遅延 遅延 遅延 硬さ亢進 がん化学療法を施行した患者においても,がん仏痛 治療患者においても,しばしば散見されるのが排便障 害または下痢症状である。がん仏痛治療薬であるモル ヒネをはじめとしたオピオイド系鎮痛薬に起因する 消化管障害,がん化学療法に伴う副作用として中枢に おける交感神経の抑制作用や腸管に対する直接的な 運動抑制作用による便秘がしばしば報告されている。 これらの対策には西洋薬においては刺激性下剤や塩 類下剤などが用いられるが,オピオイド系鎮痛薬によ る便秘では耐性を生じにくいことが知られており,投 与開始初期から便秘対策が恒常的に必要であるとさ れている。 オピオイド誘発性の便秘をはじめとする消化器異 常症状は,嘔気・嘔吐,食欲不振,腹部膨満感を併発 するほか,高カルシウム血症,高アンモニウム血症な どに発展するなど,多岐にわたる合併症を来す可能性 があるため十分な観察と対策が必要である。本稿では 緩和ケア領域で最も問題となるオピオイドの薬理作 用に起因した便秘と,化学療法に伴う下痢の漢方薬治 療による対策について解説する。
便秘とオピオイド受容体の種類と薬理作用
1) オピオイド受容体はμ,κ,δ受容体とそのサブタイ プから構成されているが,医療用麻薬の種類によって その親和性が異なり薬理作用の違いとなっている。鎮 痛作用は主にμオピオイド受容体を介して発現し,脊 椎における感覚神経の痛覚刺激の抑制,視床・大脳皮質 知覚領域における上行性痛覚情報伝達の抑制,中脳水 道周囲灰白質・延髄網様体細胞・大縫線核に作用し下行 性抑制系の賦活作用によって鎮痛作用をもたらす。ま た,中枢神経作用,情動への影響のほか,末梢への作用 として腸間膜神経叢におけるアセチルコリン遊離抑制 により消化管運動抑制作用をもたらす(図1)。 一方,消化器系の主な副作用には嘔気・嘔吐や便秘が あるが,後者はオピオイド鎮痛薬による耐性形成はほ とんどない。これらの原因は各臓器からの消化酵素分 泌抑制,消化管運動抑制,食物消化滞留,腸管内容物通 過時間の遅延などをトリガーに水分吸収亢進に伴う便 の硬化が進むためである。がん仏痛の薬物療法に関する
ガイドラインによる便秘対策
すでに緩和ケア領域で公開されているがん仏痛の薬 物療法に関するガイドラインでは,これらの対策とし て,①原因の評価と原因に応じた対応,②適切な下剤の 投与,③オピオイドスイッチング,が提示されている が,今回はこの②の対策に絞って考えてみることとし たい。ガイドラインのなかでクリニカルクエスチョン に対する解説としてLarkinら2)によるレビューでは, 緩和ケアを受けている患者の多くで浸透圧性下剤のみ でなく大腸刺激性下剤を併用することが推奨されてい る。具体的には浸透圧性下剤としてラクツロース,大 腸刺激性下剤としてセンナ,ピコスルファートナトリ ウムの使用が有効であるとし,そのほか塩類下剤など の適宜使用が望まれるとしている。EAPC(European Association for Palliative Care)のガイ ドライン(2012年)やNCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドライン(2012年)においても,単独の下 剤よりも薬理機序の異なる下剤を併用することで難 治性便秘の改善が期待できるとして併用が推奨され ており,オピオイド増量の際には下剤の増量も併せて 行うことが望ましい。また,モルヒネやオキシコドン では肛門括約筋が緊張するため,直腸に便がたまって も排便反射による肛門括約筋の弛緩が不十分で強い 腹圧を必要とする。そのため,がん患者の便秘は薬物 だけでの対処は不適切で,軽い歩行を促したりマッ サージなどのケアが重要であることが周知されてい る。しかしながら,西洋薬との併用においては次に示
効果的な漢方薬の使用(下痢,
便秘)
伊東 俊雅
東京女子医科大学東医療センター薬剤部/がん包括診療部緩和ケア室 第4回 33 漢方医薬学雑誌 ● 2015 Vol.23 No.2(67)がん薬物療法認定薬剤師による解説
[ 緩和ケア領域における漢方の役割 ]
図1 オピオイドによる便秘の発症機序 オピオイド (経静脈・皮下) 中枢神経 オピオイド (経口) 十二指腸 運動機能 低下 消化機能 低下 小腸 運動機能 低下 消化機能 低下 大腸 運動性 低下 水分吸収 亢進 胃 運動機能 低下 肛門括約筋 排便反射 低下 筋緊張 増加 オピオイド投与ルートと影響 遅延 遅延 胃内容物排出時間 遅延 遅延 遅延 大腸内容物排出時間 遅延 遅延 遅延 小腸内容物排出時間 遅延 硬さ亢進 硬さ亢進 便性状 硬さ亢進 オピオイド(静・皮) オピオイド(経口) す便秘に用いられる漢方薬の多くが,アントラキノン 誘導体(大黄の成分)を含んでいることから,センノシ ド系薬剤との併用には十分な注意が必要である。
便秘と漢方エキス剤
排便すなわち「瀉下」作用を期待する生薬は大きく 「攻下」と「潤下」に分けることができる。大黄,佄硝, ケツメイシなどの攻下薬は主に実証に用いられ,神経 反射や強い蠕動運動を促進することにより強い瀉下 作用を示すことが知られている。また,虚証に用いる ことのできる麻子仁,杏仁,桃仁,当帰などの潤下薬 は油性成分を多く含み,潤滑性に緩下する作用をもっ て便を軟化させ排便を促す。がん医療において便秘に 広く使われている医療用漢方製剤を表1に示す。これ らの方剤は,ある程度の証を鑑みて処方推奨する必要 があるが,おおむねがん仏痛に悩まされる患者の多く は腹圧がかけにくく,硬便になる傾向が強いことから 潤下薬が多く用いられるものと思われる。大建中湯と便秘改善効果
大建中湯は「腹が冷えて痛み,腹部膨満感のあるも の」(*ツムラ医療用漢方製剤における効能又は効果)を保険適応 とし,術後イレウスに頻用されているが,これらの作 用を利用して便秘改善に用いられるケースも散見さ れる。先にも述べたように一般的な便秘対策では酸 化マグネシウムやピコスルファートナトリウムが主 に利用されるが,大建中湯ではコリン作動性神経末 端における5-HT3亢進,平滑筋層におけるモチリン 分泌促進作用による平滑筋の収縮促進,またバニロ イド受容体に拮抗作用を示すことによって腸管蠕動 の亢進または抑制を図る。それにより癒着性・単純性・ 麻痺性イレウス,便秘,過敏性腸症候群(IBS)などに がん薬物療法認定薬剤師による解説[ 緩和ケア領域における漢方の役割 ] 34 漢方医薬学雑誌 ● 2015 Vol.23 No.2(68) ダイ ケン チュウ トウ遅延 遅延 遅延 硬さ亢進 表1 便秘に用いられる医療用漢方製剤 大建中湯 大黄甘草湯 麻子仁丸 潤腸湯 桃核承気湯 桂枝加 薬大黄湯 乾姜・人参・山椒・膠 大黄・甘草 麻子仁・大黄・枳実・杏仁・厚朴・ 薬 地黄・当帰・黄䊫・枳実・杏仁・厚朴・ 大黄・桃仁・麻子仁・甘草 桃仁・桂皮・大黄・甘草・佄硝 薬・桂皮・大棗・甘草・大黄・生姜 構成生薬 図2 大建中湯の腸管蠕動に対する作用 血流増加作用 腹部症状改善 抗炎症作用 運動調整作用 下痢改善作用 IBS 腹部痛 イレウス 便秘 便秘改善作用 [ 亢進状態 ] [ 正常状態 ] [ 低下状態 ] 乾姜 人参 山椒 膠 膠 応用されている。 ここで興味深いことは,大建中湯は腸管蠕動の低下 状態ではこれを正常に戻す作用があり,一方,亢進状態 では過剰な腸管蠕動などを抑制して正常状態に戻そう とする作用があることである(図2)。近年の研究では大 建中湯の腸管血流改善機序に関して,カルシトニン遺 伝 子 関 連 ペ プ チ ド(calcitonin gene-related peptide; CGRP)が関与しており,微小血管拡張作用が強力な このペプチドにより血管平滑筋に作用して血管拡張す ることが知られている。また,これらに関連してアド レノメデュリン(カルシトニンファミリーペプチド) も血流改善機序に関与していることが明らかにされて いる。これら神経ペプチドは大建中湯の複雑な作用機 序を説明しうるキー物質になりつつある3,4)。
下痢と漢方エキス剤
がん医療における下痢症状の多くは,一般的には細 菌性よりも化学療法に伴う副作用としての下痢である。 急性の下痢で発熱を伴う場合などは,細菌感染を疑い 35 漢方医薬学雑誌 ● 2015 Vol.23 No.2(69)遅延 遅延 遅延 硬さ亢進 表2 下痢に用いられる医療用漢方製剤 五苓散 柴苓湯 人参湯 桂枝人参湯 小建中湯 黄耆建中湯 真武湯 沢瀉・蒼朮・猪苓・茯苓・桂皮 柴胡・沢瀉・半夏・黄䊫・蒼朮・大棗・猪苓・ 人参・茯苓・甘草・桂皮・生姜 乾姜・甘草・蒼朮・人参 桂皮・甘草・蒼朮・人参・乾姜 薬・桂皮・大棗・甘草・生姜・膠 薬・黄耆・桂皮・大棗・甘草・生姜・膠 茯苓・ 薬・蒼朮・生姜・附子 構成生薬 原因特定を行ったうえで抗菌化学療法が優先されるこ とはいうまでもない。緩和ケア領域においては,がんに よる器質的症状や慢性下痢に含まれる機能性下痢とし てのIBSなどが抗菌化学療法の良い適応となる。一方, 漢方薬の良い適応となる下痢は腸の運動機能異常に伴 う疾患である。一般に下痢に用いられる方剤を以下に 示すが,器質的疾患として潰瘍性大腸炎などがある場 合には漢方薬の多くが西洋薬に取って代わるだけの十 分な効果と治療エビデンスはないので,むしろ補助薬 として検討すべきと考える(表2)。 IBSや下痢対策に用いられる方剤としては,①便秘 下痢交代型の場合には桂枝加 薬大黄湯,小建中湯(小 児など)を処方推奨したい。一方,②持続性下痢型や下 痢傾向の場合には人参湯または半夏瀉心湯が用いられ る。これらが無効な場合には真武湯が用いられること が多い。②の方剤に加え平胃散なども用いられるよう である。
半夏瀉心湯と下痢改善効果
5,6) 胃がんや肺がん,大腸がんなどで汎用されるイリノ テカンは肝臓における代謝酵素の多型により強い下 痢を引き起こす可能性がある。イリノテカンの活性代 謝物であるSN-38は肝臓でグルクロン酸抱合を受け, SN-38Gとして胆汁から腸管に移行して腸管に排泄さ れる。これらは腸内細菌のβ-グルクロニダーゼにより 脱抱合されて活性を持ったSN-38に変化し,これが腸 管粘膜障害を引き起こし下痢が生じる。 半夏瀉心湯はイリノテカンによる下痢に有効である ことが知られている。これは半夏瀉心湯に含まれる配 糖体であるヴォゴノシド,バイカリン,グリチルリチン などが腸管内のβ-グルクロニダーゼを競合的に阻害 し,イリノテカンの代謝体SN-38Gの腸内細菌による再 分解を抑制して腸肝循環を阻害することによる(図3)。 また,半夏瀉心湯にはプロスタグランジンE2増加を 抑制し,腸管の運動抑制,水分吸収能の低下を抑制す る作用があるとされている。2013年に発表されたイ リノテカンの下痢治療に対するレビューのなかでは, 半夏瀉心湯の前述の機序について検証されながらも 服用コンプライアンスなどに検証の余地が残ると示 唆されている5,6)。2003年に実施された進行性非小細 胞肺癌におけるイリノテカン+シスプラチン治療患 者44名に対する無作為化試験(半夏瀉心湯群18例,対 照群23例:全41例)では41例中39例が下痢を発現し, 半夏瀉心湯群は対照群と比較して下痢の程度が有意 に改善し(p=0.044),グレード3および4の下痢の発現 率が有意に低かった(p=0.018)。しかしながら本試験 は下痢発現回数,持続日数に差がなかったことなどか ら中間評価で試験中止となっている7)。緩和ケアにおける
便秘・下痢の総合マネジメント
緩和ケアにおける便秘・下痢の総合的マネジメント として,今回は漢方薬の使用について検討してきた が,主体は患者の持つ仏痛や治療に伴う副作用,随伴 症状の改善にある。つまり,がん仏痛治療の基本はモ ルヒネをはじめとするオピオイドを十分使用し,三段 階除痛ラダーにそってNSAIDs,鎮痛補助薬を用いて 治療することが重要であるが,同時に十分な便秘対策 を講じる必要がある。 一方,物理的排除を目的としたオピオイドスイッチ ングによる便秘改善では,Donnerらによる前後比較 試験においてモルヒネ徐放性製剤からフェンタニル がん薬物療法認定薬剤師による解説[ 緩和ケア領域における漢方の役割 ] 36 漢方医薬学雑誌 ● 2015 Vol.23 No.2(70) ケイ シ カ シャク ヤク ダイ オウ トウ ショウ ケン チュウ トウ ニン ジン トウ ハン ゲ シャ シン トウ シン ブ トウ ヘイ イ サン図3 半夏瀉心湯のイリノテカンによる下痢抑制機序 遅延 遅延 遅延 硬さ亢進 CPT-11(未変化体) 胆汁排泄 カルボシキルエステラーゼ UDPグルクロニル トランスフェラーゼ イリノテカン
肝
胆管
SN-38(活性代謝物) C2H5 C2H5 O N N N N O O O O HO C2H5 C2H5 O HO O O N N HO C2H5 C2H5 O GluO O O N N HO (森清志. 消化器の臨床. 2000, 3, p.91より改変) 胆汁排泄 U UDD ト トララン胆管
副交感神経刺激 ●消化管運動異常 ●水分吸収阻害 腸管粘膜障害 ●水分吸収阻害 +グルクロン酸 アセチルコリンエステラーゼ 阻害作用急性下痢
腸管
遅発性下痢
腸内細菌叢により脱抱合 (β-グルクロニダーゼ) SN-38(活性代謝物) 腸管:創傷治癒・運動抑制半夏瀉心湯
競合拮抗 SN-38グルクロン酸抱合体 貼 付 剤 に 変 更 し た と こ ろ,便 秘 の 頻 度 が59% か ら 35%に減少したことに加え,下剤の使用頻度が62% から38%に減少した。さらに便秘以外の副作用につ いては明らかな差を認めなかったと報告しており,ポ リファーマシー回避のため,また下剤などに反応が期 待できない場合にはオピオイドスイッチングにより モルヒネ,オキシコドンをフェンタニルに変更するこ とも1つの方法である。 今回はオピオイドの中枢作用・末梢作用により引き 起こされる便秘と,化学療法に伴う副作用としての下 痢対策について述べてきたが,このほかにもイレウ ス,併用薬剤(腸管蠕動抑制など),高カルシウム血症・ 低カリウム血症,甲状腺機能異常,食事性,全身性, 37 漢方医薬学雑誌 ● 2015 Vol.23 No.2(71) 神経性,心因性などの状況を踏まえ,十分な対策を検 討するべきである。患者への評価では排便習慣とその 変化,排便回数,便の性状,排便状態,最終排便時間, 排便に伴う臨床症状などを記録し継続的に評価を行 う必要がある。 参考文献 1)日本緩和医療学会. がん仏痛の薬物療法治療に関するガイドライン2014年 度版. 金原出版. 2014, p.422)Larkin, PJ. et al. Palliat Med. 2008, 22, p.796 3)Kono, T. et al. J Surg Res. 2008, 150, p.78
4)Kono, T. et al. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2013, 304, p.G428
5)Umang, S. et al. Curr Drug Targets. 2013, 14, p.777 6)Katoh, M. et al. Drug Metab Pharmacokinet. 2009, 24, p.226 7)Mori, K. et al. Cancer Chemother Pharmacol. 2003, 51, p.403