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<判例研究>民訴法324条に基づく移送決定についての取消しの許否―請求異議事件、最高平成29(オ)1725号、平成30・12・18第三小法廷決定、移送決定取消、最高裁判所民事判例集72巻6号1151頁―

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(1)民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 判例研究. 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消し の許否 請求異議事件、最高平成 29(オ)1725 号、平成 30・12・18 第三小法廷決定、 移送決定取消、最高裁判所民事判例集 72 巻 6 号 1151 頁. 石渡 哲 〔事 案〕 本件の上告裁判所である高松高裁は、自らの法令解釈に関する意見が最判 平成 11 年 9 月 9 日裁判集民事 193 号 685 頁( 〔判旨〕中 で「平成 11 年判決」 と表記されており、 〔評釈〕でも同様に表記する)と相反するため、民訴規則 203 条所定の事由があるとして、民訴法 324 条に基づき、事件を最高裁に移送 する旨の決定をしたが、最高裁第三小法廷はこの移送決定を主文において取り 消した。この取消決定がなされるにあたってはまず、最高裁は上告裁判所であ る高裁の移送決定に拘束されるか否か、言い換えれば、移送決定に最高裁に対 する拘束力があるか否かが、民訴法 22 条 1 項との関連で、問題になる。そして、 もし拘束力が否定されるなら、次に、具体的に本件における高裁の意見が判例 と相反しているか否かが、問題になる。最高裁はいずれの問題についても否定 的に判断した。 上告裁判所である高裁の意見と判例が相反しているか否かが問題になったの は、以下の経緯からである(民集 76 巻 2 号には最高裁の取消決定、上告裁判 233.

(2) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 所の移送決定しか収録されていない。以下の記述は、これらに加えて、第 1 審 判決〈LLI/DB L07160058〉 、第 2 審判決〈LLI/DB L07251342〉 、上告理由〈LLI/ DB L07220814――移送決定に付随して収録されている〉にも依拠している) 。 なお、本件で X は予備的に過払金充当等によっても請求異議を理由付けてい るが、判示事項とは関係ないので、それらの点は省略する。 金融業者 A は X(原告、控訴人、被上告人)に 平成 15 年 に 50 万円 を 貸 し 付け、この貸し付けに係る残元金および遅延損害金につき確定した支払督促を 得、それを債務名義として平成 16 年 5 月にXの給与差押えの申立てをし、差 押命令を得、同命令が同月 31 日にXに送達された。そして、第三債務者Bが 給与債務の一部を供託し、平成 16 年 6 月 25 日にAは取立てにより 5 万 5000 円を受領し、平成 17 年 2 月 21 日から平成 18 年 9 月 21 日の間に 4 回にわたり 4 万余円から 10 万余円の配当を受けた(第 1 審裁判所は証拠から受領の事実 を認定し、配当の事実を推認している。上告裁判所は移送決定で、受領の事実 が「窺われる」 、 配当を受けた「可能性が高いように思われる」と説示している) 。 ところが A は、平成 19 年 1 月 17 日に、前記給与差押えの申立てを取り下げ た。その後 A の金融業を承継した Y が平成 28 年に前記仮執行宣言付支払督 促に執行文の付与を求め、同年 2 月 29 日に執行文が付与され、Y は、X の有 する債権に対する債権執行を同年 3 月 22 日に申し立て、差押命令が発せられ、 同月 29 日に X に送達された。そこで X は本件請求異議の訴えを提起し、平成 28 年 6 月 22 日に、Y に対し本件訴訟の訴状の送達をもって本件請求権につき 消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 第 1 審は請求異議を認めなかったが、第 2 審は、 「本件申立て(平成 16 年 5 月に A が行った X の給与差押えの申立て――評者)は平成 19 年 1 月 17 日に 取り下げられているから、特段の事情がない限り、民法 154 条の規定に基づき、 差押えによる時効の中断の効力は生じなかったことになる」との理由で、請求 異議を認めた。そこで Y が上告した。上告理由の趣旨は、執行手続によって 債権の一部が回収されていた場合には、差押えの申立ては取下げの時点まで効 234.

(3) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 力を有しているので、本件請求債権について消滅時効は成立していないという ことである。 上告裁判所である高松高裁は差押えによる時効中断の効力と差押えの申立て の取下げの関係について、 「……上告人の論旨は理由があり、差押えが取下げ により終了した場合であっても、上記のように、取下げ前に、差押えによりそ の請求債権が一部回収されたような場合には、その回収した債権額の限度にお いては差押えが奏功しているのであるから、その後に差押えの申立てが取り下 げられたとしても、差押えの効力が初めからなかったものとして、差押えによ る時効中断の効力が初めから生じなかったと解するのは相当ではなく、本件申 立てを取り下げた時点まで時効中断の効力が維持される……」と説示した。同 高裁はさらに、平成 11 年判決は、 「債権者が根抵当権に基づき物上保証人に対 する不動産競売の申立てを行い、同申立てに基づく競売開始決定がされ、同決 定正本が債務者に送達されて時効中断の効力が生じた後、同申立てが取り下げ られた事案において、 『物上保証人に対する不動産競売において、債務者に対 する民法 155 条による被担保債権の消滅時効中断の効力が生じた後、債権者が 不動産競売の申立てを取り下げたときは、上記時効中断の効力は、差押えが権 利者の請求によって取り消されたとき(同法 154 条)に準じ、初めから生じな かったことになると解するのが相当である。 』として、差押えが取り下げられ 0 0 0 0. たときは、 例外なく時効中断効が遡及的に消滅する旨判示している」 (傍点筆者) と説示し、自らの意見と判例が相反するとの理由で、事件を最高裁に移送する 決定をした。最高裁は、前述のように、この移送決定を取り消した。. 〔判 旨〕 最高裁が移送決定の拘束力を否定した理由は、以下のとおりである。 「民訴 法 22 条 1 項は、 『確定した移送の裁判は、移送を受けた裁判所を拘束する。 』 と規定しているものの、その趣旨が主として第 1 審裁判所の間で移送が繰り返 235.

(4) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). されることによる審理の遅延等を防止することにあることに照らせば、同法 324 条に基づく高等裁判所の移送決定が上記『移送の裁判』に含まれると解す べきではない。むしろ、民訴規則 203 条の趣旨が、同条所定の事由がある場合 に高等裁判所が判決をすると、当該判決が最高裁判所等の判例と相反すること となるため、事件を最高裁判所に移送させることによって法令解釈の統一を図 ろうとするものであることに照らせば、同条所定の事由の有無についての高等 裁判所の判断と最高裁判所の判断が異なる場合には、最高裁判所の判断が優先 するというべきである。 (原文では改行――筆者)したがって、最高裁判所は、 民訴規則 203 条所定の事由があるとしてされた民訴法 324 条に基づく移送決定 について、当該事由がないと認めるときは、これを取り消すことができると解 するのが相当である。 」 最高裁が、本件における高裁の意見が判例と相反しないとした理由は、以下 のとおりである。 「平成 11 年判決は、担保不動産競売の申立てをした債権者が 当該競売の手続において請求債権の一部又は全部の満足を得ることなく当該申 立てを取り下げた場合について判断したものであって、債権執行の申立てをし た債権者が当該債権執行の手続において配当等により請求債権の一部について 満足を得た後に当該申立てを取り下げた場合についての本件意見(上告裁判所 の意見――評者)とは前提を異にしているというべきである。したがって、本 件意見は平成 11 年判決と相反するものではなく、本件決定(上告裁判所の移 送決定――評者)に係る民訴規則 203 条所定の事由はないと認められる。 」. 〔評 釈〕 最高裁が、上告裁判所である高裁の移送決定に最高裁は拘束されないとした 点、上告審である高松高裁の移送決定を取り消した点、ともにも首肯する。 なお、最高裁の決定(高裁の移送決定を取り消す決定)を評釈の対象とする 本稿では、この決定を「本決定」と表記する。ちなみに、最高裁は本決定の理 236.

(5) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 由において、 〔判旨〕で引用したように、上告裁判所である高松高裁の移送決 定を「本件決定」と表記している。. 1 民訴法 324 条、民訴規則 203 条の沿革 民訴法 324 条は「上告裁判所である高等裁判所は、最高裁判所規則で定める 事由があるときは、決定で、事件を最高裁判所に移送しなければならない」と 規定し、これを受けて民訴規則 203 条は、この移送をするのは「憲法その他の 法令の解釈について、その高等裁判所の意見が最高裁判所の判例(これがない 場合にあっては……)と相反するときとする」と定めている。民訴法 324 条は 旧民訴法 406 条ノ 2 を、民訴規則 203 条は旧民訴規則 58 条を受け継いだもの である。ただし、現行民事訴訟法の制定(旧民事訴訟法から現行民事訴訟法へ の改正)にあたり、上告受理申立制度が創設されたことに伴い、民訴規則 203 条の文言は旧民訴規則 58 条の文言から、上告受理申立事由を規定する現行民 訴法 318 条 1 項の規定ぶりにあわせて、変更された 1)。 旧民訴法 406 条ノ 2 条は、第二次大戦後に、憲法の改正に伴う民事訴訟法の 応急的措置に関する法律(昭和 22 年法律第 75 号)により旧民訴法に取り入れ られたものであり、旧民訴規則 58 条は、同法に伴って制定された、高等裁判 所上告事件移送規則(昭和 22 年最高裁規則第 5 号)が旧民訴規則に取り入れ られたものである 2)。. 2 最高裁への移送決定の拘束力 (1) 上告裁判所である高裁が、自らの意見が判例と相反するとして、最高裁 1)高田裕成ほか編『注釈民事訴訟法第 5 巻』351 頁〔阿部潤〕 (有斐閣、2015 年) 。 2)第二次大戦後の民事訴訟法の改正については、奥野健一=三宅正男『改正民事訴訟法の 解説』1 頁以下(海口出版、1948 年) 、松本博之編『民事訴訟法〔戦後改正編〕 (1)日本 立法資料全集 61』370─371 頁(信山社、2009 年)参照。 237.

(6) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). への移送決定をしたが、これを受けた最高裁が、高裁の意見は判例と相反して いないと判断した場合、最高裁は、それでも高裁の移送決定に拘束され、当該 事件を審判しなければならないのか、あるいは高裁の移送決定に拘束されず、 これを取り消すことができるかについて、従来学説上は見解が分かれていたが (以下、高裁の移送決定の拘束力を肯定し、最高裁が当該事件を審判しなけれ ばならないという見解 3)を「肯定説」 、拘束力を否定し、移送決定の取消しを 認める見解 4)を「否定説」という 5)) 、判例において問題になったことはなく、 本件において最高裁が初めてこの問題に関する判断を示した。そこに本決定の 意義がある。 3)奥野=三宅・前掲注(2)72 頁、村松俊夫ほか編『判例コンメンタール 16 民事訴訟法Ⅲ』 384 頁(三省堂、増補版、1984 年) (以上、旧民事訴訟法下の学説) 、賀集唱ほか編『基本 法コンメンタール民事訴訟法 3』87 頁〔田中豊〕 (日本評論社、第 3 版追補版、2012 年) 、 笠井正俊=越山和広編『新・コンメンタール民事訴訟法』1098 頁〔笠井正俊〕 (日本評論 社、第 2 版、2013 年) (以上、現行民事訴訟法下の学説) 。 4)兼子一『条解民事訴訟法(上) 』953 頁(弘文堂、1955 年) 、菊井維大=村松俊夫『全訂民 事訴訟法Ⅲ』290 頁(日本評論社、 第 2 版全訂版、1986 年) 、 兼子一〔原著〕松浦馨ほか『条 解民事訴訟法』1232 頁〔松浦馨〕 (弘文堂、初版、1986 年) 、斎藤秀夫 ほ か 編『注解民事 訴訟法(9) 』578─580 頁〔遠藤功ほか〕 (第一法規出版、第 2 版、1996 年) 、鈴木正裕=鈴 木重勝編『注釈民事訴訟法(8) 』334 頁〔遠藤賢治〕 (有斐閣、1998 年) (以上、旧民事訴 訟法下の学説) 、兼子一〔原著〕松浦馨ほか『条解民事訴訟法』1654 頁〔松浦馨=加藤新 太郎〕 (弘文堂、第 2 版、2011 年) 、秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅵ』381 頁 (日本評論社、2014 年) 、高田ほか編・前掲注(1)352─353 頁〔阿部〕 、川嶋四郎「判批(本 件) 」法セ 775 号 120 頁(2019 年) (以上、現行民事訴訟法下の学説) 。 5)本決定の判例批評である、川嶋・前掲注(4)120 頁では、本稿で「肯定説」と名付けら れている見解が「否定説」と、本稿で「否定説」と名付けられている見解が「肯定説」 と表記しており、見解の内容と名称の関係が本稿と正反対である。これは、見解の名称 を決めるにあたり、川嶋教授は、最高裁が高裁の移送決定を取り消すことができるか否 かに、注目したのに対して、評者は、高裁の移送決定の最高裁に対する拘束力の有無に 注目したことによる。名称の付け方は各人の考え方の表れであるから、たんに形式的な こととはいえないであろう。しかし、川嶋教授の名称の付け方にも評者のそれにもそれ ぞれ筋の通った理由があるので、評者は評者の名称を用いて本稿での論述を進める。 238.

(7) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. (2) 肯定説の根拠は民訴法 22 条 1 項(旧民訴法 32 条 1 項)が確定した移送 決定に受移送裁判所に対する拘束力を付与していることである 6)。なお、高裁 による移送決定の制度を設けた第二次大戦後の民事訴訟法改正のさいの立法担 当者が肯定説を採っていたが 7)、このことは肯定説を支える一つの観点となり 得る。ただし、このことが肯定説の根拠として実際に援用されたことはない。 一方、否定説の根拠としては以下のことが挙げられている。①民訴法 22 条 (旧民訴法 32 条)は、第 1 審での移送に関する規定であって、上告裁判所であ る高裁から最高裁への移送決定には適用されない 8) (本決定も理由中でこのこ とを述べている) 。②この移送の目的は法令解釈の統一である 9) (本決定も理 由中でこのことを述べている) 。この点に関連して、旧民事訴訟法下の否定説 の学説の中には、最高裁の扱うべき事件に関する移送決定について現行民訴法 16 条・17 条・18 条にあたる旧民訴法 30 条・31 条・31 条ノ 2 に準じて考える ことができるなら、拘束力の肯定が可能であるが、この移送の目的が法令解釈 の統一であることからして、そのように解することはできないと述べるものが あ る 10)。③刑事事件 に お い て、刑訴規則 247 条 が、控訴裁判所 は、憲法違反 のみを理由とする控訴申立ての事件について、相当と認めるときは、訴訟関係 人の意見を聴いて決定で最高裁へ移送できるとしたうえで、同規則 248 条 1 項 が、その決定は最高裁の許可を受けてしなければならないと定めているが、否. 6)奥野=三宅・前掲注(2)72 頁、賀集ほか編・前掲注(3)87 頁〔田中〕 、笠井=越山・前 掲注(3)1098 頁〔笠井〕 。 7)奥野=三宅・前掲注(2)72 頁。 8)斎藤ほか編・前掲注(4)578 頁〔遠藤(功)ほか〕 。 9)斎藤ほか編・前掲注(4)579─580 頁〔遠藤(功)ほか〕 、鈴木=鈴木編・前掲注(4)334 頁〔遠藤(賢) 〕 、高田ほか編・前掲注(4)352 頁〔阿部〕 。 10)鈴木=鈴木編・前掲注(4)334 頁〔遠藤(賢) 〕 。斎藤ほか編・前掲注(4)579 頁〔遠藤 (功)ほか〕も旧民訴 30 条等の規定に言及している。 239.

(8) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 定説の学説中にはこのことを自説の根拠として援用するものがある 11)。④否 定説の学説中には、最高裁は、移送の要件を欠くと考えている事件を審判する ことに「気乗り薄」であるから、これに上告審としての適正な審判は期待でき ないということを、根拠に挙げているものもある 12)。 評者は、以下に述べるように( (3)~(6) ) 、肯定説が根拠としていること は成り立たず、否定説が正しいが、ただし、従来の否定説が自説の根拠として 挙げる上記の①から④の事項の中にも、成り立たないこと、あるいは根拠とし て決定的ではないこともあると考えている。なお、そのほかに若干補足してお きたいこともある( (7) 、 (8) ) 。 (3) この問題について決定的で最も重要な意味を持つのは、民訴法 22 条 1 項(旧民訴法 32 条 1 項)が 民訴法 324 条(旧民訴法 406 条 ノ 2)に 基 づ く 移 送決定に適用されるか否かという点である。この点は否定すべきである。その 理由は次のとおりである。たしかに、民訴法 22 条(旧民訴法 32 条)は民事訴 訟法典中の「第 1 編 総則」の規定であるから、基本的に民事手続上のすべて の移送の裁判に適用されるはずである。しかしながら、同条 1 項が確定した移 送決定に受移送裁判所に対する拘束力を付与するのは、同条 2 項が他の裁判所 への移送を禁じるのと相俟って、事件が移送裁判所と受移送裁判所の間を際限 なく往復させられ――たとえていえば、シャトル状態になる――あるいは、い くつもの裁判所をたらい回しにされて、紛争の解決が遅延し 13)、最悪の場合 永遠に解決に至らない(理論的にはそうなることもあり得る)危険を避けるこ とを目的としている。しかし、高裁がした移送決定を受移送裁判所である最高 11)‌菊井=村松・前掲注(4)290 頁、鈴木=鈴木編・前掲注(4)334 頁〔遠藤(賢) 〕 。斎藤 ほか編・前掲注(4)580 頁〔遠藤(功)ほか〕は立法論として刑訴規則 248 条のような 規定を民事訴訟にも設けることを提案している。 12)斎藤ほか編・前掲注(4)580 頁〔遠藤(功)ほか〕 。 13)川嶋・前掲注(4)120 頁。 240.

(9) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 裁が取り消して、事件が移送裁判所である高裁に戻ってきた場合には(3で述 べるように、否定説を支持する従来のすべての学説がこの状況を、事件が差し 戻されると考えているが、評者はこれを差戻しとは考えない) 、この危険は生 じない。なぜなら、裁判所法 4 条が「上級審の裁判所の裁判における判断は、 その事件について下級審の裁判所を拘束する」と定めているからである。ただ し、裁判所法 4 条はこれまで、上訴審裁判所の裁判の原審または原々審に対す る拘束力を定めるものとしてのみ説明されていた 14)。民訴法 324 条に基づく 高裁から最高裁への移送は上訴による移審ではないから、裁判所法 4 条が本来 予定している事態ではないということもできそうである。しかし、最高裁と高 裁とが上級審と下級審の関係にあることに間違いはないので、高裁の移送決定 を取り消す最高裁の決定における判断は裁判所法 4 条により高裁を拘束する。 要するに、民訴法 22 条は民事手続に関する総則規定ではあるが、民訴法 324 条に基づく移送決定の最高裁による取消決定からは、民訴法 22 条がその 回避を目的とした危険が生じないので、上告裁判所である高裁から最高裁への 移送決定には同条は適用されないと解すべきである 15)。これが、否定説が正 当であることの決定的な根拠である。 (4) 否定説が自説の根拠として挙げることのうち、民訴法 324 条に基づく移 送が法令解釈の統一を目的とするものであるということは、以下に述べるよう に、同説の根拠にならない。 もとよりこの移送は法令解釈の統一を図ること、言い換えれば、わが国内で 14)兼子一「上級審の裁判の拘束力」 『民事法研究Ⅱ』81 頁以下(酒井書店、1954 年。初出、 法協 68 巻 5 号〈1950 年〉 ) 、最高裁判所事務総局総務局『裁判所法逐条解説(上) 』36─ 42 頁(法曹会、1968 年) 、 兼子一=竹下守夫『裁判所法』133 頁(有斐閣、 第 4 版、1999 年) 。 15)三 ケ月章『民事訴訟法』302 頁(弘文堂、第 3 版、1992 年)は、移送に関する「総則の 規定はもっぱら第一審での移送を眼中においている……」と述べ、新堂幸司『新民事訴 0 0 0 訟法』679 頁(弘文堂、第 5 版、2011 年)は「移送の裁判は移送を受けた他の同級の裁 判所を拘束する」 (傍点評者)と述べている。これらは、表現は異なり、また必ずしも 詳細な理由が示されてはいないが、本文で述べた評者の見解と同旨であろう。 241.

(10) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 上告裁判所の判断の間に齟齬が生じるのを防ぐことを目的としていることは、 そのとおりである。しかし、移送の要件が具備していない場合、すなわち最高 裁が、高裁の意見が判例と相反していないと判断した場合、移送決定が取り消 されて、高裁が審判をすることになっても、最高裁のこの判断が正しいかぎり、 上告裁判所の判断の間に齟齬が生じることはたしかにないであろうが、最高裁 が当該事件を審判しても、そのような齟齬が生じることはもちろんない。この ように、拘束力が否定されて上告裁判所である高裁が審判することになっても、 あるいは、 拘束力が肯定されて最高裁が審判することになっても、 いずれであっ ても法令解釈の統一は害されない。したがって法令解釈の統一は、この移送の 拘束力を否定するための決定的な根拠ではない。 (5) 否定説の一部が根拠として挙げる刑訴規則 248 条 1 項であるが、この規 定とその前提になる同規則 247 条は判例の統一にかかわるものでも、高裁が 行った移送決定の取消しにかかわるものでもない。したがって刑訴規則 248 条 1 項は民訴法 324 条に基づく高裁から最高裁への移送決定の最高裁による取消 しの許否に直接かかわるものではなく、それゆえこの許否を判断するさいの決 め手にはならない。 ただし、刑訴規則 248 条 1 項は、もともと高裁に係属する事件を最高裁と高裁 のいずれが審判するかを決める最終的な権限を、最高裁に付与するものである 点で、否定説は肯定説よりもこの規定により整合的であるということはできる。 (6) 否定説の一部が指摘する、移送の要件を欠くとき、最高裁は事件の審判 に「気乗り薄」だということは、同説の根拠にならない。なぜなら、仮に肯定 説にしたがって、要件を欠いていながら移送された事件でも自ら審判しなけれ ばならないということになったとしても、最高裁が適正な審判をするための労 を惜しむということは、考えにくいからである。 (7) 最高裁が否定説にしたがい移送決定を取り消して、本来の上告裁判所で ある高裁に審判をさせる場合と、肯定説にしたがって自身で審判をする場合と では、前者におけるほうが最高裁の負担は軽いであろう。ただし、たしかに移 242.

(11) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 送決定を取り消すためだけでも、多くの事件において、最高裁は事件の内容に かなり踏み込んだ審理をしなければならないであろうから、最高裁が上記の二 つのそれぞれの場合に費やすであろう労力に、それほど大きな差はないかもし れない。しかしそれでも、移送決定を取り消すだけなのと、上告審として事件 を審判するのとで、費やす労力に差はやはりあるであろう。ところで、旧民事 訴訟法から現行民事訴訟法への改正にあたり、重点事項とされた点の一つが最 高裁の負担軽減である 16)。このことを考えれば、否定説が現行民事訴訟法立 法の趣旨により適っているということができる――このことが否定説の決定的 な根拠になるわけではないが――。 さらに、民事訴訟法改正にあたり最高裁の負担軽減のために設けられた制度 で重要なのは上告受理申立制度であり、この制度においては、判例違反等の存 在を認めて、 上告を受理するか否かは、 最高裁が判断することになっている(民 訴 318 条 1 項)17)。すなわち、この判断の権限が最高裁に付与されている。こ の点で否定説は肯定説よりも上告受理申立制度により整合的であるということ ができる 18)――このことも否定説の決定的な根拠ではないが――。 (8) 第二次大戦後の民事訴訟法改正における立法担当者が、移送が最高裁を 拘束すると考えていたことであるが、法の解釈にあたり立法担当者の見解はも とより尊重されなければならないが、決定的な意味を持つものではない。とく に、立法担当自身は、拘束力肯定の理由として現行民訴法 22 条にあたる旧民 16)法務省民事局参事官室編『一問一答新民事訴訟法』341─342 頁(商事法務研究会、1996 年) 。 17)こ の点に関する立法の意図および経緯につき、法務省民事局参事官室編・前掲注(16) 343─347 頁参照。 18)本決定の判例批評である坂田宏「判批」法学教室 463 号 137 頁(2019 年)がこのことを 指摘している。また、本決定を紹介する各法律雑誌の解説欄(無記名)においても同様 のことが述べられている(判時 2405 号 20 頁、21 頁、判タ 1458 号 85 頁、86 頁、金法 2111 号 68 頁、69 頁) 。川嶋・前掲注(4)120 頁も同じことを考えているのであろう。 243.

(12) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 訴法 32 条を挙げていたが、同条が上告裁判所である高裁から最高裁への移送 に適用されないことは、先に述べたとおりである。このことからも、立法担当 者の見解が肯定説であったからといって、当然に肯定説が正しいということに はならないといえる。. 3 移送決定取消しのさいの移送裁判所(高裁)への差戻し? 以上のように、最高裁は、民訴法 324 条に基づく高裁からの移送を受けても、 移送の要件が具備していないと判断すれば、移送決定を取り消すことができる。 ところで、否定説の学説は、評者の知るかぎり、すべて、その場合の最高裁の 措置は移送決定の取消しと移送裁判所への差戻しだとしている 19)。 たしかに上告審判所が原判決を破棄する場合には、同裁判所は事案に応じて 事件を原裁判所に差し戻すか、原裁判所と同等の裁判所に移送するか、自判し なければならない(民訴 325 条 1 項・2 項・326 条) 。しかし、そうしなければ ならないのは、破棄によっても原判決による原審での手続の終了効は消滅しな いため、原審の手続は復活しない一方、破棄だけでは事件は解決せず、事件を 解決させるためには、これに加えて上告審が何らかの処理をしなければならな いからである。しかし、手続上の措置である裁判を取り消す裁判の場合は、そ れと異なり、取消しによって取り消された裁判の効力が消滅し、手続がその裁 判が行われる前の状態に当然に戻る。民訴法 324 条に基づく移送決定の取消し の場合は、これによって当然に、言い換えれば、差戻しの措置がなされるまで もなく、事件が上告裁判所である高裁に係属する状態が復活する。したがって、 最高裁は取消しの決定に併せて事件を差し戻す必要はなく、むしろ差し戻すこ とはできないのである。 なお、差戻しの場合は、原判決に関与した裁判官は差戻後の裁判に関与する ことができない(民訴 325 条 4 項)のに対して、移送決定の取消しの場合は、 19)注(4)に同じ。 244.

(13) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 取消しによって当該事件はもとの裁判所(裁判機関としての裁判所)に再び係 属することになり、移送前と同じ裁判官がこれを担当することになる。この点 でも、移送決定を取り消す決定と破棄判決は異なる。 最高裁は本決定の主文において移送決定の取消しを宣言するのみで、事件を 差し戻す旨の宣言はしていないが、それは正しい。. 4 「判例」の意義 (1) 本件では、上告審である高裁は、自らの意見が判例と相反していると 判断し、最高裁は、両者は相反していないと判断した。したがって、本決定 を評価するためには、この判断の是非も検討しなければならず、そのために はさらに、判例とは何か、とくに、最高裁(場合によっては、大審院または 上告裁判所もしくは控訴裁判所としての高裁〈民訴規 203 条参照。民訴 318 条 1 項も参照〉 。以下「最高裁等」という)の裁判のどの部分が判例であるの かを、明らかにしなければならない。この点については詳細な議論がなされ ているが 20)、本稿ではただ以下のことを述べるに止める。 英米法のような判例拘束性の原理(doctrine of stare decisis)を持たない日 本法においては、判例の法源性は否定される(通説)21)。しかし、わが国の唯 一の最上級審である最高裁判所の裁判は、同種の事件における下級裁判所の判 20)この問題に関する最近の優れた研究として、 三木浩一「民事訴訟における 『判例』の意義」 『民事訴訟における手続運営の理論』52 頁以下(有斐閣、2013 年。初出、 法教 385 号〈2012 年〉 。ただし、収録にあたり改題および加筆・改稿されている)がある。この問題に関 する文献は、同論文中に引用されている。 21)三木・前掲注(20)55 頁、および同論文同頁注(8)に掲示されている文献を参照。 ‌ ただし、君塚正臣「判例の拘束力――判例変更、特に不遡及的判例変更も含めて――」 横浜法学 24 巻 1 号 88 頁以下(2015 年)は、本文で述べられた理由で判例の法源性(法 的拘束力)を否定する見解に批判的である。君塚教授の論文では判例に関する重要な問 題が論じられているが、本稿では、本文で述べた考え方を前提として検討を進める。 245.

(14) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 断を事実上拘束するので、 「法源的機能」を有するといえる。一方、 制定法中に、 「判例」という言葉が使われていることがある。具体的には、①民訴法 318 条 1 項(上告受理申立事由 に 関連) 、②同法 337 条 2 項(許可抗告事由 に 関連) 、 ③民訴規則 192 条・199 条 1 項・209 条(上告理由等の記載に関連) 、④民訴規 則 203 条(本件で問題になった、上告審である高裁から最高裁への移送に関連) においてである。そのほかに、裁判所法 10 条 3 号(最高裁の大法廷で取り扱 う事件に関連)には「判例」ではなく「前に最高裁判所のした裁判」という言 葉が使われているが、これも意味するところは「判例」である。これらは「制 定法上の判例」と呼ばれる 22)。 前述のように、判例(ここでは「制定法上の判例」 。本稿で以下「判例」と いうのは「制定法上の判例」である)の意義について議論が分かれているが、 最高裁等の裁判中、その裁判の結論を引き出すために必要不可欠な法的判断、 すなわち主論が判例であり、いわゆる傍論は判例ではないと考える点では、学 説はおおむね一致している 23)。ただし、最高裁は傍論で重要な判断を示して、 それが先例としての意味を持つことがあったとして、傍論における判断を判例 から除外すべきでないとする少数説も、存在する 24)。たしかに、最高裁の裁 判中の傍論がその後の学説や実務に重要な意義を持ち 25)、かつ最高裁がその 後の実務の指針にしようとして、そのような傍論を示したのではないかと推測 22)本文における「法源的機能」および「制定法上の判例」の呼称は三木・前掲注(20)53 頁による。 23)法務省民事局参事官室編・前掲注(16)354 頁、中野次雄編『判例とその読み方』29 頁 以下〔中野次雄〕 (有斐閣、3 訂版、2009 年) 、三木・前掲注(20)56 頁参照。 24)笠井=越山・前掲注(3)1088─1089 頁〔笠井〕 、高田 ほ か 編・前掲注(1)316 頁〔勅使 河原和彦〕 。 25)中野編・前掲注(23)38─39 頁〔中野〕はその例として、朝日訴訟大法廷判決(最大判 昭和 42 年 5 月 24 日民集 21 巻 5 号 1043 頁) 、全逓東京中郵事件大法廷判決(最大判昭和 41 年 10 月 26 日刑集 20 巻 8 号 901 頁)を挙げている。 246.

(15) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. されるような例はある。そして、その傍論が現実にその後の実務に影響を及ぼ していることも、否定できないであろう。しかし、それは傍論中の判断の事実 上の影響力(法源的機能といえるであろう)であって、この判断をも判例に含 めることは、判例の意味の行き過ぎた拡大である。 (2) 坂田宏教授は本決定の判例批評の中で、本件で判例として問題になった 平成 11 年判決が登載されているのが『裁判集民事』であること(その主旨は、 『最高裁判所判例集』 (民集)に登載されてないということであろう)から、同 判決が厳密な意味の判例でないと述べておられる 26)。たしかに、 『最高裁判所 判例集』には最高裁判所判例委員会の選んだ裁判が登載され(毎号の裏表紙に そのことが記されている) 、同会は、同会自身が今後判例として実務の指針とな ることが望ましいと考える裁判を選んでいると推測される。しかし、同会が選 んだか否かに、法的な意味があるわけではない。また、民訴法 318 条 1 項、民 訴規則 203 条等の明文規定において、 『最高裁判所判例集』に登載されたことが、 判例であるための要件であると定められているわけでもない。したがって、わ が国唯一の最上級審の裁判所である最高裁の裁判中の法的判断は、 『最高裁判所 判例集』に登載されたか否かにかかわらず、判例となる資格がある 27)。. 26)坂田・前掲注(18)137 頁。 27)秋山ほか・前掲注(4)357─358 頁には、 「判例集に登載されたものと、されていないも のとに差異があるかという問題(上告受理された事件の判決であっても、判例集に登載 されていないものも多い〔高橋宏志ほか『 《座談会》民事訴訟法改正 10 年、そして新た な 時代 へ』ジュリ 1317 号 36 頁〔福田剛久発言〕 (2006 年)参照〕……)も あ る」と い う記述がある。ただし、 ここに引用されている文章のうち本文(カッコ外の部分)は、 『最 高裁判所判例集』に登載されている裁判だけが「判例」となり得るのかという点を問題 にしているが、カッコ内の論述は、上告受理された事件の裁判が判例集に登載されるか 否かという点を問題にしている。引用されている福田剛久氏の発言も、後者に関する発 言である。 247.

(16) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 5 上告裁判所である高松高等裁判所の意見と判例(平成 11 年判決) (1)平成 11 年判決の事案は次のようである。X 28)はY(銀行)との間で、Y と訴外Aとの間の相互銀行取引より生ずるAのYに対する債務について、昭 和 57 年 7 月 に、極度額 を 500 万円 と す る 連帯保証契約 を、ま た 昭和 58 年 5 月に、X所有の土地について極度額を 1500 万円、債権の範囲を相互銀行取 引、手形債権および小切手債権、債務者をAとする根抵当権設定契約を締結 した。YはAに、昭和 59 年 4 月、証書貸付の方法により 3300 万円を貸し付 けた。Aは、 昭和 61 年 4 月 5 日、 東京手形交換所において取引停止処分を受け、 前記貸金債権について期限の利益を喪失し、同年 6 月 9 日、破産宣告(当時) を受け、前記根抵当権の担保すべき元本が確定した(民 398 条ノ 20 第 1 項 5 号〈当時〉 。現 4 号) 。Yは昭和 62 年 5 月前記土地について根抵当権の実行と しての競売を申し立て、同月 26 日、競売開始決定がなされ、その決定正本が Aの破産管財人およびXに送達された。Xは、平成 2 年 3 月 31 日、Yに対し て連帯保証債務の不存在確認請求等の訴えを提起した 29)。Yは、平成 6 年 9 月 30 日(これは、A が期限の利益を喪失した昭和 61 年 4 月 5 日から商事消 滅時効期間である 5 年〈商 522 条〉の経過後である) 、金銭債権の残額が存在 する旨の主張を記載した準備書面を原審裁判所に提出し、Xはこれを受領し た。Xは、平成 7 年 1 月 27 日、Yに対し根抵当権の極度額である 1500 万円 を支払い、同日、Yは前記競売の申立てを取り下げた。Xは、この申立ての 取下げの後、この訴訟において貸金債権についての商事消滅時効を援用した。. 28)原告(X)は訴訟係属中に死亡したようで、判例集の上告人の欄には「亡○○○○訴 訟承継人△△△△」というようにして 4 名の氏名が記載されている(裁判集民事 193 号 687 頁) 。また、訴訟承継が行われたのが訴訟のどの段階であるかは判例集の記載からは、 判明しない。しかし、訴訟承継の点は本稿で検討されている問題には関係がないので、 本文では原告・上告人は一貫して「X」と表記する。 29)ただし事件名は「土地根抵当権設定登記抹消登記等請求事件」である。 248.

(17) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. そこで、不動産競売の申立てによって生じた時効中断の効力 30)が、申立ての 取下げによって遡及的に消滅するかが問題になった。最高裁は、根抵当権の 実行としての競売が申したてられ、執行裁判所が競売開始決定をし、決定正 本を債務者に送達した場合、民法 155 条により被担保債権について消滅時効 中断の効力が生じるが 31)、根抵当権の実行としての競売の申立てから裁判上 の催告としての効力は生じないとしたうえで 32)、債権者が競売申立てを取り 下げたときは、時効中断の効力は、差押えが権利者の請求によって取り消さ れたとき(民 154 条)に準じ、遡及的に消滅するとして 33)、債務不存在確認 請求を認容した。. 30)時効中断の効力が生じるのは執行申立時か執行着手時(差押時)かにつき古くは、議論 があったが、現在の判例、多数説は執行申立時説を採る。大決昭和 13 年 6 月 27 日民集 17 巻 1324 頁、最判昭和 59 年 4 月 24 日民集 38 巻 6 号 687 頁、我妻栄『新訂民法総則(民 法講義Ⅰ) 』468─469 頁(岩波書店、1965 年) 、中野貞一郎=下村正明『民事執行法』645 頁(青林書院、2016 年) 。判例、学説の詳細については、塚原朋一「判例解説」判解民 昭和 59 年度 170 頁以下、渡邉拓「仮差押えの時効中断効と不動産競売の関係について の一考察――最近の最高裁判決を素材として――」法政研究(静岡大学人文社会科学部) 5 巻 3・4 号 343 頁、357 頁注(20) (2001 年)等参照。 31)最判昭和 50 年 11 月 21 日民集 29 巻 10 号 1537 頁が参照すべき判例として挙げられている。 32)最判平成 8 年 9 月 27 日民集 50 巻 8 号 2395 頁が参照すべき判例として挙げられている。  執行申立てに裁判上の催告の効果を認めるか否かについては、この事件および関連す る事件の第 1 審判決が出されたのを機に、議論が盛んになった。これを認める学説も相 当多数あり、有力だった。学説の詳細については、孝橋宏「判例解説」判解民平成 8 年 度 784─785 頁(注五) 、中田裕康「判批」民商 116 巻 4・5 号 252 頁以下(1997 年) 、生 熊長幸「判批」リマークス 2000 年(下)12 頁等参照。 33)既 に、大判昭和 17 年 6 月 23 日民集 21 巻 716 頁が同様の判断をしており、この判例の 判例批評はいずれもこの点で判旨に賛成している。 小山昇 「判批」 『判例民事法昭和 16 年度』 152 頁、 中村英郞「判批」民商 17 巻 2 号 62 頁(1943 年) 、 柳川昌勝「判批」新報 53 巻 9 号 99 頁(1943 年) 、 河本喜與之「判批」日本法学 9 巻 1 号 60 頁(1943 年) 。この点の詳細つい ては、渡邉・前掲注(30)351 頁参照。 249.

(18) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). (2) このように、平成 11 年判決においては、競売申立て(執行申立て)の 取下げによって時効中断の効力が遡及的に消滅するという判断が、裁判の結論 を出すために必要不可欠なもの、すなわち主論であり、したがってこの判断は 判例になっているということができる。 そして、本件においても債権者は差押えの申立て(執行申立て)を取り下げ たのだから、平成 11 年判決の主論を本件に当てはめれば、時効中断の効力が 遡及的に消滅することになりそうでもある。実際に本件の上告裁判所である高 松高裁はそのように解したうえで、自らの意見はそれと異なるとして、最高裁 への移送決定をした。ところが最高裁は「平成 11 年判決は……本件意見とは 前提を異にしている」との理由で、高松高裁の意見は平成 11 年判決と相反し ていないと判断した。 最高裁が、平成 11 年判決の事案と本件事案の間の相違点としたのは、前者 においては債権者が請求債権の満足を得ることなく競売申立て(執行申立て) を取り下げたのに対して、後者においては債権者が、執行手続において請求債 権の一部につき満足を得たうえで、差押申立て(執行申立て)を取り下げた点 である。 両者の間にこのような違いがあるとみることに対しては、疑問の余地がない わけではない。というのは、平成 11 年判決の事案においても、根抵当権を実 行された物上保証人が債権者・根抵当権者に根抵当権の極度額を支払ってお り、かつ実際にはそのことが、債権者が競売申立てを取り下げたことの動機に なっていると推測される。そうすると、担保権者は実質的には極度額において 債権を回収し、そのかぎりで満足を得ていたとみることもできなくはないから である。しかし、物上保証人の支払は担保権の実行手続、すなわち執行手続の 外でなされたものであり、執行手続によって債権が回収されたわけではない。 したがって、平成 11 年判決の事案と本件事案はたしかに相違している。 (3) 学説の中には、執行申立ての取下げによって時効中断の効力が遡及的に 消滅するという命題に対して、例外として、時効中断の効力の遡及的消滅の否 250.

(19) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. 定、言い換えれば時効中断効の取下時までの持続を認めるべき場合が存在する、 と主張をするものがある 34)。ただし、例外を認めるべきであるとすれば―― 評者も、後述のように、認めるべきと考えるが――いかなる場合を例外と評価 できるか、言い換えれば、例外と評価するための基準は何かが、問題になる。 この点につき「債権者がやむを得ない理由により取り下げる場合」をこの例 外として挙げる学説があるが 35)、これに対しては、 「やむを得ない理由」は基 準として抽象的、概括的すぎるとの批判もある 36)。具体的な事例として挙げ られているのは、たとえば、債権執行において被差押債権が不存在のため差押 命令の申立て(申請)が取り下げられた場合 37)、 給料債権等の差押えにおいて、 債務者が被差押債権の満額の差押えを受ける前に(債権者が請求債権の一部の 満足を得た後に、と言い換えることができよう)退職した等の理由から、差押 えの申立てが取り下げられた場合 38)等である 39)。 評者は、この点について次のように考える。債権者の意思による執行申立て の取下げを民法 154 条が規定する「権利者の請求」による差押え等の取消しに 準じるものとみて、これにより時効中断の効力が遡及的に消滅すると解するの. 34)小澤征行「債権差押命令申請の取下げと時効中断の効力の失効」金法 1129 号 23 頁(1986 年) 、櫻井英喜「差押えを取り下げた場合の時効中断効の帰趨」金法 1398 号 59 頁(1994 年) 、 中田裕康「判批」判評 453 号 37 頁(判時 1576 号 191 頁) (1996 年) 、 松久三四彦「判 批」金法 1588 号(金融法研究 10 号)24 頁(2000 年) 、菅原胞治「判批」銀行法務 21・ 577 号 56─57 頁(2000 年) 。 35)櫻井・前掲注(34)59 頁。 36)酒井廣幸『時効の管理』177 頁(新日本法規出版、増補改訂版、1995 年) 、中田・前掲注 (34)37 頁。 37)小澤・前掲注(34)23 頁。下級審裁判例 も あ る(た だ し 傍論) 。京都地判昭和 38 年 12 月 19 日判時 368 号 64 頁=金法 365 号 3 頁。櫻井・前掲注(34)60 頁注(12)参照。 38)小澤・前掲注(34)23 頁、櫻井・前掲注(34)59 頁。 39)そのほかの例につき、菅原・前掲注(34)57 頁参照。 251.

(20) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). は、一般論としては正しいし、妥当である。なぜなら、その場合には債権者は 自らの意思で執行による権利の満足を放棄したとみなすことができるからであ る。しかし、債権者が執行申立てを取り下げても、彼が申立てにより実現しよ うとした権利の満足を放棄したとみなすことができないような事情がある場合 にまで、時効中断の効力を遡及的に消滅させることは、この消滅の根拠となっ た民法 154 条の法意に沿わないし、また妥当性を欠く。したがって、このよう な場合には例外として時効中断の効力が遡及的に消滅することはないものと考 えるべきである。そのような事情があって債権者が申立てを取り下げるとき、 取下げは決して債権者にとって本意ではなく、やむを得ずに、言い換えれば、 「やむを得ない理由」によりなされるものである。たしかに、 「やむを得ない理 由」は、 批判されているように、 基準として抽象的、 概括的である。しかし、 個々 の場合を例外と評価すべきか否かを判断するには、利害関係人、とくに債権者、 債務者、場合によっては物上保証人等についての利益衡量によらなければなら ず、一般的な基準としてはこの程度のものを提示するしかなく、あとは個別の 事案ごとに判断せざるをえないのではないだろうか 40)。 評者は、前述の、給料債権の差押え――本件でも、差し押さえられたのは給 料債権であるが――において債務者が被差押債権の満額の差押えを受ける前に 退職した場合は、例外と評価できると考える。なぜなら、この場合、債権者が 差押えの申立てを取り下げたのは、債権の満足を放棄したからではなく、債務 者の退職後は当該執行によって満足を得ることがもはや不可能になったからで あり、取下げはまさに「やむを得ない理由」によるということができる。それ. 40)それゆえ、この点に関する個々の事案における結論は、判断する人の基本的な考え方に よってかなり差が出ることになるであろう。たとえば、 「取下げによる時効中断効の不 0. 0. 0 0 0. 0. 0 0. 発生を否定しうるのは、ごく例外的な場合……に限られると考える」 (傍点筆者)と述 べる、中田教授(中田・前掲注(34)37 頁)は、例外的な場合と認めることに厳格であ ると推測される。 252.

(21) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. に対して、請求債権の一部の満足を得た債権者が、当該執行によって債権残額 の満足を得ることが可能であったにもかかわらず、差押えを取り下げた場合に は、時効中断の効力は消滅すると解するのが妥当である。このように、一部の 満足を得た債権者が執行の申立てを取り下げた場合でも、状況は多様であり、 一部の満足を得たことにより時効中断の効力が遡及的に消滅するときもあれ ば、消滅しないときもある。 (4) (2)で述べたように、 「平成 11 年判決は……本件意見とは前提を異にし ている」という最高裁の説示は、債権者が執行の申立てを取り下げた場合でも、 当該執行によって全く満足を得ることなく取り下げたときと、請求債権の一部 につき満足を得たうえで取り下げたときとは事情が異なるということを意味す るものと解される。評者は、 (3)で述べたように、債権者が一部の満足を得た うえで執行の申立てを取り下げたときにも、さらに、やむを得ない理由によっ て取り下げたときと、そうでないときとがあり、前者では取下げにより時効中 断の効力が遡及的に消滅することはないが、後者では消滅すると考えている。 しかし、最高裁の説示では、この区別がなされていないので、これを文言どお りに解釈すれば、債権者が請求債権の一部の満足を得ていれば、時効中断の効 力の遡及的消滅が一律に否定されるということになりそうである。しかし評者 は、最高裁の説示の真意がそのようなことであるとは、必ずしも断言できない と考える。その理由は以下のとおりである。 評者のように、執行申立ての取下げがやむを得ない理由でなされたときと、 そうでないときとを、区別するとしても、債権者が一部の満足を得た後の取下 げには時効中断の効力を遡及的に消滅させない可能性があるので、債権者が当 該執行手続によって全く満足を得ることなくその申立てを取り下げたときとは 異なるということができる。そして、債権者が一部の満足を得た後に執行の申 立てを取り下げた本件で、上告裁判所である高松高裁が、平成 11 年判決(判例) は、債権者が一部の満足を得た後に行った執行申立ての取下げにより時効中断 の効力は例外なく遡及的に消滅するとしているという理由で行った、移送決定 253.

(22) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). を受けた最高裁としては、債権者が一部の満足を得ていれば一律に時効中断の 効力が消滅しないと解する立場か、あるいは、一律に消滅しないわけではない が消滅しないこともあると解する立場の、いずれに立つとしても、平成 11 年 判決の事案と本件の事案では前提が異なるとして、移送決定を取り消すことに なるであろう。そうであれば、最高裁は、この取消決定を出すにあたって、上 記の区別をなすべきか否かを明確にする必要はない。このことが、最高裁の説 示の真意が、債権者が請求債権の一部の満足を得ていれば、時効中断の効力の 遡及的消滅は一律に否定されるということであると断言できない理由である。 いずれにしても、平成 11 年判決と本件事案の前提に違いがあるとした、最 高裁の判断は正しかったといえる。 (5) 執行申立ての取下げによって時効中断の効力が遡及的に消滅するという 命題とその例外の関係について、上告裁判所である高松高裁は移送決定理由中 0 0. 0. 0. で、平成 11 年判決は「差押えが取り下げられたときは、例外なく時効中断効 が遡及的に消滅する旨判示している」 (傍点筆者)と説示している。たしかに、 平成 11 年判決は、競売申立てが取り下げられても例外的に時効中断の効力が 消滅しない場合があるか、あるとすればいかなる場合かということには、触れ ていない。しかし、そのことから、平成 11 年判決がかような例外的な場合の 存在を排除していると即断すべきではない。その理由は以下のとおりである。 まず、執行申立ての取下げにより時効中断の効力が遡及的に消滅するという ことは、執行申立ての取下げは、時効中断の効力の遡及的消滅という法律効果 発生のための要件事実であるということだと解される。次に、例外と評価され る事実があれば、時効中断の効力の消滅という法律効果が生じないということ は、その事実は法律効果発生に対する障害事実であるということだと解される。 ところで、弁論主義が適用される訴訟においてある法律効果の発生が主張され、 その要件事実が証明されたとき、裁判所は判決のさい法律効果発生の障害事実 については、とくにそれが抗弁として主張されていないかぎり、考慮せず、判 決理由中でも言及しないのが普通である――裁判所がこれを予想して、念のた 254.

(23) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. めに、これがあった場合について言及することもなくはないであろうが、その 言及は傍論である――。平成 11 年判決の事案では、例外と認めるべき事実は 主張されていなかったので、もともと例外を認めるべき事由の存否は問題にな らなかった。したがって、同判決が理由中でとくに例外に触れていないのは当 然のことであり、例外を排除しているがためではない。 ちなみに、平成 11 年判決の事案では X は物上保証人であると同時に連帯保 証人でもあったのだから、根抵当権消滅請求権を行使し得なかった(民 398 条 の 22 第 1 項・3 項)のであり、Y の有する根抵当権は消滅していなかった。 それにもかかわらず、Y は競売の申立てを取り下げてしまったのだから、時効 中断の効力の消滅が認められても、具体的妥当性の点で問題はなかったといえ る 41)。この判決の判例批評で、判旨に反対しているものは、評者の知るかぎり、 存しない 42)。 (6) (2)~(5)で述べたことを要約すると、次のようになる。平成 11 年判 41)このことは平成 11 年判決の判例批評である生熊・前掲注(32)13 頁、 菅原・前掲注(34) 56 頁、松久・前掲(注 34)24 頁が指摘している。  もっとも、菅原・前掲注(34)56 頁には、平成 11 年判決当時の金融実務界には、根抵 当権の極度額の支払があれば、根抵当権者は担保解除に比較的簡単に応じる傾向があった と窺わせる、記述がある。根抵当権者としては、極度額での満足は得られており、かつそ れ以上の満足を得ることは難しいので、担保解除に応じることが多かったということであ ろう。掲載誌に記載されている著者の肩書き( 「第一勧業銀行法務室」 )から、この記述は、 当時の金融実務の状況を熟知したうえでなされたものであると推測される。上記の実務の 傾向を考慮すると、競売申立てを取り下げたことを理由として、時効中断の効力が消滅し たとすることは、債権者・根抵当権者である Y に気の毒な面もなくはない。 42)平成 11 年判決に対する判例批評中、生熊・前掲注(32)13 頁が、判旨が妥当であるこ とを明言している。松久・前掲注(34)24 頁、 菅原・前掲注(34)56─57 頁、 大沼洋一「判 批」判タ 1065 号(平成 12 年度主要民事判例解説)35 頁(2001 年)も同様に考えている といえよう。小野秀誠「判批」金商 1099 号 59 頁(2000 年)は、評者にはやや理解しに くいが、やはり同様に考えていると思われる。これに対して、片岡宏一郎「判批」判タ 1037 号 65 頁以下(2000 年)は、平成 11 年判決における別の争点のみを取り上げ、競売 申立ての取下げによる時効中断の効力の消滅の問題は論じていない(とくに 66 頁 3 段 目参照) 。 255.

(24) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 決と本件では事案が異なり、前者において執行申立て(競売申立て)の取下げ により時効中断の効力が遡及的に消滅するとの判断がなされ、本件では執行申 立て(差押申立て)が取り下げられても時効中断の効力が遡及的に消滅する ことはない(評者の見解によれば、厳密にいうと、 「消滅しない可能性がある」 ということになるが)との判断がなされても、両者の間で意見が相反している わけではない。したがって、本件で最高裁が上告裁判所である高松高裁の移送 決定を取り消したことは、首肯できる。. 6 移送決定取消後に上告裁判所(高松高裁)が執るべき措置 以上のように、最高裁が高松高裁の移送決定を取り消したことは、正しかっ たといえる。しかし、だからといって、移送決定を取り消された高松高裁が上 告裁判所として当然に、本件において時効中断の効力は消滅していないという ことを前提にした判決、すなわち、請求債権はなお存在し、それゆえ請求異議 は成り立たず、請求を棄却した第 1 審判決は正しかったとして、第 2 審判決を 破棄し、控訴棄却の自判をすることができるわけではない。なぜなら、本件で は、債権者が請求債権の一部の満足を得たという事実は、たしかに第 1 審にお いて主張、立証されているが、第 2 審では、第 2 審裁判所が、この事実が時効 中断の効力の遡及的消滅という法律効果に対する障害事実になるとは考えてい なかったため、その存否についての審理、判断がなされておらず、それゆえそ の存否は事実審で確定されたとはいえないからである。 とはいえ、第 1 審、第 2 審を通した訴訟の経緯から、Y が上記の事実を主張 していること、第 1 審では Y がその立証に成功していること、および、その 立証の成否が訴訟の結論を左右するものであることが認められる。したがって、 上告裁判所が執るべき措置は、債権者が満足を得たという事実の存否を事実審 で審理させるために、事件を第 2 審裁判所に差し戻すことである。 なお、評者の見解によれば、事件を差し戻された第 2 審裁判所は、Y が請求 債権の一部の満足を得たことを認定したなら、さらに Y の差押申立ての取下 256.

(25) 民訴法 324 条に基づく移送決定についての取消しの許否. げにつき、それがやむを得ない理由に基づくものと評価できるか否かを、審理 し判断しなければならない。. 7 平成 11 年判決、本件最高裁決定と民法(債権関係)改正法 民法の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 44 号)は令和 2 年(2020 年) 4 月 1 日に施行される。これにより時効、とくに消滅時効に関する規定も大幅 に変更される。もとより、本件には改正法ではなく現行法が適用されたので、 本稿のこれまでの検討も現行法を前提としてなされている。仮に平成 11 年判 決および本件と同様の事案に改正後の消滅時効に関する規定を適用したら、ど のような結果になるかは、現行法下の判例である本件の評釈では論じる必要は ないであろう。しかしこの点についても、現在の評者の考えつく範囲のことを 以下に述べる。 まず、債権者が、執行手続で全く満足を得ることのないままに、執行を取り 下げた場合、平成 11 年判決は、前述のように、時効中断の効力は遡及的に消 滅し、催告としての効力も否定した。それに対して、改正後は、このような場 合には、取下げから 6 箇月は時効の完成が猶予されることになる(改正後の民 148 条 1 項柱書括弧書・同項 1 号・2 号・同条 2 項但書) 。これは、改正前(そ れゆえ、本稿執筆時)において相当多数の学説によって主張された 43)、そし て平成 11 年判決の原審が採用した、このような場合に裁判上の催告の効力を 認める考え方と同じである。 次に、本件の事案におけるように、債権者が当該執行手続において請求債権の 一部の満足を得た後に、執行を取り下げた場合に、改正後の民法を適用するとど うなるかについては、一方で、一部とはいえ、債権者は満足を得ているから、強 制執行、担保権の実行が終了したとみなされて、取下げの時点から時効が更新さ れる(改正後の民 148 条 1 項 1 号・2 号・2 項本文)という考え方があり得る。他 43)注(32)を参照されたい。 257.

(26) 横浜法学第 27 巻第 2 号(2019 年 12 月). 方で、債権者が満足を得なかった部分については、改正後の民法 148 条 1 項柱書 括弧書・2 項但書が適用され、6 箇月間時効の完成が猶予されるに止まり、時効の 更新は成らないという考え方もあり得る。評者自身は、この評釈の 5(3)で述べ たことに基づき、執行申立ての取下げがやむを得ない理由によりなされたと評価 されるときは、残額債権につき取下げの時点から時効が更新され、そのような評 価がなされないときは、6 箇月間時効の完成が猶予されるに止まると考える。. 8 本件最高裁決定の判例としての意義 前述のように(2(1) ) 、本決定は、最高裁が上告審である高裁の移送決定 に拘束されるか否かに関する、最高裁の最初の裁判である。したがって本決定 はリーディンケースであるといえる。しかし、本決定は、高裁から移送を受け た最高裁がどのように裁判すべきか、すなわち最高裁のなすべき措置につき判 断しているので、本決定が下級審を事実上拘束する(前述の〈 (4(1) 〉法源 的機能を持つ)ことはない。また、本決定が将来民訴法 318 条 1 項や民訴規則 203 条でいわれている「判例」としての機能を果たすこともあり得ない。これ らの点で、本決定が果たす機能は通常のリーディングケースとは異なる。ただ し、しいていうならば、本決定が裁判所法 10 条 3 号にいわれている「前に最 高裁判所のした裁判」になることはあり得る。すなわち、仮に将来最高裁が、 本決定と異なり、高裁の移送決定の拘束力を肯定する見解を採ることになると すれば、最高裁は、上告裁判所である高裁からの移送を受けた場合、それが民 訴規則 203 条の要件を具備していなくても、自ら裁判をすることになろうが、 その裁判は大法廷でしなければならないであろう。 〈追記〉本件については、本稿脱稿時現在、注(4)に引用した川嶋四郎教授の 判例批評、注(18)に引用した坂田宏教授の判例批評のほか、解説として、河 津博史弁護士・銀行法務 21・838 号 66 頁(2019 年)が公刊されている。. 258.

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参照

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