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字を素材とした中学校社会科授業開発-身近な地域の形成主体の育成をめざして-

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字を素材とした中学校社会科授業開発

―身近な地域の形成主体の育成をめざして―

關 陸稔

キーワード:字,「身近な地域」の学習,三分野連携,住居表示,

地名教育

1.はじめに 「身近な地域」の学習はなぜ必要とされるのであろうか。岩田(2003,p.25)は,社会 科で育てる子ども像として,「社会認識内容を豊かに持ち,それを批判材料として価値判断 をすることができる,市民的資質を備えた子ども」を挙げている。また,社会科における 人間形成には,地域社会に根づいた個性豊かな人間の育成が欠かせないとして,社会科学 習の基盤を構成する暗黙知,人間理解を進める場としての地域社会の見直しの必要性を挙 げ,全教科等を通し,地域に住む人がもつ共通知識をホーム・リージョナル・スタンダー ドとして設計する必要性を指摘した。また,竹内(2014)は地域における豊かな自然体験 や社会体験を積極的に取り入れた授業を構想し,そこで地域に生活する大人たちとの継続 した交流活動を設けることが,子どもたちの人間的成長や社会認識形成を促すうえで重要 だと指摘した。そして,地域学習を社会認識と市民的資質を統一的に育成する場として捉 え,「重層的地域形成主体の育成」を主張した。 このように「身近な地域」の学習では,地域社会に根づいた個性豊かな人間の育成を目 的として,身近な地域に所属する主体者として,岩田(2003)で考えられたような,社会 科における地域の人が持つ共通認識(身近な地域における「歴史」・「地誌」等)の獲得が 必要である。また竹内(2012,2014)で考えられた「重層的地域形成主体」は,異なる空 間規模の地域において地域社会を形成し,社会を新たに作り出す力を備えた人材の育成を 求めている。しかし,地域についての認識がなければ,それを根拠に行く末を決定・選択 することは不可能なのではないかと考える。そのため,本稿では,「身近な地域の形成主体」 と題し,身近な地域の認識を中学校社会科地理,歴史,公民の各分野で深め,それを基と して公民的分野等で地域に参画する態度を養うことを到達点とする。 地域社会に根づいた個性豊かな人間の育成のために「身近な地域」の学習で取り上げる べき題材には,何が挙げられるだろうか。本研究では,小地名の一種である「字(あざ)」 に着目する。字とは,日本における一筆耕地の集合体の一種であり,大字と小字に分類さ れる。字は地形状況や歴史的背景から名付けられた,小地名の一種である。住所に用いら れなくなった地名(小字名等)は,人々の記憶から消滅する可能性も高い。 谷川(1996)は柳田國男の地名研究を教育学の分野で継承し,「地名教育」と命名した。 「地名教育とは,地名を活用することによってある内容を学んだり,地名そのものの歴史 的意義・社会的機能について学ばせる教育」(谷川,1996,p.330)と定義されている。こ の定義の基に,地名(字)を活用した中学校社会科の授業を開発する。 本研究の目的は,中学校社会科における地理,歴史,公民的分野を通して,身近な地域 の形成主体を育成するために,地域の特徴を示す「字」に着目し,学習対象者が暮らす兵

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庫県明石市立大蔵中学校区の「字」研究をもととした成果を踏まえて,授業を開発するこ とである。 2.身近な地域の形成主体の育成を目指す必要性 先に紹介した竹内(2014)では,「重層的地域形成主体」について述べている。図1に その概略を示す(図1)。 竹内(2014)は,「重層的地域形成主体」の考え方を用いて「地域学習を軸とした社会 科・地理教育カリキュラム試案」を構想した。そのカリキュラムを実践する上で残された 課題の一つに,「地域学習のもつ総合性をどのようにカリキュラムに盛り込むか」というこ とを挙げた。そこで竹内は,自己形成や社会参加といった市民的資質の育成を目的とする なら,歴史的分野や公民的分野を含めた総合的な視野からの構想が必要であると主張した。 久野・鵜沼(2018)では,このような「重層的地域形成主体」の育成の土台に,小学校 社会科において「身近な地域認識」の形成が重要であるとした1)。「身近な地域認識」は, 重層的に存在する様々な地域スケールにおいて形成される社会認識に包含され,最も基本 的な概念と位置づけられている。「身近な地域認識」において,地域の人やものと直接かか わる経験を積み重ね,自分なりの地域像を確立することが,地域の成員としての自覚の芽 生えと今後必要とされる資質能力の育成にも寄与するとした。ここから日々の社会科授業 において「身近な地域認識」を育むための以下の3 原理を導き出した。 ①地域社会の人やものと直接関わる ②地域について多角的かつ総合的に考える ③地域の課題に対して自分なりに意思決定・選択判断する 社会系教科では,小学校社会科から中学校社会科を経て,高等学校の地歴・公民科へと つながり,各発達段階において系統的に内容が構成される。各学年で扱う地域の範囲も発 達段階に伴って,学校周辺,市町村,都道府県,国,国際社会と同心円的拡大をみせる。 松野弘の「地域社会形成」 ⇒「地域社会の主体あるいは主要な構成要素であ る地域住民(市民)が快適な地域社会生活の 維持・発展のために市民公共性の価値理念に 基づいて行う,変革的,かつ,創造的な活動」 池野範男の「社会形成力」の育成 …従来の社会科の批判性の欠如と価値判断の排除 という問題点を克服するために求められた。 ⇒民主主義の論理に基づいて社会を新たに創り出 す資質や能力 地域形成主体…「地域社会形成」を実践できるような地域住民(市民)や 「社会形成力」を備えた自立した市民を想定している。 「重層的地域形成主体」……近年注目されている社会参加学習に必要不可欠な視点 異なる空間規模(身近な地域,国家,国家間・国際社会・ 地球社会)の地域において重層的に地域形成主体となる ことを求めるもの。 図1 「重層的地域形成主体」の概略 出所:竹内(2012,p.68,70)および竹内(2014,pp.1-3)を参考に作成。 地域形成主体

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社会科における公民としての資質・能力の育成に関しても,各発達段階に応じて系統的・ 質的な拡がり・深まりが求められるとしている。 このように,竹内の重層的地域形成主体の考え方を用いた久野・鵜沼の身近な地域認識 は,小学校社会科において重要であると考えられている。本稿では,中学校社会科におい ても「身近な地域の認識」の視点が重要視されるといった立場にたつ。 中学校は,現在義務教育の最終段階であり,多くの中学校の校区は,複数の小学校区を もって形成され,私立中学校へと進学しない限り多くの生徒が指定された地域の中学校へ と進学するため,身近な地域(地元)の学校で学ぶ最終段階と位置付けられると考えられ る。それゆえ,岩田(2003)がいう地域社会に根づいた個性豊かな人間の育成にあたって は,直接地域とつながる経験もしやすい校種であると考える。また中学校社会科は三分野 (地理・歴史・公民)に分かれ,社会諸科学の専門的な内容も学習するようになり,より 多面的に「身近な地域認識」を育むことができると考える。 そこで,地理的分野・歴史的分野において,「身近な地域」の地理的・歴史的な認識を深 め,公民的分野において,「身近な地域」の認識を基に,政治・経済的な認識および地域を 形成する主体としての意識も深めていくような学習が望ましいのではないだろうか。つま り,「地域を(総合的に)わかる」ことに重点を置き,その認識を基に「(重層的な)地域 形成主体」者への成長を意図した「身近な地域の形成主体」者を育成する必要があると考 える。 以上を踏まえ,「身近な地域の形成主体」の育成にあたっては,以下の点に配慮するべき である。 ①中学校社会科の三分野すべてを通して育成する ②各分野に応じた「身近な地域」に対する総合的な認識を深める ③地域に対する認識を基に,主として公民的分野で地域に参画する態度を養う 3.字を素材とした教材開発 (1)字の概要と変容 土地の環境条件を端的に表現する重要な環境指標・環境情報と位置づけられている地名 のなかでも,現地の環境を正確に表しているのは小地名であるといえ,字はその一種であ る(笹谷ほか,1989)。 字は大字と小字に大別される。大字は,小字の集合体であり,1889(明治 22)年に施 行された市制・町村制以前の近世の村名を引き継ぐものも存在する。現在は町村内の行政 区画に用いられている例が多く,行政的な意味が強い社会的な機能集団とされる。小字は, 土地のある程度の区画で村落共同体の最小単位とされ,市制・町村制以前まで字と呼ばれ ていた近世の村内の一筆農地の集合体を,(大字と区別して)小字と呼ぶようになった(以 下単に,字としたものは小字を指す)と考えられる。そもそもの字の定義は,水津(1969) の仮説に依拠して,「生態的・経営的側面と班田収授及び条里プラン等の諸制度的側面の両 方の影響から形成されてきたもの」とする2) 字は,その定義にもみられるように地形や地割によって区割りが規定されている場合が 多い。その名称は地形的・歴史的特徴が反映され,多様である。市街地化や圃場整備の進 展により字名の整理が進み,道路建設や不整形であった土地を更正することで,字が統廃 合され,道路等で区切られた効率性を重視した区割りへと変更される。そこには新たな地 名(「町名」などと呼ばれる地域が多い)が命名される。また,1962(昭和 37)年以降に は,住居表示制度による字の統廃合が行われ,都市部において,歴史的地名の多くが変更 されたり失われたりする事例が多く出てくる。地域の地形・歴史に由来して形成されてい た字の価値を十分に認識する必要があると考える3)

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表 1 地名階層の事例 階層 事例 町(丁目)―住居表示(街区符号・住居番号) ア 大阪市北区中之島一丁目3-20 (大阪市役所) 町(丁目)―地番 イ 日野市神明一丁目12-1 (東京都 日野市役所) 町(丁目)―字―地番 ウ にかほ市象潟町字浜ノ田1 (秋田県 にかほ市役所) 大字―地番 エ 瑞穂町箱根ヶ崎2335 (東京都 瑞穂町役場) 大字―字―地番 オ 長久手町大字岩作字城の内60-1 (愛知県 長久手町役場) 地域自治区等―大字―地番 カ 日田市中津江村栃野353 (大分県 中津江振興局) 注:地番および住居番号は算用数字に改めた。 出所:今尾(2008,pp.104-109)を参考とした。 現在の日本の住所は,字が残っている,町名が設定されている,住居表示が実施されて いるなど多様であるが,共通していくつかの段階の階層で表現されている。一般的な基本 形を示すと,都道府県―(郡)―市区町村―大字・町名―字(小字)となる。これは,地 域によって多種多様な階層となっているため,今尾(2008)では地名の階層性を類型化し, 事例を挙げている(表1)。 表1にも出てきている「地番」とは,一筆(土地の単位)の土地ごとに登記所がつける 番号であり,市区町村や字等の地域をもって「地番区域」が定められ,登記するべき土地 に土地の位置がわかりやすくなるように,決められる番号である4)。地番は,「地名」○○ 番地の○(枝番)などと表記され,土地をくっつけたり(土地合筆登記),土地を切ったり (土地分筆登記)すると,地番が変わる5)。今尾(2008)によると,「地番区域」のパター ンは,「一村通し」と「字別地番」に大別される 。「一村通し」(表1でいうエ,カが主な 事例)は,大字通しとも呼ばれ,大字単位で1から順に地番を振る方法のため,小字がな くても地番だけで土地を特定できる。対する「字別地番」(表1イ,ウ,オ)は,字限り付 番とも呼ばれ,大字の中の小字ごとに(表1イの場合,町名ごとに)1から順に地番を振 る方法のため,その特性上小字を省略すると土地を特定できなくなるので,小字が現役で 用いられる。 地番とよく似た用語で,住所に用いられる表現は「番地」である。日本の住所は,明治 以降不動産登記の番号であった「地番」を住所に代用してきた。本来住所の表示のために 設けられたものでない地番を住所の表示に用いて番地としていることが,混乱する原因と なっていた。また,地番区域を現行の大字区域としている場合はけた数の多い番号が存在 し,土地の分合筆によって枝番号・欠番号または飛び番号が生じていることも地番に関す る欠点として挙げていた6) 山林の一筆に大規模な住宅地ができる,大規模な区画整理により地番のつながりに脈絡 がなくなる等長い年月を経て不都合が積み重なった。そこで,1962(昭和 37)年に「住

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居表示に関する法律」が施行され,「街区方式の住居表示」が考案されて導入された(表1 ア)。住居表示は,町名および街区と住居番号をもって構成され,玄関の位置によって番号 が決まった6) 大字と現行の町名との対応関係を調査した実例を挙げると,神戸市長田区および明石市 では,旧来の行政区画である長田村,西尻池村や大明石村,大蔵谷村などの「村名」を大 字として大正もしくは昭和期まで用い続け,市街地化が進展するとともに,大字の一部を もって「町」が区画されていった。明石市の調査については,後述する7) (2)字を素材とした授業を展開する意義 高見(2019)は,柳田國男の地名研究をベースに地名研究の発展を追い,地名と街づく りが地域社会においてどのように関わったのかを考察している。「住居表示制度」の導入を 契機として,一定範囲の土地を特定する地名の役割を数字で担い始めたことを挙げ,数字 は地名のように土地に刻まれた歴史やその土地の地形を表示するものでないと主張してい る。また,街区方式によって町の区域が変更となった際に,名付けられた地名は従来の地 名が有していた歴史性や地形的特徴が十分に反映されることなく決定されている現状を紹 介している。 そして,柳田の歴史観についても紹介され,現代人である我々の意志が未来人によって 無闇に踏み躙られるなら情熱を注いで街づくりなどできない。我々の努力が多少とも継承 されると信じるからこそ,国づくりや街づくりに取り組めるとして,過去と現在,未来を 切り離さずひとつの連続体として捉えることの重要性を挙げている。 高見(2019)では,「ユーカリが丘」の事例が挙げられ,ユーカリが丘以前に旧志津村 がありその内部にも小竹村や井野村がある。そしてそれぞれ無数の字名を有している。ど の地名も人々の生活で生まれ伝承されてきたとし,ユーカリが丘以前の生活史が刻まれて いる。これから200 年後,300 年後の「ユーカリが丘」住民たちが街の名前に誇りを持ち, ふるさととして住み続けるためにも「ユーカリが丘」以前の歴史を明らかにすることが望 まれるとしている。この事例からも中学校社会科において,地名(字)の変遷や存在は, 適切な教材となりうると考える。 谷川(1986)では,「地名」教材化の意義および地名教育の実践がまとめられている。 地名の教材性については,その属性からみると,日常的・普遍的に存在し,その重要性に 気づきにくい。自分の居住地域である,意味がよくイメージできる地名に関しては具体性 があり,地名一つひとつに意味がある。 子どもにとっては,地名の意味を学ぶことで「地名にそんな意味があるとは知らなかっ た」といった意外性を担保でき,日常的に使用している地名については,親近感を持って いる。他の地名にも学びを応用していこうとする構えも作りやすいとしている。 期待される効果として,「地名」を用いることによって現在と過去のつながりを発見し, 歴史の連続性を捉えることができることや,地名の面白さや意味の解釈方法を学ぶことで, 地図の読みとりに関する関心が深まること,身近にあるものの見えていなかったものが見 えることで視野が広がるといったものが挙げられている。 このように地名は,街づくりの面や教育的な面からも教材として意義を持つものである と考えられる。一点に命名されていた地名が取捨択一されることで広域的な地名(兵庫県 等)が生まれることからも,現地の環境を正確に表しているのは小地名であるといえる(笹 谷ほか,1989:括弧部内筆者加筆)。小地名の一種である字を用いた地名教育を,校区内 の字を用いて実践することは,より身近な地域の実態を総合的に認識することができ,「身 近な地域の形成主体」の育成につながると考える。

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(3)明石市明石川以東地域における字の調査手法と字を用いた教材の事例 明石市明石川以東地域での字調査では,主に以下の資料を用いた。 ①永瀬巌編(1996):『明石郷土資料Ⅰ町名改正』,自己出版 ②黒田義隆編(1991):『明石市史資料(大正期篇)第八集下』,明石市教育委員会 ③明石市(2014):「明石市住居表示整備事業の概要」 ①では,永瀬巌が兵庫県の公報等に記載の町名設定等の資料を明治期から現代にかけて 網羅的に収集・整理した内容が記述されている。明石市制後初の町名設定は,1926(大正 15)年に市会へ議案が提出された。この議案については,②に収載されている。①に収載 されている「大正15 年兵庫県告示 801 号」は,明石市会に提出された市制後初の町名設 定案を県が許可し,町・字の名称変更があった箇所に関する資料であると考えている。 この「大正15 年兵庫県告示 801 号」では,「明石市大蔵谷村」のうち一部の字が統廃合 され「大蔵町一丁目~八丁目」という町名が誕生した。また「明石市大蔵谷村」のうちそ の他の字に関しては,「明石市大蔵谷字○○」というように,大字の名称から「村」を省い た住所表記へと変更された(図3)。 図3に示されている「大蔵谷村字権現ノ上2246」等は「学校敷地」と書かれている。こ の土地は現在の明石市立人丸小学校にあたる。学習対象者(大蔵中学校生徒)の半分以上 がこの小学校出身であり,現在の住所(東人丸町26-29)とのギャップ,および文書に明 示されていることから,ひとつの教材となりえる事例である。 ①には上述のような「町名設定資料」が多く収載されており,字を抽出する基礎資料と して用いた。②は,収載されている「市制後初の町名設定」の議決文書で従来通りの名称 を用いる大字に関する資料として用いた。この①・②および後述の③を用いることで,現 行の町名にどのような字が存在していたのかを対照した資料である「明石市明石川以東地 域における現行町名と新町名創出・字名一覧表」を作成した。 ③は,明石市で実施された住居表示の実施区域を実施時期ごとにまとめた資料である。 この資料にも掲載されている,2014(平成 26)年の第 18 次住居表示の実施(「朝霧南町 一丁目~四丁目」の町名設定)によって,1926(大正 15)年から存続していた「明石市 大蔵谷(字○○) 8)」といった住所表記はされなくなった。「大蔵谷(字○○)」の表記は, 「大蔵谷村字○○」からそのまま受け継いだものであることは,地域に住む人間として認 識しておくべき事実であると考える。 図3 大正 15 年 兵庫県告示第 801 号 大蔵谷字権現ノ上の一部 注:例えば,「大蔵谷村字権現ノ上」と呼ばれていた土地は,「大蔵谷字権現ノ上」と改 称されたと書かれている。 出所:永瀬(1996,p.14)より転載。

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大蔵中学校区外にはなるが(隣の朝霧中学校),某店舗の店名に着目すると,2013(平 成25)年以前まで「大蔵谷(字清水)」であったことで「大蔵谷清水」といった名称が使 われている。しかし現在の店舗の住所は「朝霧東町」である(第17 次住居表示実施によ り)。このことは,地域に住む中学生にも身近に捉えることのできる事例として授業実践に も取り上げた。 (4)地形的・歴史的特徴からみた大蔵谷村の字 地形的・歴史的特徴から,(2)の字調査によって抽出された大字「大蔵谷村」の字につ いて考察する。 「字中河原」は,先の字対照により現在の朝霧三丁目付近と考えられる。この絵地図に は,1928(昭和3)年頃の町界・字界が描かれており,「市制後初の町名設定」実施後の 境界が反映されている。図4にみえるように,この当時「字中河原」という字は,北側の 池と朝霧川(図中北東から南へ流れる流路)とその支流と考えられる河道で区切られてお り,名称をそのまま体現したような性質の土地だと考えられる。 人丸小学校所在地であった「字權現ノ上」の南側には,「字權現山」「字權現ノ下」が続 く。現在の(神姫バス停留所でいう)「黒橋」から「人丸小学校前」付近の傾斜地を指す。 「権現(權現)」は,(道路整備により位置が変わってしまっているが)現在も付近にある 「熊野皇大神社」につながる熊野三社権現が祀られたことから名付けられた。もともとは 「北山」と呼ばれ,1441(嘉吉元)年の嘉吉の変で赤松満祐が足利義教を暗殺後の蟹坂合 戦(和坂合戦)にて,追討軍細川持常が陣をはったところだといわれている9) このように,字には地形的特徴や人の営み(歴史的特徴)が反映された名称が存在し, その土地の意味を表現していた。そのような字を認識することで現在の地域の防災・愛着 形成に寄与できる。そしてその字はどのような背景をもって改廃され,現在の町名(地名) を形作っているのかを考えることができる。このように地域を多面的・多角的に捉え,総 合的な認識を深めたうえで,これからの街をつくる主体(形成主体)となれるような授業 開発を行う必要がある。 図4 大蔵谷村字中河原 注:字界をわかりやすくするために加筆。ほぼ真上が北となっている。 出所:『明石市勢一班(第拾回)』付図より一部転載。

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4.授業実践 大蔵中学校において,2020 年 10 月 27 日(火)から 11 月5日(木)の期間に第2学年 の5クラスに(45 分の)授業を3時間ずつ行った。この3時間を一単元として,字を素材 とした中学校社会科の授業を開発した。この単元は,第1時地理的分野において,「字」と いう枠組みの認識および大蔵谷村の地形が描かれた絵地図(『明石市勢一班第拾回』付図) を用いて地形によって字が規定されていることを捉えさせた。第2時歴史的分野において は,「字」と人の営み(その土地がどのような役割を担う場所か)を関連させ,地域の歴史 を捉えさせた。第3時公民的分野では,「字」からなぜ今の地名へと変化したのかと問い, 道路を用いて効率性を重視して区割りが変更された際に,字が統廃合され町名がつくられ たことや住居表示の導入によって地名が変更されていることを捉えさせた。このように本 単元では,各分野から身近な地域の「字」を考える展開を踏んだ。 第1時地理的分野では,「大蔵中校区の字を知ろう。」を目標に設定し,1928(昭和3) 年頃の字界が描かれた絵地図(『明石市勢一班第拾回』付図)を用いて,地形から字名称を 推測して当てはめる作業を行わせた(前述の「字中河原」等)。また,大蔵中学校の住所地 名が「西朝霧丘」であることを改めて考えさせ,「大蔵(谷)」と「朝霧」の地名について 改めて考えさせた。現在 JR の駅や多くの町名(「朝霧町一丁目」「西朝霧丘」等)に用い られている「朝霧」地名が,字にはなかったことに驚きの反応を持った生徒もいた。 第2時歴史的分野では,「字から歴史を見てみよう!」を目標に設定し,地名の階層性の 把握(都道府県―(郡)―市区町村―大字―字)ののちに,1928(昭和3)年頃の人丸小 学校所在地を字で表現させた。重層的地域形成主体の観点から,住所の表記として,字が 現役で使用されている地域もあることも展開の中に組み込んだ。そして,人丸小学校所在 地の「字権現ノ上」を入口として地域の歴史を捉えさせた(前述の「字権現山」参照)。「大 蔵谷」と「朝霧」地名がいつ頃から使われたのか,名称のいわれは何かについても触れた。 第3時公民的分野では,「今の街の名前になった背景をひもとく。」を目標に設定し,実 際の町名設定文書(県告示 801 号一部修正版)と絵地図の比較から 1928(昭和3)年以 前に存在した字を復元する作業を行うことで,効率的に区割りが設定されたことを捉えさ せた。また,(前述した)「大蔵谷清水店」とその住所である「朝霧東町」に触れ,「大蔵谷」 といった地名がなくなったことについても触れた。 5.おわりに 本研究では,地域の特徴を示す「字」を素材として,身近な地域の形成主体の育成をめ ざした単元を,学習対象者が暮らす兵庫県明石市立大蔵中学校区の「字」研究をもととし た成果を踏まえて,授業を開発し,実際に実践を行うことで,具体的な単元プランの模索を おこなった。先に指摘した配慮事項を参考にすると,具体的な枠組みとして,(地理的分野 において)地理的特徴と字名称との関わりを知り,(歴史的分野において)郷土の歴史と字 名称との関わりを知る。二分野の学習を基礎として,(公民的分野において)実際の地域の 地名はどうあるべきかを考えることを構想した。 本研究の成果は,地名に「字」といった枠組みがあることを生徒に認識させることがで き,三分野を通した単元構想を実践できたことである。一方で課題は,各分野で扱うべき 範囲の曖昧さ,各時間の展開のつながりが見えづらかったこと,「身近な地域の認識」に留 まり,「形成主体」者としての地域社会への主体的な参画や行動に向けた態度の育成には踏 み込めなかった点が指摘できる。今回の授業に対する生徒の反応を分析し,内容の精選を 行ったうえで,授業開発・実践を続けていきたい。

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注 1)久野・鵜沼(2018,p.42)によると,その定義は「身近な地域の事象に関して身に付けた知識を もとに,自分の住む地域について自分の言葉で表現したり,何らかの価値判断したりすることで形 成される認識」である。なお,ここでの身近な地域の範囲は,「学校周辺,市町村」を基本的な範 域と想定している。 2)水津(1969,pp.102-140)によると,そもそもの字(あざ)とは,日本において一筆農地があ る程度集合した区画であり,ヨーロッパの耕区制(ドイツでは,Gewann)にあたる。そもそも小 字の区画が設定された意味について,小字名と用水名が合致する場合が多いことから,小字が特定 の水がかりをもった可能性を指摘し,用水を中心とした経営上の統一性があったとしている。また, 面積の面からみると,1町から2町に集中する理由として条里地割に着目している。里の下部単位 である「坪」は,画一的に1町2反であり,その区画に字が当てはまる場合が多いとしている。 小字の区画が意味しているのは,1家族の経営規模であるとしている。理由として,大化時代の 房戸1家族の平均人口が6から7人とし,班田収授の法を踏まえると,総面積が1町2反になるこ と,弘仁朝時代に田1町の経営が自立経営の最低基準であったこと等を挙げている。 畿内に多い土地区画として垣内を挙げ,垣内に関する緒論の検討から原初的な垣内は,同族集団 たる大家族や田堵の生産単元とみるのが正確とした。垣内の研究成果等から,水津は以下の仮説を たてている。 大化以前からすでに生態的・経営的統一性を持った各戸のプロト垣内が林野や湿地のあいまに作 られ始める。このプロト垣内の不平等な拡大をおさえ,これを字ないし坪の形でフォーマルに画一 化する政策が条里プランであった。だから,「典型的な条里(条と里の規準線に基づき坪を方形化 したもの)」と場所によって単に1 町から 2 町程度の面積で字を画した不完全な土地割も生まれた。 「典型的な条里」施行地域において坪と小字が必ずしも整合しない理由として,坪の方形化によ るプロト垣内の生態的・経営的統一の部分的破壊に伴い,両者のズレが発生することを挙げている。 小字は,分解すると「一筆耕地」につきあたり,条里プラン化では,1坪が10 筆の耕地片から なるとされる。この地積は1日労働可能地積(一筆耕地)の集合体であるとした。中世に入ると, 条里村落の場合,小字(坪)は,1家族の保有地としてのまとまりを残さず,筆ごとに保有者が違 った事例が多い。しかし,用水の共同調整を行うなど緩やかな経営上の規制力があったとされてい る。 3)小原(2002,pp.25-38,92-93)では,神戸市における新道開鑿・地域更正事業について説明 されている。ここから,字という土地区画は,新道が通り区画が整理されたことによって,従来の 形状・領域で存続することに支障をきたしたため,字に変って新町名が創出されることがわかった。 明治35 年度『神戸市会成議録』収載「第 39 号議案 町名新設の件」には,変更される字を列挙し たのちに,「従前用いてきた字は数が多く地域も一定しない。なおかつ新道が通ったため(字が) 分裂していて到底用いるべきでない」(「字が」の部分は筆者加筆)と新町名創出となった理由を記 述している。字の変容に関することは,関戸(2013)も参考とした。 4)わかった不動産:地番とはを参考とした。 5)土地家屋調査士田中良知事務所:地番の付きかたを参考とすると,例えば,もし「A 市 B 町 C11 番地の1(A,B,C を地名とする)」の土地を2筆(土地の単位)に分筆すると,C11 番地には枝 番1~3が存在しているとする条件下では,(番地および枝番は再使用しないため)C11 番地の1 とC11 番地の4に分割される。もし C12 番地と C11 番地の4を合筆する場合,表記は C11 番地の 4となる。 6)明石市ホームページ:住居表示制度の概要を参考とした。 7)神戸市長田区の調査については,關(2019)にまとめた。 8)明石市ホームページの住所の表示方法についてでも示されているように,住所表記を行う際には, 土地の字名を省略するとされている。そのため,「字」という用語や枠組み自体住居表示が実施さ

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れていない地域でも身近ではないと考えられる。 9)野田(1930),橘川(1986)および石田(1997)に詳しい。 引用文献 石田善人監修(1997):『新明石の史跡』,明石芸術文化センター,328p. 今尾恵介(2008):『地名の社会学』,角川学芸出版,258p. 岩田一彦(2003):二一世紀社会科の実践課題.社会認識教育学会編『社会科教育のニュー・パース ペクティブ 変革と提案』,明治図書,pp.24-32. 小原啓司(2002):『神戸のまちづくりと明治の区画整理』,丸善,216p. 橘川真一(1986):明石地名考.歴史と神戸 25-3,pp.10-11. 黒田義隆編(1991):『明石市史資料(大正期篇)第八集下』,明石市教育委員会,345p. 笹谷康之・中岡浩・小柳武和・山形耕一(1989):小地名を用いた環境情報の研究.都市計画論文集 24,pp.463-468. 水津一朗(1969):『社会集団の生活空間―その社会地理学的研究―』,大明堂,pp.102-140. 關陸稔(2019):参考資料 神戸市長田区現行町名と新町名創出・字名一覧表.NAGATA のチカラ vol.5. 関戸明子(2013):地名.人文地理学会編『人文地理学事典』丸善出版,pp.122-123. 高見寛孝(2019):地名と街づくり.二松學舍大學論集 62,pp.57-77. 竹内裕一(2012):地域における社会参加と地理教育.E-journal GEO 7-1,pp.65-72. 竹内裕一(2014):地域学習を軸とした社会科・地理教育カリキュラムの創造.千葉大学教育学部研 究紀要62,pp.1-12. 谷川彰英編著(1986):『地名を生かす社会科の授業』,黎明書房,pp.32-43 谷川彰英(1996):『柳田國男 教育論の発生と継承―近代の学校教育批判と「世間」教育―』,三一書 房,384p. 永瀬巌(1996):『明石郷土資料Ⅰ町名改正』,自己出版,pp.8-16. 日本地誌研究所編(1981):『地理学事典 増補版』,二宮書店,983p. 野田猪佐雄編(1930):『明石郷土史』,大観尋常高等小学校,474p. 久野雄平・鵜沼秀雅(2018):高学年社会科における地域素材を活用した単元構成に関する研究―第 5学年において育む「身近な地域認識」に着目して―.福島大学総合教育研究センター紀要 25, pp.41-48. 兵庫県明石市役所発行(1929):『昭和三年 明石市勢一班(第拾回)』付図. 引用 URL 明石市ホームページ:住居表示制度の概要. https://www.city.akashi.lg.jp/shise/koho/shise/documents/10_jukyohyoji_gaiyo_201302_7.pdf 2021 年 2 月 16 日アクセス。 明石市ホームページ:明石市住居表示整備事業の概要.https://www.city.akashi.lg.jp/tosei/tokei_ka/ machizukuri/tochi/jukyo/documents/20_jukyohyoji_seibijigyo_201409.pdf 2021 年 2 月 1 日アク セス。 明石市ホームページ:住所の表示方法について.https://www.city.akashi.lg.jp/shimin_kenkou/shi m in_ka/kurashi/jumin/jushohyouji.html 2021 年 2 月 2 日アクセス。 土地家屋調査士田中良知事務所:地番の付きかた.http://www.yoshitomo-office.com/145785876656 53 2021 年 1 月 30 日アクセス。 わかった不動産:地番とは.https://antenna-re.com/how_to_get_a_lot_number_glossary/ 2021 年 2月16 日アクセス。

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Study on Social Studies Lesson Focused on Aza:

Toward Developing Active Citizen in Local Area

SEKI Atsutoshi

Key Words: aza, local area study, collaborative teaching between geography, history and civics field in social studies, residence indication, education on geographical names

表 1  地名階層の事例  階層  事例  町(丁目)―住居表示(街区符号・住居番号)ア 大阪市北区中之島一丁目 3-20   (大阪市役所) 町(丁目)―地番 イ  日野市神明一丁目 12-1  (東京都  日野市役所)  町(丁目)―字―地番 ウ  にかほ市象潟町字浜ノ田 1   (秋田県  にかほ市役所) 大字―地番 エ  瑞穂町箱根ヶ崎 2335   (東京都  瑞穂町役場) 大字―字―地番 オ  長久手町大字岩作字城の内 60-1  (愛知県  長久手町役場)  地域自治区等―大字―地番カ 日田市

参照

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