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<エッセイ:関学英文の思い出>東山ゼミの三羽烏

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Academic year: 2021

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<エッセイ:関学英文の思い出>東山ゼミの三羽烏

著者

井上 久夫

雑誌名

英米文学

59

2

ページ

78-79

発行年

2015-03-15

URL

http://hdl.handle.net/10236/14584

(2)

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! !!! !! !!! !! !!! ! ! ! !!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!! !! ! !!! !! !!! !! !!! ! 1972年 4 月,関西学院大学文学部英文科の東山正芳ゼミで三名の男子学 生が出合った。川人 中(かわんど みつる),稲田信行(いなだ のぶゆ き),井上久夫(いのうえ ひさお)である。川人は香川県の観音寺,稲田 は岡山県の落合,井上は兵庫県の尼崎出身である。 川人は誠実,真面目,優秀を絵に描いたような学生で,履修登録した授業 にはすべて出席し,熱心に講義に耳を傾けていた。熱心に聴くだけではな く,講義内容を詳細にノートに取り,下宿に戻ってそれをまとめ,その後, 丁寧な文字で清書用ノートを作っていた。完璧なノートだった。 当時,西宮上ヶ原キャンパス正門前に,「講義ノート買います」と書いた 看板を立てている店がいくつかあり,優秀かつ真面目な学生の中には講義ノ ートを店に売って,かなりのお金を稼いでいた者もいたようである。店はそ のノートをコピーし,一冊某かの値段で一般の学生たちに販売していたので ある。どれくらいの数の学生がその恩恵を被ったのかは分からないが,定期 試験前になると大勢の学生が押し寄せていたことだけは確かである。川人の ノートの出来栄えはそれ以上だった。稲田と井上は一般学生が手にすること のできるノートよりもずっと見事なノートを直に見て感動したのである。こ の二人がその恩恵を受けたかどうか,その判断は皆さまにお任せするとし て,とにかく彼のノートはすばらしかった。 川人と稲田は学生寮に入っていたのではなく下宿をしていた。下宿屋とい うことばの響きが懐かしく感じられる昨今であるが,当時は,学生の多くが 下宿屋の住人であった。今では,下宿屋の多くがワンルーム・マンションに 変わってしまったようである。稲田と井上はときどき,飲み物持参で川人の

東山ゼミの三羽烏

井 上 久 夫 (1973 年度 B, 1977 年度 M) """""""""""""""""""""""""""""""""" 78

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下宿を訪ねた。六畳一間の部屋に三人が座って,教育,スポーツ,音楽につ いて語り合った。時にはクラブ活動のことも話題になった。稲田はウエイト リフティング部,井上はグリークラブに入っていたので,二人の話しを川人 が聞かされることも多々あった。彼は高校時代にテニスでインターハイに出 場したほどの実力を持っていたのに,大学ではテニスクラブには所属しなか った。学びや研究に時間を割きたかったからに違いない。 いつの頃からか,川人,稲田,井上は,「東山ゼミの三羽烏」と呼ばれる ようになっていた。その言葉の本来の意味ではなく,三人の仲がいいという 意味合いで,そう呼ばれたのだろう。気が合い,理屈抜きに仲が良かった。 一緒に旅もした。川人のふるさと観音寺,稲田のふるさと落合,井上の母方 のふるさと隠岐の島への旅の思い出は,今も鮮明に残っている。三人には英 語教師になるという共通の目的があったことも,そう呼ばれる一因であった かもしれない。三人の共通の目的は叶えられることになった。川人はふるさ とへ帰り,稲田は当地で,井上は地元でそれぞれ英語教師となった。 稲田と井上は近距離に住むことになったので,互いの家に行くこともあ り,近況は分かっていた。川人は離れたところに住んでいたが,手紙や電話 を通して,また,出張で当地へ来たときの会食を通して,互いの近況を語り 合った。三人は,それぞれ自分たちの新たな夢に向かって歩んでいた。その ような時期に,川人は天に召された。 関西学院大学文学部英文科での 4 年間に思いを馳せるとき,その思い出 の多くが,東山正芳ゼミで出会った二人の友との下宿での語らいや旅の場面 であることに気づかされる。そして,天に召された川人 中のことを考える とき,彼の誠実さを思い出す。小生は彼に対して必ずしも誠実ではなかった けれども,彼は小生に対して常に誠実だった。 川人は,この世での歩みを終えて天に召されたとき,神様から「よくやっ た。良い忠実なしもべ。」と賞賛のことばを頂いたに違いない。自分に与え られたタラントを何倍にも増やし,“Mastery for Service”に生きたからで ある。

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参照

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