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島外出産をする女性へ助産師が行うケアの認識と実践

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Academic year: 2021

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日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 24, No. 2, 294-306, 2010

日本赤十字看護大学(The Japanese Red Cross College of Nursing)

2010年3月31日受付 2010年11月25日採用

原  著

島外出産をする女性へ助産師が行うケアの認識と実践

Recognition and implementation of care by midwives

for women leaving the island to give birth

山 本 由 香(Yuka YAMAMOTO)

抄  録 目 的  島外出産をする女性へのケアを助産師がどのように認識し,実践しているのか明らかにする。 対象と方法  エスノグラフィー的アプローチを用いた。主要情報提供者6名:島内の出産施設で働く助産師,二次 的情報提供者38名:島外出産をする女性とその家族,島内の病院に勤務する産科医師,保健所に勤務す る保健師,島外出産の経験をもつ育児中の女性,本土の出産病院に勤務する助産師ならびに島外出産を する女性の多くが利用する宿泊施設に従事するスタッフに対して,参加観察やインタビューを実施した。 結 果  島外出産をする女性へ助産師が行うケアの認識と実践を分析した結果,本土で過ごす期間を視野に入 れて行う産前のケアと本土の出産状況と切り離された産後のケアが見出された。産前のケアでは,島外 出産をする女性が余儀なく本土で独居生活をすることにより分娩への不安や恐怖が増幅しやすい状況に なることや,生活環境の変化により栄養管理などが困難になることを助産師は認識していた。その中で, 産む力を発揮できるような女性の心身の環境を整えるケアに努めていることが見出された。また,産後 のケアでは,妊娠から産褥までの連続性を絶たざるを得ない現状の中で,助産師には島外出産をした女 性の島に戻ってきてからのケアが,島内出産をした女性のケアに比べ充実していないという認識があっ た。しかし,充実していない中にもやりくりして,女性との結びつきを得ていることが見出された。 結 論  島̶本土間の生活環境を移動する母子が,妊娠期から育児期まで,その時期を安全に安心して過ごせ るように,ケアの調整が必要なものとして次の3点が見出された。   1 )分娩への不安や恐怖が増幅しやすい状況にあることを認識したケア   2 )本土生活という生活環境の変化に対応するケア   3 )地域に戻ってきた褥婦に対して専門家の手の離れたところで育児が開始されることを認識したケ    ア キーワード:島外出産をする女性,助産師,ケア,エスノグラフィー

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Abstract Objective

The aim of the present study was to clarify how midwives recognize and implement care for women leaving an island to give birth on the mainland.

Subjects and Methods

Using an ethnographic approach, participant observation and interviews were conducted on 6 primary infor-mants, who were midwives working at an obstetrics department on an isolated island, and 38 secondary inforinfor-mants, who comprised women leaving the island to give birth and their family members, an obstetrician working at a hospi-tal on the island, an occupational health nurse, women engaged in child-raising with experience of leaving the island to give birth, midwives working at a mainland birthing hospital and staff at a mainland accommodation facility used by the majority of women leaving the island to give birth.

Results

It was found that antenatal care was performed with consideration given to the period that would be spent on the mainland, while postnatal care was conducted divorced from the circumstances surrounding mainland delivery. During antenatal care, midwives recognized that women leaving the island to give birth would be forced to lead solitary lifestyles on the mainland and thus were susceptible to increased anxiety and fears regarding childbirth. They also recognized the difficulties of nutrition management due to the change in environment. Against this background, it was found that midwives aimed to provide care that would engender the physical and mental state required for women giving other women the strength for childbirth. In addition, with the inevitable break in the continuity of care between pregnancy and the postpartum period, midwives recognized that the postpartum care provided to women returning home after leaving the island to give birth was not as complete as that provided to women who delivered on the island. However, despite this incompleteness of care, midwives were still able to estab-lish connections with postpartum women.

Conclusion

In order for mothers and infants transferring between mainland and island environments to transition from pregnancy to child-raising safely and without worry, the following three points were found to be necessary for care coordination.

1) Care that recognizes the susceptibility for increased anxiety and fears regarding childbirth. 2) Care that responds to the difference in environment provided by mainland lifestyles.

3) Care that recognizes that child-raising begins in a place far from the help of experts in the case of puerperal women who have returned to the local area.

Keywords: women leaving an isolated island to give birth, midwife, care, ethnography

Ⅰ.は じ め に

 近年の深刻な問題である周産期医療のマンパワーの 減少(佐藤,2007)は,産科医師を基幹病院へ集約し, 出産のために妊娠している女性を生活圏外まで足を運 ばせる現象に拍車をかけている。限られた医療資源を 活用するためには周産期医療の集約化・重点化が必要 であり,この観点から助産師を活用することが重要で あると新医師確保総合対策に示されている(厚生労働 省,2006)。また,地域の事情に応じた安心・安全な 出産ができる周産期医療体制の整備を進める中で,緊 急に取り組む対策の一つとしてへき地・離島医療の推 進が取り挙げられている。  2005年4月1日現在の離島統計年報で掲載された島 は310島あり,そのうち人口1万人以上の島は11島あ る(財団法人日本離島センター,2007)。そして,人口 1万人以上の島には分娩施設があるが,1万人未満の島 にはほとんど分娩施設がないという結果が報告されて いる(加藤・常角・武田他,2007)。  私が関心を寄せたA島には,分娩施設があり,1年 間の出産総数145人に対して85%の圏域内完結率があ った(2004年現在)。ところが2006年,産科医不在の ため島内出産ができなくなった事例として全国から注 目された。現在は産科医1名体制と助産科の立ち上げ により,経産婦でローリスクと診断された女性は島内 出産ができるようになった。しかし,産科医1人で分 娩を取り扱うことや麻酔科医の不在などのリスクによ り,約7割にあたる初産婦の女性や経産婦でハイリス クと診断された女性は,島外出産を余儀なくされる状 況にある。

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 周産期保健医療体制の充実のためにも,助産師の活 躍が期待されている。しかし,島外出産をする女性へ のケアを助産師がどのように認識し,実践している のか実証的に研究されたものはほとんど見当たらない。 よって,この実態を明らかにし,島外出産をする女性 が妊娠・分娩・出産に安心して臨める一助として,助 産師が行うケアのあり方を検討したいと考えた。 1.研究目的  島外出産をする女性へのケアを助産師がどのように 認識し,実践しているのか明らかにすること。 2.用語の定義 1 )島外出産をする女性  島内にある病院の産科外来において,妊娠期と産褥 期の健康診査,保健指導を受け,出産のみを島外です る女性とその児を含む。 2 ) ケア  島外出産をする女性に対し,助産師が産科外来の保 健指導時に行う健康診査や検査の結果と聴取した情報 をもとになされる日常生活指導や知識の普及の援助的 行動,支持的行動,あるいは能力を与えるような行動 にかかわる抽象的・具体的現象を意味する。

Ⅱ.研究方法

1.研究デザイン  エスノグラフィーを人類学者の手法として定着さ せたMalinowski(1922/1967)によると,エスノグラフ ィーの目標は「原住民のものの考え方および彼と生活 との関係を把握し,彼の世界についての彼の見方を理 解することである。」と示されている。島外出産をす る女性へ助産師が行うケアは,地域の文化的背景と密 接に関連し,切り離して考えることはできない。また, 助産師が行うケアは地域の文化の影響を受けるため, 助産師がケアを実践する際には女性が生活している文 化を考慮する必要がある。そこで本研究では,エスノ グラフィー的アプローチを用いて,島外出産をする女 性へ行うケアを助産師がどのように認識し,実践して いるのかを知ろうとするものである。また,助産師が 行うケアは,経験によって獲得され,日常生活で直面 する問題や状況に対処するための実践知となる。その ためデータを引き出すためには,産科外来での出来事 を研究者が助産師とともに経験し,助産師の視点でみ ることが必要である。つまり,米国の文化人類学者で あるSpradley(1979)が述べるように,研究者の見方 とは異なる集団の人々の見方,すなわち人々はどのよ うに考え,行動するのかという内部者の見方と,一方 でその行動の意味を解釈し,文化を探求する研究者と しての視点を外部者の見方をもつことで,深く豊かな 洞察を得ることができると考えた。 2.情報提供者の紹介 1 ) 主要情報提供者  主要情報提供者は,C県圏域内にあるA島の一病院 で活動する助産師6名,松島さん,押本さん,竹内さん, 木内さん,斉藤さん,安堂さん(すべて仮名)である。 勤務経験年数やその他の制限はない。平均年齢は40 歳代であった。全員が島の出身者である。そのうち既 婚者5名は,それぞれ1∼3名の子どもがいる。分娩歴は, 島内の病院での分娩経験5名,島外の病院での分娩経 験1名である。職歴は,看護師学校および助産師学校 時代を島外で過ごし,卒業後島の病院に就職した3名, 島外の病院で働いたあと島の病院に就職した3名であ った。 2 ) 二次的情報提供者  二次的情報提供者は,38名である。島外出産に関 与する方を選択し,島外出産をする女性とその家族27 名(妊婦9名,褥婦12名,妊婦の夫2名,褥婦の夫2名, 妊婦の実母1名,褥婦の実母1名),島外出産の経験を もつ女性7名,専門職者3名(島の病院に勤務している 産科医師高橋さん(仮名),島の保健所に勤務してい る保健師守屋さん(仮名),本土の出産病院に勤務し ている助産師露木さん(仮名)),本土の宿泊施設に従 事するスタッフ1名であった。

Ⅲ.データ収集期間・場所および方法

1.データ収集期間・場所  データ収集期間は,2008年6月下旬∼9月の約3か月 間であった。予備調査は2008年3月に約1週間実施し た。目的は,主要情報提供者となる助産師が働いてい る産科外来の環境を実体験してくることと,本調査の フィールドとしての適性の検討であった。  主なデータ収集場所は,主要情報提供者である助産 師が勤務するA島にある総合病院1施設である。フィー ルドの主な選定基準は,主要情報提供者となる複数の 助産師が島内の施設に勤務していることと,島外出産

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をする女性が存在することとした。二次的データ収集 場所は,島外出産をする女性が一番多く利用する,本 土の出産施設(2007年度現在)である総合病院1施設や 島が管理する本土の宿泊施設,産後の女性や島内の保 健師のいる施設とした。 2.データ収集方法  フィールドワーク(現場調査)を通した参加観察と インタビューの方法を用いた。参加観察を始めるにあ たり,Leininger(1992/1995)の「見知らぬ人−友人モ デル」ガイドを使用し,助産師,医師,島外出産をす る女性及びその家族との交流を図り,関係を築いた。 具体的には,平日は外来で助産師の活動に積極的に参 加し,また休日は島内で実施される医療に関する講演 会などに参加し,助産師と共有する時間を持つように した。参加観察では,産科外来の活動に研究者自身が 加わり,現場の一員となりながら,そこで起こってい ることを観察し,また助産師が人と言葉を交わした時 に,どのような表現をしているのか,どのような言 葉が使われているのかに注目した。女性を交えた場で, 助産師から研究者に声をかけてくれ話の輪に入るよう になった時期を確認し,インタビューを開始した。他 の参加観察に関しては,島外出産に関与のある方に接 触できる,乳児健診,本土の出産施設や宿泊施設を訪 問し,その特性を把握するとともに各場所で二次的情 報提供者の様子などを観察し,適宜,インフォーマル インタビューを実施した。  さらに二次資料については,人口動態統計資料,C 県およびA島の保健医療計画,講演会資料などを対象 として情報を入手した。  主要情報提供者には,半構成的インタビューを1人 2回行った。1回目のインタビューでは,島外出産制度 が開始になったときから現状に至るまでの思いやケ アの変化,また「本土生活中に管理入院をする女性は, どのような理由によるものか推測できますか。」など のように参加観察をした後で確認したい内容を含めた。 2回目は,前回のインタビューの内容や参加観察から 確認したい内容などを含めながら実施した。インタビ ュー内容については,主要情報提供者である助産師の 承諾を得て録音をした。  また,主要情報提供者からのデータを補足,確認す るとともに,島外出産に関する全体像の理解に必要な 広範囲なデータを得るため,二次的情報提供者すなわ ち,日頃,島外出産と関与の深い,島外出産をする女 性とその家族,医師,保健師,本土の助産師らへのイ ンフォーマルインタビューを考慮し,島外出産をする 女性への助産師が行うケアの認識や実践について新し い洞察を加えた。

Ⅳ.分 析 方 法

 島外出産をする女性へのケアを助産師がどのように 認識し,実践しているのかという研究の問いについて, 文化や環境との関連性に着目しながら佐藤(2008)の 方法を参考にデータ分析を行った。  具体的には,フィールドノーツ(メモ帳などに文字 や図で書き留めた記録)やインタビューからの逐語録, その他の記録物を繰り返し読み,データの抽出と分類 を行った。次にデータより,島内の環境背景や助産師 が行うケア,女性や家族の反応などが確認できた内容 を簡潔な文章で抽出し,コードとした。そして,コー ドのキーフレーズとなる言葉は変えずに,1つの文脈 の意味が含まれる長さの文章に抽象化したものをラベ ルとした。その後,ラベルの中で関連のあるもの同士 を集め,サブカテゴリーを見出した。さらにサブカテ ゴリー同士を比較し,共通するものを集約してカテゴ リーを見出した。

Ⅴ.データの信頼性と妥当性の確保

 研究に備えて,研究者自身の社会や,助産師として の経験を通して得られた価値観および信念から成り立 つバイヤスをコントロールするために,個々人にはさ まざまな考え方や行為の仕方があるのだという認識を 心得ておいた。研究中,研究者の期待と観察したこと の間に違和感が生じたとき,情報提供者に解釈の確認 をし,当たり前と思っていた研究者の個人的な見方を 正し,内部者の見方に立ち出来事やものの見方を理解 できるように心掛けた。  研究の全過程において,分析内容の妥当性を確保す るため,母性看護学・助産学の研究者からスーパーバ イズを受けながら一貫して進行させた。また,データ の信頼性を高めるため,主要情報提供者全員と主要情 報提供者の勤務する施設の看護部長および産科師長に, 分析結果を郵送しメンバーチェッキングを行った。こ れより,主題である島外出産をする女性へのケアを助 産師がどのように認識し実践しているのかを,適切に 反映しているかどうかについての妥当性を確保した。

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Ⅵ.倫理的配慮

 日本赤十字看護大学(承認番号2008-13)と対象施設 の研究倫理審査委員会に研究計画書および資料を申請 し,承認を得た。  主要情報提供者の募集方法は,以下の手順で行った。 対象施設の助産師スタッフに,研究者が研究の趣旨を 口頭で説明し内諾を得た。そして対象施設の施設長お よび看護部長に改めて研究の主旨を文書で説明し,研 究協力の承諾を得た。その後,助産師が集まるカンフ ァレンスの機会に研究者が参加,研究の概要を研究参 加協力依頼書と同意書に基づき,匿名性の保持,研究 への参加・協力は自由意思であること,研究への参加 ・協力の拒否権、研究に関する質問や確認がある場合, 研究者がフィールドを離れた後でも連絡が取れるよう に配慮をすること等を説明し,研究参加希望者は産科 外来の所定の場所に同意書を返信して頂けるようにし た。  二次的情報提供者には,島外出産に関与の深い方を 選択した。産科外来に来院した島外出産をする女性と その家族,助産師と同じ産科外来に勤務している産科 医師,A島の保健所に勤務している母子保健担当の保 健師,保健所に4か月乳児健診に来られた島外出産の 経験をもつ女性,島外出産する女性を受け入れている 本土の出産施設に勤務している助産師,島が管理して いる本土の宿泊施設に従事するスタッフとした。募集 方法は,以下の手順で行った。 ・産科外来に来院した島外出産をする女性とその家族  島外出産をする女性の紹介を助産師に研究者が依頼 した。来院時に女性およびその家族へ研究者が声をか け,研究の趣旨を口頭にて説明し,理解と意思確認を 行い,同意を得た上で健診に同席した。 ・助産師と同じ産科外来に勤務している産科医師  研究の趣旨を文書にて研究者が説明し,理解と意思 確認を行い,同意を得た上で健診に同席した。 ・A島の保健所に勤務している母子保健担当の保健師  保健師に研究依頼の電話連絡を研究者がとり,研究 の趣旨を説明し内諾を得た。その後,施設長に研究の 趣旨を文書にて研究者が説明し,研究協力の承諾を得 た。保健師に接するときは,改めて研究の趣旨を口頭 にて説明し,理解と意思確認を行い同意を得た。 ・保健所へ4か月乳児健診に来られた島外出産の経験 をもつ女性  島外出産の経験をもつ育児中の女性の紹介を保健師 に研究者が依頼し,保健師の勧めにて4か月乳児健診 に参加した。4か月乳児健診の受付に,研究者の自己 紹介と健診への参加目的を含めたポスターを設置した。 女性に接するときは,改めて研究の趣旨を口頭にて説 明し,理解と意思確認を行い,同意を得た上で健診に 同席した。 ・島外出産をする女性を受け入れている本土の出産施 設に勤務している助産師  看護部長に研究依頼の電話連絡を研究者がとり,研 究の趣旨を説明し内諾を得た。その後,施設長および 看護部長に研究の趣旨を文書にて研究者が説明し,研 究協力の承諾を得た。産科師長より,産科外来でのフ ィールドワークの提案を受け,フィールドワーク中に 助産師へインフォーマルインタビューを実施した。助 産師に接するときは,改めて研究の趣旨を口頭にて説 明し,理解と意思確認を行い,同意を得た。 ・島が管理している本土の宿泊施設に従事するスタッ フ  島外出産をする女性が利用している本土の宿泊施設 に研究者が宿泊した際に,研究の趣旨を口頭にて説明 し,理解と意思確認を行い,同意を得た。

Ⅶ.結   果

 得られたデータを分析した結果, 8のカテゴリー【島 の医療】,【島民の性質】,【島の行政】,【島内出産の現 状】,【交通機関】,【現在の保健指導に至るまでの過程】, 【島外出産をする女性に対するケアの前提】,【ケアの 現状】が抽出された(表1)。  このうち,前述した【島の医療】,【島民の性質】,【島 の行政】,【島内出産の現状】,【交通機関】の5カテゴ リーをA島の概要に関する記述のデータとし,次の【現 在の保健指導に至るまでの過程】という1カテゴリー を対象施設のおける産科外来の概要に関する記述の 表1 全カテゴリー 498コード→34《ラベル》→14〔サブカテゴリー〕→ 8【カテゴリー】 島の医療 島民の性質 島の行政 島内出産の現状 交通機関 現在の保健指導に至るまでの過程 島外出産をする女性に対するケアの前提 ケアの現状

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データとした。後述した【島外出産をする女性に対す るケアの前提】,【ケアの現状】という2カテゴリーを助 産師が行うケアの認識と実践に関する記述のデータと した。  以下,導き出されたカテゴリーについて説明する。 カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕,ラベル は《 》で示した。また,文中の「 」内は情報提供者 の語りを示し,( )内は注釈を加える。 1.A島の概要  主要情報提供者の助産師が居住しているA島は,C 県圏域内にある。本土から70km離れた島への【交通 機関】は,〔海で隔てられた本土への道〕として海路ま たは空路を利用することができる。島外出産をする女 性や家族にとっての心配事は,本土への交通事情で ある。冬季は,高速船の運休やフェリーの減便,荒天 時の欠航もある。週末に本土に会いに来る予定の夫も, 海の状況次第となる。また,退院日に赤ちゃんを連れ て帰ることも高速船のない冬の季節は,労を費やすく している。  C県における【島の医療】への対策は,比較的早くか らへき地・離島医療対策が実施されていた。しかし〔島 内で提供する医療機能の現状〕は,「医局制度が崩壊す るまでは,必ず(医師を)派遣してくれた」ことができ なくなっている状況に立たされていることで,「離島 だけの問題ではない医師不足の現状」を助産師は感じ ていた。「なんとかなるんじゃないか」という期待と, 「本土にいる先生の状況を実際考えてみると,島まで は無理なのかなぁ」というあきらめの中で揺れていた。 医師に来てもらうことが当たり前という感覚を捨てた, 医師が来てくれる島になるための島民の意識改革に向 けて,【島の行政】が〔島外出産制度の経験からの学び〕 をもとに講演会や勉強会を主催し,動き出している。  【島民の性質】から,島の医療への評価は「同じ結果 だったとしても,向こう(本土)だったらちがっちょ ったかもとか,こう思う風潮」が〔島に生活すること で培ってきた思考〕としてあるという。しかし,出産 に関しては「島で産みたいんですよ,みんな」,「なん かこう,ちがうみたいですね」と島民の出産と病気治 療への意識のちがいを助産師は感じていた。また,【島 内出産の現状】では〔連続性のあるケアができる女性 との関わり〕の大切さを認識しており,さらには,〔他 の島にも還元されている A島の出産事情〕から,他の 島からA島に出産にくる女性を受け入れる役割を担っ ていた。  また島民の生活環境には,【島民の性質】として〔生 活環境上に成り立っているネットワーク〕があり,「何 かしらの縁でつながっている」人間関係が存在してい た。育児に関しても「おじいちゃん,おばあちゃんが いれば,隣近所に子ども連れて行って一緒に遊ぶ」と いうような〔大切な家族の存在〕となる世代間交流が 見られている。 2.対象施設における産科外来の概要  主要情報提供者である助産師が所属する病院の産科 外来は,産婦人科の医師外来と助産科の助産師外来が ある。【現在の保健指導に至るまでの過程】には,〔島 で赤ちゃんが産めないことに対して助産師が憂う島の 将来〕への思いや,〔医師不在の影響を受ける女性への 不憫さ〕を感じながら〔助産師という立場の限界の受 け止め〕をした段階があった。その結果,〔充実したケ アの必要性の再確認〕をし,〔内容の統一のために新し く導入した院内の体制〕が以下のように運用されてい る。  島外出産をする女性の対象者基準は,主に初産婦, 分娩歴異常のある経産婦である。島内の施設で出産が 可能であるかについては,産科外来受診時に医師から 女性へ説明を行っている。助産師と妊婦の顔合わせは, 分娩予定日決定の受診のときに始まる。特有な本土出 産の適応になるのか否か,分娩施設や本土の宿泊施設 の説明,本土に移動するときの家族支援などについて 確認され,チェックリスト用紙に記録される。助産科 を立ち上げたことにより,妊娠24週以降の妊婦健診 は助産師が中心となり,妊娠28週、36週のときに医師 による妊婦健診が実施されている。そして妊娠36週 の医師による妊婦健診を島内での最後の診察とし,37 週には紹介状をもって本土の出産施設を受診すること になっている。本土の出産施設選びは緊急入院がない 限り,それぞれの女性が選択している。家族は島で生 活をしているため,本土生活は宿泊施設に一人で滞在 することになる。島で管理している宿泊施設を利用 すると,36週以降出産までの待機期間は全額助成され, また家族は減額利用できる。多くの女性は,出産後は 退院を待ってその足で帰島し,産後1か月健診は島内 の病院で受診をしている。

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3.助産師が行うケアの認識と実践 1 ) 【島外出産をする女性に対するケアの前提】 (1)〔島外出産をする女性の姿に対する助産師の認識〕 ①《本土生活を一人で過ごすことにより不安が増幅 すること》  島外出産をする女性が感じている本土の生活に抱く 心細さや,入院時期の判断に対する不安の強さを助産 師は受け止めていた。「…やっぱひとりだけん,ひと りだけんってよく言われるんかな。それが,まぁ陣痛 がきたりすればどこでもみんな一緒なんだけど,不安 プラスそんとき自分がひとりだっていう,(中略)一人 で病院に行かなきゃいけん,ホテルに一人でおらない けん,さみしさみたいなことはよく言われるかな。〔押 本さん〕」島外出産をする女性は,入院時期の判断に ついての不安だけではなくそのときに一人でいるとい う状況が,さらに不安を強くしていると助産師は捉え ていた。  また島外出産をする女性は,「本土に一人でいなきゃ いけない,部屋に一人でいなきゃいけないのは不安で す。何かあった時どうすればいいのかなとか。慣れた 表2 カテゴリー【島の医療】【島民の性質】【島の行政】【島内出産の現状】【交通機関】【現在の保健指導に至るまでの過程】のサブ カテゴリーとラベル 【カテゴリー】 〔サブカテゴリー〕 《ラベル》 島の医療 島内で提供する医療機能の現状 医師人材資源の少ない中でやりくりしている医療提供 離島間での医療連携 島民の性質 島に生活することで培ってきた 思考 「どうにかなるさ」の島民気質島民の島の医療に対する考え 生活環境上に成り立っているネ ットワーク 島民同士が何かしらの縁で繋がっている生活環境で出来上がっているネットワーク 助産師といえども顔のわれた存在 大切な家族の存在 出産時の女性を支える家族の存在 島の行政 島外出産制度の経験からの学び 島外出産をする女性に提供する本土の出産施設の情報 島外出産をする女性専用に改装された宿泊施設 島外出産をする女性のために検討された町の支援金 島外出産をする女性が有効利用できなかった本土の助産師による訪問事 業 島外出産制度の立ち上げ 島内出産の現状 連続性のあるケアができる女性 との関わり 助産師の助産師免許をかけた命がけの思い島内出産のメリット 制限のない家族との関わり 他の島にも還元されているA島 の出産事情 B島から出産にくる女性に関わるときの助産師の同質性 交通機関 海で隔てられた本土への道 本土へのアクセス手段 季節に左右される海路事情 現在の保健指導に 至るまでの過程 島で赤ちゃんが産めないことに対して助産師が憂う島の将来 産婦人科医不在決定という出来事に対する助産師の認識 医師不在の影響を受ける女性へ の不憫さ 産婦人科医不在の中で抱えた妊婦の安全への不安誰も知った人のいない本土へ出産に向かう女性の孤立 家族の中で出産の喜びを共有できない女性の不利益な点 島内にいる妊婦以外の女性への配慮不足に対する不安 助産師という立場の限界の受け 止め 島外出産を停止する事実を女性に伝えることを止められていた助産師の苦しい立場 島内出産停止時に期待された助産師職の活躍と時代背景によるあきらめ 充実したケアの必要性の再確認 島外出産開始以前の不十分な保健指導 島外出産開始直後の医師の診察の合間に行った保健指導を、島外出産を する女性がどのくらい理解できていたのかという心配 医師不在の状況で生じた指導充実への新たな目標 保健指導で感じる女性の健康管理への心がけの差 ケア内容の統一のために新しく 導入した体制 医師と助産師の信頼の下で妊婦の健康管理が行われる協働作業妊婦へのケアの統一を目指した助産師間の情報共有

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先生や助産師さんじゃなくなるし。〔島外出産をする 女性〕」と,一人でいなければならないことや何かあ った時の対処方法,慣れていない医療スタッフとの連 絡について戸惑いを感じていた。 ②《生活環境の変化により母子の身体に影響をもた らすこと》  助産師は,島外出産をする女性にとって本土で過ご す生活環境の変化は母子の身体に影響をもたらすと捉 えていた。具体例として,本土生活では惣菜を買って きたり,外食が多くなる食生活のため,栄養管理を困 難にさせる原因となると語られていた。また,本土生 活において栄養管理が困難になると,島内の医師も捉 えていた。栄養管理が困難となり入院管理をする女性 がいるのは事実であり,本土の助産師は以下のように 語った。「一人で暮らさなきゃいけないのは不安だと 思います。規定された入院よりはホテルとかにいたほ うが楽かなって思っていたけど,栄養コントロールが できないんです。体重が増えすぎているので聞くと不 安だったって返ってくるんです。〔露木さん〕」本土の 助産師は,栄養管理が困難となる一因には女性の不安 もあると推察をしていた。 ③《島内出産をする女性へのケアとは異なり困難で あるということ》  助産師は,島外出産をする女性へのケアは島内出産 をする女性へのケアと比較して,より困難さを感じて いた。困難さとは,妊娠経過に問題があった妊婦の本 土での妊娠,出産経過の心配や,本土に一人で滞在す る予定の女性に対して今後起こりえることを想定して, どこまで包括的に話すのかという判断の難しさであっ た。「……すごい体重が増えて栄養指導も受けた人が, 本土でお産されたんですけど,すごく私たちも心配し ていて,この子は子どももでっかくなるがお産はどう だろうかいって……。〔松島さん〕」助産師は,島外出 産をする女性が妊娠中に生じていた問題を,本土でど のように乗り切っていったのか,妊娠経過や分娩の状 況についての心配を抱いていた。島外出産を経験した 女性は,「本土出産はつらかったですよ。予定日より も過ぎちゃって,薬使いました。」と予測をしていなか った事への対処に動揺があったことを語った。助産師 が島外出産をする女性に対して,本土で待機中の女性 の生活を想定した上で,ケアを行うことに感じている 難しさがあった。「本土で待機している間に何が起き るかってことを,想定しながら話をしないといけない って思ったら,的を絞らずに話さないといけないので, 話がちりぢりになってしまって,そこをまとめてお話 しするのが,難しいなぁと思いますね。〔松島さん〕」 (2)〔島外出産を支えているシステムに対する助産師 の認識〕 ①《無事な出産に対する切なる願い》  助産師は,本土で無事に産んで帰ってくるよう,次 の子のときは島内での出産が可能であるようにと正常 な経過への願いを認識していた。「無事に何事もなく 産んでくれたら,初産婦さんだったりしたら,次がう ち(島内)で産めるし,う∼ん,やっぱその辺を思い ますね。頑張って,正常に,下から産んでくれればと 思って。〔木内さん〕」正常な経過をたどる出産となり 島に順調に帰ってこれるよう,生活指導への取り組み の大切さについて語られた。「……やっぱり無事に産 んでいただけるように,(中略)生活指導とかは,以前 よりは,みんな力を入れて,してますよ。〔斉藤さん〕」 ②《島外出産が当たり前になることへの懸念》  島外出産が一時的なものではなく,それが当たり 前になってしまう風潮に対する助産師の抵抗もある。 「……あーそれでもやっていけるんだ,みたいな風潮 になっていくことは避けたいですよね。(中略)(島外 出産が)当たり前じゃないってことはねぇ,言ってい かなくちゃいけないことなんじゃないかなって思いま すけど……。〔斉藤さん〕」助産師は,出産する場が確 保された点だけが世間に取りただされ,島外出産をす る女性のもつ本土へ渡ることによる身体的および精神 的な苦痛が消されてしまうことを懸念していた。 2 ) 【ケアの現状】 (1)〔本土で過ごす期間を視野に入れて行う産前のケア〕 ①《身体面に関するケア》  助産師は,妊娠確定と出産予定日決定時の保健指導 のときより,医師との連携を図りながら,女性が感じ る妊娠による体の変化の把握や,女性が日常生活で直 面している問題解決に向けた情報収集及び助言を行い, 島外出産をする女性が健康的な生活を営めるように支 援していた。また,島外出産をする女性が本土に渡っ てから実施できるような,分娩促進を目的とした散歩 や乳頭マッサージを指導していた。「……それこそ産む 方向に,なんか散歩だったり,ちょっとしたストレッ チだったり,おっぱいのマッサージとかガンガンにや ってね,ぐらいに,そしたら早く産んで(島に)帰っ てこれるからみたいなことはいいますね。〔木内さん〕」 ②《精神面に関するケア》  助産師は,島外出産をする女性がもつ出産に対する

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不安だけではなく,赤ちゃんを身ごもっていることの 喜びや出会える日を楽しみに待つことにも意識を向け ることを心がけていた。「……赤ちゃんが産まれるけ んって,その部分は楽しみでもあるじゃないですか (中略)やっと会える,やっと産まれた,かわいいけ んって……。〔竹内さん〕」また,島外出産をする女性 から一人になることが不安であることを告げられた時, 女性の顔を覗き込みながら,次のような声かけをした。 「一人になるとさびしくなって涙でてくるけん,一人 にならんと(なってはいけませんよ)。(中略)いろい ろな思いをもってみんな行くけど,帰ってきたときは, みんな元気な顔を見せてくれるから,頑張って。待っ てるから。〔松島さん〕」助産師は,島外出産をする女 性へ送る今後の見通しや気持ちの持ち方,一人ではな い,待っている存在がいることを伝えていた。  受け入れる本土側の出産施設で働く助産師は,入院 時期に関する指導には万全を期する姿勢を語ってくれ た。「初診時に,次はお産かもしれないという思いで 指導しています。〔露木さん〕」島外出産をする女性が 本土待機している情報は,産科病棟のスタッフとも共 有し,女性ができるだけ安全に安心できる環境で生活 できる整備をしていることがうかがえた。 ③《生活面に関するケア》  助産師は,本土出産施設先の確認と予約のタイミン グ,本土出産施設や宿泊施設の周辺の状況に関する説 明を行っていた。島が管理している本土の宿泊施設を 利用する場合は,その市内にある出産施設を選ぶこ とを助言していた。本土の出産施設と宿泊施設の立地 状況や交通事情について把握している女性は少なく, 「よくわからない。(島が管理している本土の宿泊施設 を利用する場合は)最初は施設の人が(病院へ)連れて ってくれるみたいですが,帰りは自分で帰ってこなき ゃいけないみたいです。〔島外出産をする女性〕」と話 した。島内の助産師は,本土の宿泊施設の立地条件や 出産施設の位置と交通について視察を実施したことは ないが,自分の経験の範囲で島外出産をする女性に助 言を行っていた。 (2)〔本土の出産状況と切り離された産後のケア〕 ①《地域に戻った女性への不確実な継続ケア》  本土で出産をすることにより,妊娠から産褥までの 連続性を絶たざるを得ない現状の中で,助産師には, 本土で出産した女性の島に帰ってきてからのケアが島 内出産をした女性のケアに比べ,充実していないとい う認識があった。助産師が,帰島した女性と関わる最 初の機会は,1か月健診予約のために電話連絡をもら うときであった。しかし,外来診察中に電話を取ると 島内の産科外来にも母乳相談や育児相談ができるとい う情報の伝達をするのが精一杯であった。「……よそ (島外)で産んだ人たちも,(中略)1回病院に来てもら ったほうがいいんじゃないかみたいな話もあったんで すよ。〔木内さん〕」島内出産をした女性は,産後2週 間健診を実施している。しかし,島外出産をした女性 には,本土から戻ってきたところで,再び病院まで足 を運んでもらうことが負担となるのではないかという 助産師の懸念もあり,女性の産後の経過を把握するこ とに差が生じていた。産後健診は小児科外来との連携 で行われるため,限られた受診時間であることや,受 診者の人数のばらつきから女性と話す時間が制限され る現状がある。しかしその中でも助産師たちは,小児 科受診に向かう女性に声をかけ,授乳についての確認 をして,数分でも声をかけて立ち話をして送り出して いた。助産師は,時間の制限された中でも女性に声を かけるように努め,小児科外来との連携を図りながら, 女性へのケアをやりくりしていた。 表3 カテゴリー【島外出産をする女性に対するケアの前提】【ケアの現状】のサブカテゴリーとラベル 【カテゴリー】 〔サブカテゴリー〕 《ラベル》 島外出産をする女性に対 するケアの前提 島外出産をする女性の姿に対する助産師の認識 本土生活を一人で過ごすことにより不安が増幅すること生活環境の変化により母子の身体に影響をもたらすこと 島内出産をする女性へのケアとは異なり困難であるということ 島外出産を支えているシステ ムに対する助産師の認識 無事な出産に対する切なる願い島外出産が当たり前になることへの懸念 ケアの現状 本土で過ごす期間を視野に入 れて行う産前のケア 身体面に関するケア精神面に関するケア 生活面に関するケア 本土の出産状況と切り離され た産後のケア 地域に戻った女性への不確実な継続ケア

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4.助産師が行うケアの認識と実践に関する各カテゴ リー,サブカテゴリー,ラベルの関連性  本研究より得られた助産師が行うケアの認識と実践 に関するデータの文脈に基づき,各カテゴリー,サブ カテゴリー,ラベルの関連性を検討した。島外出産 をする女性へのケアを実践する助産師には,【島外出 産をする女性に対するケアの前提】となる認識があっ た。それは〔島外出産をする女性の姿に対する助産師 の認識〕が積み重なってできたものである。助産師は 島外出産をする女性の姿から,《本土生活を一人で過 ごすことにより不安が増幅すること》や《生活環境の 変化により母子の身体に影響をもたらすこと》を認識 し,ケアをする上で《島内出産をする女性へのケアと は異なり困難であるということ》を認識していた。そ して,〔島外出産を支えているシステムに対する助産 師の認識〕では,次の子のときは島内で出産が可能で あるように《無事な出産に対する切なる願い》という 心の動きをもちながら,島の将来につながる女性の健 康維持への認識をもっていた。また同時に《島外出産 が当たり前になることへの懸念》をもっていた。  【ケアの現状】では,〔本土で過ごす期間を視野に入 れて行う産前のケア〕と〔本土の出産状況と切り離さ れた産後のケア〕という本土出産によって切り離され たケアが見出された。〔本土で過ごす期間を視野に入 れて行う産前のケア〕時には,《身体面に関するケア》, 《精神面に関するケア》,《生活面に関するケア》という 側面よりケアが提供されていた。しかしながら,出産 を終え,〔本土の出産状況と切り離された産後のケア〕 時には,《地域に戻った女性への不確実な継続ケア》を 感じており,本土で出産した女性が島に帰ってきてか らのケアが島内出産をした女性のケアに比べ,充実し ていないという認識があった。

Ⅷ.考   察

1.ひとりだけんに対するケア  助産師は,島外出産をする女性が本土生活を一人で 過ごすことにより,分娩に対する不安が増幅すると認 識していた。妊娠末期の妊婦は「気持ちも内省的にな り,自分の身体のこと,胎児のこと,身近に迫った分 娩のことに注意が集中するようになり,このような症 状は,分娩への不安や恐怖を増幅させることもある」 と新道・和田(1990)が報告している。  助産師が女性に関わる時期について,「抱いている 不安や要因,現在の問題点,今後起こりうる問題など について早い段階で把握し,継続的な関わりに生かす こと」が必要である(赤城・大野・清水,2005)と報告 されている。よって,妊娠初期より女性に助産師が関 わることは,島外出産をすることに対する受けとめ方, 今後の妊娠経過や出産,育児に対する思いを情報収集 することに有意義であり,その後の保健指導へと継続 できる利点があるといえる。島内の産科外来では,分 娩予定日の決定時より,特有な本土出産の適応になる のか否か,本土の分娩施設や宿泊施設,本土に移動す るときの家族支援の確認について,妊娠各期の保健指 導チェックリスト用紙に記載を始める。助産師の指導 内容を統一し,前回の指導内容をふまえた指導が実践 されていた。  助産師は,本土で正常な経過で女性が出産に臨める ように,健康的な生活が営める支援をし,出産へ向け て心身の準備を進めていく。島外出産をする時期まで 見据えた出産知識提供に加え,女性に あなたは一人 ではない という言葉として,本土の出産施設の助産 師の支援だけではなく,島内の助産師の見守る存在 があることを女性に伝えていた。妊婦は妊婦健診時に, 助産師のとった態度・行動から肯定的な感情を受け取 る要素があると鈴井(1998)は報告している。その要 素の中には,親身や母のような暖かさ,力づけられる などの要素があり,これらの要素から妊婦が受け取る ものは「包容」であると述べている。助産師の出産に 対する今後の見通し,気持ちの持ち方,一人ではない, 待っている存在がいることなどを含めた包容力のある ケアは,女性の出産への前向きな心構えや安心,勇気 につながっていくと考えられる。 2.異なる生活環境に対するケア  本土生活という生活環境の変化により,助産師は女 性の栄養管理が困難になりやすいと捉えていた。それ は,宿泊施設での一人暮らしによる自炊や手近にある 外食や既成総菜類の利用による,栄養バランスを保 ちにくい食生活などから推測していた。本土の助産師 が女性から聞いた 寂しさから食のコントロールがで きない という言葉に隠された思いに注意を払う必要 がある。疾患の一つとしての摂食障害ではないが,島 外出産をする女性の食事パターンとして栄養管理のコ ントロールの難しさが見出されている。摂食障害の原 因には,比較的最近起こった心的外傷体験やストレス として,欲求不満や孤独感を伴う体験が考えられると

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小林(2004)は報告している。今後の課題として,島 内の助産師の手が離れる島外出産をする女性にとって どのような栄養指導をしていくことが適しているのか, 食事が不規則となりやすい個々の食生活の状況と栄養 管理が困難であるときの深層心理をふまえた指導が必 要だと考えられる。  島内の助産師は,本土での女性の生活状況の見えな いことを見越して,どこまで島内の保健指導で伝えら れるのかというところが,難しいところであると認識 しており,また助産師は見越せても,女性がどこまで 自分に起こりうることをイメージできるかという点も 難しいところであると捉えていた。それは,島内出産 をする女性に保健指導を行うときは,妊娠から出産ま での経過を女性の体形の変化や赤ちゃんの成長を見な がら,適したときに適した助言ができるという経験や, 出産まで携わることができる経験からちがいを実感し ていることが推測される。しかし,島内の助産師が自 分自身の経験枠の中で,本土の生活環境について助言 することは限界があると考えられる。本土の出産施設 との交流を深めることで,本土の助産師とのどのよう なケアの連携が,順調な妊娠経過を支えていけるのか 明らかにする必要があるだろう。 3.島へ戻ってきた女性を受け止め、本土の助産師か ら引き継ぐケア  島外出産をした女性は,本土での出産を成し遂げて 島に戻ってくる。助産師は,産後1か月健診まで島外 出産をした女性の状況を把握できていないことを不安 と感じていた。しかし,産後1か月健診までは女性か らの発信がないと関わるきっかけのない状況である。  退院後1週間以内の女性のもつ不安の解決法には, 「母」に相談した者が最も多く,次いで「友人知人」や 「夫」への相談となっており,身近な人へ相談する傾 向がみられた(昆野・柳原・神林,2002)と報告されて いる。母親や夫は褥婦を支えていく重要な役割を果た しているといえる。島内の生活環境では,世代間交流 が活発であり,相談相手にはなにかしらの縁でつなが っている友人や知人が近くにいることが,フィールド ワーク中で見出された。よって,本土から帰ってきた 女性には,迎え入れてくれる家族や友人知人の存在が あると推測できる。しかし,退院後1週間以内の中で の不安の中では,「家族関係」が最も多い要因であるこ とも先行研究で取り挙げられており(昆野・柳原・神 林,2002),退院後1−2週間目の時期に,援助者があ るにもかかわらず専門家の助言を必要としている(川 島・浜野,1995)ことが報告されている。対象施設に おいては,島内出産をした女性に産後2週間健診を設 けており,母子の健康状態や母乳栄養の状況を確認し ているが,島外出産をした女性に対しては,本土から 帰ってきた労をねぎらい,病院に来院してもらう負担 を配慮し,産後2週間健診を実施していない。産後2 週目に悩みをもつ女性は,4週目にも同様の悩みをも っていること(高橋・川 ・渡邉,2003)が報告されて おり,産後1か月健診までの間に女性の悩みに対応す ることが可能であれば,女性のもつ問題を早期に解消 することができると推測できる。このことより,女性 の心身の回復期に生じる変化を相談できたり,育児行 動が適切であるかどうかを正してくれたりする専門職 の存在が身近に必要であると考える。そのためには助 産師による産後健診の時期の検討や保健師と連携を図 り,産後家庭訪問の時期を検討する等,どのように女 性を支援していくのか明らかにすることが課題であろ う。 4.島外出産をする女性への文化を考慮したケアにつ いて  文化を超えた看護の創始者Leiningerは,エスノグ ラフィーから民族看護学という独自の看護理論を発展 させた。彼女は「ケアは看護の本質であり,看護の中 心的・優先的・統合的焦点である」(1992/1995)こと を主張している。  島―本土間の生活環境を移動する母子が,妊娠期か ら育児期までできるだけ正常に経過し,その時期を安 全に安心して過ごせるように配慮することが重要であ る。本研究では,島外出産をする女性への文化を考慮 したケアの調整には,1. 分娩への不安や恐怖が増幅し やすい状況にあることを認識したケア,2. 本土生活と いう生活環境の変化に対応するケア,3. 地域に戻って きた褥婦に対して専門家の手の離れたところで育児が 開始されることを認識したケアの3点に配慮すること が重要であると見出された。助産師が行っている女性 のケアは,経験によって獲得され,日常生活で直面す る問題や状況に対処するための実践知となる。文化に 基づくケアの知識と技術は,女性にとって有意義な質 の高いケアの提供につながると考える。  助産師によるケアの認識と実践を知るために,エス ノグラフィー的アプローチを用い,島の生活環境や住 民,行政,医療という文脈から助産師による独特なケ

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アを描き出すことができた。よって,本研究の研究目 的と研究方法との間には,親和性があったと考える。 また,二次的情報提供者に離島内の関係者だけではな く,本土に居住する関係者を含めたことによってより データが豊かなものになったと考えている。

Ⅸ.研究の限界と今後の課題

 本研究は,A島という特定の地域という社会的状況 の文脈に密着した研究であることから,本研究結果を 他の集団にそのまま適用するには限界がある。今後さ まざまな特性をもった地域において研究を重ね,知見 を増やすことにより,看護実践への示唆を深め,女性 が産む力と育てる力を最大限に発揮できる環境を整え ていく必要があると考える。

Ⅹ.結   論

 本研究は,島外出産をする女性へのケアを助産師が どのように認識し,実践しているのかという研究の問 いを明らかにすることを目的とした。主要情報提供 者である島内の出産施設で働く助産師6名ならびに島 外出産に関与のある二次的情報提供者38名に対して, 参加観察やインタビューを実施した。研究の結果から 見えてきた文化を考慮したケアは,以下の3点が見出 された。  第1点は,分娩への不安や恐怖が増幅しやすい状況 にあることを認識したケアを提供する重要性である。 妊娠初期から女性に関わり,島外出産をすることに対 する受け止め方,今後の妊娠経過や出産,育児に対す る思いを把握し,その後の保健指導へと継続できるこ とが大切である。また,女性と赤ちゃんにとって新し い環境に慣れなければいけない状況にあるということ を,支援する側は理解しておく必要がある。  第2点は,本土生活という生活環境の変化に対応す るケアを提供する重要性である。先が見えないことを 予測して,幅をもたせて助言を与えるケアの提供の難 しさが示された。島外出産をする女性は,妊娠から出 産までの経過を女性の体形の変化や赤ちゃんの成長を 見ながら,適したときに適した助言ができることや, 出産まで携わることができる島内出産をする女性への 継続ケアとはちがう点がある。女性を見送る側と受け 入れる側の双方の助産師が協力し,女性が産む力,育 てる力を発揮できるよう,女性の心身の環境を整えら れるケアの提供と適切なケアへの変更を実施すること である。  第3点は,地域に戻ってきた褥婦に対して,専門家 の手の離れたところで育児が開始されることを認識し たケアを提供する重要性である。助産師による産後健 診の時期の検討や保健師と連携を図り,産後家庭訪問 の時期を検討する等,どのように女性を支援していく のか明らかにすることが課題であろう。 謝 辞  本研究にご理解とご協力をいただきました研究参加 者の皆さま,研究施設の皆さま,ご指導くださいまし た日本赤十字看護大学 教授平澤美恵子先生,同大学 准教授 谷津裕子先生に心より感謝申し上げます。  本研究は,日本赤十字看護大学大学院看護学研究科 修士課程に提出した修士論文に加筆および修正したも ので,その要旨は第35回日本看護研究学会(2009年8 月)において発表した。 文 献 赤城友季子,大野英理,清水操(2005).ペリネイタルケ ア新春増刊2005助産師外来で求められるスキル.江 角二三子編,実践から学ぶ助産師外来設営・運営ガイ ド所収(pp.34-45).大阪:メディカ出版. 加藤一郎,常角しのぶ,武田博士,長谷川明広,大田宣 弘,小沢卓(2007).全国離島における分娩施設の状況. 第46回全国自治体病院学会資料,頁数記載なし. 川島広江,浜野孝子(1995).退院後の褥婦の援助に関す る検討―産褥期家庭訪問を実施して−.日本看護学会 論文集母性看護,26,89-92. 小林美子(2004).摂食障害.吉沢豊予子,女性生涯看護 学―リプロダクティブヘルスとジェンダーの視点から −所収(初版)(pp.191-203).東京:真興交易(株)医書 出版部. 昆野裕香,柳原真知子,神林玲子,西脇美香(2002).退 院後1週間以内の褥婦の不安.母性衛生,43(2),348-356. 厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/ s1221-16.html[2008-02-07] Leininger, M.M. (1992)/稲岡文昭監訳(1995).レイニン ガ−看護論―文化ケアの多様性(初版).36-48,東京: 医学書院. Malinowski, B.K. (1922)/寺田和夫,増田義郎訳(1967). 西大西洋の遠洋航海者,泉靖一編,世界の名著59

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参照

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