博 士 ( 理 学 ) 中 本 章 貴
学 'ttL 17# 7 文 題 名
Experimental Studies on the h/Iechanisms for Specification of Ectodermal Teloblast Lineages in the Oligochaete Annelid Tubifex with Special Reference to Cell Interactions
(環形動物イトミミズにおける外胚葉性端細胞系列の 発 生 運 命 決 定 機 構 に 関 す る 実 験 発 生 学 的 研 究 )
学位論文内容の要旨
動物 の初 期発 生 にお いて 、胚 軸の 決 定及 び細 胞の 多様 性 の創 出は 、細胞間の相互 作 用に よる 機構 と 、細 胞内 因子 の非 対 称な 分配 によ る機 構 によ って もたらされるこ と が知 られ てい る 。し かし なが ら、 モ ザイ ク的 な発 生を 行 う多 くの 無脊椎動物胚に お いて は、 初期 発 生過 程で の細 胞間 相 互作 用に 関す る知 見 は、 ごく 僅かなものに限 ら れる のが 現状 で ある 。本 研究 は、 モ ザイ ク卵 の典 型と し て古 くか ら知られている 環形動物イト ミミズ( Tubifex)を材料に、その胚発生の主要なプ口セスを細胞(組織)
間 の 相 互 作 用 と い う 観 点 か ら 、 実 験発 生 学的 手法 を用 いて 解 析し たも ので あ る。
論文 の第 一部 で は、 外胚 葉の 左右 相 称性 を創 り出 す端 細 胞の 前駆 細胞の分裂極性 が 、周 囲の 細胞 と の相互作用によ って決定されることを明ら かにした。第二部では、
端 細胞 の発 生運 命 が決 定さ れる プ口 セ スに 、隣 接す る端 細 胞系 列か らの誘導が組み 込 まれ てい るこ と を示 した 。ま た第 三 部で は、 外胚 葉の 分 節化 (体 節形成)が、外 胚 葉に 自律 的な プ 口セ スと 、そ れに 続 く中 胚葉 の存 在に 依 存す るプ ロセスから成り 立っているこ とを明らかにした。
(I)端 細胞 前駆 細胞 の 分裂 極性 決定 機 構の 解析
環 形 動 物 イ トミ ミズ の外 胚葉 組 織は 、そ の大 部分 が 発生 の早 い時 期 に胚 の左 右両 側 に形 成 され る4対 の 外胚葉 性端細胞(ectoteloblastsN,O,Pand Q)に由来する。左 右 の 端 細 胞 は 、 それ ぞれ 左右 の前 駆 細胞(NOPQ)の 一連 の 規則 的な 分裂 に よっ て形 成さ れ る 。 こ れ ら の端 細胞 は、 発生 運 命が 互い に異 なる だ けで なく 、誕 生 する 順序 や位 置 も異 な る。 即ち 、外 胚葉 性 端細 胞は 胚の 左右 いずれ の側でも背腹軸に沿ってQ−P‐ O‑Nの 順 番 で 並 ん で お り 、 明 ら か に 正 中 線 を境 に鏡 像 の配 置を とる 。 この こと は、
外 胚 葉 の 左 右 相 称 性 がNOPQの 分 裂 極 性 に よ っ て 創 り 出 さ れ る こ と を 示 唆 す る 。 前 駆 細 胞NOPQの 分 裂 極 性 が 内 在 的 な 要 因 に よ っ て 決 定 さ れ る 可 能 性を 検討 する た め に 、NOPQの 移 植 実 験 を 行 っ た 。 誕 生 直 後 の 左NOPQを 胚 の 右 側 に 移 植 し た と こ ろ 、 移 植 さ れ たNOPQは 正 常 胚 の 右NOPQと 同 じ 分 裂 バ タ ー ン を 示 し た 。 ま た 、 右NOPQを 左 側 に 移 植 す る と 、 移 植 さ れ たNOPQは 正 常 胚 の 左NOPQと 同 じ バ タ ー ン を 示 し た 。 こ の こ と は 、 左 右 い ず れ のNOPQも 誕 生 し た 時 点 で は 分 裂極 性が 決定 さ れ て お ら ず 、 予 定 極 性 の 逆 転 が 可 能 で あ る こ と を 示 し て い る 。 更 にNOPQの 分裂 極 性 が 決 定 さ れ る 時 期 を 明 ら か に す る た めに 、誕 生後 の3つの 発生 段 階( 早期 、中 期 、 後 期 ) に あ るNOPQに つ い て 同 様 の 移 植 実 験 を 行 っ た 。 そ の 結 果 、NOPQの (異
‑ 225−
所的な)移植部位への反応能は、時間の経過と共に次第に失われることが示された。
前駆 細胞NOPQの分 裂極性 を決定する外的な要因を明らかにするために、3つの 可能性[NOPQ同士の相互作用、胚のもつ位置的な情報に対する応答、後方に隣接す る 中胚 葉(M)端 細 胞 との 相 互 作用 ]を検討 した。 その結果 、1)NOPQ同士の 接 触 によ ってNOPQの 分裂極 性が誘導 されるこ と、2)NOPQ同士 の接触 が無い状 態 でも 、NOPQは胚軸 に沿っ た位置的な情報に基づいて極性化すること、そして3) M端細 胞は 、NOPQの極性 化シグ ナルの発 信源で はないが 、NOPQの空 間的配置 の 保持に貢献していることが明らかとなった。
(II)端細胞の発生運命決定機構の解析
これまでに行われた細胞系譜の研究から、端細胞N,O,P,Qそれぞれは別個の発生 運命をたどることが知られている。端細胞の発生運命決定に、隣接する端細胞系列 間の相互作用が関与する可能性を検討するために、端細胞の除去実験を行った。端 細胞を1個だけ残し、他の3個を除去した場合、 単独 にされたN,P,Qはそれぞ れ予定された発生運命(N,P,Q)をたどった。これに対し、 単独 にされたO端細胞 及びそ の子孫細 胞は、p端細 胞の表現 型を示した。これは、O端細胞がO本来の発 生運命をたどるためには、他からの働きかけが必要であることを示している。そこ で、O端細胞系列に働きかける細胞系列を特定するために、N,P,Q端細胞をさまざ まな組 み合わせ で除去した場合のO端細胞の発生を追跡した。その結果、0端細胞 はP端細胞と 隣接した場合にのみ、Oの発生運命をたどり、その他の端細胞と隣接 した場合は全てPの発生運命をたどることが明らかとなった。以上の結果より、端 細胞N,P,Qの発生運命が誕生した時点で既に決定しているのに対し、O端細胞は誕 生直後、多分化能を有しており、隣接するP端細胞系列からの誘導によって、発生 運命が限定されると結論される。
(III)外胚葉分節化機構の解析
イ卜ミミズ胚の体節を構成する外胚葉組織は、その大部分が胚後方に位置する4 対の外胚葉性端細胞から形成される胚帯(germ band)に由来する。外胚葉性端細胞は 幹細胞(stem cell)としてふるまい、微小な細胞を前方へと放出し細胞列を形成する。
胚帯は、それぞれの端細胞から形成される細胞列の集合体(束)である。端細胞を トレーサー標識する実験から、最初は連続した切れ目のない細胞層である胚帯が、
時間の経過とともに一定の大きさの細胞集団へと分画化され、隣接集団間の境界が 明瞭となることによって分節化が起こることが明らかとなった。この外胚葉の分節 化が外胚葉に自律的なプ口セスなのか、それとも中胚葉などの周囲の細胞、組織か らの働きかけによるのかを検討した。その結果、外胚葉性胚帯全体を規則的な細胞 集団へと分画化するためには、それを裏打ちする中胚葉が必要であることが明らか となった。中胚葉を除去した場合、外胚葉は分画化されないばかりでなく、細胞塊 が不規貝‖に盛り上がった状態となり、背腹方向への広がりも観察されなかった。こ のような異常な細胞構成は、移植した中胚葉(前駆細胞)で裏打ちさせることによ ってほば完全に解消し、その領域の外胚葉には正常な分節化が誘導された。一方、
個々の端細胞を標識し、その細胞列について追跡したところ、中胚葉が欠如した状 態でもいずれの細胞列も「分断化」していることが明らかとなった。しかし、この 分断によってできた細胞塊の間隔は不規則であり、正常胚でみられる同様の細胞塊 の間隔よりも明らかに広がっていた。同様の細胞列の分断化は、端細胞を1個だけ 残し、他の3組を除去した胚(中胚葉は正常)でも観察された。この場合には分断 化による細胞塊の間隔は規則的であり、中胚葉の体節間隔とほぽ一致していた。以 上の結果から、イトミミズ外胚葉の分節化は2つのプ口セスから成り立っていると 結論される。第一は外胚葉性端細胞から形成される細胞列の分断化である。これは
―226−
それぞれの細胞列に自律的に起こる。第二は分断化によって形成された細胞塊を統 合して一定の区画にまとめるプロセスである。これは中胚葉に依存したプロセスで ある。
本研究によって、イ卜ミミズ外胚葉の左右相称性を創り出すプロセス(端細胞前 駆細胞の分裂極性の決定、端細胞の発生運命の決定および分節化)において、細胞 間の相互作用が重要な役割を担っていることが明らかとなった。本研究の結果は、
「モザイク卵」の発生研究が細胞質局在と細胞間相互作用の両面から行われる必要 があることを強く示唆する。
ー227―