教科教育Gこお古ナる認知科学研究 一理科教育の場合一 自然系教育講座松本伸示 1:はじめに 理科教育研究に心理学研究の成果が導入されるようになったのはそう古いこ とではない. 今世紀のはじめあたりからではないかと思われる. そして,理科 教育に決定的な影響を及ぼすようになったのはアメリカのカリキュラム改革運 動の時期以降であるとするのが一般的なコンセンサスのようである(i: その代表的な研究者として,スキナ-(B. F. Skinner)ピアジェ (J. Piaget),ブルーナ-J. S. Bruner),オーズベル(D. P. Ausubel) ガニエ(R. M. Gagne)等をあげることができよう. また,心理学の分野で見れ ば,理科教育に最初に影響を及ぼしたのは,行動主義心理学の成果ではないか と思われる. 科学におけるデカルト以来の論理実証主義的方法論と心理学のそ れとがともに矛盾なく結びつくことができ,理科教育-の受け入れに抵抗がな かったことが大きい. デカルトの知「一切の不確かなるもの,蓋然的で暖味な るものを否定し明噺にして判明なるもののみを受け入れる」という方法論は, 両者共通に学問体系を規定する黄金律となっている.
2 :行動主義心理学の影響
プログラム学習 1.実践可能な原理<-->検証可能な実践 2. スモールステップの原理 3.棟極的反応の原理 4.即時確認の原理 5. キ3. -イングとファイディングの原理 6.自己ペースの原理 行動主義心理学はそれ以 前の思弁的・非実証的な心 理学研究のアンチテーゼと して科学的方法を取り入れ た形で登場したものである. そして,理科教育にはこの 成果を集約させた形でプログラム学習として導入された. 左上の表はプログラ ム学習の主な特徴を列記したものである. 2.1理科教育におけるプログラム学習 プログラム学習の日本-の導入は昭和36年,矢口新による「学習オートメー ション」であるといわれている(2)この中で矢口は,プログラム学習を設計 するにあたって理科教師は綿密な教材研究を行うようになること,実験の具体 的な方法を検討すること,児童・生徒の能力を十分に考慮するようになること一蝣10-などの利点をあげている. 当時,この学習は進歩的で画期的な夢の学習法であ るかのように取り上げられ,全国規模で開発研究が行われていった. 2.2プログラム学習の衰退と歴史的意味 しかし,これも1970年代にかけて急速に衰退してしまう. それには理科独自 の特質が見えかくれする. すなわち,プログラム学習-ペーパー学習と受け取 られ,これでは実験観察が欠如してしまうとする自然科学的方法論の立場から の反論であり,あるいは,プログラム学習-注入主義的学習と受け取られ,学 習者の自発性が損なわれてしまうとする教育学的立場からの危慎などである. このような理由から理科教育にはそぐわないとする空気がセンセイショナルな 登場と期を一にしてあったことも事実であった. しかし,もっと根本的な理由 としてプログラム学習が拠り所とした行動主義心理学そのものに起因するもの があるように感じられる. すなわち,行動心理学が不適切として排除したもの の中に「こころ」の問題があったのである. こころはデカルトの知では取り扱 うことができないものである. しかしながら,教師が真に教えたいと願ったも のの中には実はこの「こころ」「意識」に関する部分があることは誰しも認め るところであり,この部分を最初から排除していたプログラム学習に教師が失 望していったのではないかと考えられる. 現在,このプログラム学習について再評価するとすれば,理科授業のシステ ム化,最適化の理念ではなかろうか. 中学校に,あるいは小学校にコンピュー タが急速に導入されつつある今日. コンピュータを活用した教授学習システム を如何に構築し運営していくかを考える上で,このプログラム学習の歴史的意 義は大きなものとなってくる. なぜならば,理科授業を考えていく上でやはり 思弁的議論を廃し,実証的なデータに基づいて授業設計を行うということは, 今なおその輝きを失っていないからである. 授業構成や展開を綿密に計画しよ うとすれば,結果的に今日でもプログラム学習的にならざるを得ないことも事 実なのである. 3ピアジェの発達心理学と理科教育 さて,前項において,行動主義心理学を背景としたプログラム学習の登場と その衰退について述べたが,それと前後するかのように影響力を持ってきたの がジュネーブ派と呼ばれるピアジェを中心とした発達心理学の研究成果である. 理科教育において,これらの成果は図1に示したように,それまでの理科教
-41-授法の考え方を大きく転換する心理学的背景を与えることとなった. すなわち, それまでの教授観が大人の雛形としての子どもに大人と同じ知識や経験を与え ることにより科学を学ばせることができるとするものから子どもの認識の特殊 性を暴き出し,いわゆる児童・生徒の自然認識のあり方に沿った教授法への転 襖を促すことになったのである. 子どもの認識の特殊性 <子ども享や大人 ・(小さな大人) 息知識量・経験の差 教育:大人と同じ知隷・経験 † 児童・生徒中心主義的な 授業・教材内容の理論的根拠 図1ピアジェの発達心理学の意義 ピアジェの研究の中でも三つ山間題に よって明らかにされた中心性 (Centration)の研究成果は良きにつけ 悪しきにつけ,今日の理科カリキュラム の骨格を決定する上で大きな影響力を 持っている. 例えば,天体領域の学習に おいては自己とは異なる観点が存在する ことを意識し,現象を構成する能力が必 要とされる. これこそ,中心性段階では理解が困難な課題となる. したがって, 「月の満ち欠け」の内容は中心性を克服すると言われている小学校の5年生で 学習することになっていることはあまりにも有名である. このような理科に対する影響力は諸外国にも兄いだされ,例えば,米国初等 理科プログラムであるSCISなどはダイレクトにピアジュの研究成果が盛り 込んだ科学プログラムである. 4最近の認知科学と理科教育 ところで,最近,理科教育研究ではこれまでのピアジェの発達観に対して少 し距離をおいて子どもの理科学習をとらえていこうとする流れが主流になりつ つある. 構成主義学習論を唱えるグループである. この1人,R. オズボーン はLISPにおいて,子どもの科学概念形成やその指導法について研究し,こ れまでの理科教育のあり方とはかなり異なる理論を提示した. これらの研究は 彼の事故死という最大のピンチにたたされることになったが,彼の母国ニュー ジーランドでは世界に先駆けて,この構成主義的な理科カリキュラムが今まさ に実施に移されつつある(3) 日本においてもこのような研究アプローチをACM(Alternative ConceprionMovement)と呼び,盛んに研究が進められている. このような 背景には,例えば,理系型と文系型の存在,領域特殊性の問題,Chunkの 考え方,宣言的知識<->手続き的知識の研究,コンテキストの問題等,最近
-42-の認知科学が明らかにしつつある学習者の認知的側面に対する研究成果の蓄積 があげられる(4)これらの成果は,学習者の理科学習の差異を発達だけに還 元させるにはあまりにも一義的に過ぎることを物語っている. すなわち,理科 の学習が「できる」<->「できない」を単純に発達段階に置き換えて考え, すまし顔でいるわけには,もはやいかなくなっているということである.