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科 学 技 術 動 向 2 0 0 5 年 8 月

テーラーメイド医療の進展の現状

̶国民への情報提供システム整備の重要性̶

‥‥

マグネシウム合金の研究開発動向

̶自動車用構造材料の軽量化の視点から̶ 

‥‥

再生可能エネルギーの

普及促進策と技術課題 ‥‥‥‥‥‥‥‥

ライフサイエンス分野

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

災害時の意思決定支援システムの開発NIH による高性能機器購入のみを目的とするグラント

環境分野

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

食品中の残留農薬に関する新制度への取り組み

ナノテク・材料分野

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

ナノテクノロジーの社会受容促進に関する総合的調査研究が始動

エネルギー分野

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

新しい方式による波力発電システム

製造技術分野

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

将来の超 LSI 製造プロセスに適用可能な低誘電率絶縁膜

我が国の研究活動の

ベンチマーキング

  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

P.2 P .20 P.1 P .11 P.5 P.7 P.8 P.3 P .30 P.4 P .42 P.9 P.10

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本文は p.11 へ

テーラーメイド医療の進展の現状

̶国民への情報提供システム整備の重要性̶

 1990 年に国際ヒトゲノムシークエンシングコンソーシアム(International Human Genome Sequencing Consortium) に よ っ て 開 始 さ れ た ヒ ト ゲ ノ ム 計 画(Human Genome Project)は、2001 年に Celera Genomics 社と共同でそのドラフト版が公開され、 2004 年 10 月に完了版が公開されたことで、本プロジェクトの完了が宣言された。この プロジェクトの成果であるゲノム情報の解読は、個人毎のゲノム情報に基づいた医療、 すなわちテーラーメイド医療実施の礎となるものである。  テーラーメイド医療のあり方として現在盛んに研究開発されている分野としてはファ ーマコゲノミクスと分子標的抗癌剤が上げられる。ファーマコゲノミクスとは、個人に よって異なる薬の効き方の違いをゲノム情報に基づいて解明しようとする試みである。 分子標的抗癌剤は、癌の原因となる分子をゲノム情報に基づいて解明した上で、その発 癌の原因となった異常分子を標的とした抗癌剤の研究開発である。まだ一部ではあるが どちらも既に臨床で使用が開始されている。  このように、特に医学研究領域において、ヒトゲノム計画の成果に基づく研究開発は 急速に進展しており、その成果がテーラーメイド医療として国民に還元される時期も遠 い将来ではない。しかしながら、ゲノム情報の有する重要性は、個人の健康や生活様式 に大きな影響を与えるものであり、また当人だけでなく遺伝病に代表される家族の問題 や医療保険に代表される社会的問題も含んでおり、正しく理解することが大切である。  したがって、テーラーメイド医療の実施においては、その医療サービスの受け手であ る国民がゲノムに対する十分な情報を入手し、その情報を理解することが必要となって くる。また、ゲノムへの理解を踏まえた上での創薬研究や、基礎研究から臨床研究への 橋渡しを行うトランスレーショナル・リサーチの重要性も高まってきている。これらの 研究を実施するには国民の研究への参加が必須であり、そのためにも国民にゲノムに対 する理解を深めてもらうための情報提供・教育活動がきわめて重要になってきた。  すなわち、テーラーメイド医療の社会的受容のためには、国民に対してゲノムに関す る情報を提供するシステムの構築・整備が必須である。具体的には、インターネットを 用いた情報提供システムを主幹とし、専門家によって取捨選択された質の高い情報が国 民に提供されるべきである。また専門情報と基礎情報に大別し、前者では具体的な内容 を取り扱い、必要に応じてマンツーマン形式でのカウンセリングを行う。後者では、専 門情報の理解に必要な基盤情報の提供を目的とし、学校教育への導入も考慮する。これ らシステムには多様な領域が関与することから、その運営は省庁横断及び産学官連携形 式で行うことが望ましい。 科 学 技 術 動 向

概   要

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本文は p.20 へ

マグネシウム合金の研究開発動向

̶自動車用構造材料の軽量化の視点から̶

 今後、持続可能な社会をめざすには、地球温暖化を防止するために CO2排出量を抑制 していかければならない。そのためには、省エネルギー技術や製品のリサイクル性が重 要である。省エネルギー技術として、輸送機器が走行中に消費するエネルギーの低減対 策が必要とされ、その基盤となる技術として、輸送機器構造材料の軽量化が重要視され ている。  軽量化の観点で、近年の基盤研究の進展により注目を浴び始めたのが、マグネシウム 合金(Mg 合金)である。Mg 合金は、軽量であることをはじめ種々の有用な物性を持ち ながら、強度、耐熱性、耐食性などの性能が不足していたため、これまでは用途が限ら れていた。  近年、欧米諸国では Mg 合金が見直され、乗用自動車への実用化検討が強力に進めら れている。アジア諸国においても、近年 Mg 合金の開発に力を入れはじめている。その 一方で、現在我が国では、Mg 合金の基盤的な研究開発で世界のトップレベルにありなが ら、最も省エネルギー面でのインパクトが大きいと期待される乗用自動車への応用開発 という点では、欧米諸国に大きく遅れをとっている。このような状況の中で、我が国も、 培った基盤技術がインパクトの大きな分野で実用化されるように、支援の方向性を定め る必要性がある。この観点から、本稿では、以下の2点の提言を行う。 盧 Mg 合金に関する基盤研究において、分散して行なわれている基盤技術の開発成果を 統合し、国家的なプロジェクトを立ち上げて、特にインパクトが大きいと期待される 分野に効率よく応用展開するための実用化策を強力に推進する必要がある。そのため に、まず、必要なのは以下の2点である。 ①用途別ロードマップを作成し、認識の共有化を行うこと ② 効率的な部品設計を行なえるようにするため、我が国の Mg 合金に関するデータベ ース整備を強化すること 盪近い将来、以下の3点が必要になると思われる。 ① 研究開発による性能向上と並行して、現有技術の適用を拡大し、使用量の増大によ るコスト低減を推進することが必要である。 ② 品質の安定のために、欧米諸国と日本が協力して素材品質の標準仕様を決め、地金 生産国に要求していくことが必要である。その前提として、これまでの知見を活か したマグネシウム素材標準の作成活動を、産学官が連携して行っていくことが求め られる。 ③ Mg 合金の携帯電子機器筐体等への使用量が増え、また自動車への応用が拡大し た場合、一般市場から還元されるリサイクル材の量が増大することが予想される。 これに対応するため、リサイクルシステムの構築やリサイクル技術の開発が必要で ある。 科 学 技 術 動 向

概   要

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号

本文は p.30 へ

再生可能エネルギーの普及促進策と技術課題

 先進各国の温室効果ガス排出削減への取り組みや、アジアの石油需要増大を背景にし た石油需給バランスの逼迫化で、再生可能エネルギーの導入が、近年、急速に進みつつ ある。  再生可能エネルギーは、枯渇する化石燃料から得られるエネルギーに対して、自然環 境の中で繰り返し起こる現象に伴って得られるエネルギーのことで、世界的に、風力、 太陽光、バイオマスなどに加え、水力や地熱、海洋を含めた形で定義されている。再生 可能エネルギーは化石エネルギーに比べてまだコストが高いものの、上記2つの要因か ら、たとえ効率向上やコスト低減が不十分なレベルであっても、その世界的市場が今後 急速に発展する可能性がある。  再生可能エネルギーの普及に向けては、促進制度の導入が重要な鍵になっている。し かも、昨今促進制度は、世界的に見て研究開発主体の技術プッシュ型から、経済的イン センティブを伴う需要プル型に大きく変化してきている。日本でもこの導入促進のため に、2003 年度から電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法[RPS (Renewables Portfolio Standard)法、固定枠制度]が施行された。ところが日本の RPS 法には、2010 年までの利用目標量が少なすぎるため市場の流動性が期待出来ないなどの 課題が山積している。他方、民間ベースでもグリーン電力プログラムが実施されてきたが、 RPS 法との連携がとられていないという問題がある。RPS 法導入時に予定されていた法 の見直しが 2005 年6月から始まったが、その際には海外のこれまでの実績が参考になる と考えられる。  また、再生可能エネルギー導入目標量を増やすことは、今後多くの風力発電や太陽光 発電などを、分散型電源として既存の電力系統に連系していくことを意味する。しかし、 風力発電、太陽光発電は出力の安定性、制御性が悪く、しかも今後著しい改善はすぐに は望めない。各々の発電システムの高性能化、低コスト化技術開発を進めることはもち ろん重要ではあるが、このような状態で導入をより一層加速させるには、むしろ分散電 源と既存電力系統との制度的・技術的連系問題が喫緊の大きな課題となる。  本稿では、これらの課題分析や諸外国における動向との比較分析から、主に以下の2 つの点に関する提言を行う。 蘆今後の RPS 制度見直しについて  2010 ∼ 2020 年における電気事業者の利用目標量の大幅引き上げなど 蘆電力系統連系対策技術について 電力需要の変動に合わせ、電力系統と協調運用しながら分散型電源を出力制御できる システム技術開発等、電力品質面の確保に貢献する技術の早急な開発など 科 学 技 術 動 向

概   要

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本文は p.42 へ

日本の科学技術の現状と今度の予測

̶我が国の研究活動のベンチマーキング̶

 科学技術動向研究センターは、第3期科学技術基本計画策定のための資料作成として、 下図の各調査を担当しました。  そのうち、今月は「我が国の研究活動のベンチマーキング」の概要を紹介します。

蜷参考:NISTEP REPORT No.90

http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep090j/pdf/rep090j.pdf

連 載 概 要

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 大規模災害時には、 初期情報の量は膨大であるが、 誤報も多い一方、 必要な情報の一部は不足してい る。 このような状況にも関わらず、 災害対応に当たる者は、 可能な限り迅速に、 整合性のある意思決定 を行い、 決定内容を効率よく伝達することが求められる。 このため、 計算機を用いて、 災害の全貌をシ ミュレートし、 意思決定を支援するシステムが必要である。  災害シミュレーションに、 人が意思決定エージェントとして参加し、 救助・消防・ 交通網確保を担う 仮想エージェントの行動を指示するシステムが開発され、 6 月の人工知能学会全国大会で発表された。 このシステムを用い、 被害を最小とする意思決定内容を競う競技会 「ヒューマンリーグ」 を、 ロボカッ プ世界大会・ロボカップレスキュー部門のシミュレーションリーグに組み込む事が提案された。「ヒュー マンリーグ」 には、 意思決定エージェントの他に、 レスキューロボットや一般市民もエージェントとして 参加することが可能で、 平時におけるリスク・コミュニケーションにも活用できる。

ライフサイエンス分野 TOPICS Life Science

 大規模災害時には、救命・災害軽減化などの対 応を開始するに当たって、迅速に初期情報を収集 する事が必須である。しかし、収集される情報に ついて、次の特徴が挙げられる:①情報量が膨大、 ②誤差が多い(同時・同地点で複数の情報が発信 され、間違った情報を含む可能性もある)、③異な った情報間で依存関係が生じ得る、④情報によっ て様々な遅延の可能性が存在する。このような状 況にもかかわらず、災害対応に当たる者は、可能 な限り迅速に、整合性のある意思決定を行い、決定 内容を効率よく伝達する事が求められる。このた め、計算機を用いて、実世界の観測情報をもとに 災害の全貌をシミュレートし、災害対応に関する 意思決定を支援する方法が開発・検証されている。  これまでの災害シミュレーションでは、人間の 行う部分はプログラム作成や初期設計などに限ら れた。災害に対応する専門家の役割(救助・消防・ 交通網確保など)は、あらかじめプログラムに組 み込まれた仮想エージェントが果たし、行動の妥 当性や、意思決定の結果の評価が行なわれてきた。 しかし現実の災害時には、時々刻々意志決定者が 発する指示に応じて、各専門家が行動する。  本年6月に開催された、人工知能学会全国大会 で、人が意思決定エージェントとしてシミュレー ションに参加し、実時間内で行なった意思決定内 容が評価されるシステムの開発が紹介された。救 助・消防・交通網確保などに携わる仮想エージェ ント達からの報告に基づき、人が各エージェント の行動を指示すると、その結果は仮想災害環境に 反映されてゆく。人命の救助を最も重視し、次い で被害程度の低減化を図るという基準をもって、 意思決定内容が評価される。技術的には、複数の 人が異なる役割を担うエージェントとして参加す る系の開発も可能であり、協調意思決定の支援シ ステム開発につながる。  ロボカップ世界大会(7月 11 ∼ 19 日、大阪で 開催)のロボカップレスキュー部門では、ロボッ ト実機のリーグとシミュレーションリーグが行な われた。このシミュレーションリーグに、意思決 定エージェントとして人が参加し、意思決定内容 を競う「ヒューマンリーグ」を組み込む事が提案 されている。  現時点でレスキューロボットの機能としては、 情報収集が最も期待されているが、他の手段と協 調する事によって効果的に利点を発揮する。情報 収集エージェントとしてのロボットも、「ヒューマ ンリーグ」の中で活用する事ができる。  大規模災害は、発生時期の予測が困難であり、 災害対応シミュレーションは、平時から継続して 作動している事が望ましい。「ヒューマンリーグ」 のエージェントとして、専門家のみならず、地域 の自治会など一般市民も、参加することが可能で ある。シミュレーションを通して、平時における リスク・コミュニケーションに活用する方法の開 発も進められている。文部科学省の大都市大震災 軽減化特別プロジェクトでは、地方自治体も参画 して災害シミュレーションの実用性が検証されて いる。 トピックス

1

 災害時の意思決定支援システムの開発

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ライフサイエンス分野 TOPICS Life Science  生物医学研究に関する技術の急速な進展により、 高度なイメージングシステムなど、 より高精度、 高 分解能な機器が次々と誕生するようになった。 生物医学に関する現在の研究においては、 様々な高性能 機器を使用して、 研究のスピードを向上させることが必要不可欠である。 しかしここで問題になってくる のが、 こうした機器の取得コストの増大である。  米国では 2002 年から、 生物医学研究の最先端の地位を維持する目的で、 国立衛生研究所 (NIH) が研究用高性能機器を購入するためのグラントを運営している。 グラント獲得の資格には、 国内の公的 非営利機関であること、 機器のユーザーとなりうる NIH のファンドを受けている研究者が数人いること が挙げられ、 さらに関連する施設や体制の整備に協力することも期待されている。 2005 年 7 月 12 日 に発表された 2005 年度の支援対象は総額約 1,800 万ドル ( 約 20 億円 ) であり、 2006 年度には 2,100 万ドルに増額が予定されている。 トピックス

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 NIH による高性能機器購入のみを目的とするグラント

 機器技術は急速に進展しており、より高精度、 高分解能の機器が次々と誕生するようになって、 研究者のデータ取得、分析、表示、理解といった 研究スピードを加速している。その一方で、機器 購入に必要なコストも年々増大している。米国国 立衛生研究所(NIH、National Institute of Health)は、 研究支援を行っている研究者が、生物医学研究の 最先端の地位を維持できるよう支援することを目 的として、2002 年度から、高性能機器購入のみを 目 的 と す る グ ラ ン ト(High-End Instrumentation Grants)を設けている。  2005 年7月 12 日に、2005 年度支援対象が発表さ れた。今回の支援は、アリゾナ州立大学、コール ドスプリングハーバー研究所、ノースカロライナ 大学など 11 件に対して行われ、総額は約 1,800 万 ドル(約 20 億円)であった。2006 年度には、2,100 万ドルに増額される予定である。  このグラントは、機器開発のスピードにいち早 く対応していきたいという研究者の要望に応える ために始められたもので、NIH の 27 研究所・セン ターのひとつである国立研究資源センター(NCRR、 National Center for Research Resource) に よ り 運 営されている。  ここでいう高性能機器とは、75 万ドル以上 200 万ドル以下の機器で、例えばイメージングシステ ム、巨大分子用核磁気共鳴分光装置、質量分析計、 電子顕微鏡、スーパーコンピュータ等が該当する。  生物医学研究は、ヒトも含めて生物をそのまま の状態で、非侵襲的にその機能や生物的物理的 情報を得る方向へ進展している。このような分 野では、機能的核磁気共鳴イメージングシステム (fMRI)、陽電子放射断層撮影装置(PET)といっ たイメージングシステムが研究の必須アイテムに なりつつある。また、巨大分子用核磁気共鳴分光 装置は、タンパク質やタンパク質複合体の三次元 構造を決定するために必須である。質量分析計は、 大きなバイオポリマーおよびそれらの相互作用を 研究するために、正確に分子量を測定する装置で ある。細胞生物学の最先端では、細胞組織の性質 や機能、複雑なタンパク質マシンの解明などに焦 点が当てられている。1分子の高解像度イメージ ング技術やそれをコンピュータでモデリングする 技術が必要で、そのような機能を備えた質量分析 計が活用される。コンピュータ生物学者には、画 像ハードウェア、並列アーキテクチャ、大容量記 憶装置、および高速処理が必要になっている。  このグラント獲得のための資格としては、国内 の公的非営利機関であることに加えて、機器のユ ーザーとなりうる NIH のファンドを受けている研 究者が数人いることが挙げられている。すなわち、 複数の研究者の機器の共同利用が前提となって おり、さらに、機関として、技術スタッフ、機器 メンテナンスやオペレーションのための保守契約 など関連する施設や体制を整えることも期待され ている。 参 考 NIH プレスリリース、http://www.nih.gov/news/pr/jul2005/ncrr-12.htm

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号

環境分野 TOPICS Environmental Science

 食品中に残留する農薬の規制に関する新たな制度が、来年 (2006 年) 5 月までに導入される予定で あり、その最終案が 6 月に公表された。現行規制では、残留基準が設定されている 277 種類の農薬等以 外の農薬等が残留していても流通が規制されないが、新制度ではこうした問題に対応した。 最終案では、 715 種類の農薬等について残留基準を設定しただけでなく、 残留基準が設定されていない農薬等に対し ても一律基準を設定している。 食品中に農薬等が基準を超えて残留する場合には、その販売等を原則的 に禁止する。 なお、 たとえば酢、 重曹等一般に使用されている農薬等のうち、 人の健康を損なうおそれ のないことが明らかであるとされる物質は、 対象外物質に指定される。 今後は、 2005 年 11 月までに 厚生労働省告示が行なわれ、それまでに残留農薬分析方法もとりまとめられる予定である。 トピックス

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 食品中の残留農薬に関する新制度への取り組み

 食品中の残留農薬に関する新制度が、来年(2006 年)5月までに導入される予定である。この新制 度導入に向けて、2年前より、厚生労働省の薬事・ 食品衛生審議会において農薬の残留基準等の検討 が進められており、その最終案が 2005 年6月に公 表され、パブリックコメントが2ヶ月間(6月3 日∼8月2日)にわたって募集された。  残留農薬に関する現行規制は、277 種類(2005 年6月時点)の農薬等(農薬、動物用医薬品およ び飼料添加物)に対して、食品中の残留基準と分 析法を定め、食品中に残留基準を超えて農薬が残 留した場合には、国内品、輸入品を問わずその食 品の流通を禁止している。しかし、国内外で農産 物に使用される農薬には、食品中の残留基準が設 定されていない農薬もまだ数多く存在しており、 これらが食品中に残留していても基本的に流通は 規制されない。このような問題点を踏まえ、食品 中に残留する農薬の安全性の確保をこれまで以上 に進めるため、「食品衛生法等の一部を改正する法 律」(平成 15 年法律第 55 号、平成 15 年5月 30 日 交付)により、食品中に残留する農薬等に関する、 新制度が導入される予定である。  本新制度は、715 種類の農薬等に関して食品中 残留基準等を設定し、基準を満たさない食品の販 売等を原則禁止するものであり、6月に公表され た最終案では以下の3点が設定されている。①暫 定基準の設定:現行規制において残留農薬基準が 定められていない農薬等に対しては、国際基準で あるコーデックス基準(注1)などを参考に暫定的 な残留農薬基準が定められた。なお設定された 暫定基準は、法令施行後5年毎に見直しが実施さ れることになっている。②一律基準の設定:残留 基準が定められていない農薬等(新たに開発され るものを含む)に対しては、基準として、一律に 0.01ppm(注2)が適用される。③対象外物質の指定: 一般に使用されている農薬等のうち、人の健康を 損なうおそれのないことが明らかであるとされる 物質(たとえば、酢、重曹等)を指定している。  一方、食品中の残留農薬の分析法に関しては、 新規に分析対象となる農産物中の農薬、畜水産物 中の農薬、動物医薬品、飼料添加物に対する分析 手法の確立を目指して、国立医薬品食品衛生研究 所を中心に、2003 年より3年間の計画で進められ ている。分析手法としては、複数の物質を一斉に 分析できる、ガスクロマトグラフ/質量分析計、 液体クロマトグラフ/質量分析計、高速液体クロ マトグラフ、等を中心に検討されている。  今後のスケジュールとしては、パブリックコメ ントを参考に、薬事・食品衛生審議会にて審議が 行われた後、2005 年 11 月までに厚生労働省告示が 行われる。なお、分析方法も告示日までにはとりま とめられる予定である。導入される新制度により、 食品の安全がより確保されることが期待される。 (注1)コーデックス基準:1962 年に設立された、FAO(国 連食糧農業機関)/ WHO(世界保健機関)合同食品基準 委員会により作成された国際食品規格。 (注2)0.01ppm の基準:残留農薬の割合が、1kg の農作 物あたりに農薬が 0.01mg を超えて残留してはならない基準 を意味している。なお、2005 年4月に欧州連合が導入した 残留農薬に関する制度においても、一律基準を 0.01ppm と 設定している。

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ナノテク・材料分野 TOPICS NanoTechnology & Materials  「ナノテクノロジーの社会受容促進に関する調査研究」 プロジェクトが平成 17 年度の文部科学省科学 技術振興調整費において採択された。

Z

産業技術総合研究所を中核機関として、それぞれ監督省庁の異 なる 4 つの公的研究機関が専門分野を活かした形で調査研究内容を担当する総合的なプロジェクトであ る。 今後、 急速に拡大することが予想されるナノテクノロジーが安心して社会に受け容れられ、 社会や経 済が抱える諸問題の解決に寄与できるようにするため、 関連政策に関する総合的な提言を目指す。 欧米 では日本に先行する形で、 ナノテクノロジーの標準化議論、 安全性、 社会受容性等について議論が行わ れている。 今後、 安全性等の議論は標準化議論と密接な関係を保ちながら進められると予想され、 本プ ロジェクトもこのような国際的な議論の場に参画することを計画している。 トピックス

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 ナノテクノロジーの社会受容促進に関する総合的調査研究が始動

 平成 17 年度の文部科学省科学技術振興調整費 において、「ナノテクノロジーの社会受容促進に関 する調査研究」プロジェクトが採択された。今後、 急速に拡大することが予想されるナノテクノロジ ーが、社会に受け容れられ、安全・安心な社会の 実現に貢献しうることを目的に、

C

産業技術総合 研究所が中核機関となって総合的な調査研究プロ ジェクトを推進する。  これまでにも、主にナノ材料の安全性・環境影 響を対象とした調査が個別には行なわれており、 例えば、

C

新エネルギー・産業技術総合開発機構 の委託事業1)、及びナノテクノロジー総合支援プ ロジェクトセンターの調査2)において実施されて きた。これらは主に既存情報の収集・分析を中心に、 ナノ材料の影響についてまとめられている。  今回のプロジェクトでは、管轄する省庁の異な る4つの公的研究機関がそれぞれの専門分野を活 かした形で調査研究内容を担当することになって おり、同分野ではこれまでに例のない省庁連携を 実現し、総合的な調査研究の実施体制をとってい る(表参照)。テーマ毎に WG を設置して議論を進 め、取りまとめとして 2006 年2月頃にシンポジウ ムの開催を予定している。  ナノテクノロジーは特に学際的発展あるいは異 分野融合によって促進されるという側面を持ち、 将来に向けて様々な分野での応用が期待されてい る。一方で、健康や環境に対する影響への懸念や、 社会倫理面に対する対応の必要性等が、欧米を中 心に議論されており、国内でも 2004 年より「ナノ テクノロジーと社会」というテーマで

C

産業技術 総合研究所が中心となって公開討論会及びシンポ ジウムが開催されている。ナノテクノロジーが安 心して社会に受け容れられるようにするためには、 例えば、ナノ粒子をはじめとするナノ材料ではリ スク管理手法や評価方法の確立などの研究推進が 求められる。また、ナノテクノロジーが社会や経 済が抱える諸問題をどのように解決できるのかと いう点においても、技術評価と経済効果の予測が 必要とされている。以上のような課題を踏まえ、 本プロジェクトは我が国の取るべき方向性につい て総合的な提言を目指す。  欧米では日本に先行する形でナノテクの安全性 についての研究が進められている。欧州、米国と もに、安全性に関する研究をナノテクノロジーの 標準化議論と密接な関係を持たせながら推進して いる。最近では 2005 年1月に、英国では ISO(国 際標準化機構)の中にナノテクノロジーに関する 技術委員会の設立が提案され、今後、安全性に関 する研究は国際標準化の議論の場において検討さ れることが予想される。我が国でも、すでに譛日 本規格協会がナノテクノロジー標準化調査委員会 を立ち上げている。本プロジェクトは、このよう な委員会とも密接に連携をとりながら、国際標準 化の議論に積極的に参加していく計画である。 調査研究内容 担当機関 ナノマテリアルの リスク管理手法に関する調査研究 産業技術総合研究所 ナノマテリアルの 健康影響に関する調査研究 国立医薬品食品衛生研究所 ナノマテリアルの 環境影響に関する調査研究 国立環境研究所 ナノテクノロジーの 倫理・社会影響に関する調査研究 物質・材料研究機構 ナノテクノロジーの 社会受容性促進のための技術評価、 経済効果の調査研究 産業技術総合研究所 プロジェクトの調査研究内容と担当機関 参考:1)「ナノ材料の安全性に関する調査研究」 2004 年 6 月 2) 「ナノ材料が人体・環境に及ぼす影響に関する 研究の文献調査」2005 年 3 月

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号 エネルギー分野 TOPICS Energy  海洋エネルギーとして波力、潮汐、海流、海洋温度差などが研究開発されており、再生可能エネルギーの ひとつとして大きな関心が寄せられている。 従来、 波力発電システムは、 波のエネルギーを空気の動き に変え、 タービンで発電する空気変換方式が主流であったが、 米国オレゴン州立大学の研究チームは、 波の力を直接電力に変える新しいブイシステムの基礎技術を開発した。 本ブイシステムは、 磁気シャフト (回転軸) と電気コイルで構成され、 永久磁石を用いて発電する方式で、 波でコイルが上下すると固定 されている磁気シャフトに電圧が生じて電流が発生する。 従来の方式よりエネルギー変換効率を高められ る可能性がある。 ブイ1基につき発電可能な電力は 250kw 程度で、 約 200 基のブイを連携させれば ポートランド市のビジネス街の消費電力に相当する出力も可能、 と見積もられている。 また、 システムの 小型化による停泊船の個別分散電源への応用も考えられる。 今後、 低コスト化に向けた研究開発計画が 予定されている。 トピックス

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 新しい方式による波力発電システム

 海洋エネルギーには、波力、潮汐、海流、海洋 温度差などがあり、海洋が秘めるエネルギーは膨 大であるため、再生可能エネルギーのひとつとし て大きな関心が寄せられている。波力発電システ ムは、海に浮かぶか海底に固定するかどうか、あ るいは波の動きをどのような原理で動力に変換す るかで分類される。従来は、浮遊式・固定式を問 わず、波のエネルギーを空気の動きに変え、機械 的手段を利用して発電する空気変換方式が提案さ れてきた。例えば、振動水柱方式の発電システム では、海面の上下に従って空気の吸入および排出 が行われ、排出空気流が送気管に設置されたター ビン発電器を回して発電する。  これに対し、米国オレゴン州立大学の研究チー ムは、従来とは全く異なる新しいブイシステムの 基礎技術を開発した。このブイシステムは、永久 磁石を用いた新しい発電方式で、磁気シャフト(回 転軸)と電気コイルで構成されている。ブイに直 接取り付けられた電気コイルが、海底に固定され た磁気シャフトの周りを囲んでおり(右図参照)、 波でコイルが上下すると、固定されている磁気シ ャフトに電圧が生じ電流が発生する。波力が直 接、電力に変わることが特徴であり、従来の方式 よりエネルギー変換効率を高められる。研究チー ムによると、実験室レベルでエネルギー変換効率 80%以上を確認した(従来方式は 40 ∼ 50%)。実 験用ブイは円柱形状で、上下面が直径約 3.6 mの 円、高さは約 3.6 mで、海岸線から1∼3km 離れ た場所に配置され、海底から約 30 mの海面に浮遊 させている。大きな課題のひとつは、厳しい嵐や は 250kw 程度で、必要に応じて出力は調整可能で ある。およそ 200 基のブイを約 30 m間隔で配置し 連系させれば、ポートランド市のビジネス街の消 費電力に相当する約 50MW の出力が可能になる。 一方、システムを小さくすれば、停泊船の個別分 散電源への応用も考えられる。  オレゴン州立大学は太平洋岸に近く、波力研究 所などの戦略的研究施設を持っており、オレゴン 州エネルギー局、国家科学財団(NSF)、米国エネル ギー省(DOE)等と連携をとって研究開発を行なっ ている。特にオレゴン州エネルギー局は、州とし ての波力エネルギー利用に高い関心を持っており、 本ブイシステムの開発も支援する計画である。  ただし、本ブイシステムの発電コストは、現段 階では太陽光発電より高いと推定されている。上 記研究チームは、本ブイシステムの実証施設建設 を計画中であり、低コスト化に向けた研究開発を 進める予定である。 新しい波力発電ブイシステム

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製造技術分野 TOPICS Manufacturing Technology  半導体 MIRAI プロジェクトは、 2005 年 6 月 14 日、 超 LSI の製造プロセスで起る大きな問題のひ とつを解決する技術を開発したと発表した。 絶縁材料に多孔質の酸化ケイ素膜を用い、 プラズマが原因 で回路パターンが崩れてしまう問題の解決、 銅メッキ工程用化学薬液の改良、 化学的機械研磨工程後の 洗浄技術の改善、 の 3 つの新しい技術を見出すことによって、 試作された配線で 10 年以上の信頼性寿 命を確認した。  LSI の高密度化による配線幅の縮小によって、消費電力の増加や電気信号の遅延が問題となっている。 本技術はこの問題を解決する技術のひとつであり、今後、 実プロセスに近い条件で汎用性を実証しつつ、 将来的に必要となる誘電率のさらに低い絶縁膜の検討が課題となる。  超 LSI では、配線幅の縮小による配線抵抗や配 線間の電気的結合容量の増大が、消費電力増加や 電気信号遅延の主な原因になっており、世界的に 解決に向けた取り組みがなされている。配線抵抗 の低減のためには配線材料として抵抗率の低い銅 を用い、また信号遅延抑制には配線間を埋める材 料として低誘電率の絶縁膜が検討されている。  このうち、低誘電率絶縁膜については、メチル 基(CH3)を導入した酸化ケイ素(シリカ:SiO2) 系材料(比誘電率が約 3.0)を CVD(化学気相成長法) により形成する技術が量産で採用されはじめたが、 今後数年以内には、さらなる微細化に対応するた め、より低い誘電率の絶縁膜を形成する技術が必 要となる。このため、材質としては無機系あるい は有機系の種々の材料系が試され、また、膜形成 方法としては上記の CVD 法のほか塗布法も試みら れているが、基本的に、多孔質酸化ケイ素系材料 を用いて、数年以内に必要とされる 2.1 未満の比誘 電率を実現しようとする試みが数多く報告されて いる。材料を多孔質(ポーラス)化すれば誘電率 を下げられることは自明であるが、製造プロセス に耐えるだけの機械的強度や耐薬液性を保ちなが ら低誘電率化することが大きな課題である。  半導体 MIRAI プロジェクトは、

C

産業技術総 合研究所「次世代半導体研究センター」と技術研 究組合 超先端電子技術開発機構(ASET)の民間 24 社が、

C

NEDO 技術開発機構の委託事業として 組織された共同研究体で、将来必要となる超 LSI 基盤技術開発を行なっている。低誘電率絶縁膜技 術は、半導体 MIRAI プロジェクトの5つの重要検 討項目のひとつに掲げられている。  同プロジェクトは、2005 年6月 14 日、銅配線、 多孔質酸化ケイ素系低誘電率絶縁膜を用いる製造 プロセスで、重要な問題を解決する技術を開発し たと発表した。同プロジェクトは既に開発した低 誘電率絶縁材料(ポーラスシリカ膜:比誘電率が 2.1)を用いて多層配線 LSI プロセスの研究開発を 進めてきたが、今回は、以下の3つの課題が解決 できた。 ① 本来は疎水性を有するポーラスシリカ膜が、パ ターンを形成する製造プロセスのエッチングプ ラズマにより親水性に変わり、耐薬品性能が劣 化して回路パターンが崩れてしまう問題があっ た。エッチング後、有機シリカ分子ガス中でアニ ールしておくことで疎水性を回復させ、薬液の 侵入を抑制し、薬液耐性を向上できることを見 出した。 ② 銅配線をメッキ法により形成する際に、メッキ 液がポーラスシリカ膜の空孔中に侵入すること で絶縁性が劣化してしまう問題があった。メッ キ液を膜の微細空孔中に浸入し易くする添加剤 成分をつきとめ、改善された銅メッキ液を開発 して、絶縁性劣化を回避できることを示した。 ③ 銅薄膜の不要部分を除去して各層を平滑にする 化学的機械研磨(CMP)工程で用いる化学薬品 が、膜の微細空孔中へ侵入することで絶縁性が 劣化してしまう問題があった。CMP の工程後の 洗浄液を水からエタノールに変更することによ り、絶縁性劣化を回避できることを示した。 これらの技術を、300 mmウエハを用いた試作に よって信頼性評価を行った結果、数年後の技術世 代で想定される動作条件下で、超 LSI 動作の寿命 を 10 年以上維持できることが示された。今後は、 これらの技術を、実際の量産プロセスに近い条件 で汎用性を実証しつつ、さらに比誘電率の低い 2.1 未満の絶縁膜でも適用できるかどうかを検討して いく必要がある。 トピックス

6

 将来の超 LSI 製造プロセスに適用可能な低誘電率絶縁膜

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1

はじめに

蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆 科学技術動向研究

テーラーメイド医療の進展の現状

̶国民への情報提供システム整備の重要性̶

曽和 義広

客員研究官  1990 年 に International Human Genome Sequencing Consortium によって開始された Human Genome Project(ヒ ト ゲ ノ ム 計 画 ) は、 2001 年 に Celera Genomics 社 と 共同でそのドラフト版が公開さ れ1、2)、2004 年 10 月に完了版が 公開されたことで3)、本プロジェ クトの完了が宣言された。  しかしながらこの完了宣言は あくまでも少人数のサンプルの 全 DNA 配列の読みとりが終了 したことを意味するものであり、 このプロジェクトの完了をもっ てポストゲノム時代と称される 現在においては、各個人におけ るゲノム情報に基づいた医療へ の応用、すなわちテーラーメイ ド医療の推進が重要な課題とな っている。  本稿ではテーラーメイド医療の 実施に向けて、特に研究・開発が 急速に進展している領域であるフ ァーマコゲノミクス①と分子標的 抗癌剤②の開発を取り上げ、今後 のテーラーメイド医療の推進にお いて解決すべきゲノムに関する情 報提供に基づいた国民理解による 社会的受容に関する課題を提案す る(図表1)。 ①ファーマコゲノミクス 薬に対する反応性の個人差をヒトゲノム情報、ゲノム解析技術を用い て解析する概念。 ②分子標的抗癌剤  癌の発症の分子機構に基づいてその発癌原因分子を標的とした抗 癌剤。 ■ 用 語 説 明 ■ 図表1 本論文の概要

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2‐1

テーラーメイド医療とは

 「テーラーメイド医療」は、米 国 で は「Personalized Medicine」 と表現され、我が国ではその直訳 として「個別化医療」あるいは和 製英語である「オーダーメイド医 療」という表現も散見されるが、 本稿では「テーラーメイド医療」 と表現する。しかしながら、それ らの用語の意図するところは、各 個人の有する分子情報・遺伝子情 報すなわちゲノム情報や、あるい は疾患や症状の原因となる分子異 常・遺伝子異常に基づく医療(予 防法、診断法、治療法)の実施と いう意味である。  従来の疾患の治療(主に薬剤 による治療において)は、薬剤 の選択、投与方法(投与量や投 与回数)の判断の大部分は医師の 経験と主観に基づく判断によるも のであり(いわゆる「医師の匙加 減」)、また患者間の薬剤に対する 効果や副作用の差違も、患者の「体 質」の違いという言葉で曖昧に 説明・理解されてきた。しかしな が ら、Evidence‐based Medicine (根拠に基づく医療)の必要性が 主張され始めたのを機に治療方針 の選択において科学的妥当性が重 要視されるようになり、その科学 的妥当性を分子レベルで検証する には、ゲノム計画やそれに続くポ ストゲノム研究の多くの研究成果 が必要とされる。これは従来「体 質」の違いと曖昧に解釈してい た現象が、患者それぞれの「遺伝 子」の違い、すなわち「ゲノム情 報」の違いとして分子レベルで厳 密に理解される時代が幕を開けた ということである(本稿で使用す る「分子」とは、主として DNA、 RNA、蛋白質を指すものとする。 また「ゲノム」とは遺伝子全体を 指す用語であるが、遺伝子部分だ けでは理解し得ない生命現象も多 くあるので、ここでは DNA 全体 と定義する。従って「分子情報」 とは DNA 配列情報、mRNA 発現 情報、蛋白質発現情報等が含まれ ており、これら情報の測定、解析 を「分子診断」と呼ぶ)。  またゲノム計画の進行と歩調を 合わせるように「ゲノム創薬」と いう概念が薬剤の研究開発におい て注目されている。これは疾患の 原因となる分子の異常を標的とし た薬剤の開発を意図しており、ゲ ノム創薬に基づいて開発された医 薬品は従来の医薬品に比べて高い 特異性が期待されることから、治 療効果の向上と副作用の低減が見 込まれている。特に副作用の低減 は重要な問題で、1998 年に発表さ れた米国での解析では年間およそ 220 万人の入院患者(6. 7%)が重 篤な副作用を呈し、そのうち 11 万人(0.32%)が死亡していると 報告されており、この副作用によ る死亡数は当時の米国での死亡要 因の4∼6位に位置するものであ った4)。従って、医薬品の副作用 対策の1つとしてテーラーメイド 医療の実現による副作用の低減は 国民の安全を考える上でも極めて 重要な課題である。  テーラーメイド医療とは、個人 の持つゲノム情報の違いや疾患の 原因分子の違いに応じて、それら を踏まえて適切な医療を行ってい く事である(図表2)。  次の標語は従来、看護師が注射 や服薬等で患者に薬剤を投与する 際の確認事項として使われている

「The Five Rights」(五つの適切さ)

と呼ばれるものであるが、テーラ ーメイド医療を考える上でも、極 めて示唆に富んだ標語となりえて いる。

The minimum standard of practice for medication administration is checking “the five rights”to provide patient safety.

2

テーラーメイド医療

蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号

テーラーメイド医療の進展の現状 ̶国民への情報提供システム整備の重要性̶

The Five Rights:

蘆Right Patient :適切な患者 蘆Right Drug :適切な薬剤 蘆Right Dose :適切な量 蘆Right Time :適切な時間 蘆Right Route :適切な経路  すなわち「適切な患者」「適切 な薬剤」という点は、その患者 の疾患や症状の原因となる分子の 異常を踏まえ、その異常分子のみ に対して作用し、異常を是正・解 消する薬物を投与するという、ゲ ノム創薬に基づいた分子標的薬の 使用を示唆するものであり、「適 切な患者」「適切な量」という点 は、個人によって異なる薬物反 応性の違いを考慮した上で、適切 な投与量を処方するという、次項 に論じる薬物代謝酵素等でのファ ーマコゲノミクスの重要性を示唆 するものである。また薬物代謝に おいては薬物代謝酵素以外にも ADME(absorption、distribution、 metabolism and excretion) と 呼 ばれる薬物の吸収、分布、代謝、 排出の過程がそれぞれ重要な役割 を担っており、「適切な量」「適切 な時間」「適切な経路」という概 念も個人の ADME の差を踏まえ る意味で重要である。 2‐2

ファーマコゲノミクス

 2003 年 11 月 米 国 食 品 医 薬 品 局( 以 下 FDA) は「 フ ァ ー マ コゲノミクス・データ提出に関 す る ガ イ ダ ン ス(Guidance for Industry,Pharmacogenomic Data Submissions)」案を発表し、その 最終案が 2005 年4月に発表され た。また FDA の動きに応じて、 2004 年6月に我が国でも厚生労 働省医薬食品審査管理課が、製 薬企業等に対してゲノム検査等 を利用した臨床試験についての 実施状況の情報提供を求めて意 見・情報の募集を行い、2005 年 3月に「医薬品の臨床試験におけ るファーマコゲノミクスの利用指 針の作成に係わる行政機関への情 報提供について」(薬食審査発第 0318001 号)と題された通知が出 された。これらの動向は、ファー マコゲノミクスについて研究レベ ルだけでなく、医薬品の認可申請 時における提出データという実用 レベルへの展開が始まったことを 示している。  ファーマコゲノミクスの定義 は、薬物に対する個人個人の反応 性の遺伝子情報に基づく解析であ り、すなわち薬物の効果及び副作 用に関する個人間の差違(従来の 言葉で言うところの「体質」)を 網羅的かつ体系的に実施された個 人ゲノム情報解析の結果に基づい て予測・判定するという概念であ る。現在、ファーマコゲノミクス の解析対象となっている代表的な 遺伝子としては、薬物代謝酵素遺 伝子群 CYP(チトクローム P450) に存在する一塩基多型 SNP(single nucleotide polymorphism)があげ られるが、薬物排出、薬物取り込 みなどの薬物の体内での動態(薬 物動態)に様々に関与する分子群 もまた薬物の効果や副作用に影響 を及ぼす分子としてファーマコゲ ノミクスの対象分子である。  また後述のイレッサの場合のよ うに、薬物が直接作用する分子で ある薬物標的分子における遺伝子 の個人差が薬物の効果の個人差に 反映されることも知られており、 このような薬物と薬物標的分子及 びその下流のシグナル経路におけ るファーマコゲノミクスも、薬物 代謝や薬物動態のファーマコゲノ ミクスと同様に重要な研究領域で ある。

 SNP(single nucleotide polymorphism、 一塩基多型)とは、個人間での 遺伝子配列の違いを指すものであ る。具体的には変異が一定数以上 のヒト集団に共有され、変異頻度 1%以上の場合を SNP と呼んで おり、それ以下の頻度である突然 変異とは区別されている。1999 年 に Wellcome Trust と 10 数社の製 薬・技術企業により SNP コンソ ーシアムが設立され、またそれ以 外にも多くの SNP 解析研究プロ ジェクトが実施され、SNP の頻度 は 100 ∼ 1,000 塩基に1つ、ゲノ ム全体では 300 万∼ 1,000 万個の SNP が存在することが明らかと なっている。またこの SNP はゲ ノム上に平均して存在することも 明らかとなっており、特にタンパ 図表3 SNPs

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ク質をコードする遺伝子領域や遺 伝子発現を制御するプロモーター 領域に存在する SNP は表現型と して様々な影響をもたらすとされ ている(図表3)。従って、上述 の CYP における SNP は投与され た薬物の代謝を考える上で臨床的 に極めて重要な要因であり、既に 2004 年9月に欧州で、2004 年 12 月には米国医薬品安全局(FDA) に お い て も CYP の SNP を 検 査 する DNA チップが体外診断薬と しての発売を認可されている。更 に、抗癌剤カンプトサールの使用 に際して、その代謝酵素(抱合酵 素 UGT1A1)活性の個人差が副作 用の発生に関与しており、その活 性は代謝酵素遺伝子の転写領域に おける SNP により影響される事 から、FDA は 2005 年7月この抗 癌剤の添付書類に、該当する SNP と患者の酵素活性に基づいた用 量調節の指導を記載することとし た5)。なお我が国の SNP 研究状 況としては、理化学研究所遺伝子 多型センターや東京大学医科学研 究所などにおいて SNP の解析技 術の開発研究や疾患との関わり関 する数多くの研究が推進されてい る6、9) 2‐3

分子標的抗癌剤

 ファーマコゲノミクスが主に医 薬品を摂取してから標的分子に届 くまでのプロセスに対してゲノム 情報に基づいた解析を行っている のに対して、ゲノム情報に基づい て疾患の原因となる分子を見いだ し、その分子を標的とした医薬品 (分子標的薬とよばれる)を開発 するプロセスは「ゲノム創薬」と 呼ばれている。  ヒトゲノム計画の進行に伴っ て、疾患の原因遺伝子の発見とそ の解析研究も精力的に実施されて いる。中でも癌に関する研究は、 癌の発生機構が細胞周期研究や細 胞内シグナル伝達機構の研究、抗 癌剤の作用機構が DNA 複製機構、 細胞分裂機構及び細胞死誘導機構 の研究という具合に臨床研究と基 礎研究と時機よく合流したことで 急速に推進し、その成果として分 子機構に基づいた抗癌剤の開発が 先駆的に行われるようになった。 現在のところ(2005 年7月現在)、 我が国で認可・使用されている分 子標的抗癌剤はハーセプチン(乳 癌)、リツキサン(B細胞性非ホ ジキンリンパ腫)、グリベック(慢 性骨髄白血病 CML 及び消化管間 質腫瘍 GIST)、イレッサ(肺癌) の四種類であるが、これらはいず れも欧米の製薬企業によって開発 されたものである(図表4)。  これらの分子標的抗癌剤は、そ の標的分子やその標的分子への作 用機構は異なるものであるが(ハ ーセプチン及びリツキサンは抗 体、グリベック及びイレッサはキ ナーゼ阻害剤)、疾患に特異的な 異常分子を標的とした薬剤開発戦 略の成果であり、その異常分子を 有する患者にのみ特異的かつ効果 的に作用するという点で共通する ものである。  ハーセプチンは細胞膜を貫通 する増殖因子受容体の1つであ る HER2 を認識する抗体製剤であ り、ハーセプチンが癌細胞表面に 存在する HER2 を認識・結合する ことで抗体依存性細胞障害機構が 活性化され HER2 発現癌細胞に対 して特異的に抗腫瘍効果を示す。 リツキサンも同様に腫瘍に特異的 な CD20 抗原を認識する特異抗体 である。またグリベックは慢性骨 髄白血病(CML)の原因遺伝子 であり、染色体転座によって生じ る Bcr‐Abl 遺伝子がコードする Bcr‐Abl チロシンキナーゼを阻害 することで CML に対して抗腫瘍 効果を示し、更にこの薬剤は KIT チロシンキナーゼも阻害すること から、KIT 陽性の消化管間質腫瘍 (GIST)にも抗腫瘍効果を示す。 イレッサは上述の HER2 同様に細 胞膜を貫通する増殖因子受容体の 1つである EGFR のキナーゼ活性 を阻害する薬剤である。  テーラーメイド医療の実現に おける適切な薬剤選択と適切な投 与量決定を行うには、各患者の有 する分子情報を正しく確認する作 業(洋服の「テーラーメイド」で いうところの体躯の採寸作業)は 必要不可欠な前提条件である。従 って、分子標的薬の使用や、CYP の SNP によって代謝が影響され る医薬品の使用に関しては、その 適切な投与を実施する前提条件と して分子診断による判断が重要と なってくる。  このことは、ハーセプチンの添 付書類に「HER2 過剰発現が確認 図表4 分子標的抗癌剤

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号 テーラーメイド医療の進展の現状 ̶国民への情報提供システム整備の重要性̶ された転移生乳癌」、リツキサン の添付書類に「免疫組織染色法ま たはフローサイトメトリー法によ り CD20 陽性が確認された患者の み投与する」、グリベックの添付 書類に「慢性骨髄性白血病につい ては、染色体検査または遺伝子検 査により慢性骨髄性白血病と診 断された患者に使用する」「消化 管間質腫瘍については、免疫組織 学的検査により KIT 陽性消化管 間質腫瘍と診断された患者に使用 する」との項目が記載されている ことでも明らかである。このよう にこれらの分子標的抗癌剤の使用 は、あらかじめ免疫組織検査、染 色体検査、遺伝子検査による投与 の適正性を判定することが必要で ある。  抗癌剤の標的分子におけるファ ーマコゲノミクス解析が抗癌剤 投与の適正性の判定に重要な役 割を果たすことを示すエピソード が、肺癌の治療薬として 2002 年 7月に世界に先駆けて日本で承認 されたイレッサの使用において示 された。  イレッサは一部の患者に対して は癌の退縮などの高い抗癌効果を 示したが、同時にイレッサの投与 による間質性肺炎等の重篤な副作 用が多数報告されたことは広く報 道されており周知の件である。ま た、その後の世界規模で実施され た大規模臨床試験の初回解析の結 果、「延命効果なし」との判定が なされた。  しかし 2004 年4月には、この イレッサの標的分子である EGFR に変異を有する患者では、薬剤の 効果が高いことが報告され7、8) 我が国でも東京大学医科学研究 所を中心にイレッサの反応性や更 には副作用を予測する遺伝子の発 現や SNP が精力的に実施されて が、イレッサの投与に際してその 標的分子である EGFR 変異の遺 伝子診断が重要視されていること は、薬の投与前の遺伝子診断とい う形でテーラーメイド医療が既に 臨床では実施されつつあるという ことである。 2‐4

トランスレーショナル・

リサーチ

(Translational research)

臨床的研究

 分子標的抗癌剤による癌治療や ファーマコゲノミクスに基づいた 投与計画の設定は、基礎科学研究 で得られた知見とそれに基づく創 薬の成果が臨床現場にフィードバ ックされる最も理想的な科学研究 成果の国民への還元である。  現在、分子生物学の進歩により 多くの疾患の発症機構が明らかに され、その機構やそれに関与する 分子を標的とした薬剤が世界中で 精力的に研究開発されている。in vitro(試験管内)で証明された薬 物の効果は、最終的には in vivo(生 体内)であるヒトで効果を示すこ とで初めて薬として成立する。  ヒトでの薬物効果の証明は従 来、上市を目的とした製薬企業に よる臨床試験という形で実施され てきたが、薬事法の改正により研 究者主導による臨床試験も可能と なり、基礎研究から臨床研究への 橋渡しを行うトランスレーショナ ル・リサーチの実施に於ける制度 も整備されてきている10)  また最終的にはヒトでの検証が 必要なことから、医薬品候補物質 の臨床治験研究だけでなく遺伝子 解析を含む疫学研究も積極的に推 進される必要がある。更にはイレ ッサに対する高感受性グループと 「遺伝子に於ける性差」といった 点を考慮すると、従来の欧米で得 られた知見をそのまま日本人に適 用することには懐疑的にならざる をえなく、我が国独自での遺伝子 解析研究の必要性は更に重要性を 増していると考えられる。これは 海外で臨床試験が実施された医薬 品の申請データを日本人での有効 性・安全性を確認するためのブリ ッジング試験を実施するに当たっ て、遺伝子の人種差を考慮するこ とが極めて重要な課題であること を意味している。実際、臨床試験 の結果、特定の人種(アフリカ系 米国人 African-American)にのみ 有効性を示した医薬品も報告され ており、2005 年6月に FDA より 認可されている11)  更に上述のように薬物に対する 個人間の反応性の差異を遺伝子診 断で予測する場合、現在のところ 主にファーマコゲノミクスの対象 とされているのは CYP などの薬 物代謝酵素であるが、それら以 外にも薬物動態に関与する因子 や、イレッサの反応性に代表さ れる薬物の標的分子や、標的分 子からのシグナル伝達に関与す る因子もファーマコゲノミクスの 解析対象として考えられる。そこ には既に機能や臨床的意義が明ら かな CYP から、詳細な分子機構 は不明であるが薬物の効果に寄与 することが近年判明した EGFR の 遺伝子変異、そして未知の薬物の 効果を左右する分子も多数に含ま れている。  このような分子情報に基づいた 薬物の反応性に関する研究は未知 の部分も多く更なる研究が必要な 領域であるが、これらの研究成果 が医療として還元される為には、 ヒトによる臨床研究での実証研究 としてのトランスレーショナル・

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3‐1

個人情報としての

ゲノム情報

 「遺伝子」とは究極の個人情報 でありながら、通常の個人情報 とは大きく異なる点がいくつもあ る。現在の科学技術において遺伝 子情報とは、本人が簡単に閲覧す ることの出来ない情報であり、そ の「書き換え」も不可能な不変の 情報である。また「家族性疾患」 などに代表される、その個人だけ ではなく家族内でも遺伝情報が共 有されるといった伝達性も有す る。そしてそれ以上に大きな問題 は「科学技術の不確定性」という 言葉でも表現されるように、ゲノ ム情報の「情報の意味」が現状で はまだ完全には理解されていない 研究途上の情報でありながら、個 人の生活や健康に対して重大な影 響力を持つ重要な意味を有してい る点である。これは DNA シーケ ンスや SNP 解析に代表される遺 伝子解析技術が、生体における生 体内での意義を見いだす科学的検 証よりも大きく先行している現状 を指していることに他ならず、そ の差を埋めるための基礎研究や 応用研究は迅速に、しかしなが らヒトに対する研究であるが故に 慎重に推進されるべきである。し たがって、これら科学技術の不確 定性を孕むゲノム情報の取扱は単 なる個人情報以上に重要な情報で あるため極めて慎重に行う必要が ある。なお医学、医療と個人情報 と問題に関しては、多様な視点か ら執筆された書籍も刊行されてお り、それらを参考にされたい12)  実際、既にイレッサに代表さ れる分子標的抗癌剤の投与に際 して遺伝子診断がガイドライン として明記されたことや、家族 性乳癌、家族性大腸腺腫症、遺 伝性非ポリポーシス大腸癌に代 表されるように疾患の発症に於 いて遺伝子の関与が明らかにさ れたことで、医療を受けるに際 して、あるいは告知を受けるに 際して、そして治療方針のイン フォームド・コンセントを医師と 患者が確認するに際して、各個人 が遺伝子に対して充分な知識と理 解が必要とされる時代が始まった と言っても過言ではない。「イン フォームド・コンセント」は「説 明に基づく同意」と訳され、ヒ トゲノム・遺伝子解析研究に関す る倫理指針においても「事前の十 分な説明とその理解、そして自由 意思による同意」と定義されてお り13)、やはり「理解すること」の 重要性が明言されている。その点 で FDA によるファーマコゲノミ クスのガイドライン最終案が提出 された際に実施された公開講座の タイトルが「“Personalizing your Healthcare:The Best Consumer is an Educated Consumer.”」とい うのは非常に示唆的である14) 3‐2

情報提供と

国民理解の重要性

 遺伝子情報の取り扱いに関して は、上述の個人情報保護法や各省 庁からのガイドライン、倫理指針 が発効される事で政策レベルでの 対応がなされており、また遺伝子 情報と必然的に強く関連する「生 命倫理」の問題に関しても、総合 科学技術会議に生命倫理専門調査 会が設置されることで国家レベル での対策が打ち出されている。  また BT 戦略会議のバイオテク ノロジー戦略大綱では、その戦略 の1つとして「国民理解の徹底的 浸透―国民が適切に判断し、選択 できるシステムを作る―」が掲げ られている15)。バイオテクノロ ジー戦略大綱の3つの戦略(「研 究開発」、「産業化」、「国民理解」) に「国民理解」が取り上げられて いるということは、これら3つの 要素のバランスの取れた推進が医 療を含むバイオテクノロジーの振 興及びその成果としての国民への 還元には重要であることを意味し ており、「国民理解」なくしてそ の発展は見込まれないということ である(図表5)。  「戦略3 国民理解の徹底的浸 透―国民が適切に判断し、選択で きるシステムを作る―」には「BT がどのように発展しても、それが 国民に理解され、受け入れられな

3

テーラーメイド医療のための国民理解

蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆 図表5 3つの戦略の図

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科 学 技 術 動 向 2005 年 8 月号 テーラーメイド医療の進展の現状 ̶国民への情報提供システム整備の重要性̶ ければ、国民生活の充実にはつな がらない。BT について、国民が 適切に判断し、選択できるシステ ムを作り、また、新規の技術に対 する懸念・不安に対応するための 社会基盤の整備を図ることが重要 である」と記されており、その項 目として ①情報の開示と提供の充実 ② 安全・倫理に対する政府の強固 な姿勢を国民に提示 ③ 学校教育、社会教育等の充実 が上げられている。これはテーラ ーメイド医療の実施のための社会 基盤整備として「個人情報の取り 扱い」「生命倫理」及び「遺伝子 教育」が必要であることに対応し ていると考えられる。  「3.学校教育、社会教育等の 充実」の項目には、「国民が適切 に判断し、選択できる環境を整 備するため、学校教育において基 礎的な知識の定着や、科学的な見 方・考え方の基本を習熟する機会 をより増やし、併せて、社会教 育において国民が手軽に学べる場 を提供することが重要である。ま た、学校教育の場で、生物教育の より一層の充実を図ることが必要 である。特に、高等教育における 生物履修者の拡大や、入学試験で の生物を選択することができるよ う大学入学試験での生物の受験機 会の拡大を目指すこととする。さ らに、総合的な学習の時間などに おける生命現象の科学的理解など 教科横断的・総合的な取組の支援 と同時に、生命の尊さについて子 供のうちから実感することが重要 である」と記載されているが、現 在、我が国の「高校・生物」で遺 伝子に関して取り扱う内容は限定 的な基本的な内容であり、今後、 個人がテーラーメイド医療の場で 直面するであろう「遺伝」と「遺 伝子」、「遺伝子変異」と「SNP」、「体 細胞での遺伝子変異」と「生殖細 胞での遺伝子変異」等の重要な用 語に関する情報は十分に提供され ていない16)  また 2001 年2∼3月に実施さ れた一般国民を対象とした「科 学技術に関する意識調査におい て17)、「DNA」という用語に対し ては 74%の理解度が得られていた が、その理解の程度を確認するた めの設問「DNA が人体で見つかる 場所」ではその正答率は 33%であ った(選択形式問題)。また、テ ーラーメイド医療と密接に関わる 遺伝病の発症を題材とした確率の 問題でも全問正答率(設問数4) は 39%であった(米国での全問正 答率は 55%)。  このように国民理解の重要性が 政策として謳われながらも、実際 の国民における「遺伝子」に対す る理解は不足しており、このよう な国民理解が不十分な状態では、 適切なインフォームド・コンセン トを得たテーラーメイド医療の実 施やその前提となる科学的遺伝子 研究やトランスレーショナル・リ サーチへの国民の参加を推進する ことには困難が予想される。

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提 言

蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆蘆 4‐1

我が国の現状

 テーラーメイド医療の基盤とな る遺伝子研究が社会的に受容され るには国民に対する遺伝子に対す る理解を深めてもらう情報提供・ 教育活動は、科学技術政策の上 でも、また医療政策の上でも極め て重要である。また国民にとって も、遺伝子の問題は医師や科学者 だけが取り扱う問題ではなく、各 自がテーラーメイド医療において 医療の選択における「自己決定」 を行う当事者として、そして「自 またテーラーメイド医療の実施に 至るにはその検証試験であるとこ ろのトランスレーショナル・リサ ーチ等への国民の参加も必要であ る。したがって早急に国民全体に 対して「遺伝」を教育する人材、 機関を含めたシステムの構築が必 要である。  米国の高校の教科書において 「遺伝」に関する内容は我が国の 教科書に比べて豊富かつ詳細に記 載されている16)。さらに遺伝に 関する疾患や患者をサポートす る団体が 600 以上連合した組織で ある遺伝病患者支援団体連合会: Genetic alliance(The Alliance of

on Patient Information and

Education19)により医療サービス 消費者である患者や患者家族、そ して医療サービス消費者予備軍で ある一般国民に対して多様な支援 活動が実施されている。その活動 として、カウンセリング、最新の 研究成果や科学情報等の質の高い 情報を提供することを始めとする 教育・啓蒙活動、政府‐企業‐国 民の仲介役としての活動、患者団 体の運営支援、トランスレーショ ナル・リサーチへの参加呼びかけ などが行われている。  我が国でも、遺伝カウンセリン グに関しては、臨床遺伝専門医制

参照

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