ドイツ行政学教科書の誕生 : ケットゲン公法学における科学・大学・官僚

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全文

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《論 文》

ドイツ行政学教科書の誕生

ケ ッ トゲ ン公法学 における科学 ・大学 ・官僚

-三

キーワー ド:法学方法論,行政学,官僚制,官僚 ・法曹養成

研究主体 と研究対象 の重複可能性 に社会科学及 び人文科学の特徴があるとすれば, まさに法学 こ そその典型であろう。法欠鉄 を含 まぬ法体系の完 結性が今や過去 の もの とな り,事実考察 による法 創造が例外事象では最早 あ りえない故,規範 と事 実の不断の往復 こそ法解釈の核心 と見なされ る。 いわば,理念 と実在の弁証法たる法現実 こそ,坐 ての法学者 が探究すべ き もの とな る(1)。従 って, 憲法規定や行政法規の意味を解釈 し把握す る為 に は,裁判官や行政官の解釈実態の認識 も要 ること になるが,実際に法規範を解釈 し適用 しているこ の法現実 の中に,その規定の意味探求を狙 う研究 者 の姿 も必ずやあろう。公法学者 は研究主体であ り自ら研究対象で もあるのだ。 な らば,法学研究 者 たる者,解釈すべき憲法典や各種行政法のみな らず, これを解釈す る裁判官や行政官の行動,級 ら自身を生み出す法曹養成の在 り方,その教育現 場たる大学や法学部の理念, ここまで射程 に入れ な くてはな らない。行政法 と行政学 の融合 の試 み は,法科大学院実施や大学改革の是非 を探 らず し て,それを徹底 した ことにな らず,行政改革や公 務員改革 の検討 も,伝統的な行政法学方法論 の刷 新 に向かわず して, それを貫徹 したことにな らな い。 この意味で,研究客体 の考究が研究主体 のそ れへ,研究主体 の吟味が研究客体のそれへ, こう 向か うのは必然である(2)0 ところで,戦間期 ドイツで も行政構造の変動 に 伴 い,行政法学 と行政学 との融合が要請 された(3)。 けれ ども,それはナチス政権樹立以降の ことであ る。全国の大学で 「行政学」講義が開始 され,汰 学者 による行政学教科書 の登場 もある。 当時の潮 流の代表的作品の1つが,ケ ッ トゲ ン 『ドイツ行 政』である(4)。勿論,彼 は初期 か ら水道法 な ど生 存配慮 に関す るテーマを扱 ってお り,硬直 した行 政法学を行政学 の観点か ら改革せん と意 図 してい た。 だが, それだけで彼が2つの学問分野の融合 を唱えたのではない。官僚制度研究や大学制度研 究 も,第二次大戦後 も活躍 した彼のライフワーク である。方法革新のみな らず行政法の担 い手やそ の養成制度 まで もが,ケ ッ トゲ ンの射程範囲の中 にあ った。尤 も, ナチス期公法学を検討す る危険 性を強調す る向き もあるか もしれない。 その反証 は本稿全体が行 うだろうが, この疑念 の前段階に あるのは, 同 じ行政法学 と行政学の融合 であって も現在の ものは安全 だ との仮定 だ。 だが, ここか ら離脱 して,彼 の戦前 の著作 を敢えて取上 げよう と思 う。 そ こで,本稿の課題 とは,公法学者 アル ノル ト・ケ ッ トゲ ンを主題 と し(5),公法 の研究主 体 と研究客体 の連関を探 ること, ここにある。 ま ず,彼 の法学方法論 の視点か ら行政学教科書の企 図を検討 し (二),次 に, この書物 と職業官僚制 及 び大学制度 との関連 を検証す る (≡), この手 順を踏 もう。

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社会科学論集 第117号

行政法学か ら行政学へ

1 行政法学の新 しい任務 そ もそ も,ケ ッ トゲ ンの方法論 的態度 とは如何 なるものか。科学 たる もの,そのあ りとあ らゆる 領域 において,研究の任務 はその対象が確定する, と彼 は述べ る。 その上, その基盤 に革命的変動が 生 じる時代 では,大元 の研究対象を根本的に再確 認す る必要がある。そ こで この法学者 は第一次大 戦後の大変動 を根拠 に,国家 と法をめ ぐる法学全 般の任務 も転換 したか ら,行政法学 も新 たな法律 群 の既存体系への組入れに, この科学特有 の対象 を成す ものの一義的な確定が,新たな喫緊の任務 として追加 された と診断を下す。つ ま り,行政法 の対象 その ものの本質 と水準 に検討 を加 えて, 「行政法研究 の諸任務 と諸方法」 を再吟味す る訳 だ(6)。 まず任務 につ いてケ ッ トゲ ンは言 う。 これ か らの行政法科学 は,規範 とい う今在 る素材 の解 釈 だけでな く, この教義学的作業 と同時 に,行政 現実 自体 も探究 しなければな らぬ。 この行政の現 実 は,法律家の法解釈以外 の吟味を拒む ものでは な く,む しろ我 々の行政法諸体系か ら駆除できぬ もの と見 るべきであろう。彼日 く法律 とは, 日々 ウ ン レ ー ベ ン デ ィヒ 破 られ る 「生 きていない」規範ではな く, この行 政現実 に直接 に組込 まれ,法律研究の基盤 となる ものだ。行政法 は現実 自体 の中で考察 しなければ な らない。 このように関心領域が現実へ移動 し始 めれば,必然的 に,休眠中の行政学 も復活す るだ ろう(7)

この行政法学の任務 の刷新 は,その方法の刷新 へ も波及す る。 ケ ッ トゲ ンによれば,行政学が行 政現実を把握す る為 には,各行政部門の内在法則 と行政全体 のそれを探 り出す必要 が あ る。 尤 も 「内在法則」 とはいえ意義 を欠 く事実実証主義 で はな く,一見無関係の個別者か ら現実的統一体 を 調査す ることを指す。勿論,事実 に内在す る以上 の法則を引出すのは厳禁 であるが,死 した資料 の 堆積でな く,そ こか ら内在的法則 を引出す こと, 内在的秩序 を形造 ること,非合理的な諸礎石を設 営す ること,行政法学の課題 はここにある。 その 意 味でケ ッ トゲ ン学説 は, 19世紀半 ばに繁栄 し た 「国家科学的方法」 の再来ではない(8'。 それで は, こうした行政 の実存的諸基礎 を知 るにはどう すればよいのか。 それにはまず,行政諸事実を取 り集め知 っておかねばな らぬ。行政領域 に在 る膨 大な諸事実を入念 に取扱 うことは,行政学か ら省 くことが禁 じられた重大な作業である。 この作業 の次 にこれ ら事実の精神的連関を調べ上 げ,そこ か ら行政 の内在法則へ と到着 しなければな らぬ。 じか つ ま り

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「具体 的な行政 の生 きた身体 に」直 に触 れて,諸事実 の懐の後 ろに隠 された行政 の内在法 則 を

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「直接的な直観」 を通 じ把握 しなければな らぬ。要す るにケ ッ トゲ ン日 く,個 々の事実を取 集める前科学的作業,行政 の法則を直観す る科学 的作業, この2つ によ り行政 それ 自体が統握 され る(9)

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ここか ら,二重の意味において,行政法学が行 政学 に依存す ることが判明す る。つ ま り,具体的 な行政事実の取集めとその全体像の直観的把握が, それである。勿論,法律家 は第三者 を介 さずに直 接的に行政 自体 に携わ らな くてはな らない。行政 法学が必要 とす る諸洞察を,他 の学問分野か ら完 成品 として引き受 けること,隣接諸科学へ と無批 判 に依存す ること,如何 なる場合 に もこれは危険 といえ る。 けれ ども,行政学の適切な発展があれ ば,その成果の必要な部分 を採 り入れて も,法解 釈以外の非本来的作業か らの行政法学の負担軽減 とい う点, 有益 であろ う(10)。 とはいえ, この行 政法学か ら行政学への協力要請 は,単なる思考経 済の観点か ら導 き出されるのではない,む しろ, 行政概念 と行政法概念 のア ンチノ ミーが存在すれ ば, この矛盾 をよ り高次 の統一性 に止揚す るべ き であ り,従 って,行政学 と行政法学 との明確な遮 断関係か ら,その意味を剥奪 し両学問分野を合一 す るべ きで あ る。 つ ま り, 行政学 と行政法学 は 「統一的行政科学」 へ,包括 的行政科学へ と 「融 合」 しなければな らない。な らば,行政法学の独 自性 は行政科学 に解消 され る,か といえば,そ う 考え るのは早計であ り軽率である。 この点 は後述 す るとして, ここでは唯ケ ッ トゲ ンが, その独 自 性 を維持す る点で単なるナチと一線 を画す, この

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一点のみを確認す るだけで十分である。兎 も角, 行政本質 を直観せず して行政法 に対応できないの だ(ll)0 しか しなが ら, この行政 と行政法の綜合,或 い は,行政学 と行政法学の融合 は, これまでない も のだ。 両者 の止揚 は, 19世紀政治 的 自由主義 の 世界像が18世紀か らの統一 的行政科学 を分解す ることで, その実現 が20世紀 の初頭 に至 るまで 阻まれてきた。つ ま り立憲君主主義 は議会 と政府 の対立軸 を作 り,更 にここか ら法律 と行政行為の 対立軸 も作 り出す。法律概念 は行政概念 に関連 を 持 ちそれを客体 ともす るが,両概念 は決 して単一 者へ と融合す るものではな く,一方 の諸力 は他方 の発展 とは無関係の もの とな る。 いわば,議会外 の諸力が支える政治的な行政 と法律概念へ と両者 を分離 し,行政法学 は後者 を選 び取 った訳 だ(12)0 ところで,法律概念 と行政概念を切 り離す理 由に は,後発の行政法学誕生時には法学実証主義が席 捲 し,己れの存続 には実証主義 の選択が有利 に働 くとの,計算 もあろうし,膨大な実定法素材を法 科学研究で処理 しておけば,立法技術が進展 し議 会の立法術 向上 に役立つ との,期待 もあろう。 そ して, この行政法 と行政,行政法学 と行政学の分 裂化 の終着地 となるのは

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・マイア- 『ドイツ 行政法』及 びフライナー 『ドイツ行政法提要』 に 他 な らない(13)。 けれ ども, この公法実証主義 の 代表的な二作品に,ケ ッ トゲ ンは容赦 のない根本 的批判を浴 びせ掛 ける。 まず,行政法学の完成者 マイア-への批判か ら。 ケ ッ トゲ ンは言 う。勿論 マイア-は, ラーバ ン ト が憲法生活 につき実行 した如 く, いわゆる法学的 方法を援用 して行政空間に新機軸を打 ち出 し,臥 法学を模範 に行政法を純法学的体系へ と仕上 げた 人 だ。 だが, 『ドイツ行政法』全二巻 での近代行 政法理論完成が意味す るものは,素材 自体を取扱 う行政学 と規範 自体を操作す る行政法学 との分離 である。初版で彼 は,既存の行政学 に科学的価値 があるのか と批判 していたが,版 を重ね る毎 その 傾 向は強 ま り, 自己の作業領域 を概観 したいとい う,行政官僚の実践的欲求を満た しは して も科学 的体 系 の点 で無 価 値 だ と, 遂 に宣 言 す るに至 る(14)。 だがケ ッ トゲ ンのみな らず人 は指摘す る だろうが,マイアーの法学的方法の基盤 には,汰 規概念 によ り個人的 自由の領域を確保せん とす る 自由主義がある。換言すれば, この行政法学 は, 君主 による行政現実を所与の もの と措定 し, この 歴史的権力 に個別市民の為 に制約を課す ことのみ を,その任務 とす る。 それ故行政 と市民の間の, 行政行為や行政訴訟や国家賠償 のみが検討 され, 行政組織法への関心 は低下 し,組織規範の法規性 まで も否定 されるに至 る。要す るに,以前の行政 法学 は,行政それ 自体やその中の生活事態 につい て興味を示 さず,行政の現実的理解 を最初か ら断 念 していた という訳 である(15)。 ケ ッ トゲ ンの フライナー評 は もっと手厳 しい。 ケ ッ トゲ ンは以下の如 く述べ る。 フライナーが伝 統学説が取扱わない戦争経済 を論 じた り,多 くの 鑑定書を書 き実務 に精通 していたのは確かである。 だが,彼 にとっての現実 とは実定法律 とい う素材 であ り,行 う作業 も法律 の教義学的解釈 に限 られ ていた。法律 とは本来,具体的な国民/国家生活 の諸現実 も包含す る筈だが, この趣 旨を彼の作品 は貫徹 しなか ったのだ。 自己の科学的研究領域を 「法学的」諸 問題 に意識 的に絞 り,政治 的社会学 的考察 を排 除 した点でマイア- と同類 である(16)0 この行政現実への盲 目は, フライナーが 「ドイツ 行政法」 を論 じた点 に現 出す る。 ところで,彼の 活躍する第二帝政時代 は,公務員法,地方 自治法, 警察法等主要な法領域 に,全 ドイツ共通 の 「普通 ドイツ行政法」 は存在せず, ただあるのは, プロ イセ ン,バイエル ン,ザ クセ ン等各 ラン ト行政法 だけだ った。 な らば,法現実た る行政法を吟味す るには本来 はこれ らラン ト行政を取上げるべきで, 「全 ドイツ行政法」 とい う認識対象 は,議論 を規 範問題 に限 った抽象的虚構 に過 ぎない。彼が実行 すべ きは,行政法規を悟性で把握す ることだけな く, 自らこの現実 に合一化 しこれを体験す ること だ ったのだ。 ケ ッ トゲ ン日 く, この偉大な行政法 学者 は ドイツ法 の中立的観察者 であって も,故郷 の諸伝統の拘束か ら生涯離脱できなか った。 スイ ス人 には ドイツ行政 は理解できない,煎 じ詰 めれ ばこれが彼のフライナー-の診断である(17)0 31

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社会科学論集 第 117号 2 法治国家原理 の新解釈 ところで, この法実証主義批判が法律概念 自体 への攻撃 に進行すれば,一方で 「法律 による行政 の原理」でな く 「法 による行政の原理」が,他方 で大学の 「行政法学」教育か ら 「行政学」教育へ の完全移行が,それぞれ要求 されよう。例えば, 「法律 による行政 の原理」 につ き, フーバーはそ の意義 を削減す る。 この原理 は,国家権力か ら個 人の領域 を保護 し,議会 に執行権への優越的地位 を承認 し, そ して行政活動 を単な る法律執行 と特 徴づける。だが フーバー日 く, この市民的 自由主 義 は最早無効で

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「法」 は, 自由な活動 を押 さえ 込む 「制約」ではな く,国民 の共 同体生活を形象 化す る 「秩序」 と見 るべきだ。従 って,行政の活 動 を単 なる法律執行或 いは法律 内での裁量行為 と 見 るべ きでな く,生 きた秩序 の現実化行為, こう 把握 しな くて はな らな い(18)。 マ ウ ンツの同様 の 発言 もある。彼 によると,行政 とは, もはや中立 的な法律執行部門ではな く,国民共 同体の 目的に 仕えその指導者 の計画 に服す る部門である。そ も そ も国民 とは下部共 同体か ら編成 された具体的共 同体であ り, この共 同体がその存立及 び共 同生活 の為の完結 した法を持つ。 この法 は秩序 を生 む命ツシュタント 令 でな く秩序 を予 め含 む 「状 態」 であ り,指導 者が計画を作 り行政が措置 を行 う為の源泉 となる のだ。実現 され る対象が指導者の計画であれ,秩 序それ 自体 であれ,国民共 同体 の 「具体的秩序」 と しての法 が拘束 を行 う点 で

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「法 による行政 の 原理」 こそ行政の至上命題 となるのだ(19)。 更 にはこの動 きに付随 して,行政法学か ら行政 学への法学部教育 の重心 の変更 が あ る。 1934年 にはライ ヒ司法省 の法曹養成法 において,続 けて 35年 にはライ ヒ文部省 の学習要綱 の中で も

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「行 政法」 に代わ って 「行政学」科 目が新設 され る。 その効能 は即座 には現 われないが,平等 と法的安 定 を狙 う規範秩序 としての法 を,秘密裏 に葬 り去 ろうというナチスの企図がその背後 にあ ったのだ, とも言 われ る(20)。 とはいえ学者 の関心 はやは り, 行政現実を行政法学 に取 り込 もうとする点にある。 例えば, ノルデ ンは次 のように述べ る。行政学 と い う学問分野 は, ロレンツ ・フォン ・シュタイ ン の創設 の後,行政法学 と経済学 という2つの隣接 科学 によ り圧倒 ・凌駕 されてきた。 だが行政現象 の分析 は,前者では法的内実 に,後者 では経済生 活 に限定 されてお り,その結果,軍事 ・衛生 ・教 育 な ど各種行政 には未 だ科学的検討が加え られて いない。 そ こで行政学復活が必要なのだ。尤 も行 政現象 は複雑化 し,故 に行政研究 も多様化 ・深化 してお り,従 って規範か事実かに関わ らず,行政 全般 の全面解決ではな く,膨大な素材を濃縮 し縮 減 し簡潔化す ることが,喫緊の課題 となる。つま り,単なる客観的な記述科学で も評価 を行 う政策 科学で もない,多様で無数の行政任務の連関を発 見 す る, 体系科学 が必要 であ る(21)。 要す るに, 行政法学か ら抜 け落 ちる行政現実 の概観を 目指 し て,行政学 という学問分野の再興が 目標 とされ る 訳である(22)。 けれ ども,法治国家原理 の改鋳や行政学への依 拠 とい う共通点 はあるとして も,市民的法律概念 や 「行政法」諸講義の放逐 まで もがケ ッ トゲ ンの 意志ではない。確かに彼 も他 の学者 と同様,市民 的法治国家でな くナチス総統国家か ら出発す る。 例えば,合法革命以降の憲法上の基本原理 として, 第一 に最高指導者の下での国家権力全体の統一 と, 第二 に指導者を通 じた国家国民の生 による拘束が, 真 っ先 に挙 げ られて い る(23)。 しか しそ うはい っ て も,指導者原理や民族の範噂か ら法治国家原理 が一挙 に糾弾 される手続はここにはない。つま り, ケ ッ トゲ ンは法律 による行政の原理 を法律 による 単 なる拘束 と把握せず に, これを正統性の問題 と して認識す る。即 ち,支配秩序 と行政体制の正統 性の問題 と見 る訳だ。行政活動 を単 なる純私的な 窓意でな く,公的権威 を備えた もの と見なす要請 は,如何な る時代 に も登場す る問題である。合法 性を もって行政 に内的秩序 を付与 し行政を包括的 秩序 に組込 む ことで,正統性の問いに応えようと したのが法治国家なのだ。 しか も,法治国家 にこ の方針を選択 させ るのは,反形而上学 ・反実体主 義の実証主義思考である。 自然法 を含め,一見万 能の絶対国家を も制限 した実体的諸拘束が,法実 証主義で徹底的に解体 され る。 しか し, この事態

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の放置 は官僚 に自由裁量 を認 め,やがて行政活動 を正統性な く私事的な ものにす る。 それに困惑 し た行政官僚が判断基準 を法律 に求め, ひいては行 政を単な る道具的な法律執行 に転換 し,行政行為 に司法の形式性 を強引に結 びつ けて行 く,のだ と いう(24)0 同 じ法治国へのケ ッ トゲ ンの対応 は,法律 に頼 らず とも行政特有の法則がある, というものだ。 そ もそ も我 々人間の本性 は,人間の行為を単な る 窓意や偶然ではな く,内的な必然性を持つ行為, 統一連関の中にある行為 として これを見 る。つ ま り, カオス的な生の現実 に理念 的な生 の秩序があ るとして もそれは,外か ら持込 まれた諸秩序でな く

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「生 の現実 に内在す る諸秩序」 である。立法 機関が純人格的決定を行 い制定す る 「法律的諸秩 序」ではな く,我 々の生 の不可分な構成部分を編 成す る 「生の諸秩序」が大事である。 この秩序 と の衝突があ って もそれは,それへの服従 を拒否す るか らでな く

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「我 々の実存」 を誤認 したに過 ぎ ぬ。生 の諸秩序 は人間の実存 に含 まれ るのだ(25)0 そ して, この生の秩序の知識 さえあれば, 日々の 生 に必要な確実性が獲得 されよう。歴史的現実 の 中に生 の秩序が既 に在 るのだか ら,人間が意志 に よ り諸秩序 を創造す るまで もない。従 って,行政 自身 も国民性 の生 きた諸事実 に根を持つ筈で,磨 史的現実の中か ら始 めか ら 「基本秩序」を得 る。 我 々を囲続する現実か ら生の秩序が獲 られる訳で, 生の秩序の為 に改めて法律制定の必要はないのだ。 「行政秩序」 は行政現実 か ら経験す ることがで き る。 それ故,全ての法 は,最初か ら歴史的現実 の 一部分であ り,その限 りで 「法 による行政の原理」 に根拠がある。先 に述べた指導者 を拘束す る国家 国民の生の中には, この行政秩序 も含まれている。 要す るに,法律がなければ行政 は私的な ものに頚 落する,これは法治国家原理の杷憂に過 ぎぬ,ケ ッ トゲ ンはこう指摘す る(26)0 だが, この行政秩序の認識で行政問題が終了な のではない。行政 には生 の秩序 の他 に法律が不可 欠 とケ ッ トゲ ンは言 う。二つの理 由を彼は挙 げる。 第一 に,生 の現実か ら得 られ る基本秩序 は不確定 な もので,その内実を明確 にす る為 に実定法 とし ての法律が必要だ。成 る程,行政秩序 は生の現実 に内在す る根本秩序であるが, この秩序 を絶対的 明証で認識できるのは絶対的理性 のみで,我 々人 間にはこの絶対的理性 はな く,討議す る存在 とし て,現実 の全体性 に向けただ近似値的に潅験でき るのみである。な らば,生の秩序 は単 に一般的枠 組秩序 に過 ぎぬのであ り,我 々が手 に取 ることの できるガ ッチ リとした尺度が必要 だ。 その尺度 こ そが指導者 の制定す る実定的法律 に他な らない。 いわば,合理 的な法律が不合理な秩序を充填す る 訳 であ る

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。 第二 に, 国家指導 には実定 的な法 律 は不要か もしれないが,行政遂行 は国家指導 と 本質 を異 に し法律 な しでは済 まない。つ ま り,国 家指導 による支配要求 はカ リスマに依拠す るが, 行政活動 の場合 には合理的秩序 とい う合法性 を必 要 とす る。勿論, カ リスマによる執政 は行政国家 現象 によ り希釈 され,反対 に官僚的基本構造 も総 コ ミ ノ サ ール 統直属の国家委員制度で浸食 され る。 しか し,行 政 と国家の区別 は緩和 され るが廃棄 はされない。 指導者国家 において も,国家指導 は依然 カ リスマ 的であ り,行政活動 は依然,法律 とい う合理 的秩 序 を必須 としている。 その意味で,現代行政 はそ の本質上必然的 に 「法律 による行政」 である(28)0 ナチ的用語 を駆使 して全体国家 に抵抗 した とケ ッ トゲ ンが評 され るのは,認識方法 と支配形態 によ り法律 を存続 させた この功績 による(29)。 だか らこそ,行政学が再興 した後 も行政法学廃 止の禁止が帰結 されて くる。確かに, ケ ッ トゲ ン の言 う法律 の任務 は法実証主義 の言 うそれ とは異 なる。法律 と行政 との関連 は,後者では消極的だ が前者では積極的な ものである。つ ま り, 自由主 義的法治国家 にとってはやは り法律 は行政 の制約 であるが,ケ ッ トゲ ンのい う国家では - た とい それが指導者国家であれ - 法律 は行政秩序づ け をその役割 とす る。伝統的公法理論 にい う法律 ・ 法規命令 と行政規則の区別 を使 えば,今や法律 は 行政規則の如 く,外在的な正義で行政を縛 るので な く行政固有 に内在す る実体 自体か ら 「基本秩序」 を行政 に付与す る。 ケ ッ トゲ ンにとって 「法律 に ゲヘ-ムテ エ ン ト7 レムテ フェ7 ヴ 7ル トゥンク よる行政」 とは

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「阻害 され, 疎外 された行政」 エ ン ト77ルテ yテ フェ7 7 7ステ フェアヴ7ル トゥンク ではな くて

,

「展 開 され, 構 成 され た行 政」な

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社会科学論集 第 117号 のである(30)。 だが強調すべ きは,法律 の独 自性 は意味変遷があっても堅持 されていることだ。フー バーやヘ- ンの如 く,総統意思の表明だか ら法律 概念が重要なのではない(31)。生の諸秩序 に合理的 要素を付与 し合理的支配を承認す るが故 に,大事 とされる。結局, この法律の独 自性が行政法学の 独 自性を要求す る。即 ち,立法全ての行政への関 連を強調 して も,それは法律概念の廃棄 にも,行 政法学の廃止 にも帰結 しない。勿論,法実証主義 か ら反転 した行政志向の行政法学がその任務を完 遂 しているかは,その個別諸研究が全 く不足 した 現状か らすれば,否定的に答えざるをえない, こ うケ ッ トゲ ンは述べる。 けれ ども,嘗ての精微な 法学的方法が完成するまでに何十年 もかか ったの だか ら, ヨリ複雑な任務を抱える新 しい行政法研 究には少な くとも同 じ猶予期間が要 る, こうも述 べて,彼 は行政科学 に期待を寄せているのだ(32)0 3 『ドイツ行政』の出現 そ して,以上の問題意識を体系化すべ く公刊 さ れ たのか, ケ ッ トゲ ンの行政 学教 科書 , 即 ち 1936年 の 『ドイツ行政』 である。彼の問題意識 の凝縮がその初版 「前書 き」 に見て取れる。例え ば,行政法規のみな らず行政現実 も見 よとの,対 象への要請 には,行政 と行政法は矛盾関係にな く, む しろ両者 は一つの全体 を成すか ら, 行政法 は 「積極行政の作用連関の中で」考察せねばな らな い, と言 う。従 って,伝統的行政法教科書が詳細 に扱 う教義学的問題 は簡略に論 じ,伝統的理論が 無視 した行政本質の問題 は詳細に論 じよう, と宣 言す る(33)。 或 いは,生 きた行政事実 を直接的に 直観せよとの,方法への要請 には,行政の如 き事 物の本質 は概念では把握できず,常 にその体験が 必要で, 自ら行政内部 にある者のみが行政の生動 性を把握できるのだ, と言 う。従来の行政法講義 が持つ直観性欠如 という病いを,全治できはせぬ が,法秩序の現実を認識 し諸規定を正 しく把握す る眼を養 お う, と述べ る(34)。 この行政学教科書 /イエ レヒツプユー ヒャ -は 「新法学教科書」 シ リーズの企画 か ら著 され たが,そのコンセプ トが, これまで我 々が概観 し てきたケ ッ トゲ ンの観点を凝縮 した成果であるの は,以上か ら判断 してほぼ間違 いはないだろう。 本書の詳細を紹介する余裕はここではないが, 日次を見ればその特徴の一端は瞥見できよう。全 体 は,第一部 「基本諸概念」,第二部 「人的及 び 物的手段 を含む行政の組織」,第三部 「行政の諸 任務」,第四部 「行政 と国民共同体」,第五部 「行 政行動の法的諸形式」,第六部 「行政活動の諸統 制」の,全六部構成である。最後の二部は,表題 では伝統的教科書 も扱 う問題を検討するものの, 前書 き通 り,本文 227頁の うち 32頁 しか割 り当 て られていない。絵論 である第一部 (68頁) は 除外 して も,第二部 には 60頁,第三部には 38頁 が費やされ,従 って量的な中心はここにある。 こ れ も前書 き通 り。両者 は,伝統的行政法理論か弱 いとされる,行政組織法 と行政法各論 とを補充す る,ケ ッ トゲ ン説の中心だ。第二部 は,行政組織 と官僚機構,地方 自治,行政官僚,公物 と営造物 杏,第三部は,警察,計画行政,扶助行政,税制 と財政を,それぞれ論 じる。残 った第四部は,ナ チ党 と行政の関係, ドイツ国民の公義務 と公権な ど,ナチス国家原理 と行政現実 に論及する,ある 意味で重要な項 目であるが, これに当て られた紙 幅は必ず しも多 くはない (24頁)。 そ して,本書の構想 と構造はそのまま改訂版 に 継承 されてい く。次に1944年刊の 『ドイツ行政』 第三版 「前書 き」を見てみよう。敗戦間近に出版 のこの版は,同 じナチス期 とはいえ初版 とは異な る状況下にある。ケ ッ トゲ ン日 く,ナチ戦時体制 は国民生活にラディカルな変更を加えるともに, 行政活動 さえ 「民間帝国防衛の本質的手段」 とし て完全に変質せ しめるに至 る。 これによ り,行政 概念 と連結す る諸 々の表象 にも変遷の運命が訪れ て, ドイツ行政の現実 に見合 った新規の理論構築 への待望が高 ま って くる(35)。 だが状況変化があ るとはいえ,行政現実志向という点には変更はな い。実定法の個別知識の伝達を止め,純法教義学 の考察方法を突破 しよう,素材上の限界が許す限 りで,行政現実の直観成果を読者 に伝達 しよう, 一貫 して彼はこう述べるのだ。 中で も,直観が現 実を支配す るとの言明 自体が彼 自身の直観 に基づ く。1939年以降4年間の実務経験か らこう述べ

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る。行政全体 の把握 を狙 う理論 は, まず行政全体 の中心部分か ら出立せよ, しか らば後 にそこか ら, 行政部 門の全 ての理解へ向けて前進せ よ, と(36)0 フオルクスゲノッセ 構成 も,第 四部 が 「フユールン 行政と 国 民 」,第五部が 「行政 指 導 の法的諸形式」 とな るだけで,各部 の内容 に看過できない変更が一部 あるものの, 揺 ぼ同一のままである。 尤 も, この行政学教科書 の誕生 は,当時のカ リ キ ュラム改革を遠因 とす るか ら, タイ トルは異な れ ど, これを受 けコンセ プ トを共通 とす る書物 は 他 に も存在す る。例えば,ケ ッ トゲ ンの師ケル ロ イターの他, ラフオレ ト, フランクの編著書がそ れ(37)。 特 に ここで は, ケ ッ トゲ ン作 品 と同様 の 表題 を持つ マ ウ ンツ 『行政』 を取上 げよ う(38)0 彼は実証主義者ナヴィアスキー門下か ら, シュ ミッ ト具体 的秩序論 に改宗 した人 だ(39)。 日 く, この 具体的秩序思考か らは,行政 にとり最 も根源的な オル トヌン

ものは 「秩 序 」である。秩序 は規則の総体では な く,規則が秩序の部分である。規則 は秩序を産 み出さないが,秩序 は規則を創造す る。行政 とは, この意味での具体的秩序 と特徴づけ られる。故 に, 規則 があれば行政 はこれを秩序 に照 らして扱 い, なければ行政 は秩序その ものに従 い行動すれば足 りる。 この思考か らは法律の解釈や補充 は第一の 任務でな く,具体的共 同体か ら秩序 内容を発掘 し なければな らない (40)。 けれ ども,マウンツとケ ッ トゲ ンとを同視すべきでない。ケ ッ トゲ ンは言 う。 確 かに立法者 は基本的秩序 に拘束 され るが,だが これは,立法者の政治的形象化任務を解除 しない。 立法者 は,ナツイオ ン的秩序の下 に もあれば上 に もいる訳 だ。法律概念 にはこの意味で一種の弁証 法が内在 している。詰 まるところ,法律を過大評 価す る実証主義 も,法律 を過小評価す る具体的法 秩序思考 も, ケ ッ トゲ ンは どち らも批判す る(41)0 要す るに,彼の理論 は当時の行政学 ブームには解 消 されない。

官僚養成 ・大学 ・科学

1 科学的官僚養成の要請 尤 も,見誤 ってほな らないのは, このケ ッ トゲ ン 『ドイツ行政』な る書物が,彼 自身の学術的関 心 に裏打 ちされなが らも,実践的関心 も所持 した 点である。行政法学及 び行政学 とい う,両科学 に よる行政官僚の養成 とい う関心である。 ところで 彼日 く,行政活動の変容 は行政官僚養成 の要請 に 直接的に連結す る。つ ま り,現代福祉国家 は膨大 な任務 を試行錯誤的に処理す ることを要求す る。 実践の中で経験を積んでのみ対艦できる諸任務が, 無数 に登場す る訳である。行政が この種 の純実践 的な職種を求 めるな ら,科学 による官僚養成 は不 要で,経験を積 ませ るだけの純実務志向の教育 が あればよい, との見解 さえ現れ る。従来の官僚養 成制度 は過去 の もので,学者 には もはや出番 はな い とい う訳 だ(42)。 だが, ケ ッ トゲ ンは これ には 与 しない。経験だけでは行政任務遂行 に足 りぬ。 実務経験 のみ,実践教育 のみで対応できる行政活 動 は,量的に多 い とはいえ, 日々反復す る問いに 対処す るだけの,ルーテ ィー ンワー クに限定 され ている。現代行政 はむ しろ,単なる実務経験では 処理できぬ全 く新種の問いを提示 し,実践養成の みでは伝承 されぬ知識 による,独 白の決断を迫 っ ているのである。従 って,実務経験 だけを伝え る 教育 を求 める人 々は,行政現実 に実 は無知で,反 対 に,単なる熟達 の伝達ではない,科学 による官 僚養 成 こそが求 め られ る(43)。 換言 すれ ば ドイ ツ 行政学教科書 は,行政官僚養成 の為 に執筆 された のである。 では,その科学 は如何な る能力を官僚 に伝授す ると, ケ ッ トゲ ンは言 うのか。 それは端的には, 綜合能力である。新種の行政任務 はこれ によ り決 断 され る。つ ま り,行政官僚 は,個 々の問題群 を 国民生活 とい う基本問題 まで遡及 させ,個別問題 を包括す る諸連関を概観す る能力を持たなければ, 一人前 ではない。諸現象の多様性を取 り纏 める全 体的視野 を具備 して個別問題 に当たる為 には, こ の精神的綜合能力が必要であ り,科学 による養成 制度が不可欠なのである。 そ して,いわゆる行政 の統一性の要請 もこの綜合能力 の存立故 に現れ る 訳で,単な る行政組織上 の問いを指す と考えるの は不当な単純化 だ と,指摘す る。 しか も, 中央官 庁のみが綜合能力を持 ち,理論 による指令 を通達 35

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社会科学論集 第 117号 すればよい, とい うの も誤 りで,各行政官僚が相 対 的 に 自律 して決 断 を行 え, と彼 は言 う(44)。 で は, この能力が既存の科学や大学で供給可能か と いえば,彼 は否 と答え る。伝統的に実施 されてき た科学 による官僚養成 は,純粋な専門教育 と比較 して,ただ深 く多 い知識を提供す るだけで,専門 家養成である点で何 ら変わ りない。純実務教育 は, 特定 の作業領域 に限定 した視座 か ら専門家 を育 て るのだか ら,その意味では従来の大学 の養成制度 ら,質的に見て これ とは違 いを持 たない。要す る にケ ッ トゲ ンは,養成 目標の点で も養成方法の点 で も,科学的養成 に,純実務教育 との違 いを暖味 に させず, 厳密 に区分 けせ よ, と求 めてい る訳 だ(45)

な らば,彼のいう行政官僚の科学的な養成 には, 如何 なる内実が備わるのか。伝統的な官僚養成 の 素材 は,主 として法学的で司法的な ものであった のだが, その前提 には 自由主義 的法治 国家原理 が,行政活動 の核心 を創造性を欠 いた単 なる法律 執行 にあると,断定 してきた事情がある。 この養 成体制の下では,行政官僚が官僚独 自の教育 を受 ゲ リヒツ けるとして も,それは2回の国家試験 を経て裁判 レフェレンタ'-ル 所 試 補 とな った後である。 その意味で司法官の みが行政 官 の資格 を持つ(46)。 だが法実証主義 が 克服 された今,二重の意味で誤 りである。一つめ。 行政活動 における法学の比重 は必ず しも高 くない。 おそ らく生存配慮な どの給付行政 を念頭 に置 くの だろうが,現代行政では法律概念の重要性 は明 ら かに減退 している し,法学部 出でない官吏で も難 な く法的能力 を発揮す るように,法的知識が必要 だ と して も,法学教育 が必要 とは限 らない (47)。 二つめ。行政官養成 は裁判官養成 を もって代替が できない。 司法官の後 に行政官 となれ という現行 制度 は,機械でな く,生 きた有機体 とい う行政固 有の本質 を見えな くして しまい,一連 の法学教育 の後 に全 く異質の行政経験を強 いるのでは,精神 的可塑性 に富んだ若者 の貴重な時間を奪 うことに な る(48)。 即 ちケ ッ トゲ ンによれ ば, 法学教育 を 志向す る官僚養成 は,法治国家的法律概念 に拘泥 す る余 り行政本来の法則 を忘れ,行政 と司法 の連 続性 に執着す る余 り官僚制 の本質を忘れ る。そ う いう訳で, 旧来 の法学教育 は行政官僚養成 に適 さ ない。 であるな ら,科学的養成 は法学的養成 と同義で な くて よい。 例 え ばケ ッ トゲ ン日 く, 行政 が国 家 とい う包括 的全体秩序 内部 で運動 す るのな ら ソユクーツケィッセ ンシ十フト フェア77ツス ンクス ば, む しろ

,

「国 家 科 学」 や 「憲 法 ヴィッセ ンンヤ7ト 科 学」 による教育 が必要 である。先述 の通 り,国家法則の合理化である法律が依然重要な ら, パ ンデクテ ンを中心 とす る近代法学を排去 できな いのだが,国家生活の中心問題 その ものの了解が 強 く催促 され る訳 だ(49)。 行政学復興 の提 唱 は こ の官僚養成 の文脈で も登場 して くる。つ ま り,官 僚の綜合力実現 には行政全体を押 さえてお くべき と。 これまでは,公的行政 につ き科学理論が欠如 していたのだか ら,科学的養成 を して も,官僚 に 行政全体 の概観ができる訳がない。 この科学研究 の新生な くして,学術的養成の前提は存在 しない。 この実務か ら待望 され るもの こそ,行政学又 は行 政科学なのだ。 いわば養成体制 の欠陥は,学術研 究 の改善 で対応 しな けれ ばな らない(50)。 法律規 範の教義学的解釈 に専念す る特殊科学,国法学 に 代わ り,法律 と現実を一つの全体 として科学的に 考察す る-学問分野が,即 ち,科学的学問分野 と しての 自律 した行政科学が賞賛 され る。例えば, コムナールヴィッセ ンシャフト ベル リン大学イ ェゼ リッヒの 「自 治 体 科 学」 の試みは,行政法学 と経済学の垣根 を打 ち破 る, 新たな領域 の形成 である。 だが これは,行政を考 察す る新科学の既存諸科学への追加 ではない。行 政科学 はむ しろ,行政 の全体性 を統一的に包括す るとい う意味で,国法学や経済学な ど伝統的諸科 学を綜合す る学術研究 の呼称である(51)。 2 行政官養成 と大学改革 こうした官僚養成 における科学の期待 は,科学 と大学へ具体的な任務 を与 える。 まずは養成 に関 与す る諸学問分野 は,その方法論的基礎を根底か ら変更すべ し。法学者 は,正式機関が公布す る実 定法律 のみを科学的探究の素材 に限定 し,経済学 者 は,現実でな く図書室蔵書が示す理論上 の国民 経済のみを調べ る。対象を概念化済みの事物 に絞 るこの態度では,行政実務の直観は獲得できない。

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純理論 を捨て事実関係を知 って初 めて,学者 は現 実疎外 か ら救済 され よ う(52)。 そ して社会 的現実 を見渡す為 には,静かな研究図書室では十分では ない。 自然科学の如 く,多 くの実践的経験 を収集 す る為研究所を設置すべ きだ。尤 も,収集資料 の 山で研究所が埋 ま り,資料収集で研究労力が尽 き ることもある。 それ故,行政官の科学的教育 に向 けた方法論 の改善 は,制度面 のみな らず,大学構 成員,即 ち教師 と学生が如何 に実務 と継続的関係 を保つか,にある(53)。既 にケ ッ トゲ ン自身が,学 生 として も教師 として も実務経験を持つ人物 だ。 ゲ リヒツ アセ ソール レフェレンタール 元 々プロイセ ンは,裁判所試補の他 に修 習 生 に も行 政 官 僚 登 用 を措 置 す る例 外 的制 度 を持 つ レギール ンクス レフェレングール が(54),彼 はポツダムで この政 府 修 習 生 の教 育を受 けている。 しか もこの頃はまだ知 る筈 もな いが,第二次大戦勃発後, ポーラ ン ドか らプロイ セ ンに編入 されたカ トヴィッツにて,民政 に-行 政官 として参加 し,敗戦後 は,連邦内務省憲法調 査官 と して, ボ ン基本法 を育 む任務 を背負 う(55)0 それでは,己の生涯 自体が科学 と実践の結合を象 徴す るこのケ ッ トゲ ンは,行政官養成の中の科学 と実践 との接触を,如何 に して実行す るとい うの か。 まず,教師について彼 は言 う。従来の行政法教 師の経歴か ら判断す るに,彼 らが行政現実を 自分 自身の体験で直観す るという状況は,存在 しない。 殆 どの教師は,学生時代 に法曹 の養成課程を大学 で修了 した者である し,行政実務経験がある者 も この課程を経 るか ら,実務 との接触 を喪失す る。 大学が研究で も教育で も現代行政の問いに精通 し ている為 には,実務 との継続的に接す る機会を教 師たちに継続的に与える他ない。実効性 はさ して 期待 で きぬが,教員 と判事 の兼任制 も参考 とな る(56)。 だが, 大学教 師が積極行政 を直 に直観 し それを行政研究 に援用できて も,問題 は,行政現 実への眺望を学生 にどう伝達す るかにあるだろう。 行政法な ら既 に教科書で定式化 された行政観 を教 授すればよいが,経験事実 に関わる授業で は,聴 講者の側 に一定程度の経験が要 る。実務か ら直接 得 られ る経験 の伝達技術を,理論が準備す るので はない。教授の側では,現実 を学生 に理論的に理 解 させ る以上の ことは,た とい学生の現実経験が 必要だ として も,唯の越権行為である。聴講者が 実務経験 を持つ行政 アカデ ミーでは,成果がある とい うが,大学では授業を活性化すべ く,精精, 具体例 を豊 富 にす る位 だ ろ う(57)。 そ こでケ ッ ト ゲ ンは,実務 と科学の調和 を教育 内容の配列 に求 める。 そ もそ も,大学教育 に実務教育をいかに組込む べきなのか。教義学 に特化 した伝統的法学 は,実 定法素材のみで満足 し,法的事実 を全 く無視 して よいと誤解 しているか ら,それ故,学生 に実務経 験 を求めず,学内で も実務教育 を実施 しない。法 実証主義 を支え る前提がない以上, この道 は選 び 得ない。では,実践 と理論が大学 内部で如何 に結 合す るか というと,例えば,工科大では入学前 に 一年の実務経験 を学生 に求め,医学部では附属病 院 と研究所を大学内部 に設置す るのだが,同様 の 措置を国家科学 について採用す ることは困難 だろ う(58)。 まず想定 で きるの は, 科学 を学 びその後 実務 に就 くという従来 の順を逆 に し,実務か ら始 めて科学を学ぶ というもの。 だが,実務 とは特定 の実務であって実務一般ではないか ら, これでは, 職業教育 を最初か ら分化 させ,大学 に入 る前 に職 業選択 を学生 に強要 して しまう。専門主義の推進 となる。 その上,今 日では単な る専門学校の束 と 退落 した大学か ら, 中世以来のウニ ヴェル ジタス の伝統を剥奪す るか もしれぬ。実務 を経て科学へ とい う図式 は, 大学理念 に脅威 とな ろ う(59)。 そ こで問 うべきは,従来の統一弥理論教育 の内部で, 実務教育 と科学教育をどう組み合わせ るかにある。 そこでケ ッ トゲ ンが示す提案 とは,科学か ら実 務を経て再び科学へ,だ。まず彼 は,教育素材を, その性質上実務知識な くとも理解可能な もの と, 実務知識 を必要 とす るもの とに分割 し, この中間 に実務 教育 を挟 み込 む(60)。 この うち第一段 階の 教育 は,後の実務研修 に備 える一般知識 を与える が,それは飽 くまで一般知識であ り,実務経験 の 負担を軽減す る内容 はない。 その点で,大学教員 と実務指導者の教育素材の選択基準 は,別 々であ る。他方,修習生 に継続的教育 を付与す る第二段 階の教育 の,役割は異 なる。 ここでは, この前 に 37

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社会科学論集 第117号 獲得 した理論的知識 と実践的知識 を,純科学知識 でよ り深化 させ ることが期待 される。 この構想 は 単 な る専 門教育 にはな い(61)。 つ ま り, 理論 的な 授業素材で各部門に共通な授業 は,修習前 に講義 され,残 りの授業 は修習後 に講義 され る。 この後 者 に配置 され るのが行政学だ。 この結果,行政実 務 の知識を既 に持 った修習生 のみが,行政学を聴 ける。一般理論 を知 り実践体験 を得て,最後 に行 政現実全体 の理論 を知 る訳 だ(62)。 いわば, 理論 基礎を学んで行政現実 に参加 し,そ して実務体験 を綜合化す るのだ。 この過程の中でのみ,理論教 育 と実務教育 とが一つの全体 に結合 される(63)。 しか し, この科学 による官僚養成が成功 とす る と して も,果た してそれは,実務への大学の屈服 を意味 しないのか。ケ ッ トゲ ンの構想 は未 だ具体 的な ものではないとはいえ,行政官僚養成 と大学 の 自治の矛盾関係 の存否が問われ る。 けれ ども残 念な ことに, これへの彼の回答 は留保 され る。つ ま り,確か に伝統的大学観 はその科学的任務を重 ん じ,それ故 これに研究 と教授の 自由とい う特権 を付与す るが,職業教育の必要 は,職業 の知的 ・ 道徳的諸前提を求 めて,教育学的又 は政治学的任 務 を,大学 に追加 して装備す る。 この科学 と教育 の二律背反 には, どんな解が適切なのか。 フンボ ル トに還 るのか, 専 門職業 の教育 を優先す るの か(64)。 だが, 当時 の大学改革 は この究極 の問 い には応答 しない。彼 の診断 によると, この改革 は 国民教育学 に問題 を絞 り,科学研究 という大学の 核心問題 の手前で,一旦停止 した。 だが, この棚 上 げは正解 であ る。 「科学 の本質 と社会的機能」 につ きまず明 らかに した後,それか ら,大学の科 学的任務 と教育的任務の整合可能性,両任務に適 っ た大学の組織形態, これ らを決すればよい。時代 精神 に十分根 ざ した科学理論 の構築 をまず実施せ よ, ドイツ大学の包括的な再構築 はその後か ら開 始せ よ, と。要す るに,科学的大学観 と政治的大 学観 の衝突関係 には,弁証法的調和 とい う解決策 を,彼 は課題 に残 したのだ(65)0 3 官僚制研究 と国家理念 ところで,ケ ッ トゲ ンが理想 とす るこの養成制 度 は,勿論,行政官僚を養成す るのだが,では, その彼 らが編制す る職業官僚制それ 自体,憲法全 体の中で如何 なる地位 を持つのか。 そ もそ も彼が この問いを提示 した当時は,君主制か ら共和制へ の変革期 であ り,前者か ら後者へ と移植 された職 業官僚制 の位置づ けが,議論 の的 とな っていた。 彼 自身 も,ケル ロイターの下で執筆 した教授資格 論 文 で, この課 題 に取 り組 む(66)。 彼 の診 断 で は,官僚制 は,君主制下 と共和制下 とでその構造 を完全 に異 にす る。 まず第一 に家産国家を起源 と す る前者 は, 頂点 の君主 か ら底辺 の下級官吏 ま で,その執行権力 は統一性又 は単一性を持つ。君 主又 は内閣 と行政官僚 との間 には, その意 味で ヒンタ-アインア ンダー ズプオルデ ィナチオン 「上 下 関 係」又 は 「服 従 関 係」が存在す ると いえ る。 だが共和制 は異 なる.勿論,議院内膳制 を導入すれば,内閣を通 じて議会又 は政党が行政 に参加す る。 もしこれを徹底すれば,君主制 とは 別 の意味で統一 ・単一 の執行権が現れ るが,制度 的保 障 と して著名 な ワイマール憲法130条 は, この動 向 に制約 を加 え た。 つ ま り官僚 と政党 は ネーベ ンアイ ン7 ンダー 「並 列 関 係」 に置かれ, これによ り,行政の徹 底的政治化 に待 ったがかか り,執行権 は親政党的 内閣 と政党 中立的官僚 と,二要素 に分割 され る。 即 ち, 個 々の官僚 は上 司た る大 臣の指示 に従 う が,官僚制全体 は制度 として内閣か ら隔離 され る 訳だ(67)

では, ワイマール新体制の下で この職業官僚制 に,なぜ中立性が要求 された とケ ッ トゲ ンは見 る のか。或 いは,行政活動 の専門性又 は技術性か ら なのか,或 いは,官僚制が もつ伝統的な身分性か レプ レゼ ンタ らなのか。直裁 に言 うな らば,官僚制が 「代 表 ツイオン 制」だか らである。元 々,代表制の本質 とは,莱 在せぬ理念的価値 を実在す る代表者 によ り可視的 にす ること, にある。つ ま り,代表す る人間が代 表 され る価値 に対 して内面的心理的に結合す るこ とが,代表なのである。従 って,ケ ッ トゲ ンは述 べ る。大統領や国会議員のみが国民代表ではな く, 己の人格 を尽 く国家理念 に献身す る職業官僚制 ま で もが,国民代表である。故 に,官僚制の本質 を その経営的技術性 に見 る見解

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M

・ヴェ-バー) や,経済的領域 をその核心 とす る労働関係 と同質

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と見 る見解 は,過 ちを犯 した, と(68)。尤 も, 国 会は法的に独立す るが官僚は内閣に従属す る,だ か らこれを受け,代表制を,独立者 と従属者の共 通項 には指定できない, との反論 もあろう。 しか しこれは,内面的自律性 と形式的独立性を混同 し ている。 これでは官僚制の危機 どころか,議会制 の危機 も正体不明となる。現代の諸議員が法的独 立を所持 しなか ら,国家理念への内面的従属を喪 失 して, これを政党への精神的隷属に変換するか ら,議会制の危機が叫ばれるのだ。他方で,本来 の行政官 も官僚 も内閣へ法的に従属するとはいえ, 精神的には内閣か ら独立を確保 し,その内面的帰 依 は国家理念 に向ける(69)。 要す るに,他 の代表 機関 とは別個に価値への忠誠を誓 うことか ら,憲 法構造上,官僚は内閣及び政党か ら一定の自律を 保持す るのだ。 結局のところ,議会議員の国民代表性を定める ワイマール憲法 21条 と,官僚を国民全体 の奉仕 者 とする同130条 とをケ ッ トゲ ンは繋げて見て, これにより議会制の危機 と官僚制の危機を,一挙 に解決 しようと企てる。その際のキーワー ドこそ が, 国家理念,価値表象, 価値理念 に他 な らな い。つまり,市民の私的諸利益でな く 「客観的政 治的な価値づけ基礎」の上 に,国家は存立す るの であ り, この客観性の欠如か ら国家の危機が生 じ るのだ。市民的自由主義は,個人の創造性を権威 的諸拘束か ら解放せんとす る余 り,国家を,諸個 人の私的領域か ら成 る単なる利益団体へ と見誤 っ て しまった。 この国家破壊的任務を反省 し,国家 構築的任務 を実施す る国家学が必要 だ(70)。 そ こ オブイ ェクテ ィーフl シュタ-ツイデー で彼 が着 目す るのが, 「客 観 的 国 家 理 念」, オブイェクテ ィーフェ ヴェル トオル トヌンク 「客 観 的 価 値 秩 序」 である。例えば,今 日 の国家秩序や議会制に欠如するのは 「討議の基礎」 である。 これは,社会生活に不可欠な 「自明な も の」 としか表現 しようがないが, この 「討議 され ぬ客観的基礎」 により,討議参加者が討議接合点 により相互 に繋が りを得て,討議が不毛なすれ違 いには帰着 しないようになる。その意味で この基 礎は,君主制で も議会制で も,国家全ての基盤 と なる。討議 に実質的基礎を与える 「政治イデオロ ギー」 が下部構造 に要 る訳 だ(71)。 この価値秩序 が官僚 らを動機づけ,政党化か ら守 る, こう言 う のである。 詳論すれば,官僚制 と国家理念 とには,形而上 学的結合関係があるのだ。 この理念が国民に心的 紐帯を創 り,次にこれが国家への内的結合を生む。 これは一般国民 にも該当す るが,官僚制 について はよ り一層当て飲 まる。官僚制 と国家理念 との連 関は,君主制で も立憲制で も,ほぼ同様である。 ワイマール憲法では,全体性 という無色概念が選 択 されたのは不幸だが,官僚を国民の奉仕者 とし, 国民的国家理念を形而上学的紐帯 と捉えている。 即 ち,官僚 には 「国民への責任感情」又は 「国家 -の心的態度」 が要 る(72)。尤 も合法革命以降は, 官僚 -代表説 は反 時代的で且つ危険な説 であろ う(73)。独裁政党 と行政を分断する点, 自由主義的 中立国家論 と見極めがつかない。以来ケ ッ トゲ ン は,代表を表立 って論 じようとせず,持論 と矛盾 せぬよう,ナチスイデオロギー特有の 「国民共同 体」概念で,切抜けを図ろうとする。つまり,ナツイ フオルクスオルトヌンク オ ン国家の憲法 とは 「国 民 秩 序」全体か らの み理解可能なのだが,故 に,憲法上の全制度 はこ の基本秩序を踏まえて規定 される。官僚制 も然 り。 官僚 とは,彼を取囲むナツイオ ン環境の外 にはな く,その内にいる 「国民」である。即 ち, 官僚 と ベアムテ ックー フォル クスゲノッセ は「国家公務員」よりむ しろ 「官僚 とな った国民」, フォア ビル ト デア ア レン フォル クスゲノ ッセ 「全 国 民 の 模 範」 なのである。 いわば, 官僚 は国民 と一体化す るべ く,国家理念-人格的 結合を追い求める(74)0 だが,行政官僚 と国家理念 との合一化は,如何 に して実現 されるというのか。 この一致はまだ内 面的 ・心理的な もの故,外面化 ・現実化の必要が ベ7ムテンアイト あるという。それは 「官僚宣誓」による。つまり, 国家理念への行政官僚の心理的結合 は, この価値 秩序の精神的担い手への宣誓を媒介 として,現実 の中へ と顕現す る。但 しこの理念の媒介者 とは, 抽象的規範でな く実在的人格でなければな らぬ。 君主制 な ら君主, ナチスな ら総統,共和制では ナ ツ ィ オ ン 「国家国民」 がその適任者である。官僚 は宣誓 を 通 じ,死 した憲法でな く生 きたナツイオ ンに対 し ナ ツ イ オ ン て人格的に奉仕す る。 いわば

,

「国家国民」への フオルク 外面的宣誓は 「国民」への内面的拘束- と繋がる

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社会科学論集 第117号 訳 だ(75)。 だが, 官僚 と国家理念 との間 には,人 格的結合 と並 び事物的結合 も存在す る。単なる技 ツシュテ ンデ ィヒカイテン エムテル ン 術的な 「管 轄 」 でな く,実体的な 「職務」 を行政官 は所持す るのだ。行政官僚 は前者では個 別義務の処理 を,後者 では人格全ての投入を遂行 す る。つ ま り,ただ技術的な職業遂行 と並んで, 道徳的に も職業遂行が必要 となる。又 は,人民へ の人格的忠誠 と並 び職務への事物的忠誠が成立つ, と も言 え る(76)。 そ うな る と行政官 とは,人格 的 結合及 び忠誠を通 じ行政全体への志 向を得て,同 時にこの事物的忠誠を通 じ, この行政現実へ と己 れ 自身 を合一化 させ るのだ。従 ってケ ッ トゲ ンの 行政学 とは,国民 に奉仕 し職務 に献身す る能力を, 将来の行政官僚 に科学的に授与す る学問分野であ る, こう言 わなければな らない。官僚制への関心 は法学方法論への関心 と, ここでようや く再 び手 を結ぶのだ。

語 本稿の課題 は,ケ ッ トゲ ン行政学理論 を素材 と して,公法学の主体 と客体の連関を探究す ること にあ った。我 々の結論 は以下の通 りである。第一 に,現代の行政活動 はその現実固有の法則で動 き, それ故, この行政事実を取集めて行政法則 を直観 す る,包括的で統一的な行政科学の登場が,今や 待望 され る。な らば従来の法治国家原理が放棄 さ れ るのか といえば,それは違 って,行政法則を実 定化 し合理化す る意味で,伝統的法律概念や行政 法学を引続 き推持せねはな らぬ。 ケ ッ トゲ ン 『ド イツ行政』 はか くの如 き状況下で現れ,行政本質 の把握を行政実務体験 の直観で試 みるとい う,級 の行政科学 の全貌が,学界及 び実務 の前 に姿 を現 す。第二 に,行政活動 の変貌 は官僚の責任 ある決 断を求め, その綜合能力の開発の為 には,単な る 実務教育の他 に,科学 による官僚養成が,心機一 転 した上 で必要 となる。 だが,問題 は直観的体験 を如何 に課程 に盛 り込むかで, それには裁判官養 成の為の司法一辺倒の教育 を止 めて,理論 と実務 の調和の為 に教育 内容の適切な配分が要 る。以上 の官僚養成制改革案 は彼の官僚制研究を基礎 とし, 代表 としての官僚制が再現を 目指す価値秩序 を踏 まえ, この国家理念 の把握能力 を官僚養成で育む という訳だ。結局のところ,ケ ッ トゲ ン理論では, 行政法学の刷新,官僚養成の改革,官僚危機の打 開が,同時に進行す る。 勿論, このような学説か ら我 々にとっての教訓 を直接 に引出す意図は毛頭ない.第- に,ケ ッ ト ゲ ンの見解 はまさ しくナチス時代 に提起 された も のである以上,有益 な部位 を危険な部位か ら注意 深 く腺分 けす る作業を,忘れ ることはできぬ(77)0 第二 に,彼の各種提案 は認識論や憲法論 を基礎 に 持 ち,更 に,本稿で未検討の生存配慮論や地方 自 治論 にも波及す るか ら, よ り体系的な吟味が必要 であろう。故 にケ ッ トゲ ン説か ら,能力志向の公 務員改革案 は政治主導の統治構造改革 とパ ラレル に進行す るとか,或 いは, いわゆる新 自由主義的 行政改革 の病理 には,国家理念の強調 とい う劇薬 を処方すればよいとか, この類 いの即断は禁物で ある。 しか し,彼の学説か ら普遍的教訓をただ一 つ引出せ るな ら,それは以下である。つま り,立 ち上 げ間 もない法科大学院に限 らず,更 にこれ と 並存す る既存法学部 の位置,我が経済学部での法 学科 目任務 を含め,今 日の法学教育 に混乱がある とすれば,法学方法論の過少,原因はここにある。 本稿 の結論 を再度確認 してみよう。行政法学方法 論 の行政学志向の刷新 は,行政官僚養成 の制度再 考 に必ず波及 し,更 に再 び憲法理論 の鍛錬 を促す だろう。 本稿は, 日本学術振興会平成17年度科学研究費 ≦補助金 (若手研究B)(課題番号17730013)による ≡研究成果の一部である。 《注》 (1) 法存在は,規範や論理という単なる理念でも, 法文や活字又は裁判官決定という単なる実在でも なく,抽象的一般的な諸規範を法曹を始め無数の 人間が反復 して読み解いて初めて立ち現われる, このような意味での法現実である。詳細につき, 拙稿 「公法理論と価値秩序(1)(2・完)」 早稲 田 法学77巻1号,2号 (2001年)を参照されたい。 (2) この間題の一端につき,拙稿 「行政法学 ・学際

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研究 ・大学政策」新井光書 ほか 『社会環境設計論 へ の招待』 (八千代 出版,2005年)107-123頁。 (3) それ までの行政学 をめ ぐる状況 につ き, 拙稿 「公法学 ・行政学 ・精神科学」早稲 田法学77巻1 号 (2001年)288-289頁。なお関連 して,正木宏 長 「行 政 法 と官 僚 制 (1)」 立 命 館 法 学297号 (2004年)7-24頁。

(4) ArnoldK6ttgen,DeutscheVerwaltung,1936; 2.Auf1.,1937;3.Auf1.,1944. (5) アル ノル ト・ケ ッ トゲ ン (1902-1967) は, ド イツ第二次大戦前後の代表的公法学者 の一人。イ エナ大学で博士号 (1924)と教授資格 (1928)杏 取得後, リガ大学 (ラ トビア)客員講師 (1928 -1929), イエナ大学講 師 (1929-1931), グライ フ スヴァル ト大学教授 (1931-1943),ベル リン商科 大学教授 (1943-1945)を経て, ソヴィエ ト抑留 (1945-1948)の後に,ケル ン大学客員教授 (1948 -1950),連邦内務省主席憲法調査官 (1950-1951), シュバイエル行政大学教授 (195ト1952),ゲ ッティ ンゲ ン大学教授 (スメン トの後任)(1952-1967) を歴 任。 WernerWeber,Gedenkenrede auf Arnold Kbttgen,in:In memoriam Arnold K6ttgen,1968,S.9-23;PeterBadura,Arnold K6ttgenl,in:JZ,1967,S.419f.;FritzWerner, ArnoldK6ttgenT,in:A6R,Bd.92(1967),S.4141 416;MichaelStolleis,Geschichtedes6ffent -1ichenRechts,Bd.3,1999,S.271,356-360. (6) Arnold K6ttgen,Aufgaben und Methoden

der verwaltungsrechtlichen Forschung,in: Jahrbuch ftirKommunalwissenschaft,5.Jg.

(1938),S.210-226,210;ders.,Wissenschaftund Verwaltung,in:DV,15.Jg.(1938),S.37-42,41, r.Sp.

(7) K6ttgen,a.a.0.(Ann.6) ("Aufgaben`つ,S. 218i.:ders"a.a.0.(Anm.6)("Wissenschaft"), S.38,r.Sp.参照,拙稿 (前掲注3)287頁。 (8) K6ttgen,a.a.0.(Ann.6) ("Aufgaben"),S.

221f.

(9) K6ttgen,a.a.0.(Anm.6) ("Aufgaben"),S. 222-224,Aders.,a.a.0.(Ann.6)("Wissenschaft'-), S.39,r.Sp.-40,1.Sp.行政本質の直観 は純思弁的 傾 向を持つか ら,実定的素材を入念 に取扱いこれ を統制せ よ, との同義だが真逆の説明 もケ ッ トゲ ンに は存 在 す る。 K6ttgen,Verwaltung und Verwaltungsrechtim Umbruch derZeit,in: ReichundLえnder,8.Jg.(1934),S.293-295,294, 1.Sp.-r.Sp.更に彼の理解 も,哲学的深みでは少々 劣 るものの行政概念 の定義 と記述 に関す るフォル

ス トホフの命題 に連 な るだろ う。 拙稿 (前掲注 3)303-304頁。

(10) K6ttgen,a.a.0.(Ann.6) ("Aufgaben"), S. 223f.

(ll) K6ttgen,a.a.0.(Ann.6) ("Aufgaben"),S. 224f.;ders.,a.a.0.(Ann.9),S.293,r.Sp.-294.r. Sp.Vgl.,VolkmarG6tz,Verwaltungsrechts -wissenschaftinG6ttingen,in:F.Loos(Hrsg.), RechtswissenschaftinG6ttingen,1987,S.336 -364,347-350;Werner,a.a.0.(Ann.5),S.415f. 更 に , 存 在 と 当 為 の 関 係 に つ き, Arnold K6ttgen,Die erwerbswi rtschaftliche Betati -gungder6ffentlichen Handunddas6ffent -1icheRecht,1928,S.7-9.

(12) K6ttgen,a.a.0.(Anm.6) ("Aufgaben"),S. 210f.

(13)K6ttgen,a.a.0.(Anm.6) ("Aufgaben"),S.

211-213,210;ders.,a.a.0.(Ann.6) (…Wisse n-schaft"),S.41,r.Sp.Vg1.,OttoMayer,Deutsches Verwaltungsrecht, 2 Bde, 3. Aufl., 1924 (Neudruck,1969);FritzFleiner,Institutionen des Deutschen Verwaltungsrechts,8.Auf1., 1928(Neudruck,1960).

(14) Arnold K6ttgen, Verfassungsfragen im Bereich derはndischen Gemeindeverwaltung (1935),in:ders.,KommunaleSelbstverwaltung zwischenKriseundReform,1968,S.37-88,38f.; ders.,a.a.0.(Anm.6)(MWissenschaft"),S.39,1. Sp.

(15) K6ttgen,a.a.0.(Ann.14),S.39141;ders" a.a.0.(Anm.6)("Wissenschaft"),S.39,1.Sp. (16) Arnold K6ttgen,Fritz Fleiner und die

deutscheVerwaltungsrechtswissenschaft,in: ZAkDR 4.Jg.(1938),S.47149.47,r.Sp:48,1.Sp. (17) K6ttgen,a.a.0.(Ann.16),S.48,1.Sp:49,i. Sp.ケ ッ トゲ ンの法実証主義批判 は, その派生形 態たる小イエ リネ ック,その究極形態たる純粋法 学 とメル クル に も及 ぶ.K6ttgen,a.a.0.(Ann. 6)("Aufgaben"),213,Fn.5,S.214,Fn.7:S.;ders., a.a.0.(Ann.6) (…Wissenschaft"),S.39,1.Sp.; ders.,Btichersprechungen,in:Verwaltungs -archiv,Bd.38(1933),S.143-160,144f.

(18) ErnstRudolfHuber,NeueGrundbegriffedes hoheitlichen Rechts, in: Grundfragen der Neuen Rechtswissenschaft,1935,S.143-188, 1751180,'ders.,Verfassungsrecht des Gr oB-deutschenReiches,1939,S.242-245.

(14)

社会科学論集 第117号 Verwaltung,in:H.Frank (Hrsg.),Deutsches

Verwaltungsrecht,1934,S.51-66,61-63;ders., Neue Grundlagen des Verwaltungsrechts, 1934,S.53.Vgl.,HeinrichLange,Vom Gesetz -esstaatzum Rechtsstaat,1934.

(20) RGBl,1934,I,S.727;1937,Ⅰ,S.666;Karl AugustEckhardt,Das Studium derRecht -swissenschaft,1935.Vgl.,MichaelStolleis,Die "Widerbelebung der Verwaltungslehre" im Nationalsozialismus,in:ders.,Rechtim Un-recht,1994,S.171-189;ders.,a.a.0.(Ann.5),S. 355f.;栗城春夫 「ドイツの大学 における法律学科 目の講義の歴史 (3・完)」 (大阪市大)法学雑誌 22巻1号 (1975年)90-102頁。後述 の通 り, こ のナチス大学政策は,官僚への法治国家的な法学 教育の緩和 (後掲注54), ラン ト所轄事項か らの 大学政策の剥奪 (後掲注73), これ らと同時進行 である。

(21) Walter Norden,Staas-und Verwaltungs -1ehre als Grundwissenschaften der Staats -btirgerkunde,1919,S.20-34. (22) この他,同 じく行政学主義者だがナスの視角は 別方向であって,以前の行政活動 は単純で実践経 験な しで認識可能だが,行政現実の複雑化が この 牧歌的状況を破壊 した後には,行政法 と行政法学 がその法則を秩序づけ記録 してゆ く。 しか し, こ の実定化の掃捉任務の遂行が不徹底だか ら,行政 科学による行政経験の立て直 しが必要だと述べる。 Otto Nass,Verwaltungserfahrung und Ver -waltungsrecht,in:RVerwBl,Bd.57(1936),S. 760-763;ders.,DiePhilosophiederVerwaltung alsGrundlagederVerwaltungswissenschaft, in:RVerwBl,Bd.63(1942),S.345-349. (23) Arnold K6ttgen,DieGesetzm畠Bigkeitder

Verwaltungim F也hrerstaat,in:RVerwBl,Bd. 57(1936),S.457-462,458,1.Sp.参照,拙稿 「公 布 の本質(1)」 社会科学論集109号 (2003年)93 貢。

(24) K6ttgen,a.a.0.(Ann.23),S.458,1.Sp.lr.Sp. (25) K6ttgen,a.a.0.(Anm.23),S.459,1.Sp. (26) K6ttgen,a.a.0.(Ann.23),S.459,r.Sp.;ders.,

a.a.0.(Anm.6)(…Wissenschaft"),S.40,1.Sp.-r. Sp.;ders.,Berufsbeamtentum im modernen Staat,in:JahrbuchfarpolitischeForschung, Bd.I(1932),S.101-128,106f.

(27) K6ttgen,a.a.0.(Ann.23),S.460,1.Sp.;ders" a.a

.

0

.

(Ann.6)("Wissenschaftつ,S.41,1.Sp. (28) K6ttgen,a.a.0.(Ann.23),S.460,1.Sp.lr.Sp/,

ders,GesetzundPolizei,in:RVerwBl,Bd.59 (1938),S・173-179,177,1.Sp.-r.Sp.関連 して, ゲマイ ンデを歴史的共 同体秩序 に組込むナチ正統 派へ- ンに反対 して,合理 的行政秩序 と非合理 的国民秩序 の総合が大事 だ とも彼 は示唆す る。 K6ttgen,Das Wesen derGsetzgebung und 6ffentlichen Verwaltung I,in:Reich und L畠nder,10.Jg.(1936),S.158-162,160,1.Sp.-r. Sp.参照,拙稿 (前掲注23)94貢。

(29) Stolleis,a.a.0.(Ann.5),S.359f.;Manfred Friedrich,GeschichtederdeutschenStaatsre -chtswissenschaft,1997,S.406f.

(30) K6ttgen,a.a.0.(Ann.23),S.460,r.Sp. (31) Vgl.,ReinhardH6hn,DasGesetzalsAktder

Ftihrung,in:DR,Bd.4(1934),S.433-435;Ernst RudolfHuber,DerFtihreralsGesetzgeber,in: DR,Bd.9(1939),S.2751278,276,277-278. (32) K6ttgen,a.a.0.(Ann.6) ("Aufgaben"),S.

225f.それ故,行政科学の構築 を行政法学を犠牲 に一挙 に実現 しようとす るノルデ ンやナスには, ケ ッ トゲンやフォルス トホフが警戒の眼を向ける。 ArnoldK6ttgen,BesprechungYonW.Norden, Wasbedeutetund wozu studiertman Ver -waltungswissenschaft?,in:A6R,Bd.54(1935), S.368-371;ErsntForsthoff,Besprechngvon0. NaB,Verwatlungsreform durch Erneuerung derVerwaltungswissenschaft,in;A6R,Bd.77

(1951/52),S.507-510,509.

(33) ArnoldK6ttgen,DeutscheVerwaltung,1936, S.vii.

(34) K6ttgen,a.a

.

0

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(Ann.33),S.viif.

(35) Arnold K6ttgen,Deutsche Verwaltung,3. Auf1.,1944,S.vii.

(36) K6ttgen,a.a.0.(Ann.35),S.viif.Vgl.,Weber, a.a.0.(Ann.5),S.12f.

(37) Stolleis,a.a.0.(Ann.5),S.3571359.Vgl"Otto Koellreutter, Deutsches Verwaltungsrecht, 1937;Wilhelm Laforet,DeutschesVerwaltungs -recht,1937;HansFrank (Hrsg.),Deutsches Verwaltungsrecht,1937.なお, ケ ッ トゲ ンによ る師匠評価 は,憲法 と行政の一体的把握,行赦の 政治的機能承認など一定の同意 はあるが, ウェー バー行政観の採用,警察 ・党 ・軍の同列視などで 距離 を とった もの。K6ttgen,a.a.0.(Ann.28) (,,Wesen"),S.161,r.Sp.-162.

(38) TheodorMaunz,Verwaltung,1937.Vgl"Carl -Hermann Ule,Besprechung Yon W.Laforet, DeutschesVerwaltungsrechtundTh.Maunz,

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