呂赫若「台湾の女性」をめぐる諸問題
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(2) 「台湾の女性」の. 回分の内容を 紹介すると同時に、 その背景と、 この作. 3 ∼ 6. 品の内包する 問題性を指摘することにあ る。 「台湾の女,性 」は『台湾芸術』の 1 9 4 0. 年. 5. 月号. ( 1. 巻. 3. 号 ) から連載を始めた、 呂の唯一の長編小説であ. る。. しかし、 掲載 詰め 「台湾芸術」自体の 散逸が激しいこともあ ってその全貌は 知 られておらず、 わずか. 1. 、. 2. 回分が前掲の『 呂赫若 小説全集Ⅰに 翻訳されて ぃ. るのみであ った。 掲載 誌の 『台湾芸術 雑誌で、. 1 9 4 4. 年. 9. 月の. 5. 巻. 9. ]. は. 1 9 4 0. 年. 3. 月創刊の大出的な 芸術. 号まではその 存在が確認されているⅠ )。 内容. は 美術、 演劇情報のほか、 小説の掲載にも 力を入れていた 23 であ るが、 前述. のように散逸が 激しく、 複数の所有者のもとに 分散、 保存されている 状態で、 その全貌は謎のままであ る。 『台湾芸術Ⅱの 一日も早 い 復刻出版を待ち 望みた レ Ⅰ 。. 今回本稿の執筆が 可能になったのは、 共立女子大学の 張良洋教授が 資料を提 供してくださったためであ る。 その結果貴重な「台湾の 女,性. 3 ∼ 6. 」. 回分の内. 容 が明らかになったばかりか、 「台湾の女性」が 未完の長編小説であ ることも 判明した。 この場を借りて、 張 教授の御厚意に 深く感謝したい。 以下掲載回を 追って、 「台湾の女性」の 内容を紹介してい. で. 1 .. {. 第三回「花の 表情」. 「台湾の女性」第姉回の「花の 表情」は、 『台湾芸術』 巻 号 1. 年 8. 月). の. 1 0. 6. ( 1 9. 4 0. ∼ 1 4 頁に掲載された。 「台湾の女 ,に生 」というメイン・タイト. ル の上には「長編小説」と 銘打たれている。 挿絵担当の荒井淑子の 名が作者の 呂と同じ大きさの 活字で並べられているところなどは、 芸術 誌 たるのえんであ ろうか。 本文の前には. 7. ポイントで組まれた 7 0 0 字程度の梗概が 付けられて. いる。 本文は. 9. 概とⅠ南ぉ会 2. ポイント姉段 組 で組まれており、 一段は 枚が入るので、 本文は 8. の表情」という 第. 3. 0 0 0. 2 1. 字X. 3 0. 行であ る。 梗. 字 弱と 見てよいだろう。 冒頭に「花. 回用のサブ・タイトルが 付けられている。 内容から見て 、. この「 花 」とは恐らく 女主人公の一人称珠里のことと 思われる。. 一. 15. 一.
(3) 「台湾の女性」は 一応、日本帰りの音楽教師 江伯 煙を主人公としているが、 や はり作者の主眼はそのタイトルの 示す通り、 彼を巡る. 3. 人の台湾人女性のキャ. ラクターを描き 分けることにあ ったように思われる。 その. 3. 人とは、 伯煙 の 恋. 人の麗 卿 、 幼い頃 から将来の嫁として 育てられた 彩碧 、 そして 伯煙 が教鞭を取 る 女学校の学生であ. る珠里であ る。 そして連載. 工. 国分ごとに付けられたサブ・. タイトルがその 回に登場した 女性のキャラクターや 心理状態を暗示する 仕掛け になっている。. 例えば 第. Ⅰ. 囲 めぬサブ・タイトルは「春の 嚥 き 」であ り、 これは初めて 出会っ. たときに珠里が 弾いていたピアノ 曲に因んだものであ. る (4)。. 珠里は美しく 健康. な、 一目で「い、 家庭のお嬢さん」とわかる 若い女性であ るが、 「台湾を四年. ばかり離れてゐる 間に、 こんな女も台湾に 出来たのか」と 伯 煙を驚かせるほど 高慢なところがあ る、 と設定されている。 しかし、 やがて「傲慢に 見えるのも、 実は人を怖れない 露はな快活さの 故であ る」とわかり、 伯 煙は好感を持つに. 至. る。 こうした都会的で ,快活な珠里は「 春 」「 花 」といった言葉で 形容されるに. 相応しいキャラクターといえよう。 それに対し、 麗 卿を中心に展開される. 第 2. 回めのサブ・タイトルが「田園と. 女性」であ ることからもわかるように、 旧家の令嬢であ 性 として,性格付けられている (5)。 一方、 第 した 彩 碧は深山に住む. 4. る 麗卿は. 「田園」の女. 回において、 伯 煙の実家を飛び 出. 神秘的な女,性 として 伯 煙の友人の画家を 魅了するが、. の回のサブ・タイトルは「深山にて」であ. り、 これが 彩 碧を指しているのは. そ 明. らかであ る。 麗卿 、 彩 碧の二人については 以下の章で詳しく 扱うとして、 「花の表情」の 内容に戻ろ. う. 。 第. 1. 回の「春の嚥. 」では傲慢なほどに 快活な娘、 として描か. き. れていた珠里の 家庭の事情にまで 踏み込んで描いたのが「花の 表情」であ る。 「春の蟻 き 」においてすでに. 珠里が「金満家」. 林 洪河の妹であ ることは明らか. にされていたが、 「花の表情」では 洪 河の空虚な家庭生活がそれを 批判的に見 ている珠里の 目を通して描かれる。 洪河. と 妻の椀美は結婚. 3 年になるが、 子供がいないせ. @. 16. 一. レ. 、 もあ って二人とも 別.
(4) の 相手と遊び回っている。 しかし洪河 は碗美に 対し「 娘 時代からモダン 好みの. 彼女は、 結婚当初から 現代女性らしさを 充満してゐるし、 豪家出の美貌の 女小生 ときて ぬ るので、 洪河 は、 鼻にかけて満足こそすれ 小言はなかった」ものの、. そろそろ「俺の 結婚生活は失敗だったかな」という 気持ちをもちかけている。 そうした元夫婦に 対し、 珠里は「もっと 捜さんを教育しなさいよ。 」と批判的 であ る。 そんな珠里の 気持ちを知らない 碗 美は医者であ る自分の弟との 縁談を珠里,に. 勧める。 珠里は「お医者さんか。 芸術の分からない 人種だなⅡ「女が 生甲斐を 感ずるのは芸術に 於てだね。 金満家の夫人は 生ける 屍ょ 」と心の中で 反発して いる。 そして、 その言葉を裏 付けるかのように 伯煙 に積極的に接近する 珠里に. 対し、. 伯 煙は警戒心を. 強め、 友人の劉俊童 と麗 卿の待っ 獅 頭山へ向かう、 とい. うのが「花の 表情」の概略であ る。 一般に呂は農村の 封建的な家庭を 舞台として、 封建社会の犠牲者としての 女 性を描くことが 多く、 こうした珠里のようなキャラクターは 比較的珍しいとい える。 強いて似たキャラクターを 探すとすれば「婚約奇談」の 主,大公の拳 々. を. あ げることができるかも 知れない (6)。 琴 々は左翼思想を 持つ美貌の娘で、 ブル 、ジョア青年との 結婚を嫌がって 家出するなど、 行動的なキャラクタ 一の人物と. して描かれている。 自分の意見をはっきりと 表明するところ、 伝統的な結婚観 を否定しているところなどは、 珠里にも共通する 点であ ろう。 しかし、 琴 々は地方の没落家庭の 三女で、 「明敏なる頭脳にも 拘はらず高等 女学校に学ぶことが 出来ずに、 全 学校を卒業したなりで 家庭に押し籠められた」 という設定になっており、 都会のブルジョア 娘であ る珠里とはかなりの 違 いが あ る。 しかも、 琴 々の進歩的な 考え方の背景には 左翼思想の影響があ る、 とさ. れている点を 考慮するならば、 やはりこの二人の 人物を同列に 扱. う. ことは出来. まい。. その意味において、 呂が「台湾の 女性」で珠里的なキャラクタ. 一に関心を持っ. たことは注目すべき 点であ る。 この問題については 第 6 回「暁の露 か 」の分析 も. 併せて、. 5. 章においても. う. 一度考察することとする。. 一. 17. 一.
(5) 2. 第 4 回「深山にて」 「台湾の女性」第 9 月). の8 ∼. 1 4. 4. 回の「深山にて」は『台湾芸術. 頁に掲載されている。 梗概が. 2. J. 1. 巻. 7. 号 (1. 9 4 0. 年. 段 組 になった以外はレイアウ. 前章でも述べたよ トは第 3. 回とほぼ同様であ るから、 本文は約 う. 1 2 0 0 0. 字というところであ ろ. に、 本文の冒頭には「深山にて」というサブ・. タイ. ト. ルが 付けられている。. 友人で、 恋人 麗 卿の兄でもあ. る 劉 俊童 と獅. 頭山に向かった 伯煙は 、 やっとの. ことで 麗卿と 再会する。 伯煙 と俊章は師範学校時代の 同級生であ ったこと、. 伯. 煙 と同時期に俊童・ 麗卿 兄妹も日本に 留学しており、 その縁で二人が 恋仲になっ たこと、 しかし帰向後、 伯煙 との文通が 麗 卿の父に見付かり、 二人の恋愛が 暗 礁に乗り上げていることは、 すでに. 第. Ⅰ回にて説明されている。. 麗卿と 再会した 伯 煙は彼女の消極性を 批判し、 それに対し 麗 卿は自分を始め として台湾の 女性の置かれている 困難な状況を 次のように説明する。 あ たしの家庭ばかりでなく、. 台湾全体の家庭で、 若 い 未婚の娘が異性の. 友人を持ち、 しかもその友人が 家まで訪ねてくる 一 その結果がどうなるっ. てこと、. あ なたには想像できないの ?. それこそ両親が 卒倒して. よ。. 大きな事件だれ、 だから、. そしてあ たしの 父 みたいな封建的な 人には、. あ たし、 あ の日わざと隠れてしまったの。. また、 「封建的な家庭に 媚び」ている、 伯 煙の批判に対しては、. とを見出だしたのよ。. それこそ天災地変以上の 大問題だね。. 「家庭の桂. 桔に 負けてしま. 「自分がとても 無力で、 家に絶対の権 力があ るって. あ たしたちの若. ぅ. こ. い力 では、 とても台湾の 家庭では生活で. きないってことを ,悟ったのよ。 だから、 家の方針に従 それに、 あ たしは女でせ. ふ 」という. ふよ. り仕方なかつたの、. 。 尚更仕方がな いね 。 」と弁解する。. 封建的家庭の 犠牲になる女性、 というのは『台湾文学』時代に 呂が繰り返し 描いたテーマであ り、 その点についてはすでに 諸家によって 論じられているの で本稿では触れないが、 麗 卿は確かにそうした 女 ,性 像の延長線上にあ りながら. 一. 18. 一.
(6) も、. 若干違った特徴を 持つキャラクターとして 描かれている (7)。 それは、 彼女. が日本留学をも 果 たし、 薬剤師の資格さえ 持つ近代教育を 受けた女性であ りな がら、 そのメンタリティ. 一においてはまだまだ 封建的なしがらみに 引きずられ. ている 女 ,桂 として設定されている 点であ る。 こうした 麗卿の キャラクターはや. がて第. 6. 回の「 縛落 の. 日 」において彼女の. 発病という不幸を 誘発する要因とな. る。. 一方、 伯煙が麗卿と 会っている頃 、 スケッチに出掛けた 俊 章は若く美しい 尼. 僧を見掛ける。 それは. 伯 煙の家を飛び. した 伯煙 はそれに気付き. 出した 彩碧 であ った。 やがて俊 童 に合流. 驚くが、 彩碧 との関係を知らない 俊童兄妹の双では 平. 静を装う。 後でこっそりと 彩 碧を訪ね、 家に帰るように 説得するが 彩碧に 逃げ. られてしまうところで「深山にて」は 終わる。 両親がやがて 伯煙 と結婚させるために 幼時から養っていた 彩 碧の存在は 、 麗. 卿 との結婚を考えている 伯煙の 「一抹の不安」として、 すでに第 嚥 き 」の結末において 触れられていた。 また、 彩碧 との結婚の約束を 解消する る 様子が描かれている。. よう. 第 2. 1. 回の「春の. 回の「田園と 女性」でも、. に頼む 伯煙 と母親の話を 彩 碧が 立ち聞きす. しかし、 彩碧 自身の感情が 描写されるのは. 第 4 回の. 「深山にて」が 初めてであ る。 彩碧は伯 煙の姿を目にするや 否や逃げ出してし まうが、 それは「折角、 仏の帰依の下に 忘れようと努めてきた 自分の努力も、 これで水の泡と 化し、 許嫁と子供の. 頃 から決めて. ゐた伯煙 に見 捻 られた口惜し. さ恥 かしさ、 が 、 再び湧き上」ってきたからであ る。. もう未練はな い 筈だがと、 先刻のことをも と、. あ の人達が教育を 受けた崇高な 人間のや. う. 一度思ひ 浮 べてみる。 する. う. に後光がさしてき、 それに. ひきかへ、 自分の , 惨めな姿がひしひしと 胸に迫るのだった。 (あ. たしはっきら ない女だ 、 つまらな い 女には、 つまらなのだけしかの. 活き方があ るのではないか、 それが本当だ。) (8). 「許嫁と子供の. 頃 から決めて」育てられていた、 というのは当時の 台湾に残っ. 一. 19. 一.
(7) ていた「娼婦 仔 」の習慣を指すものと 考えられる。 例えば『民俗台湾」は 1 1. 号において「養女・. 3. 巻. 娘婦仔 制度の再検討」特集を 組んでいるが、 その中の. 田井輝雄の解説によれば「成人の 女を嬰 る 時、 瑚金 が高 い のと結婚費用が 相 嘗 かかる 為 めに、 幼女を姐帰任として 泰人し、 将来養家の男子と 婚姻を成就させ るのが此の制度の 起因」であ るが、 厚くする」という. また同号には. 「幼時より. 箱 けて置くとか、 或は親しみを. 日的からこの 制度を利用する 者もいるという (9)0 呂. 自身も「娼婦仔の 場合」と題するエッセイを 寄せており、. こ. 0 間 題 に関する彼の 関心の高さを 窺わせるⅡ 0)。 そこで彼は自分の 知人の例 と. して、 娼婦 仔 との結婚に抵抗し、 初夜に寝室に 入らなかった 男の話を紹介して いる。 また、 娘婦 仔を嫌って覚の 女と結婚したケースの 問題、 及び嫡嫡 仔と結 婚した場合の 状況についても 詳述している。 興味深いのは 最も厄介なケースと. して呂が紹介しているのが、 男は娘 婦 仔を嫌って覚の 女と結婚したが、 娼婦 仔 の方では男を 愛していた場合であ り、 これはちょうど「台湾の 女性」の 伯煙と 彩碧の ケースに該当する。 金銭関係が伴- うため、 娼婦 仔に 出るのは貧しい 家の娘に多いことは 先の田井 論文にも触れられていたが、 恐らく 彩碧 もそうした家の 娘であ ろう。 そんな 形 碧 にしてみれば、 その素性は知らなくても 麗卿が 相当の家の出身であ ることは. 自ずと察せられ、 それが「後光」という 表現になって 表れるのであ る。 しかも、 彩碧 には 伯 煙への愛情があ るだけに、 麗卿 との格差は「惨めさ」として 自覚 さ れる。 しかし、 そうした 彩碧も俊 章の目には「若く 健康に張り切って、 しかも山中. に珍しく新しい 型のよく合った 服を着」 た. 「きれいな. 女 」として映り、 激しく. 彼の画心を動かす。 俊童 と彩 碧の出会いは、 以後スト一リーが 伯煙 一人を中心 として単線的に 発展していくのではなく、 伯煙 、 麗卿 、 俊童、 彩碧 04. 人の人. 開関係が絡み 合いつつ複線的に 発展して い くであ ろうことを予測させるもので あ る。 呂 作品はそのほとんどが 短編であ ることもあ って、 比較的単純な 構造をもつ. 作品が多い。 その点、 「台湾の女性」はわざわざ「長編小説」と 銘打っている. 一. 20. 一.
(8) こともあ り、 内容もさることながら、 小説技術においても 短編とは違った 試み が必要とされたはずであ る。 「台湾の女性」は 全貌が明らかにされないまま. 中. 断 してしまったので 断言はできないが、 俊童という人物の 視点から 伯煙 とは違っ た 評価を彩 碧に. 与えていることは、 今後目のナラトロジ 一の問題を考えていく. 上 で無視できない 点であ ろ. 3. 第. 5. 回「暁の露 か. 」. 「台湾の女性」連載第 年. 1 0 月 ). の8 ∼. レイアウト等第 「暁の露 トルは 3. の. 4. 1 4. 5. 回「暁の露 か 」は『台湾芸術』. 頁に掲載された。. 1. 行が. 2 2. Ⅰ. 巻. 8. 号. ( 1 9 4 0. 字で組まれている 以外は 、. 回と同様であ る。. か 」は珠里を中心に 展開する。. 1. 章においてそれぞれのサブ・タ. 人の女性主人公の 誰かを暗示していることを 述べたが、. イ. 「暁の露 か 」. 露 」とは結末において 珠里の流す涙のことを 指していると 思われる。 第. 意外な一面を 「. 回、. 第 3. 1. 回においては「 春 」「 花 」といった華やかな 形容で表現された 珠里の 描くことに、 この章の主眼があ るといってよ い だろ つ、. 冒頭において、 獅 頭山で 麗卿 との再開を果たしたことで 精神的に落ち 着いて きた 伯煙が 、 ようやく芸術に 専心しようとヴァイオリンの 練習を始めたことが. 語られる。 そこに珠里がやって 来て、 今晩林家で催されるレコードコンサート への出席をせがむ。 色 よい返事をしない 伯煙 に業を煮やしだ 珠里は伯 煙のヴァ イ. リンを取り上げて 逃げてしま. 仕方なく林家を 訪ねた 伯煙 ではあ ったが、 かつての音楽仲間であ った珠里の. オ. 兄汝 河や客たちの 俗物ぶりに嫌気がさして、 早々と引き上げる。 それを追 い掛 けてきた珠里は 伯 煙 に恋心を打ち 明けるが、 全く相手にされない。 傷心の珠里, は 学校をやめると 宣言し、 ヴァイオリンを 壊してしまう。 このようにスト 一. リ. 一だけを見ると 珠里の一人相撲のように 見えるが、 その. 実 、 伯 煙の珠里に対する 気持ちはかなり 揺れ動いている。. 例えば、 ヴァイオリンの 練習中に訪ねてきた 珠里に対しては「五月 蝿い 「嫌気がさして. 」. み た」「吐き出したかつた」などの 否定的な感情が 語られていた. 一 21 一.
(9) が 、 林家からの帰路での 場面では「妖しいほど 美しくみえた」「この 女にもこ んな純情な一面があ るのかと意外な 気がした」と 説明されている。 しかし、 伯 煙 はそうした自分の 気持ちに逆らうように「できるだけ 冷淡に」「教師らしい 厳な 」態度を保とうと 努力している。 ここまでの展開を 見る限りでは いるようにも 思える。. 3. 伯 煙の気持ちはだんだん. 珠里に傾いていって. 人の女性の中で 登場回数も最も 多い上、 兄と姓の関係、. 珠里自身の結婚話など、 伏線的なプロットも 多いことから 見て、 珠里を単なる じゃじゃ馬の 狂言回しと捕らえることはできないであ 「. 縛落 の. 日. ろう。 しかも、. 」においては 珠里 と伯 煙の関係が学校で 噂になり、. 伯. 第 6 回の. 煙の立場が悪. 化する、 という展開を 見せている。 今後どのようにスト 一リーが展開して い. く. はずだったのか、 今となっては 知る由もないが、 完成していたならば 他の呂 作. R, とは異色の作品となっていたであ ろうだけに、 その未完が惜しまれる。 4. 第. 6. 回「 喪落 の. 日」. 「台湾の女性」連載第 年. の. 承句 1 2 月). 1. 3. 2 0 0. 6. 6. 回「 韓落 の. 日. 」は『台湾芸術』. 1. 巻. 9. 号 (1. 9 4 0. ∼ 1 3 頁に掲載された。 従って長さは 4 ∼ 6 回の中で最も 長く 、. 字であ る。 レイアウトは 第. 5. 回にほぼ同じであ る。. まず冒頭で 獅 頭山において 麗卿が 発病したことが 語られる。 しかも宿泊先の 寺院で迷信的な 治療を受けたことが、 病気悪化の原因であ. ること ヵ滞晋示される。. 兄 俊童はこの機に、 麗 卿を家から解放し、 伯煙 との結婚を認めてやる 26 に 父 に 進言するが、 保守的な父は も. 一向に聞く耳を 持たない。 おまけに母はまたして. 迷信的な治療を 施そうとするため、 俊童と言い争いになってしま 一方伯 煙は 、 正式に仲人を 立てて 麗卿に 結婚を申し込んだものの、. 3. 回とも. 門前払いされたことを 母から聞かされる。 失意の彼が翌日出勤してみると、 生 徒 たちの様子がおかしい。 やがて彼はそれが 珠里との間に 立った変な噂のため だと知る。 珠里の家まで 押し掛けてやると 怒る 伯煙 のもとに、 麗卿が チブスで 入院したという 知らせが入る。 麗 卿の発病、 珠里- との 噂 、 という劇的な 展開を遂げたところで 第. 一. 22. 一. 6. 回は終わ.
(10) るが、 張 教授の御教示によれば、 その後の『台湾芸術』に「台湾の 女性」の連 載はなく、 従って「台湾の 女性」は未完成作品と 考えて間違いあ るまい、 との ことであ る。. 何故未完成のまま 執筆を放棄したのか、 という問題はさておき、 第 落の. 日. 6. 回「 縛. 」において興味深い 点は、 今までは 麗 卿の口を借りて 断片的に語られる. だけであ った劉家の保守ぶりが、 具体的に描写されている 点であ る。 例えば恋 愛結婚に対して「 太 みたいなやり 方」、 音楽に対しては「遊びごと」「乞食」と いう 表現で全面否定する 父 、 「ヴァ イ オリン弾き ぢや 、 今頃 、 どうしても駄目 だね。 やはり医者か、 弁護士か、 工科出でなくつちや 一 」と世俗的価値観を 振. り回す長兄、 灰を煎じた薬を「仕様からもら つた 」と有り難がる 母、 といった 具合であ る。 それと対照的に 俊 章は芸術を重んじ、 女性の自立,を認め、 近代医 学を信奉するモダニストとして 描かれている。 両者の間に立つのが 麗卿 であ るが、 第. 4. 回「深山にて」においても 言及した. ように、 麗 卿を近代的価値観と 伝統的価値観の 間で苦悩する 過渡期的な女性と して造型したことは 注目すべき点であ る。 また、 近代化に対して 懐疑的な態度 を 表明している. 自作品が多い 中で、 俊童のような 典型的なモダニストをアイロ. ニーを交えず 描いたという 点も他作品には 見られない特徴といえよう (11)0. このように「台湾の 女性」は他の 呂作品には見られない 数々の特徴を 備えな がらも、 前述のように 未完で終わっている。 その理由の一つとしては、 次章で 詳述するように、 東宝入社による 多忙ということが 考えられる。 しかし、 そう した外的要因ばかりでなく、 もっと作品自体が 内包する問題の 中に執筆を放棄 させる要素があ ったとは考えられないだろうか。 この点については 台湾帰国後 に 発表した作品との 比較分析を通じて、 別稿 にて論じることとしたり。. 5. 「台湾の女性」が 提起する問題点 以上、 入手困難な「台湾の 女性」 3 ∼ 6 回分の内容紹介とその 問題点 は つい て、 連載 回 ごとに順を追って 述べてきた。 「台湾の女性」は 従来の呂林君研究 では論じられることのほとんどない 作品であ ったが、 それはテキストの 入手が. 一. 23. 一.
(11) 困難であ ったためであ って 、 決して作品としての 価値がないためではないこと. が明らかになったことと 思う。 むしろ価値がないどころか、 非常に特色のあ 作品として. 呂 文学研究の新たな. 地平を柘. る. 可能,性を秘めた作品 ど言ってよいが. もはや本稿では く. ろう。. 詳しく分析する 余地は残されていないが、 今後検討してい. べき点を整理,してみると、以下の a.. 4. {. 点にまとめることができよう。. 日本留学中に 書かれた小説であ ること. b. 自称浩の唯一の 長編小説であ ること c.. 都会的、 近代目りなキャラクターを 描いている と. d. 音楽家を主人公とすることでやや. 自伝小説的な・. 読み方もできること. 以下、 順を追って簡単に 説明を加えていこ. a. 年譜によれば、 呂は. 1 9 3 9. 年に日本へ留学し、. 1 9 4 2. 年に帰国して ぃ. るから、 「台湾の女性」は 彼の日本留学時代に 書かれた作品であ ると言える。 この時期は呂の 伝記的考証の 中でも最も研究の 遅れている時期であ り、 執筆に おいてもこれまで 空白 期 と考えられてきた。 しかし、 藤井省三の最近の 調査に よれ ば 呂はこの時期、 東京東宝劇場演劇部に 入社、 国民演劇運動に 関わった 可 能 ,性が高いという (12)0. 周知のように、 呂は仁文学評言 釦 というプロレタリア 系文学雑誌において デ ビューした作家であ る。 その呂が徐々にプロレタリア 文学の範濤を 抜け出し、 文学への接近を 計っていく過程については、 拙稿「初期 呂赫 若竹足跡 一以 3. 1 9. 04f 、 代日本文学海背景」において 考察した通りであ るが、 - 段と大出性の 強. い 「台湾の女性」がこの 時期に書かれていることと、 東宝における 活動の間に. は何らかの繋がりがあ るとも考え得る @w3片. 例えば「台湾の 女性」というタイトルは、 この当時の話題作であ った丹羽文 雄の「東京の 女性」をたやすく 連想させるが、 新聞小説であ った「東京の 女性」 は. 1 9 3 9. 年-1. 0. 月に伏木 修 監督、 原節子主演で 東宝から映画化されている. 「台湾の女性」の 連載開始が. 1 9 4 0. 年. 一. 24. 5. 月、 呂の東宝入社が 同年. 一. 1 2. (14)0. 月であ.
(12) ることを鑑みれば、 東宝入社を翌年に. 控えた呂が「東京の. 湾の女性」の 構想を得た、 という可能. ャ. 生もあ. 女性」を見て、. る。 或いは逆に、. 「台. 「東京の女性」. を初めとした 東宝映画の印象が、 入社の動機になったという 可能 生も否定でき ャ. ない。. 現在のところは 推測の域を出ないが、 今後も「台湾の 女性」を核とした 東宝の関係について 引き続き調査する 必要があ るだろう。. また 4. 昌一. 章でも言及し. たように、 呂の東宝入社と「台湾の 女性」の未完問題の 関連についてもさらに 検討する必要があ る。. b. 自作品のほとんどが 短編小説であ ることに対して、 「台湾の女性」は 長編 小説として構想、 されている。 しかも、 連載小説として 長期にわたる 執筆であ り、 そうした条件は 自ずから内容にも 影響を与えているはずであ る。 例えば 伯煙 、 俊童、 珠里、 麗卿 、 彩碧 という. 5. 人の人物がほぼ 均等な比重で. もって描かれ、 しかも彼らの 関係が交錯して い く、 といった構造を 持つ作品は 呂 作品中値に例を と. 見ない。 こうした複雑な 構造を持つ作品が、 初期の試作時代. 中期の丁台湾文学 ] 時代を結ぶ過渡期に 書かれたということは 興味深い事実. であ る。 特にこの次期の 作 R。 は現在のところ、 他には 「台湾芸術』. 1. 巻. 2. 1 9 4 0 ヰ-4. 月発行の. 号に掲載された「青い 服の少女」しか 確認されていないだ. けに、 呂の小説技法、 特にナラトロジ 一の問題を考えていく 上で、 「台湾の女 」の持つ意味は 大きいとし、えよ つ、. また、 何故「台湾の 女性」が未完に 終わったか。 つまり、 呂は何故「台湾の 女性」を完成させることができなかったか、. という問題を 考えて い く過程でも、. 再びナラトロジ 一の問題に突き 当たるはずであ る。 というのも、 を 除けば唯一の. 「台湾の女性」. 中編小説と り える「清秋」においても、 物語構造の断層を 見出. だすことができるからであ る。 この問題についてはすでに 別稿で 分析している ので詳細は譲るが、 「清秋」と「台湾の 女性」を併せて 論じることによって 、 呂のナラトロジ 一の原型を探ることが 可能になるかも 知れない 田 )。. 一 25 一. 性.
(13) c. 呂はデビュ一作「牛車」以来、 都会と農村の 対立、 近代化による 伝統的人. 間関係の破壊という. 問題意識を持ち 続けた作家だと 言えるだろう。 従って、 珠. 里および彼女の 家族のような 都会のブルジョア や 、 伯煙 ・俊童のような 近代的 な 思想、を持つ人物が 正面から描かれたことはほとんどないと. 言ってよい。 特に. 娘帰任という 封建的な結婚制度の 否定、 女性の自立といった 問題が作中人物の 口を通して直接的に 論じられていることは 注目に値する。 というのも中期の 作 品においては、 伯煙 ・俊童のような 人物は姿を消すか、 あ るいは物語の 語り手. へと後退し、 批判的な言動を 直接行うことはないからであ る。 この問題は. b. とも関連させながら、 呂のナラトロジーが 如何に変化していっ. たか、 それは彼の問題意識とどのように 関連するのか、 という問題として 検討 を 続けるべき点であ. る。. 一方、 珠里、 伯煙 、 俊童といった 都会的な人物に 対し、 麗卿と彩 碧は常に同 じ 回に登場し、. 明白なコントラストを 形作っている。 つまり、 麗卿と彩 碧は出. 身階級こそ違え、 封建制の色濃く 残る農村の女性として、 共通する側面があ. る. ということであ ろうか。 そして、 伯煙 、 俊 章の二人の男性を 魅了するのはこう した農村の女性であ って、 都会の珠里ではないことも、 呂の傾向を物語るもの として興味深い。 これもまた、 思想、としての女性解放とエロスの 対象としての 女性との乖離の 問題として考えていくべき 問題であ ろう。 なお、 呂は. 1 9 4 4. 年. 5. 月発行の『台湾芸術』. 5. 巻. 5. 号に「順徳 替院 」とい. う短編を発表している (16)。 この小説の主人公は 夫の遺志を継ぐために 幼子を. 置いて日本へ 留学する女性であ る。 日本に留学し、 薬剤師の資格まで 持ちなが らも、 封建的な家族関係から 自由になり得なかった 熊柳 と 全く正反対のキャラ クターといえるが、 目の女性観を 考えていく上で 興味深い例であ るので付け加 えておく。 d. 「台湾の女性」は『台湾芸術』を 掲載 誌 としているためか、 音楽家を男,性 主人公としている。 呂の日本留学の 目的の一 つは 声楽の修行にあ り、 歌手とし て 舞台に立ったことも よく 知られた事実であ る。 そうした彼自身の 経歴と突き. 一. 26. 一.
(14) 合わせて「台湾の 女性」を読み 直してみると、. あ. る興味深い事実に 突き当たる。. まず一つは、 「台湾の女性」は 呂の日本留学中の 書かれたものであ りながら、 主人公の伯煙を 日本高等音楽学校を 卒業して帰ったばかりの 音楽家、 と設定し ていることであ る。 専門こそヴァイオリンと 変えているものの、 伯煙 はあ る意 味では呂にとっての 輝かしき未来像でもあ ったのであ る。. なお帰国後の 伯煙は音楽の 恩師であ った磯村先生を 訪ね、 就職を世話されて いる。 また 伯煙 と俊童とは師範学校の 卒業生であ ったという設定になっている。. 呂が 台中師範学校の 卒業生であ ることは早くから 知られていたが、 実は呂の在 学当時、 台中師範学校の 音楽担当は磯 江清 という名の東京音楽学校出の 教師で あ った。. 呂と磯注 がどの程度の 親しさであ ったかは定かではないが、 台中師範. で 呂の 8 年後輩に当たる 福 里正男氏の証言に. ょ. れば、 日本から帰国後の 呂は磯. 江 氏を訪ねて台中師範学校を 訪れたことがあ ったと い, フ90. 「磯木す 」「 磯江 」とい. 3 名字の類似は 単なる偶然なのだろうか (17)。. 声楽家を志して 日本留学するからには、 台湾時代に何らかの 基礎的な音楽教 育を受けていたはずであ るが、 呂の経歴から 見てそれが可能なのは 台中師範学 校 をおいて他はない。 また「磯村」という. 名字も比較的珍しいものであ るし、. それが 磯 江からの連想であ る可能,性は 高 い のではないが るぅか (18)0. 磯江 との関係も含めて、 呂の台中師範学校時代の 資料は全くといっていいほ 発掘されていない。 関係者の高齢化のあ り、 早急な調査が 必要とされるであ. ろ. まとめ 以上、 「台湾の女性」 題を. a ∼. 3. ∼. 6 回分の内容を 紹介した後、 それらが提起する 問. d の 4 点にまとめて 論じた。 残俳ながら未完に 終わった「台湾の 女性」. ではあ るが、 自作品の系譜の 中に置くことで 見えてくる問題は 少なくない。 今 後 「台湾の女性」を 新たな光源として、 日 文学の様々な 問題が解明されていく ことを期待したい。. 一-27 一.
(15) 恒査表と 9 若に 全 強調発こ 9 赫特 ののム % に* 1 目。 は ﹁。って 学 も立 い 文 ﹂ 目っ 合奏がに 聯年さ跡 2 1グ 9. ま生 實. 2. 本 第 日 目 し て 。月 1 と つる 2 ム H " 抵 とあ 1 ヨ リ 甘 い口 こで 年 0 、を 田浦 パ 。用 9 9 9 Ⅰ. 一 ㍼剛一一一. 手口 五. 8. 9. 443 999 年会 よ Ⅱの 民 る 。1 1 1 よ. 34567. ﹄ 学 文 本語 日 の 育. 頂阻 4. て. 4 9的︶. 友行 表り 発よ 会社. 単月 文6 若 赫後 自裁 、連 日﹄. 刃口. 此離蜥 能阿州 1. 11 @︶ @ Ⅱヒ完Ⅰ 1 合 ﹁ 呂 ︵前車 1 ノ り Ⅰイ ㍉1 Ⅱ 1 1. 0 11 1. 28 --. 34. 一.
(16) 15、 前掲. ( 註 11). 拙著参照。. 16、 河原 功 氏の資料提供による。 この場を借りて、 河原氏に感謝申し 上げる。 17、 福里 氏の記憶によれば、 呂の磯 江氏 訪問は. 1 9 4 1. ということであ るが、 年譜上、 呂の帰台は翌年の. 年の夏ではなかったか、. 1 9 4 2. 年になっている。. これは呂が一時帰国したためか、 それとも 福里 氏の記憶違いか、 今後調査 の 必要があ ろう。. 18、 呂の「思ひ出の 処女作」㎝ 興南 新聞』. 1 9 4 3. 年8. 月 2 3. 日. ). に因れば、. 彼が文学に向かうきっかけを 作った書道教師の 名が磯村であ ったという。 これは. 1 9 2 4. 年から. 1 9 3 1. 年まで台中師範に 在職した磯村 次笹此 のこ. とと思われる。 従って、 「磯村先生」の 命名は磯 江 氏と磯村氏の 両方の線 から考える必要があ ろ. 19 、 呂の台中師範での 同級生であ った上野成 人 氏の証言によれば、 磯江氏は管. 弦楽団の指導に 熱心であ ったが、 呂がその活動に 参加した 記 ,憶はないとい う。 ただ、 ハスキ一な美声の 持ち主であ ったことは印象に 残っているとの ことであ る。. また、 台湾在住の目の 台湾人同級生 よ れば、. ( 御本人の希望に ょ 0. 名前を伏す ). に. 磯江 氏は音楽的才能のあ る生徒に対して、 積極的に個人指導を. 行. い、 呂もその対象であ ったとのことであ る。 ただし、 その指導は声楽より. ピアノに重点があ ったようであ る。 なお、 福 里民、 上野氏の証言は 筆者の問い合わせに 福里 氏は書面にて 、. 上. 野 氏は電話にてお 答えいただ り たものであ る。 この場を借りて、 両氏、 お. よび台中師範学校同窓生の 方々に感謝の 意を表する。 なお台中師範時代の 目の左翼思想への 傾斜について、 お二人の台湾人同級 生 、 及び 藍博洲 氏から興味深い 情報提供を受けたが、 その件に関しては 別 稿 にて論じたり。. 一. 29. 一.
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