体験活動を生かした道徳の授業についての研究 : 共同性を基盤においた話し合い活動をめざして
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(2) 体験活動を生かした道徳の授業についての研究 一共同性を基盤においた話し合い活動をめざして一. 思い思いに意味づけしていく性格のもの」4と 考えている。. 1−2 体験活動の位置づけ 平成10年前学習指導要領の総則では,「体験. 一方で,早田は,道徳と体験活動の関係につ. 的な学習」を積極的に取り入れることが強調さ. いて,次のよう「 ノ述べている。「人々とのかか. れている。そこで,各教科,領域での「体験的. わりや社会的連帯と呼ばれるものを相互主観的. な学習」の位置づけをみてみよう。ここでは,. に実感として分かり,社会性や道徳性にかかわ る社会規範の意味(の妥当性)を見出し,自己. 「体験的な活動」と体験活動を便宜上ほぼ同じ 意味としてとらえ,考えることにする。. の在り方を絶えず追求していく契機になる場と. まず,各教科では,「体験的な学習や問題解決. して体験活動をとらえることが,道徳教育にお. 的な学習を重視する」1とともに,児童の興味・. いては必要であるPとしている。. 関心を生かし,自主的,自発的な学習を促すこ. 生活科などの各教科は,一人ひとりが,事柄. とが期待されている。. や事象に対して,自分なりに意味づけを行うこ. 次に,総合的な学習の時間では,「自然体験や. とで,体験活動が生かされていることになる。. ボランティア活動などの社会体験,観察・実験,. つまり,体験活動を主観的なものととらえてい. 見学や調査,発表や討論,物づくりや生産活動. るのである。しかしながら,道徳はそうではな. など体験的な学習,問題解決的な学習を積極的. い。社会規範の意味(の妥当性)を見出し,自. に取り入れること」2としている。. 己の在り方を追求していくことから,体験活動. 道徳では,「ボランティア活動や自然体験活. を主観的なものととらえているのではなく,相. 動などの豊かな体験を通して」3児童の道徳性. 互主観的なものとみなしている。r. の育成が図られることが期待されている。. このことから,各教科の体験活動の取り組み. このことから,総合的な学習の時間では,実. と道徳での体験活動の取り組みは,異なってい. 際に体を動かすことに重点が置かれており,す. るといえるのではないか。そのことを明らかに. なわち,体験活動を目的として,捉えていく傾. するために,次に道徳における体験活動の位置. 向がある。それに対して,各教科や道徳では,. づけを,もう少し詳細に見てみよう。. 体験活動を学習の過程の一部に位置づけている ことから,体験活動を学習過程の次の段階に上. 2 道徳教育における体験活動. がるための手段や方法の一つとして位置づけて. 2−1 体験から経験へ. いるといえるのではないか。. 金井は,「子どもが道徳の内容を学んでいくに. は,3つの通路があるとしている。1つ目は,知. 1−3 各教科の体験活動と道徳の体験活動. 性の通路である。それは,‘道徳の時間の学習に. 各教科と道徳は,体験活動を手段として捉え. おいて,資料などを用いて知的な操作を行い,. ている点に関しては一致しているといえるが,. 「心のなかの綱引き」を経験させ,知的な理解. 全ての点で一致しているとい.うわけではない。. を通して道徳的価値の大切さを自覚させること. 各教科の例として,生活科をあげよう。片上. である。2つ目は,感性の通路である。これは,. は,生活科の学習を,「子ども一人ひとりが直接. 体験や知的理解に伴って子どもたちの心情が揺. 体験的な活動を通して,身近な事柄や事象の中. さぶられ,学習が強化されていくことである。. に入りこみ,それを自分に引きつけて,自由に. 感性を,道徳的価値の自覚を深める上で重要な. 一4一.
(3) 生徒指導研究 第18号. ものとしている。3つ目は,体験の通路である。. 験のように自己のなかに意味として取りこんで,. これは,知的な学習だけでは不十分で,実際に. 自己を豊かにしてゆくものではなく,意味とし. 体験しなければ身につかないことがあることを. て定着できないものとしてとらえている。ここ. 指摘している6。このように,金井は,知性・. に,生成としての体験の価値があるとしてい. 感性・体験の三つの通路を通ることにより,1. ケ. る8。. 徳学習を深めることができるとし,道徳の時間. 体験に対する見方に視点をおいて,石硯と矢. での体験の意義を,実感としてわかることとし. 野を比較すると,前者は体験で得た認識が直接. ている。、. 的に道徳的価値に結びつき経験へと移行すると. 一方で,石窟は,体験を「人格的・個性的な. 考えているが,後者は体験で得る認識について,. ものであり,いわば無秩序で一般化できな. 体験することにより,自分の知らなかった世界. い」7ものとみなし,体験活動で実際に得た道. と出会い,自己の根底に深く触れることが可能. 徳的体験も,そのままであれば価値は子どもの. となり,体験している自分自身が主体となって,. 心に内面化されないと指摘する。そこで,体験. 体験の意味を生成していくものであると考えて. で獲た認識を,客観性・普遍性をもった経験へ. いる。. と移行させる必要があり,体験を経験へと導く. つまり,石盛の考え方では,体験活動を通し. 道徳の時間こそが重要であるとしている。. て実感としてわかる認識は子どもの内から生ま. つまり,金井の体験に対する捉え方が,実感. れるが,経験化される過程において,教師のね. としてわかるということに重点を置いているの. らいとしていた道徳的価値に結びつけられる。. に対し,石面は,実感としてわかる体験から,. これは,渡邉が近代教育の課題として指摘する,. 客観性・普遍性をもった経験へと導く過程に重. 「大人(教師)→『子ども(生徒)→対象(世. 点を置いていることがわかる。金井の捉える体. 界)』」9どいう,教育モデルが成立しているの. 験では,個人の感性という枠組みから出ること. ではないか。体験活動を行うことにより,一見. ができず,人格的・個性的なものにとどまって. 子どもが主体的に学んでいるかのように見える. しまう。. が,経験化する際に,子どもの心情を媒介にし. 体験活動を生かした道徳の時間の場合,体験. て,教師が設定した特定のねらいにもつていっ. を,実感としてわかるレベルにとどめるのでは. てしまう。これは,道徳的価値の教え込みと同. なく,個人の実感と客観性・普遍性をもった道. じなのではないか。. 徳的価値を関連させて考え,経験化する場を設. 矢野のように,体験を,新たなものを創り出. 定する必要があるのではないか。. すという,「生成としての教育」として意識する. ことによって,教え込みの教育から脱出するこ. 2−2 体験と「生成としての教育」. とができるのではないか。. 上述のように,石面は,体験を人格的・個性 的なもので,無秩序で一般化できないものとと. 2−3 教育的行為の関係性. らえ,通徳的体験を客観性・普遍性をもった経. 上述のように,矢野は,体験を新たなものを. 験へと移行させることが重要であるとしている。. 創り出す,生成としての教育と捉えることによ. 一方で,体験と経験との関係を独自の観点か. り,体験活動の可能性を広げ,子どもの主体性. ら非連続的にとらえている矢野は,体験を,経. を尊重し,教え込み教育から脱出できる手がか. 一5一.
(4) 体験活動を生かした道徳の授業についての研究 一共同性を基盤においた話し合い活動をめざして一. りを得た。しかし,矢野の考え方で経験化を. や規範を創り出す道徳の授業が必要であると考. 図っていくと,子ども(主体)と体験を通して. えられる。. 出会った世界(客体)の関係性しか見えてこな い。子ども一人ひとりに対してそれぞれ独自の. 3 体験活動を生かした道徳の授業の課. 世界が成立しており,その関係性からは,子ど. 題. も同士のかかわりが,意味あるものとして位置. 早田は,体験活動と道徳の授業を関連させた. づけられないのである。つまり,矢野のとらえ. 実践は,多くの学校現場で行われているが,そ. 方だと,「子ども(主体)→世界(客体)」とい. こには課題があるとし,体験活動を道徳の授業. う関係性が個々に成立しているため,「経験の. に生かしていく意義を2つにまとめ,再確認し. 個別化」が進んでしまう。. ながら課題を指摘している’3。. 「経験の個別化」の問題を解決するために,早. 田の体験活動に対するとらえ方をみていこう。. 1)道徳の時間において知識的なものは子. 早田は,体験活動における経験は,子ども同士. どもたちはすでに持っており,道徳的価値. がそれぞれの主観を認め合いながら了解する過. が大切なものであるこ.とを知っている。道. 程を必要としているとし,自己の考え方を他者. 徳の時間はそのことを前提として道徳的価. に押し付けるものではないとしている。また,. 値の自覚を図っていくのであるが,その際. 体験活動における認識を,「自己の認識の枠組. に,資料中の主人公の気持ちを巡る話し合. みを改変しつつ他の考え方を受け入れていく過. いに終始し,知的観念的レベルでの学習に. 程を意味しており,そうしてはじめて了解が生. とどまりがちである。それを乗り越える1. まれるし,相互理解も成り立つ」10としている。. つの方策として体験活動を取り入れ「実感」. つまり,子どもと子どもの間に「主体一主体」. を伴った道徳的価値の主体的自覚を図る14。. という相互行為に基づく関係性が成立した上で,. 2)子どもたちの道徳性を発達させるため. 体験を通して出会った世界(客体)を経験化さ. には,特定の道徳的努力を要求するような. せる必要があるとしている。早田の考え方にお. 集団の実践的な諸活動に参加させ,他人と. いては,渡邉の提案する「[大人(教師)一『子. の多様な人間関係を経験させ,集団におけ. ども(生徒)一子ども(生徒)』]→対象(世界)」11. る道徳的規範を身をもって学び道徳的価値. という教育モデルが成立している。子ども同士. の自覚を促す15。. が主体となり,体験から得た認識が,かかわり. まず,1)は,体験活動が持つ感動などの感. 合いの中で確認され,価値・規範となり,経験. 情や感性に基づく個人的な側面を,道徳学習の. へと組み換えられるのである。. 課題を克服するために導入するというものであ. 道徳教育において体験活動が重視されるのは,. る。体験活動で得た心情を基に,資料中の登場. 私たちが現実に生きている社会に,社会規範と. 人物の行動の是非について論拠を述べさせる。. して道徳が存在しているからである。社会規範. しかし,このような体験活動の位置づけ方は,. は,社会や他者とのかかわりにおいて具現化さ. 渡邉・戸崎が指摘するように,登場人物の気持. れ,認識されるものである’2。そうすると,「経. ちという心情を媒介にして,価値を教え込み,. 験の個別化」を生みだす体験活動ではなく,子. 価値の内面化とみなす「価値伝達・心情主義」. ども同士のかかわりによって,共有できる価値. の問題を含んでいると考えられる16。つまり,. 一6一.
(5) 生徒指導研究 第18号. 体験を導入することにより,一見すると子ども. 互行為を担い,行為者は共に主体となる行為で. が自発的に活動し,道徳的価値を学習している. ある。戦略的行為もコミュニケーション的行為. よう・にみえるが,結果として,子どもを大人(教. もともに社会的行為に属しているが,「成果志. 師)の教育的操作の対象にしてしまい,道徳的. 向的態度」をとるか,「了解志向的態度」をと. 価値の教え込みとなってしまうのである。道徳. るかで両者は区別される。. 的価値の教え込み,注入といった教育モデルを. 早田は,「成果」とは,ある状況で目標をめ. 解決していく必要がある。. ざす作為ないしは不作為によって,因果的に惹. 2)は,体験活動そのものがもつ,自己と他. き起こすことのできる望ましい状態が世界内に. 者との人間関係における道徳的・社会的側面に. 出現することと定義している18。戦略的行為は,. 着目し,「なすことによって学ぶ」という観点か. 相手方の意思決定に影響を与えることから,成. ら道徳教育に体験活動を導入したものといえる。. 果志向的態度とみなされる。. これは,個性や多様性の尊重という立場から,. 他方,「了解」とは,言語能力と行為能力を. 一人ひとりが感じたことをそのまま体験として. そなえた主体の間で一致が達成される過程とし. 一人ひとりの心の中に培っていくというプロセ. ている。成果を目的にするのではなく,自分が. スで進められる。ここには,私的に進められ主. 他人と互いに了解しあうことを目指した了解志. 観的学習の域を出ることがないという,「経験. 向的態度には,相互行為を担い,行為者は共に. の個別化」の問題がある。道徳性・社会性を子. 主体となるコミュニケーション的行為が当ては. どもが相互主体的に身につけていくためには,. められる。. この個別化の問題を問主観1生の方向へと克服し,. このような了解を志向した「コミュニケー. 規範や価値を他者と共有する場を設定しなけれ. ション的行為」において,早田は,「諸個人は,. ばならない。. 自分の個人的な目標を追求するが,それは,彼. そこで,体験活動を生かした道徳の授業を展. らが共通の状況定義に基づいて自分たちの行為. 開するにあたって,J.ハーバーマス(Jurgen. 計画を互いに同調させることができるという条. Habemlas)のコミュニケーション的行為の理論. 件の下での行為」19としている。私たちは,対. に依拠しながら,この課題を考えていきたい。. 話の中で様々な内容を言明するが,それは単に 言明しているだけではない。発話する主体は,. 4 コミュニケーション的行為の理論に 基づく道徳の時間. 性を持っていると思うことを主張している。も. 4−1 コミュこケーション的行為の理論. し,聞き手が発話行為に含まれている申し出を. 4−1−1 コミュニケーション的行為. 受け入れた場合,聞き手もその妥当性や正当性. ハーバーマスは,人間の行為を以下のように. を了解したとみなすことができる。このような. 三類型に区分した17。一つ目は,道具的行為で,. 条件の下で,諸個人は,自分の目標を追求して. 私たちが技術をもって物をつくる行為を指して. いくのである。. いる。これは,非社会的行為に属している。二. つまり,コミュニケーション的始:為における. つ目は,戦略的行為で,威嚇や強制などにより,. 了解の過程は,妥当性要求を掲げ,それについ. 自己の目的を達成しようとする行為である。三. て承認したり,拒否したりしながら相互に行為. つ目は,コミュニケーション的行為であり,相. 調整を行っているといえる。コミュニケーショ. 聞き手に対して,誰にとっても妥当すべき正当. 一7一.
(6) 体験活動を生かした道徳の授業についての研究 一共同性を基盤においた話し合い活動をめざして一. ン的行為が戦略的行為と違う大きなポイントは,. ラダイム転換を図ることに努め,超越論的主観. 発話者が妥当性要求を掲げて発言した上で,聞. と志向性という概念によって認識のあり方を追. き手などの他者の批判や拒否に耳を傾ける姿勢. 求した。認識とは,それ自体が実体のあるもの. をとっているところである。. として存在するのではなく,自明とされる「全. ハーバーマスは,妥当性を「真理性」,「正当. 体への関係」,すなわち「生活世界」が基盤と. 性」,「誠実性」という3つの妥当性に区分した。. なり,意識を向けられた(志向された)ものに. この3つを妥当性要求に当てはめると,自分の. 対して意味連関を与え,意識を向けられた(志. 主張が客観的事実に基づいているかどうかに関. 向された)ものの意味が,間主観的に構成され. する「真理性要求」,自分の主張が規範的にみて. るのである。. 正しいかどうかに関する「正当性要求」,自分の. フッサールの概念を体系化したのが,シュッ. 主張が誠実に語られているかどうかに関する. ッである。シュッツによれば,日常の生活世界. 「誠実性要求」となる。. とは,「覚醒し,成長した人間が,他の人々とと. このように,コミュニケーション的行為の場. もにそれに対して行為している世界。ひとつの. 合,3つの妥当性要求が掲げられ,聞き手はその. 現実としてわれわれが経験している世界」2。で. 3つの妥当性に対して,拒否や異論をすること. ある。それは,先祖たちによって秩序ある世界. ができる。反対に,了解の場合は,その3つの. として解釈されてきたもので,私的な世界では. 妥当性要求に対して行為調整を行い,承認し,. なく,われわれ全てに共通した実際的な関心を. 了解しあうことである。. もつ間主観的な世界である。この世界は,われ. 3つの妥当性はそれぞれ独自性を持ち,それ. われの行為を規定するものであるが,規定をつ. ぞれの世界を構成している。「真理性」は実在す. くり変えることも可能な世界であるとされる。. る事態(事実)という「客観的世界」,「正当性」. ハーバーマスは,フッサールの問主観性の概. は正当に秩序付けられた相互人格関係(規範的. 念が超越論的主観という主体の意識の枠内でと. 事実)に基づく「社会的世界」,「誠実性」は発. らえられているという点で,認識を論じるのは. 話者の主観的体験という「主観的世界」(「表自. 不十分であると異論を唱えている。また,ハー. 身世界」)を構成しているのである。この3つの. バーマスは,シュッツの生活世界の概念を,コ. 世界は,私たちが他者と共有する共同的世界,. ミュニケーション的行為における「了解」を可. つまり生活世界なのである。. 能にする,自明どされる生活世界の背景知とし て取り入れるが,背景知としでの生活世界の概. 4−1−2 生活世界. 念を,シュッッのように,文化的領域に限定す. ハーバーマスは,E.フッサール(Edmund. るのではなく,社会や人格の領域にまで拡大し. Husserl,1859−1938)とA.シュッツ(Alfred. てとらえている。ハーバーマスは,文化,社会,. Schutz,1899−1959)らの「生活世界」の概’念. 人格を次のように定義し2’,生活世界には3つ. を吸収しながら,独自の「生活世界」の概念を. の構造成分から成るとしている。コミュニケー. 提唱している。. ション参画面たちが,世界の何事かについて了. フッサールは,相互主観性に基づいた,生活. 解する際に解釈を可能にする知識の貯蔵庫を. 世界の構城について論じた。「主体一客体」とい. 「文化」,正統的秩序を「社会」,主体が話した. う二元論を克服し,主観性から間主観性へのパ. り行為したりできるようにし,了解に参加し,. 一一. W一.
(7) 生徒指導研究 第18号. 自己の同一性を主張することができるようにさ. それの社会の在り方に対応した独自の構造を. せている能力を「人格」としている。. 持っているとすると,生活世界の複雑化や多様. ハーバーマスによれば,コミュニケーション. 化が進んでいる現代では,コミュニケーション. 的行為は,生活世界から獲た認識や知識を利用. 的行為においてその妥当性が吟味され,それぞ. することによって成立する。コミュニケーショ. れの社会的世界の規範構造を組み替えていくこ. ン的行為は,前述の「客観的世界」,「社会的世. とで,つまり,実践的ディスクルスを行うこと. 界」,「主観的世界」のいずれかの世界にかかわ. により,社会的な諸関係の在り方が発展し,同. る問題が起こることによって,コミュニケー. 時にその社会的世界の在り方自体も発展してい. ション的行為の行為状況が構成される。このこ. くと考えられている。コミュニケーション的合. とから早田は,生活世界を「つねに現存し,行. 理性の主体を,言語能力と行為能力および責任. 為状況に対して背景をなし,コミュニケーショ. 能力を備えた主体とし,主体相互の間主観的な. ン的行為の参加者が,共同の解釈過程のために. 関係性から成立するコミュニケーション的行為. 利用する知のストックである」22とまとめてい. と実践的ディスクルスは,個人と社会という独. る。. 話的な認識から脱出できると考えられている。. しかしながら,ハーバーマスのいうコミュニ. つまり,人間は,対話をすることによ・り,自. ケーション的行為は,この生活世界を基盤とし. 分と他者の考え方を調整したり,他者との関係. て成り立つと同時に,生活世界を再生産すると. のあり方の見直しを行っているのである。した. いう重要な機能を果たしている。つまり,文化. がって,自明とされている事柄の妥当性を問う. 的伝統を継承する一方で,生活世界に対して妥. ことで,道徳学習における価値の押し付けを排. 当性要求を掲げた相互承認を通じて,言語によ. 除することができ,コミュニケーションを行う. る行為調整を行い,新たに価値をつくりだすこ. 中で相互主体的に規範の妥当性を吟味したり,. とができるのである。. 調整したりし,誰もが納得できる価値に組み替 えることができる。そして,自分と他者との関 係も作り直しているのである。. 4−1−3 コミュニケーション的合理性 ハーバーマスは,コミュニケーションを人間. 4−2 体験活動を生かした道徳の時間の構想. の行為の本性であり,社会と個人をつなぐため. に決定的な役割を果たすものとしている。コ. 4−2−1 道徳教育と道徳の時間. ミュニケーション的合理性は,M.ウェーバー. 学習指導要領は,学校の教育活動全体を通じ. (Max Weber,1864−1920)が「鋼鉄の橿」と. て行うものである道徳教育の目標は,「道徳性. 称している,近代社会の経済や政治制度におい. を養うこと」であり,道徳教育の役割は,「道. て支配的な貨幣や権力システムに依拠するので. 徳性の育成」である23。道徳の時間の目標は,道. はなく,コミュニケーション的行為と実践的. 徳教育の目標を受け継ぎながら,さらに,「道徳. ディスクルス(討議)を通じて,自我同一性と. 的価値の自覚を深め,道徳的実践力を育成する. 社会(生活世界)の合理化をめざそうとする人. こと」としている24。. 間の理性であるとしている。社会的世界が文化. 道徳的実践力は,道徳的心情,道徳的判断力,. や宗教,政治などの違いによって異なり,それ. 道徳的実践意欲と態度を包括するものである。. ぞれの社会的世界を構成している規範が,それ. 学習指導要領解説では,「道徳的実践は,内面的. 一9一.
(8) 体験活動を生かした道徳の授業についての研究 一共同性を基盤においた話し合い活動をめざして一. な道徳的実践力が基盤になければならない」と. ルス(討議)に.よってその妥当性(正当性)を. し,「道徳的実践力が育つことによって,より確. 吟味した上で,合意に基づいて規範・価値の意. かな道徳的実践ができる」25としている。. 味を再構成すること」28としている。生活形式. では,「道徳的価値の自覚を深め,道徳的実践. の主題化とは,価値や規範にかかわる社会的世. 力を育成する」ことができる道徳の授業とは,. 界や相互人格的関係の背景(生活世界)を問い. どういうものなのかを考えていこう。. 直すことである。. 早田は,コミュニケーション的行為の理論に. 4−2−2 体験活動と道徳の時間. 基づく「体験活動」を生かした道徳教育の構想. 渡邉は,道徳的実践力を育成することを,「道. を,以下のようにまとめている。. 徳的なかまえ」をつくることと認識している26。. 道徳的価値を教えることにとどまるのではなく,. 生 活 証 界. 一つひとつの価値の正しさを合理的に考え,普 遍的なものに創り上げていくという考え方をす ることにより,「道徳的なかまえ」はっくられて. 道 徳 の. 時 間. A. 体 験 活 動. 道 徳 の. 時 問. B. 生 直 世 界. いくとしている。. また,宮田も「道徳的価値一般が決して望ま. 図1 体験活動と道徳の時間の展開29. しい行為の方向を直接決めるものではない」と し,その理由として,「行為は生活環境の場の条. 道徳の時間を体験活動の前後に位置づけなが. 件によって決定される」からだと述べている27。. ら,早田の「体験活動」を生かした道徳教育の. このようなことから,道徳の時間で重要に. 構想には,価値葛藤を授業に取り入れる際に注. なってくるのは,道徳的価値や規範は完成され. 意しなければならないポイントとして,宮田が. たものではなく,各人の発達の段階や社会状況,. 指摘した3点が十分考慮され構想の内に含まれ. あるいは生活環境によって,変化するものであ. ている。宮田が,重要視した3点とは,次の通. ると認識し,クラスで話し合い活動を行い,普. りである駄. 遍的で妥当性をもった,また共有できる,新た. ①自己の道徳体験の回想(内省と批判). な道徳的価値や規範を創り出していくことなの. ②他者の道徳体験の追体験(資料を通しての. ではないか。. 理解と批判). そこで,具体的状況との関わりに焦点をおく. ③自他の道徳体験の相補浸透(自己の確立). 体験活動と,道徳的思考や判断に焦点をおくジ. ①は,早田の提示する「道徳の時間A」にあ. レンマ資料を使った道徳の授業とを合わせるこ. たり,②と③は,「道徳の時間B」にあたる。①. とで,道徳的実践力が育成されると考えられる。. と②③の問に,体験活動が入るのである。体験 活動の事前・事後の学習活動が,体験活動を生. 4−2−3 体験活動を生かした道徳の時間の. かすための核になっていることがわかる。. 構想に向けて. では,このことを展開にそってみていこう。. 道徳教育における学びを早田は,「自明視さ. 「生活世界」は,基本的に家庭・地域におけ. れた生活世界の社会的規範や価値(生活形式). る日常生活の場である。. にかかわる諸問題を主題化し,実践的ディスク. 「道徳の時間A」では,個人の日常の生活体験 一10一.
(9) 生徒指導研究 第18号. の基盤にある生活世界を主題化し,価値や規範 にかかわる社会的世界,生活形式を問い直す。. おわりに. 実践的ディスクルスに基づいて生活形式の意味. 子どもたちの直接体験の乏しさが叫ばれ,教. の妥当性をめぐる話し合い活動を行うことによ. 育現場では,体験活動が注目されるようになっ. り,子どもたちは体験活動における課題を意識. た。週休二日制や授業時間の減少の中で学力低. することができる。この段階では,課題を意識. 下が問題とされているのに,なぜ時間のかかる. することに重点を置いているため,終末はオー. 体験活動を取り入れるのか。. プンエンドでもよいとする。. 体験活動の位置づけや捉え方の違いを明確に. 「体験活動」は,道徳の時間Aで形成された課. することにより,体験活動が’はい回る’だけの. 題意識の妥当性を解釈する場である。体験活動. 活動ではなくなるのではないかと思い,考察す. において,子どもたちは,今まで知らなかった. すめてきた。. 生活世界と出会い,その生活形式に意識的にか. とりわけ,道徳教育において,体験活動は,. かわることになる。実際に他者や自然,事物と. 特に重要な意味をもっている。価値の多様化,. の相互行為において意味の生成が起こり,道徳. 直接体験の減少,規範意識の低下など,様々な. の時間Aで行った解釈との問に差異が生じてく. 問題を抱えているが,共通の体験を行うことで,. る。この差異を,早田は,「一人ひとりの意味認. 共有できる規範意識も生まれてくる。それだけ. 識の基盤」であり,「道徳的なものの見方や考え. ではなく,道徳的価値は社会や環境によって変. 方を変化させ,社会性や道徳性を身につけて自. 化していくものと捉えることによって,子ども. 己形成するために必要不可欠なもの」31として. たち一人ひとりが社会の構成員として自覚でき,. いる。. さらに,規範意識や道徳的価値と生活世界とが. つまり,体験活動をする際は,この差異が生. 統一されることにより,納得のいく社会規範と. じるかどうかが大きな課題なのである。しかし,. なり,道徳性も高まると考えられる。. 差異が生じ自己解釈に変化が生じても,個人の. 誰もが納得する規範や価値が成立するために. 枠組みから抜け出さなくては,主観的・個別的. は,話し合い活動が必要である。そのためには,. な認識でしかないという危険性がある。. ハーバーマスのコミュニケーション的行為の理. 「道徳の時間B」は,体験活動において生成し. 論を,実際の道徳の授業において,話し合い活. た新たな自己解釈に客観性を持たせるための実. 動としてどう実践していくのかを課題とし,さ. 践的ディスクルスを行う授業である。実際に体. らに研究をすすめていく必要があると思われる。. を動かして得た認識の妥当性を他者と吟味する ことにより,共有できる規範や価値の意味を再 構成していくのである。共有できる規範や価値 を再構築するということは,クラス全員が納得 するものでなければならない。そのためには, 終末は,クローズドエンドである必要がある。. さらに,規範や価値の意味の合意は,生活世 界の意味の再構成と自己の経験の再構成であり, 実践へとつながるきっかけとなると考えられる。 一11一.
(10) 体験活動を生かした道徳の授業についての研究 一共同性を基盤においた話し合い活動をめざして一. 参考文献. 市村尚久ほか『経験の意味世界をひらく一教育にとって経験とは何か一』東信堂,2003。 押谷由夫ほか『生き生き「道徳の時間」一体験活動を生かした道徳の授業』東京書籍,2000。 片上宗二『オープンエンド化による社会科授業の創造』明治図書,1995。 金井肇『道徳教育の基本構造理論』明治図書,1996。. 早田恵美『社会化による個性化をめざす道徳教育の創造一「自己形成」メディアとしての体験活動 を通して一』(兵庫教育大学大学院修士論文),2002。. 中岡成文『現代思想の冒険射たちselectハーバーマスーコミュニケーション行為』2003。 林忠幸『新世紀・道徳教育の創造』誠信堂,2002。 」.ハーバーマス(藤沢ほか訳)『コミュニケイション的行為の理論』未来社,1985−1987。. 宮田丈夫『生活と価値の統一をめざす 道徳授業の創造』新光閣書店,1975。 文部科学省『小学校学習指導要領解説(道徳編)』国立印刷局,1999。 山郭光宏『人間形成の基礎理論 第二版曇語誌堂,2000。. 渡邉満・戸崎徳子「生活世界に根ざす道徳授業の研究一社会的体験的世界の再構成一」兵庫教育大 学学校教育センター紀要『学校教育研究』第11巻,1999。 渡邉満「心に響く道徳指導へ向けた工夫のあり方について(1>(2)」『教育研究論叢 第6号』兵庫教育. 大学学校教育研究会,2005−6。. 註. 1文部科学省『小学校学習指導要領(平成10年12月)』大蔵省印刷局,1999,p.4。. 2同上書,p.3。 3同上書,P.1。. 4片上宗二『オープンエンド化による社会科授業の創造』明治図書,1995,p.9。 5早田恵美『社会化による個性化をめざす道徳教育の創造一・「自己形成」メディアとしての体験活動 を通して一』(兵庫教育大学大学院修士論文〉,2002,p.20。. 6金井肇i『道徳教育の基本構造理論』明治図書,1996。. 7林忠幸『新世紀・道徳教育の創造』東信心,2002,p.233。 8市村尚久他『経験の意味世界をひらく一教育にとって経験とは何か一』束信堂,2003,p.42。. 9渡邉満「コミュニケーション的行為理論による道徳教育の可能性」『兵庫教育大学研究紀要』第19 巻, 1999, P.960 10. %c恵美,前掲書,p.106。. 1渡邉満「道徳教育の再構築一コミュニケーション的行為理論を通して」,小笠原道雄監修,坂越・ 高橋・増渕・田代編『近代教育の再構i築』福村出版,2000,p.92。 12. %c恵美,前掲書,p.20。. 13. ッ上書,p.20−23。. 14. 汳J由夫・渡邉満・諸富祥彦編著『生き生き「道徳の時間」一体験活動を生かした道徳の授業』東 京書籍,2000。 一12一.
(11) 生徒指導研究 第18号. 15. R邊光宏『人間形成の基礎理論 第二版』東信堂,2000,p.104。. 16渡邉満・戸崎徳子「生活世界に根ざす道徳授業の研究一社会的体験的世界の再構城一」兵庫教育大 学学校教育センター紀要『学校教育研究』第11巻,1999,p.28。 エ7J.ハーバーマス(藤沢・岩倉・徳永・平野・山口訳)『コミュニケイション的行為の理論(中)』, 未来社,1986,p.21。 ’8早田恵美,前掲書,p.34。 玉9同上書,p,34。. 2。A.シュッツ(森川・浜訳)『現象学的社会学』紀伊國屋書店,1980, p。28。. 21」.ハーバーマス(丸山他訳〉『コミュニケイション的行為の理論(下)』未来社,1987,p.44。 22早田恵美,前掲書,p.38。. 23文部科学省『小学校学習指導要領解説一道徳編∼(平成11年5月)』国立印刷局,1999,p.22。 24同上書,p.26。 25同上書,p.28。. 26渡邉満「心に響く道徳指導へ向けた工夫のあり方について(1)」『教育研究論叢 第6号』兵庫教育 大学学校教育研究会,2005,p.43。. 27宮田丈夫『生活と価値の統一をめざす 道徳授業の創造』新光閣書店,1975,p.34。 28早田恵美,前掲書,p.61。 29同上書,p.114。. 3。宮田丈夫,前掲書,p.35。. 31早田恵美,前掲書,p。113。. 一13一.
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