ハ
ー
マ
ン
・メ
ル
ヴ
ィ
ル の
ポ
エジ ー
一
「人 間
の
終局
の
知
」を め
ぐ
って
一
山田省 吾
神戸市看護大 学
要 旨
「迫 り来る嵐 」の最 終 行 「人 間の終 局の知 」は,
『戦 闘詩 篇と戦 争の相 貌 」のな かでも最 も重 要なフ レー
ズのうちのひ とつ で,
そ こ に メル ヴィ ル の ポエ ジー
が収斂
して表れて いる。
本 論で は,
シ= イ クス ピアの 『ハ ム レ ッ ト」や 聖書
,
そ れ に メル ヴィ ルの 他のテ クス ト とも比較
照合
し,
多 角 的な見 地か ら こ の詩行
の解釈
を 試み る。
メ ルヴィル の選 詩 集の編 者で も あるマ ッ シ
ー
センや ウォ レンな どは,
こ の 「人間
の終 局の知」を,
「善
と悪」が 混 在 した 「生 の双面
の イメー
ジ」,
「心 」,
「世
界 」として捉 え,
いず れ も似た ような解 釈 を して い る。
本論
は,
それ を 否定 するもの で は な い が,
そ れ に と どま らず,
「
有
る か,
有
らぬ か,
それが疑問
だ」に よく窺
わ れ るように,ハ
ムレ ッ ト=
ス トレン ジ ャー
を創 出
し た 「シェ
イ クス ピア の核
心 」にある はず
の,
また,
メルヴィ ルにとっ
て も最大
の関 心事
でもある,
西欧
が近代
に なっ
て直面
せざるを えな くなっ た絶 対 者の有 / 無の次 元の問 題 と して捉 える。
議 論の過 程では,
聖 書で言 及される絶 対 者の 「顔 」とメ ル ヴィ ル の作 品に構 造 的なモ チー
フと して表 れる 「顔 」 や 「沈 黙 」と を対
照さ せ,
こ の互いに相 容
れ ぬ絶対 者
の有/ 無
とい う問題 提起
に,
メ ル ヴィ ル にとっ ては創作上
の モ ッ トー
でも あった,
芸術
と して昇華
されるべ き対極 性
の融合
を 見る。 そ して,
また,根源者
の問
題 と実際的
なキリス ト教的善
意 とのあいだに矛
盾 を 抱 え なが ら も,
この世の生 を生 き る愛 お しい人間
の典 型 と して詠 わ れ た 「墓碑
銘 」の寡 婦の 「顔 」に向 け られ る詩 人のま な ざ しに注 目し,
そ れ が,
小 品と はいえ,
「人 間の終 局の知 」を芸 術 表 現にまで高め え た詩 人メ ルヴィル のひ とっ の達 成と して評 価す る。 キー
ワー
ド:顔
, 知, 沈 黙, ポエ ジ・
一,
生1
.
序
ハ
ー
マ ン・
メ ルヴ ィ ル(
1819−91
)
は,
文 学 者 と し
て の後半生
を詩
に賭
し た。 ヨー
ロ ッパ,
オ iJエ ン トの旅 (
1856
−
57
)
から帰 国
した後
,
小
説
はも う書
かぬ と周 囲
の者
た ち に公
言
し,
そ のも
う一
方
で,
メルヴィ ルは
,
ひ そか
に詩
の創 作
に没 頭 した
。 そし
て,1860
年
の こと
,
詩
集
上
梓
の試
み に一
度
は失
敗
す る もの の,
1866
年
には,
r
戦 闘 詩 篇
と戦 争
の相 貌 』
で詩 人
とし
て再 出
発
を
果
た し,
その後
も
,『
ク ラ レルー
聖地
に おけ
る詩
と巡礼
』 (
1876
)
,
『
ジョ ン・
マー
とそ の他
の水 夫
た ち,
それ
に海
の詩数篇
』
(
1888)
,
『
テ ィ モ レオン,
そ の他
』
(
189D
と
,
小 部 数
な がら生 涯
に 四冊
の詩 集 を公
にし
だ。
未 発
表
の ま ま残
さ れ た詩
の草 稿
も数多
く あ る が,
そ れら も含
めて,
メ ル ヴィル の詩 は
,
ハー
シ ャル。
パー
カー
も
強
調 す
る よ う に,
売
れぬ作 家
が余技
と して書
い た もの が後 世
に残
っ た とい っ た体
のも
の で は ない(
Parker
,
1997
,260−
75)
。 これ
ら は,
小説
に優
る とも
劣
ら
ぬ創 作
へ の意 欲
と詩 魂
にあ
ふれ
てい る。も ち
ろ ん,
それ ま で に もの し ていた小 説
に あっ て も,
作
品中
に詩
行
が ちり
ば め ら れて いたり詩
や詩 人
へ の言 及
が な さ れ てい た り し て,
早 くか ら詩 人
の資
質 を窺 わ
せ るも
のが
あっ たの は確
か なことであ る。 ま た,
詩
人
へ と変 貌
をと げ た
こと
は紛 れ も
ない事 実
ではあ
る が,
『
戦 闘 詩 篇 』
や
「
ジ ョ ン・
マー
』
, そ れ に遺 稿
「
ビ リー ・
バ ッ ド」
な どに見 られ
る よう
に,
「
散
文
と詩
の融合
」
を目
指
し てい た と いっ た側面
も
なく
は ない(
Melville
・
Robillard
,
2000,26
)
。
メルヴ
ィ ル自身
,
散 文
であ れ 詩
であ れ
,
す ぐ れ た書
き手
を 「詩 人 」
と み なす
こ とも あ れ ば
(
Melville
,1850,
249)
,
若
い ころ
に匿 名
で一
冊
詩集
を出
して い た とす
る説
さ えあ
る(
Howes
,
2001 )
。 これ
ら
の ことを
勘案
す
れ ば,
メ ル ヴィ ル は その本性
,
詩人
であ
っ たと
いっ ても
よい のかも しれ
ないが
, その メ ルヴ
ィルが 残 した詩
の業 績
の数
々は
,
類 まれ
な資 質
の表
れ と して評
価
しす ぎ
ても
しす ぎ るこ と は ない よ うに思
わ れ る
。 ハー
マ ン・
メ ルヴィル の詩
の検
討
については,
筆者
はこれ までに何度
か試
みて き た が,本稿
では,
論
じっく
せ な かっ た感
の残
る,
『
戦 闘
詩 篇
と戦争
の相貌
』
所 収
の「
迫 り
来
る嵐
」
の最 終行
,
「人
間
の終
局
の知 」
(
Man
’sfhlal
lore
)
につ い て再 検 討 を試
み たい。 この三 語
一
行
に,
メル ヴィ ルの ポエ ジー
が凝 縮
し て表
れて い る よう
に思
わ れ る か らであ る2。12
神 戸 市 看 護大 学 紀 要Vol
,
10
,
2006
2
.
「
顔 」
の モ チー
フ『
戦 闘 詩 篇
と戦 争
の相 貌
」 は,
ア メ リカ合
州
国
とい う一
国
の市
民
戦争 (
南
北
戦
争
)
に取
材
し た叙
事詩
であ
るが
,
単
に それ だ
け にと
ど ま らず
,文 明史
的
な広
が り と価 値
を備
え た端 倪
すべ か ら ざ る作 品
であ る。 その根
底
には
,
重 要
なモ チー
フと し
て「
顔 」 と 「
父
殺
し」 が
あ るこ れ は
,
詩集 劈頭
に一
篇独 立
してお か れ た「
予 兆
一
(
1859
)
」にお
い て,
処 刑
さ れた急 進 的 奴 隷 解
放 論者
ジ ョ ン・
ブ
ラ ウンの覆
わ れ た「
顔
」
のイ メー
ジ に よっ て早 く も黙 示 さ れ
,
“
Father
Abraham
”
と呼 び
親
し ま れて いた リンカー
ン大 統
領
が暗殺
さ れ た直後
の,
人
心
の動
揺
や 不穏
な空気 を
バ ラ ッ ド調
に詠 う 「
殉 教 者
一
1865 年 4 月 15
日の国民
の受難
を示す
もの」
に おい て は,
「
顔
に は父
」
の フ レー
ズのも
と,
「
父 殺
し」
の主
題
が
クロー
ス・
アップ
され
る。加
え て,
詩 集
主
要部
の最
後
に お か れ た総 括 的
な詩 「
ア メリ
カ」
にお
い ては
,
ひ とり
の寡 婦 (
父
の いない子
ら に とっ て は母 )
と し て擬
人化
さ れ たアメ リ カの「
顔
」
に再生
のイメー
ジ が象
徴
的
に仮 託
され
,
主 要 部 全
体
が男 女
の双
面
を も
っ ひと
っ の大 き
な集
合体
と して く く ら れ る。 こ の結
びにお け る男
に とっ ては異 貌
とも
いう
べき女
の「
顔 」
へ の衝 撃 的
な反 転
は,『
テ ィ モ レオン』
所 収
の詩
「
芸 術
」
の冒頭
一
行
,
「
な ん と相似
ぬも
のが出会
い相
方
と なる こと か 」を も想 起
さ せ, メルヴ
ィル の創作
の拠
っ て立
つ根 源的
双 面 性
にも通 底 す
る,
詩 集 全 体
の構 造 上
の スケー
ル に見 合 う
ほど
の ポエ ジー
を感
得
す
ること が
でき
る。 そし
て, あ ら か じ め結論
を先
取 り
して いえ ば、
そのポエ ジー
を下 支
えし
て い るのが,「
人 間
の終局
の知
」
で あ る と い っ て よい。『
戦闘 詩篇
と戦争
の相貌
』
は,
先
にも述
べた とお り
,
歴
史
上
,産
業革命後
の アメ リ カ合州 国
に起
こっ
た一
国
の市 民 戦 争
を叙 事
と して詠
っ た ものだ が,
西 欧
が伝 統 し
てき た 「知 」 が近
代
にな
っ てた ち
いたっ て し まっ た そのあ り
ようを
,
二っ の「
顔 」
という対 極
的
な射程
の うち
に収
め, そ れ を深
く抉
っ て見
せて いる点
で,
人類 史的
,
文
明
史的
な価 値
をも
っ て い るとい っ ても過 言
で は ないだ
ろう
。こ の 「
顔 」
の モチー
フ は,
第
二詩 集 『
ク ラ レ ル』
(
ク ラレ ル の独 白
は「
他
の顔
」
で始
ま る)
以
降
も
引
き
継
が れて いく
ことにな るが,
詩 作 上
,
こ の「
顔 」
によっ て, メ ルヴ
ィ ル が まっ たく
の別人
に なっ た とい う わけ
で は ない。事 情
は そ の逆
で,
も うす
で に何
度
も
試
みら
れ
て いた小 説
の骨 法 を
,
詩
にお
いても
ま た踏 襲
し てい るの であ る。換言 す
れ ば,
それほど まで に,
メル ヴィ ル は「顔 」
のモチー
フにと り憑 か れ
,
か
っま た
それ
に駆
ら れ る よ う に して,
そ れ を 己の魂
の奥底
深
く執拗
に追
い求
め,
詩 的 表 現
にま
で高
めて いっ た。
天 使
との組
み打
ち
で,腰
のっ がいが はず
れ て し まっ て ま でも
格 闘
しっづ け勝 利
を収
あ た旧約
の ヤコ ブ を真
の芸 術 家
に擬
した
よう
に(
「
芸 術
」)
,
メルヴ
ィ ル の「
顔 」
と
の格 闘
は命
がけ
だ っ たの であ
る。小 説
の読
者
なら
ば,
『白
鯨
』
や『
ピエー
ル』,
『信
用詐 欺 師
』 とい っ た作 品
に,
そ れ を指 摘
す
ること は さ ほ ど難
しい ことで は ないだ ろ う。「
捉 え え
ぬ生
の幻 」 を
表徴
す
る ナル シスの「
顔 」
のイ メー
ジや,
船
長
エ イハ ブ が挑
み か か る白鯨
の「
仮面
」
,
それ
に,
尾
は捉 え られ
ても捉 え
ること
のか な わ
ぬ ク ジ ラの「
顔
」
な ど が そ れで あ る。「
自然
」
の「
顔
」
が見
え隠 れ す
る異 様
な光 景
に始 ま り
,
正 体 定
か なら
ぬ女
の「
顔
」 が
出現
し
,
水
の「
面
」 を
覆
う 「
沈黙
」 を
真
ん中
に挟
んで,
隔 絶 し
た「
顔
それ 自体 」 や 「
ス ト レンジャー
」
と題
さ れ た肖像 画
の「
顔
」 と遭 遇 す
る にいた る ま で,
青
年
ピエー
ル の身 心
に突
き入 り彼
を翻 弄
してや ま
ぬ さ まざ
ま な「
顔
」
が ま た そ う であ
る。 ミ シ シッ ピ河
を
下
る蒸 気船
「
信仰 (
フ ィ デー
ル)
』 号 上
を舞 台
に,
聾
唖
の「
ス ト レ ンジャー
」 と し
て登 場 した 信 用 詐 欺 師 が
,
手始
めに「
善意 (
チ ャ 1丿
テ ィー
)
は悪
を思
わず 」
な ど と石 板
に引
っ書
い て は衆 目 を集
め,
そ の後 も あ ら
ゆる手
口で人 心
を手
玉
に とっ て は た ぶ ら か しつ づ け る「
仮
面 劇 」 も ま
た しかり
であ
る。
生 涯 を 通 じ
て メルヴ
ィ ル の創作
の モ チー
フと もな
っ た「
顔 」
の根 底
には
,
いう ま
でも
なく
,
ユダ
ヤ・
キリ
ス ト教
の絶対者
の「
顔
」
が あ る。出
エ ジプ ト記
や申命
記
な ど,
いわ ゆ
るモー
セ五
書
に時折
り覗 け
る人格神
の「
顔
」
であ
る。「
主
は言
われ
た,『
わ たし
はわ
たし
のも
ろ もろ の善
を あ な たの前
に通
らせ,
主の名
を あ な たの前
にの べ るであ
ろう
。…
しか し
,
あ な
た はわ た し
の顔
を見 る
こと は
できな
い。わ た しを見
てな お 生 き
て いる
人
は ないか らであ る。…
あ な た は わ た しの後
ろ を見
る が,
わ
た しの顔
は見
ない であ
ろう
。
』
」 (出
エ ジ プ ト記
33
:19
−
23)
や,「
モー
セ は彼
ら と語
り
終
え た とき
,顔
お おいを顔
に当
てた。
し か し,
モー
セ は主
の前
に行
っ て主
と語
る時
は,
出
る まで顔
お おいを
取
り除
いていた。…
イス ラエ ル の人
々 はモー
セ の顔 を見 る
と,
モー
セ の顔
の皮
が光
を放
っ てい た。 モー
セは行
っ て主
と語
る まで,ま
た顔
お おいを顔
に当
て た。
」 (
出
エ ジプ ト記
34
:33
−
35)
,
「
こ う し て主
の しも
ベ モー
セ は主
の言葉
の と お り にモア ブの
地
で死
ん だ。…
モー
セは主
が顔
を合 わ
せて知 ら
れ た者
であ
っ た。」
(
申命
記
34
:5
−
10)
な どrlli
そ れであ
る。 ち な みに,
先
ほ ど触
れ た芸術家
の理想
像
と して メル ヴィ ルが拠
っ て立
っ ヤ コ ブ(
のち
のイス ラエル) も 「
顔 」
と直面す
る が,
こち ら は,
「
わ た し は顔
と顔
を あ わ せ て神 を見
たが,
なお 生 き
て い る」 (
創 世 記
32
:30
)
と さ れ て い る。 ま た, ヤコブ
に は名 乗
り
を あげ
る こ と は し な か っ た が,
最 初
に言 及
され
た「
主
の名 」
と は,
「
わ たし
は有
っ て有
るも
の」
(
IAMTHATIAM
)
,
「
私 は有 る」 (
IAM
)
で,
「
これ は 永 遠
にわ
たし
の名
,
これ は世
々 のわ た しの呼
び名
であ る。」
(出
エ ジプ ト記
3
:14
−
15)
と して伝
えられ
て い る。
こ の神
,
別
名
,
「
ね た み」 と も
い い,「あ
な た は他
の神
を
拝
ん で はな らな
い。」 (出
エ ジプ ト記
34
:14
)
に明
ら か な よ うに,
唯
一
絶 対
の神 を 標 榜 し
ていること
はいうま
でもな
い。
シナ イ山
の岩 場
に立
っ て主
の 「顔
」
と対
面
し,
神
の右
の手
指
で刻
ま れ た石板
であ
ろ うが,神
の声 を
聞
い て モー
セ が書
き取
っ た石板
で あ ろ う が,
十 戒
とい う法
を授
かった
モー
セ の「
顔 」 と
,
『
戦
闘
詩
篇
と戦 争
の相 貌 』
の主
要部
最
後
にお か れ た,
「
額
」
に「
法
」
を戴
い て巌頭
に立
っ「
ア メリ
カ」
の「
顔 」
とを
一
対
に して捉
え,
これ
に,
「
殉 教者
」
の な か の「
顔
に は父
」
と「
父殺
し」
と を重
ね,
さら
に劈 頭
にお か れ た19
世 紀 半
ばの黙 示 者
ヨハネ と も
いう
べき
ジョ ン・
ブ
ラウン の隠
さ れ た 「
顔
」
を重
ねてみ
る ならば
,
その生 / 死
,
有 / 無
の象 徴 性
は いっ きょに増 大
し,
見 過
ごす
ことのでき
ぬも
の と な る だ ろう
。
先
に,
文
明
史的
な広
がり
,
価
値
をも
っ てい ると
いっ た所
以
であ
る。3
,
「人 間
の
終 局
の
知
」
「顔
に は父
」を も
っ て「
父 殺
し」の不 穏
な空 気 を 奏
で る 「殉 教
者
」
を意 識
しっ っ,
その直後
に配
さ れ た「
迫 り
来
る嵐
」
の最終 行
,「
人 間
の終局
の知
」
に的
を
絞
り込
んで検 討
を加
えて みる ことに し よう
。 まず
,
標 題
も
含
め
て詩 全
体
を
掲
げ
る。”
The
Co
吻加9
Stornt
!’
・
4PictUre
の
&R
,
Gifford
,
and owned 〜≒
γE
,
8
.
Jnc
〜uded 加 the 八し4
.
E
漁’う’ガ’on,
4
ρ既
1865
.
ALL
feeling
hearts
mustfeel
for
him
Who
felt
this
picture
.
Presage
dim一
ハ
ー
マ ン・
メ ルヴィル の ポエ ジー
13
Dim
inklings
from
the shadowy sphere
Fixed
him
andfascinated
here
.
Ademon −
cloudlike
the
mountain oneBurst
on a spirit as mndAs
this
urnedlake
,
thehome
of shade’
s.
But
Shakespeare
’
spensive
childNever
the
lines
had
lightly
scanned,
Steeped
in
fable
,
steepedin
fate
;The
Hamlet
in
his
heart
was ,ware,
Such
heart
can antedate,
No
u虻er surprise can come tohim
Who
reachesShakespeare
,s core;That
which we seek and shunis
there
−
M
跏 口sfinallore
.
こ の
詩
は,
副 題
から も窺
え る よう
に,
ハ ドソ ン。
リ
ヴァー
派
の画家
サンフ ォー
ド・
R
.
・
ギ
フ ォー
ド の風 景
画 『迫 り
来
る嵐
』
(
AComing
Storm)
に触発
さ れて書
か れ たも
のであ
る(
Avery
,148−156
)
こ の絵
の所 有
者
E
.
B
,
ことエ ド ウ ィ ン・
ブー
ス は,
当代
きっ て の シ ェ イ クス ピア劇 俳 優
で,
二 =・一
ヨー
ク でハ ム レッ トを 演
じて当
たり
を とっ
て いた。 そ して, その弟
ジョ ン・
ブー
ス こそ,
ワ シン トンD .
C .
で観 劇 中
の リン カー
ン大 統 領
の背後
に忍
び寄
り
,
ピス トルを
発
砲
し て大統領
を
暗殺
した張
本
人
であ
る。
詩
を一
読
して明
らか なこ と は, こ の絵
に感
じ入 ること
のでき
る者
,
エ ド ウィ ン・
ブー
ス のよう
にハ ム レッ トの心
をも
っ者
は,
死
の影
を帯
び た湖 (
骨壷)
の向
こ う,
ダ
イ モンの気 配
おび
た だ しい山
上
に魔 雲
の よう
に兆
し は じ め た幽
か な暗示
に気
づき
,
そ れ が何
であ
るのか を見 越 す
ことが
でき
ると
いう
こと だ
。
その ことは
,
「シェ イク ス ピ ア の核
心」
に触
れ る者
で あ れ ば,
な んら驚 く
べき
こと
で はな く
,
そこに は捜 し求
めてお き
な がら忌 避 す
る「
人 間
の終 局
の知
」
が あ る,
ということ であ
る。
こ の
「
迫
り
来
る嵐
」
を,
お そ らく
メルヴ
ィ ル の詩
の最高傑作
だ と
し たのは, メルヴ
ィル の「選 詩 集 』 を編
ん だことも
あ るEO
.
マ・
y
シー
セ ンで,
この最 終
4 行 1
連 を と らえ
,
「悲 劇
の価 値
の最 も深 遠 な 認 識
のう ち
の ひ とつ」
(
Melville
−
Matthiessen
,1944
,7)
と して称
え14
神
戸市看
護大学紀要
Vol
,
10
,2006
て い る。 ま た,
そ れ より先
,
『ア メ リ カ ン。
ル ネッ サ ン ス』
におい ても
こ の詩 行
に触 れ
,
善
と悪 は別
々 のも
の と して存在 す
るの で は な く,「
生
の双 面
の イ メー
ジ」
(
Matthiessen
,
1941
,512−
13)
と して同
一
の地
平
で捉
え るべき も
のだ
と洞察
し ている。 ま た,
メル ヴィル のも
う
一
冊
の『選 詩 集 』
の編 者
ロ バー
ト・
ペ ン・
ウォ レン も,
「
人
間
の心
は,
ハ ム レッ トの心
やハ ム レ ッ トが発
見
し た世 界
の よう
に,
善
と悪
が悲 劇 的
なま
で に分
か ち が たく
混
じ り
合
っ て い る」
(
Melville
−
Warren
,1967
,373
)
と して似
た よう
な注 解
を施
して いる、
これ ら両
者
に共 通 し
てい る の は,
人
間
の心
のなか
に は,
あ
るいは世 界
には,
善
と悪
が分
かち
が たく
,
あ
いま
い なま ま
混然
と し て存
在
して い て,
その双面
性
に悲
劇
の本質
を
みて と ること ができ
る,
そのよう
な認
識
こそ「人 間
の終局
の知
」であ る とす
る解釈
であ
る。 メル ヴィルも
,「
補
遺 」
の最
後
で,
こ の南 北 戦争
を「
我
らの時代
の途
轍 も な
い歴 史 悲
劇」 (
Melville
−Robillard
,
2000
,187
) と
捉
えてい 。 だ が,
は た して,
「
人間
の終
局
の知
」
とい う悲 劇
は,
こ の よ う にも善 悪
の次 元
の問 題
に と ど ま る のだ ろ う か。メル ヴィ ル とシェ イ クス ピァ とい
う
ことで いえ ば,
「
ホー
ソー
ンと その苔
」
の なか
の有名
な くだ
りが 想
い起
こされ
る。心
の な かの深 部
に ひそ む直 観 的
な真 理
,
その
「
現 実
の ま さ に根 軸
」
(
the very axis of reality)
を瞬 時
に して探 針 す
る天
才
こ そ シェ イクス ピアをシェ イ クス ピア た ら し め てい るのだ と し
たメ ルヴ
ィル の卓
見
であ る。 そ して,
悲 劇
の主人 公
た ちに触
れて メル ヴィ ル は,
こ の よ う に その急 所 を 突
いている。「あ ま り
にも恐
ろ しい真
実
であ りす ぎ
て,
善良
な人
間
なら
ば誰
しも
口にし
た り, あ るい は, ほ のめかし
た りす
ること
さ え狂
気
の沙 汰
と し か感
じ ら れ ないよ う な こと を,
シェ イ クス ピ ア は,
ハ ム レ ッ トや タ イモ ン, リア, イア ゴー
とい っ た暗
い人 物
た ちの 口をつ う じて巧 妙
に い い,
時
に はま た 暗 示 し
ても
いるの であ
る。
」 (
Melville
,
1850
,
243)
と いう
のも
,
虚 偽
に満
ち たこ の世
にあ
っ ては
,
真実
はほ ん のチラ ッと
巧妙
に その姿
を 垣
間見
せ るだ
け で,
森
の な かのお び え た白
い雌鹿
のよ うに瞬
く間
に跳
び
去
っ てしま
う か らだ
。 こ の よう
な「
真実
を
語
る偉大
な芸 術 」
の巨 匠
シェ イク ス ピ ア に匹敵 す
る国 民 作 家
とし
て,
メルヴ
ィ ル は,
ホー
ソー
ンを 激
賞
し
,
「
輝
か し
い鍍 金 」
の背 後
にあ
る「闇
の暗 黒 」
を,
ホー
ソー
ン の本 質
と見
抜
いたのだ
っ た。 おそ らく
,上
掲
の 二人
の批
評
家
もこれを
意 識
して の解 釈
にち がい ない。し か し
,
『ハ ム レ ッ ト』 の主
題 は,
善 と 悪 と が分
か ち が たくあ
る という認 識
で は た して終
っ た だ ろう
か。もち
ろ ん, そ う し た存 在
のあ
り よ うを
指摘
す
ること は重要
なことで,
それ を否定
し よう
という
の で は ない。 こ の よ う な事
態 を 認
あ ることす ら
,
「も
ろも
ろの善 」
を 行 う
ユダ
ヤ・
キリ
ス ト教
の神
の存 立
基
盤
をも
脅
かす
異 端
審問
もの の解 釈
かも
しれず (
中 世
のみ ならず
20
世
紀
におい ても
マ ッ カー
シズム旋
風
な るも
のが あっ た し,正
義漢
ジョー
ジ・
ブッ シュ の 口説
と
そ の行為
に現
代
と いう時 代 も色
を失
っ た ば かり
で は ないか)
,
こ う し た指 摘 を す
る こ と自体
, キ リス ト教
社
会
に身 を お く者
に とっ て は途 方 も
ない こと だ という
こと は想 像
に難
く
な い。
しか し,
そ れ は そ れで認
め た うえで,
なお
,
こ の問題
の急 所
を突
こう
とす
れば
, そ れ より
も む し ろ,『
ハ ム レ ッ ト』
は,
「見
かけ」
と「存 在
」 を めぐ
る狂 詩
劇
,
そ れにた ぶ ら か さ れ る人
間
の悲
劇
とい っ た ほ う がよ く
はな
いだ
ろうか
そ し
て,
その「存 在 」 そ
のも
のす ら も
が疑
わ しく
思
えて き た とい うのが, ハ ム レ ッ ト狂 乱
の真
の原 因
で はないか。
父
の死
に疑
いを抱
く
子
ハ ム レッ トは,
母
に「
す
べ て生
あ るも
の は死
に, こ の世
の自然
からあ
の世
の永 遠
へ と旅 立
た ね ば な ら ぬ一
そ んな
当
た り前
の こと
,
そな た
にもわ か
っ て いるで はな
いか」
と難 詰
され
て,
以 下
の よう
に反 論
して いる(
1
,
ii
.
72
−
76)
oHam .
Ay ,
madam,
it
is
common,
9ueen
.
If
it
be
,
Why
seemsit
soparticular
withthee
?Ham
.
Seems,
madam ?Nay
,it
is
.
I
know
not’
seems’
.
こ の “seem
/be
” に翻弄
さ れ た挙 句
の果
て に,
「当
た り
前」
であ
る はず
の“
be
”
そ
のも
の の正 体 も怪 し く
な り,
や がてハ ム レッ ト は,
“
To
be
, or not to
be
, that{sthe
question
.
”
(
III
.
i.
56
)
という科 白 を 吐 く
に いたったの で は ないか
(
こ の と き相手
のオ フィー
リアが手
にし
て いた本
と
は何
か ?
)
。もち
ろん, こ こ で問 わ れ
て い るの は,一
己
の人 間
の“
be
”
だけ
では ない。「
時代
の関節
が はず れ
てしま
った 」 (
1.
v.
196
)
こ の世
にあ
っ て,
ま た,
「甘 美
な祈 り
』
(
宗教)
」
が単
な る「
言葉
の寄
せ集 め
」
(
III
.
iv
.
40
−
51
)
に成 り下 が
っ てし ま
った
こ の時 代
にあ
っ て,
こ こ で問
わ れて いるのは,
先
に見
た“
IAMTHATIAM
”
という
名 前
をも
っ と さ れて き た根源 者
の “BE
” そのも
の で は ない か。 ハ ム レッ トの 口 をつ い て
出
た 「言葉
,
言 葉
,
言 葉 」 (
ILii
,
192)
(
こ のと きハ ム レ ッ トが手
にして いた本
と は何
か ?) も
,
いまわ
の際
の「あ と
は沈
黙 」
(
v
,
ii
,
363)
とい う科 白
も
, ユダ
ヤ ・ キリ ス ト神話
の伝
承
して き た「
知
」
(
10re
であ り
,
owledge で はな
い)
の大 元
にあ
る,
その根
源
者
の ロ ゴス に対 す
る反 措 定
の言
葉
とし
て響 き は し
ないか
。
善 良
な る人 間
の仮 面 を
か なぐ
り捨
てた狂 人
ハ ム レッ トの口 をっう
じ,
ま た本
(
聖
書
を暗
示 )
という小 道 具
も使
い,
シェ イ クス ピ ア は, それ を 巧
み に表現
し
てみ せているの であ る。 シ ェ イ クス ピ ア は ジェ イムズー
世
お か か え
の劇 作 家
で,
その国 王 治 下
の1611
年
に欽 定 訳
聖
書
が その完 成
を見
る が,
その もう
一
方
で,
詩 人
シェ
イ ク ス ピ アは,
「不 死 鳥
とキ ジバ ト」 の反 歌
であ
る「
挽 歌
」
に おい て,
「
真
理 と美
は埋 葬
さ れ た」
(
Shakespeare
−
Alexander
.
1951
,
1344
)
と して,
あ
る大
き
な時代
の終
わ りを
告
げ
る白鳥
の歌
を詠
い あげ
ても
い るの であ る
。「
真 理 そ
のも
の」 も
,
「星
々」 も
,
「詩 人
の美
の形
」 も
,「
す
べ て は死 す
」 を
木 霊
さ せ な が ら,
「
す
べ て はめぐ
る,
それ以
上
の こと は わ から
な い」(
Melville
・
Cohen,172−
74)
と
詠
う,未 刊
の ま ま残
さ れ たメル ヴィル の詩
「みず
う み」
は,
こ のよう
な劇 作 家
・
詩 人 か ら多 く水 を得
てな
った 詩
であ
ること
は言 を俟 た
な いであ ろう
。地 動 説
を は じ め とす
る天 文 学 や 印刷 術
な ど近 代
科学
の勃興
す
る16
〜
17世紀初頭
にあ
っ て, ハ ム レッ ト と は,
「
わ れ ら自然 [
神
で は ない]
の道 化
た る者 」 (
1.
iv.
54
)
の役 回
りを 己 が 運 命 と し
て一
身
に引
き受
け,
「この 天地
の あいだ に は,
人の哲 学
で は 思い も及
ば ぬこと がいく ら
でもあ
るの だ」 と し
て,
異
なこと
,異
な る者
を 「
ス トレ ン ジャー
」
(
1
.
v.
173)
と して歓 迎 す
る,
という
ことはす
なわ
ち,
自
身 も
そ の資 質
を そな
え た,
西 欧
近
代
に屹 立 す
る「
ス ト レンジャー
」
の魁
だっ
たのだ
。そ れ を
ひと り
の狂 人
の役 回 り と し
て仮
託 し
たと
ころ に,
シェ
イ クス ピ アの表
現
者
と して の苦
渋
と巧
妙
が見 られ る
の であ
る。
メ ルヴ
ィル は,
た し
か にこ の トー
ンを捉
え て い る。4
.
「
こ の黙
し
た
くわ た し
は
有
る
〉」
メ ル ヴィ ル も そ れ を
相 手
に暗
闘
して き た根 源
者
“
I
AM
” は,
死
の数
ヶ月 前
に自費 出 版 さ れ た 『
ティ モ レ オン』
で は,
最
後
か ら二番 目
の詩
「
偉
大
な ピラ ミッ ド」
において,
“
thisdumb
1
AM
”
と して言
及
され, そ の黙 し
てあ
るべき
はず
の存在
そのも
の に言葉
を
発
せ さ せ ハー
マ ン・
メ ル ヴィ ル のポエ ジー
15
たことへ の懐
疑 が,
深い音 調
と と もに提示
さ れて い る。 こ の詩 集
の最 後
にお か れ た詩
が,
詩 集 全 体
に対 す
る,
あ
るい は, こ うい っ てよけ れば
, シェ
イ クス ピアの「
挽歌
」
がそう
で あっ た よう
に,
メルヴィ ル の人
生
の歩
み全
体
に対
す
る「
反
歌」 (
L
‘Envoi)
とな
っ てい て別
格
にあ
っ かっ
ても
い い性
格
を 帯 び
て いる
こと か らす れ
ば
,
その手 前
に お かれ
たこの「
偉 大
なピ ラ ミッ ド」が
,
事 実 上
,
最 後
の詩
と と れ ない ことも
なく
,
その も うひと
っ手 前
の「
砂 漠
」
とも
ども
, これ ら
が詩集
の最後 尾
にお か れ た意義
は,
メル ヴィ ル にと
っ て も読者
に とっ ても
, けっし
て小
さく
はな
いはず
であ
る。
「
こ の黙 し
たくわ
た し は有
る〉」
に,
「匠
た ち」
が,
言
葉
を 「強
い た」のだ とす
る詩 行
から
は,
メ ルヴィル自身
,
実 際
,
ピラ ミッ ドの威容
に圧倒
さ れ,
「
エ ホ ヴァ と い う観
念 」
がア ラ ブ人
に よっ て着 想
され
た とき
の「
狡 猾
と畏 怖
の恐
ろ しい まで
の混
合
」
に震 撼
さ せ ら れ た とい う事実
が想 起 さ れ
ると
ころ
であ る (
Melville
,1989,75
)
6。この
全 身全霊
を
圧倒
せ ん ば かり
の沈黙
は, メルヴ
ィ ル の創 作 過 程
を辿
っ て みれば
,
そ の最
初期
に匿名
で書
か れ た短
編小説
「
書斎机
か
ら出
てき
た草稿 断片
」
のな かの,
「じ れっ たい ス トレ ン ジ ャー
」
に誘
わ れ る ま ま に森
の奥 ま
でっ い て いった若
者
が 直面 す
る,
女
の「
顔 」
の
“
DUMB
AND
DEAF1
”
にま
で遡
ること がで き るだろ う
(
Melville
,1839,
204)
。 これ を
,「
恐 れ 多
い ザ イス の女神
の ヴェー
ル」
と して『
白鯨
』
においても
言
及
され
ること
のあ
る,
ロ マ ン派 を 魅 了 し
て やま な か
っ た 「ザ イス の学 徒 」
の単
な る模倣
,
若
書
きであ る とい っ てしま え ば
それ ま
で であ
る。
し
かし
,
これ
は,
ま
さに森
のな かの白
い雌 鹿
で, これ まで に見
て き た と おり
,「
顔
」の「
沈 黙 」
に誘 発
され
, それ
を,
徹 頭 徹 尾
,
創
作
のモチー
フと し た作家
,
詩人
は,
メルヴ
ィ ルを
おい て他
にいな
い の であ る
。も し
,
こ の女
の「
顔 」
が,
『
ピエー
ル』
や「
ア メ リカ」
で暗
喩 さ れて い る よ う に,
ゴル ゴン,
メ ドゥー
サ であ
ると した
ならば
,
「
メ ドゥー
サの首
を掲
げ
るペ ル セ ウス像
」
(
エ イハブ
船長
は こ れ の似姿
とし
て登 場 ) も象 徴 す
る とお り
,
ユ ダヤ・
キリ ス ト教
のみ な らず
,
メ ソポ タ ミ アか ら地
中海
にいた
るま
で,森
の破
壊 を 代 償
にし
て築 きあ げ られ
て い っ た「都
市
文 明
の神
々が,
アニ ミズ ム の神
々を退
治
す
る物
語 」 (
安 田
,
2002
,
275
)
とし
て,
そ
の排 除
され 圧
殺
さ
れて き たアニ ミスティ ッ ク な力
に も延
々 と し て通
じ て い る はず
であ
る。
これは,
個
人
の深 層意 識
のみ な らず,
人
類
全
体
の深層
意
識
を も
突
くフロ イ ト以
前
, ユ ング以
16
神
戸 市 看 護大 学 紀 要Vo1
,
10
,
2006
前
の意
識/無
意
識
の表現
と も
い えて, こ こにも
,人
類
史
の発 展
上におい て捉
えて み たい メル ヴィルの特 質
が潜
ん で いる。だ が
,
それ
はと もか くお くと し
ても
,
こ こ で は,
創
作
遍 歴
の最
初
と最
後
に おいて「
顔
」
の「
沈
黙
」 が重 な
り,
メ ル ヴィル の意 識 / 無 意 識
のうち
に,
女
の「
顔
」
と 旧約
の絶対者
の「
顔
」
が対 置
さ れ,
そ れら
二者
にし
て一
対
の双 面 が
,一
作 品
にお
いてのみな ら
ず,一
生 涯
を貫
い て,
抜
き差
し な ら ぬ ほ ど までにメル ヴィルを雁 字 搦
めに捕 らえ
て いた
のだと
いう
ことが わ
か れ ば,
今
は そ れ で十 分
で あ る。 こ の双
面
のDUMBNESS
が,
メ ルヴィル の身 心
の最 奥 部 を突 き あ
げ
,
沈黙
のう
え に成
り立
っ特異
な言語
に よ る芸 術表現
と し
て昇 華 され
て い った
のだ
。再 度
,
「人
間
の終 局
の知 」
に立
ち 返 れ ば,
口 にす
る の は おろ
か,
そ れを
ほのめ かす
こ と さ え狂 気
の沙
汰
としか 思
え ない よ うな ことを
見
越 し
て, それ を
シェ イ ク ス ピ アは巧
妙
に表
現
し,
そ れ を直覚
し たメル ヴィ ル は,
「
現 実
のま さ
に根軸」
と
い い,「
シェ イ クス ピア の核
心 」
,「
人 間
の終
局
の知 」
と し,
最 後
に,
「
この黙
し たくわ
たし
は有
る〉」 を お
いた。
それ を
,
「捜 し求
めてお き な
が ら忌 避
す る」
もの と し た ところ に西
欧近代人
の抱
え こんで し まっ た両 面 感
情
を見
て とる こと がで きる。 こ の よう
に表現
す
るだ
けでも
,
問
題
の所 在
が ど
こにあ
る かを
い いえて妙
では
ないか。善 悪
の双 面 性 も確
かにあ
る。 だ が, そ れ だ け に と ど ま らず
,
さ ら に その奥深
く,
根
源
者
のTO
BE
/
NOT
TO
BE
を
,
小 説 同 様
,
詩
にお いても
メルヴ
ィル は問
い,同時
にま
た, それ と
表裏
一
体
を なす
,
近 代
を生
きる一
己
の人 問
のtobe
/
not tobe
の問
題 を も
抉
っ てみせ
たの であ
る。『
戦 闘詩 篇
と
戦 争
の相貌
』
にお
い ては
,
「
殉 教 者 」 「迫 り来 る嵐 」
の二篇
を
巧妙
に並
べ ること
で,構造
は, ゆ るぎ
ない表現
と なっ て あ ぶり
だ さ れ たのだ。 メ ルヴィル特 有
の ポエ ジー
であ
る。以
上に加
えて,
さ らに,
こ の 「人 間
の終 局
の知 」
に,
「
ティ モ レオ ン』
所収
の「
侘
し
い泉
」
で詠
わ れ る「
移
ろ
わ ぬ知 」 (
unvaryingIore
) を 重
ねてみ れ ば
,
問題
の所在
が より
はっ きり
す
る だ ろう
。 こ の「
移
ろ わぬ知
」
は,一
見
,
ユダ
ヤ・
キ リス ト教 神 話
が伝 来 し
てき
た「
知 」
の よ う に と ら れ そ う だ が,
も ち ろ ん そ うで は な い。 コー
エ ン の指 摘
にも
あるよう
に(
Melville
−
Cohen
,
1991
,
234)
,
こ の詩
の題
は,
草 稿段 階
で は,
こ の他
に,
「
さ ま ざま
な知 恵 」
と「
ジョ ルダ
ー
ノ・
ブルー
ノ」
の 二 つ が あっ た。前者
が複数形
を とっ て いるこ と は も ち う ん の こ と,後者
の ジョ ルダ
ー
ノ・
ブ
ルー
ノ(
1548−
1600
)
が,
宇 宙
の無 限
と地動 説
,
汎
神論 的
モ ナ ド論
を唱 え
て異 端 審 問
にか け られ 火 刑
に処
せられ
た,
のちに ス ピノザ にも影
響
を与
え ること に も な るハ ム レッ トとま
さに同 時 代
の哲 学 者
,
聖 職 者
であ
る ことに注意
さ れ た い。 こ れ ら の題
か ら推
し ても
わ か る よ う に,
「
移
ろわ
ぬ知 」 と
は,
ユダ
ヤ・
キ リス ト教
の「知 」
,
「
ク ラ レ ル』
で は「聖
な る知 」
(
sacredlore)
と さ れ る「知
」 に相 対 立 す る
,
無 限
に移 ろ
いゆ く
懐疑 的
な「
知
」
で あり
,
そ れ を逆
説 的
な意
味
で「
移
ろ わぬ知 」
と した の であ
る。
それ
は,
孤
独
な反 語
的精神
によっ て掬
い と ら れ たス トレ ン ジャー
の「
知
」
と
い っ ても
い いだ
ろう
。
ち
な み
に,lore
を
leam
/
unlearnす
るle
erと して の役
回
り を