報告されている研究はなかった。これらの情報が. 目標設定の根拠となる場合もあることから、手続きの明示が望ましいと考える。TTAP で. は、半構造化面接による「家庭尺度」、「学校/事業所尺度」が含まれており、聞き取り. による実態把握の信頼性を高めるために参考になると考える。. 3.目標設定における授業者の意思決定. 実践目標の設定においては、介入者の意思決定に対する検討も必要である。授業を行う. 教師の意思決定に関連して、吉崎(1997)は「デザイナーとしての教師」を提唱してい. る。デザイナーとしての教師とは、授業の実施者(アクター)と評価者(イバリュエータ. ー)としてではなく、授業の設計者としての教師についてのことである。吉崎(1997)に. よれば、授業の設計において、教師は様々な意思決定を行なっているとされる。この教師. の意思決定とは判断であり、授業を計画する段階では主観性が強いことは否めず、吉崎. (1997)の述べるように「建築の設計図のように完璧なものではない」と考えられる。し. かし、この授業の設計者としての意思決定がなければ、教育課程と生徒の実態を結びつけ. 171. ることはできない。そこで、授業者の意思決定の主観性を弱めるために、授業者以外の第. 3者の視点の導入が効果的と考えられる。本研究が抽出した論文においては、大谷. (2006)が、授業研究によって授業に対する批評者の意見や生徒のワークシートにおける. 記述等をもとに、授業改善を行った。このように、目標設定において、授業者の意図の主. 観性をただ否定するのではなく、第3者の意見を得る場を設定することで、その主観性を. 弱め、信頼性と妥当性を高めていく取組みが必要と考えられる。. 4.就職目標設定の客観性. 目標とする就職先を設定する手続きは、研究課題であると考えられる。この手続きは、. ジョブマッチングと呼ばれる「障害のある人の特徴と、職場の特徴の最適な組み合わせを. 作り出すこと(千田,2020)」の一部である。本研究が抽出した論文においては、希望就. 職先(実習先)を選ぶにあたって、四日市(1992)がフロスティック視知覚発達検査の落. ち込み領域が学習によって改善されたかどうかを根拠とした。しかし、前述と同様に、こ. の検査結果から就職先を選ぶことの妥当性は検証が必要である。特に、研究対象となった. 6名中 4 名は、フロスティック視知覚発達検査の結果よりも、知的レベル、情緒、行動特. 徴を条件に進路が決定されたことが報告されており、他のツールの利用が望ましいとも考. えられる。また、高畑・武蔵(2002)と高畑・牧野(2004)は、就職目標とする企業を選. んだ理由を示しているが、その手続きは示していなかった。. 一方、TTAP には、目標とする企業を選択するうえで利用可能な Community Skills. Checklist(以下、CSC)という記入シートが含まれている。CSC は、その地域で就職する. 可能性のある職業で必要となるスキルを一覧にしたチェックリストである。例えば、. TTAP が開発されたアメリカのノースカロライナ州の職業として、事務、家事、倉庫/在庫. 管理、図書、造園/園芸が挙げられ、必要となるスキルが一覧となっている。我が国にお. いても、清水(2018)が宇都宮版を開発した。このように、職務を整理することは、職業. 適性や支援の手立てを把握するための評価基準ができることを意味し(縄岡・前. 原,2020)、アセスメントとして有用である。また、TTAP では、Community Behaviors. Checklist(以下、CBC)として、生活スキル、コミュニケーションスキル、余暇スキル、対. 人行動、移動スキルや職場環境などのチェック項目を記入し一覧できるようにしている。. CSC、CBC のような項目をチェックする手続きを踏むことで、目標とする就職先を選定す. る際の主観的な判断を弱め、目標の妥当性を向上できると考えられる。さらに、CSC、. CBC のような簡便なチェックリストは、障害のある生徒の進路相談において、生徒が教員. と一緒にチェックすれば、生徒本人が自分の職業能力・適性と職場の組み合わせについて. 理解するための有効なツールとなり得る。そして、本人の自己理解が深まれば、生徒が目. 標とする進路先の妥当性が高まると考えられる。. 172. 5.本研究の課題. 本研究では、「特殊教育学研究」に掲載された職業教育・キャリア教育の実践目標(指. 導目標、目指す就職先)の設定における信頼性と妥当性の課題を確認できた。しかしなが. ら、本研究は「特殊教育学研究」に焦点を当てた予備的考察であり、出版バイアスが含ま. れている。今後は、若林(2017)のように複数の研究誌を対象にして、本研究の論文抽出. 手続きに沿って対象論文を選定し、更に検討を行う必要がある。. Ⅴ.文献 (*は、分析対象論文を指す). *青山真二(1995)作業システムの構造化の有効性について-特殊学級における作業形態. の個別化と 3段ラックの使用を通して-.特殊教育学研究,32,1-5.. *朝日華子(2015)特別な配慮を要する定時制高校性のキャリア発達を促すための支援-. スクールソーシャルワークの視点を取り入れたグループワークの取り組み-.特殊教育. 学研究,53,195-203.. 中央教育審議会(2011)今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について. (答申),文部科学省,2011年 1月 31日,. https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/02/01/130. 1878_1_1.pdf(2020年 10月 20日閲覧).. Clark, K. A., Konrad, M., & Test, D. W. (2018) UPGRADE your performance: Improving soft skills. of students with disabilities. Journal of Vocational Rehabilitation,49,351-365.. Davidsen, D. B., & Taylor, J. (2020) Developing the Transition Curriculum. Wehman, P, (Ed). ESSENTIALS of Transition Planning Second Edition. Paul H. Brookes Publishing CO,. 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参照

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