量子化学計算による金属錯体における
形式酸化数の解釈
(
1早大先進理工、
2都立大理、
3早大理工総研、
4JST さきがけ、
5京大
ESICB)
○佐藤稔也
1、清野淳司
2,3,4、中井浩巳
1,3,51. 緒言
遷移金属錯体の形式酸化数は、IUPAC において、 異核結合のイオン近似後の原子の電荷とする以 下の定義[1,2]を推奨している。 sd sd,ionFON
N
n
(1) ここで Nsdと nsd,ionはそれぞれ金属が単体のとき、 錯体を形成したときの最外殻のs と d 軌道に占有 する電子数である。この形式酸化数は幾何構造の 推定や均一系触媒の反応性の理解、酸化還元特性 の理解などのために頻繁に用いられている。この 式(1)はウェルナー型錯体において有効であるが、 強い共有結合や逆供与が存在する非ウェルナー 型錯体では必ずしも有効ではない。 一方、量子化学計算では個々の原子の電子状態 を解析するために、Mulliken 電荷や自然電荷、 Löwdin 電荷などの電荷密度解析が用いられる。し かし、電荷は様々な効果が複合されるため、形式 酸化数と定性的に異なる挙動を示すとともに、明 瞭な効果を示すことが困難である。そこで本研究 では、量子化学計算に基づき形式酸化数を解釈し、 電荷との関係を明らかにすることで、電荷から派 生する種々の効果に分割する手法を提案する。2. 形式酸化数の量子化学的解釈
遷移金属における最外殻のs と d 軌道に占有す る電子に対する電荷 Qsdは、金属の結合性軌道と 非結合性軌道の占有数 qisd,bond、qisd,nonを用いて以 下のように表せる。 sd sd sd,bond sd,non bond nonbond(
i i)
i iQ
N
q
q
(2) また本研究では、IUPAC 推奨の定義である「結 合電子はすべて配位子のものとする」ことを考慮 し、結合軌道(BO)解析に基づき形式酸化数を次 のように定義した。
BO sd sd,bond sd,non bond nonbond FON floor i ceil ii i N q q
(3) ここでfloor と ceil はそれぞれ切り捨て、切り上げ を示す関数である。つまり、金属の電気陰性度が 配位子よりも低いことに基づき、金属―配位子間 結合の結合性軌道の占有数は形式酸化数に関連 しないとして無視し、非結合性軌道の占有数のみ を考慮する。また式(2)と(3)から電荷と形式酸化数 の関係は以下のようになる。
sd BO sd,bond sd,bond bondFON
floor
i i iQ
q
q
sd,non sd,non
nonbond(
ceil
i i)
iq
q
(4) 式(4)の右辺第二項、第三項はそれぞれ結合成分、 残留成分を表す。3. 結果と考察
本研究では第4~6 周期における 19 種の遷移金 属、13 種の配位子、6 種の配位数を有する 54 種 の典型的な錯体(ウェルナー型錯体 27 種、非ウ ェルナー錯体 27 種)を対象とした。また配位子 の効果を検証するために、[IrCl5X]2-錯体における 20 種類の配位子 X を用いた。金属の基底関数に は SDD、その他の原子には 6-31G(d,p)を用いた DFT 計算(B97X-D 汎関数)を実行した。また BO 解析手法として自然結合軌道(NBO)解析を 用いた。 まずFigure 1 に 54 種類の典型的な錯体における 遷移金属の自然電荷と式(1)に基づく形式酸化数 (IUPAC)との関係を示す。ウェルナー型・非ウ ェルナー型ともに決定係数R2は0.04 以下であり、 自然電荷と形式酸化数は相関が小さい。Figure 1. Relationship between formal oxidation number and natural charge.
1A13
次に6 種の遷移金属錯体における形式酸化数に 寄与する非結合性軌道における占有数を Table 1 に示す。逆供与性配位子(CO, CN)を有する錯 体は占有数が1 より低くなる傾向があることがわ かる。
Table 1. Occupancy of non-bonding orbitals in metal.
Molecule Spin [MnCl5]2- a 1.00 1.00 1.00 1.00 -b - - - - -[Fe(H2O)6]3+ a 1.00 1.00 1.00 0.99 0.99 b - - - - -[Cr(CO)6] a 0.80 0.80 0.79 - -b 0.80 0.80 0.79 - -[Pt(CN)4]2- a 0.99 0.97 0.97 0.95 -b 0.99 0.97 0.97 0.95 -[Hg(CH3)2] a 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 b 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 a 0.98 0.93 0.92 - -b 0.98 0.93 0.92 - -non-bonding orbitals [IrClH2(CO) (P(C6H5)3)2] Table 1 の占有数と式(3)により、遷移金属の形式 酸化数を見積もることができる。Figure 2 に 54 種 の典型的な金属錯体に対して、NBO 解析により算 出した形式酸化数と IUPAC の相関を示す。NBO 解析により算出した形式酸化数は IUPAC の結果 を再現した。
Figure 2. Relationship of formal oxidation number between calculated by IUPAC and BO.
続いて、式(4)の右辺第二項の結合成分の性質に ついて検証した。Figure 3 に[IrCl5X]2-錯体におい て配位子X を変更させたときの Ir-X 結合の共有結 合性[3]の変化を示す。Figure 3 から、非ウェルナ ー型配位子は共有結合性が強く、ウェルナー型配 位子は共有結合性が弱い傾向を示す。
Figure 3. Covalency of Ir-X bond.
また式(4)の右辺第三項の残留成分について検 証した。Figure 4 に[IrCl5X]2-錯体において残留成 分と逆供与による軌道相互作用エネルギー[4]と の相関を示す。この結果、R2が0.977 と非常に高 く、残留成分は逆供与による電子密度の変化を 表すことがわかった。
Figure 4. Relationship between remaining term and interaction energy caused by -back donation.
4. 結言
本研究では、形式酸化数を量子化学計算に基づ き「電荷から結合成分と軌道相互作用の寄与を 除いた電子密度を表す」と解釈することで、電荷 を形式酸化数・結合成分・残留成分の異なる挙動 を示す3 つに分割した。それぞれの成分は反応性 解析への応用や機械学習における新たな記述子 として用いることが期待できる。[1] P. Karen, P. McArdle, and J. Takats, Pure Appl. Chem., 86, 1017 (2014).
[2] P. Karen, P. McArdle, and J. Takats, Pure Appl. Chem., 88, 831 (2016).
[3] D. B. Chesnut, J. Chem. Comput., 4, 1637 (2008). [4] A. E. Reed, L. A. Curtiss, and F. Weinhold, Chem. Rev.,