■ 第80 回大会予稿集【自由論題(院生報告)】
福島原発事故前の津波想定と安全対策に関する調書
の質的データ分析
—
複合集団における集団思考モデル —
A Qualitative Data Analysis of Testimony on Tsunami
Assumptions and Safety Measures Prior to the Fukushima
Nuclear Accident: Groupthink Model in Complex Organizations
東京都立大学大学院 松井 亮太 Tokyo Metropolitan University, Ryota Matsui
1.はじめに 福島原発事故を未然に防ぐことができなかった 背景には、「事前の津波想定が不十分であった問題」 および「事前の安全対策が不十分であった問題」 の2 つの問題がある。 松井 (2020a) は、前者 (津波想定) の問題を Janis (1982) の集団思考 (groupthink) 1)の観点 から分析した。具体的には、政府事故調査委員会 のヒアリング記録 (調書) のうち、津波想定に関 する記述を対象として「コンピュータを用いた質 的データ分析」(CAQDAS: Computer Assisted Qualitative Data AnalysiS) を行った。分析の結 果、Janis の集団思考モデルの「集団思考の症状」 と「欠陥的意思決定」に該当する記述は多く見ら れたが、「先行要因」と「メカニズム」に該当する 記述はほとんど見られなかった。一方、「役割と責 任の混乱」および「コミュニケーションと情報伝 達の欠陥」という組織間関係の要因によって集団 思考に陥った可能性があると指摘している。 本 研 究 で は 、 後 者 ( 安 全 対 策 ) の 問 題 も CAQDAS の分析対象に加えて、複合集団が集団 思考に陥るメカニズムを明らかにすることを目的 とする。 2.分析手順 本研究では、CAQDAS の主要ソフトウェアの 1 つであるMAXQDA (バージョン 2018) を使用し た。具体的には、Kuckartz (2014) の「テーマ中 心の質的テキスト分析手順」および佐藤 (2008) の「演繹的/帰納的アプローチ」を参考に、以下 の手順で分析を行った (図 1)。 ①政府事故調査委員会の調書をプリントアウトし て、事故の未然防止 (津波想定および安全対策) に関する記述を熟読した。重要と思われる箇所 にはマーキングを行い、メモを記載した。 ②調書をOCR (光学的文字認識) でテキストデー タ化し、MAXQDA へインポートした2)。ただ し、OCR では文字の誤認識が起こるため、元デ ータと突き合わせて誤認識箇所を適宜修正した。 ③インポートしたテキストデータの記述的コーデ ィング (事象への振り分け) を実施した。具体 的には、貞観津波や耐震バックチェックなどの 179
事象を記述的コードとして使用した。 ④MAXQDA の「セグメント検索」機能を用いて、 それぞれの事象 (記述的コード) に該当するセ グメント (コーディングされた記述箇所) を抽 出し、事象毎に要旨を作成した。 ⑤インポートしたテキストデータの分析的コーデ ィング (概念への振り分け) を実施した。本研 究で使用した分析的コードを表1 に示す。 ⑥MAXQDA に 搭 載 さ れ た 視 覚 化 ツ ー ル
(MAXMaps や Code Map) により、分析結果を 可視化した。 上記手順と並行して、分析過程で思い浮かんだ アイディアや理論などを文章化し、メモとして記 録した。また、手順③〜⑥ (メモ作成を含む) は一 度きりではなく、リサーチクエスチョンを念頭に 置きながら何度も繰り返し分析を進めた。例えば、 類似コードを統合したり、逆にコードを分割した り、コーディング箇所やメモの見直しなどは適宜 実施した。 図 1 分析手順 [出所]Kuckartz (2014, 図 4.1) を参考に作成. 3.分析結果 図2 は、事故の未然防止に関する 39 件の調書 を「津波想定が主題の調書」(19 件) と「安全対策 が主題の調書」(20 件) に分けて、それぞれの調書 グループにおいて集団思考モデルの各要素に該当 する記述の有無を MAXMaps 機能で可視化した ものである。 各要素と調書グループを結ぶ線上の数値は、各 要素に該当するセグメントの数を示している。ま た、図中で黒色に着色された要素は両グループに 共通して見られた要素を示している。これらの要 素は「津波想定」と「安全対策」という異なる問 題の調書グループに共通して見られたことから、 原発関係者に顕著な要素と考えられる (以下、顕 著な要素)。灰色に着色された要素はいずれか一方 の調書グループに見られた要素、白色の要素はい ずれの調書グループにも該当する記述が存在しな かった要素を示している。 表 1 分析的コード 要 因 [要因1]安全神話 [要因2]日本の安全レベルの過信 [要因3]保全や耐震強化で手一杯 [要因4]決定論的考え [要因5]地元重視 [要因6]コミュニケーションと情報伝達の欠陥 [要因7]役割と責任の混乱 集 団 思 考 [A1]凝集性の高さ [A2-1]集団の孤立 [A2-2]不公正なリーダーシップ [A2-3]方法手続き規範の欠如 [A2-4]メンバーの等質性 [A3-1]外部からの強いストレス [A3-2]自尊心の一時的低下 [B]同調行動 [C1]無敵の幻想 [C2]固有の倫理観の信念 [C3]集団的正当化 [C4]敵対者へのステレオタイプ [C5]自己検閲 [C6]満場一致の幻想 [C7]反対者への直接的圧力 [C8]自己指名のマインドガード [D1]選択肢の不十分な調査 [D2]目的の不十分な検討 [D3]リスク評価の失敗 [D4]拒否選択肢の再検討失敗 [D5]貧弱な情報収集 [D6]情報処理の選択バイアス [D7]緊急時対応策の策定失敗 180
さらに、MAXQDA の Code Map 機能3)を用い て、集団思考の顕著な要素 (A2-3, A3-1, C1, C3, C5, C7, D1〜D7) に対して、津波想定と安全対策 が不十分になった7 要因との関連の強さを分析し た (図 3)。 4.複合的集団思考モデル Janis (1982) は 10 人程度の小集団を想定して 集団思考モデルを提唱したのであるが、その後の 研究によって,集団思考は大集団や複合集団でも 起こることが示されている。小集団と同様に、複 合集団も特殊な思想状態に陥る場合があるが、そ の要因やメカニズムは小集団と複合集団で異なる と考えられる。松井 (2020b) はピッグス湾事件 (ケネディ政権) と福島原発事故を集団思考の観 点から比較して、「複合的集団思考」 (complex-groupthink) という新たな概念を提示した。 本研究では、松井 (2020b) の複合的集団思考の 概念を発展させて、モデル化を目指すために、福 島原発事故前の津波想定と安全対策に関する調書 のCAQDAS を行った。Code Map 分析 (図 3) の 結果、原発関係者に強く見られた「D1:選択肢の 不十分な調査」は、原発関係者自身の問題 (「要 因3:保全や耐震強化で手一杯 」や「要因 4:決 定論的考え」など) だけでなく、組織間関係の要 因 (「要因 6:コミュニケーションと情報伝達の欠 陥」や「要因7:役割と責任の混乱」) とも強く関 連していることが示された。この結果から、これ 図 2 Janis の集団思考モデルの分析結果 181
らの要因が複雑に相互作用した結果、原発関係者 が複合的集団思考に陥った可能性が考えられる。 注記 1) 集団思考は、集団の失敗を説明する 1 つのモデルで あり、「A:先行要因」「B:メカニズム」「C:集団思 考の症状」「D:欠陥的意思決定」の 4 つのフレーム から構成される (図 2)。 2) 公開された調書は、印刷物を画像データとしてスキ ャナで読み込んだPDF ファイルであり、そのまま では文字をテキストデータとして MAXQDA にイ ンポートすることができない。 3) Code Map は、コーディング箇所の出現パターンが 類似するコードをマップ上で近くに表示するツー ルであり、それぞれのコードの関連の強さを調べる ことができる。コードのシンボルの大きさは各コー ドの該当記述量、コード間の線の太さは各コードと の共起 (co-occurrence) 頻度に比例する。 参考文献
Janis, I. L. (1982). Groupthink: Psychological studies
of policy decisions and fiascoes (2nd ed.).
Houghton Mifflin.
Kuckartz, U. (2014). Qualitative text analysis: A guide to methods, practice and using software.
Sage (佐藤郁哉訳『質的テキスト分析法』新曜社, 2018 年). 佐藤郁哉 (2008).『質的データ分析法』新曜社. 松井亮太 (2020a).「福島第一原子力発電所事故前の津 波想定における集団思考:調書の質的データ分析 を通して」『日本経営倫理学会誌』27, 169-185. 松井亮太 (2020b).「集団思考 (groupthink) とは何か: 複合集団における集団思考の可能性」『日本原子力 学会誌ATOMO∑』2020 年 5 月号掲載予定. 図 3 Code Map の分析結果 182